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2008年07月19日

Report 連塾「JAPAN DEEP1」ダイジェスト

 2008年7月5日(土)、松岡正剛が塾長をつとめる「連塾」の新シリーズが開幕しました。

 「連塾」は、「日本という方法」を伝授する場として2003年にスタートしたハイパートークイベントです。第1期では、全8回・のべ50時間の圧巻のセイゴオソロ講義が話題を呼び、第2期では総勢25人ものゲストとパフォーマンスを交えた多彩なセッションを全4回にわたって展開。「特定少数」のための塾として、当初は50人ほどに限定されていた塾生は、回を追うごとに増え続け、昨年末(2007年12月22日)草月ホールで開催した「浮世の赤坂草紙」では、300人近い塾生が会場に詰めかけ、大盛況でした。

 そして、いよいよ「連塾」6年目第3期を迎えるにあたり、セイゴオは第1期・第2期とは趣向を変えて、格別なゲストたちと存分に語り合い、方法日本の底辺を探るディープなプログラムを企画。これを題して「ジャパン・ディープ」と名づけました。

 その初回である7月5日の会場となったのは、ドイツ文化会館内のちょっとレトロなOAGホール。ここは赤坂稲荷坂上を拠点とするセイゴオにとってはなじみの“御近所さん”で、毎年末、会館内のレストラン「葡萄屋」で編集工学研究所が納会を行っているほどです。が、連塾第1期から演出と照明を担当している藤本晴美さんと、藤本さん率いるテクニカルチーム(藤本組)が、前日から入念に仕込んだ“マジック”によって、セイゴオも驚くような「JAPAN DEEP」な空間が、煉瓦造りの日独文化交流の城の中に出現しました。


◆森鴎外の見つめた「於母影」に寄せて

 「連塾」では、第2期以降、セイゴオの好みを反映して、ステージ上に本や書棚が絶妙に配置されるようになっているが、今回も、数十冊のセイゴオの蔵書がディスプレイされた。さらに、オブジェランプが林立して灯され、その真ん中には特注の鉄製のディレクターズチェアが置かれた。眼に入るものすべてが黒に統一され、微量の赤が映える見事なステージデザインだ。

 やがて、黒地に赤字の大胆な「JAPAN DEEP」のロゴがスクリーンに浮かびあがり、ディートリッヒのけだるい歌声が流れ出す。これを出囃子に、黒いスーツのセイゴオがゆっくりと登壇した。

 ちょうど120年前の明治21年7月5日、ドイツ留学を終えて日本に帰ってきたある人物がいる。陸軍二等軍医としてベルリンに渡った森林太郎、すなわち森鴎外である。若き鴎外の肖像画の前で、帰国後の鴎外が発表した訳詩編『於母影』に触れつつ、セイゴオはたちまち「JAPAN DEEP」のおおもとにある日本の面影へと言葉を加速させていった。


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黒と赤。藤本晴美さんが演出したステージデザイン。

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若き森林太郎のこの眼に惹かれてセイゴオが選んだ肖像写真

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「連塾」では毎回、手元に十数枚のレジュメを用意して精妙な語りを展開する


◆さまよえる魂の歌―岡野弘彦さん

 一人目のゲスト、岡野弘彦さんは今年84歳になられる当世随一の歌人。セイゴオにとって長年の憧れの人物だったが、ちょうど1年前、念願かなってプライベート対談が実現した。開口一番、「日本にはビン・ラディンがいない」と嘆く岡野さんに、セイゴオはますます憧れをつのらせたものだった。
 もちろん、公開の場での対談は、この日が初めてである。セイゴオはまず、三十五代つづいた三重の山奥の神主の家に生まれ、神宮皇學館で記紀・万葉集に目覚め、國學院大學で折口信夫に出会うまでの、岡野さんの半生記を、つぶさに聞き出していった。

 岡野さんは、23歳のときに折口信夫の内弟子となり、7年にわたって国文学・民俗学・和歌の方法を直伝され、その死を看取った人物としても知られている。次第に、岡野さんの語りは、折口と過ごした日々のエピソードを交えつつ、折口の精神や「さまよえる魂」をめぐる極点へと進んでいく。さらに、折口が、学徒出陣を命じられた弟子たちに、「一人でも多く生き残り、国学を再生してほしい」という思いを歌に託して贈ったというエピソードには、セイゴオも胸を射ぬかれたような表情で深く頷いていた。

 後半は、岡野さんが、土岐善麿、齊藤茂吉、釋超空(折口信夫)の短歌と自選句を、折口仕込みの独特の節回しで朗詠するという、とびきりの「JAPAN DEEP」が展開した。かつてそのようにして短歌は詠じられるものだったと語り、最後は自作の旋頭歌「若葉の霊」を、せつせつと、染み透るような声で披露した。戦場で散った少年飛行兵たちの鎮魂のためにつくられたという。

 世の末の むごき戦に 命ほろびぬ
 隠り世は あまりさびしと 泣きしづむらし

 悔い多き 世をながらへて 老いに到りぬ
 怒らじと こころは思へど 死にがたきかも

 湧きあがるような満場の拍手を浴びて降壇する岡野さんを見送ったあと、セイゴオはすっかり胸が詰まってしまったのか、しばらく絶句したまま、ステージの真ん中にたたずんでしまうというハプニングがあった。
 

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岡野さんの著書を紹介しながら対話が始まった

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遠州流家元の小堀宗実さんがさっそうと登場し、岡野さんに呈茶

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「年のせいで声も枯れてしまってますが」と言いつつも艶やかな84歳

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少年飛行兵への鎮魂。自作の旋頭歌をせつせつと詠じる

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しばらくステージで言葉を失ってしまったセイゴオ

◆日本アニメの秘術は残る―押井守さん

 2人目のゲストである押井守さんは、8月公開予定の最新作「スカイ・クロラ」の、圧倒的な飛行戦闘シーンの映像のなか、セリでゆっくり舞台に登場した(この押井さんの登場シーンに合わせて会場を照明で真っ赤に染めるために、「藤本組」は前日から10回以上ものリハーサルを繰り返していた)。

 押井さんとは何度目かの公開対談であるが、アニメ監督としての押井守誕生のエピソードを詳しく聞き出したのはセイゴオもこの日が初めてだったろう。年間500本以上もの映画を見続けていた押井青年は、タツノコプロに入社し、TVアニメ「ヤッターマン」を担当し、得意とは思っていなかったギャグが受けたことをきっかけに、プロのセンスを身につけて行ったという。

 インタビューの展開にあわせて、スクリーンでは、代表作「天使のたまご」「攻殻機動隊」「アヴァロン」「イノセンス」のエッセンスを凝縮した特別編集映像が大音響で上映される。セイゴオが対話中に折々強調したように、ハリウッド映画がいかに押井さんの手法を盗み続けてきたのかということが、この日初めて押井作品に触れた人にも如実に伝わったことだろう。

 押井さんは、近年、自分の仕事の秘密はCG技術ではなく、「秘術」にあるのではないかと気づいたと語る。アニメーターたちの仕事はいわば宮大工の仕事のようなものではないかという。いずれアニメーションという技術は廃れるかもしれないが、「かつてそこまで到達した技術が存在していた」ということはきっと残るはずだと不敵に微笑む押井さんの言葉に、またしても「JAPAN DEEP」が極まった。


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顔を合わせればたちまち本題に突入し加速していく二人

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押井さんの代表作「攻殻機動隊」のハイライトシーン

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多軸絶妙なインタビューで押井さんの「秘密」を聞き出していく

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「日本人はモノに魂が宿ることを自然に受け入れる民族です」


◆数寄の手文庫がお目見え―交歓おつまみ連餉

 この日の東京は朝から30度を超える酷暑となり、設備もレトロな会館とあって、空調がフル稼働しても、客席では無数の扇がせわしなく煽がれていた。それでも、ゲストとセイゴオの深まりゆく対話に耳傾ける約200人の塾生の表情は、汗だくながらも真剣そのものだった。

 そうして岡野さんの120分、押井さんの90分が終わったところで、ここで「連塾」恒例の、軽食交歓タイムとなった。ドイツ文化会館ロビーには、セイゴオも懇意のレストラン「葡萄屋」が腕をふるって、山盛りのドイツ・ソーセージやプレッツェルを用意してくれた。

 ロビーの一画には、セイゴオが“棟梁”となって制作した、「組子手文庫」の完成作品も展示された。文庫本を収納するのにぴったりの小さな書函なのだが、その意匠は連子格子の引戸や姫棚が付けられた精緻なもので、コンセプトは「極小の新しい数寄屋」である。セイゴオのこのようなモノづくりを支えるために、今年3月に、連志連衆會を母体とする合同会社「品組」も立ちあがっている。

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連塾では全出席者に名前入りの特製ファイルが用意される

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大好評だった本場ドイツのプレッツェルとソーセージ

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「組子手文庫」は秋田杉の「SUKIYA」とウォールナットの「RANGA」の二種類

◆セリフは日本語で綴りたい―井上ひさしさん

 この日、3人目にして最後のゲストは井上ひさしさんである。つねづね「ぼくよりも100倍編集力のある人」と井上さんを敬愛するセイゴオは、「連塾」に御本人を迎えるにあたり、井上さん率いる劇団「こまつ座」のビデオを多数入手し、井上編集術の至高がわかる場面をよりすぐって、それを上映しながら対話するというプログラムを組んだ。

 『藪原検校』劇中の、脚韻を駆使した尽し歌や数え唄。シェイクスピア全作品を織り込んだ驚異の作品『天保12年のシェイクスピア』では、ハムレットのセリフ「to be or not to be」の明治以降現代までのあらゆる翻訳が、たたみかけるように連打される。「なぜここまで徹底されるんですか」というセイゴオの問いに、井上さんは、「ここまでやらないと仕事をした気がしないんです」と笑いを誘いながら、日本語の成り立ちや特徴に根ざした方法論を明快に語る。

 さらに話題は、芝居を成立させるための舞台と観客の間合いというとっておきの話にさしかかる。ある劇場に居合わせた5人の観客たちを例にしながらたちまち物語を仕立てていく軽妙な井上トークに、客席から何度も打てば響くような笑いと拍手が起こる。「宇宙のなかで起こるたった一回限りのできごとを共有する。それが芝居を見るということ」。そう語る井上さんも、「連塾」の観客たちとの一期一会をおおいに楽しんでいるようだった。

 外来語を安易には使わない、できるだけ和語でセリフを綴ると語る井上作劇の魂が披露されたところで、最後に、セイゴオが『きらめく星座』の舞台映像を紹介した。これは井上さんがはじめて、みずから演出を担った記念碑的な作品である。日本の戦争というものを今も見つめ続ける井上さんの「JAPAN DEEP」な精神と、それを笑いと涙に変える編集術のクライマックスが、またしてもセイゴオの胸を揺さぶったようだ。そして、そんなセイゴオの感極まった気分に、井上さんもすっかり感染してしまったようだった。

 夏木マリが「青空」を熱唱する『きらめく星座』のラストシーン。突然、空襲警報の鐘が鳴り、舞台が暗転する。スクリーン中央に「演出・井上ひさし」の文字が浮かび、ストップモーション。黒いステージに地明かりが灯る。スクリーンを見上げていた井上さんとセイゴオが、顔を見合わせる。そのまま立ち上がり、言葉少なく、固い握手をかわす。スクリーンがライブ映像に切り替わると、心なしか二人の眼がうるんでいるようだった。

 「森鴎外の於母影。日本の面影。ゲーテはそれを“BILD”(ビルト)と呼びました。それは単なる日本のルーツやノスタルジーなどではありません。橋掛りのように、何かを超えてやってくるものなのです」。

 万感の籠ったセイゴオのラストメッセージに拍手が響く。そこにまた、ディートリッヒの枯れた声がかぶさり、7時間にも及んだ「DEEP JAPAN 1」が、真っ赤な照明で染め上がり、終演した。


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ライブ映像技術も第3季にあわせて格段にバージョンアップ

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随所で笑いを取りつつ日本語の芝居へのこだわりを明言する名人トーク

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長丁場を締めくくるラストトーク。少し疲れを見せつつも会心の表情

*写真撮影 川本聖哉

投稿者 staff : 2008年07月19日 21:40