セイゴオちゃんねる

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2007年8月 3日

Diary 大蔵経データベース完成を祝して

仏教2500年の歴史につながる「智慧の宝庫」

 7月30日、大蔵経データベース化完成記念大会シンポジウムが東京ガーデンパレスで開催され、セイゴオがパネラーの一人として出演、電子化された「智慧の宝庫」の21世紀的重要性と可能性を編集工学者の立場から示唆するスピーチを行った。

 「大蔵経」とは、仏教の経・律・論の「三蔵」を集約し編纂したもので、古来東アジアの各国が国家事業として取り組んできた。日本では、漢訳された経論と中国・朝鮮・日本の仏教文献を網羅した『大正新脩大蔵経』全100巻(高楠順次郎・渡邊海旭都監修)が民間の手によって1924~34年に編纂・刊行された。今回データベース化されたのは、その『大正新脩大蔵経』の第1巻から第85巻までのテキスト部分。
 このプロジェクトは日本の仏教界と仏教学会が手を結び成し遂げられた歴史的な大事業とも言われる。1994年、東京大学の江島惠教氏によって「大蔵経テキストデータベース研究会」(SAT)が発足したことから始まった。膨大な作業と人員の必要性から一時は資金面で事業存続の危機に陥ったこともあったが、平成12年に「大蔵経データベース化支援募金会」が発足、仏教各宗派・仏教系大学・民間の協力体制が整ったことにより、ようやく事業が軌道に乗ったという。

 大会前半、支援募金会事務局長の奈良康明氏とともに、募金会発足後急逝した江島氏の構想を継承しデータベース化を完遂させたSAT代表の下田正弘氏が、これまでの経緯と関係者への謝辞を語った。全巻8万ページ、使われているフォントは漢字・仮名・梵字などをあわせて1億5千万字近くあるという『大正新脩大蔵経』を電子化するためには、仏教2500年の歴史に連なろうとする強い意志と、そのような大事業に関わる感謝の気持ちがかかせなかったという下田氏の言葉に大きな拍手が沸いた。

 その下田氏の進行によって、大会後半のシンポジウムでは、まず東洋哲学研究者のアルバート・チャールズ・ミラー氏、仏教学者の彌永信美氏、仏教・文学研究者の石井公成氏が、それぞれ大蔵経テキストデータベースを使った研究事例を発表。インターネットを介して世界中の仏教研究者が共同研究の場を自生させながら、これまでほとんど注目されてこなかったさまざまな文学や思想と仏典とのインターテクスチュアリティを新たに発見していく可能性などをアピールした。

 セイゴオはそれらの事例や方法はいずれも今後の仏教研究を牽引する「前衛」になるはずと前置きした上で、次のようにスピーチをした。

 仏典はブッダが語った言葉がまずオラリティ文化のなかで継承され、やがてそれが文字に表わされ結集されたもの。仏典として定着していくまでに長い時間がかかった上に、その時代や地域の文字システムによって、多彩なシナリオやスクリプトが生み出された。しかも、それらはインドから中国、さらには東南アジア、チベット、モンゴル、朝鮮半島、日本にまで広まり、「縁起」や「空」というヨーロッパ思想では読み解けないような考え方がさらに膨大なバリエーションの仏典や注釈書によって継承され、それがまたさまざまな宗派や宗門を生み出してきた。目に見えないブッダの言葉や悟りの世界が、多様な文字になり、仏典になり、ハイパーテキストとなり、いよいよそれが電子コーパスとして集大成された。
 私の本来の研究テーマは「日本という方法」である。日本にはインドにも中国にもない仏教編集方法があった。日本にはそもそも文字はなく、仏教とともに中国の漢字を取り入れ、それを万葉仮名にし、平仮名とカタカナを独自に生み出した。あるいは返り点などを工夫して、漢文を日本語で読み下した。さらには仏教における感覚的・身体的な概念を、和歌や文学や物語に転化させることによって、独自の文化や芸能を生み出した。
 SATのプロジェクトもそういう歴史のつながりのなかにある。このデータベースによって、日本が仏教を取り入れそれらを新たに編集した「現場」にいつでも立ち戻ることができるはずだ。このような研究から、まったく新しい日本の見方さえ浮上するだろう。極東の日本がインドに発祥した仏教をもう一度新たな「知の方法」として、全仏教史の流れごと受け止め直すことにもなる。
 私はいま、「アフォーダンス」「アブダクション」という二つの見方に非常に関心をもっている。アフォーダンスは、私たちの身体や知が環境や対象によって「アフォード」されていくという考え方。「アブダクション」とは類推的仮説形成のこと。じつは、ブッダの語ったことに近づくためには、「縁起」や「空」の意味を知るには、この二つの「A」が不可欠である。なぜなら、どんな概念もキーワードも、それが辞書の項目のように単立で存在しているわけではない。必ずセンテンス、フレーズと結びつき、コンテキストのなかに含まれることによって、それらは存在し継承されていく。仏教思想というものはまさにそこを重視する。今日の電子ネットワーク社会やデジタルアーカイブの未来もまた、コンテキストをどのように扱えるかということにかかっている。テキストとテキストをどのようにまたぎ、つないでいくのか、そこに二つの「A」がかかわってくる。
 21世紀の日本にとって、SATはもっとも重要な知識情報になるはずである。日本においては、ほとんどの概念、キーワード、ロジックは、仏教が用意したことが明らかになるだろう。今後は、仏教が生み出した多様なイコンやシンボルの画像や音声などもデータベース化されることをぜひ期待したい。

 セイゴオの示唆した「二つのA」は他のパネラーや来場者をおおいに触発したらしく、その後のディスカッションと質疑応答でも、諸宗派の代表が集ったシンポジウム後の懇親会でも、さかんにその話題がかわされていた。

 ちなみに、今回のシンポジウムは関係者と支援会メンバーのためのクローズドな会だったが、ISIS編集学校の専門コース[離]の千離衆たち(卒業生)十数人も特別聴講していた。現在、千離衆のあいだでは、セイゴオの編集的世界観にもとづく大規模なテキスト編纂プロジェクトの準備が進んでいる。プロジェクト名は「万離の超城」と言うらしい。

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開演前、彌永信美氏と仲よく“タバコ談義”

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データベースによる仏教研究の達人が壇上に揃う

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大事業の完成を祝しながら、「智慧の宝庫」のハイパーな展望を語る

投稿者 staff : 2007年8月 3日 20:26

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