◎グノーシス
◎桃山時代
◎グーテンベルクの印刷術
◎超越する博徒
◎サイバネティクス
◎鉄の宇宙誌
[第3形相]
グーテンベルクの印刷術
【解説】ヨハネス・グーテンベルク(1400頃-1468)はヨーロッパで最初に金属鋳造の活字による手組印刷を行ったドイツの印刷業者。文中で触れている『グーテンベルクの銀河系』はマーシャル・マクルーハンが1962年に発表した、活字文化が人間に与えた影響をブリコラージュの手法をもちいて解き明かしていった快著で、松岡正剛の千夜千冊でも取り上げられている。
 

 
 
 
 
事業家グーデンベルク
【鈴木】印刷って本当は中国が一番最初なんですよね。
【高橋】そうだね、印刷の歴史はアジアに始まっているんだ。中国以外でも8世紀の日本の「百万塔陀羅尼」、12世紀朝鮮の膠泥(こうでい)活字なども有名で、すでに実用的な印刷が始まっているね。今日話すグーテンベルクの印刷術が引き起こした事件を全面的にアジアに当てはめていいかどうかは疑問だけど、近代ヨーロッパがどうできたかという点で大きなヒントになるね。
【鈴木】へえ、なんか今日も最後は大きいところへ行っちゃいそうですね。
【高橋】もともと大きい分野だからね。でも最初はささやかな意思がきっかけだね。グーテンベルクはまずは一人の事業家だったんだ。彼はストラスブールとマインツいう地で、当時の写本という手段ではなく、機械的な文字による本の生産を考えた。写字生が写本一冊をつくる間に、機械で百冊の本が作れたら、というふうにね。
 ルターの宗教改革の時代がこのあとすぐに来るんだけど、その背景に、ローマ教皇を頂点とするキリスト教教会は権力機構として長い間ヨーロッパを支配し、いろいろな弊害が起こってきたことがある。それへの反動として聖書へ戻ろうという宗教改革、いわばキリスト教原理主義が立ち上がった。さまざまなプロテストが起こっていたんだね。
【鈴木】免罪符を教会が売るとか、お金で救われるなんてことに反抗したんですよね。
【高橋】そう。そんな免罪符を買うと救われるなんてこたぁ、聖書に書いてないっていうことだね。それ以外に当時のドイツの体制がある。ドイツは19世紀末まで神聖ローマ帝国という多数の諸侯が統治する公国の集合体だった。その諸侯たちが政策を合意する評議会は親ローマ、反ローマなどの緊張関係をはらんでいた。ルターがそういった改革を唱えると反ローマ派の諸侯が支援して、ドイツ農民戦争、30年戦争などが勃発し、大混乱に陥っていくんだ。
 まあ、そのような宗教改革の前夜に聖書が市民の間で意識され出したことから、グーテンベルクが写本でつくられていた聖書をたくさんつくれば売れるだろうと考えたことは、事業家としては目先が利いていたわけだったね。
【鈴木】ふーん。なるほど。それであの42行聖書なんですね。で、儲かったんですか。
【高橋】グーテンベルグは事業の正式な開始までに借金を返せず、印刷所の事業権も奪われた。とても儲けたとは言えないね。それは事業家とともに制作者としての彼はプレス機械から印刷インキ、活字、書体・フォントまで考案しなければならなかった。多大な時間と労力が彼を圧迫したんだね。
【鈴木】フォント! ちなみにグーテンベルクの発明って知っているようで知らないですよね。インクは水で薄めた膠墨を使っていたと聞いたことはあるけど、他はどんなものだったんですか。
【高橋】ブドウ酒をつくるブドウの搾り機をヒントとしたプレスの機械と、可動式の金属活字、そして印刷インキと印刷用の羊皮紙。この羊皮紙は従来の写本用のものでは機械に入らないので新しく開発したんだ。フォントはゴシック体の活字がここで使われている。ゴシックは松岡さんの千夜千冊『東ゴート興亡史』に書いてあるように、ヨーロッパを自覚させた様式だね。で、そういったものを彼はすべてつくっていかなければならなかった。写本と違って多くの人が作業に参加しなくてはならないのが印刷術であり、多くのパーツの発明をアセンブリーした複雑な統合技術でもあるよね。
【鈴木】ふーん。ゴシック体とか書体がこの段階から考えられていたんだ。

声を無くしてなくすもの
【高橋】マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』に書いてあるんだけど、言葉を文字にすることは、何かを忘却することだとプラトンは言っているね。書記や写字生たちは何か知識を忘れるというんだ。プラトンの神秘主義は、そこで文字で表出される限界とその超越を目指しているんだけど、ここでは印刷術が広まるまでは文字は声を出して読まれていたということが大切。中世の写字生たちが声を出して書き、読んでいたときは、そこに世界像が浮かんでいて、それを文字が支える構造感覚があったということだね。
【鈴木】黙って読むのが普通なんじゃないんだ。みんな詠唱していたんですね。あっ、そういえば英単語なんかも声を出しながら字を書くのが一番覚えますよね(笑)。
【高橋】よく言われているんだけど、印刷術の広まりにより、急速にテキストを黙読する世界が出現するんだね。宗教改革の時代を絡めて言うと、現世の教会は本物ではない、本来の教会は各人の心の中にある。つまり心の中にあるものが本物であるという意識が黙読という動作につながっているんだ。声を出して読むということは聞く人と場を共有した作業なんだけど、黙読して考えるということは自己完結的な作業なんだね。
【鈴木】読むことが他者との会話ではなく、内心の対話になっていくんだ。
【高橋】すると、思考の奥に無意識が自覚される。そういう人の心理の奥をみるということから心理学が誕生するんだね。それはまた絵画などのイメージに対しても「黙読」という行為が発生させる。絵画もかつては絵解きをし、物語を語って観たんだけれども、自己解釈によって観ることになった。これは読むことに束縛された、限定されたイメージを受け取る行為になっていった。そこに出生した心理学は仏教の唯識論などからすれば、かなり心理を固定的にし過ぎるところがあるね。

拡張する暗箱:カメラ・オブスキュラ

【高橋】もうひとつ、活字は複製技術だね。その機械的な文字の再生による活字文化は、もうひとつスペクタキュラーな展開を見せる。それがカメラ・オブスキュラ、暗箱の劇場の進展だね。
【鈴木】ピンホールから通した光で反対の壁に外の景色を映し出す、カメラの原型ですね。「学研の付録」にも確かありましたよ。もともとはかなり古いものでしょ。
【高橋】そう、アラビアで発明されたんだけど、この当時にかなり研究されたんだね。そこに投影される画像は古代ローマの神殿や神々など実際に存在しない映像が自由に再現され、キャラクタライズされて演出される。すなわちオペラの原型になっていくんだけど、重要なことは活字文化の広まりによって、これらも文法に従って読み解かれるものとして構成され出したことだ。
【鈴木】読み解かれるって、普通の演劇ってそうですよね。
【高橋】今のね。今僕たちが普通に思っている演劇の心理描写はこの時代から始まっている。この心理描写を初期的に始めたシェークスピアなんかがすごいとこなんだけど、雷とかの光と光景が心の動きを示すものとして使われ出す。これが近代のヨーロッパ的文学を作り上げていくんだけど、しかし、中世の神聖劇などが語り手がいて、一定の物語的解釈が与えられて、そこに観客の能動的な参加ができていた、いわば観衆の反応によって解釈の変更も起こったのに比べて、プロテスタント的な複製時代の演劇、活字文化は全員をある解釈に導いていく。そして「知」が犯すべからざる、逆に言えば、非能動的なものであるという固定観念が発生する。ここが大事だよ。

「個人」はここに生まれ出る

【鈴木】うーん。今日はなにげに難しいですねえ。知が固定化されていったんですか。
【高橋】そう。そこに著作性が発生するんだ。変な話だけど複製文化による映像、演劇の発明はオリジナル性を発生させ、「知」を所有する対象とし、また、そこから広がって個性、私有財産、プライバシーという考えの発生へつながる。西欧中世の語り部、吟遊詩人なんかはそうでなくて、まず昔の物語の暗唱、口承された歴史物語をもっていて、それを宮廷用、子供用など新しいヴァージョンに編集していったんだけどね。
【鈴木】和歌の本歌取りのようなもんですね。
【高橋】そうそう。本歌取りは盗作と区別できないよね。それをやめたところで出てきた「私の知」という観念は、「個人」を発生させた。著作性を発生させる私という個人はオリジナルで、また多様なものであるというひとつの思い込みもだね。
 ただし、こういった動きを推進していた新教徒の中からも、ラブレーなどは「印刷プレスから多量に絞り出される葡萄酒に酔っているのが新しい世紀の文化である」と『ガルガンチュア』で言っている。“近代的自己”は一つの幻想だというんだ。さすがだね。
【鈴木】えー、ちょっとよく分からないのが、印刷されたり演劇的に読み解かれる知は個人を生むんだけど、それは何かが足りないってことですかね。
【高橋】さっきプラトンが『パイドロス』でソクラテスと対話していること、文字にしたときに何かを忘れてしまう、てことを言ったね。つまり古代に文字が発生したときにすでに起こっていたことではあるんだけど、言葉を文字として外部化することは知を外部に固定するために、おおざっぱに直観される知とか、共振がつくり出す普遍的な知からは遠のくんだね。印刷プレスはそういった文字を大量につくり出し、人間の内側にあると仮想されたものを外部に与え続ける加速装置でもある。いわば人の心をプレスしているとも言えるね。
【鈴木】直観なんかよりも知らず知らずにプレスされた心が規範になるんだ。ふーん。文字はいろいろ問題含みなんですね。でも結局はそれに頼る大勢は変わらないときにどうするんですか。
【高橋】まず、人間の心をすでに与えられた個性的なものと考えるだけではなく、機能としてみること、すなわち一種の編集装置として見直すのが大事だろうね。一編の映画を技法としてみる、装置としてみる、手順としてみる、と捉え方を操作してみていくように、われわれに文字として与えられるものも編集可能なものとして扱っていくことが大切なんだ。そのときに用いられる方法を考えていくのが編集工学だといえる。編集は組み替え、限定、言い換え、暗喩などの方法で、もっと相互的にこれまでの情報をすべて使って何かを創出をしていく、オリジナルではなく創出していくということだね。
【鈴木】なるほど、オリジナリティではないところがすごいところなんですね。ぜんぜん別の話ですけど、このグーデンベルクの印刷した本って、非常にきれいですよね。最初に考えるとこういった最初の技術は原始的な単純なものかなと思うんですが、これはこれで特殊だったんですかね。
【高橋】いや、最初に物事つくるってことは、そこに込められた可能性を全部出そうとしてしまうんだね。初期の縄文土器を考えてごらん。あの多様化の前の完成度には当時の人間が土器というものがどんなものかはっきりしてない中で、すべての可能性を込めてつくったものの素晴らしさがある。グーテンベルクも印刷でつくる本でもその当時成熟していた写本というメディアを抱え込んで、新しく誕生しようとする印刷ができる可能性を、知らず知らずに全部出そうとした。現物を見たことがあるけれど、本当にはっと息をのむ美しさだった。最初は事業家でも、最後はいろいろ苦労を重ねながら純粋にものづくりに没頭していたのかもしれないね。



 

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