数千万年の時をかけ、アジア大陸から分かれて、日本列島が生まれた。
列島の人々は、つねにアジアからやってきた技術やしくみを工夫して、
新しい「日本」をつくっていった。
76分/15750円
第1章 東アジアと倭国
  【稲・鉄・漢字】
  1万年も続いた狩猟と採集の縄文文化。人々は定住して力をあわせ、農耕文化の「倭国」をつくった。東アジアがもたらした未知の産物と技能が、クニづくりの大きな力になっていく。
第2章 仏教世界観
  【弥勒・薬師・大仏】
  古代日本の人々の心を治めたのは、仏教だった。大陸から来た先進の仏教は、社会をつくる実際的な技術にもあふれていた。疫病と戦い、経済を動かし、夢を育てる大きな仕事が、ピカピカの仏像に託された。
第3章 「日本」の出現
  【天智天皇・天武天皇・藤原不比等】
  7世紀、倭国から新しい国の息吹があらわれる。奈良を舞台に、とびきりのキーパーソンが考えた政治のしくみは何だったのか。都をつくり、通貨と法律で「日本」というシステムをつくったのは誰だったのか。

 

第3章 「日本の出現」 藤原不比等 より



タカハシ君
『これは七一八年、藤原不比等らによってつくられた「養老律令」だ。不比等が最も得意としたのは、法律なんだ。そこで、持統天皇の命を受け、日本で最初につくられた体系的な法律「大宝律令」を七〇一年に発布する。この養老律令はそれのバージョンアップ版だ。「律」と「令」の二つの文字が見えるね。律令とは、刑罰を定めた「律」と、統治や政治の運用を定めた「令」。この二つの法体系で成り立っているんだ。』

セイゴオ先生
『私は歴史を見るにあたって、どの時代に、だれが、どのようにその時代の情報を編集したか、ということを重視しています。
藤原不比等は、二つの編集に着手していますね。一つは律令です。これは日本が律令国家としてスタートしていく基盤になりました。もう一つ、歴史の編集にも着手しているのですね。
ここには、二つの歴史書が生まれました。『古事記』と『日本書紀』です。『古事記』は稗田阿礼を使い、太安万侶が万葉仮名、すなわち日本語で書いた歴史書です。これに対して、日本書紀は舎人親王を編集長として、漢文で書かれているのですね。この和文の歴史書『古事記』と、漢文の『日本書紀』が並立したことが、これからの日本を大きく暗示していると私は見ています。』