セイゴオちゃんねる

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2007年9月22日

Key Word 天衣の面影―さよなら小夜子

 9月19日、午後5時。いまにも泣き出しそうな曇り空の下、セイゴオ、築地本願寺に到着。黒いジャケットの内ポケットに、念入りにスタッフがアイロン掛けをした白いハンカチを忍ばせて。「今日ばかりは友人代表の務めがうまく果たせる自信がないよ。ぐじゃぐじゃになってしまうだろうから」。

 本堂へあがる石段の左右にアーチストのJUNEさんがディスプレイした300本もの大小のローソクがすでに点火されている。階段上の二本の柱には、セイゴオによる書が二枚、「さよなら小夜子」をリフレインしている。5日前の真夜中に、呻吟して書き上げたものだ。

 本堂内では小夜子さんを失った心傷を抱えたまま、休むことなく眠ることなく奔走し続けてきた藤本晴美さんが、照明・音響・映像・進行チームのリハーサル中。セイゴオも一人一人のスタッフに仕上がり具合を聞き、ねぎらいの声をかける。

 5時30分、セイゴオは再び本堂外の階段下で、友人代表の三宅一生、福原義春さんたちと300のローソクの火に魅入られたように佇んでいる。次々と訪れる来場者たちがそのまわりを囲み、その輪がだんだん大きくなっていく。

 5時45分、開場。来場者が入り口で赤いカーネーションを一本ずつ受け取り、本堂の中へ導かれる。4本の大柱に掲げられたモノクロの小夜子さんが迎える。切れ長の眼。黒髪。キュッと口角のあがった唇。壮麗な金色の祭壇からもモノクロの小夜子さんが見つめ返している。

 6時。太食調の雅楽とともに、本願寺のご輪番と僧侶が入堂。仏説阿弥陀経が唱えられる。3ヶ月前の6月16日、「連塾絆走祭」をこの本堂で開催したときには、客席のなかに小夜子さんの姿があった。そのとき小夜子さんが「ここの庭で踊ってみたい」とセイゴオに告げた。

 …池中蓮華大如車輪青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光微妙香潔舍利弗極樂國土成就如是功徳莊嚴……祭壇の左右で、天井から吊るされたスクリーンに、小夜子さんのシルエットが舞う。天衣をまとい、あやつりながら、読経の声に合わせて細い指から華を散らすように舞う。

 友人代表が祭壇前に誘導され、一列に並んでカーネーションを供える。セイゴオも体を引きずるようにして祭壇前に立ち、手を合わせる。つづいて来場者による献花。あらゆる年齢、あらゆる職業、あらゆる髪型の男女たち、少年少女たち、ハイパージェンダーたちが、赤い花を添えていく。その真ん中には、セルジュ・ルタンスから送られた真紅のバラが五輪、宝石のように黒い箱に飾られている。

 献花の列が延々と続く。再び雅楽の調べにのって僧侶たちが退堂し、パイプオルガンの演奏が始まる。小夜子さんのシルエットが、たちまちセザール・フランクの霊妙な曲想と同調していく。

 セイゴオは最前列の席で、小夜子さんの面影をじっと追っている。時折献花を終えた来場者と無言の挨拶をかわしては、眼鏡をはずしてハンカチで眼を覆う。「お葬式とは違うからね。小夜子さんらしく小夜子さんを送る夜にしたいからね」と言っていたはずなのに、今夜はもう、泣き虫を隠す気もないらしい。

 会場には必要最低限のアナウンスが流れるだけで、司会もいなければ挨拶もスピーチもない。献花を終えて静かに本堂を去る人。そのまま客席に戻り、虚ろになっている人。数人で集まって、何事かをうなづきあっている人。
 「それぞれが心穏やかに、微笑みながら、私たちが大好きだったおとめ座の小夜子さんを、秋のお月様に送りましょう」。藤本晴美さんが関係者に宛ててメッセージをしたように。ただし微笑んでいるのは写真の小夜子さんだけだ。

 7時45分。スクリーンの映像がカラーに切り替わり、小夜子さんのささやくような声が流れ始める。「水はただ流れているだけで真実に流れることはない。私たちは水として流れ水として如来しているものである…」。山尾三省の詩。

 心を空にして、心のままに生きよ。水のように。水のように。水のように……。

 再びパイプオルガンが響き、バースデイソングを奏ではじめる。この日は、小夜子さんの誕生日。何度も何度もバースデイを寿ぎながら、オルガンの音が次第に高まり、極まっていく。一瞬の静寂。突然スクリーンに無数の鳥が襲来して、けたたましくさえぎながら小夜子さんを覆い尽くしていく。小夜子さんとコラボレーションをしつづけてきた映像作家の生西康典さんの驚くべき仕掛け。白描画の世界が一転して叭々鳥図となり、最後にそのなかの一羽が大きく羽を広げたところで、映像が止まり、音響が止まり、すべてが終わった。

 予想外のエンディングに射抜かれたように、来場者が無言で席を立ち本堂を出ると、あの300本のロウソクが配置を変えて、階段下に集まって炎を揺らしている。つい引き止められて、炎のまわりに立ちつくす人々。その手には、出口でひとりひとりに渡された白い封筒。セイゴオが小夜子さんの残したたくさんの言葉のなかから選び出し編み直したメッセージカード。

 うん、今夜逢えて嬉しかった。じゃ、またね。

 小夜子さんを送り、小夜子さんに送られた、不思議な一夜が閉じるとともに、耐えかねたようにはらはらと雨が降り出した。


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「山口小夜子さんを送る会」メッセージカード
松岡正剛・編

すべてにおいて「着る」ことが私の原点になっています。

山の上の、目の前にお墓がある家に住んでいたから、
小さい頃はよくそこで遊んでいました。

小学生なのにマニキュアを塗っていったりしてたの。
だから、「手をつながなーい」とか言われたこともあるの。

とても服に興味を抱いている子でした。
独創的であることが、小さいながらに私の基準だったのね。

高校を卒業後、洋服をデザインする仕事につきたくて杉野ドレスメーカー女学院に
入学したんです。学校内で先輩のモデルを頼まれているうちに、
プロにならないかというお話をいただいた。

渋谷の西武デパートに、「カプセル」という若いデザイナーを紹介するスペースがあったの。
そこで、まだ20代のケンゾーさんやイッセイさんの実験的な作品を見たときは、
頭を殴られるような衝撃でした。

初めて海外でショーの舞台にたったとき、
「どこの国の人ですか?」ってよく聞かれたんです。

当時、パリのモデルたちが急に髪を黒く染めて、
「小夜子どうしたら切れ長な目になるの?」って聞かれることにびっくりしました。

私たち日本人がコンプレックスに思っていることが、
西洋人にとっては憧れだったりするんです。

着るという仕事をしてきて、ふと思うことがあってね。
それは、からだ自体も着ているんだなという感覚、心がからだを着ているっていう感じ。
だからこそ、いたわりたいし、大切にしたいと強く思うようになってきています。

空き缶は捨てるものという固定観念を取り払えば、いろいろな形が見えてきます。
空き缶もタワシも着ることができる。地下鉄だって、家だって着られる。
なんだって着ることができるんです。

歩くことを変化させていくと動きになり、そこに手の動きをつけると別な表現が生まれ、
さらに言葉が加わると、新たな世界が生まれるの。それがいま、試みている
身体と音楽と映像と言葉によるパフォーマンスにつながってきたの。

私たちは、生まれたときから洋と和が混在している文化の中で生活していますが、
細胞のなかには必ず「日本的なもの」が存在しているとおもうんです。
いま、新しく「蒙古斑革命」というプロジェクトを始めているんです。

生きていると、自分が濁ってきてしまう時もあるでしょ? 
そう思ったら、街に出て他の人の創った作品を見るの。

自分のからだと心の関係、死とか生とか、そういう精神とからだの関わりを
探っているというか、見つけようとしている旅なのかなと思うんです。

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投稿者 staff : 15:00

2007年9月13日

News 第6回織部賞受賞者決定

11月4日セラミックパークMINOで授賞式開催

 8月21日、岐阜県が主催する第6回織部賞の受賞者が公式発表されました。織部賞グランプリは衣装デザイナーのワダエミさん。織部賞は、メディアアーティストの岩井俊雄さん、詩人の高橋睦郎さん、東京国立博物館名誉館員で菊池寛実智美術館館長の林屋晴三さん、そして写真家で淡路瓦師の山田脩二さん。11月4日にセラミックパークMINO(岐阜県多治見市)で開催される授賞式には、受賞者全員が顔を揃えます。

 織部賞は1996年に制定され、2年に1回、岐阜の先人古田織部の精神にちなんで、自由で破格な創造的活動を展開している人物や団体を顕彰してきました。信長・秀吉・家康に仕えた戦国武人である古田織部は、利休の精神を継承する茶人でありながら、連房式登窯などを実用化し、大胆な作風の「織部焼」を生み出し、また多窓性に富んだ画期的な茶室設計も手がけ、利休が完成させた侘び茶の型を、ダイナミックに革新しました。

 この「織部魂」を現代に見出してきたのが建築家の磯崎新さんを委員長とする7名の選考委員たち。照明デザイナーの石井幹子さん、インテリアデザイナーの内田繁さん、情報科学芸術大学院大学名誉学長の坂根厳夫さん、林原美術館館長の熊倉功夫さん、アーティストの日比野克彦さん、そしてセイゴオ。これまでグランプリに輝いた顔ぶれは、第1回がエットレ・ソットサスさん(建築家・デザイナー)、第2回が中川幸夫さん(生け花作家)、第3回が大野一雄さん(舞踏家)、第4回が鈴木清順さん(映画監督)、第5回が水木しげるさん(漫画家)。第6回のワダエミさんは女性初の織部賞グランプリです。

 織部賞は授賞式そのものも破格です。岐阜市、土岐市、高山市、大垣市など毎回開催地を変え、一期一会の“かぎり”を尽くしたしつらえと演出が用意され、受賞者や来場者に忘れがたいシーンを刻印してきました。第6回織部賞授賞式も、内田繁さんが空間デザイン、藤本晴美さんが照明・演出、そして総合プロデューサーのセイゴオが企画・構成を担います。さらに今回のトロフィーは、セラミックパークMINOを設計した磯崎新選考委員長が作成します。

 公式発表前から、授賞式会場下見を重ね準備を進めてきたセイゴオ、9月に入ってからはいよいよワダエミさんと授賞式の次第を打ち合わせ。黒澤明監督「乱」でアカデミー賞最優秀衣装デザイン賞を、オペラ「エディプス王」でエミー賞最優秀衣装デザイン賞を受けるなど、海外での受賞歴が豊富なワダさんですが、じつは日本での受賞は「織部賞」が初めて。勅使河原宏監督の映画「利休」で古田織部の衣装をデザインしたという縁もあり、今回の受賞の喜びは格別とのことです。授賞式当日には、ワダさんが制作した衣裳を特別披露していただけることになりました。

 今後、セイゴオちゃんねるでは、11月4日の授賞式に向けて、参加申込方法や事前PRイベントなど様々な情報をお知らせしていきます。

■過去の「織部賞」はコチラで見られます。


セラミックパークMINOで空間デザインを詰める藤本さん(左)と内田さん(中)とセイゴオ


日本とアジア・ヨーロッパのものづくりについて深夜まで語り続けるワダエミさんとセイゴオ

投稿者 staff : 21:28 | コメント (0)

2007年9月11日

News ちょっと意外な「千夜千冊」月間アクセスランキング

ドストエフスキーがマイブーム?

 8月中の「千夜千冊」アクセスランキングで、7月27日にアップロードされた『コンテンツ・フューチャー』が1位に躍り出た(編集工学研究所調べ)。セイゴオ自身のインタビューも収録されている本書は、できたてほやほやのタイミングで取り上げたもの。以下、トップ10を本邦初公開。

◆8月 「千夜千冊」アクセスランキング トップ10   *( )内はアップロード日

 1 位 第1195夜 『コンテンツ・フューチャー』 小寺信良・津田大介 (2000年7月27日)
 2 位 第1144夜 『海上の道』         柳田国男 (2006年5月22日)
 3 位 第 950夜 『カラマーゾフの兄弟』    ドストエフスキー (2004年3月18日)
 4 位 第 1夜 『雪』               中谷宇吉郎 (2000年2月23日)
 5 位 第1196夜 『横井小楠』         松浦玲 (2007年8月3日)
 6 位 第1172夜 『イメージ・ファクトリー』   ドナルド・リチー(2007年1月30日)
 7 位 第1138夜 『江戸の枕絵師』      林美一 (2006年5月5日)
 8 位 第 845夜 『放送禁止歌』        森達也 (2003年09月08日)
 9 位 第1192夜 『DJバカ一代』       高橋透(2007年7月09日)
 10 位 第1194夜 『東洋思想と新しい世紀』 後藤康男[編] (2007年7月23日)

 ちなみに、第2位の『海上の道』と第4位の『雪』は、つねにトップ10の上位を占める常連。グーグル検索などで初めて「千夜千冊」サイトを訪れた人が、第1夜が何だったのか、「放埓篇」のラスト(ここまでが千夜千冊全集に収録されている)が何だったのかをまず見ているのだろう。
 第7位の『江戸の枕絵師』 と第8位の『放送禁止歌』 も以前からトップ20位内に必ず出てくる人気だが、なぜこれらのアクセス数が高いのかはセイゴオも見当がつかないようだ。

 しかし、なんといっても注目は、『カラマーゾフの兄弟』 が急上昇してトップ3入りしたこと。「カラマーゾフの兄弟」という検索語から「千夜千冊」を訪れるユーザーも増えている。光文社の新訳文庫が話題になるなど、ときならぬドストエフスキーブームが「千夜千冊」にも及んでいるようだ。

 ちなみに、「千夜千冊全集」全7巻のガイドブックでもある新著『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』では第4巻「神の戦争・仏法の鬼」を解説する第4章のタイトルが「ドストエフスキーとフロイトが投げた謎」となっている。本書のために書き下ろした擬画でも、またさきごろ展覧会「擬画遊書展」のために制作したハイパープリントでも、独自にドストエフスキーを表現している。セイゴオにとってはドストエフスキーは永遠の“マイブーム”なのである。

 なお、今週の9月14日(金)、『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』出版記念講演会が、新宿の紀伊国屋ホールで開催予定。汲めど尽きせぬ「千夜千冊」の謎とセイゴオ式読書術のヒミツが明かされる予定。乞うご期待。


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第81回新宿セミナー@Kinokuniya
『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻』(求龍堂)刊行記念

「松岡正剛 本に溺れて浮いてみる」

日時:9月14日(金)19:00開演(18:30開場)
会場:新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店 新宿本店4階)
料金:1,000円(全席指定・税込)
主催:紀伊國屋書店
協力:求龍堂・松岡正剛事務所
前売取扱所:キノチケットカウンター
  (紀伊國屋書店 新宿本店5階 10:00~18:30)
ご予約・お問い合わせ:紀伊國屋ホール 03-3354-0141
  (受付時間 10:00~18:30)

*イベントの日時・時間については、急な変更等がある場合がございます。
 詳細は紀伊國屋ホールにお問い合わせください。
*定員になり次第、チケットの発行を終了させていただきます。御了承ください。
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投稿者 staff : 13:08 | コメント (0)

2007年9月10日

Diary 岡野弘彦さんの語りに酔う

 台風9号の影響で荒れ狂う風雨のなか、赤坂ZEREビルに岡野弘彦さんが来訪。歌人として当代随一、また折口信夫に深く信頼を寄せられた弟子として、天皇家の和歌のご進講役としても知られる岡野さんは、セイゴオが以前から会いたがっていた憧れの人物。岡野さんと同郷であり元「伊勢人」編集者の堀口裕世さんのお引き合わせで、対談が実現しました。

 宮内庁御用掛の退任にともなう挨拶まわりや、9月3日の超空忌を終えたばかりで、さぞお疲れではとのセイゴオの心配もなんのその、開口一番、「こんなにたくさんの本に囲まれて幸せです。ここは落ち着きますね」と本棚をすばやく見渡す岡野さん。83歳という御年すら感じさせない好奇心いっぱいの表情に、セイゴオはあっという間に包まれてしまったようでした。

 「けれども私はずっと気分がおかしいのです。湾岸戦争のバグダッド攻撃のあの日から」。
 先ごろ上梓した歌集「バグダッド燃ゆ」(現代短歌大賞受賞)をカバンから取り出しセイゴオに差し出しながら、岡野さんは「アメリカと闘って無念を体験した世代」としてその心境を語り始め、そこから神主の家に生まれ神宮皇學館で学ぶうちに古典文学と出会ったいきさつや、8ヶ月の兵役体験ののち、国学院大学生時代に折口信夫の内弟子となったことなど、半生を振り返りながらの滔滔とした話しが展開していきました。

 近所の中華店に移動しての食事中も、時折古今の和歌をすらすらと諳んじながら、当時の情景や会話をつぶさに蘇らせる岡野さんの絶品の語り口は疲れ知らず。セイゴオもインタビュアー精神をおおいに発揮して、とりわけ折口信夫の読書や執筆や思索の方法や、柳田国男との交流関係には突っ込んだ質問を重ねていました。

 4時間近くにわたった対談を終えて、傘も折れんばかりの強風のなか、いまなお折口の“荒魂”と“和魂”と同行二人の岡野さんを見送って、セイゴオは早くも再会の日が待ち遠しくなっているようでした。

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2007年9月 7日

Diary 「椿座」 第2期スタート

市中の山居で日本を想う

 八月末日、余炎を鎮めるような慈雨に見舞われながら、連志連衆會主催「椿座」第二期がスタートしました。会場は会員限定の一座にふさわしい北山ひとみさん(二期倶楽部代表)の“隠れ家”、世田谷深沢の「梅寿庵」。新興住宅街のなかに凛とたたずむ萱葺きの古民家です。

 玄関の広々としたタタキで履物を脱いで、蚊遣りの炊かれた二十畳ほどの座敷に上がると、障子の取り払われた縁側の向こうに草木の自然な姿を生かした瀟洒な庭。三々五々、人が集うほどに蒸し暑さが増して、扇や団扇をぱたぱたとさせながら挨拶を交し合う風情もまた「市中の山居」の愉しさです。

 亭主セイゴオもひときわ大振りの男扇を煽ぎながら床の間の前に着座。「椿座」第一期では日本の古典や調度や音楽をテーマに講義をしましたが、第二期は皆さんとゆっくり対話をしながら進めたい。そう言ってまず会員に発言や質問を促しました。
 たちまち「いまの日本は変革なき乱世を迎えているのではないか」「web2.0時代に日本という方法はどう生かされるのか」「日本は流民の系譜を取り戻すべきではないか」といった鋭角で多様な視点や意見が出され、一座の空気が引き締まります。

 5人ほどの発言が終わったところで、今度はセイゴオがそれらを引き取って一編の日本語りに仕立てます。日本では、「漢と和」「朝廷と内裏」「天皇と将軍」といった「二項体制」が破られたときに乱世になる。しかし乱世を超えて「日本人のこころ」を伝承してきた人々がいる。それが流民や遊民である。彼らは政治の中心に立つことのないアウトサイダーであり、各地を動きながら“there”(向こう側)の情報を“here”(こちら側)にもたらすネットワーカーだった。天皇家や将軍ともつながりをもっていた。かつて欧米ではWebは「there」と呼ばれていた。たとえば今後「セカンドライフ」のなかに、「there」としての日本がつくられていく可能性がある。ただしそのためには、日本の「超部分」が浮上する必要がある…。

 いつのまにか庭は夕闇に包まれ行灯の光ばかりのほの暗さとなった会場に、ひととき喉を潤すラムネとアイスキャンデーが配られました。セイゴオの話を受けて、引き続き会員の小堀宗実さん、矢萩春恵さん、植田いつ子さん、緒方慎一郎さん、大出真理子さんなど、それぞれに「日本という方法」を見つめてきた立場から、いま抱えている問題意識が語られます。今の日本は何を「二項」として立てていくべきなのか、作法や技法の奥にある“意味”をどのように次世代に伝えていけばよいのか。
 セイゴオは、ニューリーダーなき異常な乱世だからこそ、「モノ」を残す必要があるのではないか、また21世紀の日本で新たな様式となりうるものを見定めるべきではないかと語り、連志連衆會に集う皆さんが「目利き」として日本の価値軸を担っていく可能性に期待を込めました。

 北山さんのお見立てによる二段重ねの心尽くしの弁当を食しながらの歓談があり、そのあとに、セイゴオが用意してきたプリントを配布。意外なことにそれは『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』の第7章「男と女の資本主義」から、「レベッカとお宮の資本主義」の一節を抜き出したもの。資本主義を抱えた近代ヨーロッパでは、理想と欲望が一致しないという世界観を文芸が痛みをもって描いてきたけれど、日本はその痛みを持たないままきてしまったのではないか、また文芸もアートも資本主義との闘いすらもしてこなかったのではないか。会話仕立ての文章を朗読しながらのセイゴオの最後の問題提起は、「椿座」の第二期の第一夜に、深い影を刻印したようです。

 予定されていた終了時間を大幅に超えていましたが、最後に北山さんのはからいで線香花火が用意され、雨上がりの庭で小さな火花を次々に咲かせながら、去りがたい様子で静かに語り合う会員のシルエットがいつまでも残っていました。

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2007年9月 5日

Report 感門之盟 ―科学の分母に乗って―

「型」を学ぶ[守]、「抜き型」を学ぶ[花伝所]

 8月26日、上野の東京国立科学博物館で、ISIS編集学校第18回感門之盟が開催され、第16期・17期[守](編集の「型」を学ぶ基本コース)と、第7期[花伝所](師範代養成コース)の学衆、師範、師範代、あわせて約150名が、柱も壁も飴色の光沢をもつノスタルジックな講堂に集合しました。
 まずは司会の大川雅生頭取が「編集学校で人生が変わる人も多いのですが、宮坂さんもその一人」と、今回のパートナー宮坂千穂師範を紹介すると、あでやかなチャイナドレスをまとった宮坂師範は「編集学校で学ぶうちに、歴史や千夜千冊の謎を追う楽しみに目覚めてしまいました。今は明の儒学者“朱舜水”に夢中です」と笑顔で挨拶。

 続いてセイゴオ校長が珍しくスーツにネクタイ姿で登場。「編集学校にはいろんなものが待ち構えています。師範や師範代もいれば、歴史上の人物もいる。明治の頃、上野の森には東京音楽学校と東京美術学校という二つの学校があり、西洋の技法を取り入れて、古くからあった日本の“型”を今日的な“型”に編集し、多くの才能を育みました。たとえば“日本画”は美術学校の創始者、岡倉天心が作った新しい日本の“型”でした。上野の森は学の森となって多くの人が集い、方法や“型”が習得され、そうして知が結集し編集された。今いる科学博物館もその一つの成果です。編集も博物学と同じで、世界中から情報を集め、未知の関係性を発見することから始まります。ちなみにぼくは今日、この講堂に来てから、科学博物館の売店にあった恐竜のネクタイに着替えてみました。これも編集です(笑)」。
 ステージうしろの大きなスクリーンにセイゴオのネクタイが大写しになり、会場がなごんだ笑い声に包まれたところで、16期・17期[守]の卒門式へ。

 富澤陽一郎学匠が卒門を迎えた師範代と学衆へのお祝いのメッセージを贈り、「3月に開講した16期と、4月に開講した17期が、適度に交じり合いながら切磋琢磨し、そこから新しいルールやロールも生まれました」と成果報告。続いてセイゴオから18人の師範代に、ルイス・キャロル『不思議の国の論理学』、矢川澄子『父の娘たち』、宮本常一『空からの民族学』、高山宏『近代文化史入門』、エルヴィン・シュレーディンガー『わが世界観』など、恒例の「先達文庫」を授与。また8人の師範には、それぞれの“遊書”をしたためた色紙を贈りました。

 第二部は[花伝所]7期の放伝式。田中晶子所長が、新たに師範代になる放伝者(花伝所の卒業生のこと)にむけて「学んだ型を方法と混ぜ合いながら、梳いて透いて数寄にさせることが編集指南です」と激励のメッセージを贈り、また[花伝所]の指導陣9人の寛厳自在な師範ぶりとともに、「編集指南千本ノック」も展開したというエピソードも披露。そんなベテラン師範たちも、セイゴオからねぎらいの「花伝扇」と『日本数寄』が授与される瞬間は緊張の面持ちに。ちなみに第二部のセイゴオは、恐竜ネクタイから虹色のド派手なイッセイミヤケのベストに着替えて登壇、またもや会場を沸かせていました。

 次に登場したのは京都大学教授でメディアアーティストであり第15期[守]卒門者でもある土佐尚子さん。「感門之盟」で初めてのゲストスピーカーとして、セイゴオと共同開発した「i-Plot(アイ・プロット)」をデモンストレーション。これは、任意の言葉を二つ入力すると、そこから連想的につながる新たな言葉が次々とデータベースから呼び出され、まったく新しい連想語ネットワークがどんどん増殖していくというインタラクティブシステムです。しかもISIS編集学校が伝授する“編集思考素”(編集の型)とともに、学衆たちの回答5000件が基本データとして組み込まれているために、たんなる類語などではない非常にユニークで跳躍的な連想ネットワークが生成されていきます。土佐さんは、「内側から生まれた言葉や思考が外側の言葉や概念と出会うとき、その「際」(きわ)で何が起こっているのかを表現していきたい」と、今後のさらなる構想を語りました。

 この日、3度めの“お色直し”で、ようやくジャケットにGパンといういつものスタイルに戻ったセイゴオ、いよいよ一日の締めくくりの校長講話で、編集工学研究所の最大テーマでもある“ISIS(インタラクティブシステム・オブ・インタースコア)”について語りはじめました。

 「インタラクティブシステム」は相互作用をかたちにする仕組みであり、「インタースコア」はそうやってかたちにしたものをスコア(記譜)にして互いに交換し合うという意味です。そのふたつをつないで「インタラクティブシステム・オブ・インタースコア」すなわち[ISIS]をインターネット上に出現させるというプロジェクトを構想したことから、ISIS編集学校が生まれました。
 じつは、すべての歴史は[ISIS]によって作られ伝承されてきました。それだけではなく、もともと生物や生命も[ISIS]と深くかかわっています。このことを最初に見抜いた人が千夜千冊でも取り上げたフォン・ユクスキュルでした。動物も虫も人間も、それぞれの知覚世界というものを持っています。その知覚世界は個々の生物の内側から発生するのではなく、自然世界に押し付けられて型抜きされて出来上がったのではないか、すべての生物は自然界による「抜き型」によって世界を認知しているのではないかと、ユクスキュルは考えたんですね。
 生命のおおもとは宇宙からやってきた情報プログラムです。この情報が、まだドロドロの粘土状態の原始地球に印圧されて生命の“型”ができあがった。すなわち「抜き型」によって最初の生命プログラムが誕生した。やがて生命は、自分の内部環境を守るために外部環境とのあいだに「生体膜」をつくり、この膜を通して外部と内部の関係を調整し始めました。これがインタラクティヴィティのスタートです。
 生物たちはまた、それぞれの生きる環境の「抜き型」によってそれぞれの知覚を発達させながら、多様な形態に進化していった。ということは、生物たちの姿かたちも、「抜き型」であるということです。さらに人間はこの「抜き型」を意識的に自然のなかから取り出して、外部にそれを再現したり表現するようになりました。これが言語や文字やデザインやアートのスタートであり、インタースコアのはじまりです。
 いまの私たちは「抜き型」としての[ISIS]の方法を忘れています。言葉や表現が内側から生まれてくるものと思いすぎている。自然や環境との関係の取り方がヘタになっている。しかし編集学校では、宇宙に始まった生命の全歴史、人間の全歴史とつながる、本来の[ISIS]を取り戻していきたい。
 今日は、宮坂さんは朱舜水、ぼくは岡倉天心の話から始めました。こういう人たちもみんな[ISIS]です。みなさんも何かが気になったら、何かを好きになったら、ぜひそこから[ISIS]取り出してほしい。そして、皆さんにも[ISIS]になってほしい。

 上野の杜の科学博物館で、生命史にたちもどってセイゴオが語ったISIS編集学校のスコープは、学衆にも師範代にも事務局スタッフにも、新たな“方法の目覚め”を促す最高の贈物になったようです。

 なお、この日も休憩時間中は、恒例の「落册市」が開催されました。赤坂の蔵書から選び出した102冊の本は、いずれもセイゴオのサインやマーキングが書き込まれた希少品。ルールは、欲しい本に、購入金額を記したポストイットを貼って競り落とすという簡単なものですが、あっというまにすべての本に5枚、10枚とポストイットが貼り重ねられていきました。とくに争奪戦が激しかったのはたくさんのマーキングが記された本で、定価よりも高い値段で落札されたほどの加熱ぶりにはセイゴオもびっくり。

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名調子の大川頭取とチャイナドレスで華を添える宮坂師範
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珍しい恐竜柄のネクタイでセイゴオ校長登壇
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高萩健師範代への「先達文庫」はシュレーディンガー『わが世界観』
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なぜか校長が「ヘンなおじさん」と愛称する平山智史師範には遊書「叔」
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セイゴオも競り値が気になる「落册市」
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ベテランの花伝所師範たちに「花伝扇」を授与
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[ISIS]の意味とスコープを説くとっておきの校長講話
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上野の学の森に結集したISISの精鋭たち

撮影 猪又直之

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