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| 【解説】天正10年(1582年)から豊臣秀吉の死去した慶長3年(1598年)ごろまでをいう。秀吉がつくった伏見城がある土地を桃山と呼んだことに由来する。この時期、伏見城をはじめ、多くの城郭や社寺が造営され、その内部を飾る豪華な障壁画や調度美術が発達した。美術上は豪華、華麗な装飾を特長とする。 |
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イラスト:佐藤三奈子
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絢爛豪華と3つの革命
【高橋】桃山時代には、3つの大きな動きがあることを覚えていた方がいい。まず、ルネッサンスからバロックに変化するのと同様の文化的な革命が起こっていたこと。2つ目は、あまり意識されないことだけど、西欧の宗教革命と同様に日本でも一種の宗教革命が起こっていたことだ。これも世界と連動しているね。最後に経済、流通革命が起きたことだね。
【鈴木】 革命3連発ですか。すごいっすね。桃山時代というと、建築なんかでは、庭園文化が発達して、桂離宮などに見られる回遊庭園なんかが流行だったんですよね。でも全体的には派手できらびやかな感じがするんですけど。
【高橋】 そんな感じがするのは、この時代の様式や感覚が日本が日本のままでよいと思えた数少ない時期であることが感じられからかもしれないね。絵画が狩野永徳から狩野山楽に移り、長谷川等伯や海北友松らが活躍する。茶では利休から織部へ、芸能では能から浄瑠璃・歌舞伎ヘの転換が起こるね。
【鈴木】 織部ですか。先日の織部賞の第3回授賞式は大変な感動だったらしいですね。
【高橋】 (グランプリの)大野(一雄)さんの踊りね。僕も泣いちゃったんだよ。珍しいよね。まあ、それはそれとして、いま言った変化とは利休などのスタティックなものから、織部のように二焦点的にアシンメトリックに展開することなんだ。つまりバロックへ、だね。
【鈴木】 歌舞伎もこのころからなんですね。江戸時代かと思ってた。
【高橋】 歌舞伎は戦国時代が終わって、槍一筋で出世を目指していた若者たちのエネルギーがうっ屈して、遊び狂った姿が始まりなんだ。彼らはものすごく過激な格好をしててね。つまり傾いている。斜に構えることを傾く(かぶく)と言って、それを演劇化したものが歌舞伎なんだね。
それから、このときにわれわれが日本的と馴染んでいる多くの要素ができたのも知っておいた方がいい。数寄屋造りや和服、和食、和菓子。和服に襦袢(じゅばん)ってあるよね。あれはこのころできたんだけど、もともとポルトガル語で下着という意味。ヨーロッパの服飾構造が日本語に取り込まれているんだね。そういうふうに大航海時代末期のこの時期、それぞれヨーロッパ、インド・東南アジア、中国・朝鮮文化などの影響が文化的に大きかった。たとえば、お祭りで山車や神輿を引きまわすね、ああいった様式はほとんどはこの時期にできたんだ。
【鈴木】 へえー、おもしろい。日本独自の風習っていろんな国のアレンジなんだ。
「天下人」が偉いわけ
【高橋】 桃山時代は、織田信長亡きあと、全国統一戦争をうけついだ羽柴秀吉がほぼそれをなしとげて、群雄が戦いあう内戦が終結するプロセスの時代だった。つまり鎌倉幕府成立以来分裂していた日本が、およそ300年ぶりに統一政権下に入っていった。ここにヨーロッパ史などにはない「近世」という時代がはじまるんだね。そこでは第一にだれでも知恵と力で下克上が可能な時代にどのような安定的な社会を選択するか、第二にどのようにして権力をつくりだすか、そして第三にどのような経済文化システムを構想するかということがテーマになったんだ。
【鈴木】 300年ぶり! そうなると、なんか平和にはなったけど勝手が違って、という感じですよね。
【高橋】 そうかもね。最初に社会的なことでは、われわれが思い込まされている国家、軍隊、宗教、個人といったもので社会を構想するのではなく、地域的なコミュニティ(共同体)を基盤にした社会をまず考えたんだ。そしてそれは、内乱が終わったあとの武士をどう扱うかということもあって妥協的なものになり、士農工商という身分制になってしまう。
ところで、戦国の下克上時代を生きた時代、武士といっても、だれが武士なのかわかんないわけだよね。家柄的に言ってはなんにもないのに、織田信長の足軽になって、部将として出世した羽柴秀吉が武家なのかどうかといったら、ちょっと困っちゃうわけ。それで統一戦争の戦功が認められるものを武士とし、そのほかの人は刀狩りで農工商、あるいはその外の芸能者やアーティスト、儒者や僧侶、神官などにしたんだ。
【鈴木】 ふーん。ここでまず、上下の階級制度がでてくるんだ。
【高橋】 いや、ちょっと違うところがある。近世の四民というけど建前では明らかに上下階級、しかし、社会の並列的な領域分担でもあったんだ。農民を基本的な納税者として、武士がそれを統治しサービスを提供する。いわば行政・司法・軍事を独占する。けれども、武士は城下町に住んで、農村に住むことはできない。農村には寄合という自治制度があり、コミュニティのルール(掟)が優先して、そこで解決できないことを武士が解決する。商人や職人についても同じで、城下の商人町を形成し、そこに武士は住めず町寄合が町政を決定する。で、そういう社会を統合し安泰にするのが「天下人」とその政府というわけなんだね。
【鈴木】 天下人。秀吉ですか。しかし、さっき秀吉でもほんとに普通の足軽からってことがあるのに、いきなり「天」がついちゃうとは、いくら偉いと言ってもちょっと威厳がないというか。本人が言いだしたとしたら、あの人ちょっと危ない(笑い)っていうのはなかったんですか。
【高橋】 実はそれが2番目の革命、宗教革命に関係するんだ。この日本の16世紀にはかねてから広汎な宗教革命が進行していて、これが「天下人」という概念と不即不離なんだね。つまり織豊政権の背景の正統性を支えたものとなったんだよ。この点が浅尾直弘の名著『将軍権力の創出』、その論理をうけついだヘルマン・オームスの『徳川イデオロギー』などによって詳細に研究されてきたんだ。この2冊はぜひとも読んでほしいね。
【鈴木】 読みます。今度読みますけど、その革命って、どんなだったんですか。
【高橋】 これは日本の神道の宗教革命なんだ。キリスト教の宗教革命がルターの聖書への回帰といえるとしたら、日本のは神道への回帰と言える。それも古代の神道ではないんだ。いわば逆本地垂迹(ぎゃくほんじすいじゃく)なんだね。
【鈴木】 本地垂迹って仏様が神の姿になって現れる、あれでしょうか。
【高橋】 そうだね。本地垂迹とはは天竺の仏や菩薩が日本の民衆を救うため神々の姿になって現れることをいうんだけど、平安時代に密教が導入されてから発生した考えだね。逆本地垂迹といったのは、反対に神々が第一にあり、その教えをサポートするために仏や菩薩が出現したという考えだ。つまり神本仏迹ともいえる。
仏教には仏法至上主義というのがあったんだね。権勢を誇る皇帝も仏に礼拝するべきというものだ。それの反対と考えてもいいかもしれない。具体的は信長、秀吉の神格化。つまり神のみが支配者を決定し、その選ばれた支配者が信長であり、秀吉であるというものだ。仏教も何もすべて宗教は神とその代理の信長、秀吉が進める新しい国づくりを支え、奉仕しなくてはならないということだね。それは信長の統一へのイデオロギーとなり、秀吉の朝鮮戦争への思想的後ろ盾となったんだ。
ネットワークな城下町
【鈴木】 一番上にいる神に与えられた権威なんだ。でもそのすべてを支配する神がここで出てきた原因ってなんだったんですか。
【高橋】 ひとつはアイロニカルだけど、信長が最初庇護した宣教師たちの働きがあるね。彼らが反宗教改革を進めたイエズス会士であったことが重要なんだ。つまりローマ法王をいだくキリスト教会がトップにあり、世俗の業務をヨーロッパを統合した皇帝に戴冠させて委嘱した権力構造を宣教師たちが背景に持っていたこと、それが絶対的な神の権力というシステムを信長に知らせたんだね。
信長は仏法を国家原理としようとする一向宗や金融・情報ネットワークを独占していた比叡山を攻めたし、秀吉は高野山を屈服させ、鉄砲隊を備えた雑賀衆が支える根来寺を滅ぼした。そして、日本の神々の始元のヴァーチャルな至高神を想定し、天皇をその司祭として、その神が「天下人」という特別な存在をこの世に遣わしたことを認めさせようとしたといえるかな。その権力のシンボルが安土桃山城など、このころから造られた天守閣を擁した城なんだ。
【鈴木】 天守閣ですか。現存最古の天守閣を持った「丸岡城」(福井県)なんかは建築では有名ですね。入母屋造りの屋形に回縁勾欄付きの望楼をのっけた形で、その黒い板壁などは初期天守閣に顕著な特徴なんだって習いました。そういえば天守閣にある鯱(しゃちほこ)って、雄と雌に分かれてるんですよね。しかもたいがい雌の方が重くできてるらしいですよ。あれってそれ以前にはないものですよね。インド神話かなにかから来ているんでしたっけ。
【高橋】 そう、マカラ。宇宙を吐き出した魚だよ。つまりこの世界を誕生させた始源の存在を天にいただき、現世のシステムはすべてこの城をモデルに構成される、ということだね。ちなみに古代によく屋根に載っているのは火災を鎮めるという神話の鳥、鴟尾(しび)だけど、それに代わる鯱をつけたところに天守閣の意味があったわけだね。
で、「天下人」の下、平定された全国の諸侯は同じような城と同じような構造の城下町をつくったんだ。そこに貨幣がつくられ、平準化した規格の中で城をネットワークとした流通のシステムができあがった。つまり城を拠点とした流通革命、今日の話の3番目の革命が起きたんだね。
【鈴木】 すごい。そうだ、今日は城がシンボルだったんですね。城ってこのとき一斉に造られたんでしたよね。
【高橋】 そうなんだ。日本中で建築ラッシュとなって、未曾有の好景気が出現した。「弥勒の世」だね。まあ、ここでおいしい思いをして例の土木本位制というか、日本の土木主義になっちゃったんだけど。でもそこでバブルが弾けて朝鮮戦争に乗り出していった。調子に乗るとろくなことはないのは、天下人といえど同じだったんだね。
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