セイゴオちゃんねる

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2007年1月30日

News 3月10日(土)押井守×松岡正剛 岐阜県未来会館で対談

「21世紀のISIS~想像力と映像」

 3月9日から12日まで、岐阜県県民文化ホール未来会館で “織部賞が生んだ「縁」と「演」~水木しげる・押井守~”展が開催されます。10日(土)には、第一回織部賞受賞者のアニメ演出家・押井守さんとセイゴオが「21世紀のISIS~想像力と映像」をテーマに1時間半の特別対談をくりひろげる予定です。参加費無料、ただし整理券が必要です。
 会期中は、ほかにもたくさんの企画がもりだくさん。水木さんや押井さんの原画、セル画、フィギュアなどを展示する「水木&押井ワールド~それぞれの世界」や、「妖怪塗り絵コーナー」や「イノセンス」の映画上映会など。くわしい情報はこちらをご覧下さい。

日時:3月10日(土) 13:00~14:30
場所:未来会館2階 長良川ホール
チケット:未来会館事務所にて整理券を配布(一般の方は2月11日から)
遠方の方は松岡正剛事務所( kanako@eel.co.jp )までお問合せください。
料金:無料

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2007年1月29日

Publishing読売ウイークリーにセイゴオ登場

セイゴオ撮り下ろし

1月29日発売の「読売ウイークリー」の「稲越功一のAnd After」コーナーに、セイゴオが登場しました。このコーナーは写真家である稲越さんが、気になる人を訪れて写真を撮り、そこに文章を書き下すというスタイル。赤坂の本の森にひそむセイゴオを、稲越さんがどのように撮り下ろしたのか、ぜひご覧ください。

発売日:2007年1月29日
価 格:350円

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投稿者 staff : 22:21 | コメント (0)

2007年1月23日

Publishing 2007年1月1日発行『新建築』発売中

七石舞台[かがみ]を紹介

 建築家の作品発表の場として最も定評がある専門誌『新建築』に、昨年10月に完成した二期倶楽部の七石舞台[かがみ]が紹介されました。
 セイゴオが「小さな世界を仮設する」というタイトルで、二期倶楽部の一角に「動きゆくもの」を定着させるまでの物語を語り、内藤廣さんが「異なる価値があたりまえのように併存すること」というタイトルで、石という太古の記憶にきわめて現代的な技術で鏡面仕上げのステンレスを合わせた経緯をつづっています。木立の枝葉が鮮明に映りこんだ鏡面や、照明によって空中に浮かんでいるかのように見える花道など、昼・夜でちがった表情を見せる七石舞台の写真も必見です。

発売日:2007年1月1日(毎月1回)
発 行:株式会社 新建築社
価 格:2000円

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投稿者 staff : 23:02 | コメント (0)

2007年1月15日

Key Word ゲニウスタキハラロキ

 

ゲニウス・ロキは場所の関数であり、場所の雰囲気の本質なのである。このようなことは古代ならどこにでもそのようになっているだろうという想像もつく。地霊に関係がない古代の都市や古代の墓など、ありそうもない。日本でもそうである。産土(うぶすな)を度外視しては社はおろか、高床住居も市場も立たなかった。(千夜千冊第926夜『ゲニウス・ロキ』)

 2007年は恒例の編工研・松岡事務所勢ぞろいしての赤坂氷川神社詣出から、セイゴオの公式スケジュールがスタートした。もちろんプライベートには元日に初詣をすませた上でのこと。ここ十数年は初詣はずっと山王日枝神社だが、気が向けば神田明神もまわるらしい。
 プロジェクトや取材で神仏にかかわることが多いセイゴオは、ふだんでも神社を参拝する機会が頻繁にある。正殿に上って祝詞をあげてもらい正式参拝することも多い。仕事のためばかりではない。地方の鎮守の社であろうと田園の苔むした祠であろうと、向かうところに「社」があればつねに丁寧に拝礼することを心がけているようだ。

 セイゴオの拝礼の仕方は、まるで模範演技のように凛として、かたちも間合いも美しい。背筋を伸ばして二礼し、大きな掌を打ち響かせて二拍し、深々と一礼する。たまたまそこに居合わせた者が(見知らぬ他人ですら)、セイゴオが神前に立つだけで目を見張り、最後の一礼が終わってそこを立ち去るまで、じっと見守ってしまうほどだ。

 そんな姿が年末のTBSの番組「日本を探しに行こう」でも映し出されていた。関口宏さんと原沙知絵さんを伊勢の滝原宮に案内したセイゴオが、いつもと同じように堂々たる間合いで柏手を打ち鳴らす瞬間を社殿の上手側からカメラが捕らえていた。ただし前後の時間の流れはカットされていた。クレーンを駆使して撮影された滝原の空間も、残念ながらセイゴオの語りと同様寸断され縮退していた。

 じつはセイゴオは、収録日の前日にも未詳倶楽部のメンバーたち15人と滝原を参拝したばかりだった。伊勢をめぐる未詳倶楽部の例會と、番組収録の予定がたまたま一日違いで重なっていたのである。

 未詳倶楽部との参拝では、セイゴオが滝原宮と滝原竝宮を拝礼するあいだ、メンバーたちが遠巻きにその一部始終を無言で見守っていた。セイゴオは鳥居の下に立ち視線をひたと正殿の正面に据えてから一礼し、白玉石の上を歩幅を厳密に測るかのようにゆっくりと神前に進んだ。
 内宮や外宮に比べると、滝原の社殿は楚々と小さく、その敷地も杉の森のなかにぽっかりと拓かれた庭のようである。けれどもセイゴオがまるで能舞台で演じられる道行きのようにあまりにもゆっくりと進むので、その小さな空間が時間を呑み込みながらどんどん伸び広がっていくようだった。

 そこへ突然、数人の老人が湧いて出てきたかのように割り込んできた。全員が「く」の字に曲がった腰で、いざるように次々に鳥居をくぐり、いままさに神前にいたろうとするセイゴオを追い抜いて、玉石に額を擦りつけるように礼をして手を合わせはじめた。
 それまでの光景を息詰めて見守っていた一同は、異風の老人たちの闖入に気押されたようにフリーズしていた。が、セイゴオはそんな出来事にも煩わされる様子もなく、老人たちの拝礼が終わるまで黙ってその後ろに佇んでいた。老人たちもまた、誰ひとりとしてその存在を気にとめることもなく、あっという間に杉木立の中に消えていった。
 再び静まりかえった神域に、ようやくセイゴオの打つ柏手の音が響き渡った。

いったん素形に削がれた空間は饒舌で小うるさい主張をしなくなる。空間は空間独自の呟きをやっとしてくれるようになる。そういう隙間に、気がつくとひょいひょいと思いがけない時間がとりもどされてきた。(弟1104夜内藤廣『建築的思考のゆくえ』)

 いったい神社を参拝するときに松岡正剛が何を祈念しているのかということを、誰もまだまともに聞いたことがないはずだ。聞いたとしてもおそらく簡単には答えてはくれないだろう。ましてや滝原の小さな二つの社殿を十数分もかけて参拝していた正剛に去来していたものが何だったのかはわからない。
 ただ、社殿の桧皮葺のあたりをふっと見上げて「ああ、簡素だ。いたって簡潔だ」とつぶやく声を確かに聞いたと、あとで何人かが言っていた。

 もともとセイゴオは伊勢神宮には並々ならぬ関心をもっていた。伊勢詣出をしたことのない日本人なんて日本人じゃないとすら言っていた。とりわけ伊勢神宮の結構や神明造のデザインや「遷宮」の意味については、機会あるごとに建築家やデザイナーたちと多くのことを交わし刺戟を受け合ってきた。安藤忠雄さんとは内宮は目線を地上50センチくらいのところにおいて見るべきだといったことを、内田繁さんとは御正殿の前に立つ蕃塀の位置の絶妙といったことを、磯崎新さんとは「伊勢には始原というモドキのための装置がある」といったことを。そして伊勢をめぐる未詳倶楽部のゲストとして招いた内藤廣さんとは、「素形」と「ゲニウス・ロキ」をテーマにしんしんと語り合った。

それは始原を隠すためのモドキ(擬)としての擬態であって、そうすることが「始原が起源を虚像のように浮かばせてしまう装置」だったのである。西行が「何事のおはしますかは知らねども」と言ったのも、そこに感じたものも、これだった。「・・・・」である。(「千夜千冊」第898夜『建築における「日本的なもの」』)

 が、最近のセイゴオは伊勢神宮よりも滝原のほうにもっぱら関心を寄せてきた。これは「千夜千冊」に司馬遼太郎の『この国のかたち』を取り上げて以来のこと。明治国家の崩壊と軍国主義の台頭が日本を「異胎の国」にしてしまったと見た司馬は、晩年は神祇的なるものに「日本の本来」を求め、それを「真水」(まみず)と呼んだ。その代表的な場所としてあげたのが、伊勢の滝原だった。
 その後NHK「人間講座」でも司馬遼太郎の「真水」を取り上げたセイゴオは、ラストシーンの撮影場所に滝原を選んだ。この番組のためのテキストを再編集して昨年9月に上梓した『日本という方法』(NHK出版)も、最後を司馬と滝原で締めくくっている。
 滝原は今やセイゴオが「日本の本来」を語るための絶好のロケーションになっている。そして、いまのところ司馬遼太郎への“仁義”を守って(こういう仁義を松岡正剛は絶対に欠かさない)、滝原を語るときには司馬の言葉を紹介するというスタイルをはずさない。

 けれども、テレビカメラのいない滝原の松岡正剛は、誰の代弁者でも代表者でもなかった。その場の誰の思慮や思惑からも孤絶し、どんな言葉も届かないほど屹立していた。
 セイゴオにとって滝原は、誰とも分かち合いたいと思い、誰をもそこへ連れて行きたいと思いながら、いざそこを訪れてみると誰とも分かち合えない心境や想念に満たされてしまう、格別なトポスであるらしい。

出入りしたのはイツだけではない。そのほかにウツ(空=充)も出入りしたし、ミツ(満=密)も出入りした。(「千夜千冊」第898夜『建築における「日本的なもの」』)

 そんな正体不明のセイゴオの様子を気にしつつ、一行15人もそれぞれが丁寧に二つの社殿やその横手に並ぶ若宮神社や長由介神社を拝礼し、そこかしこに散らばって、遠い目をして無言のまま時間を食んでいた。

 そこへまたささやかな“事件”が起こった。セイゴオが立ち入り禁止の古殿地のほうに、一人で入って行ってしまったのだ。ひとけのない滝原とはいえ、内宮・外宮と同じように厳重な警備用赤外線が張り巡らされている。たちまち正殿前に立つ監視カメラが首を廻して結界を超えた犯人の姿を追い始めた。それを知ってか知らずかセイゴオは杉木立に身を隠しながら、とうとう古殿地正面にいたったようだった。
 滝原の古殿地は参道から来るとさらに奥まったところに位置し、鬱蒼とした森を背景としていることもあり、現在社殿の建っている敷地よりもいっそう神寂びた場所に見える。セイゴオの後を追って何人かが行きたそうにしていたが結局踏みとどまったのも、警備カメラのせいではなく、古殿地の神妙な雰囲気に気後れしたらしかった。

 それは不思議な時間だった。真の御柱を収める覆屋が楚々と置かれ、あとは風雨を受けて黒ずんだ玉石が敷かれているだけの、何もない場所。そこにセイゴオがたった一人で向き合っている。しかしその姿は見えない。
 ただ、取り残された一行は、何か侵し難いことが起こっていることだけは察知していた。

 やがてセイゴオが杉木立のあいだから姿を現し、ゆっくりとこちら側に帰還した。穏やかな表情だった。すっかり先達者の顔に戻っていた。「すばらしいよ。みんなも行っておいで」と結界越えを唆す口調も、いつものセイゴオだった。
 けれども、一行は神隠しにあった“父親”を囲んでふわふわと微笑んでいるばかり。「きっと“向こう”が滝原の本来の場所なんだね。あそこに行くとそれがよくわかるよ」という言葉にも、ただうなづくだけで誰もその場を動かない。

 メンバーの一人でいつもは控えめな平野湟太郎さんが機を捉えて「記念撮影をしましょう」と言い出し、セイゴオも機嫌よく応じた。滝原宮を背景に鳥居の下に身を寄せ合って全員で一枚の写真に収まった。
こうして、“本来の場所”はセイゴオただひとりの体験となった。そこでどんな様子で何をしていたのかは、監視カメラが知るのみであるが、一行15人はその見えざるシーンを一生忘れることはないだろう。

 ちなみに、TBSの番組ではセイゴオの提案で特別許可を得て、古殿地の前で撮影が敢行された。その放映時間にちょうど講演が入っていたセイゴオは、帰宅後録画を見ていたのだが、古殿地のシーンで「あっ」と声をあげた。クレーンカメラが捕らえた白玉石の広がる何もない風景を覆い隠すように巨大なテロップが重ねられていた。しかも「古殿池」という誤植のまま。
 それもまた、ゲニウス・ロキのいたずらだったのか。

「ゲニウス・ロキはどこにでも、時空をまたいでいるらしい。」(弟926夜)



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滝原にたたずむセイゴオ


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2007年1月11日

News 週刊ブックレビューで『松岡正剛千夜千冊』を特集

 求龍堂の『松岡正剛千夜千冊』が限定1000セットが近々完売の勢い、またweb「松岡正剛の千夜千冊」も170万アクセスを超え、ますます好調です(ちなみに年末発売の『十七歳のための世界と日本の見方』はすでに初刷り完売、重版中です)。
 そんななか、1月14日(日)にはNHK‐BS2「週刊ブックレビュー」の特集コーナーで、『松岡正剛千夜千冊』が取り上げられます。WEB千夜から全集千夜へ、2年にわたった書籍化編集の日々を振り返りながら、セイゴオの「本」への思いや読書術をたっぷりと語ります。


■週刊ブックレビュー
  1月14日(日) 午前8時00分~8時54分 
  NHK衛星第二放送
                
※再放送は、当日深夜0時00分~0時54分



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マーキング読書法を解説

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2007年1月 5日

News 謹賀新年

 1月5日、編集工学研究所・松岡正剛事務所は、恒例の枡酒所信交歓会と赤坂氷川神社初詣から新年のスタートを切りました。年末にアップロードされた「千夜千冊」第1067夜『西郷隆盛語録』と、第1168夜『三十三年の夢』の読後感を顔つきや体つきにまとった総勢21人が、セイゴオとともに勝海舟ゆかりの氷川神社にかけた願いはいかに。

2007010501.JPG今年“成人式”を迎える編集工学研究所は意気揚々

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