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2009年12月22日

Report 連塾 JAPAN DEEP 4 年末の胸騒ぎ、日本の武者震い。

日本列島を寒波が襲った2009年師走の19日、「連塾JAPAN DEEP」の最終回が開催された。会場は寒空に聳え立つ新宿パークタワー。ゲストは勅使川原三郎・高山宏・川瀬敏郎の三人。「年末の胸騒ぎ、日本の武者震い。」という予告に集った塾衆は総勢330名にのぼった。

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オープニングでは、2年間にわたった「JAPAN DEEP」の映像が流れ、まず連志連衆會の代表理事・福原義春さんが登壇。ロシアの詩人オリガ・ベルゴリツの「昼の星」をモチーフに、この日の連塾を象徴するメッセージを投げかけた。「昼間の空には今にも落ちてきて私たちを押しつぶしてしまうほどのたくさんの星がある。けれども誰もそれを見ていない。今日の連塾を通して、私たちは忘れてしまった"見えないものを見る力“を感じとることができるはずです」。

福原さんの言葉に深く頷きながら登壇するセイゴオ。まず黒板に書き付けた文字は「稜威(イツ)」。「かつての日本には見えない勢いや名指しできないものを表現する言葉があった。しかし18世紀のヨーロッパに「理性」が登場して以来、世界は「たまたま」や「偶然」といった曖昧な存在を次々と切り捨ててしまった」と語る。
スクリーン脇のバナーにはセイゴオがこの日の三人を書した「花・文・身」の三文字が並ぶ。「花のなかに文があり、文のなかに身があり、身のなかに花がある」。このように本日のテーマが紹介され、いよいよゲストセッションがはじまった。


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漢字の由来を板書しながら切り込んでいくセイゴオ


■勅使河原三郎 ~ 無数の瞬間のうえで踊る

一人目のゲストは稀代の"フラジャイルダンサー"とセイゴオが称える勅使川原三郎さん。ダークブルーに暗転するステージに舞台映像「MIROKU」が流れると、会場は一気に異世界へと引き込まれた。広隆寺の弥勒菩薩像や稲垣足穂の同名の小説に感化されたという本作について「古(いにしえ)は身体のなかにある。身体はモノよりも古いのではないか」と語る勅使川原さんに、二人のトークは時空・身体・弱さといったキーワードをめぐって一挙に加速していく。

つづいて上映された「GLASS TOOTH」は以前からセイゴオが絶賛してやまない作品。舞台に敷き詰められた4トンのガラスの上で踊るという危険きわまりないパフォーマンスである。会場に響き渡るガラス破片の音とともに対話がつづく。
セイゴオ「危険からすべてははじまる。ただし勅使川原さんの作品には"危険"というだけではない何かがある」
勅使川原「非日常によってこそ感じるものがある。定かでないから表現に適さないかというと決してそうではない」
セイゴオ「ギリギリのインターフェースに迫る凄さがない限りアートは成り立たない」
勅使川原「光に対する畏れ。そして細かな時間の集積する無数の瞬間の上で踊る感覚」
交差する二人の言葉に乗って、舞台上の身体はいっそう鮮やかなフィギュアをとき放っていった。

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勅使川原さんの振る舞いが実際に披露される舞台

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ダンスカンパニー"KARAS"の佐東利穂子さんも飛び入りで参加

■高山宏 ~ 百学連環のビブリオマシーン

二人目のゲストは人文学界の鬼才・高山宏さん。セイゴオとは30年来にわたって深夜の”ホットライン”でつながる親密な関係にある。じつはこの日を前に、高山さんが26歳のころから書き溜めてきた4000枚以上にのぼる図書カードやダイアグラム、その名も「ビブリオマシーン」がセイゴオに生前贈与されていた。そのビブリオマシーンから事前にセイゴオが選んだ十数枚が次々とスクリーンに投射される。「メモを取りながら一言も聞き逃せない緊張感。まるで連塾創成期を思い出す」(小堀宗実さん)という高速のトークパフォーマンスが繰り広げられた。

高山さんの図解を仰ぎながら「たった一枚のメモや一言が瞬間的に世界と対峙しうることがある。その瞬間を見たくて仕事をしている」とセイゴオ。さらに紙上にマニエリスム・バロック・ピクチャレスクというキーワードが登場すると、「高山さん以前に、この三つの概念をつなげた人はいなかった。誰もが発見し得なかった知の関係を明るみにだす高山さんの手法は、じつはイノベーションの重要な鍵を握っているのではないか」と問いかける。その発見と発明の秘訣を尋ねると、「イノベーションは語源的に博物学時代の"インゲニウム(巧知)"につながる。それは松岡さんの"エンジニアリング"とも連環する」と高山さん。その後も"Curiosity(好奇)"と"Cure(癒し)"の知られざる関係をはじめ、とどまることをしらない"百学連環"の知が次々と語られていった。

ヨーロッパ人文学の翻訳を単独で牽引してきた高山さんの仕事に、セイゴオは「明治の諭吉・西周・兆民の役割を独りで背負っている」と最大の賛辞を贈る。セッションの最後には「東西をまたいでの概念翻訳。高山さんのように日・仏・英の関係に両足をはりつづけることがいまの日本には必要」と「JAPAN DEEP」の本領に迫った。

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「エンサイクロペディアは"百学連環"と訳すべき」(高山さん)

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"知のコンポジション"をめぐって冴える高山節

ゲスト2人とのセッションを終えたところで、今年10月にオープンした「松丸本舗」と11月に公開したブックウェアサイト「本座」が会場スクリーンに投射された。セイゴオは「本の秘密はまだ解明されていない。本は"見えないものを見せる"ための重要な“ブックウェア“。それを知らせるためにはもっと斬新な”演出”が必要なんです」と語る。つづいて恒例の軽食交歓タイムでは、黒に赤字の「JAPAN DEEP」が映える点心の折り詰めを片手に、塾衆が覚めやらぬ知の興奮を交し合った。

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白熱するトークにメモを走らせる塾衆

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リクエストに応えホワイエに展示されたビブリオマシーン

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松丸本舗を紹介するセイゴオ

■川瀬敏郎 ~ 大地を持ち上げる立花

第二部の開演。入り口の扉が開かれると、ステージには三人目のゲスト川瀬敏郎さんが生けた柳・松・白玉椿の「立花(たてはな)」が卒然と出現していた。立花とは「大地を持ち上げる能力」であると川瀬さんは言う。「"立てる"ということを心のなかに抱いていかない限り、芯は立ち上がらない。花とは自然のなかに心を見つめてきた歴史です」。

そして二人のトークは「草こそが真」という日本独自の発想に触れながら、次第に日本の奥にある”大分母”の面影へと向かっていく。「奥に隠れたものが存在していくために、表の部分を変化させる。表の真があることによって、内なる真がより完成度をもって伝承される。これこそが日本という方法である」と語る川瀬さんに、「いまは文化の分母が忘れられすぎている」とセイゴオ。さらに「裏側にある「真」に触れるなら、それにふさわしい立て方がある」と応じた。

川瀬さんの言葉の深まりを見定めて、いよいよセイゴオが2つ目の「立花」のタイミングを切り出す。深く礼をし、一心に花へ向かう川瀬さん。きわどいバランスで立ち上がる"枯れ蓮"に息を呑む塾衆。舞台に立ち上がる花を前に「ここまで枯れないと生ではない。すごいものは枯れてもすごい」と川瀬さんは放つ。トークの最後には「私たちの背景にある自然を荘厳するという心得。日本に必要な大分母はこれです。このことを覚悟すべきです」と現在の心境を語り、会場から大きな拍手が贈られた。


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立花を前に二人のステージがはじまった

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「花は最後には独り。独りにならないと花は語りかけてこない」(川瀬さん)

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小堀宗実さんよりエンジェルの舞う数寄の茶が振舞われる


長時間におよぶ連塾もいよいよラストシーンを迎える。最後にセイゴオが万感を込めて語る。「いまの日本はリスク(危険)とリターン(報酬)がくっつきすぎている。しかし、今日の三人はリターンを求めずに、リスキーなことに向かってきた。川瀬さんから胸中の花を、勅使川原さんから花としての身体を、高山さんから文芸の魔術をもらいながら、私たちはもう一度、リスクとリターンの関係を誤ってしまった現代システムの問題にじっくりと迫ってみるべきかもしれません」。

ボブ・ディランのクリスマスソングともに、このエンディングの瞬間のために藤本晴美さんが用意したミラーボールが会場いっぱいに光の風花を吹雪かせる。最後に写真家の中道淳さんが撮影した写真がスライドショーで流れるなか、7時間に渡った「連塾JAPAN DEEP」が終演した。


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レポート制作:広本旅人
写真提供:川本聖哉

投稿者 staff : 2009年12月22日 19:29