セイゴオちゃんねる

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2007年4月29日

News 連塾「絆走祭―牡丹に唐獅子」のお知らせ

6月16日(土)、セイゴオのナビゲーションによる、連塾「絆走祭」の第三祭「牡丹と唐獅子」が開催されます。ゲストは杉浦康平さん・森村泰昌さんほか、格別な8人のクリエイター。トークとパフォーマンスが次々と繰り広げられる7時間の超イベントです。会場は、伊東忠太の設計で名高い築地本願寺。

「連塾」は、2003年7月にスタートした「日本という方法」を学ぶための連続塾。第1期はセイゴオによる全8回・計50時間のソロ講義が行われ、のべ500人の塾生が参加しました。2006年7月から始まった第2期「絆走祭」は毎回違った顔ぶれのゲストを招き、「数寄になった人」「風来ストリート」というユニークなテーマで展開中。

今回の第三祭「牡丹に唐獅子」では、「マッチング」=「あわせ」という日本の方法に迫ります。セイゴオとゲストの顔合わせは、まさにめくるめくイメージと言葉、アートとテクノロジー、歴史と未来のマッチングを堪能させてくれることでしょう。

 

そもそも日本文化は、枕詞も係り結びもマッチングでした。連歌も能も書院造りもマッチングです。それどころか漢風の大極殿と和風の紫宸殿を並列させ、和漢をかわるがわる朗詠し、天皇と将軍をともがらにシステムにくみこんだこと、そのことがマッチングでした。しかし、このマッチングはパターン・マッチングとはかぎらない。そこには制度や意匠や暗喩がたっぶり含まれている。デザインやコンピュータの技法に顕著なパターン・マッチングを超えているのです。(松岡正剛の案内文より)


■日時
6月16日(土) 13:00~20:00 (軽食をご用意いたします)

■場所
築地本願寺 
東京都中央区築地3-15-1 http://www.tsukijihongwanji.jp/

■出演者

  □ゲスト
  坂井直樹(コンセプター)
  真行寺君枝(女優)
  杉浦康平(グラフィックデザイナー)
  高野明彦(国立情報学研究所教授/プログラミング言語研究)
  土佐尚子(京都大学教授/工学博士)
  黛まどか(俳人)
  森村泰昌(美術家)
  矢萩春恵(書家)

  □ナビゲーター
  松岡正剛

■参加費
3万円(連志連衆會会員は1万円)

■主催
連志連衆會

■参加申し込み方法
松岡正剛事務所に、電話でお問合せ下さい。(03-3568-2200)
くわしい案内状などをお送りいたします。

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2007年4月26日

Report 椿座最終講「日本の物語に選ぶ」

8本の千夜千冊を横断するモノがたり

 4月18日、九段のNIKIギャラリー「册」で、椿座の最終講が行われました。これまで、日本の古典、音楽、調度を案内してきたセイゴオは、ラストを「日本の物語」で締めくくり。そのために、「千夜千冊」から物語を取り上げた8本を選りすぐり、朗読と解説によって日本の物語の構造や秘密を超高速で解き明かしました。
 以下、8本のラインナップとともに、講義内容の抄録をお届けします。


(1)『浦島太郎の文学史』 千夜千冊第635夜

 日本の物語の「モノ」は「物」と「霊」の2つの意味をもっている。つまり日本のモノカタリとは、人が語るものではなく、モノに潜むストーリーを語らせるもの。「千夜千冊」の『浦島太郎の文学史』は、乙姫が浦島太郎に贈った玉手箱の謎を追いながら、古代から近世の浦島伝説の変容を、中国神仙譚や仏教説話との関係を織り交ぜて解いたもの。ぼくは玉手箱を「負の装置」と読み替えてみた。


(2)『雨月物語』 千夜千冊第447夜

 千夜千冊全集では「中国と日本をつなぐ恐怖」というタイトルを付けた。江戸時代、日本は中国離れをしつつあったが、文芸は中国を忘れなかった。荻生徂徠による中国の擬古が、江戸の文芸に「聖人の人情」と「狂儒の意識」という二つの立場をもたらした。秋成はその後者から出た。ただし秋成は心を狂わせるのではなく、言葉に狂い、スタイルを狂わせた。


(3)『死者の書』 千夜千冊第143夜

 (黒いクロス貼りの原本を見せながら)、「したしたした、こうこうこう」という音から始まるこの一冊こそ、ぼくにとっての珠玉の物語である。かつて「志斐語り(シイガタリ)」という語り口をもった一族がいた。語り部ごとに語り口が違い、物語の解釈も変わる。折口は、一人の化尼を語り部に仕立て、物語の冒頭に「死者の耳」を置いた。この折口の方法だけが、古代の魂の物語を知る唯一の縁(よすが)ではないか。


(4)『日本橋』 千夜千冊第917夜

 明治以降、日本の幻想は露伴と鏡花が一手に引き受けた。しかし自然主義やリアリズムの波が、芸者の哀切を描く鏡花に「時代遅れ」の烙印を捺した。鏡花はそんな「野暮天」な社会に対して、得意の美のアナクロニズムと、壮絶な「逆悪魔」によって逆襲した。そして『日本橋』の芸者お孝に「これで出来なきゃ日本は闇だわ」と啖呵を切らせた。この鏡花と共闘したのが、フランスから帰ったばかりの永井荷風である。


(5)『赤いろうそくと人魚』 千夜千冊第73夜
(6)『五番町夕霧楼』 千夜千冊第674夜

 『赤いろうそくと人魚』はガルシア・マルケスに匹敵する物語である。しかし未明童話は呪術的呪文的すぎると批判され、いったんは日本の文学界から完全に忘れられてしまった。「千夜千冊」の附記に、未明による「童話作家宣言」を紹介しておいた。ぜひ読んでほしい。小川未明が復活しなければ日本は闇です。
 鏡花、未明、折口をいったい誰が継承しているか。ぼくはその一人が水上勉だと思っている。


(7)『産霊山秘録』 千夜千冊第989夜

 浦島文学がその後どのように日本に継承されたか。そういうつもりで今日はこの一冊を選んだ。ぼくが20代後半に夢中になった物語であり、この書きっぷりの奥にある半村良の日本の見方がおもしろい。「ヒ」一族は、日本の秘密を握る一族なのである。ぼくはいつか「アヤの一族」という物語を書いてみたいと思っている。


(8)『枯木灘』中上健次 千夜千冊第755夜

 この中上の物語も結局、浦島伝説なのである。それをうんと短くすれば「赤いろうそくと人魚」になる。こういう物語はいま語られなくなっている。『三丁目の夕日』や『東京タワー』がウケる日本なんてくだらない。もっと「名状しがたいこと」を語るべきだ。いつかアヤの一族が物語を救ってくれることを、願いたい。

*「椿座」は、連志連衆會会員のためのクローズドな日本文化サロンです。今年新たに、第2期がスタートする予定です。

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2007年4月25日

Publishing  『ランティエ』『日経EW』『クロワッサン』

『ランティエ』連載「ニッポンのわすれもの」第16回のテーマは「調度と支度」。調度感覚を忘れて「支度」ができなくなっているニッポンに一石を投じています。今回セイゴオがしたためた書画は「度」です。「この文字は、どこかに度(わた)り、なにかを度(はか)っている。(松岡正剛)」 

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書 名:『月刊ランティエ』2007年6月号
発行所:株式会社角川春樹事務所
発売日:2007年3月23日
価 格:880円(税込)


『日経EW』連載「松岡正剛の日本を動かした女たち」第2回は、キリシタンマダムの細川ガラシャ。本名は玉(お玉)で、ガラシャは洗礼名。関が原の合戦を運命付け、キリシタンに奉じて、38歳という若さで家来に自らの命を絶たせたガラシャの生き様に迫ります。

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書 名:日経EW [イー・ダブリュ] 第2号
発行所:日経ホーム出版社
発売日:2007年4月12日
価 格:780円(税込)

大好評の『17歳のための世界と日本の見方』が、雑誌『クロワッサン』の「著者インタビュー」のコーナーに登場。編集工学の方法論にもとづき、過去と現在、日本と世界、異なる各分野を有機的につないだ一冊であると紹介されています。

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書 名:クロワッサン 708号
発行所:マガジンハウス
発売日:2007年5月25日
価 格:400円(税込)

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2007年4月19日

Key Word 前の木蓮・後の桜

 白い花の咲いた枝を手折って、セイゴオが持ち帰ってきた。稲荷坂途中で見つけたという。「これ、モクレンかな」。調べたところ、どうやらコブシらしかった。もともと白モクレンとコブシの見分け方は難しいのだが、その花は細い花弁が巻き上がるように開いていて、形が「紙垂」(しで)に似ているので「シデコブシ」と言うらしい。
 それを聞くと、「ふうん、シデなんだ。いいねえ」。花の名前にはとんと疎いセイゴオが、珍しく反応して見せた。

 『眼の劇場』に、「内側の木蓮」というエッセイが収められている。渋谷松涛の通称“ブロックハウス”に六人と猫七匹と起居をともにしていたころの話である。観世能楽堂近くの邸宅の庭で、ある日、木蓮が大きな象牙色の花を樹いっぱいに咲かせていた。そこでセイゴオは「不思議な思い」に駆られたという。

 今朝の木蓮の「存在の仕方」には驚いた。木蓮は冬のあいだも少しずつ変化を見せ、つぼみもごく最近までふくらみ続けていたのだろうが、私はうっかりしてその生命の変容力を見過ごしていたのであった。そこへ突如、一気に象牙色の花たちが枝いっぱいに出現したのである。それはまるで見過ごしを咎めるかのようにも見え、また咎めもしないで黙って存在を告示しているようにも見えた。 

 セイゴオはここでノヴァーリスの言葉「そこに待機していたものに気がつく時、大いなるものがやってくる」を思いながら、「待機」という存在の消息をめぐっていく。「待機」の「機」は「機会」の「機」であり、また「禅機」の「機」でもあるのだが、セイゴオにとってそれは“出会い頭”のチャンスのようなものとは違うらしいのだ。

 千夜千冊第1175夜『無門関』には、こんな公案が紹介されている。

 一人の僧が趙州(じょうしゅう)和尚に尋ねた。「達磨大師が伝えた禅の極意とは何でしょうか」。和尚は言った、「庭先の柏の木だ」。  これは何を示しているのか。また、こんなふうだ。  慧忠国師が3度、侍者の名を呼んだところ、侍者は3度とも気のない返事をした。そこですかさず国師が言った、「私がおまえにそむいていると思ったら、なんだ、おまえが私にそむいていたのか」。

 いったいこの、柏の木は木蓮なのだろうか。慧忠国師は柏の木なのだろうか。


 ところで、今年の春、松岡正剛はシデコブシを1本手折ったきり、あいかわらずの出不精を決め込んで、とうとう桜も見なかった。
 花散らす雨の音を聞きながら書斎に篭もり続けた夜更け、スタッフとともに傘をかざして赤坂稲荷坂を歩きながら、セイゴオはこぼれるようにつぶやいた。
 「覚めても胸の騒ぐなりけり、か」。

 桜が咲き始めるころは、今年も桜が咲いたか、どこかに見に行くかと思い、桜が真っ盛りのころはその下で狂わなければなあ、去年もゆっくり桜を見なかったなあと思い、そのうち一雨、また二雨が来て、ああもう花冷えか、もう落花狼藉かと思っていると、なんだか急に落ち着かなくなってくる。寂しいというほどではなく、何かこちらに「欠けるもの」が感じられて、所在がなくなるのである。(千夜千冊第753夜『山家集』)

 今宵もセイゴオは待っている。
 木蓮の花咲く前の「機」を。
 そして桜の花終えてからの「機」を。

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2007年4月18日

Diary 『夜想』編集長と対談「耽美をめぐって」

 『夜想』の編集長・今野裕一さんとセイゴオが「耽美」について対談。会場はスタジオパラボリカ(台東区柳橋)。館内のギャラリーでは、今野さんが「耽美」の話に欠かせないという「球体関節人形」を展示中。球体関節人形とは、腕、足などの関節に球体を入れてつないで自由なポーズを組める人形のこと。対談中もセイゴオの傍らには、一体の美しい球体関節人形が座っていました。

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今野:耽美は、ロジックのない感覚的な“掴み”。先に構造を見ないと安心できないというものではなく、最初に入る時のタッチみたいなもの。そのときに「美しい」と感じたら、それが耽美。ただし、耽美は「気持ち悪い」とか「グロテスク」とかのギリギリのところにある。

松岡:耽美というのは、システムや全体やストーリーじゃない。全体が耽美的になるのではなく、“ほつれ”、つまり、その一瞬のマイクロスリップをきっかけに全体が耽美になる。

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松岡:ハンス・ベルメールの影響で、日本でも四谷シモンさんなど多くの作家が球体関節人形を作っている。この前、ぼくが対談した押井監督もベルメールの影響を大いにうけた一人で、映画「イノセンス」では非自己としての「他者」の象徴として「機械少女」を描いている。

今野:95年くらいに恋月姫さんみたいな女性の人形作家がいっせいに出てきた。そのころから球体関節人形は、イメージの組み替えのための道具になった。ベルメールや四谷シモンの人形が生体彫刻として永遠性をもっているのに対して、恋月姫さん以降の人形は刹那的。球体関節は、いつバラバラになるかもしれないという危険性を孕んでいる。

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今野:女性の人形作家の先駆者は萩尾望都さん。萩尾さんは理想の女性をやつして少年にし、人形作家たちは機械少女を創り出した。いずれも自分の意識が及ばないほど永い歴史をもつ無数のDNAの積み重なりの中から「一番の理想の少女」を生み出している。

松岡:95年にミトコンドリアDNAは母系遺伝しかしないことが発見され、人類は「ミトコンドリア・イヴ」という一人のアフリカ人女性から始まったと言われるようになった。「未来のイヴ」と「ミトコンドリア・イヴ」に囲まれて、男たちは環境に同化していくしかなくなっている。

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今野:球体関節人形は、関節の仕組みによって人間の肉体では考えられない動きを見せることができる。それが、見る側のイメージすらグニャっと変容させる。そのキワに「耽美」がある。

松岡:一端、つまり「端(たん)」というものが「耽美」が起こるためには必要。一端によって、何かを思い出したり、何かが呼び出されたりする。耽美はそこにある現実じゃない。じつは、日本の歌舞伎も文学も人形も浮世絵も、まさに「端」のアートである。

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(撮影:赤羽卓美)

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2007年4月13日

Publishing  セイゴオ、愛弟子への哀悼を綴る

田中泯・岡田正人『海やまのあひだ』刊行

 工作舎から写真集『田中泯 海やまのあひだ』が刊行された。撮影は「遊」時代のセイゴオの愛弟子である岡田正人さん。

 セイゴオは本書に「オカヤンとミンサンとナベチャンとぼく――分際という写真」を寄稿している。オカヤンこと岡田さんが、ミンサンこと田中泯さんに惚れ込んで、約30年にわたりコラボレーションをしながら撮影し続けてきたことを、当時のエピソードとともに綴っている。

 「こうしてオカヤンはしだいにミンサンのネガフィルムの暗部そのものとなり、カラーポジの発色そのものとなっていった。ぼくは呆れたのだけれど、そうやって撮り続けた写真を、オカヤンはいくら貯まっても発表しようとすらしなかった。名をあげたくないというのではあるまい。彼岸と処岸がカメラを通した二河白道によって分かち難いものになっていったのだ。」

 2006年3月、岡田さんはついに写真展「海やまのあひだ」を開催。ところがその4日後、がんのために早世してしまった。本写真集は、岡田夫人であり同じくセイゴオの愛弟子であるナベチャンこと田辺澄江さんの企画・編集によって、完成された。

 田中泯さんの折々の手記とともに、年譜「踊りは私の日常です」が収録されている。

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書名: 田中泯 海やまのあひだ
写真: 岡田正人 
発行所:工作舎
発行日:2007年 3月 19日
価格:9000円(税別)

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2007年4月12日

Publishing 卯月セイゴオアラカルト

◆『稲垣足穂の世界 タルホスコープ』・菫色
セイゴオのエッセイが掲載された稲垣足穂のヴィジュアルブックが登場。“菫色(きんしょく)の感覚”を放つタルホの世界を紹介しています。42人のタルホマニアが、それぞれのキーワードでタルホニウムを覗いている、万華鏡のような一冊です。

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書 名:稲垣足穂の世界 タルホスコープ
発行所:平凡社
発行日:2007年3月23日
価格:1600円(税別)


◆『密教メッセージ』・空海のアルス・マグナ
空海をめぐって、セイゴオと密教21フォーラム事務局長・長澤弘隆さんが対談。『空海の夢』をキーにしながら、空海が唐から帰国後に創案した独自の密教構想を「アルス・マグナ(大いなる術)」と題し、その今日性を語り合っています。

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書 名:密教メッセージ 第12号(会員誌)
発 行:密教21フォーラム事務局
発行日:2007年3月15日


◆『ドレスタディ』・隠居が編集した江戸の贅沢「いき」と「通」の道楽哲学
服飾をテーマに、贅沢を波及させた徳川江戸社会の「しくみ」や「装置」を解説しながら、それを「いき」と「通」の感性で美意識までに高め、「男前」を生み出した隠居者の編集術を紹介しています。

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書 名:ドレスタディ 第51号
発行所:京都服飾文化研究財団
発行日:2007年4月1日
価格:500円

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2007年4月10日

Diary アートフェア東京で対談

平川典俊さんと「覚道」を語る

 4月10日、「アートフェア東京2007」(東京国際フォーラムで開催)で、アーティストの平川典俊さんとセイゴオが対談。テーマは「覚道(かくどう)への道」。この対談のために活動拠点であるNYから帰国した平川さんのたっての希望によるものだ。

 写真、ビデオ、インスタレーションなど多彩な手法で作品を制作している平川さんは、アートを通して人間存在の根底を考え続けてきたと言う。とりわけ一神教的な欧米社会では、「抑圧」された人間の性(さが)を強調することによって、新たな「覚道」が拓かれるのではないか、「離魂」が起こるのではないか。そう考えて実際にこれまで欧米で発表してきた作品をプロジェクターで紹介しながら、その狙いとともに欧米各国での作品への反応の違いなどを語った。

 セイゴオはそれを受けて、日本的な「覚道」には二つの道があることを示した。ひとつは修行によってビジョンを得る方法。もうひとつは、物(モノ)と霊(モノ)を分けないという見方を取る方法。とくに後者は欧米にはない考え方で、これは言語形態の違いから来るのではないかと言う。

 作品を見ながら、ジュリア・クリステヴァが問題にした「おぞましさ」や、人間がそれらを排除することによって都市を作ってきた問題などが交わされるなか、平川さんがセイゴオにぜひ見せたかった作品があるといって一点の写真を紹介した。
 女性器が空に浮かぶように真っ白な背景に映し出されたものである。30年前、世界放浪中の平川さんがセイゴオと初めて出会ったときに、蕪村の「凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ」の俳句の話を聞き、おおいにインスパイアされ、この作品が生まれたのだという。

 セイゴオは平川さんからの“贈り物”に、「写真としてもこれはいい作品だね」と答えて、西洋でもニュートンやヴィトゲンシュタインやサマセット・モームのように「凧」に狂った科学者や哲学者や作家がいたこと、糸一本でつながっているだけの今にも離れ去ってしまいそうなモノへの胸騒ぎが人間を「凧狂い」にさせるのだろうと語り、こう締めくくった。
 「それを中国の屈原は“離騒”と言ったんです」。

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2007年4月 4日

Publishing 水墨的変成の法

 岡野玲子さんの単行本『妖魅変成夜話・第4巻』にセイゴオが解説文を寄稿。粋を極めた水墨技法と、東王父と西王母をあしらった中国的仙境の物語が、重なり合って醸し出される岡野さんの水墨絵巻的「世界」を、「天上界のメッセージ」と紹介しています。
 2006年11月15日のセイゴオちゃんねるもご覧下さい。

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書 名:妖魅変成夜話(ようみへんじょうやわ) 第4巻
著者名:岡野玲子(著)
出版社:平凡社
発行日:2007年3月21日
価格:900円(税別)
判 型:A5(変型判)

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2007年4月 3日

Classic 対談 セイゴオ×網野善彦 「職人の系譜から探る中世社会と京都の町」

 1998年6月、JR東海主催の「歴史の歩き方」講座で、「職人の系譜から探る中世社会と京都の町」をテーマに、日本中世史研究者である網野善彦さんの講演とセイゴオとの対談が行われました。中世の職人や芸能者から漂白の民までを独自の視点で深く読み解く網野さんと、京都の職人世界をよく知るセイゴオの掛け合いを“解凍”してお届けします。

■百姓の中の多様な職人

網野:数十年前までの歴史学会では、明治の産業革命以前の日本は水田を基本とした農村社会であり、「職人」と呼ばれる人は非常に少なかったと考えられてきました。
 しかし「百姓」はもともと“百の姓”という意味で、農民だけを指したものでありません。また実際にも「百姓」といっても農業だけをしていた人は少なく、多くの「職人」が含まれていました。それらをすべて同じくくりで捉えては、歴史は正しく見えてきません。

セイゴオ:中世の「百姓」には、例えばどのような職人がいたんですか。

網野:例えば漆器職人がいます。漆の木は国に管理されていましたし、中世には漆器を年貢として納めていた百姓がいたことがわかっています。しかし工芸品としての漆器の研究は行われてきましたが、百姓が漆器を作る技術を持っていたことはあまり研究されてきませんでした。
 同じように養蚕を生業としていた「蚕民」も、今日では百姓のうちに含まれています。しかし中世では農業と養蚕ははっきりと区別されていた。男性中心の農業に対して、養蚕は女性中心。「農夫」と「蚕婦」は古代から対句になっています。漆と同じように桑の木も国に管理され、税金も別にかけられていた。また年貢を絹で出している機織の職人もいました。

セイゴオ:養蚕や機織は世界的にみても女性の職業ですね。

網野:そうです。この織物に必要な綿を扱う人々を「綿神人(わたじにん)」と言い、「神人(じにん)」とよばれる職人のルーツになります。

■祇園祭にみる京都の職人

セイゴオ:先生のご研究にも何度も出てくるのですが、「神人」とか「犬神人(いぬじにん)」とよばれる人たちはいったい何を指しているのですか。

網野:神人とはもともとは、「神に属する、人ならぬ存在」を指す語でしたが、10世紀以降は神社に使える下級神職と考えるのが普通です。元来は「穢れを清める存在」で、神の代行者でもあり、刑の執行者でもあった。例えば罪を犯した人の家を壊したりする。その神人の中から芸能者や職人、商人などさまざまな職能者がでてきます。12世紀頃までは神人は畏敬されていました。しかしそれ以降、軽視されるようになります。
 その神人に「犬」を冠した犬神人は祇園社に隷属し、社内の清掃や山鉾巡礼の警護、京都の町の清掃や葬送を行っていました。

セイゴオ:京都の代表的な祭のひとつである「祇園祭」をみても、お稚児さんとか禿とか職名で呼ばれる人がたくさんいます。私は京都で生まれ育ったので、小さい頃から祇園祭に親しんできた。当時は禿の意味をわからなかったのですが、後々網野先生の歴史学の本を読むようになって、これは大変な職業なんだということがわかってきました。

網野:そうそう。隷属している職能者たちが大切な役目をつとめる。祇園祭のとき犬神人は先頭に立つんですよ。それから放免が長い矛をもって歩く。このことは大変おもしろい。重要な意味があると思います。

セイゴオ:罪人の管理者から町衆から武家まで、さまざまな職業の人が集まってひとつの祭りを執り行なう。そして毎年「お前は禿の役だ」とか言い合っているわけなのですから、京都は本当に奇妙な町ですね。

網野:「町」という単位で自治的な組織ができてくるのが、京都の特徴ですね。

セイゴオ: 私の家は呉服屋だったので、たくさんの職人の方々が出入りしていました。京都の呉服屋は「悉皆屋(しっかいや)」ともいわれ、これは「悉く皆」と書くわけですから、生地職人、染職人、お針子、扇子職人などありとあらゆる職人を集め、それぞれが最高の技術を出し合ってお得意さんの注文に応じた品を作っていく。多様な職人世界を背景に京都という町が仕上がっていることを実感していました。

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■動く職人のネットワーク

セイゴオ:一方、京都では 「出職(でしょく)」と呼ばれる職人も活躍していましたね。この職人たちは店を構えたり家で仕事をした「居職(いしょく)」に対して、各地の現場に赴いて仕事をした。
 特に「鋳物師(いもじ)」たちは中世社会に大きなネットワークをつくりましたよね。

網野:日本の鋳物師は青銅と鉄を一緒に扱っていました。中世から近世にかけて、鋳物師の管理をした真継家に伝わる『真継文書』などから、11世紀ぐらいには天皇直属の鋳物師が登場したことや、梵鐘を作る鋳物師が鍋釜を作ったりしていたことがわかっています。
 12世紀頃になると右方の鋳物師、左方の鋳物師、東大寺の大仏を作ったといわれる東大寺鋳物師の、大きく分けて三種類の鋳物師の組織ができます。右方の鋳物師は、朝廷に鉄燈籠を献上したことから、課役免除と通行自由を得て諸国を廻ったといわれています。一方、左方の鋳物師は、海を廻って塩を焼く釜の供給や古釜の回収や修理をしたといわれている。そして後に鋳物師の下に「鋳掛屋(いかけや)」という、修理だけをする人が出てくる。この鋳掛屋も出職です。

セイゴオ:なぜ日本の歴史学や民俗学は、職人や漂白の民を重視できなかったのか。それは資料がなかったからなのか、それとも日本人の歴史観そのものに戦前から戦後にかけて間違いがおこったのか。

網野:やはり明治以降、ヨーロッパから農業を基本とした考え方が導入され、百姓を全部農民にしてしまったことが大きく影響していると考えられます。百姓という言葉自体を軽視したことも問題です。

■歴史をみるいくつもの視点

セイゴオ:網野先生が、多種多様な職人のルーツを中世までさかのぼって研究してこられたおかげで、我々は初めて“中世の職人”や“職能者のネットーワーク”の存在を知り、従来の歴史観とは違う視点を持てるようになりました。しかしまだまだ謎が多いですね。

網野:もっと歴史の中に入って、そこから考察していくことが必要です。そもそも明治以降の学問は、外国語の翻訳で考えられてきました。例えば「資本」は翻訳語。最初から日本にあった言葉は「元手」です。今の日本には「資本論」はあるけれど「元手論」はない。

セイゴオ:「元手論」の方がよかった。(笑)

網野:もちろん「資本」を使っているから世界と対等に話せるというプラス面はあります。しかし「資本」を「元手」といったときの違いは確かにある。私は日本人の生活に即した学術用語を、研究者はもっと本気で考えなければいけないと思う。

セイゴオ:そういう意味では網野先生も在籍されていた「日本常民文化研究所」の創設者である渋沢敬三氏が「常民」という言葉を作ったことが大きかった。
 もともとある言葉を研究に使っていく場合と、新たに世界を横目で見ながら包含するような新概念を作っていく場合の両方がありますよね。

網野:ええ、両方なくてはいけないとおもいます。深く探る一方で、やはり特殊に埋没してはいけない。例えば「常民」という言葉も、私は朝鮮半島の言葉だと思うのです。調べたところ日本語の語彙にはありませんでした。
 渋沢さんがあの言葉を使われたのは、「百姓」や「農民」や「平民」や「人民」以外で本当の庶民を言い表す言葉はないかと考えたときに、日本語ではないために逆に色がついておらず、しかもわかりやすく妥当な言葉として「常民」という言葉を借りてきたのではないか。そのような工夫を我々もしなくてはいけない。ヨーロッパの翻訳語で我慢しているだけでは具合が悪いのです。

セイゴオ:職人の世界だけを考えても、想像以上にダイナミックで何層にもわたっていることがわかります。我々は歴史そのものに対して長い間迷妄の中にいたのかもしれません。世界史的な見方と日本の中から歴史や言葉の意味を考えていくことと、いくつもの視点を動かす見方が今後ますます必要になりますね。

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