セイゴオちゃんねる

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2012年5月31日

Report 連塾ファイナル 松岡正剛・本の自叙伝(3)

 第1景 テスト氏の一夜
 第2景 死者の書
 第3景 サイの国から
 第4景 黒板銀河鉄道
 第5景 アインシュタインの林檎
 第6景 生命の塵
 第7景 虹色のトロツキー
 第8景 ZEAMI条々

 ヴァレリーと幸田露伴を、折口信夫と本居宣長と白川静を、『銀河鉄道の夜』と『オデュッセイア』を、松岡正剛と森村泰昌を、絶妙な抜き合わせにしながら、「本」から「本」へと放電しつづけてきた「自叙伝」も、6時間を超えてとうとう最終景を迎えた。しかし、ここからが、本連塾最大の胸突き八丁なのである。松岡は、25冊の本を連綿とつないで語りおさめるという壮絶なクライマックスを最後に用意していたのだ。

 裏方スタッフがこの日もっとも心配していたのは、セイゴオの体力が終演までもつかどうかということと、それぞれが細密工芸のような立体構造をもつ9つの各景の時間配分がうまくいくかどうかということだった。松岡がこの一世一代の「連塾ファイナル」のために執筆した「台本」は、打ち合わせやリハーサルを重ねるたびに長大化し、最終的にはA4約100ページに及ぶものとなったいた。このすべてを語り尽くすとなると、12時間以上は優にかかるであろうコンテンツ量である。

 松岡はそのことを誰よりも理解しながら、不可解なことに、本番を迎えるまでコンテンツ量を一切減らそうとしなかった。何か方法的な確信を抱いていたようだが、前日のリハーサルでは序奏だけで予定時間を超えてしまうシーンが続出した。「もう終わり? これじゃ無理だよ」と思わず気色ばむ場面もあった。

 にもかかわらず、松岡は、本番舞台では第8景までほぼスケジュール通りの進行でこなしてきたのである。しかも100ページの台本を一行たりとも削ることはしていない。なんと、そのあふれるコンテンツのなかから「言葉」にするものと「間合い」にするものと「ふるまい」にするものを、用意と卒意によってパフォーマティブに振り分けて再編集していたようなのである。しかも、めくるめく各シーンを結節する「語り」は、台本に書いてあることではなく、行間に潜んでいた内声を響かせながら即興的に言葉にしていた。

 じつは松岡は準備の渦中で「台本」をどんどん重厚に仕上げていくとともに、ダンサーの田中泯さん・石原志保さん・花岡安佐枝さんたちにパフォーマンスのアドバイザーになってもらい、立ち位置から歩き方、舞台装置の使い方まで、事細かく相談をしてきたのだった。もともと松岡の言語思想に深い関心をもつ3人のダンサーたちは、松岡が実践したがっている身体言語の見せ方を明確に理解してくれたらしい。

 すでに疲労のピークに達しつつある身体を抱えて、松岡は安田登さんの熱演した『リア王』の余韻の残る舞台を一瞬だけ暗転させ、そのまま休むことなく、第9景「二十五冊の連綿草」に向かっていった。

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25冊の本とその類書たちがステージのそこかしこに蹲踞し、松岡の言葉とパフォーマンスを支える


*以下、(1)(2)に続き、写真による第9景と「本宴」のレポートをお届けします。
*「二十五冊の連綿草」で取り上げられた本は、編集工学研究所の「本の自叙伝」速報レポートに全冊掲載しています→http://www.eel.co.jp/info/?p=640

◆7:00pm- 第4場 松岡満了、セイゴオ読了

【第9景 二十五冊の連綿草】

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開演からすでに6時間。日頃のセイゴオの体力を考えると立っているのが不思議なほどだが、ここから再びアクセルを踏んで加速する直前に、聴衆を包み込むような笑顔を見せる。

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松丸本舗の開店時にエントランスに掲げた直筆のダイヤグラム「BOOK meets BOOK」をスクリーンに写し、セイゴオ読書術のエッセンスを語る。「読書には、実際に本に向かってする“顕読”とともに、本を読んでいないときにもしている“潜読“がある。読書は本を読む前から始まっている」。「読書は知を因数分解することではない。アブダクション(仮説的形成)をしながら、意志によって高速な連想を一気に起こし、アルスコンビナトリア(方法の組み合わせ)に向かう。これが編集工学的な読書である」。

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「千夜千冊」の画面を次々にスクリーンに出しながら、25冊の本を5冊ずつ、連綿にしながら語っていく。最初の5冊は、高野文子『絶対安全剃刀』、『墨子』、ベンヤミン『パッサージュ』、カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史』、アシュレイ・モンタギュー『ネオテニー』。自分の世界観に亀裂を入れておくために、幼な心を専守し、欠けたものをパッサージュし続けることを教えてくれた本たちだと言う。

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ダンセーニ『ペガーナの神々』、小川未明『赤いろうそくと人魚』、ジャック・プレヴェール『金色の老人と喪服の時計』、J・G・バラード『時の声』、半村良『産霊山秘録』。「遠くからやってくる正体不明のものを感知する5冊」。第8景で安田登さんのための「目付柱」となった舞台下手の和紙の円筒に明かりが灯されている。堀木エリ子さんの作品である。

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25冊の連綿草の最後は、「日本という方法」を読むための、ただし、セイゴオがとりわけ哀惜をもって接してきた5冊。慈円『愚管抄』、心敬『ささめごと』『ひとりごと』、塩見鮮一郎『浅草弾左衛門』、長谷川時雨『近代美人伝』、夏目漱石『草枕』。

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漱石自身が「こんな小説は天地開闢以来、類がない。西洋にも日本にもない」と語った『草枕』。それが漱石にとっての「日本する」ということだったのではないか。本の「縁側」にしゃがみこみ、静かに25冊を語りおさめる。

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9景にわたって、ひたすら「何も明らかにならない、まとめようのない話をしてきたような気がする」と言いながら、最後にセイゴオがすべてを託したのが、『草枕』を誰よりも愛読したグレン・グールドだった。床上35センチの低い椅子に座って鍵盤に向かう異形のシルエットと、抑揚を押し殺したバッハのフーガの演奏を背景に、ニューヨークのスタジオに招かれたグールドの孤高を語るうちに、セイゴオの声が詰まる。やがて、「グールドこそは、松岡正剛がもっていない、松岡正剛そのものだったのです」と驚くべきことを告白した。

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ステージ後方の暗がりで背中を向けて、ラストメッセージを刻む。ひとつ、様式は一挙に混淆すべきである。ひとつ、方法が内容なのである。ひとつ、表現とはよくよく練られた逸脱である。

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「これで、すべてが終わりです」。セイゴオの生涯で、これほど長いお辞儀をしたことはかつてなかっただろう。この後、ステージを降りても万雷の拍手がなりやまず、再びセイゴオが登壇すると、会場全体が大波のように揺れ、ほぼ全員のスタンディングオベーションとなった。セイゴオはステージに両膝をつき、一瞬グールドのピアノ鍵盤に跳ね上がるような手つきをして、もう一度深々と礼をした。

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セイゴオの姿が舞台から消えても、いつまでもスクリーンに残された「さよなら連塾、またきて本塾」の言葉を見つめ続ける塾衆たちの余情が、いまもって泣きたくなるほど美しい。


◆8:30pm- 本宴―連志連衆の恋々トーク

「本の自叙伝」終演後は、スパイラル地下1Fの「CAY」で、ブックパーティ恒例の「本宴」が開催された。「連塾」立ち上げ人の一人である金子郁容さんと小城武彦さんのナビゲーションによって、9年間にわたって連塾を支えてくださった塾衆たちから、セイゴオを慰労するとともに、連塾ファイナルの名残を惜しむメッセージが次々と披露された。

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歌人の岡野弘彦さん。「連塾 第3期JAPAN DEEP」にゲストとしても出演。「本の自叙伝」はまさに本と人の「連」だったと言祝いで、先ごろ「千夜千冊」に最新の歌集『美しく愛しき日本』が取り上げられたことが、ことのほかうれしかったと語った。

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乾杯の祝辞は建築家の内藤廣さん。「連塾の歴史はまさに9・11に始まり3・11で終わったが、松岡正剛にはまだまだ日本の指針を見せ続けてほしい」と力強い注文をいただいた。

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シークレットゲストという趣向をおおいに楽しんでくれた森村泰昌さん・安田登さん・笛の槻宅聡さんとともに、すっかりくつろいだ表情で乾杯を交わすセイゴオ。

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田中優子さんはセイゴオがガン手術から復帰したばかりの「連塾第1期 第6講」に出演していただいた。現代の「連衆」が集った「連塾」は、3・11後の日本をつくる「核」になるはずだと語った。左は司会の金子郁容さん。

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北海道から駆けつけてくださった書家の樋口雅山房さんは、「遊」以来のセイゴオの友人。『梁塵秘抄』の「遊びをせんとや生まれけむ」の句を引いた筆書きの原稿を用意して、セイゴオにプレゼント。

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イシス編集学校学衆を代表して花岡安佐枝さんが「今日は自分の体を明け渡すこと、誰かになること、そして真の反逆反抗の精神を松岡さんから受け取った」と、熱のこもったスピーチ。ダンサーでもある花岡さんは、この日のセイゴオのパフォーマンスにさまざまなアドバイスもくれた。

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「強羅のマルチメディアフォーラムで出会って以来、ぼくは松岡さんに惚れてきた。松岡さんもぼくに惚れてくれた」と、セイゴオへの恋情をせつせつと語るデザイナーの川崎和男さん。「でも喧嘩師として松岡さんにこれだけは言いたい。連塾はやめてはだめです」。

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スピーチタイムの合間の歓談では、塾衆や編集学校の学衆たちがセイゴオの前で列をなし、思い思いの感想や感謝の気持ちを伝えていた。

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滝廉太郎のピアノ曲「憾」に始まり、グールドのフーガで締めくくった意外な「本の自叙伝」に触発されたのか、井上鑑さんはステージにあったアップライトピアノで、セイゴオに風雅で神妙な「付句」を献じた。

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「連塾」でもっともステージへの登場回数が多かった、“茶坊主”としての役割をまっとうできたと自負を語った遠州流家元の小堀宗実さん。本宴に出られない藤本晴美さんからのメッセージを代読するとともに、セイゴオの語りに「余白の力」を改めて感じたと数寄者ならではのコメントをいただいた。

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森村セイゴオからようやく“素”の調子を取り戻した森村泰昌さん、「ずっとセイゴオさんに近づくと“やばい”と避けていたのに、いつのまにか“からめとられていた”」と恋情あふれる受難を語って、笑いを誘う。左は司会の小城武彦さん。

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前代未聞のソロトークでエネルギーを使い果たしたはずのセイゴオが、連衆・塾衆たちの愛情を一身に受けて元気に締めくくりのご挨拶。「さよなら連塾、またきて本塾!」の掛け声に、大きな拍手が沸いた。

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本宴中に、膨大な撤去作業に追われるスタッフたちに慰労の声をかけに行ったセイゴオを囲んで撮影された、「黒服軍団」こと藤本組・松岡組の記念写真(撮影は中道淳さん)。藤本さん、みなさん、9年間、ありがとうございました。


◆4:30pm- 幕間録:MとMの楽屋の一コマ

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楽屋でメーキャップを済ませると、仕草も口調もたちまち「セイゴオ」になりきる森村さん。メークのポイントは、ヒゲと眉毛だったとか。とくにヒゲには「かなり投資しました」とのこと。

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セイゴオよりもセイゴオらしい顔つきになっていく森村さんに、セイゴオもたじたじ。

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楽屋で意味もなく連なってポーズをとるWセイゴオを前に、ただただ笑うばかりのヨージさん。ちなみに、森村さんが着ている洋服はセイゴオがいつも愛用しているスーツ。ステージ上のMM対談では、「これを着ると、セイゴオさんの香りと自分の香りがまざるんです。これで一気に面影をまとえるんですね」と語っていた。


*「本の自叙伝」レポート(1)(2)(3)
 編集構成:太田香保
 写真:川本聖哉

投稿者 staff : 16:15

2012年5月30日

Report 連塾ファイナル 松岡正剛・本の自叙伝(2)

 連塾ファイナル「本の自叙伝」を構成する全9景は、それぞれが独立的な起承転結を持つ。「自叙伝」と言いつつ、松岡正剛の生涯を語るわけではなく、読書歴を時代順に語るわけでもない。紹介される本や著者はいずれも「千夜千冊」で松岡が敬愛心をもって取り上げてきたものばかりだが、それらが意表を突く組み合わせ、順番で展開されていくのである。先読みをすることも、結末を予測することもできないが、松岡のパフォーマンスによってひとつずつの「景色」をわたっていくうちに、緻密にはりめぐらされた編集のアヤが「本」から「本」へと、「人」から「人」へと、ものがたりを運んでいることに気づかされるのである。

第1景では、「読書は脳髄に割れ目を起こすこと」だとセイゴオに刻印した西のポール・ヴァレリーと東の幸田露伴を対比させ、第2景~第3景ではコトダマによって日本の母なる物語を読み解いた折口信夫を招きよせたたうえで、漢語を排して日本の“おおもと”に迫った本居宣長と、漢字によって世界観に革命を起こした白川静の「方法」を激烈に提示した。

休憩をはさんで続く第4景からは、ステージのしつらいが大きく変わり、連塾でおなじみの3枚の「黒板」が登場。また、地球儀や三角定規や道具箱や実験道具や不思議なオブジェが所狭しと並べたてられて、ホールに戻った来場者たちを驚かせた。いったい松岡正剛は、これから何をおっぱじめるのだろうか? と思うやいなや、蒸気機関車のエンジン音が聞こえ、汽笛が鳴り響く。スクリーンには星空のなかを走る機関車のシルエット。第4景「黒板銀河鉄道」の開演である。

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第3景まで闇夜のように見えていたブラックスクリーンが、第4景から一転して宇宙空間のようになった。このステージで、銀河鉄道に乗せて物語の秘密と宇宙の不思議をめぐるセイゴオトークが光速で疾駆した。

*以下、レポート(1)に続き、フォトレポートをお届けします。

◆2:50pm- 第2場 銀河承了、粘菌結了

【第4景 黒板銀河鉄道】

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ステージ下手につくられたセイゴオの「書斎」。「本の自叙伝」の各景色は、この書斎から始まり、この書斎で閉じられるという構成になっていた。第4景は、書斎のセイゴオによる朗読から始まった。

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セイゴオが読んでいたのは、宮澤賢治『銀河鉄道の夜』。そのままステージに上がって、朗読を続ける。夜の軽便鉄道で出会ったジョバンニとカムパネルラが、白鳥停車場で降りて広場に出てみると、銀河の青い光のなかに続いていく道が見えた・・・。

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不思議なオブジェたちに囲まれながら、『銀河鉄道の夜』が描いた二人の少年の「ドップラー効果をともなって遠のく高速なすれ違い」を語る。なぜ賢治は、何も明らかにならない物語を描いたのだろうか。

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光球を抱きながら、賢治と共通するセイゴオの「電気化学」への好奇心を明かす。セイゴオは20代につくった「遊」創刊号に「電気式記憶物質館」というビジュアル満載のエッセイを書いている。

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「わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」。『春と修羅』を取り上げて、電気に託された「根本偶然」という賢治のマニエラを説く。賢治もまた、決定的な「割れ目」を残して物語をつくった。

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物語は、「欠けたもの」「失ったもの」を見出す「鍵と鍵穴」によって綴られるものである。物語は、片思いをし続ける。ないものねだりをし続ける。決して成就されることはない。「われわれはいつだって、銀河鉄道に乗って失った物語を探し続ける百代の過客なのです」。ホメロスの『オデュッセイア』から、さらにスタンリー・キューブリックの「スペース・オデッセイ2001」に乗り換えたところで、ステージ暗転。

【第5景 アインシュタインの林檎】

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それまでステージ後方に控えていた2台の黒板が中央に現れると、ここからセイゴオも公の場ではまったく初めてという「黒板天文物理講義」。かつて私淑していた湯川秀樹から受けた谷崎的科学観や野尻抱影から教えられた宇宙観を披露しながら、エンジンをふかしはじめる。

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黒板右側には、宇宙空間をアナーキーに漂う地球の軌道。このアナキズムに耐えられない人類は、まず宇宙をフレームとして扱い、絶対空間と絶対時間によって再現可能な宇宙モデルをつくってきた。黒板左側には、この古典的宇宙モデルを覆した非ユークリッド幾何学を代表するヘルマン・ミンコフスキーの「時空連続体モデル」の図。アインシュタインの相対性理論の前提となった時空モデルである。

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ステージ上に置かれていた地球儀を宇宙模型代わりに使って、非ユークリッド幾何学では三角形の内角の和が180度にならず、平行線が交わることを丁寧に解説したかと思うと、ここからアインシュタインの特殊相対性理論と一般相対性理論を超光速で一気に語り貫いた。

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ステージいっぱいに岐阜神岡の「カミオカンデ」の映像が投影される。マクロ宇宙とミクロ物質を抜き合わせにしながら、科学理論が推論したニュートリノの存在を示す。「この会場も、私たちの体も、しょっちゅうニュートリノによって貫かれているんです」。

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近年関心を寄せている「ヒモ理論」(M理論)を、赤いヒモと黒板を使って解説。セイゴオは少年期にジョージ・ガモフの『不思議の国のトムキンス』に出会ってから、これまでずっと科学書を渉猟し続けてきた。科学書を読むおもしろさは、情報の分母と分子を「抜き型」にかわるがわるに見るところにあると言う。

【第6景 生命の塵】

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「生命は負のエントロピーを食べている」と宣言したシュレディンガーをキーに、物理科学から生命論へと流れを切り替えると、聴衆をおいてけぼりにしながら加速し続けた語りのスピードもモードも、ここからはモデラート・カンタービレ。父の死のナゾを解くためにニューヨークのルイス・トマスを訪ねたときのエピソードを楽しげに語る。

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「生命は複合体である。生命は柔らかい情報編集力をもっている」。粘菌類が自己組織化をしながら次々と姿を変容させていく珍しい映像を披露しながら、生命の科学を「意味の科学」として捉える編集工学の一端を披露する。


◆4:50pm- 第3場 MM了了、YY魅了

【第7景 虹色のトロツキー】

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休憩中に再びステージが大きく転換され、下手の「書斎」から第5景の導入を語り出す「セイゴオ」。この日会場にも見えていた安彦良和さんの『虹色のトロツキー』をスクリーンに映しながら、「いったい革命家とは何なのでしょうね」。

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「セイゴオ」がステージ灯りのなかに姿を現し始めると、なぜか会場前方でクスクス笑いが起こり、さざ波のように後方へと広がっていく。「おかしいですか。何がおかしいんですか」と言いながら、意にも介さず「セイゴオ」は、レーニンやガンジーやゲバラなど、20世紀の革命家やアジテーターたちに扮した森村泰昌さんの作品を映像で紹介する。

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ステージ上手から、それまで語り続けていた声の“主”であるもう一人の「セイゴオ」が登場。最前から姿を見せていた“主”は、じつはセイゴオに扮した森村泰昌さんだったことを明かしていった。 

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「今日は私は複雑な立場です。セイゴオさんの生霊を呼び込みながらここにいるんです」と言いつつ、セイゴオから盗んだ口調や仕草がとまらない森村さん。「完全に似るのではなく、気配や面影を一気につかみとる」という森村さんの核心を引き出しながら、森村セイゴオのミラーリングのせいで、松岡セイゴオは「ぼくのなかでMとMがごっちゃになってきた」と混乱気味。

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いったん森村セイゴオを送り出し、気を取り戻すためにステージ上でタバコを一服しはじめると、今度はそこに、ヤマモト・ヨージさんがタバコをふかしながら登壇。ここで、ヨージさんが自作自演した歌が流れる。「タバコがうまい~仕事は進んだ~・・・」。

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ヨージさんは5歳のときから女性に男物を着せたいという願望があったと明かす。「ヨージの黒」は革命家の黒服にも織部の引き出し黒にも通ずるというセイゴオに答えて、「都会では男も女も“制服”を着るべき」と、ラディカルなストイシズムを覗かせる。

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“素”に戻って再登場した森村さんを交えたMYMトーク。森村「ぼくの原型は鉄腕アトムのパンツ。あの股間を切るとスカートになるでしょう」。ヨージ「ぼくの服は股間に食い込まないんだよ。洋服も男女平等であってほしい」。セイゴオ、さりげなく「洋服を着ること」は「洋服になること」であると、話題を飛ばす。ちなみにこの日のセイゴオは、全9景のなかで4パターンの衣裳に着替えたのだが、いずれにも日頃着ているヨージ・ヤマモトのアイテムが入っていた。セイゴオが「本になる」ための洋服を厳選した結果こうなったらしい。

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舞台上手の上段に「誰が袖屏風」のように衣桁に掛けられていたものの中から、ヨージさんが1点を選んで、セイゴオに着付けする。ヨージさんが坂本竜馬にあこがれてデザインした「袴」である。若い男性の心をつかんで、ただいま大ヒット中のラインになっていると言う。

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少しずつデザインの違うヨージ袴を身に着けたMYM。最後にセイゴオが一番好きな作家を尋ねると、ヨージさんと森村さんは揃って「坂口安吾」と即答した。


【第8景 ZEAMI条条】

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3度目の休憩を経て登場したのは能楽師の安田登さん。第2景で面掛けをして『死者の書』を朗詠したのは安田さんだったことがここで明かされた。ワキ方としてふだんは面をつけない安田さんには新鮮な体験だったらしい。ワキとは生死の境界にいる人であり、無念を抱えたシテに正しい「問い」を発することで物語世界を成立させる役割であると語る。

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ここで安田さんに演じてもらったのは、能楽ではない東西の古典。最初は屈原の「楚辞」から、「離騒」の場面。母国である「楚」を追われ、義憤のなかで泪羅(べきら)の淵に入水した屈原の無念が、安田さんによって再現されていく。

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「続いては、ダンテの『神曲』」というセイゴオの案内に、会場がどよめいた。人生半ばにして道を見失い、暗闇の森に迷い込んだダンテが、3匹のケモノに出会い、やがて案内者ヴェルギリウスに出会うというイニシエーションの場面である。松羽目の代わりにケモノのモチーフが浮かび(美柑和俊デザイン)、安田さんが謡曲ふうに再編集したダンテのモノローグが緊張感を湛えて始まる。

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「ラストはシェイクスピアの『リア王』です」の案内で、さらに会場が大きくどよめいた。安田さんは「もっとも能らしい、救いのない悲劇」と語り、セイゴオは「『リア王』のテーマはまさに世界の裂け目を示すことにあった」と語る。

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リア王が嵐のなかで狂気をはらんで叫ぶ名シーンを、安田さんは、絞り出すようなささやき声から始めて、鬼神を呼びさますかのような大音声へと上り詰めるように熱演し、シェイクスピアの世界を複式夢幻能に仕立て上げた(笛は槻宅聡さん)。・・・胸を焦がす炎は、木々を引き裂く稲妻となり、我が頭上に焼け落ちよ。大地を揺るがす雷は、我が王国を破壊せよ・・・。

投稿者 staff : 22:38

2012年5月29日

Report 連塾ファイナル 松岡正剛・本の自叙伝(1) 

 5月26日(土)、東京青山スパイラルホールで、9年間に渡った「連塾」に終止符を打つ松岡正剛のファイナルトークライブが開催された。

 第1期「方法日本」、第2期のゲスト連談「絆走祭」、第3期の「Japan Deep」、そして第4期の「ブックパーティ・スパイラル」と、2~3年ごとにスタイルを変えてきた「連塾」を締めくくるにあたり、松岡は「本の自叙伝」と銘打った全9景・計6時間の超絶シナリオを構成、約半年をかけてその実現化のための準備を重ねた。

 「本はロマンなのか、テロルなのか」。松岡のこのキワどいメッセージが反響を呼び、告知が始まるなり申し込みが殺到、一時は80人近くがキャンセル待ちとなった。事務局と制作チームがレイアウトの変更や椅子の確保に奔走し、当日は会場既定のキャパをはるかに超える400人以上もの入場者を迎えた。

 「全身自在な方法でハイパーテキストを演じます」というソロトークの予告とともに、松岡は特別ゲストの存在も明かしていたのだが、誰が登場し何をするのかは、当日までスタッフに箝口令が敷かれた。

 9年間の「連塾」の歴史の集大成でありながら、塾衆もスタッフも、松岡正剛本人も、“かつて見たことも体験したこともない”、[本]を主人公とする前代未聞のラストショウがいよいよ開演した。

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スパイラルホールで来場者を迎えた松岡正剛の大型バナーとディレクターズチェア。バナーの写真は川本聖哉さんの撮影。

*以下、松岡が構成したシナリオに沿って、フォトレポートを3回に分けてお届けします。

◆09:00am- しつらい完了、セイゴオ検了

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スパイラル前には「連塾ブックパーティ・スパイラル」恒例のストリート・バナーがお目見え。青山通りに真っ赤な「本市・本談・本宴」が翻る。

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来場者増加のため本の展示スペースは通常の「連塾」よりも大幅縮小。それでも粛々とレイアウトにいそしむ編集工学研究所のboysたち。同じく、床上の展示を変更して天井近くに掲げられた東組による「連塾絵巻」の特製ボード。

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連志連衆會事務局の渡辺文子率いる「表方」の朝ミーティング。受付方法から休憩時のもてなし、ゲストアテンド、クローク対応などなど、きめ細やかなチェックと確認が続く。

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セイゴオは制作総指揮の和泉佳奈子と演出進行の最終確認中。半年にわたって詰め続けてきた進行案でありながら、前日のリハーサルから変更・追加が続出。

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受付開始後、あっというまにホール開扉を待つ来場者がホワイエにあふれ始めた。ホール内では藤本晴美さんの指揮で、照明・映像・音響チームがぎりぎりのテクリハ中。

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来場者に配布された「本の自叙伝 本人篇」(写真左)。セイゴオの著書や編集本をフルカラー24ページで紹介する特製ブックレット。右は「連塾」を支えてきた出演者・連衆・スタッフなど145人のセイゴオへのメッセージを収録した「さよなら連塾・またきて本塾」(こちらは終演後に来場者に配布された)。


◆1:00pm- 第1場 ヴァレリー悟了、コトダマ速了

【第1景 テスト氏との一夜】

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「なぜ閉じた本の文字は夜のあいだにバラバラにならないのか」「本の登場人物たちは、本を読んでいないときに何をしているのか」。客席から登場し、ボルヘスとエンデが子供のころに抱いていたナゾを語る。

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ステージには2台の特製のめくり看板。[本]を主人公に語るためになくてはならない道具立てとしてセイゴオが所望、東亨さんが苦心を重ねた。グラフィックは美柑和俊さん。

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かつて本は黙読するものではなく、「聞く」ものだった。「めくり看板」を、平安時代の調度に見立てて、アコースティック回路が生きていた時代の本の「聞き方」を示す。

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「世界と自分のあいだにあるのは方法である」。1892年、ジェノヴァでポール・ヴァレリーは、脳髄に「雷鳴の一撃」を受け、のちにそれを『テスト氏との一夜』と名付けた。

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ヴァレリーと同時代、日本では幸田露伴が淡島寒月の導きで井原西鶴という“あるおおもと”を再発見する。ここで、滝廉太郎作曲の「憾」が流れ、セイゴオはエアピアノを演奏するようなしぐさで、ヴァレリーと露伴をつなぐ意外な縁(えにし)を語り出す。
「ヴァレリーと露伴から教えられた読書とは、自分の脳髄に放電を起こすこと、割れ目を入れることだった」。

【第2景 死者の書】

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舞台上段に、面を掛けた白装束のナゾの人物が登場、折口信夫の『死者の書』を詠じる。「彼の人の眠りはしずかに覚めていった・・・した・した・した・・・。こう・こう・こう・・・」。「横(おう)の声」がホールに響きわたり、ブラックスクリーンにはおぼろ月のように、「当麻曼荼羅」が浮かぶ。

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折口が説いた古代の「氏語り」をたぐりよせながら、当麻寺に伝わる「中将姫伝説」と、そこにひそむ「日想観」と阿弥陀信仰を語る。「死と生のあいだに、仏教を取り込んで母なる物語をつくる。ここに日本という方法があった」。「めくり」には、先ごろの金環食の写真と、なぜかツムラの婦人薬「中将湯」のマーク。

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コトダマにおいて日本語の本を読むために、本居宣長がみつめた「フルコト」と「いにしえごころ」。日本を読むためには、あえて「ケ」に入ること、隠亡となることが必要だと語る。

【第3景 サイの国から】

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ブラックスクリーン上に増殖し鳴動する「サイ」の文字たち。「サイ」とは、白川静が発見した、コトダマを入れる器をあらわす漢字の母形。CG制作はチームラボ。

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「サイ」の実例として、「告」という漢字の意味を解く白川静。「たった一人で『説文解字』の漢字解釈を打倒した白川静は、漢字学の変革のみならず、日中韓をまたぐ文字文化論そのものに革命を起こした」。

投稿者 staff : 23:15

2012年5月12日

ソウル・セイゴオ―ペーパーロードシンポジウム出演記(3)

 シンポジウム終了後はCOEXから至近距離の「芸術の殿堂」で開催される「ペーパーロード展」オープニングパーティに参加。ようやくソウル気分を満喫する気になったのか、セイゴオはすっかりくつろいだ様子で、ハングル文字への並々ならぬ関心を発揮し始めました。

 翌日はセイゴオにとってひさびさの「休日」を、ハングルのあふれるソウル市街地を散策して過ごし、なかでもソウル一と言われる大書店のなかで「意味情報」がまったく遮断されたままハングルの洪水に浸るという異常な体験を楽しんでいました。

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「ペーパーロード展」を見て回るセイゴオ

■ハングルのタイポグラフィに注目する

 長時間にわたったシンポジウムの後は、出演者がうち揃ってタクシーで「芸術の殿堂」に移動。ここで約3週間にわたって開催される「ペーパーロード展」のオープニングパーティが待っているのだ。セイゴオはブラックスーツから、わざわざ着慣れたTシャツに超カジュアルダウンしての参加である。スタッフが「いくらなんでもラフすぎるのでは」と注意をしても、これがソウル・セイゴオだと言わんばかりにニヤニヤとしている。「芸術の殿堂」で浮いてしまうのではとスタッフをハラハラさせて喜んでいるようにも見える。

 ところが、会場に到着してみれば、思いのほか展示もパーティもカジュアルなしつらいである。シンポ会場から移動してきた参加者のほとんどが若いデザイナーたちということもあり、なんの気取りもないTシャツ気分が満ち溢れていた。これではブラックスーツのほうが完全に浮いてしまっていただろう。こういうときのセイゴオの勘は、どんなすっとんきょうなことでも妙に当たってしまうのだから不思議だ。いや、空気を読む達人というべきか。

 チェさんに案内されながら足早に展示会場を見て回る。日・中・韓の新旧のデザイナー100人のポスター作品が壁面に、ブックデザインがフロアーの平台にところ狭しと並べられている。日本の名作グラフィックもエディトリアルもほぼ網羅されているようである。杉浦康平さんの作品が会場中央の一等地に置かれ、限定制作の大型本にまじって『全宇宙誌』がブラックホールのように異彩を放っていた。

 セイゴオがもっとも関心をもって見ていたのは、ハングルのタイポデザインだった。歓迎夕食会のときから、ハングルのデザインに並々ならぬ関心を寄せて韓国のデザイナーたちにあれこれ話を聞いていたものだった。15世紀に国家プロジェクトとしてつくられたハングル(訓民正音)は、漢字や仮名文字とは違い当初から合理性とデザイン性を兼ね備えた完成度の高い文字である。それゆえ、セイゴオは、ハングルのデザインは、他の文字デザインにはない制約や困難を宿命的にもってきたのではないかと考えているらしい。韓国のタイポグラファーたちがそれに対してどんな挑戦をしているのか、さらには手描き文字としてのハングルにまだ未開拓の魅力があるのではないか、といったことを探りたかったようだ。

 残念ながらそのセイゴオの探究心が満たされないまま、ロビーでオープニングパーティが始まった。展覧会の主催者や後援者の挨拶に続いて、カン・タイクンさんとカン・ビョンインさん、中韓のタイポグラファー共演による書のパフォーマンスがあった。ロビー中央に二河白道のように韓紙が渡され、両端から二人が大きな筆を躍らせて墨を走らせる。シンニョウが数メートルにわたって長々と伸びた「道」の一字書である。そこに出演者・参加者全員で寄せ書きをしていく。セイゴオは次々と書きこまれるハングルのあいだを縫って、漢字と英綴りで名前を記していた。

 さすがに1日の疲れが隠せなくなってきたのか、パーティ中は屋外の喫煙コーナーに逃れて、チェさんやスタッフとシンポジウムの感想など気の置けない会話を楽しんだ。それでもパーティで供された韓流惣菜ふうの食べ物のひとつひとつに好奇心をもって「これは何? どうやってつくるの」と料理もしないくせにチェさんに聞きこむ姿は、あいかわらずのソウル・セイゴオだった。

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左:もっぱら中国と韓国のエディトリアルに感心 右:カン・タイクンさんの道書パフォーマンス

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カンさんの書に身を寄せるようなセイゴオのサインと「中韓日」の文字


■ソウルで松丸に出会う

 翌日は近ごろ激務の続くセイゴオにとってひさしぶりのOFF日だった。シンポジウムのアテンドという役目を終えてもセイゴオのために案内をかってくれたチェさんに甘えて、午後からタクシーで漢江を越えてソウル市街地へ繰り出した。

 セイゴオは出不精のくせに、いざ旅に出かけてみれば意外なほど未知な土地でも柔軟な適応力を発揮する。東京ではタバコを買いに行くにもタクシーを拾いかねないが、旅先では少々の遠距離徒歩も紫外線も厭わなくなる。残念ながらこの日一番の目当てにしていた民族博物館があいにく休館で、次にめざした仏教博物館はチェさんが道に迷って行きつけず、結局、光化門・仁寺洞・北村あたりを無目的にぶらぶらと歩き回っただけだったが、何を見ても「東京より好ましい」おもしろさを覚えるらしかった。「文字がまったく読めないから意味情報が遮断されるよね。そのせいか観察力が活性化してくるんだね」と異文化体験を素直に楽しんでいた。

 セイゴオの異文化体験はソウル一大きいと聞く書店「教保文庫」を訪ねたときに最高潮に達したようだった。なにしろ、ビルの地下1フロアーに広がる圧倒的な数の書棚を前にしながら、「意味情報」が何も入ってこないのである。読書の怪人セイゴオにとってこれほどの異常な体験も珍しいだろう。チェさんが気を利かして英語の書籍売り場に案内してくれたが、それよりも読めないハングルの洪水の中に身を置くのがおもしろいらしい。昨日「ペーパーロード展」でしていたように、ハングル・フォントのデザインをしげしげと眺め、時折チェさんに手描きのレタリングの可読性を聞いてみたり、デザインの結構をあれこれ品定めしたりしていた。

 その巨大書店の一角に、なんと松丸本舗が移転してきたかと思うようなコーナーがあった。厚さ4センチの棚板で構成された書架が並ぶだけでも十分に松丸ぽいのだが、松丸名物の凹凸のある赤茶色の棚板や「橋本」そっくりな低書架が並び、子供用の本の福袋まで売られているのである。松丸の大ファンというチェさんも「完全に真似していますね」と驚いていた。「やられたなあ」と苦笑いしながらも、セイゴオはべつだん怒る様子もない。むしろウィークデイの昼間から老若男女で混み合うこの大書店のにぎわいや、日本の模倣をしてでも棚づくりに工夫を凝らすバイタリティをうらやましく思っていたのかもしれない。

 こうして痛烈なハングル松丸との出会いで3日間にわたったセイゴオのソウル体験が締めくくられた。つきっきりで通訳や案内をしてきてくれたチェさんは、これから大学院に行ってデザインプレゼンをしなければならないのだという。そのような大事な日に、あてどもない異文化体験を楽しむマレビトに細やかな気遣いを見せてくれたチェさんに対して、ソウル・セイゴオも珍しく父性を発揮したくなるほど揺さぶられたようだった。「日本に来たら必ず連絡をしてね」と別れを惜しんでいた。

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左:北村で韓屋見学 右:仁寺洞の韓紙屋さんでお買い物

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セイゴオもびっくり、ソウルの松丸本舗!? 

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ニムニムことチェ・ヘイニムさんが翻訳に携わったという本を見せてもらう

レポート・写真:太田香保
写真:金宗代


投稿者 staff : 19:45

Report ソウル・セイゴオ―ペーパーロードシンポジウム出演記(2)

 「ペーパーロード・紙的想像の道」シンポジウムは朝の10時20分に開演し、夕刻まで3つのセッションが行われるという長丁場のプログラムでした。そのうちの2つのセッションとともに、「想像アジア・相生アジア」というテーマで約30分のソロトークを受け持つセイゴオは、前夜の歓迎食事会で中韓のデザイナーたちのセイゴオへの関心の高さに触れ、日本で準備していたレジュメの内容を大きく変えて臨むことになりました。

 会場は大型複合施設COEX内の450人収容のカンファレンスルーム。受付開始後、申し込みが殺到して早々に満席になるなど、注目度の高いシンポジウムだったようです。しかも会場を埋め尽くしていたのは、20代~30代の若いデザイナーやデザイナーの卵たち。すでに中国・韓国のデザインは日本を凌駕していると数年前から語ってきたセイゴオも、ウィークデイの午前中から熱心にシンポジウムに参加する韓国のデザイン界の活況ぶりを目の当たりにし、しきりに感心していました。

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■二人の李さんとの出会い

 輝くような快晴に恵まれた5月7日のシンポジウム当日。セイゴオは、ホテルから会場まで、苦手な紫外線を浴びることもなくCOEXモール内を徒歩で移動。控室でひさしぶりに李御寧さんと会い、たちまち李さんの汲めど尽きせぬ東アジア文化論に巻き込まれた。出演者たちも李さんとセイゴオのやりとりに耳をそばだてている。そこへパジュ出版文化都市の立ち上げ人である李起雄さんが現れ、セイゴオを歓待するご挨拶。李さんも2年前にセイゴオの急病でソウル行きをとりやめたときから、この日を心待ちにしていたのだろう。

 若いデザイナーたちの蒸せるような熱気に包まれて、シンポジウムが開演した。「ペーパーロード」展およびシンポジウムの総監督をつとめるキム・ギョンギュンさんの開演挨拶につづき、パジュの李さんが祝辞。短いながらも韓中日の文房四宝の重要性を熱く語り、筋金入りのアジア出版人の気骨を見せていた。

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控室で李御寧さんと真剣な東アジア文化談義

■シンポジウム パート1「紙―知」

 パート1は「紙―知」をテーマに、李御寧さんのソロトークと、そこにジョン・ビョンギュさん、グォン・ヒョクスさんという韓国のデザイナー・研究者、そしてセイゴオがからむセッションで構成されている。

 李さんは羊紙とパピルスに始まるペーパーロードの歴史を背景に、孔子の「知者・好者・楽者」の譬えを用いて、紙に向き合ってきた人類の言葉や思考の変化を荒波のように語った。情報メディアには古代から情報保存性と運搬可能性という矛盾した2つの機能が求められ、紙はその矛盾を超えて生き延びてきた。いまその役割は電子メディアに奪われつつあると言われるが、李さんは紙には電子メディアにはない普遍的機能があると言う。「紙は破ることも折ることも食べることもできる。これはスティーブ・ジョブスにもできないことだ(笑)。それ以上に、紙は包むものである。概念も哲学もラッピングするものであり、紙で包めば意味が変わる。電子メディアと紙メディアには、西洋のトランク文化と東洋の風呂敷文化にも共通した決定的な違いがある。紙は知者・好者・楽者のための要素をすべてもつものだ」。

 李さんのトークを受けてのセッションでは、まずセイゴオが、紙が四角いということが、人類の世界観と深く関連づけられていること、またそれが束ねられた「本」のダブルページ(見開き)という構造には人間の感覚器官の左右対称性やアフォーダンスが関係していることを語った。そこにジョンさん・グォンさん、さらに李さんも重ねて、四角い紙を使うことによる「概念の対角線」の発見や、紙そのものが表現にもたらすシニフィエ・シニフィアン、韓中日のもつ折り紙文化や韓国のマダン(庭)と本との共通性などの話が次々と展開した。

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左:セイゴオが発言するとスクリーンに「遊」が大写しに 中:アクロバティックな李さんの名調子 右:ジョンさんとグォンさん


■シンポジウム パート2「像―想」

 あわただしく昼食をとり、いよいよセイゴオがソロトークを披露するパート2の開演。セッションで共演する呂敬人さん・中垣信夫さん・キム・ギョンギュンさんとともに再びステージに登場したセイゴオ、ここで、ソロのために用意された演台は使わず、ハンドマイクをもっていきなりステージ中央に歩み出た。李御寧さんの怒涛のトークを受けたあととあって、思い切ってモードチェンジをしようとしたらしい。

 以下はそのセイゴオのソロトークの要旨である。

 長いあいだ、アジアをつなぐ「文化の道」としてはシルクロードしか語られてこなかった。しかしアジアにはペーパーロードをはじめ、麺ロード、餃子ロード、セラミックロード、琵琶ロード、ブッダロードなどいくつもの「道」があり、地域や民族の違いを超えてつながってきた。日本はそのすべての「道」の終着点である。韓国は媒介者としてメディア性の高い歴史文化をもつが、日本は長きにわたってレセプターだった。今でもそれが習い性になっている。
 ただし、日本はアジアのグローバリズムをそのまま取り入れてきたのではない。たとえば「禅」は韓国を介さずに直接南中国から取り入れ、その後、独自の日本化を進めた。それを象徴するのが日本の禅林文化のなかから生まれた枯山水である。中国の園林とも大湖石ともまったく違い、白洲の上に石を置く庭である。枯山水は、石だけを用いて水の流れを表したものだ。つまり水を感じたいからあえて水を抜くという「引き算」によってつくったものだ。「引き算」は日本文化の大きな特徴のひとつである。

 アジアを考えるときは多様な文化の道を通して各民族文化の共通項を見るとともに、それぞれがどのような編集やデザインをしてきたのか、その違いや変化を見ていくことも重要だ。またこのときに、編集もデザインもモノによってアフォードされることによって新しいカタチを生み出してきたということを忘れてはならない。
 デザインは空間に情報をフィックスさせるものである。一方、編集は時間の流れがもたらす意味の変容を扱う。つまり編集は知をエマージェント(創発)な状態で扱う。李御寧さんの話の組み立てがまさにそうだった。「知識」をあえて不確実なものに追い込みながらそこから創発を起こしていく。李さんの知のすごさはそこにある。

 デザインと編集にはイメージをマネージメントするという共通点もある。イメージはアタマの中にあるものだが、それを表現するためのマネージ以前に、すでにアタマのなかでマネージされているのだ。これを私は「イメージメント」と呼んでいる。これからのデザイナー・編集者が取り組むべきことは、このイメージメントの研究である。私は、1枚の「紙」は今後も電子メディアにも及ばないイメージメントのすべてを蓄えられる力をもっていると考えている。またそれは東アジアのわれわれこそが取り戻すべき力である。
 イギリスのフランクという研究者が『リオリエント』というすばらしい本を書いた。ヨーロッパ的知性では扱えないアジアのコンセプトが列挙された本である。そのなかに、ヨーロッパは地上を境界で区切ってきたが、アジアは「界」という単位で区切ってきたという指摘がある。「界」とはまさに、1枚の紙が象徴する四角である。ヨーロッパはその四角い「界」をアフリカ分割に使ってしまったが、とりわけ東アジアには「界」という単位を絶妙に生かしてきた長い歴史がある。われわれは、この東アジアの「界」にも、ペーパーロードとともに改めて注目すべきである。

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ステージを歩きまわりながらのセイゴオ・トーク

 パート2のセッションの出演者たちはセイゴオも含めいずれも杉浦康平さんの「直弟子」を自認するメンバーである。ソロトーク後、まず呂さんが杉浦さんから薫陶を受けた東洋的な情報デザインの考え方を披露しながら、目に見えない内在的情報をかたちにするためには、デザイナーこそがまず編集を学ぶべきだと言い切った。その後は、杉浦さんを軸に韓中日のクリエイターの橋渡しをし続けてきたキムさんの名モデレーションによって、あたかもセイゴオを通してそこに見えない杉浦さんを招くかのようなやりとりが続いた。セイゴオは、イメージの根源には、人間には生まれて数年の記憶がないことが深くかかわっているのではないか、それを白い紙のうえにどう取り戻していくのかが編集でありデザインではないかと、編集哲学に踏み込んだ話を展開していった。ラストはキムさんが、紙のようにバラバラでは弱いアジアが、編集パートナーシップを育んでいくことの重要性を示唆して締めくくった。

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左からセイゴオ、呂さん、中垣さん、キムさん


■シンポジウム パート3「圖―道」

 パート3は中国のタイポグラファー・カンタイクンさんのソロトークで始まり、原研哉さんと若手デザイナーのキム・ギョンソンさん、イ・ナミさんがセッションに加わった。いつもこの手のシンポジウムでは、自分の出番が終わるとさっさとタバコを吸いにどこへやら姿を消すセイゴオが、珍しく会場最前列の席に身を置いて聞き続けていた(後で判明したのだが、セイゴオはちゃっかり舞台袖に自分用の“喫煙コーナー”をつくって休憩中にちゃんとニコチン補充をしていたらしい)。

 カンさんのトークは、中国の陰陽図や八卦・六十四卦図などを駆使したタオイズム基礎講座。そのうえで、自然を動かさず自然に美を加えず、自然から感じる気を書に写し取るタオイストの精神を身振りをまじえて語った。じつは東洋思想のなかでもとりわけタオイズムに深い関心をもってきたセイゴオは、カンさんの話に聞き入りながらも、タオの基本に終始してしまったという印象をもったようだった。が、のちにアテンド担当のチェさんと話しているときに、いまの韓国の若者は韓国の国旗に大極・陰陽・八卦が描かれていることすらよくわかっていないという話を聞いて、おおいに驚くとともに、このシンポジウムで基礎講座が行われたことの意味をようやく理解したようだった。

 続くパート3のセッションでは原研哉さんがセイゴオの『フラジャイル』に傾倒してきたことを明かし、またまたセイゴオを驚かせた。原さんは紙のもつ白さとハリも、矩形とともに自然界にはないものであること、それでいて紙はフラジリティのシンボルであり、その上に緊張感をもって「取り返しのつかないこと」をやり続けるのが書でありデザインという行為ではないかと語り、会場に詰め掛けていた原ファンの大きな拍手を受けていた。

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左:「道」(タオ)を解説するカンさん 右:フラジリティを語る原さん


 パート3が終わると5時近くになっていた。三カ国語の同時通訳を介しながらの不自由なセッションながら、各パートで交わされた「紙的想像」をめぐる話は、古代と現代を、東洋思想と西洋思想をめまぐるしくまたぎながら、知覚と身体感覚と表現の関係性をどこまでも深堀りしつづけた。チェさんに「韓国のデザインシンポジウムはいつもこうなのか」と聞いてみると、こんなに長時間にわたって思考を刺激するようなシンポジウムは珍しいとのこと。やはり、日本でも各地で日常茶飯のように行われるデザイナーの作品発表会のようなシンポジウムばかりなのだという。

 セイゴオも、終演するやいなや「自家製喫煙コーナー」に行ってタバコをくゆらせながら、「日本でこそこういうシンポジウムをやるべきだね」と漏らしていた。

投稿者 staff : 17:07

Report ソウル・セイゴオ―ペーパーロードシンポジウム出演記(1)

 5月7日、ソウル三成洞のCOEXで開催されたシンポジウム「ペーパーロード・紙的想像の道」にセイゴオが出演、ソロトークとともに2つのセッションに参加しました。
 このシンポジウムは、日・中・韓のグラフィックデザイナー約100人のポスターやブックデザインを集めた展覧会のオープニングにあわせて企画されたもので、日本からはセイゴオのほかに原研哉・中垣信夫さんが参加。セイゴオも、李御寧・カンタイクン・呂敬人さんなど中韓の研究者・デザイナーとの交流を深めつつ、「紙」をめぐる歴史・文化とともに、デジタルメディア時代における「本」や「文字」の未来についても、さまざまな刺激を受けて考察を深めた1日となったようです。

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 以下、「ペーパーロードシンポジウム」レポートを全3回にわたって、セイゴオのソウル初体験の観察記もまじえてお届けします。

■渡航嫌いのセイゴオ、とうとうソウルに入る

 5月6日午後、シンポジウム出演のために初めてソウル入りしたセイゴオ。ちょうどそのころ北関東が竜巻に襲われ大被害を受けていたことなど知るよしもなく、金浦空港からCOEXに向かうタクシーのなかでたてつづけにタバコを吸い始めた。一見すると東京の湾岸エリアとさほど変わりないような漢江沿いのビル群の風景に眼を遊ばせながら、なぜか早くも好ましい印象を持ったようだった。「日本より何もかもうまくつくっているよね」。

 じつはセイゴオは大の飛行機嫌い・海外嫌いである。これまでも極力、海外からの講演依頼などを断り続けてきた。まずタバコの問題に加え、耳管が人一倍敏感で気圧の変化に耐えられないという事情がある。またそれ以上に言語の問題も大きいようだ。日常会話くらいなら難なく英語は使えるのだが、「無内容な会話しかできなくなるのがイヤなんだ」という。まして韓国はセイゴオにとって文字すらまったく読めない異国である。そのセイゴオが、タクシーの車窓を機嫌よく楽しみながら「あはは、どの看板も標識もさっぱり読めないね」と子供のように笑っている。あきらめの極致なのか、東京よりも澄んだ日差しを浴びて開放的な気分になっているのか。

 こんな出不精なセイゴオをソウルまで出向かせたのは、今回の「ペーパーロード」展とシンポジウムの仕掛け人である、アジア文化デザイン研究所のキム・ギョンギュンさんの長年にわたる熱心なラブコールである。これまでも二度ほどキムさんからソウルに招かれながら、急病などで果たすことができなかった。セイゴオの本を韓国のデザイナーたちに広め、また自ら翻訳もしてくれてきたキムさんのために、ようやくセイゴオも重い腰をあげたのである。

 セイゴオの本は『知の編集術』『知の編集工学』をはじめ、最近では『多読術』『日本という方法』など、すでに7冊ほど韓国で翻訳出版されている。『多読術』はキムさんの翻訳によるもので、オリジナル版にはないセイゴオへの特別インタビューも収録されている。キムさんによると、情報化が日本以上の加速度で進んだために情報科学や情報文化をめぐる思想を育むことができなかった韓国には、セイゴオのような編集思想の体現者が必要なのだと言う。キムさんはまた、それを学ぶための格好の場所として、自分の教え子たちを次々と「松丸本舗」見学に送り込んで来てくれた。

 宿泊先のCOEXインターコンチネンタルホテルでセイゴオを出迎えてくれたアテンド担当のチェ・ヘイニムさんも、そうやってすっかり松丸ファンになったという若きデザイナーである。セイゴオに会うなり目を輝かせてその話をしてくれたチェさんのことを、セイゴオもすっかり気に入ったようだった。チェさんが日本に留学していたときのニックネーム「ニムニム」を聞き出して、片時も傍から離さず、ソウル滞在中の案内や通訳をしつづけてもらった。

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セイゴオ著書の韓国語版(『多読術』『日本という方法』)

■日中韓デザインみやげ交換会

 その夜は、シンポジウム出演者が一堂に顔を揃える歓迎食事会がCOEX内のカジュアルレストランで開かれた。最初に「ペーパーロード」展の出品作を収録した図録が配られた。漆黒のクロス張りの厚紙カバーを開くと、真っ白な角背の図録が全4冊。日中韓のデザイナーによるポスター、ブックデザイン、タイポグラフィ、ペーパーオブジェがそれぞれに収められている。誰もが展覧会図録の概念をはるかに超える重量感のある豪華本の触感を愛でるばかりで乾杯すらもなかなか始まらない。しばらくの間、一緒に食事会に参加している図録制作者たちへの労をねぎらう韓国語・中国語・日本語が飛び交い続けた。

 ようやく赤ワインで乾杯はしたものの、今度は次から次へと互いにデザインワークの「おみやげ」を披露しあうばかりで、食事をするどころではない。もちろんセイゴオも「おみやげ」を持参していた。先ごろ奈良からの依頼でつくった雑誌「NARASIA Q」の創刊準備号である。表紙に中国のアーティスト(Lu Jun)の作品を起用し、英訳とともにハングルや簡体字もふんだんにあしらったユニークなエディトリアルデザインは今回の企画「ペーパーロード」にも通底するリオリエンテッドな意思が貫かれたものだ。デザインコンセプトのみならず、使用している本文紙は何かといった質問が飛び出すなど、中・韓のデザイナーたちの関心の持ち方もひとしお深いようだった。セイゴオに同行した「NARASIA」編集チームスタッフの広本・金の二人も、韓国語や中国語によるさまざまな質問に応じていた。

 この歓迎食事会に出席したセイゴオは改めて、自分の著書が韓国の中堅・若手デザイナーにいかによく読まれ、その活動が注目されているのかということを知り、驚いていたようだ。中国を代表するデザイナーの呂敬人さんまでセイゴオの熱心な読者らしい。「もっと早く来てあげればよかったかな」と自分の出不精をおおいに反省もしていた。それとともに、杉浦康平さんへの中韓のデザイナーたちの敬愛心の深さに触れ、同じく杉浦さんを師と仰ぐセイゴオにはひときわ感慨深い一夜となったようだった。

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乾杯も食事もしないまま豪華デザインカタログや「NARASIA Q」の披露が続く歓迎会

投稿者 staff : 01:00