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2010年11月 9日

Report 連塾ブックパーティスパイラル「本の風」速報

 11月6日(土)、南青山スパイラルで「連塾ブックパーティスパイラル 本の風」が開催されました。
 「連塾」は2003年のスタート以来8年目・第4期目を迎えましたが、「本」をテーマに展開する新シリーズの第1回目とあって、プログラムも趣向も、演出もこれまでから一新され、さらにバージョンアップされました。セイゴオがモデレートする約6時間のトークセッション「本談」(ほんだん)をスパイラルホールで、出演者が選りすぐったおススメ本の展示や松丸本舗の出張販売を行う「本市」(ほんいち)と出演者と参加者が交流する「本宴」(ほんえん)をスパイラルガーデンで展開。本と人が集い交わり「知」が騒ぐ、3つのブックパーティがスパイラルの全面協力によって実現しました。
 以下はその端的レポートです。

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青山通りにはためくスパイラル正面の連塾バナー

破格なブックナビ「連々三冊」と、危ないセイゴオ新著

 「連塾ブックパーティ」に先立って、セイゴオから11人の出演者に依頼されたのが、3冊セットでそれぞれのおススメ本をあげてもらう「連々三册」。名うての本好きたちとあって、テーマ設定も選本も意外性に満ちてしかも極めつけ。各者各様の三册にセイゴオは唸りっぱなし、驚きっぱなしだったようだ。その一覧が連塾当日、特製パンフレット仕立ててで配布されるとともに、スパイラルガーデンの「本市」会場にずらりと展示された。

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スパイラルガーデン「本市」会場の「連々三册」の展示


 「本市」会場のもうひとつの目玉が、松丸本舗の出張販売。連塾前夜に丸の内から運ばれた特製のブックシェルフ(橋本棚)に出演者たちの著書が揃えられ、松丸エプロンをつけたブックショップエディターも勢揃い。スパイラルカフェやショップを訪れる一般客も含め、約600人もの来場者が、南青山に突如出現した濃密な書棚に見入っていた。
 ちなみに「本市」いちばんの売上は、この日に合わせて先行販売された求龍堂のセイゴオの新著だった。挑発的なショッキングピンクの『危ない言葉』とレモンイエローの『切ない言葉』、2冊をセット買いしてから「本談」会場に入っていく人々も多数見受けられた。

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「本市」のセイゴオ著書コーナーでは、
『危ない言葉』『切ない言葉』の初売り。

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文庫本仕立ての連塾ブックパーティ特製パンフレット。


「本は絶対になくならない」-本談開演

 これまで「日本という方法」をテーマにしてきた連塾が、「ブックパーティ」へと転換を遂げるためには、どうしても新しいイベントスタイルを創出する必要がある。連塾草創期から照明と演出を担ってきた藤本晴美さんとセイゴオは準備段階から議論を重ね、前日のリハーサルでも映像や進行にさかんに変更をかけ、ディテールを詰めていた。
 とくに新規軸となったのが真保毅さんによるステージデザインだ。枯山水のように階段状に組み合わされた高さの違うステージに、11人の出演者をどのように迎えるか。セイゴオはリハーサル中、何度も自分の足でステージを踏んで、進行の段取りとともに環境に影響を受けやすい言語感覚の調整をはかった。
 そうしていよいよ迎えた「本談」オープニングシーン。前シリーズが赤と黒を基調にデザインされてきたこととはうってかわって、ホールがブルーのグラデーションで染めあげられ、その透明な空間にくっきりと白い文字が浮かび上がった。カフカ、ボルヘス、オルハン・パムク、多田富雄、ジョルジュ・ペレック…。先人たちによる本をめぐる言葉が静かに投影され、それを読みあげるセイゴオの声が響く。

 「断言してもいいんですけど、本は絶対になくならない―井上ひさし」。

 2年前の連塾にゲスト出演した亡き井上さんの言葉を受けて、セイゴオがゆっくりと枯山水ステージに登壇した。

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バナー、画面デザインは美柑和俊さん。


本談(1) ホスト:福原義春 ゲスト:鴻巣友季子+津田大介

 本談は、セイゴオが全体をナビゲーションしながら、各パートごとにホスト役を置き、さらに二人のゲストを招きいれるというニュースタイルで展開した。
 最初のホスト福原義春さんの選んだ「連々三册」は、内田百間『百鬼園随筆』、『寺田寅彦随筆集』、リチャード・ファインマン『ご冗談でしょう、ファインマンさん』。「読書というものは明日のためにはならないが、1年後になって効いてくるもの」と語る福原さんに、セイゴオが福原さんの読書はおもしろいジャンルのいちばん生き生きしたところに届いていると賛辞を贈った。

 翻訳家・書評家として知られる鴻巣友季子さんは本をポストイットで埋め尽くす独自の読書術を披露。「高貼り・中貼り・低貼り・横貼り」の使い分けによって、一冊の本を多重多層に読みこなすプロの技に、本をいっさい汚さずに読むという福原さんも「こういう古本ならそのままほしくなるね」。その鴻巣さんの「連々三册」は、「読む」ことの逸脱と停滞がいとおしくなる宮沢章夫『時間のかかる読書』ほか、マングェル『図書館 愛書家の楽園』、岡真理『アラブ、祈りとしての文学』。

 『コンテンツ・フューチャー』のインタビュー以来セイゴオが注目している津田大介さんは、ステージ上でツイッターの実技を披露しながら、ツイッターによって著者と読者の共鳴関係がライブ感をもって可視化されるようになったと話す。「連々三册」でも、ソーシャルメディア戦略時代の到来を告げる『「オバマ」のつくり方』(ラハフ・ハーフーシュ)、『ツイッターノミクス』(タラ・ハント)のほかに、『ツイッター部長のおそれいりこだし』(末広栄二)を取り上げ、日本語ならではの電子時代の可能性がすでに現象として生まれつつあると指摘した。

 鴻巣さんは、もともと著者も読者もテクノロジーの進化によって変化してきたと語る。「ジョイスの『ユリシーズ』はトラム(路面電車)時代の、エリオットの『荒地』は電話時代ならではの小説だった」。それを受けて、「デジタル難民」を自称する福原さんが「本はまさにブックウェアである。時代の入れ物である」と締めくくった。
 異能の本の達人たちによって、悲観論や楽観論を超えたデジタル時代の書籍の役割が示唆された。

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上:福原義春さん
中:津田大介さん
下:ポストイット読書術を披露する鴻巣友季子さん


本談(2) 清水真理+今野裕一

 なぜ松丸本舗に危うげな球体関節人形が展示されているのか。「その謎を本邦初公開します」とセイゴオが招いたのが、作者の清水真理さんと、松丸での展示をプロデュースした今野裕一さん。スパイラルホールのホワイエにも、『日々の泡』『刺青』など文学をモチーフにつくられた清水さんの人形たちが展示された。
 清水さんは、かつて人形作家は男性中心だったが、球体関節人形の作家は女性が多いと語る。「男性の思い通りになる女性像ではなく、女性が自分の内面や妄想やエロスを表現する手段として、関節が自由に動かせる人形に向かっている」。そのような動向を取り上げるために『夜想』を復刊させたという今野さんは、「人形をつくることによって、人形を迎える(買う)ことによって救われている女性たち、母娘たち、家族たちがいる」と言う。欧米とはちがい幼女をいたぶるアニメや映像に寛容な日本の男性社会に対して、あえて傷ついた人形をつくる日本の女性たちの感覚のなかに、ドストエフスキーによる幼児虐待の告発とはちがう何かがあると、セイゴオも答える。

 そんな男性と女性と人形たちとのあやうい関係をめぐりながら紹介された「連々三册」は、今野さんがリラダン『未来のイブ』、『ホフマン短編集』、ベルメール『イマージュの解剖学』。清水さんが澁澤龍彦『少女コレクション序説』、センダック『かいじゅうたちのいるところ』、『夜想 シュヴァンクマイエル』。

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上:人形をたずさえて登場した今野裕一さん
中:ホワイエに展示された清水さんの球体関節人形
下:楽屋で語らう清水真理さんと中谷巌さん


本談(3) ホスト:五木寛之 ゲスト:安彦良和+前田日明

 ホストに五木寛之さん、ゲストに前田日明さんと安彦良和さんを迎えた3つめの本談は、セイゴオによると「アウトサイダー」感覚あふれる組み合わせにしたかったとか。
 皇道哲学を奉じる父と大正ロマンが好きな母の影響を受けながら、外地である平壌で敗戦を迎えたという五木さんは、子どものころからの乱読・雑読派。「むしろ雑であること、ボーダレスであることをアイデンティティにしてきた」。「20~21世紀は難民の時代である。一定の祖国をもたないことをもっと積極的な価値にできないか」と名口調で話した。「連々三册」は、内村剛介『著作集』、中沢厚『つぶて』、ラックス&クーディー『アウシュヴィッツの音楽隊』。

 その五木さんに呼応するように、漫画家の安彦さんも北海道のオホーツク海近くの辺境に生まれた自分の境遇をせつせつと語った。「なぜガンダムを大ヒットさせながら、アニメの世界から去って、日本神話や『虹色のトロツキー』のような日本の裂け目を扱うような作品を描くようになったのか」というセイゴオの問いに対して、「70年代のアニメは、映画が撮れない映画作家や連載がもてない漫画家など、コンプレックスを抱いた人々の雑念が満ちていた。ガンダムをきっかけにアニメ好きがアニメをつくる時代に変わった。自分が長居する場所ではないと感じた」。「連々三册」は、陸奥宗光『蹇蹇録』、宮崎滔天『三十三年の夢』、巌本善治・勝部真長『海舟座談』。いずれも『王道の狗』を描くときに参考にしたものだと言う。
 
 ここで、ブルーが基調となっていた照明が一転、燃えるような赤に切り替わり、前田日明さんの手がける格闘技「アウトサイダー」の映像が流れ、熱気をまとった前田さんの巨躯が枯山水ステージに登場。兼ねてから前田さんが無類の読書好きであることを知っていたセイゴオは、その「連々三册」にとりわけ舌を巻いたと言う。「平等という卑しい者達が抱く幻影は、実際は高貴な者の間にしか存在しない」というバルベー・ドールヴィーの言葉を引きながら並べられた林房雄・三島由紀夫『対話・日本人論』、三浦実・貝原浩『吉田松陰』、生田耕作『ダンディズム』もさることながら、「新しい世界観の提示」というテーマによって選ばれたリサ・ランドール『ワープする宇宙』、中村元『龍樹』、小菅正三『次元と認識』にはさすがのセイゴオも悶絶しそうになったらしい。
 ステージ上でも前田さんは、サンフランシスコ条約の原文に当たって日本の「独立」のあいまいさを提起し、特別会計予算をいじるパフォーマンスを繰り返す政治家とその背後にあるアメリカの力を告発するなど、憂国の危機感を爆発させた。

 これに対して、五木さんは定家の『明月記』の「紅旗征戎わがことにあらず」を引用しつつ、日本で公称3万人と言われる自殺者たちを新たな「戦死者」と呼び、「日本は見えない戦争のまっただなかにある。命のデフレが進んでいる」と指摘。安彦さんも、かつての「有事」の重さに向き合った日本人たちの経験を受けとめるべきと語り、アウトサイダーならではの憂国の志を静かに示した。

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上:五木寛之さん
下:安彦良和さん・前田日明さん

本談(4) ホスト:佐藤優 ゲスト:中谷巌+長谷川眞理子

 佐藤優さんは獄中で書きつづったノート「自由筆記」や当時の資料などを大量に抱えて登壇、「自由筆記」はその後も続けているが、500日間獄中で書いたときのほうが「仕事がはかどった」と笑う。
 「連々三册」では、日本を内側・外側から考察する3冊を比較検討するというコンセプトで、北畠親房『神皇正統記』、ルース・ベネディクト『菊と刀』、大城立裕『小説 琉球処分』を取り上げたが、なかでもセイゴオが瞠目したのは黒田寛一『実践と場所』が挙げられていたことだ。
 佐藤さんは「黒田寛一は一時期、その思想のために死んでもいいと思われた人。人を殺す思想がいちばん強い。松岡正剛もそういう人ではないかと思っている」と眼光を炯炯とさせ、さらに早口で「浅田彰の『逃走と力』以降、日本の知識人が差異の議論に熱中しているあいだに、知的洗練度の低い思想が広まってしまった。かつて隠れて読まれていたようなものが今は大手を振っている。もう一度黒田寛一からやりなおすべきだ」とまくしたてた。

 佐藤さんの『獄中記』に衝撃を受けすぐに会いに行ったという中谷さんは開口一番、「経済学の本なんて読まないほうがいい」と切り捨てる。合理的な個人というものを前提に欲望を正当化する近代経済学の世界に身を置いてきた中谷さんは、佐藤さんやセイゴオの著作に触れたことがきっかけで転身をはかったのだと語る。「人間の問題は、経済学では解明できない。人間とは何かという根源的な議論をしなければ解き得ない」。「連々三册」では西洋的普遍主義を問いなおすという意味を込めて、ウォーラーステイン『ヨーロッパ的普遍主義』、サイード『オリエンタリズム』、長谷川三千子『民主主義とは何なのか』が選ばれた。
 生物学者の長谷川眞理子さんもまた、人類学が過去しか扱わないことに長らく不満だったと話す。「連々三册」は、ダーウィン『ビーグル号航海記』、ロレンス『知恵の七柱』、ピーター・フレミング『News from Tartary』。いずれも人類学者として異文化体験を重ねてきた長谷川さんに影響を与えた本だという。

 最強の論者たちを迎えたセイゴオは、人類はなぜ神をつくり、マネーをつくったのか。神やマネーのつくり方はうまくいっていたのか、今後これに代わるものがつくられる可能性があるのかという「難問」を三人にぶつけた。神の問題については、キリスト教信者である佐藤さんは「その質問は理解できない。神が人間をつくったのである」と笑いを誘いながら、ポルトマンの神学を引いて、神が縮退した隙間に人間社会が生まれたという説を披露。中谷さんは、人間の歴史はすべて破壊の歴史だったと振り返り、神や自然や共同体の呪縛を解き放った結果、その正当化が緻密に組み立てられていったと「世界システム」の原罪を指摘した。長谷川さんは、「生物としての人間の特殊性は、巨大な脳がつくり出したものを脳が理解し作り変えるという入れ子構造をもったこと」と語り、合理的な思考は脳のなかの一部にすぎず、認識できることだけで世界が動いていると考えるのはまちがいである、経済学もまちがいであると明解に語った。

 最後にセイゴオから投げかけられた「読書の未来」については、佐藤さんは「記録のためではない、記憶のためのメディアとして紙の書籍は今後もなくならない」、中谷さんは「合理的判断を超えた思考は書物からしか得られない」、長谷川さんは「今後の世代がもし本を捨てたら、人類の知力がだめになる」。書物派らしい心強い意見が、6時間に及んだブックパーティ「本談」のラストを締めくくった。

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上:獄中で書いたノートを紹介する佐藤優さん
下:長谷川眞理子さん

本宴―本好きによる本好きのための宴

 「本宴」は、スパイラルガーデンに場所を移して、金子郁容さんと小城武彦さん(丸善・編集工学研究所社長)の進行、岩波書店社長の山口昭男さんの乾杯の挨拶で開演した。
 330人を超える参加者がカフェスペースとともに本市会場を埋め尽くし、出演者を囲んで「本談」の感想を交わしあう風景は圧巻。ドリンク片手に「連々三册」展示に見入ったり、ブックショップエディターに案内されて出演者たちの著書を購入する人々の姿も、ブックパーティならではの光景だった。

 「本宴」中は、来場者のなかから鈴木寛さん(文科省副大臣)、呉善花さん(拓殖大学教授)、森野鉄治さん(大日本印刷常務取締役)、野間省伸さん(講談社副社長)が壇上でスピーチ、電子書籍時代を迎えつつある日本の読書の未来について、思い思いのメッセージを語った。先ごろ「週刊新潮」で松丸本舗への熱中ぶりをエッセイに書いたばかりの荻野目慶子さん(女優)も「本談」の興奮冷めやらぬ口吻で「本の色、かたち、たたずまいのすべてが好き。これからも本を通して、生きて変化しつづける人間の実体と向き合い続けたい」と語り、おおいに会場を沸かせた。

 本宴の最後はセイゴオのスピーチが締めた。「もともと本は一人で読むものではないと考えている。まず本の向こう側に著者がいる。編集者もいる。版元もいる。デザイナーもいる。1冊の本との出会いが何十人もの人々との出会いにつながっている。本は世界劇場でもある。残念ながらその本の世界が退嬰しつつある。電子時代は印刷、すなわちプリンティングキャピタリズムを変化させる。マネーも変化する。書籍も変化せざるをえない。グローバリゼーションのなかで、もういちど本の付加価値を見直し共有する仕組みを考えていきたい」。
 このセイゴオの語る「本の付加価値を見直し共有する仕組み」は、おそらく5月末予定の次回の連塾ブックパーティのころには、新著のなかで多少、明らかにされるはずである。

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「本市」で談笑する前田さん・鴻巣さん・安彦さん

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金子郁容さんと小城武彦さんの進行で本宴が進む

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「連々三册」展示をバックにスピーチするセイゴオ

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松丸本舗の魅力を語る荻野目慶子さん

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本宴を盛り上げたドラッグクイーンのヴィヴィアン佐藤さんと


レポート:太田香保
写真:赤羽卓美

投稿者 staff : 2010年11月 9日 16:24