セイゴオちゃんねる

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2014年5月19日

Diary 男子生徒たちに、セイゴオが語る


 今年1月、埼玉県立春日部高校の1年生全員、約370人に、セイゴオが講演を行いました。春日部高校は、昨今では珍しい県立の男子校であり、県下随一の進学校です。"教科書が教えない"世界や日本や社会のことを、「読書会」を通して学ぶというユニークな試みのために、セイゴオの『17歳のための世界と日本の見方』が選ばれたことから、この日の講演会が実現しました。
 それに先立ち、半年をかけて『17歳のための~』を共読してきた生徒たちから、A3の用紙にびっしり書き込まれた感想文が届きました。「大人からもこれほど具体的に内容に踏み込んだ感想文をもらったことがない」とびっくりしたセイゴオ、講演会では、そのお返しに、社会の諸問題の「見方」も織り込みながら、日本の本来と将来を考える勇気とヒントを伝授しました。
 その内容を簡略版で以下にお届けします。

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男子校諸君にささぐ

 松岡です。こんにちは。今日をとても楽しみにしてきました。
 ぼくが出た東京の九段高校は男女共学なのですが、なぜか男子だけのクラスが2クラスあり、ぼくはそこに振り分けられました。共学校のなかの男子クラスは奇妙でしたが、たいへん楽しかった。そういうわけで、男子校に一度来てみたいと前々から思っていたのです。
 みなさん『17歳のための世界と日本の見方』をよくぞ読んでくれました。感想文もすばらしかった。ただひとつだけ言いたいことがある。みんな文字が薄すぎる。もう少し濃く書いてくれないと、もうすぐ古希を迎えるぼくには読みにくい(笑)。
 さて、今日は『17歳~』で諸君が感じてくれたことを増幅し強調して、お話ししたいと思います。

生命は情報である

 まず最初に編集の力についてお話しします。
「編集力」というとメディアやジャーナルを連想する人もいると思いますが、じつは編集は、われわれが生きていること、さらに言えば生命の発生とたいへん深い関わりがあるのです。
 どういうことかといいますと、われわれ生命は情報高分子、すなわちたんぱく質でできている。この情報高分子は宇宙からやってきたということが最近の定説となりつつあります。やがてそれがドロドロのスープ状の原宇宙環境の中で、原生命体となり、次には自分を維持するための細胞膜を持ちました。膜ができたことにより、その内側と外側とに情報が分かれ、ここから自己と他者という区別が生まれたのです。
 このようにまず情報を区別することが編集の第一歩としてとても重要です。区別ができれば、今度は新たな視点でモノゴトをつなぎ、新しい関係性見出すことができる。これこそが「編集力」のヒミツであり、それが生命の発生にも関係していることを憶えておいてください。

不確定なアドレッサンスが社会を複雑化する

 編集の力をもってしても解きにくい問題がある。それは21世紀が複雑になっているということです。21世紀の社会を複雑にしているものはなんでしょうか。いろいろあります。
 たとえばヒトの問題として、「思春期(アドレッサンス)」があります。思春期になると男子はひげが生えたり、にきびが出てきたりします。諸君は男子校だから、女性の変化というのは見られないですが、女子もカラダがどんどん変化する。生物学的にいえばこれは「発情期」の始まりになります。動物の場合だいたい発情のタイミングは決まっています。しかし人間の場合、ばらばらです。だいたい15、6歳ごろに始まるということになっているけれど、30歳をすぎて初めて恋をする人もいる(笑)。人生の中に思春期や発情期がぐらぐらと登場したり退場したりするのです。これは動物と人間のもっとも異なる点だといってもいい。
 こういう不確定さ、不安定さが人間の恋や欲望をより複雑なものにしています。その複雑性が、小説やマンガ、トレンディドラマや"きゃりーぱみゅぱみゅ"を生み出しているのです。

「オプション」の世界の中で

 複雑な社会であることに加えて、世界はどんどん統計的な社会になっています。たとえば諸君の中で半径10km圏内から通っている生徒は何人いるのかとか、卒業生のうち何人が何大学に進学したかとか、そういう情報がすべて統計になっています。しかしすべてを統計上で考えるとおかしなことがおこります。
 すこしギョッとする話をします。たとえば男女共学の中学があるとします。生徒の男女比は7:3です。諸君はその学校の門の前に立ち、次に出てくるのが男か女か当てるとします。統計学では、次に出てくるのは70%男性で30%女性の変な生徒、つまり「ハイブリット」が登場すると考えるわけです。おかしな話ですね(笑)。しかし統計学ではこれが成り立ってしまう。そして社会をこれに過剰にあてはめ、生まれてしまったのが金融資本主義というものです。
 こうゆう非実在の確率的な世界を「オプション」の世界といいます。いま社会では「何%の利益をあげる」とか、「何%の進学率をめざす」とかそういう統計的なことばかり語る大人が増えています。しかしここでは人間個々の決断は無視されている。本来それは、平均値化できないはずです。だからこそ、この不確実な「オプション」の社会の中で、自ら「オプション」をつくって選択していくことが、諸君に求められている。それが人生であり、決断なのです。

多重な価値観を包含する日本

 ぼくは日本が大好きで今まで長いあいだ勉強し、考えてきました。そして気付いたのは、日本の中にひそんでいる方法をもうちょっと理解できれば、世界にも自分にも有効なことがいっぱい取りだせるんじゃないか、というぼくなりの結論でした。そのためにも日本の特徴がわかっていなければならない。
 諸君の感想文を読んでよくわかったことは、みんな"たらこスパゲティ"が大好きだということ(笑)。おいしいよね。イタリアのパスタにたらこをまぶしてきざみ海苔をかけて箸で食べる。こんなことをするのは日本だけです。照り焼きバーガーも、カレーうどんもそうです。日本はこのように、2つ以上の価値観を両立させ、日本らしくすることが得意な国だったんですね。
 たとえば、日本にまだ文字がなかった時代、「中国」から漢字が入ってくる。しかし、日本人はそれをそのまま使ったわけではなかった。松岡の「松」という字は中国語では「シャン」と読みます。そこから日本では「松」を「ショー」と読むようになった。でも、もともとあった和語を漢字にあて、「松」を「まつ」とも読みました。このように、漢字という外来文字を使いながら、コミュニケーションのための約束ごとを、和語に基づいて新しく編集したのです。

 「つながり」を編集する

 諸君からの質問で多かったのは、「松岡さんはどうしてこういうふうになったのですか」。「こういうふうに」というのはどういうふうなことなのかよくわからないけど(笑)、あえていうなら、ぼくは今までどんなことにも「つながり」というものを大事にしてきました。
 諸君も「編集力」を身につけて、この不安定で複雑な社会の中にかくれているモノゴトの関係性を見つけていってほしいと思っています。そのためにも、多重な価値観をうまく組み合わせて、独自の文化を形成していった日本の編集方法にも学んでほしい。今日の話をもとに、自分で本をひもといて、どんどん勉強していってください(拍手)。

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キャンパス内にある音楽ホールを埋め尽くす詰襟の男子たち

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映像とホワイトボードを駆使した特急スピードの講演だった


講演:1月22日(水)
レポート作成:寺平賢司・小熊憧
写真:吉村堅樹

投稿者 staff : 14:52