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2008年02月21日
Report 21世紀の空海密教を語る
2月7日(木)、セイゴオは群馬県伊香保温泉で行われた高野山真言宗東日本地区教師研修会に呼ばれ「弘法大師と21世紀」というテーマで2時間のソロ講演を行いました。聴衆は約130名の高野山派の僧侶たち。2日がかりで準備した15枚のレジュメを手にステージにあがり、中央に掲げられた弘法大師の大きな肖像に手をあわせてから話し始めました。
■高野山開創1200年に向けて
今日は快晴に恵まれ榛名山もきれいですね。身が引きまるような風に伊香保の奥行きを感じながらここまでやってきました。ただ一つだけ残念だったのは、群馬のタクシーも禁煙になってしまったこと。ヘビースモーカーの私としては、せめて榛名山のふもとを通るときくらい気持ちよくタバコを吸わせてほしい(笑)。
近ごろの日本は本当に最悪です。偽装や企業合同が相次ぎ、続々とグローバル・ルールに準じてグローバル戦争に突入しています。このままでは日本はきっとダメになってしまいますよ。
このような時代のなかで、7年後の2015年(平成27年)に高野山は開創1200年を迎えます。おめでたい年ですね。みなさん、そのころの日本を予想できますか。7年間というのは、ちょうど安政の大獄から明治維新まで、日中戦争の盧溝橋事件から原爆まで、まして真珠湾攻撃から敗戦まではたったの4年です。あまり時間はありません。いったい仏教や密教はどのような立場で1200年を迎えるべきなのでしょうか。
ぼくが密教に出会ったのはちょうど日本の言葉に関心をもった18歳くらいのころでした。現代の感覚では読めない古代語や経典に強くひかれ、次第に“禅”と“浄土”と“密教”にふれ空海の言語哲学にどんどん傾倒していきました。その後、雑誌「遊」をつくるにあたって世界中の70歳以上の知識人に会いに行こうと決心し、密教研究者である那須政隆(なすせいりゅう)さんと出会いました。以降45年、自分なりにお大師像を模索しながら『空海の夢』(1984年)を書き、ビデオ「蘇える空海」をつくりました。
こういったかたちで空海を見つめてきた私が、つねづね思っていることは、密教こそターニングポイントを迎えた時代や社会に対してかなり親和性が高いということです。
■21世紀に有効な密教の五柱
高野山開創1200年をむかえるにあたって必要なものはソフトです。箱物でもイベントでもありません。しかも、そのソフトは密教の中に既にある。ただそれを21世紀という時代向けに読み替えることが必要です。今日は、総合性、象徴性、行動性、多元性、官能性の5つの側面から21世紀の密教について話します。ちなみに、この5つがバランスよく傷つかずに継承されていることは密教が誇るべき底力です。
1)総合性
密教は、自己と他者を分離しないという総合的な視野をもっています。すなわち真言宗のなかでもっとも大切な言葉「而二不二」ですね。善と悪、理屈と情念、知恵と慈悲などを対立するものではなく、切っても切れない一対の関係と捉える。これこそグローバリズムの根底に流れる二分法を越えた思想です。これからの時代は、ピラミッド的なヒエラルキーやたった一つの答えを求めないやり方が必要です。
2)象徴性
密教には、イメージでコミュニケーションする方法があります。とくに空海はイメージをマネージすることを発見した超本人です。たとえばムドラーや羯磨曼荼羅や尊像などはイメージだけでつくられたコミュニケーションツールです。これらをインターネットのアイコン時代に使わなかったらもったいないと思います。さらには新しい梵字をつくり、シンボルやマークにすべきです。あるいはまた、カードの認証がこれだけ必要な現代ですから、横文字を真似せずに花押のようなものも復活してみたらどうか。
3)行動性
密教は、動きのなかで物事を認識することを重視します。つまり三密喩伽行のことですが、英語で言えばインモーションです。空海はこの能力に長けていました。私の専門の編集工学で言えば「情報を多様に言い換えて動かしていく」ということです。たとえば、ここにコップがありますが、これを30回言い換えてみます。みなさん、どうですか。言い換えられますか。容器、製品、商品、ペン立て、金魚鉢、虫篭、水差し・・・。このように動的にコップ見ることで様々な見方が生まれますね。これはまた言い換えている自分と言い換えられている他者を分けずに見たままの状態を関係性ごと認識するという密教の方法にもつながります。部分的な要素だけに目が行きがちな現代に杭を打てると思います。
4)多元性
密教は、もともと多元的な「デュアル・スタンダード」という価値観をもっています。弘法大師が高野山を開創するときに狩場明神と丹生都比売の二人の神々を祀ったことにも通じます。これから密教を波及していくためには、密教が異質を排除せず異教の神々を包摂しているということをもっと全面にアピールしていくべきでしょう。密教が神仏の両方を大切にしていることを堂々と示すべきです。日本の神祇と仏教はもっと手をたずさえるべきです。これは密教以外のほかの宗派ではなかなかできません。ぜひリードしていって下さい。
5)官能性
密教はまた、「大欲清浄」という価値観で煩悩を押しつぶさずに社会にうまく持ち出す方法に長けています。これからも人の欲望をwants やneedsに読み替えて、理趣経を上手に語っていく必要があります。「愛適」にひっかかったり拘わったりしていては、今の時代に取り残されますよ(笑)。私は密教がここを伏せてしまったからオウム真理教が生まれたのではないかとさえ思っています。
けれども、今、実力も人気もある作家たち、たとえば江国香織や川上弘美を見ても、愛を語るのにセックスを必要としていないのです。こういう態度や立場はどこか理趣教っぽいと思います。21世紀の密教にとって人間の欲望とどう対面するかは大きな問題です。
■空海密教を再発見した先人たち
高野山開創1200年を目前に、以上の5つの核を社会に打ち出していくときに、ぜひともやっていただきたいことがあります。それは、明治以降、弘法大師を復活させた先人たちに光をあてて、その方法を継承してほしいということです。これからの密教をどうしたいかということを考えるには、空海とともに立ち上がった人々におおいに学ぶべきです。
御存じのように、明治初頭、空海や空海密教はひどい扱いを受けました。当時の代表的知識人である福澤諭吉や中江兆民は密教を淫祠邪教と断じ、空海の評価もかなり低いものになっていました。
けれども、そういった偏見には屈せず、弘法大師に注目した先駆者たちもいたのです。今日はその中から8人の人物を取り上げてみます。
まず1人目は幸田露伴です。露伴は近代日本で一番最初に空海に注目した。2人目は内藤湖南です。湖南は空海の書に着目しました。
そして3人目は南方熊楠です。この熊楠と空海はぜったいに切り離さないでください。熊楠は密教界を代表する土岐法竜と800通もの文通を交わして独特の密教観とも言える「ミナカタマンダラ」を構想し、萃点(すいてん)を発見しました。
4人目は岡倉天心です。天心を語らないでどうして密教を語れますか。天心は『東洋の思想』で密教に触れています。いまこそ「Asia is one」というのであれば天心とともに空海にふれるべきです。ちなみに『茶の本』の内容の半分は道教で、半分は『秘蔵宝鑰』です。
5人目は新渡戸稲造。『武士道』をみればわかると思いますが、かなり空海の影響をうけています。6人目は大村西崖。西崖は密教美術史全5巻をつくったことで知られていますが、じつは東京美術学校の教師であり天心の弟子なのです。
7人目は菊池寛です。弘法大師入定1100年を記念して『十住心論』を書いたことで有名ですね。そして8人目は岡本かの子です。『秘蔵宝鑰』と『即身成仏義』を大絶賛しています。きっと岡本太郎の作品もかの子の影響が大きかったことでしょう。
いわゆる仏教や密教を研究するのはもちろん大事ですが、近代日本の知をつくった人々が空海にこれだけ傾倒していたということに、もっと注目するべきです。
■父なる大師、母なる空海
ところで、現代の日本はグーグル検索社会です。キーワードを打ち込めばピンポイントで検索され、情報がランキングされてでてきます。私はこの検索社会には問題があると見ています。情報が単なるランキングにしかなっていない。なんとかしてこの状況を変えなくてはいけません。私は、密教的な世界観にその可能性を見出しています。密教の得意手をつかえば、ゆらぎながら幅広く対象物に向うことができます。すなわちソフトアイとハードアイの併用です。
私は、21世紀にもっとも重要となるキーワードは「mother」だと思います。motherとは「母」という意味もありますが、母国語(mother-tongue)や母国(mother-land)という言葉が象徴するように、「母なる国家」としての「母」の意味を強く感じてほしい。そしてまた弘法大師がおこなったこともまさに「マザープログラム」の構築です。
2年間の中国滞在を経て、東寺をつくり、伏見稲荷のような他者を巻き込み、利他と自利を交換し、熊野とも関係を深め、高野山で天神地祇を招き、狩場明神や丹生都比売を祀り、『十住心論』で認識と意識の根本的なプログラムをつくって、それを『秘蔵宝鑰』でダイジェストし、また言語哲学としての『声字実相義』を書き、辞書をつくり、綜芸種智院を無料で開放しました。このすべては空海による母国日本のためのマザープログラムだったと考えたいのです。だからこそ「父なる大師」でもあるけれども「母なる空海」と言いたい。
昨年末に、私は『世界と日本のまちがい』という本を出版し、いろいろな問題を再認識しました。そのうえでやはり密教に託したいこと、密教を志す軍団に立ち上がってほしいという想いが募っています。これから7年後の高野山開創1200年にむけて、声を大にして空海を立ち上がらせて下さい。冒頭にものべましたが、7年という歳月は短いようでかなりのことができます。なんといっても空海が中国に滞在したのはたったの2年でした。その4年後には嵯峨天皇に日本のマザープログラムを提出し、それが定着するまでもきっと8年くらいだったことでしょう。
投稿者 staff : 2008年02月21日 17:59