セイゴオちゃんねる

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2007年2月15日

Key Word 赤坂のクンストカマー

 稲荷坂上の赤坂ゼアビルには、大小11の部屋がある。そのなかでもっとも小さな、わずか20平米ほどの北向きの一室がセイゴオの書斎になっている。壁面は天井まで近代日本の本で埋まっていて、その本棚を塞がないように注意深く大きな書斎机とクローゼットが配置されている。動き回れるスペースは畳一枚分ほどもない。もっとも仕事や執筆に必要なもののほとんどはセイゴオの手の届く範囲に揃っているため、書斎で動き回る必要もないらしい。
 セイゴオの仕事ぶりはきわめてシステマチックである。身体とキーボードとモニターの距離はもちろん、辞書や参考書を開く場所、マーキング用の赤と青のペンの並べ方、タバコと灰皿と湯のみ茶碗の位置にいたるまでがきっちりと決められていて、徹夜で執筆をしようと書斎が乱れることはない。翌朝出勤したスタッフは、灰皿に残る吸殻の量を見て、ようやく昨晩の格闘ぶりを推し量るのである。

 セイゴオの書斎はまさに世界知を航行するパイロットと人機一体となったコックピットだ。が、決して機能主義というわけでもない。というのも、一見すると編集航法には何も寄与しそうにないようなさまざまな文物までもが所狭しとディスプレイされていて、もう少し正確に言うならば、路地裏に住む好々爺が大きさも色もバラバラの鉢やらトロ箱を軒先いっぱいに並べて、草花を超然と管理しているような、あの感じにむしろ近いのである。
 
 たとえば、眼鏡のことがある。松岡正剛のトレードマークである丸眼鏡を半年~1年に一本は新調しているのだが、ほとんど用済みとなった代々のフレームも大事に取っておいて、書斎の窓際に陳列しているのである。また、自分の用事のある空間にはすべて読書用の老眼鏡を置いておくという主義もあって、それをしょっちゅう各所に持ち歩いてしまうため本来必要な数倍ほどもリーディンググラスを所有することになってしまい、それが本棚の隙間の小物箱にごっそり仕舞われているのである。

 たとえば、扇のことがある。セイゴオは季節を問わず場所を問わず扇を持ち歩き、講義のときなどは落語家のようにさまざまに見立て使いをしてみせる重要な小道具になっている。長年、三宅一生さんが特注して配ったという漆黒の9寸を愛用していたが、それに似たものを探すうちに、だんだん手元に扇が集まってきてしまったらしい。今では机の上の「ペン立て」の横に「扇子立て」が置かれていて、決して持ち歩きそうにないような茶席扇子から祝儀扇、白扇まで各種取り揃えられている(扇子好きが昂じて、目下、自分で特注扇子を作っているらしい)。

 さらに、草履のことがある。書斎の一角に筒描きの藍染が敷かれていて、その上に、普段愛用のシューズとともに、桐やねずこや布製のポップな草履までが鎮座しているのである。もちろん冬のあいだはそれらに足を通すことはない。夏になればさらに数が増えていくはずである。

 ほかにも、年に1セットずつ増えていく鉱物標本や、奈良京都の出張中に立ち寄る古道具屋の掘り出し物や、ホテルから持ち帰ってきた洋酒のミニチュアボトル(セイゴオは酒を一滴も飲まない)などなどが、編集学校の学衆や読者からの贈り物とともに、そちこちの棚や壁面に展示されている。

 セイゴオは、決して持ち物を引き出しに収納しようとしない、徹底したディスプレイ派なのである。果たしてそれらは「コレクション」と言うべきなのか、いったいそこに何の「隠れた次元」があるのか、スタッフたちも今だ解明できていないのだが、赤坂ゼアビル3Fの一隅は路地裏風クンストカマーと呼ぶにふさわしい謎に満ちている。

 ところで、赤坂ゼアビルでは昨年からセイゴオの第2書斎の設営が少しずつ進んでいる。最上階の現代思想の書籍に囲まれた一室を仮設の和風空間にリニューアルし、近年熱心に取り組んでいる書画制作のために座卓とともに文房四宝を整えつつある。
 松岡事務所はもちろんのこと、編集工学研究所に昨年着任した大村専務をはじめ、システム派マシン派の若手スタッフまでが、この空間のなりゆきを目下楽しみにしていて、今年1月25日のセイゴオの誕生日には、それぞれが相談しあって、新書斎空間に置くにふさわしいと思しき品々をプレゼントした。
 木村久美子が見立てた渋好みの座布団と、渋谷恭子が水滴代わりにと選んだ錫の片口だけが実用向き。あとは明治時代に大流行したという有明行灯、駿河の竹千筋細工職人による大和虫篭、苔玉、起き上がりこぼしなどなど・・・。

 なんということだ。スタッフたちもすっかり、そこをセイゴオ好みの第2の路地裏風クンストカマーにすべきことを心得ているのである。

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有明行灯と大和虫篭

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2007年2月14日

Diary 感門之盟・交歓と旅立ち

第一回「落册市」同時開催

 2月11日、白金台の東京都庭園美術館大ホールで、ISIS編集学校の「感門之盟」が開催されました。「感門之盟」とは、教室の指導にあたった師範・師範代の健闘をたたえるお祝いの会です。

 16回目となる今回は、第15期「守」と、第6回「花伝所」の師範・師範代が、セイゴオ校長の待つ舞台に登場。まず師範が感門表(師範が師範代に対して贈るメッセージ)を読み上げ師範代に授与。次にセイゴオ校長が一人一人に合わせて選んだメッセージ入り文庫本(先達文庫)を手渡しながら、4ヶ月の編集指南をたたえました。
 そして師範にはセイゴオ直筆文字絵の色紙を、花伝師範には書をしたためた扇(花伝扇)を贈呈。過去最大19教室の15期「守」を卒門した学衆たちも全国から駆けつけ、師範代たちと喜びをわかちあいました。
 最後にセイゴオは「ひとつの体験はメディアを超えて共鳴を起こし、次のものを生んでいく。師範たちが師範代を通して学衆へ、また学衆が他の教室までそれを広げている。編集学校はそういう可能性をふんだんにもっている学校」と結びました。

 また今回は、初めてセイゴオが蔵書の中から選んだ100冊を、オークション形式で販売する「落册市」も開催。千夜千冊に登場する本や、貴重な初版本や絶版本には、ポストイットによる入札もどんどん過熱。100册すべて落札の大盛況となりました。


*感門之盟の詳細は「いとへん」にアップされる予定です。

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左)編集学校の可能性を語るセイゴオ校長 右)100冊の蔵書がずらりと並んだ落册市

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2007年2月 9日

News 『17歳のための世界と日本の見方』卒業試験開始!

 発売直後から主要書店で続々とベストテン入りを果たしている大好評の『17歳のための世界と日本の見方』。2月からは春秋社のホームページで「『17歳のための世界と日本の見方』の卒業試験」が始まっています。
 試験問題は、どなたでもチャレンジすることができます。期間は2月6日(火)から3月29日(金)まで。合格者は期間終了後に春秋社のウェブサイト上で発表され、後日オリジナル卒業単位取得証書が送られます。さらに、優秀な解答者にはセイゴオのサイン入り証書と図書券をプレゼント。とくにユニークな回答にはセイゴオじきじきの講評も。
 ここ数年、セイゴオの文章は、筑波大学、三重大学、神戸芸術工科大学、麗澤大学ほか多くの大学入試問題で受験生を悩ませていますが、今年は『17歳のための世界と日本の見方』の卒業試験でウェブサイトをも賑わせそうです。

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春秋社のウェブサイト

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2007年2月 7日

Diary ハイパーコーポレートユニバーシティー第四講

■世界と日本の間にたつ2人のゲスト 

 2月3日、第2期第4講のハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」が、一ツ橋の如水会館で開催されました。東京=日本のほぼ中心に位置する場所で、構想日本の加藤秀樹さんと国際日本文化研究センターの川勝平太さんをゲストに、世界と日本の“あいだ”をめぐるダイナミックで縦横無尽な語りがくりひろげられました。

 冒頭で、まずセイゴオが「世界」と「日本」の“あいだ”を見るための基本的な「知」のモデル(個別知と共同知と世界知)と、その3つの知の混乱をふせぐような“仕切り”の必要性を解説。
 加藤秀樹さんは、明治維新以降の国家戦略や官僚システムや制度のつくられかたに始まる現代日本の問題を検証しながら、昨今の時価会計やROAや能力主義と言った企業のあり方についての問題を浮き彫りにしました。そして、大国主義からの脱却と日本がもつべきダブルスタンダードのあり方などを示唆してくれました。つづいて、川勝平太さんは「日本は世界をうつす鏡である」というシナリオで、古代から現代までの日本の経済文化史を一気にかけぬけ、日本人がどこからやって来てどこへ行こうとしているのかを問いました。最後は、世界に誇れる美しい国土を持つ日本列島を「庭園」に見立てた「ガーデンアイランド構想」を披露しました。

 「幕末維新はこういう2人の存在から起こったものだろう」と、セイゴオも塾生たちとともに加藤さんと川勝さんの講義を味わっていました。



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加藤秀樹さん(左)と川勝平太さん(中央)が語る日本の将来に耳を傾けるセイゴオ


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2007年2月 2日

Report 「連塾」第2期「伴走祭」・第二祭開催

高速疾走の第二祭「風来ストリート」

 1月27日(土)、池袋の自由学園・明日館で、「連塾」第2期「絆走祭」開催。連塾の魅力は毎回語りの調子を変える、多様なセイゴオのソロ講義。加えて第2期はタイトルにぴったりなゲストが登場し、多彩なトークやパフォーマンスを繰り広げる。
 第二祭となる今回のタイトルは「風来ストリート」。セイゴオとゲストが、まさに風を巻き起こし6時間を疾走した祭りとなった。照明・演出は第一祭に引き続き、藤本晴美さん。  

 会場である自由学園・明日館は、学園の創立者羽仁吉一・もと子夫妻の依頼で、建築家フランク・ロイド・ライトが大正時代に設計した重要文化財。モダンクラシックな講堂のステージにセイゴオの「風来」の書が吊るされ、150人の塾生を出迎えた。
 登壇したセイゴオはまずライトと日本の関係から語り始め、日本の遊民や風の文化へと話を展開。そこへ大倉正之助さんの大鼓にとともにオートバイデザイナーの石山篤さんを迎え、風の中を人機一体となって走るオートバイのエロスとタナトスについて語りあった。
 ついで田中泯さんが客席後方から登場。仮設の黒い花道を踊りながらセイゴオの待つステージに登り、踊りは「外」から訪れて観客との関係のただなかに成立することを身体であらわした。続くフォトジャーナリストのエバレット・ブラウンさんは1~2年の間に日本中を撮った140枚以上の写真をスクリーンに投影しながら、これからの日本への思いを語った。 
 3人のパフォーマンスや語りを受け取ったセイゴオは、もともと日本は外来魂の国であり、外部の目が浮世絵や桂離宮など日本の美を発見してくれたこと、そして我々の先人たちが海を渡ってきた文化コードを風のように感じながら自分たちがもっていた文化と合わせてモード編集してきたと、第1部をまとめた。

 ここで30分の休憩。明日館自慢の手作りのあんぱんやケーキ、クッキーが暖かい飲み物とともに供せられ、塾生はしばしの歓談を楽しんだ。

 第2部では、遠州流宗匠・小堀宗実さんが椿を活けた本棚・「燦架」(セイゴオ監修・山中祐一郎デザイン)と、ライトの弟子・遠藤新が大正時代にデザインした机と椅子がステージに配され、藤本さんの青い照明が第1部とは趣のちがう空間を作りだす。そこに再び登場したセイゴオが、資生堂名誉会長である福原義春さんを迎えた。
 連志連衆會の会長でもある福原さんは、連塾の第1講とともに昭和という時代を合わせて振り返りながら、明治維新、世界大戦、そして資本主義とグローバリズムによって日本が見失った方法を、もう一度考え直す会にしようと塾生たちに呼びかけた。
 4人目のゲストは、詩人であり俳人であり歌人でもある高橋睦郎さん。セイゴオと二人で「言葉」と「型」と「おさなごころ」について、高橋さんの人生や多様な著書を交えながら絶妙な調子で語りあった。
 最後は小堀宗実さんが風呂敷包みを提げて登壇。旅先に持っていくこともあるというお道具一式を茶箱から取り出して、茶人の「好み」としての「風」が「流」になっていくことについて、また風が通るゆとりの大切さについて語りあった。

 締めはセイゴオのソロ講義。日本には「荒魂と和魂」「荒事と和事」のように、一対以上の関係をあわせる方法があった。たとえばお茶で使われるふくさにも、同寸もあれば異寸もある。これを「間に合わせ」や「持ち合わせ」のように「アワセ」といった。
 本来「アワセ」は「キソイ」の前にあった。そこには侘び茶でいう「わびの精神」があり、相手を思いやる気持ちがある。しかし市場価値だけですべてが判断されるようになると競争だけになり、「アワセ」がなくなってしまった。このような社会は自由競争社会と言われるが、そこには本来の自由はない。
 最後に「風来」の達人として井伏鱒二と徳川無声の映像を流しながら、井伏や無声の価値が伝わらない現代の日本では、交換不可能な価値を一度作らないと市場価値のレートはこわれない。連塾ではそのことを皆さんと遊びたいと、結んだ。

2007020201.jpgセイゴオ「 “風”はメッセージでありメディアです。“風来”にはそれ自体にメッセージがある。」

2007020202.jpg石山「若い頃に3~4年間ほど、風癲して(笑)、ようやくマシーンを通してオートバイのエロスが表現できました。それが人機一体のはじまりです。」

2007020203.jpg石山「日本人は縄文のころから“ものづくり”が好きな民族だと思う。楽しみながら心をこめて部品やメカニズムをつくる文化が日本にはある。」
セイゴオ「オートバイのサイズも日本人に合っていると思います。茶室や能舞台のように日本人が得意とするミニマル・ポシブル(消極主義)があるのかもしれない。」


2007020204.jpgセイゴオ「泯さんっていつから踊っているんですか?」
「46億年・・・。だったらいいな(笑)。」


2007020205.jpg「どういう場所にも踊りはある。ただ、私たちはそのすべてを見ることはできない。だからぼくはいつも踊りを探しているんです。」

2007020206.JPGエバレット「日本に照準をあわせたのは父が日本の写真を持っていたから。ひっかかるものがあった。特に宮島の鳥居が人生最初の謎になって、その疑問を抱きながら日本にやってきた。」
セイゴオ「エバレットの写真は出会っていくことの方が重要で、写真があとからついて来る。まるで風のように。」


2007020207.JPGセイゴオ「外から日本にきた外国人たちは海のウェーブやリズムのなかから日本の何かを発見してくれる。エバレットはこれからどんな日本を探そうとしてますか?」
エバレット「19世紀の日本、明治に戻ります。日本人が置き忘れたものを探しにいきたい。湿版写真を使って日本を撮っていきたい。」


2007020209.JPG福原「日本の企業は昭和から平成になってまた一段とおかしな方法に進んでいる。世界的に見ても、資本主義は最終段階に入っているし、もう得られるものよりも副作用のほうが大きくなった。」

2007020210.JPG高橋「言葉に目覚めたのは、ぼくが生まれてすぐに死んだ父の影響です。父は小学校しか出てないのに万巻の書をもっていて、親戚の家をたらいまわしにされて地獄を味わっていたぼくは、いつも言葉たちと遊んでいました。」

2007020211.JPGセイゴオ「“死者”とか“あの世”に対して、高橋さんほど自由に書ける人はいない。」
高橋「ぼくにとっては死んだ人も生きた人もまったく同等。詩とは遠くにあるもので、詩は書くものではなく探すものなんですよ。」


2007020212.JPG小堀「今日は、自作の竹の花入れに椿をあしらいました。あの割れ目は“雪割れ”と言います。小堀遠州の教えにある“満つれば欠くる”の世界です。」
セイゴオ「“損ないもの”というのは日本の美の発見のメソッドですよね。満足の美ではなくて不足の美。」


2007020213.JPG小堀「茶室に床の間をつくるように、日本人はなにか場所に拠り所をつくる習性がある。この茶箱の蓋は言わば床の間なんです。だから雪月花を見立てて装飾している。ここに“好み”が出ます。」
セイゴオ「“好み”とか“数寄”は、“一客一亭”や“主客”といった自分と相手との関係によってなりたつ。つねに相手に向かって渡すつもりで、ちょっとした、寄せやテイストやスタイルをつくる。」


2007020214.JPGセイゴオ「分析的な欧米思考だけではつかめない日本というものがあります。耳をそばだてて目を凝らして“日本”という方法を見つめて、つなげていきたい。」

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