セイゴオちゃんねる

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2007年6月27日

Report 脳の由来と未来を語る

 6月10日(日)、理化学研究所・脳科学総合研究センター(BSI)主催のトークセッション「脳の古今東西~脳科学の由来と未来」が東京国立博物館・平成館大講堂で開催され、パネリストとしてセイゴオが出演。
 理学博士の佐倉統さんのナビゲーションで、京都大学霊長類研究所所長の松沢哲郎さんが、チンパンジーの研究を通して脳機能の獲得と喪失のトレードオフ仮説を解説。次いで鎌田東二さんが、中国の内経図や笛を使いながら宗教学の視点から身体と脳の関係を語った。
 セイゴオは二人の話しを受け、脳と表現について、さらには脳と科学の見方について話し、脳研究は科学の諸ジャンルによってもっと多様な軸から取り組まれるべきものであることを示唆した。下記はその要点。

■古今東西の脳-2つのキーワード
 文学も哲学も科学もすべて、あらゆる表現は脳を通して生まれたものであり、人間が考えてきたことの本質は変わらない。人間の歴史は脳の問題に取り組んできた歴史ともいえる。ではなぜ脳は多様な表現方法を持ったのだろうか。このことを考えるとき「時間」と「場所」が重要なキーワードになる。 
 人間は言葉を獲得したことによって、長期記憶を可能にした。「意識」は「記憶」となり、それによって時間という概念が生まれた。記憶は場所や地域に深く関係している。言葉がさすイメージは、地域や国によって大きく違う。たとえば日本では心や感情を現すときに「気持ち」や「気分」や「気心」など「気」を多用するが、インドや中国では「気」は呼吸として捉えられている。

■脳の仕組み-2つの「A」
 脳の仕組みを「アソシエーション」と「アブダクション」という二つの「A」をキーワードに考えてみる。アソシエーションとは組み合せや連想という意味。アブダクションとは類推や仮説形成のことをいい、わかりやすく言うと連想を含んだ「当て推量」に近い。ちなみに、日本文化の方法である「アワセ・キソイ・ソロイ」はアソシエーションであるし、シャーロック・ホームズの推理はアブダクションである。私たちは、常に「二つのA」によって、物事や事象の隠れたつながりや関係性を発見しながら、歴史的現在に立って思考や判断をしているのである。普段の生活の中でも、仕事の場面などで論理的な言動をするときも「二つのA」が働いている。
 科学的思考をするときも例外ではない。たとえばラットやマウスを使って実験や観察によって最新の脳の現象を何らかのデータに表したとしても、そこには科学者や実験者のアタマのなかに働いたアソシエーションやアブダクションが反映されているはずである。ということは、「二つのA」は科学というものの成り立ちそのものに深く関係しているとも言える。脳科学もまた例外ではない。
 にもかかわらず、この二つの「A」の仕組みはまだまだ解明されていない。脳科学はもちろんのこと、あらゆる領域で議論すべきテーマである。
 
■脳科学の未来-2つの視点
 さらに、これからの脳科学は二つのことを大切にするべきだ。一つは「コンピュータネットワーク」と脳との関係を考えること。現代はコンピュータと共存する社会である。ただし「今」を考えるためには、太古からの問題をすべて一緒に捉えることが必要である。もう一つは脳そのものを考えるのではなく、「道具」を介した脳の仕組みや可能性を考えること。人間の進化もコミュニケーションも道具を介しておこなわれてきたということをもっと注目すべきだ。

 さらには、研究対象として普遍的な「人類の脳」を考えると同時に、個人個人に潜む脳の特性も考えるべきであろう。すなわち「類」としての脳と、「個」としての脳という問題である。難しい問題ではあるが、脳科学者はもちろん、あらゆる分野の科学者に、そこでおおいに遊んでほしい。
 「遊び」というものは、不足や矛盾のあるところから生まれる。思考がロジカルにいかないときにおこる。けれども、知性の萌芽はいつだって「遊び」の中にこそあるのである。

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2007年6月26日

Publishing 『ランティエ』『日経EW』連載

『ランティエ』連載「ニッポンの忘れもの」第18回のテーマは「漢詩」。明治時代に西郷隆盛や板垣退助らとともに国事に携わった副島蒼海という人物を紹介し、彼の図抜けたセンスがつくる気骨豪宕な漢詩を絶賛。今は見られなくなった日本漢詩に思いを寄せて、セイゴオがしたためた今回の「書」は蒼海の絶句。

金華松島 奥の東頭
古より風雲 北に向って愁ふ
日本の中央 碑字在
祇今 靺鞨 何の州にか入る   (書き下し文)

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書 名:『月刊ランティエ』2007年8月号
発行所:株式会社角川春樹事務所
発売日:2007年8月1日
価 格:880円(税込)


『日経EW』連載「松岡正剛の日本を動かした女たち」第4回では、二度、天皇となった悲劇の女帝「孝謙天皇=称徳天皇」をとりあげた。藤原仲麻呂と時代の盛衰に巻き込まれ、溺愛し寵愛し偏愛した道鏡と人生の混乱に陥りながら、なお日本最高位のエグゼクティブ・ウーマンとしてありつづけた孝謙天皇の女性性や心情を描く。

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書 名:日経EW [イー・ダブリュ] 第4号
発行所:日経ホーム出版社
発売日:2007年6月12日
価 格:780円(税込)

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2007年6月18日

News 松岡正剛・擬画遊書展―物語の出現

新作版画など約40点を披露

 千鳥ヶ淵の「ギャラリー册」で、7月7日からセイゴオの個展「擬画遊書展―物語の出現」を開催します。

 「册」(さつ)は2005年にセイゴオの監修・内藤廣さんの内装デザインによってオープンした、本と工芸とアートのためのギャラリー。毎年オープン記念日の7月7日にはセイゴオの展覧会を開催したいというオーナーの北山ひとみさんの提案で、昨年は「千夜千冊展」と銘打って、「千夜千冊」にちなんだ書画や手書きの編集図解などを披露し、大好評でした。

 今年7月7日からの個展はその第2弾。「千夜千冊」でとりあげた古今東西の物語をテーマに、独自のスタイルと技法による「擬画」を制作、版画としてリリースします。また、「遊書」も新作を発表、ますます奔放な筆さばきが見どころです。

松岡正剛・擬画遊書展―物語の出現

◇会期:2007年7月7日(土)~29日(日) 11時~19時

◇休廊日:7月9日(月)、17日(火)、23日(月)

◇会場:NIKIギャラリー册
     千代田区九段南2-1-17 パークマンション千鳥ケ淵1F
     東西線・半蔵門線・都営新宿線 九段下駅2番出口徒歩10分
      TEL:03-3221-4220 FAX:03-3221-4230
      http://www.satsu.jp/

◇レセプション・パーティ  7月6日(金) 17:00開演
 ※7月6日(金)は17時よりオープンいたします。
  パーティはどなたでもご参加いただけます。

◇松岡正剛の「夜のサロン」
 日時:7月20日(金)18:00~20:00 定員:30名 料金:3,500円
 *トークの問い合わせ・参加申込みは「NIKIギャラリー册」へ直接どうぞ。

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2007年6月11日

Publishing 『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』刊行!

セイゴオ流 読書術・免許皆伝

 『松岡正剛千夜千冊』(全7巻+特別巻)の攻略本が6月23日発売!その名も『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻 読書術・免許皆伝』(求龍堂)。千夜千冊を知っている人向けに、全集をお持ちでない方から、千夜千冊を隅々までご存知の方まで、どなたにとっても“究極の知”を体験できる一冊です。

 また、本書では『17歳のための世界と日本の見方』とは趣向の違った挿絵を披露。収録された全9点の「擬画」は、版画作品として求龍堂から販売されます。セイゴオの本への愛情と独特の遊び心があふれています。

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書 名:求龍堂『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻 読書術免許皆伝』
発行日:2007年6月27日
発行所:求龍堂
価 格:1600円+税

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News 新たな知を紡ぎだすイメージメント

JMAマネジメント・インスティチュート講演レポート

 5月17日、東京プリンスホテルで開催された日本能率協会主催「JMAマネジメント・インスティチュート」で、セイゴオが花王の後藤卓也会長とともに基調講演。大手企業の幹部候補者約200名に向けて、これからの企業に必要なのは「イメージをマネージすること」だと語り、日頃マネジメントに携わる参加者たちに、大いに刺激を与えていました。
以下、講演の要旨を紹介します。

■3つの「知」をまたぐ

 最近の日本は、イメージをマネージするときにズレが生じている。例えば、6ヵ国協議でも、日本はこうありたいというイメージを持っているが、そのマネージができていない。この食い違いが社会の歪みにすらなっている。政府でも企業でも「イメージメント」が重要になっている。そこには、ぼくの専門である「編集」の秘密がすべて潜んでいる。

 イメージメントは「知」の組み合わせである。「知」は、「個別知=パーソナル・ナレッジ」、「共同知=コミュニティー・ナレッジ」、「世界知=グローバル・ナレッジ」の3つに分けることができる。この3つの「知」のアドレスをまず認識し、その境界をまたぐことによって「知」を新しい関係によってつなぐ。これを「編集脳」と言う。すなわち「組み合わせ能力」、または「連想力」、英語でいうと「Association(アソシエイション)」のことである。

■イメージメントの3手法

 イメージメントのために3つの手法を活用してほしい。
 1つめは、「分母」と「分子」を想定すること。例えば、「ピアノ」という情報に対して、分母が楽器なのか音楽なのかによって、「ピアノ」という分子の位置づけが変わる。あるいは「ピアノ」を分母にするならば分子は何なのか列挙してみる。このように、分母と分子を想定して物事を組み立てるところから編集がはじまる。

 2つめは、「巨視と微視」を入れ替えて見ること。「マクロとミクロ」、あるいは「全体と部分」と言ってもいい。編集工学では「オムニシエントな目とオムニプレゼントな目」と言う。「オムニシエントな目」とは鳥瞰的・俯瞰的な視点を指し、「オムニプレゼントな目」とは臨場的な視点をさす。
実は、あらゆる物語の構造は、語り手のオムニシエントな組み立てと、主人公や脇役の視点に沿ったオムニプレゼントな組み立てによって成立している。つまり、どこが全体でどこが部分なのか、どこが俯瞰でどこがクローズアップなのかを明らかにしながらイメージメントを運んでいくことが大事。

 3つめは、「親と子」の関係を編集すること。要するに系譜や系統を立てること。これからは従来の系譜を読み替えていく必要もある。例えばジッパー(ファスナー)は、もともとは靴ヒモが進化して生まれたものだった。「ジッパー」という靴屋が金具による便利な靴ヒモを考案したのがルーツである。つまり靴のためのジッパーが、やがて洋服の「ジッパー」になった。このように、情報の発生にたちもどって系譜をたどることで意外な親子関係が見えてくることもある。

■編集脳は日本人に有効

 イメージメントやクリエイティビティや、編集能力や編集脳にとってさらに重要なことは「不足の発見」である。「あるもの」を分析してマーケティングするばかりでなく、「ないもの」を発想する。実は日本人は「満足」ではなく「不足」から新しい美意識や価値観を見出してきた。たとえば、京都の龍安寺や大徳寺の大仙院のような枯山水の庭は、より深く水の流れを感じられるようにするために、あえて水を抜いた。これは「足し算」の思想ではなく、「引き算」の思想である。これも日本独自の方法だ。

 私は、『日本流』や『日本数奇』、あるいは『日本という方法』という本の中で、「不足」の発見や「引き算」という方法を繰り返し提唱してきた。もちろんグローバル・ナレッジは大切である。世界のルールに合わせていくこともある程度は必要だろう。けれども、その中に日本人らしさや、日本独自のメソッドを発揮することを忘れないでほしい。

 もっと言えば、日本は日本らしいダブルスタンダードを持つべきだ。もともと、日本は天皇を頂きながら執権や将軍を置き、神と仏を独自に習合させ、中国風の唐様の文化を重んじながらも和様を発展させてきた。つねにダブルスタンダードな国だった。これからの日本企業もグローバルスタンダードというたった1つの基準にばかり捉われず、つねにダブルスタンダードを考えるべき。たった1つのシングルメッセージではなく、ダブルメッセージを発信していくべきだ。


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2007年6月 2日

News 関係を発見する編集法

ファシリテーションフォーラム2007で講演

 5月26日、大阪市ATCホールで日本ファシリテーション協会主催による全国大会が開催され、セイゴオが基調講演を行いました。ファシリテーションはまさに編集であるという導入から、生物の情報システムから能や茶などの日本文化まで、関係を発見するための多様な「方法」をめぐった90分。とりわけ、「その場にある負を発見する」というセイゴオ流エディターシップに、ベテランのファシリテーターたちも強く共感したようでした。
 講演の要旨は次のとおり。

■動的な特異点と「境界」に注目する

 いま、日本の情報社会は、ピンポイントの情報を扱う速さばかりが競われるグーグル的検索社会になりつつある。しかし、ファシリテーションも編集も、情報を点ではなく面で扱う。場面や局面に立ち会って、その「間」(あいだ)から動的な特異点を発見していく。
 「間」とは「境界」でありインターフェースであり仕切りである。生命が細胞膜をつくることによって生命体となったように、組織も社会も「境界」によって構造を成立させている。重要なのはその境界の「内」と「外」で情報が交換されながら、「動向」が生まれていくということ。
 ファシリテーターは境界上にいながら、あるいはその場に折れ線や折れ目をあえてつくりながら、情報の交換を促進していく役割である。

■2つの編集力―関係を発見する編集力と文脈を生成する編集力

 ファシリテーションも編集も、この2つの編集力を使い分けていくべきだ。
 「関係を発見する編集力」は、情報のインプットとアウトプットの違いを発見するとともに、部分の機能の相似性を見出す力のこと。人の才能を、まんべんない見方で同じように捉えるのではなく、そのチームや組織の個々の才能に見合ったゲームをつくることがファシリテーションである。
 「文脈を生成する編集力」は、シナリオ=物語を創発し、それを表現=メディア化していく力のこと。このために、物語の5つの要素に着目するとよい。すなわち、スクリプト、シーン、キャラクター、ナレーター、ワールドモデルである。しばしば会議の場でこれらがいっしょくたに議論されているケースがあるようだ。

■日本的方法に学ぶファシリテーション

 日本は歴史的にダブルスタンダードの国だった。神と仏を習合し、天皇と将軍を頂いてきた。また、日本には「負」から価値を見出すという方法がある。日本の神々にはハンディキャッパーが多いが、それゆえに富を生み出す力があるとされてきた。
 「わび・さび」も「詫びる」「寂びる」といったネガティブな状態からコミュニケーションを創出している。また、「はかどる」ことよりも「はかない」ことを重視する美意識や、逆に「あはれ」から「あっぱれ」に転化させる美意識もあった。こういう日本的な「二項同体」を大切にしてほしい。
 マイナスだと思われているものから希少価値を生み出すことが日本的な想像力である。そして、イマジネーションこそ、地球に残された最後の資源なのである。



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セイゴオが用意したレジュメ

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満員の聴衆に編集法を伝授
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「生体膜」を図解しながら境界を解説

投稿者 staff : 18:08 | コメント (0)