◎グノーシス
◎桃山時代
◎グーテンベルクの印刷術
◎超越する博徒
◎サイバネティクス
◎鉄の宇宙誌
[第5形相]
サイバネティクス
【解説】サイバネティクスcybernetics
第2次大戦後の社会、学問に本質的な影響を与え得た数少ない科学理論。アメリカの数学者ノーバート・ウィーナーが1947年に提唱した。通信、制御、情報処理の問題を生物、機械を問わず統一的に記述する総合科学であり、対象を「ある目的を達成するために構成されたシステム」として考える。ヨーロッパ諸国では学問分野の用語としてあるが、アメリカ、日本では情報科学、システム工学、理論生理学などとオーバーラップするものとされ、学問分野を表すものとしては用いられていない。
 
   
イラスト:佐藤三奈子
■サイバネティクスは舵取り学
■高射砲を当てることから始まった
■生命と機械の制御のキー
■ハッカーの夢が礎であったら
■サイバネティクスの3つの提案
■当たり前が難しい
■生成することが検証だ
■組織が意味を求めている
■編集工学が見いだすもの
 

























【Today's words world】
舵取り
サイボーグ
サイバースペース
サイバーパンク
キベルネテークス
アメリカズカップ
リダンダンシィ
閾値
自転車人間
ノーバート・ウィーナー
『サイバネティクス』
自己組織系
プリンス・オブ・ウェールズ
三菱一式陸上戦闘機
高射砲の研究
迎撃ミサイルシステム
生理学者ローゼンブルート
随意筋の神経メカニズム
生命機械
ホメオスタシス
フィードバック
ワットの調速機
マクスウェル
シャノン
ビグロー
ロス・アシュビー
行動目的工学
ピッツ
マカロック
エイケン
目的論協会
コンピュータ
ローレンツSZ42暗号機
リレー式計算機MARK1
グレース・マレー・ホッパー
プログラム言語コボル
ノルマンディー上陸作戦
チャールズ・バベッジ
ハッカー
ノイマン
ENIAC
『脳のための設計図』
マン・マシンシステム
非線形システム
統計力学
シュレディンガーの猫
知能増幅装置
生成検証法
ノイマン型コンピュータ
ヒューリスティックな方法
ファイゲンバウム
ゲーム理論
現象学
確率的冗長度
唯物論
生命的意味生成論
経済学の崩壊
ニューディール的政策
近経
統制経済
経営学
川崎市民ミュージアム
『日本の組織』
第一法規出版
今井賢一
野中郁次郎
金子郁容
金井壽宏
バーナードの経営組織論
ニューエル、サイモンらの組織論
プロダクションモデル
『信長の親衛隊』
無秩序からの必然性の発見
リーダーシップ論
事業部制
sub setの専門化
イノベーション
知識創造
編集工学研究所
 
サイバネティクスは舵取り学
【鈴木】舵、ですか。今日は。
【高橋】そう。“舵取り”の話。
【鈴木】お題の「サイバネティクス」はサイボーグとかサイバースペースとかサイバーパンクとかになるんですよね。それって舵なんですか。
【高橋】うん。サイバネティクスの語源はギリシャ語の「キベルネテークス」なんだ。ホメロスの『オデュッセイア』などによく出てくる言葉だよ。“舵取り”という意味なんだね。
【鈴木】サイバネティクスは舵取りなんだ。ちょっと意外な感じですね。
【高橋】古代の冒険的航海ではキベルネテークスが命運を左右したんだよ。つまり自然と身体と船を一体化して、一本の舵取棒で全体を操作する微妙な状態の保持だね。テレビでヨットのアメリカズカップなんかを見ていると、舵は非常に複雑な動きをする。風、帆、波、乗員の体の動きを判断してヨットを推進するけど、ヨットは真っ直ぐに進めない。波や風によって頭を振りながらジグザグにいく。舵はぶらぶら動き、あるところでグッと制御する。複雑なリダンダンシィ、余裕というか、閾値というか…。
【鈴木】ハンドルのあそびみたいなもの?
【高橋】そう、近いね。そのあそびをもちながら、総合的に制御して目的に向かって行く。それが何かが、サイバネティクスのテーマだった。もうひとつ身近な例でいえば、なぜ、ある日とつぜん自転車に乗れるようになるかを考えることでもある。
【鈴木】へえ、自転車、ですか。
【高橋】自転車に乗るには、眼をはじめとする感覚器官と筋肉などすべてが共同して一斉にあるモードに入ってくれなくてはできないよね。それがいったん自転車に乗れるようになったら、一生乗れる。それは“自転車人間”とでもいうべき、新しい状態ができて、それが情報系として保存されたということでもあるんだ。そういう“人間機械”という状態のいちばん古くて、もっとも複雑なものが“舵取り”だったわけ。それで、“キベルネテークス”から名前をとって、サイバネティクスという横超的な学問領域を打ちたてた。日本語に訳すなら、「舵取学」だね。
【鈴木】舵取学っていいっすね。○○大学知識工学研究科舵取学研究室なんて、自慢できますね。そういえばスタニスラフ・レムの結構古い小説でサイバネティストが出てくるのがあったけど、いつぐらいからサイバネティクスはできたんですか。
【高橋】最初にサイバネティクスの名前が出たのは、終戦後の3年目に刊行されたノーバート・ウィーナーの『サイバネティクス−動物と機械における制御と通信』だね。この本は1961年に増補された。「学習する機械、増殖する機械」と「脳波と自己組織系」の2章が付け加えられたんだが、この増補はおよそ15年、なみいる天才たちと一緒に研究をつづけて、20世紀前半までの機械論をこえて、生命的機械の可能性に到達し、「自己組織系」への突破口を切り開いた、ということになるんだね。
【鈴木】ふうん。自己組織系なんて、最先端っぽいんですね。でもサイバネティクスそのものは、ちょっと忘れられているんじゃないですか。
【高橋】うん。サイバネティクスはだいぶ早すぎたんだね。というのも、その実証法や科学的実証装置が追いつかなかったのと、サイバネティクスが提案した世界像というものが当初の予測を超えて複雑で本質的だったからなんだ。提唱した研究課題は心理学、生物学、社会学、組織論、情報論、コンピュータ科学など、多くの既存の学問ジャンルに持ち帰られて、各ジャンルの最前線になった。そしてそれらはまだ総合されていないんだね。サイバネティクスの横超的世界像は未来に先送りされているんだよ。

高射砲を当てることから始まった
【鈴木】ウィーナーは、もともとどうしてそんなことを思いついたんですか。
【高橋】うん。太平洋戦争の時、マレー沖海戦で日本軍の飛行機が英海軍の旗艦プリンス・オブ・ウェールズを撃沈したんだ。これはイギリスにとってはアジアから撤退するほど大きな痛手だったんだ。沈めたのは三菱一式陸上攻撃機の編隊で、これは世界で初めて飛行機が戦艦を沈めた軍事上の大事件だった。アメリカも大ショックで、ここから戦闘機を迎撃する精密な高射砲の研究がはじまった。
【鈴木】あ、円谷英二が初めて撮った特撮作品がそれでしたよ。原節子が出ていた。あの飛行機がゼロ戦でしたっけ。
【高橋】いや、あれはゼロ戦と同時期の双発爆撃機で、単発の戦闘機だったゼロ戦とは系統が違うんだよ。まあ、そうしたわけで、飛行機の進路を予測する高射砲が必要になったんだ。ウィーナーはその開発研究チームの中心にいた人なんだ。戦闘機は高射砲に当たらないようにランダムに飛行しようとするけれど、もちろん慣性の法則からは逃れられないので、飛行機の動きは大気と地球の動きに制約されて統計的な特性を持つんだね。これを利用して飛行機の行き先を確率的に予測しようとした。
【鈴木】今でいう迎撃ミサイルシステムのようなものっすね。そうか、確率論だから、よく実証テストのとき外れちゃうんだ。
【高橋】まあ、そうなんだけど。さて、ウィーナーは微分解析機としての計算機を開発して高射砲に装備した。飛行機の動きを解析して、目的の方向へ砲を動かすしくみだ。そんな研究の最中に、メキシコの生理学者ローゼンブルートと出会うんだ。ローゼンブルートはヒトの随意筋の神経メカニズムの研究をしていた。手でものをつかむことは各種の筋肉が共同した複雑な行動で、目からの情報が脳へ行って、手の位置、物体の位置を判定して、二つの情報のズレを小さくするように腕の筋肉が緊張して、目的のものをつかむという4段階が想定できるんだね。これは飛行機が行くと思われる方向と実際に行ってしまう方向の誤差をできるだけ小さくするように砲を動かす高射砲のシステムと同じなんだよ。
【鈴木】へえ。生物の動きって機械の動きに似てるんだ。あ、いや、逆さまか。
【高橋】ウィーナーはローゼンブルートの研究にふれて“生命機械”を考察できると考えたんだね。戦争が終わり、この二人が複雑な人間の「手」の研究に立ち向かったことが、ロボット工学の原点となった。彼らは生命を「ホメオスタシスをもった自動制御システム」と考えたんだ。これが生体をモデルとする機械と、機械をモデルとする生体の研究の糸口となっていくんだ。
【鈴木】ふーん。ロボットは単に機械が生物をまねたんではないんだ。機械と生物の共通するところから、なんですねえ。
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