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2009年06月24日
Diary 椿座「日本の語り方」第6回のサワリレポート
「日本の語り方―ジャパノロジーの系譜」をテーマに、福原義春さんを聞き手としてセイゴオが奔放な談話を展開してきた「椿座」第3季が、6月12日に最終回を迎えました。古代・中世・近代と歴史の流れを追いながら、それぞれの時代を象徴する人物を取り上げてきた本シリーズの締めくくりのために、数日前に「いよいよ昭和史です。ついては、福原さんとたっぷり対話型で進めたい」というラブレターを福原さんに送っていたセイゴオ。当日も、まずは昭和6年生まれの福原さんが幼年期に見聞きした日本の戦争と敗戦についての話をうかがうところから始まりました。
以下、会員限定の会につき、おいしいところをサワリだけご紹介。

セイゴオ:いま100年に一度の不景気と言われてますが、福原さんのお生まれは、まさに世界大恐慌の時代でしたね。
福原:私の一生は、世界大恐慌に生れ不景気で終わる(笑)。戦争のみじめさをいやというほど体験した世代です。むしろ恐慌が起こることなんて驚かない。
軍部の台頭や松岡外相の動向や日独同盟。そういったことを、小学生だった私は「毎日小学生新聞」を読んで知っていた。日本がどんどん悪くなっていることを子供なりにわかっていた。
もっとも記憶に残っているのは、昭和11年の2・26の日のこと。その日は東京にかつて体験したことのないような大雪が降った。朝起きると、物音ひとつしないんです。そして周りの大人たちも雪に閉じ込められながら、「事件」について何も語ろうとしない。その「物音のしない朝」が今も忘れられないですね。
もうひとつ、中学校に入学するなり長野に疎開させられたんですが、その前夜の荷造りが済んだ部屋のさびしさ、みじめさが強く焼き付いています。
松岡:福原さんのような体験者に「ナマ」の話を聞く機会がどんどん失われていくなか、世界恐慌から敗戦までの昭和をどう捉えるかということが、ますます難しくなってますね。
福原:軍部の勝手は子供にも見えていたし、支那事変以降は戦地から手紙がとだえ、誰もが新聞報道のプロパガンダに疑念をもっていた。でも家の中では文句を言っても、外では黙るという時代でした。近代化日本の欺瞞が日本中を覆っていた。日本人は今だにあの戦争時代を総括してませんよ。
松岡:あのとき日本は封建主義の時代以下の価値観になりさがった。戦争に敗れたことでアメリカの民主主義を受け入れましたが、そのために日本人は、今だに民主主義や「自由」というものについてあまり理解をしていないんじゃないでしょうか。
福原:昨今の裁判員制度の国民の受け取り方も同じですよ。
松岡:当時も現代も、結局、日本が何に巻き込まれているのかが不明なままなんです。私は昭和19年生まれの戦中派ですが、戦争の記憶自体はありません。それでも戦後の闇市の光景は覚えてますし、日本がそこからどのように立ち上がって高度成長を迎えていったかは同時代的に見ていた。
戦後の日本がまたしても「まちがい」をおかしたと感じたのは、「経済大国」「生活大国」というスローガンを聞いたときですね。
福原:私はあのとき、昭和にはもう残すべきものがないと感じましたね。

福原:日本は欧米からいろいろなことを取り入れましたが、政治・経済ではもうアメリカやヨーロッパから学ぶべきものはありません。ヨーロッパの文化もその香りを失いつつある。本来、資本主義には、プロテスタンティズムの勤勉精神があったはずなんです。それが日本人の勤勉さとうまく合った。
松岡:日本はその勤勉精神や誠実さをないがしろにしてしまった。
福原:戦後まもない日本は民主主義だけではなく、じつは共産主義や社会主義の波頭も受けていた。当時の文化人や演劇人の多くは左翼でした。けれどもそういった精神的なリーダーたちが、パージされてどんどんいなくなった。
松岡:いっさいのイデオロギーとは無関係になった日本に、いまだに根強く残っているのがビューロクラシー(官僚主義)ですね。これは明治維新後、コネ社会の問題を超えるために用いられた「有司専制国家」からきているものですが、ここには何か日本的特性がひそんでいると見たほうがいいんでしょうか。
福原:私は資生堂を通じて中国とフランスの官僚とはずいぶん付き合ってきましたが、世界的に見ても日本の官僚は優秀だったと思います。いまの官僚の問題は、省庁タテ割りという構造とともに、責任回避と自己保身のために部下にオーダーを出さないトップの問題が大きい。的確なオーダーを受ければ有能な人たちなんですよ。
松岡:小泉政策のように「すべてを民に」は単純すぎますね。官のよさも見直したほうがいい。この先「道州制」を進めるにも、官の力が欠かせないでしょう。
福原:道州制は、小泉時代に道と市町村の二層制でいくと決定しましたが、日本の場合、江戸時代の「藩」の単位を基礎自治体とするほうがいい。そういう考え方もあります。
松岡:「藩」という単位は歴史に根ざしてますからね。いま経団連や経済同友会ではどういった議論が進んでいるんですか。
福原:いまの経団連も同友会もろくに意見を出さないし、つまらないですね。経済界にも大物リーダーと呼ばれる人が少なくなってしまった。いわゆるリベラル・アーツを失った世代の経営者ばかりですね。

そのほか、戦後日本に生まれたヒーロー、ヒロインが抱えた「闇」と、そのような「闇」のエネルギーを吸収しながら開花した前衛アートをめぐる話、たった2人だけ北京オリンピックに公式招待された日本人の一人となった福原さんが見た現代中国の強さなど、なかなか表には出せないようなとっておきの話が、約5時間にわたって縦横無尽に展開しました。
ラストは、「塾生」として参加した小堀宗実さん、エバレット・ブラウンさん、緒方慎一郎さんたちが、それぞれ鋭い視点の感想を語り、全6回にわたったちょっと辛口で極上のジャパノロジー対談がおひらきとなりました。
* 「椿座」は今秋から装いもかえて第4季を開講予定。連志連衆會会員のためのプライベートサロンですが、入会希望者に限り特別聴講も可能です。問い合わせは、編集工学研究所内・連志連衆會事務局(TEL:03-3587-9201)へどうぞ。

福原義春さんの著書

セイゴオの著書
投稿者 staff : 2009年06月24日 23:24
