セイゴオちゃんねる

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2009年12月29日

News 年末年始のセイゴオメディア情報

年末年始にかけてセイゴオが登場するメディアを紹介します。

■『BRUTUS』企画、幅允孝さんと松丸本舗へ
■関口宏「サンデーモーニング年末特番」にVTR出演
■『週刊読書人』新春特別号で福原義春氏と巻頭対談
■V6岡田准一の81.3FM「グローイング・リード」に出演

■『BRUTUS』企画、幅允孝さんと松丸本舗へ

12月15日発売の『BRUTUS』(特集「本が人をつくる。」)で、セイゴオと話題のブックディレクター幅允孝さんが対談。「読書地図の作り方」をテーマに松丸本舗で語り合いました。いかにして本と仲良くなるかというブックウェアの話しから、ブックマップをつくるためのキーブックの概念まで、互いの読書遍歴を明かしながらの5ページ記事です。

2009120302.JPG丸善・丸の内本店4階「松丸本舗」本殿前で対談


■サンデーモーニング年末特番にVTR出演

12月27日(日)午前8:00-11:30放送の「サンデーモーニング・年末スペシャル」にセイゴオがVTRで登場。テーマは「21世紀の大転換~世界の行き詰まりと意識改革」。セイゴオは歴史的現在に立って日本の将来に鋭いコメントを連発していた。

司会:関口宏 / コメンテーター:寺島実郎、田中優子、金子勝、岸井成格

【1部】
▼今週1週間のニュース
▼親分と張さん今年のスポーツ総喝!
【2部】
▼「世界の行き詰まりと時代の要請」米国最大カジノ街の地下住民
▼格差と国債・不安日本
▼資本主義その功罪
▼ムーア監督怒りの告発
▼なぜ限界?成長神話
▼破たん国再生の道と意識の変革

2009120301.JPG収録は編集工学研究所のサロンスペース

■『週刊読書人』新春特別号で福原義春氏と巻頭対談

1月8日発売の『週刊読書人』新春特別号で、企業人を代表する読書人・福原義春さん(資生堂名誉会長)とセイゴオの対談が掲載されます。テーマは「2010年国民読書年にちなんだ読書論」。2009年に『だから人は本を読む』(東洋経済)を出版された福原さんと、『多読術』(ちくまプリマー新書)で本屋さん大賞を受賞したセイゴオが「本」や「読書」について徹底的に語りました。

2009120501.JPG対談場所は、資生堂本社の名誉会長室


■V6岡田准一の81.3FM「グローイング・リード」に出演

1月10日(日)24:00~25:00放送の81.3FM「グローイング・リード」にセイゴオが登場します。パーソナリティはV6岡田准一さん。毎週各界の著名人を呼んで最先端の話を繰りひろげています。セイゴオに与えられたテーマは「今の時代、日本を考えるにはどうしたらいいですか?」。セイゴオの普段の生活ぶりから、編集という専門分野の話し、そして連塾や松丸本舗などいま手がけているプロジェクトまで、あらゆることをたっぷりと話しています。収録後の岡田さんの一言は「松岡さん、すっげ~。まじすげ~。」でした。

投稿者 staff : 00:53

2009年12月22日

Report 連塾 JAPAN DEEP 4 年末の胸騒ぎ、日本の武者震い。

日本列島を寒波が襲った2009年師走の19日、「連塾JAPAN DEEP」の最終回が開催された。会場は寒空に聳え立つ新宿パークタワー。ゲストは勅使川原三郎・高山宏・川瀬敏郎の三人。「年末の胸騒ぎ、日本の武者震い。」という予告に集った塾衆は総勢330名にのぼった。

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オープニングでは、2年間にわたった「JAPAN DEEP」の映像が流れ、まず連志連衆會の代表理事・福原義春さんが登壇。ロシアの詩人オリガ・ベルゴリツの「昼の星」をモチーフに、この日の連塾を象徴するメッセージを投げかけた。「昼間の空には今にも落ちてきて私たちを押しつぶしてしまうほどのたくさんの星がある。けれども誰もそれを見ていない。今日の連塾を通して、私たちは忘れてしまった"見えないものを見る力“を感じとることができるはずです」。

福原さんの言葉に深く頷きながら登壇するセイゴオ。まず黒板に書き付けた文字は「稜威(イツ)」。「かつての日本には見えない勢いや名指しできないものを表現する言葉があった。しかし18世紀のヨーロッパに「理性」が登場して以来、世界は「たまたま」や「偶然」といった曖昧な存在を次々と切り捨ててしまった」と語る。
スクリーン脇のバナーにはセイゴオがこの日の三人を書した「花・文・身」の三文字が並ぶ。「花のなかに文があり、文のなかに身があり、身のなかに花がある」。このように本日のテーマが紹介され、いよいよゲストセッションがはじまった。


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漢字の由来を板書しながら切り込んでいくセイゴオ


■勅使河原三郎 ~ 無数の瞬間のうえで踊る

一人目のゲストは稀代の"フラジャイルダンサー"とセイゴオが称える勅使川原三郎さん。ダークブルーに暗転するステージに舞台映像「MIROKU」が流れると、会場は一気に異世界へと引き込まれた。広隆寺の弥勒菩薩像や稲垣足穂の同名の小説に感化されたという本作について「古(いにしえ)は身体のなかにある。身体はモノよりも古いのではないか」と語る勅使川原さんに、二人のトークは時空・身体・弱さといったキーワードをめぐって一挙に加速していく。

つづいて上映された「GLASS TOOTH」は以前からセイゴオが絶賛してやまない作品。舞台に敷き詰められた4トンのガラスの上で踊るという危険きわまりないパフォーマンスである。会場に響き渡るガラス破片の音とともに対話がつづく。
セイゴオ「危険からすべてははじまる。ただし勅使川原さんの作品には"危険"というだけではない何かがある」
勅使川原「非日常によってこそ感じるものがある。定かでないから表現に適さないかというと決してそうではない」
セイゴオ「ギリギリのインターフェースに迫る凄さがない限りアートは成り立たない」
勅使川原「光に対する畏れ。そして細かな時間の集積する無数の瞬間の上で踊る感覚」
交差する二人の言葉に乗って、舞台上の身体はいっそう鮮やかなフィギュアをとき放っていった。

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勅使川原さんの振る舞いが実際に披露される舞台

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ダンスカンパニー"KARAS"の佐東利穂子さんも飛び入りで参加

■高山宏 ~ 百学連環のビブリオマシーン

二人目のゲストは人文学界の鬼才・高山宏さん。セイゴオとは30年来にわたって深夜の”ホットライン”でつながる親密な関係にある。じつはこの日を前に、高山さんが26歳のころから書き溜めてきた4000枚以上にのぼる図書カードやダイアグラム、その名も「ビブリオマシーン」がセイゴオに生前贈与されていた。そのビブリオマシーンから事前にセイゴオが選んだ十数枚が次々とスクリーンに投射される。「メモを取りながら一言も聞き逃せない緊張感。まるで連塾創成期を思い出す」(小堀宗実さん)という高速のトークパフォーマンスが繰り広げられた。

高山さんの図解を仰ぎながら「たった一枚のメモや一言が瞬間的に世界と対峙しうることがある。その瞬間を見たくて仕事をしている」とセイゴオ。さらに紙上にマニエリスム・バロック・ピクチャレスクというキーワードが登場すると、「高山さん以前に、この三つの概念をつなげた人はいなかった。誰もが発見し得なかった知の関係を明るみにだす高山さんの手法は、じつはイノベーションの重要な鍵を握っているのではないか」と問いかける。その発見と発明の秘訣を尋ねると、「イノベーションは語源的に博物学時代の"インゲニウム(巧知)"につながる。それは松岡さんの"エンジニアリング"とも連環する」と高山さん。その後も"Curiosity(好奇)"と"Cure(癒し)"の知られざる関係をはじめ、とどまることをしらない"百学連環"の知が次々と語られていった。

ヨーロッパ人文学の翻訳を単独で牽引してきた高山さんの仕事に、セイゴオは「明治の諭吉・西周・兆民の役割を独りで背負っている」と最大の賛辞を贈る。セッションの最後には「東西をまたいでの概念翻訳。高山さんのように日・仏・英の関係に両足をはりつづけることがいまの日本には必要」と「JAPAN DEEP」の本領に迫った。

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「エンサイクロペディアは"百学連環"と訳すべき」(高山さん)

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"知のコンポジション"をめぐって冴える高山節

ゲスト2人とのセッションを終えたところで、今年10月にオープンした「松丸本舗」と11月に公開したブックウェアサイト「本座」が会場スクリーンに投射された。セイゴオは「本の秘密はまだ解明されていない。本は"見えないものを見せる"ための重要な“ブックウェア“。それを知らせるためにはもっと斬新な”演出”が必要なんです」と語る。つづいて恒例の軽食交歓タイムでは、黒に赤字の「JAPAN DEEP」が映える点心の折り詰めを片手に、塾衆が覚めやらぬ知の興奮を交し合った。

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白熱するトークにメモを走らせる塾衆

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リクエストに応えホワイエに展示されたビブリオマシーン

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松丸本舗を紹介するセイゴオ

■川瀬敏郎 ~ 大地を持ち上げる立花

第二部の開演。入り口の扉が開かれると、ステージには三人目のゲスト川瀬敏郎さんが生けた柳・松・白玉椿の「立花(たてはな)」が卒然と出現していた。立花とは「大地を持ち上げる能力」であると川瀬さんは言う。「"立てる"ということを心のなかに抱いていかない限り、芯は立ち上がらない。花とは自然のなかに心を見つめてきた歴史です」。

そして二人のトークは「草こそが真」という日本独自の発想に触れながら、次第に日本の奥にある”大分母”の面影へと向かっていく。「奥に隠れたものが存在していくために、表の部分を変化させる。表の真があることによって、内なる真がより完成度をもって伝承される。これこそが日本という方法である」と語る川瀬さんに、「いまは文化の分母が忘れられすぎている」とセイゴオ。さらに「裏側にある「真」に触れるなら、それにふさわしい立て方がある」と応じた。

川瀬さんの言葉の深まりを見定めて、いよいよセイゴオが2つ目の「立花」のタイミングを切り出す。深く礼をし、一心に花へ向かう川瀬さん。きわどいバランスで立ち上がる"枯れ蓮"に息を呑む塾衆。舞台に立ち上がる花を前に「ここまで枯れないと生ではない。すごいものは枯れてもすごい」と川瀬さんは放つ。トークの最後には「私たちの背景にある自然を荘厳するという心得。日本に必要な大分母はこれです。このことを覚悟すべきです」と現在の心境を語り、会場から大きな拍手が贈られた。


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立花を前に二人のステージがはじまった

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「花は最後には独り。独りにならないと花は語りかけてこない」(川瀬さん)

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小堀宗実さんよりエンジェルの舞う数寄の茶が振舞われる


長時間におよぶ連塾もいよいよラストシーンを迎える。最後にセイゴオが万感を込めて語る。「いまの日本はリスク(危険)とリターン(報酬)がくっつきすぎている。しかし、今日の三人はリターンを求めずに、リスキーなことに向かってきた。川瀬さんから胸中の花を、勅使川原さんから花としての身体を、高山さんから文芸の魔術をもらいながら、私たちはもう一度、リスクとリターンの関係を誤ってしまった現代システムの問題にじっくりと迫ってみるべきかもしれません」。

ボブ・ディランのクリスマスソングともに、このエンディングの瞬間のために藤本晴美さんが用意したミラーボールが会場いっぱいに光の風花を吹雪かせる。最後に写真家の中道淳さんが撮影した写真がスライドショーで流れるなか、7時間に渡った「連塾JAPAN DEEP」が終演した。


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レポート制作:広本旅人
写真提供:川本聖哉

投稿者 staff : 19:29

2009年12月17日

Publishing 『連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白』刊行!

2008年12月に刊行され反響を呼んだセイゴオの圧巻講義録『連塾 方法日本Ⅰ 神仏たちの秘密』につづくシリーズ第2弾『連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白』がようやく完成し、12月19日(土)の「連塾 Japan Deep4」会場で先行販売されることになりました。一般書店での販売は12月23~24日から。

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『連塾 方法日本』は、2003年~2005年にかけて行われた「連塾Part1」のセイゴオのソロ講義を完全採録する全3巻のシリーズ本です。第1巻『神仏たちの秘密~日本の面影の源流を解く』には、第1講「日本という方法」、第2講「神話の結び目」、第3講「仏教にひそむ謎」の3回分の講義を収録。1回5~6時間、毎回会場を変えて映像や板書や資料を駆使して語り通した稀有なライブトークが、豊富なビジュアル資料によって再現されています。

今回完成した第2巻『侘び・数寄・余白~アートにひそむ負の想像力』は、第4講「文は記憶する」、第5講「日本美術の秘密」、第6講「[負]をめぐる文化」の3回の講義を採録。等伯の「松林図」や浦上玉堂の水墨山水から、イサム・ノグチや三宅一生の作品まで、寺山修司の映画からピーター・グリーナウェイの「枕草子」まで、古今東西のアートを自在に取り合わせながら、「日本という方法」のアヴァンギャルドな魅力を浮き彫りにします。

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『連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白~アートにひそむ負の想像力』
春秋社 2009年12月20日発行
定価:1800円+消費税

投稿者 staff : 14:54

2009年12月14日

Report 松本清張記念館講演「事件にせまる」

 11月12日(木)、セイゴオが北九州の松本清張記念館で講演を行いました。北九州小倉市は松本清張が育った地、そしてセイゴオにとっては今年4月の「ぼくの九州同舟制」講演に続いての九州入りです。

 冒頭では、松本清張の作品をもとにセイゴオが映像の企画構成を行い、1984年から全25回にわたって放送された『ニュードキュメンタリードラマ昭和』より、『昭和20年8月15日・終戦の日の荷風と潤一郎』(新藤兼人監督)『下山総裁怪死事件・マイレイルロード』(長谷川公之・堀川弘通監督)が上映されました。本ドキュメンタリーのシリーズには清張さんご自身が毎回出演されたこともあり、この地での講演はセイゴオにとってひときわ感慨深いものとなったようです。

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 講演タイトルは「事件にせまる」。ノンフィクションの手法で「日本の黒い闇」に迫るベストセラーを生み出し、社会派推理小説のブームを巻き起こした松本清張にとって、いったい「事件」とは何だったのか。この日の講演は、清張の「推理の手法」をテーマに、歴史の語り方をめぐる二重三重の「鍵」が仕掛けられていきました。


1)日本の「黒い霧」に向かう

 清張さんはここ小倉でお育ちになり、印刷工場での職人時代、朝日新聞の記者時代をへて作家へいたるという大きな変貌を遂げました。作品では1950年の『西郷札』が直木賞候補となり、53年には『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を受賞。そして、いよいよ小倉から上京し、推理小説で本格的な作家活動に入りました。
 東京に出て作家活動を本格的に開始したというのは、この時期に清張さんは作家として立ち向かうべき対象を決めたということでもあります。それが「日本の黒い霧」だった。「黒い霧」の奥には何があるのか、なぜ黒いのかということをこの時期から同時に解こうとしたわけです。

 敗戦後の日本は「事件」の戦後史です。下山事件、三鷹事件、松川事件というように、アメリカの占領下で陰謀や疑獄が立て続けに起こった。清張さんはこうした事件と闘った作家だったわけです。ところが、ここが複雑なところですが、こうした一連の出来事は当時の世界戦略のシナリオとも密接につながっていた。たとえば国鉄総裁が死亡した下山事件も世界大の背景をもつ事件でした。

 こうした同時代史というものは、同じ時代に生きている人間の目からは非常に見えにくいところがあります。占領下の安保条約、冷戦体制、保守合同を例にとってみても、それらの背後に蠢くシナリオには、つねに二つ以上の陰謀や思惑が密接に絡みあっていて、その真相はいまだ見えにくい。
 同時代の出来事となるとなおさらです。たとえば、いま民主党は「事業仕分け」で無駄なものをガンガン切っているけれど、ではそれが当時の国鉄の首切りとどこがちがうのか、いったい今の民主党のシナリオはなんのシナリオなのか、なかなか見えてこない。

 人々はそうした出来事や事件に対して、つねに事実・真実というものを求めます。ですが、じつは真実や事実というものが陰謀によって先に用意されるということすら起こりうるわけです。だから、ひとつの事件が起こると、それがどのシナリオのなかで、どういうふうに起こったのかは、なかなかわからない。読めない。松本清張という作家は、しかしそうした描きにくい「同時代の歴史」に対して、独特の推理力と社会感覚をもって立ち向かっていった作家だったのだろうと思います。


2)同時代史を読み解く

 歴史というのは「history」というように「story」という字が入っています。ヒストリーの「ヒ」というのは「high」ですね。ちょっと高みで見ようとしている状態です。それが歴史であり、ヘロドトス・司馬遷・太安万侶以来そうでした。けれども、その歴史が同時代史となると極めて複雑で、昭和日本の場合は、そこに国体護持や天皇や日本人のメンタリティの問題など複数のファクターが一緒に絡んでくる。

 清張さんが小説やノンフィクションの手法をもって取り組んだのは、そうした読みにくい、語りにくい同時代史というものを、単なるフィクションとしてあらわすのではなく、むしろ同時代的なヒストリーのなかでストーリーを見る、ストーリーをヒストリーにするということだったわけです。つまり、ヒストリーのなかからストーリーをとって、それをさらにまたヒストリーに戻す。ここがすごいところで、清張さんは独自の推理力にもとづいた語り口をもって、この至難の技に取り組まれたわけです。


3)鍵と鍵穴を読むアブダクションの眼

 清張さんの手法といえばもちろん推理です。通常、この推理の方法には演繹と帰納の二つがあります。推理小説にはトリックがあり、それをあばく探偵が登場するわけですが、その場合、基本的にこの二つのメソッドで構成していくのが昔ながらの推理小説のやり方です。けれども、じつはもうひとつ大事な推理方法があるんです。それは「アブダクション」というものです。
 アブダクションというのは何かというと、ある問題を解くための仮のモデルを最初につくっておくというアプローチです。さらに仮のモデルにもとづいてさまざまな例示を膨大に集め、解読し、それを最後にもう一度ヒストリーに置き直していくという手法です。いま清張さんの「推理の目」を方法的に読むには、このアブダクションという手法が極めて大事になってくるだろうと思います。

 清張さんが当時の下山事件や松川事件を解いていった、あるいは日本の黒い霧や昭和史発掘で駆使された推理力が何なのかと考えると、それはなにも知らないで立ち向かったわけではない、また、未知への興味を少年のように夢中に解いたわけでもない。でも、すべてを分かって解いたわけでもないと思います。同時代の事件に対して、最初から「これはアメリカの謀略だ」というモデルをもったわけでもない。しかし、清張さんは、そこになんらかの仮説的なモデルを見つけ出した。しかもそれは古代ペルセポルスにも、古代ローマにも、長安にも、長屋王や道鏡の時代にも、あるいは藤原一族のなかにも起こりうるような、あるモデルであり、それを清張さんは掴んだんだと思うんです。


4)歴史の奧の奧にあるシナリオ

 権力と欲望、復讐と独自性、アンビバレンツな奪い合いというものには、必ずやバックボーンというか、背景やシナリオを書いた人間が存在します。また、そのシナリオライター自身にも二重性があって、たとえばGHQでも上部と下部がある。だから陸軍が悪いとか、東条英機だけが悪いとか、関東軍だけが悪いとはいえない。それを解くにはいま申し上げたような二重三重のアブダクションモデルがどこかで必要になってくるわけです。

 清張さんの初期作品に『断碑』という作品があります。これは森本六爾(ろくじ)という若き考古学者をモデルに描いたものです。私はハッとさせられたのですが、この森本六爾のお弟子さんが古代の銅鐸水脈国家論をスパッとアブダクションした藤森栄一さんなんですね。古代国家の謎が銅鐸に関係がある、それは水脈に関係があると、次々と歴史の奥にある何かに気がついていった藤森栄一という民間学者が実際にいた。清張さんはその方が大好きだった。また一方で、清張さんは、鴎外や天心や逍遥や紅葉、鏡花といった人物のアンビバレントな関係を読み解きながら、そうしたアブダクショナルな方法を次々と発揮していったわけです。

 私は『点と線』や『目の壁』から入りましたが、その後も『日本の黒い霧』とか、『昭和史発掘』を読み、そういった清張さんの歴史の謎に迫っていく推感的な方法に触れると、まさにこの方法をこそ現代の日本人が継承する必要があると思うんです。

 私は、古代がわからなければ日本はわからないとずっと考えています。もっと簡単にいうと天皇がわからなければ日本はわからないし、昭和史もわからない。もう一つ、本阿弥光悦や長谷川等伯、福沢諭吉や里見岸雄や石原完爾が信じた法華経がわからなければ、日本はわからないと考えている。日本の奥にはそういった天皇や法華経というものがあるんです。
 このように歴史というものの奧の奧に大きなシナリオがあって、日本の場合、それが古代的な天皇とか、石原莞爾的な法華経の謎というものを秘めたりしているなかで、昭和史に至っては、さらにそこにアメリカや世界のシナリオといったものが加わってくる。そこをどう読み解くか、どう推理するか。しかもそれを同時代にやるという至難の技が必要になってくる。これは本当に相当のアブダクション、推理能力を持たないかぎり、解けないようなものであろうと思うわけです。


5)次世代のニュー清張学へ 

 そうなってくると、ちょうど昭和20年から35年までの15年間の清張さんが現在史を解きながら、さらにその奧にある昭和史を、二・二六事件などに遡りながら解かれていったあの視点がもう一度必要になるんですね。いわば「ニュー清張」や「ハイパー清張」ともいうべきもの、それが必要になってくると思います。
 ところが、ヒストリーを物語る力とか、事件を覗いてそこで起こっていることを推理する人間の力、作家の力が、現代ではいろんなITや映像や監視カメラに吸収されているわけです。だとすれば、もう一度、映像とかウェブのなかで清張の世界を語っていくべきではないか。そこに新しいニューメソッドが出てくる可能性も同時にあるのではないかと思います。また、そういう風に清張さんをこれから編集していく若い世代や表現者が出てくることに期待したい。

 さきほどみなさんが『ニュードキュメンタリードラマ昭和』をご覧になっている最中に、やはり昭和30年のアメリカ安全保障の傘と高度経済成長のなかで日本が読めなかったもの、犯した罪、それを読んだ松本清張の方法、この三位一体を学習しなくちゃだめだと思いました。いくらブログ文化が増えようとツイッターが出てこようと、これはだめなんです。むしろそういった日本の負や昭和の方法を学びながら、現代をハイパーテクスチュアルなハイパーヴィジュアルな世界として構築していくことがいま必要なんです。
 映像なら映像を、または新たなウェブやツイッターといったメディアを使って、松本清張自身を、あるいは現代日本の「黒い霧」というものをどのようにあらわしていくか。清張さんがやられたように同時代のメタテキストを掴み、おもてには現われていない情報を「推理の目」・「アブダクション」というものでどのように読み解いていくか。すなわち、新たな「清張学」というものを、どのように踏襲し継承していくか、これが清張生誕100年を超えてますます問われていると思います。
 本日はどうもありがとうございました(拍手)。

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記念館にて清張のダイアグラムを観る。

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現在、松丸本舗の企画棚には清張の本棚が再現されている。

松岡正剛の千夜千冊『砂の器』上・下 松本清張
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0289.html


講演採録・撮影協力:中野由紀昌
レポート作成:広本旅人

投稿者 staff : 18:54

2009年12月 2日

News 「日曜美術館 根津美術館の至宝~救われた日本美術~」ゲスト出演

12月6日(日)、「日曜美術館 根津美術館の至宝~救われた日本美術~」(NHK教育:午前9時~午後10時放送)のゲストにセイゴオが登場します。

 東京・青山の根津美術館といえば、セイゴオも何度も足を運んでいるお気に入りの美術館です。とくに青銅器に刻まれた「饕餮文」や、中国の巻物と日本古来の美術の到達点の一つである「那智滝図」や、牧谿の「漁村夕照図」には何度見ても感じ入ってしまうといいます。
 その根津美術館がこの秋、3年半ぶりにリニューアルオープン。今後1年にわたって7000点におよぶ貴重なコレクションを展示されることを記念して、日曜美術館で特集されることとなりました。セイゴオは司会の姜尚中さんと館長の根津公一さんのリクエストもあって、スタジオゲストとして登場して、根津美術館の魅力を、大半のコレクションを一人で収集した実業家・根津嘉一郎の生涯とともに紹介します。
 セイゴオは嘉一郎を「最後の数寄者の一人」といいます。一代で財をなし「鉄道王」とも呼ばれた嘉一郎が、なぜ美術品の収集に乗り出したのか。また、貴重な美術品を子孫ではなく財団に遺し、美術館の礎を作った真意はどこにあるのか。
 番組では、高い美意識を持って一大コレクションを成し遂げた嘉一郎の生涯を、足利義政旧蔵「花白河蒔絵硯箱」(重要文化財)、尾形光琳「燕子花図屏風」(国宝)、足利義教旧蔵「鶉図」(国宝)、「双羊尊」(重要文化財)などの名宝とともに紹介します。


「日曜美術館」
NHK教育: 12月6日(日) 午前9時~10時
NHK教育: 12月13日(日) 午後8時~9時(再)

詳しくはこちら
「日曜美術館」 http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2009/1206/index.html

【追記:番組収録レポート】

12月4日(金)、渋谷のNHKスタジオで番組収録がありました。打合せ、リハ、本番を通して、カメラがまわっていようがいまいが、セイゴオと姜さんは語り続けました。とくに日本の名品の海外流出を食い止めた根津嘉一郎の生き様について、話が尽きないようでした。

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嘉一郎が収集した名品図録「青山荘清賞」に丹念に目を通すセイゴオ。

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セイゴオ流の「美術館の見方」を一言一句書きとめる姜さん。

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スタジオはカメラが4台まわっていた。収録時間は約1時間強(内VTRが約25分)。

投稿者 staff : 22:49