セイゴオちゃんねる

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2011年8月31日

Publishing 蜷川×寺山×大竹「身毒丸」に寄せて

現在公開中の蜷川幸雄演出・舞台「身毒丸」のパンフレットに、セイゴオが「いたわしさの深さ・いたましさの表現」を寄稿しました。千夜千冊第307夜『説教節』と第413夜『寺山修司全歌集』を読んで「ぜひ松岡さんにお願いしたい」という担当者の思いに応え、寺山さんへの思い、説教節への思い、そして蜷川さんによるあらたな「身毒丸」への思いを綴っています。

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◆要旨は以下のとおり

 しねしねしねしねなむあみだぶつ。あおい輪廻が泣きじゃくる。
 ぼくにとっての身毒丸や弱法師は、ずっと以前から日本の芸能史における最もフラジャイルな極北に蹲っていたキャラクターだった。さすがに寺山修司、このキャラクターを見逃さなかった。おまけに寺山独壇場の「擬母」と「攫われ者」という伏線が加わった。


 さあさあさあ、因果はめぐる糸車。からくりからくり、からくりばったん。
 説経節の『しんとく丸』自体が、後の世に数々のリメイクを促す内燃機関のような魅力を激しくもっていたということだ。(中略)説経節には「いたはしや」「あらいたはしや」という言葉がふんだんに出てきて、その言葉が演者によって発せられるたびに、これを聞く者の胸がつまってくるのだが、実はそこへ場面がさしかかってくる前に、すでに声そのものが傷れつつあったわけなのだ。


 のちのよをねがうこころをうらむまじ、ふりむくたびのははのくろかみ。
 「いたわしさ」とは何なのか。すでに日本書紀に「願はくは大王いたはしといへども、なほ天津日継しろしめせ」とあった。あまりに大事なことなので、心がつぶれるほどだけれど、だからこそこのことを天下に告示するしかないではないかというのだ。(中略)説教節は、こうした「いたわしさ」を「いたましさ」と直結させたのである。


*「身毒丸」パンフレットは公演会場で販売しています。
 公演概要につきましては以下をご参考ください。

■身毒丸
作:寺山修司/岸田理生
演出:蜷川幸雄
出演:大竹しのぶ、矢野聖人、蘭 妖子、石井愃一、六平直政 他 

<東京公演>
2011年8月26日~2011年9月6日
天王洲 銀河劇場(東京・天王洲)

<大阪公演>
2011年9月10日~12日
梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

<名古屋公演>
2011年9月17日・18日
愛知県芸術劇場 大ホール

詳しくは下記サイトを御覧ください
http://www.horipro.co.jp/usr/ticket/kouen.cgi?Detail=165


*関連千夜千冊URLは下記になります。
■松岡正剛 千夜千冊 第307夜『説教節』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0307.html 
■松岡正剛 千夜千冊 第413夜『寺山修司全歌集』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0413.html 

投稿者 staff : 14:17

2011年8月17日

Publishing 『週刊文春』で「編集数寄」を語る

前号に続いて、現在発売中の『週刊文春』「わたしの愛する嗜好品ものがたり」にセイゴオのエッセイが掲載されています。2回目のタイトルは「数寄こそものの上手」です。江戸の茶人・川上不白にならって「守・破・離」を取り入れたイシス編集学校について語っています。

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 私には長らく「数寄」という言葉がつきまとっている。『日本数寄』という本を書いたときは、数寄用語を乱発してもみた。(中略)    十年ほど前にイシス編集学校という「編集数寄」を志す諸君のためのネットワーク上の学校を始めた。このとき不白の守破離をカリキュラムにとりいれ、守と破のコースを了えた者には師範代になる機会を提供するようにしたところ、これまでに三五〇人ほどの師範代が編集数寄のエキスパートになっていってくれた。数寄こそものの上手ということだろう。(セイゴオ)

■『週刊文春』 8月25日号
発売 2011年8月17日発売
出版 文藝春秋
定価 350円(税込)

投稿者 staff : 23:52

2011年8月11日

News セイゴオ出演『シリーズ世界遺産 一万年の叙事詩』最終シリーズ 近現代篇スタート!

 8月10日(水)から衛星ハイビジョンで「シリーズ世界遺産 一万年の叙事詩」最終シリーズが放送されます。編集工学研究所の書棚空間をキーステーションに見立て、世界遺産を訪ねた「旅人」である華恵さんの報告や疑問にこたえるかたちで、セイゴオが、さまざまな世界遺産の時間・空間を縦・横・斜めにつなぎながら、大胆な仮説を組み立てていきます。

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第7回目は、独立や革命をテーマとしながら、メキシコの「クリオーリョ文化」や「ウルトラバロック建築(中南米諸国の美意識によって独自進化をとげた新しいバロック建築様式のこと)」の世界遺産をめぐります。つづいて、8回目は、インダストリー(産業)。19世紀に労働者の理想郷として建設されたイタリアの小さな紡績の村「クレスピダッタ」や世界で最も美しい炭鉱と評価されるドイツの「ツォルフェライン炭坑」を舞台に、公共と民間と個人の社会的関係や産業的・機能的な発達過程でうまれる美の世界について考察します。最終回はドイツの「博物館島」や「クロアチア・プリトヴィツェ湖群国立公園」の映像とともに、現代の世界遺産をどのように記録・保存していくべきかについて〝後世に継承すべき人類の記憶”という視点で読み解きます。

いよいよ『シリーズ世界遺産 一万年の叙事詩』も最終シリーズになりました。
8/6からは、前回までの再放送もまとめてオンエアされます。

「一万年の叙事詩」放送予定

 ●1~3集・再放送 8/6(土)       13:30~18:00
 ●4~6集・再放送 8/7(日)       13:30~18:00
 ●7~9集     8/10(水)~12(金)20:00~21:30
 ●7~9集・再放送 8/14(日)      13:30~18:00


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投稿者 staff : 21:20

2011年8月 8日

Publishing 芭蕉から蕪村、そして小林一茶へ

書の総合雑誌『墨』で1999年から連載の「日本の書文化」。最新号に第四十八回「俳諧のソフトウェアが書を遊ぶ」が掲載されています。
“俳諧書”に潜む遊び心や表現方法を、芭蕉・蕪村・一茶たちの残した色紙や短冊から読み解いています。

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◆要旨は以下のとおり

 芭蕉は能書家ではない。多くの評者が「真摯な書」というけれども、そして短冊の書よりも手紙類のほうが味があるというけれど、たんに真摯なわけでもなかった。それなりの“見える化”ための工夫をしている。(中略)そういう芭蕉だったから、書においての蕉風はない。それぞれの景色を詠むための書があったばかりなのである。
 蕪村の功績で最も強調するべきなのは、なんといっても俳画を創意したということだった。それまで俳画なんてものはなかったに等しく、やっと祇園南海や皆川淇園によって漢風の南画が生まれかけていて、それが蕪村や大雅によって一気に和の俳諧が絵になった。裏を返せば、絵に俳諧が入ってきたわけである。
 一茶は業俳も遊俳もよくした俳人で、世間のニュースや情報をメモするところも多く、いわばツイッターのように自在に句を詠むことができたのだ。(中略)しかし念のため、もう一言加えておきたいのは、一茶を一茶たらしめているのは、一茶こそが「日本」のステータスを詠んだ最初の俳人だったということである。(中略)ちなみにそんな一茶が、さて短冊や色紙に書をものするとどうなるかというと、これががっかりするほど、ちまちまする。まるで自信がないかのような書なのである。
 一茶は「情報の観察」に過敏になっているぶん、自分の文字のほうの表情を抑えたのではないかと思いたい。そういう一茶を、これは荻原井泉水や藤沢周平が言いだしたことだったが、しばしば「他力の一茶」というふうにも見られよう。芭蕉の自力に対するに一茶の他力だったのである。


■『墨』 7・8月号
発売 2011年7月1日
発行 芸術新聞社
定価 2,350円(税込)

投稿者 staff : 17:08

2011年8月 6日

Publishing 今、空海と密教の叡知を読み直す

『Discover Japan』8月号の大テーマは「空海と密教」。高野山真言宗管長・松永有慶さんの推薦を受けたセイゴオのロングインタビューが掲載されています。
混迷する今の時代にこそ、あらためて必要とされる空海と密教の魅力を語っています。

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◆ロングインタビューの要旨はこちら

 空海は当時の日本人としてはじめて仏教のことばを越えて、その奥にある「言語の宇宙」、「言葉の意義」に気づいた人だったのではないか。私が二十歳過ぎの頃、最初に空海に興味を持ったのはまさにこの「空海の言語哲学」についてでした。
 私自信も’84年に『空海の夢』という本を書くわけですが、その後増補していく中で空海に関する関心も徐々に変わってきたと思っています。より広く「日本の思想あるいはアジアの思想の中での空海をとらえる」という方向性に、今はなっています。
 空海が天才的なカリグラファー(書道家)であることはよく知られていますが、空海の場合はまさに「書は散なり」で、どれが本当の書体なのかわからないほど変幻自在です。(中略)空海は最初からヴィジュアライザーでありアーティストであったということなのでしょう。(中略)僕はこうした「空海の編集能力」に惹かれて関心をもち続けているのだと思いますね。
 時代、社会の転換期というのは低迷、腐敗、飢饉、戦争といったものも招くけれども、その奥にあるものがあらわになるときでもある。空海の生きた奈良末期、そして21世紀の日本。このふたつの転換期を照らし合わせてみる作業は、今だからこそ、大きな意味をもつと思います。
 『空海の夢』を増補していく中で、空海を「母なる空海」ということばで呼べたことは、私自身けっこう画期的なことだったと思っていますし、そのコンセプトは今も生き続けていると思っています。ここで言う「母」というのは、単なる母親という意味ではなく、むしろマザー・ランド、マザー・プログラム、母国語、分母など、何かを産む母体といった意味でのマザーです。
 「母なる空海」という言葉のもつ意義は日本、とりわけ3・11以降の東北に対しても非常に意義があると私は思っています。これから行われるべきことは、まさに「母国再生」でなければならないわけですが、従来の科学技術が合目的的、効率重視の一神教的性格をもつのに対して、これから求められていくのは多神多仏、密教的、多面的な価値観になるでしょう。

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■『Discover Japan』 2011年8月号 Vol.17
発売 2011年7月6日
発行 枻出版
定価 980円(税込)


☆さらなるセイゴオ×空海密教の魅力にせまりたい方はこちらもどうぞ

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■『空海の夢』 (新版)
発行 春秋社
定価 2,100円(税込)

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■『蘇える空海』 (VHS)
定価 15,750円(上下巻セット・税込) +送料
http://www.eel.co.jp/mikkyo01/index.html 

投稿者 staff : 17:34

2011年8月 5日

Publishing 「美意識」から日本を読み直すとき

『中央公論』最新号の特集「大人の節電×陰影礼賛」でセイゴオがグラフィックデザイナーの原研哉さんと対談しています。
テーマは「『美意識』から日本を読み直すとき」。大地震、大津波、原発問題というまさに“国難”の最中にある日本の本来と将来を、「日本という方法」と「日本流の美意識」から語り合っています。

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◆対談内容(抜粋)は以下のとおり

松岡 3・11をきっかけに、「日本の根底に横たわる本当の問題は、いったいどこにあるのか」「本来のジャパン・マザーとはなにか」というところから問い直す必要があると思っているんですね。
原 何らかの形での「読み直し」は行われることになる。そこで、日本は何をベースにして「読み直し」をすべきなのかと言えば、私は「美意識」だと思うんです。(中略)丁寧、緻密、繊細、簡潔といったものこそが、実は日本が拠って立つべき資源だったのではないか。
松岡 現代人の多くはおそらく土間や京壁や垣根に込められた無数の物語をまったく読み取れない。「よく見れば なずな花咲く 垣根かな」という俳句を読んでもそこに情景が浮かんでこない。本歌取りができなくなっている。
原 脱原発についても、冒頭から話しているとおり、忘れていた日本人としての感受性を取り戻すことで進めるしかないと思うんです。エネルギーやエコロジーというサイエンスを、理性ではなくて、自分の身体感覚として装着されている「美意識」でとらえる。
松岡 それとね、「光と闇」「表と裏」「前と後」はもっと混じり合わないとダメだと思うんです。とくに日本は「裏」を重視してきました。(中略)この節電の夏は、「光と闇」「表と裏」「前と後」が、意図的に編集デザインできるもとだということを思い出す良い機会かもしれません。

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■『中央公論』 8月号
発売 2011年7月10日
発行 中央公論
定価 900円(税込)

投稿者 staff : 20:18

2011年8月 4日

Publishing 朝日新聞の広告特集「仏に親しむ、仏に学ぶ。」

旧盆を控えた8月4日に掲載される朝日新聞(朝刊)の広告特集“仏に親しむ、仏に学ぶ”で、セイゴオが「仏の教え」をテーマにインタビューに答えています。日々の暮らしのなかで仏教をどのように捉えたらよいか、仏教的なものの見方や考え方を現代にどう活かせばいいのかなど、セイゴオ流の智見や経験を踏まえて披露しています。

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◆インタビュー内容(抜粋)
火山列島の日本には地震も津波も台風も襲ってきます。大小さまざまの天変地異を半ば身にまとって日本人は暮らしてきたわけですね。
中世以降「祈りの仏教」から「救いの仏教」へ、修行を通じて確信する仏教から、一人ひとりが身近に携える仏教へと変遷していったのです。私の言葉で言うと、仏教の「ポータビリティ」が高まって、人々が災害に見舞われた際も、それぞれの胸の内、心の中に仏がおわす感覚を持てるようになったのだろうと思います。
現代の日本人は「有事」ということを大仰に捉えますが、実は、有事は平時の中に埋め込まれているのです。今の人たちは、賞味期限切れだから食べたら危ないとか、マグニチュード3なら大したことないとか、誰かのお墨付きやレベル設定がないと危険か安心かの判断がつかないようになってしまった。そういうものが、自らの内に仏がおわす感覚の喪失と相まって、この時代を追いつめているのでしょうね。
仏教は「安心立命」の一語に言い尽くされます。安心と、自分の命がそこにあることは輩であり、その実感をなんとか取り戻すことです。
これからの震災復興を念頭に置けば、仏教の扱う自力と他力の相互関係を説いた書籍なども、もっと注目されてよいと思います。


■「朝日新聞」 
発行 2011年8月4日朝刊 6面

下記サイトでセイゴオのインタビュー全文や関連書籍の紹介などが掲載されています。
http://doraku.asahi.com/ad/clients/bukkyou/index.html 

投稿者 staff : 15:32

2011年8月 3日

Publishing 『週刊ポスト』「百辞百物百景-コンセプト・ジャパン100」 001~006

『週刊ポスト』のカラーグラビアで好評連載中「百辞百物百景-コンセプト・ジャパン」。
現在発売中の最新号では「006供養」が掲載されています。

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(写真:太田真三)

 下北半島の端っこにある恐山はかつてはウソリと呼ばれた。アイヌ語である。いまも宇曽利山・宇曽利湖がある。いつ訪れても色とりどりの無数の風車がそこかしこに突き刺してある。この風車のことを、当地では水子供養のためのオソナイ(お供え)という。  (中略)
 実は、日本神話ではイザナギとイザナミが最初に生んだ子はヒルコと呼ばれ、葦舟に乗せられて流された。ヒルコはやがてエビスと名を変えて、全国の恵比須信仰の対象になった。ヒルコは風のようにさまよう者だったのであり、失った子を大事にすることが、かえって新たな結実の展望に結びついたのだ。  (後略)
 2011年8月1日発売「週刊ポスト」8月12日号 「百辞百物百景-コンセプト・ジャパン100 ―006供養」より

 
6月と7月に発表された001~006の「ジャパン・コンセプト」と中見だしは以下のとおり。

001 氏神(うじがみ)
    ―被災者の魂を映す鏡

002 寸志(すんし)
    ―志が託されるしくみ
 
003 不思議綺麗(ふしぎきれい)
    ―日本バロックな美意識

004 司(つかさ)
    ―大事をつかさどる者たち

005 滴(しずく)
    ―一滴を忘れない日本

006 供養(くよう)
    ―泣いてくるくる風車

■『週刊ポスト』
■発売日  毎週月曜日発売  ※週により変更する場合もあります
■定 価  380円(税込)    ※特大号などにより変更する場合もあります

投稿者 staff : 17:57

Publishing 『週刊文春』でセイゴオごのみを語る

『週刊文春』「わたしの愛する嗜好品ものがたり」にセイゴオのエッセイが2回連続で掲載されます。
1回目は現在発売中の8月11日・18日夏の特大号に登場。タイトルは「化石とプロペラ」です。
※2回目は次号の8月25日号(8月17日発売)に掲載予定。

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 嗜好とは何であれ、好きに嗜むことをいう。何が好きになるかにはリクツがない。気が付いたらそれにハマっていたというのが嗜好の起原なのである。(セイゴオ)

寺田寅彦の「好きなもの イチゴ 珈琲 花美人 懐手して宇宙見物」に倣ったセイゴオの戯れ歌は

「好きなもの 化石 歯車 未知の地図 母の鏡台 プロペラーの彼方」。

■『週刊文春』 8月11日・18日 夏の特大号
発売 2011年8月3日発売
出版 文藝春秋
定価 380円(税込)

投稿者 staff : 16:48

2011年8月 1日

Publishing セイゴオ近々対談・インタビュー

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 JT生命誌研究館が発行する『季刊 生命誌』夏号に、理学博士・JT生命誌研究館館長の中村桂子さんとセイゴオのロング対談が掲載されています。

 『季刊 生命誌』2011年の年間テーマ「遊ぶ」を受けて、二人の対談テーマは「多義性をかかえた場を遊ぶ」。セイゴオによると、「中村さんと私の考え方には共通するものがある。〝物語る方法の魂”が似ている」。中村さんは、編集工学研究所のスローガン「生命に学ぶ・歴史を展く・文化に遊ぶ」は、「生命誌研究館のめざす場の考え方とまったく同じなのに驚いた」。生命の自己組織化や生命科学にひそむ予測不可能性から、「見立て」や「はかなさ」などの日本文化まで、尽きることなく話題が広がりました。対談写真の撮影は、セイゴオの遊人・大西成明さん。

■『季刊 生命誌』 69夏号
発行 2011年6月17日
発行 JT生命誌研究館
下記URLに全文掲載
 http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/index.html
 

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 ライフスタイルマガジン『ウオモ』で好評連載中の「可士和談義」にセイゴオが登場。最近「日本的なるもの」に強く興味を持つようになったというホストの佐藤可士和さんのリクエストに応えて、「あはれ」「わび」「うつろい」「引き算」「余韻」など日本的価値観・方法論をめぐりながら、「プロセッシング・プロダクト」の感性を呼び戻すことへの期待を語りあいました。

■『ウオモ』 6月号
発売 2011年4月24日
発行 集英社
定価 780円(税込)


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 インプレスジャパンより発行された『電子出版への道』の「キーマンインタビュー」にセイゴオのインタビューが収録されています。編集長の井芹昌信さんの問いかけ「『本』を知り尽くした知の傑人は電子出版に何をみるのか」に対して、セイゴオは「ウェブは長大なコンテンツ作成に適している」「電子書籍は情報を手元に移転する」「電子と紙をブリッジする縁側の拡張が必要」と応えながら、多様化する本の周辺を支える「電子の縁側」の可能性を示唆しています。
 
■『電子出版への道』 OnDeckアーカイブVol.1
発売 2011年4月21日
発行 インプレスジャパン
定価 1,600円(税込)


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 『idea 346号』の特集は、セイゴオが工作舎時代から信頼をよせるグラフィックデザイナーの羽良多平吉さんです。セイゴオによる羽良多論「サブリミナルな虹色科学」と、羽良多さんデザインのセイゴオ本『外は良寛。』『フラジャイル』『伝統と創生フォーラム集成』などがオールカラーで掲載されています。

■『idea 346号』 特集:羽良多平吉
発売 2011年4月9日
発行 誠文堂新光社
定価 2,970円(税込)

投稿者 staff : 20:00