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2006年11月28日

Report セイゴオ霜月NNレポート

 11月のセイゴオは西へ東へ大忙し。初旬はまず奈良と那須に招かれて、それぞれ趣のちがう対談を行いました。

◆奈良から「ゼネティック・コンピュータ」と「電子図書街」を発信

 11月4日、奈良県立図書情報館の開館一周年記念として、セイゴオとメディアアーティストで京都大学教授の土佐尚子さんが公開対談。テーマは「ゼネティック・コンピュータと電子図書街」。2人が共同開発中のカルチュラルコンピューティングの最先端の話が展開しました。ちなみに、会場の情報館は日本最古の図書館といわれる「芸亭院」の跡地に立っています。

 約2時間のセッションの冒頭で「ゼネティック・コンピュータ」のデモビデオが紹介されました。東洋思想とコンピュータが初めて融合したインタラクティブシステムで、3次元山水画と禅問答によって、ユーザーを未知の物語に誘います。コンピュータグラフィックス分野で世界的な「SIGGRAPH2004」でデモを行い話題になりました。

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セイゴオ:「ゼネティック・コンピュータ」は、ゲーム特有の“勝敗”や“目的”や
“結論”を重視していないから、いい。どこにも“正解”を求めていない。

土佐:このコンセプトとエンジンによって、日本にかぎらず世界各地の途絶えてしまい
そうなローカルな文化を、コンピュータで再現できるかもしれない。


 続いて、200万冊の書物でうめつくされた「電子図書街」を紹介。人が街のかたちを認識して暮らしているように、書物も書棚ごと頭のなかに入ってくるようなものがあれば知の領域をより自在にコントロールできるのではないかというセイゴオの考えから生まれた大構想です。現在も金子郁容さんがリーダーとなって編集工学研究所、北大、慶応大、京大とともに開発プロジェクトが進んでいます。

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セイゴオ:図書街では、図書館の分類とは異なり、書籍同士、本棚同士がリンクされて横のつながりを持っている。一冊一冊の本がもつ多様な文脈がユーザーにどうアフォードしていくのか。街のいたるところで相互編集状態がたちあがることに興味がある。

土佐:コンピュータ上では“本”というものの単位を自在に扱える。本を情報化するこ
とで、それぞれの無意識下にあった本との関係性を他人と交換したりつないだりしてい
ける。


◆那須で、脳科学者・茂木健一郎さんと12時間対談

 11月11日~12日は、つい先日「七石舞台」の御披露目を開催したばかりの那須の「二期倶楽部」で、脳科学者の茂木健一郎さんと12時間におよぶロング対談。コーディネーターは、MCプランニングの薄羽美江さん。晩秋の二期倶楽部の風景のなかで2人の思考が交じり合い、日本という方法と生命論がたくさんの関係線で結ばれました。この対談は、薄羽さんのプロデュースにより文藝春秋からの書籍化が予定されています。

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茂木:ロボット工学にはまだまだ身体論が足りない。結局ぼくたちは生命を捉えきれないでいるんです。
松岡:AI(人工知能)も、グーグルやアマゾンみたいな検索システムも、これからは人間の“身体モデル”をもっと適用すべきなのにね。

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茂木:松岡さんのいう“ウツ”に興味がある。節分ひとつとっても、日本では“鬼”を排除しないで、わざわざ“鬼”を呼び込んでから祓いますよね。この“ウツ”の概念で生命を捉えてみたい。
松岡:それにはテンプレートをどう考えるか。ちなみに、嫌気性生物がのちの好気性生物の真逆の生き物だったように、生命の最初の状態を逆鋳型と捉えることもできる。

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松岡:普遍性は、情報をつまんで貼り付けるカットアップ型か、情報を織り込むホールドイン型の二種類。つまり世の中には編集的現実性しかないということ。
茂木:たしかにコドン(遺伝情報の暗号)の世界も、普遍的な方法をもちながら結果の約半分がミスプリントで成立するわけだから、もともとネット社会は生命体とよく似た体質をもっていることになる。


投稿者 staff : 2006年11月28日 21:41

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