« Diary セイゴオ揮毫「大毘盧遮那殿」の落慶法要 | メイン | Publishing 『NHK「爆問学問」世界が大きく開ける言葉』刊行 »
2011年11月15日
Report 連塾ブックパーティ 巻3 速報
11月12日(土)、南青山スパイラルホールで、「連塾ブックパーティ」巻3が開催されました。総勢9人もの出演者が入れ替わり立ち代わりステージに登場し、セイゴオとの対談とともに、「本を聴きたい」というテーマに合わせて、それぞれが選んだとっておきの本や自作の和歌や詩を朗読。午後1時から8時までの長丁場ながら、280人もの塾衆が詰めかけ、ホワイエの「本市」、二次会の「本宴」ともに、大盛況でした。
連塾会場となったスパイラルホールエントランス。
松丸本舗に寝転んで選本中のセイゴオの特大写真がお出迎え
オープニングでは「本を聴きたい」というテーマに込めた思いを語る。
セイゴオとゲストの著書が並ぶホワイエの「本市」もおおにぎわい。
以下、当日の記録写真とともにミニレポートをお届けします。
連塾では初めてのジーンズで登場したセイゴオ。10月に亡くなったスティーブ・ジョブズに敬意を表したかったとコメントし、巻3の狙いを語ります。「喪失がないと面影がうかばない。日本はそんな宿命を持っている。今日のテーマは『本を聴く』。もともと読書は音読から始まった。本の歴史の背景に、たくさんのラプソディアンたちの歴史があった。長らく無文字社会だった日本では、言霊がそのまま“事”になる文化があった」。
アンデルセン、サイード、美智子皇后、ボブ・ディラン、グレン・グールド、寺山修司などなど、本の記憶にまつわる古今東西のフレーズたちを朗読する。
チームラボの工藤岳さんが登壇し、オープニング映像の仕組みを種明かし。「雨」「花」「虹」など、画面にランダムに降ってくる24の漢字に触れると、それぞれの文字のヴィジュアルイメージが、3Dやにじみのアルゴリズムによって、予想外の動きを見せながら展開します。「連塾ブックパーティ」では毎回、チームラボが文字や本をテーマに、オープニング映像を披露してくれます。
工藤さんはセイゴオが注目する34歳の世界放浪者にして世界編集者。アジアを放浪しスェーデンで猪子寿之氏と出会い、書籍と電子の未来に関心をもちチームラボに参画。
紫のぼかしの着物もあでやかな歌人の水原紫苑さん。1970年の三島由紀夫の死が、少女時代から憧れる歌右衛門と、和歌の師の春日井建とをつなぐきっかけになったと語ります。朗読は、水原さんが「世界を包含する大きさをもった女性であり、恋する身体そのものが形而上学だったひと」と敬愛する和泉式部の『帥宮(そちのみや)挽歌』。そして、その魂を継承するかのような水原さんの挽歌『武悪のひとへ』。
和泉式部「はかなしとまさしく見つる夢の世をおどろかで寝る我は人かは」。
水原紫苑「<助けて>ときみ言ひましきありありて助けえざりしわれは人かは」。
最後に、水原さんがもっとも好きな作家という夏目漱石の『それから』の一節が朗読されました。「耳で聞いていると、漱石の文章がこれほど繊細な“間”をもっていることに改めて驚いた」とセイゴオが語ると、水原さんは「ここは主人公の代助と三千代の魂が結ばれるところ。漱石は謡曲もやっていた。間もリズムもわかっていた」と答えます。
日本の伝統芸能にも詳しい水原さんは、ご自身で能もされます。梅若六郎の会で、新作能『ジゼル』の脚本も担当。
町田宗鳳さんは縹色の作務衣に輪袈裟を付けて登場。14歳で家出し大徳寺で20年にわたった修行の後、鈴木大拙に憧れアメリカで比較宗教を修め、プリンストン大学で教鞭をとったという町田さんは、日本仏教こそ世界遺産であると語ります。「世界でも日本でも仏教者といえばダライ・ラマが人気だが、真にすばらしいのは聖徳太子以来の日本の仏教者たちの思想や芸術性。文明史の大きな流れとして日本仏教をとらえ直すべき」。
また、「お経は体験によって培われた智慧が集大成されたものだが、いまの日本人は漢訳そのままを耳で聞いても意味がわからない。もっと自分たちの言霊ののる言葉をみつけるべき」と語り、町田さんが考案した「ありがとう」の五文字四音の念仏とともに、「四句誓願」を朗々たる声で読経しました。続いて、さきごろ出版された自著『ニッポンの底力』の前書きを朗読し、3月11日を折り返し地点として祖型とともに日本が蘇ることを信じたいという力強いメッセージで締めくくりました。
町田さんの法然論にはセイゴオも大きな影響を受けました。新著『法然の編集力』にも町田さんとの対談が収録されています。
この日、連塾会場であるスパイラルホール入口に、『松岡正剛の書棚』(2010年刊行)のために取り下ろされた松丸本舗の書棚の写真が展示されました。そのカメラマン薈田純一さんが登場し、迷路のような松丸の空間のなかで書棚との距離を厳密に測量しつづけたという松丸撮影時の苦労などを語りました。薈田さんのその本棚写真の展覧会に出かけたのがちょうど今年の3月11日、会場を出た直後に街なかで地震にあったと、セイゴオも意外なエピソードを明かします。
松丸本舗と出会ってから、書棚撮影をしつづけていると語る薈田さん。「背表紙を声に出して読める本屋があってもいい」と語り、セイゴオを大きく頷かせました。写真(下)はエントランスに飾られた松丸の写真。
「連塾」史上最年少の出演者となった華恵さんは、小脇に赤いおもちゃのピアノを抱えて登壇。セイゴオのインタビューにこたえて、英語で暮らしていたニューヨークでの幼少期と、日本に来た6歳からの、言葉と読書の体験のちがいを語ります。小学生のときに書いた作文が本になるなど、早くから文才を発揮した華恵さんは、高校時代に自分の生まれたニューオリンズの歴史を学び、音楽研究の道を志したと言います。とりわけ、世界の民族の歴史とともにある「殯」(もがり=葬送)の音楽に関心をもち、自分でも新たにつくってみたいという華恵さんの早熟な感性に、セイゴオはおおいに感心したようす。
朗読は幼いころから大好きだったという、長谷川集平作の絵本『はせがわくんきらいや』。ステージ中央に座り、おもちゃのピアノで伴奏しながら、何をやっても下手でかっこわるい「はせがわくん」をいじめてしまいながらも気にしている少年の言葉を、せつせつと読みました。その背景に森永ヒ素ミルク事件がある有名な絵本ですが、華恵さんは、歳を重ねるほどにこの本の内容が重くなっていくと語りました。
出演者が三冊ずつの本を選ぶ「連塾」恒例の「連々三冊」では、華恵さんは長谷川集平とともに、樋口一葉の『たけくらべ』をあげました。「美登利」に会ってみたいそう。
若いころから死にまつわる詩や和歌を詠んできたという高橋睦郎さんは、九州生まれというおいたちが関係していると語ります。近所には死者たちを降ろす「拝みやさん」がいて、その口を通じて、死者たちが生きているものたちに介入してくるという幼少時の体験談を、ときに物まねを交えて絶妙な間合いで語る高橋さんの名調子に、セイゴオも会場も抱腹絶倒。
朗読は、今まで詩集に拾わなかったものだけを編んで今年10月に上梓されたばかりの詩集『何処へ』から。リンゼイ・ケンプに贈る「襲来」、三島由紀夫の死の直後につくられた「肉体という都市」、高橋さんに大きな影響を与えた母にまつわる一瞬の思い出をとどめた「泳ぐ母」などなど。そして圧巻は、レヴィ=ストロースに捧げたという「市場からの報告」。「市場の諸霊よ、守り賜え」をリフレインしながら、澄明な言葉で「市場」の人間性と非人間性をあぶりだしていく長編です。最後に高橋さんは、「ぼくの日常は、地獄を探すこと。それがぼくの詩」と語りおさめました。
高橋さんは、「連々三冊」では「女うたの力」として、華恵さんと同じく一葉と、与謝野晶子と杉田久女を取り上げました。現存の女流歌人でもっとも尊敬するのは石牟礼道子さんとのこと。
ホワイエの「本市」会場では、出演者の著書とともに、セイゴオの最新著書『連塾・方法日本 フラジャイルな闘い』が、一般書店よりも2週間ほど早い先行初売り。
休憩明けは、ステージもホールも真っ赤に染めあげられたシーンからスタート。演出・照明の藤本晴美さんが、何十もの機材を持ち込んで唐十郎さんのためにつくりあげた「小屋」の演出です。スクリーンには唐さんが、団員の唐組の皆さんと赤テントを立ち上げるようすをドキュメントした「情熱大陸」の映像。続いて拍手喝采でステージに迎えられた唐さん、自分の演劇にとって「小屋」はすなわち容器であり仮面のようなもの、ただの文学的記憶に終わらせたくなかったと、テント劇誕生の秘密を語ります。
セイゴオも見に行ったという七〇年代の不忍池の『二都物語』から、つい先日三鷹で上演された『西陽荘』まで、記憶と物語がないまぜになっていく独特の唐さんの語りと、絶妙なツッコミを入れるセイゴオとの掛け合いを、塾衆はもちろんのこと会場に駆け付けた唐組の皆さんもおおいに楽しんだようでした。
唐さんの作劇は「声」に引っ張られていると言います。「唐組の芝居は怒鳴りあいだという人もいるけど、ぼくはささやきあいだと思っている」。「ト書きになくても、耳の奥で聞こえるような微弱な音を表現したい」。そして、先ごろ横浜のリサイタルで披露したという、節付きの中原中也の「サーカス」、続いて自作の『星海・河童』の朗読を熱演し、大喝采を受けました。
台本の草稿用に「ジャポニカ学習帳」を愛用しているという唐さん。草稿なのに一文字の書き直しもないと驚くセイゴオに、「分裂症だから早く書かないと逃げちゃうんだね」。
いよいよ最後のゲスト、観世銕之丞さんは、ショパン生誕200年を記念した新作能「調律師」の映像から。中将の面をつけた「ショパンの霊」が、ピアノ曲と囃子にのって舞う摩訶不思議な幽玄世界です。作者は能の造詣の深いポーランド駐日大使のロドビッチ氏。ただし能に仕上げるためには場面もセリフも削りに削っていく必要があったと、銕之丞さんは語ります。イエーツの『鷹の井戸』以来、外国人のつくった能は数あるが、違和感はないかと問うセイゴオに、「能は、舞台と観客とのあいだで成立するもの。役者のからだに面影が入りこむことができれば、違和感は気にならなくなるのではないか」と答えます。
そんな能役者としての心身を会得するまでは、銕之丞さんにとって舞台は試練の場でした。「自由を奪われ、人目にさらされ、苦痛ばかりだった」。経験を積んで、役者仲間や囃子方の「間」や「呼吸」がわかるようになるにつれ、「自分が自分以上の者になれる。そんなあり方の自由がわかるようになった」。
銕之丞さんの実演は、平家物語にちなんだ世阿弥の『頼政』の謡い。後シテの頼政の亡霊が源平の合戦や自害の場面を語るクライマックスシーンを、シテも地謡も一人で演じるという連塾特別版です。さらに、謡のような節付けによる、高村光太郎『智恵子抄』の朗読。九十九里の浜に座って一人で遊ぶ「狂った智恵子」の姿が、銕之丞さんの声によって能の修羅者のように迫ってくる熱演です。
「自分はガタイが大きいので神様や化物は得意ですが、人間をやるにはダイエットしなければ」と笑う銕之丞さんに、セイゴオは「もっと鬼になってください」。
8人のゲストを迎え、送り、七時間にわたった連塾ブックパーティ巻3も大団円。最後にセイゴオが、漢詩を二編、取り上げました。
ひとつは中唐の夭折の詩人・李賀の「天夢」。黒板にその白文を綴りながら、月に昇って「一泓の海水を杯中にそそぐ」夢をみるという広大な世界観を身ぶり手ぶりで語りました。
もうひとつは屈原の「山鬼」。『詩経』と並んで中国最古といわれる『楚辞』の成り立ちとともに、詩人・屈原の望億の境涯を込めながら、スクリーンに映した読み下し文を一気に解説しました。時間切れのために超高速の漢詩語りとなりましたが、山の精霊である女性の言葉に託して、蕭蕭たる地上の終末を描く屈原のハイパーロジックと瞬時に切り結ぶ、セイゴオの新たな境地が垣間見えたラストシーンとなりました。
李賀は「千夜千冊」(第1178夜)でも取り上げている、セイゴオの大好きな詩人。「その詩は幻奇奔放であって、無政府きわまる想像力を謳歌した」(千夜千冊より)。
濃密・長尺な「本談」のあとは、スパイラルビル地下1Fのレストラン「CAY」に移動し、塾衆と出演者が自由に交流する「本宴」。小城武彦さんと金子郁容さんの司会で、観世銕之丞さんの高らかな乾杯の音頭につづき、女優の真行寺君枝さん、装幀史研究家の臼田捷治さん、テレビマンユニオンの阿部修英さん、陶芸塾を主宰する大出真里子さん、国立能楽堂の猪俣宏治さんたちがセイゴオや出演者を激励するメッセージを次々に送りました。
最後はセイゴオの挨拶とともに、唐十郎さんが「連塾、万歳」を叫んで、会場を沸かせました。
「本宴」司会の金子郁容さんと小城武彦さん
女優として、「本を聴く」という本日の趣向に並々ならぬ関心を寄せる真行寺君枝さん
出演者もくつろぐひととき(水原さんと銕之丞さん)
左はヴィヴィアン佐藤さん、中央は高見重光さん
凝り性同士、すっかり意気投合したチームラボの工藤さんと薈田さん
無頼派を愛せずにいられないセイゴオ、唐さんの肩を抱く
*写真:川本聖哉
*レポート:太田香保
投稿者 staff : 2011年11月15日 11:56
