セイゴオちゃんねる

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2006年9月26日

Publishing 『日本という方法』刊行!

万葉から満州まで、セイゴオ史観が疾駆する

 9月30日、セイゴオの新著、NHKブックス『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』がいよいよ刊行されます。この本は、2004年に放映されたNHK人間講座「おもかげの国うつろいの国」(全8回)のテキストをもとにしていますが、セイゴオの徹底した加筆修正によって、古代から近代までの日本の編集文化史を一気に通観できる充実の一冊となっています。

  「日本の方法」ではなく、『日本という方法』。このタイトルには、セイゴオの日本史観や編集的世界観がこめられているだけではなく、日本を語るための方法論そのものが示唆されています。NHKブックスにふさわしいハンディで読みやすいスタイルながら、日本が失った「おもかげ」を抉り出す筆力の深さと切れ味はまさにセイゴオ流。ぜひ堪能してください。

『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』
松岡正剛著
NHKブックス No.1067
9月30日発行 1160円+税


目次

第1章 日本をどのように見るか  
第2章 天皇と万葉仮名と語り部     
第3章 和漢が並んでいる
第4章 神仏習合の不思議
第5章 ウツとウツツの世界
第6章 主と客と数寄の文化
第7章 徳川社会と日本モデル
第8章 朱子学・陽明学・日本儒学
第9章 古学と国学の挑戦
第10章 二つのJに挟まれて
第11章 矛盾と葛藤を編集する
第12章  日本の失敗
第13章  失われた面影を求めて

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日本を「方法の国」として読み解く一冊

投稿者 staff : 23:12

2006年9月22日

News『松岡正剛千夜千冊』の九州展 開催中

只今、本族“九州”出張中。

 9月17日から、青山ブックセンター福岡店でブックフェア「松岡正剛・千夜千冊の九州展」が開催されています。企画構成は、今月発足したばかりのISIS編集学校九州支所―九天玄氣組(きゅうてんげんきぐみ)の皆さんです。全1144夜の「千夜千冊」のなかから九州にまつわる本をピックアップして、全集とともにディスプレイしたもので、まさに九天玄氣組ならではの書棚構成となっています。
 23日にはセイゴオも福岡入りして、この企画を統括してきた中野由紀昌さんはじめ、“組員”の皆さんと合流。九天玄氣組旗揚げと、「千夜千冊の九州展」を祝っておおいに盛り上がることでしょう。

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「九州」くさ、本棚編集するけんね。

■期間: 2006年9月17日(日)~2006年10月下旬
■場所: 青山ブックセンター福岡店 3階ブックフェアコーナー
  福岡市中央区天神2-7-14天神アクティビル
■主催: ISIS編集学校 九州支所 九天玄氣組

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2006年9月19日

News 石舞台「かがみ」御披露目公演

那須・二期倶楽部で10月14日杮落し

 セイゴオの構想による、那須の二期倶楽部の石舞台「かがみ」がいよいよ完成。10月14日(土)、完成記念イベントを開催いたします。内藤廣さんの設計、和泉正敏さんの施工によって、七つの巨石と鏡面ステンレスが組み合わさった、世界のどこにもない新しい文化装置の誕生です。
 能楽師の安田登さん、トランペットの近藤等則さん、パーカッションの土取利行さん、邦楽家の桃山晴衣さんたちが、昼夜二回のオープニングパフォーマンスを披露。またセイゴオ・内藤さん・和泉さんも揃って、ご挨拶とトークをします。
 
二期倶楽部 七石舞台「かがみ」御披露目

◆10月14日(土)次第
  13:30  オープニングセレモニー「挿頭」(かざし)
  16:00  軽食
  17:30  オープニングパフォーマンス「際立」(きわだち)
  20:00  お食事

◆出演
  安田登(能楽師)
  近藤等則(トランペット)
  土取利行(パーカッション)
  桃山晴衣(邦楽家)
  内藤廣(建築家)
  和泉正敏(石彫家)
  
  松岡正剛
  北山ひとみ(二期倶楽部代表)

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「かがみ」御披露目◎次第(三ツ折ちらし外面)

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ついに姿をあらわした野外舞台(三ツ折ちらし内面)


◆申込み方法
  下記のご参加プランのなかから、希望するプランを選び、
  二期倶楽部「七石舞台イベント」予約係へ直接御連絡ください。
  電話:0287-78-2215

■ご参加プラン
 □日帰り
    第一部「挿頭」/ 軽食/ 第二部「際立」:12,000円
 □日帰り(往復バス利用)
    第一部「挿頭」/ 軽食/ 第二部「際立」:28,000円
      *東京からの往復バスをご用意しております。
      *往復ともに二期倶楽部謹製お弁当をご用意しております。
 □10月13日宿泊(1泊3食付)
    13日夕食/ 宿泊/ 14日朝食/ ランチ/ 第一部「挿頭」/ 軽食/第二部「際立」
      *57,000円(スタンダードタイプ)  
      *62,000円(デラックスタイプ)
 □10月14日宿泊(1泊2食付)
    第一部「挿頭」/ 軽食/ 第二部「際立」/ 14日夕食/ 15日朝食
      *57,000円(スタンダードタイプ)  
      *62,000円(デラックスタイプ)

*上記料金は、1室2名様ご利用時のお一人様料金(税・サービス料金含む)です。
*客室に限りがございますので、ご要望に添えない場合がございます。予めご了承くださいませ。
*1室2名様以外のご利用に関しましてはお問い合わせください。
*10月13日(金)のご夕食は、通常メニューをご用意させていただきます。
  なお、10月14日(土)の夕食は特別メニューをご用意させていただきます。
*予約状況によってはご夕食は相席をお願いする場合がございます。

■ご予定のアクセス方法をお知らせください。

[バス]
●東京⇔二期倶楽部
  【東京発】
  08:45東京駅丸の内中央口・ロータリー集合→12:30二期倶楽部着予定
  【二期倶楽部発】
  20:00二期倶楽部発→23:00東京駅丸の内中央口・ロータリー着予定

[電車]
●那須塩原駅⇔二期倶楽部
□シャトルバスのご用意がございます。(所用時間約30分/要予約)
   *那須塩原駅  □12:55 □14:55 □16:55
   *二期倶楽部発 □11:40 □13:40 □15:40 □20:10(10/14のみ)

[車]
□駐車場のご用意がございます。

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2006年9月15日

Diary 『松岡正剛千夜千冊』ようやく完成!

◆セイゴオ“我が子”と感激対面◆

  『松岡正剛千夜千冊』(全7巻+特別巻)がいよいよ完成した。求龍堂の鎌田恵理子さんと鹿山芳明さんがさっそく1セットを抱えて赤坂ZEREを来訪。総重量約13キロの“我が子”をセイゴオ自ら出迎えた。まっ先に手にとったのは意外にも特別巻『書物たちの記譜-解説・索引・年表』。本編七巻の印刷が始まってからも、ずっと編集作業が続き難産していたのだが、セイゴオはもちろんのこと、求龍堂・松岡事務所・編集学校有志が総力をあげて、ようやくまとめあげたもの。
 つぎにセイゴオは背幅9センチとなった最重量の第7巻を手にとった。表紙カバーの仕上がり、本の開き具合、インクの乗り具合、紙の色と厚みと手触り感、そして何よりも本文の読みやすさ。「オレ、なんだか職人みたいだね」と言いながら、ディテールチェックの目は鋭い。しかし、ついつい顔はほころんでもいる。セイゴオにとってハード面からみても快心の出来に仕上がったようだ。

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全集完成を喜ぶセイゴオと同志たち

◆全国6書店にもお目見え◆

 『松岡正剛千夜千冊』は全国6ヶ所の書店にも並べられる。すでに八重洲ブックセンター本店(東京)では、2004年の「千夜千冊達成記念フェアー」から関わる担当の北哲司さんらによって1階レジ脇と4階に特別コーナーが設けられた。ほかに青山ブックセンター本店(青山)、紀伊國屋本店(新宿)、旭屋書店本店(大阪)、ブックファースト梅田店(梅田)、青山ブックセンター福岡店にもお目見えするはずだ。
 北さんは「多くのお客様が立ち止まりご覧下さっていますよ。他の新刊とは注目度がまったく違う。圧倒的な存在感がお客様にアピールするからでしょう。自信を持ってお薦めできます」と語ってくれた。

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八重洲ブックセンター4階フロア長・北哲司さん

 「千夜千冊コーナー」お問い合わせ:八重洲ブックセンター4F直通 03-3281‐8204


◆9月30日(土)には新宿紀伊国屋で刊行記念特別講演も◆

当サイトですでにお知らせしたように、9月30日(土)には、新宿・紀伊國屋ホールでセイゴオが出版記念講演を行います。WEBで「千夜千冊」がスタートしてからの6年間を振り返りながら、ようやく7巻構成に結実した世界読書の軌跡を語ります。

第49回新宿セミナー@Kinokuniya
松岡正剛『千夜千冊』(求龍堂)刊行記念特別講演

六年千冊七巻仕立
――めくるめくブックコスモスの秘密を語る

日時:9月30日(土)13:00開演(12:30開場)
会場:新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店 新宿本店4階)
料金:1,000円(全席指定・税込)
主催:紀伊國屋書店
協力:求龍堂・松岡正剛事務所
前売取扱所:キノチケットカウンター
  (紀伊國屋書店 新宿本店5階 10:00~18:30)
ご予約・お問い合わせ:紀伊國屋ホール 03-3354-0141
  (受付時間 10:00~18:30)

*イベントの日時・時間については、急な変更等がある場合がございます。
 詳細は紀伊國屋ホールにお問い合わせください。
*定員になり次第、チケットの発行を終了させていただきます。御了承ください。

投稿者 staff : 23:55 | コメント (0)

2006年9月 9日

Diary 日本の「語りもの」と「歌いもの」

第2回「椿座」で、日本の歌謡を語る

 9月7日(木)、「椿座」第2回が、新宿パークタワーの「由庵」で開催されました。「椿座」はセイゴオの日本語りを聴く連志連衆會会員限定のクローズドなサロン。「由庵」のオーナーであり椿座マダムでもある北山ひとみさんと座頭の福原義春さんとともに、セイゴオが用意した今回のテーマは「日本の歌謡を聴く」。

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カラ三味線で歌い語るセイゴオ太夫

 雅楽・催馬楽・声明から、平曲・謡曲をへて、説教節・義太夫節・常磐津節、そして長唄・清元まで、セイゴオが選りすぐった名人たちの声を実際に聞きながら、日本の音楽の大半が「声の音楽」であること、またそこには「語りもの」と「歌いもの」の二つの流れがあること、中世以降それらが編集されて多様なスタイルの歌謡が生み出されていったこと、そのほとんどが盲目の遊芸者たちによって成し遂げられたことなどなど日本の歌謡史を一気通観。ときには朗々とその節回しを唱って見せるセイゴオ太夫には、「松岡さんの新しい一面が見られた」と参加者も大喜び。

 最後は武満徹さんが驚愕したという富山清琴の地唄「雪」を堪能。予定時間を大幅に超えてのセイゴオ熱演トークの後は、「由庵」の創作料理に舌鼓を打ちながらの懇親会。初秋にふさわしい、至福の一夜となりました。

投稿者 staff : 13:08 | コメント (0)

2006年9月 8日

News 長月セイゴオ・アラカルト

◆「おそろい-ミヤケマイ展」オープン

 8月28日当サイトで紹介した、NIKIギャラリー「册」の「おそろい――ミヤケマイ展」が、9月5日にオープンしました。レセプションに駆けつけたセイゴオも、「册」の書棚空間に溶け込んだミヤケさんの19点の新作を堪能。ミヤケさんとセイゴオの対談が収録されたカタログも好評です。

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レセプションであいさつするミヤケさんとセイゴオ

本と遊ぶ「おそろい-ミヤケマイ展」

期間:9月5日(火)~10月5日(土)
場所:二期ギャラリー「册」
     東京都千代田区九段南2-1-17パークマンション千鳥ヶ淵1階
     電話 03-3221-4220


◆モデルはセイゴオの蔵書――十文字美信写真展

 ミヤケマイ展オープニングに続きセイゴオが駆けつけたのは、品川キャノンギャラリーで開催中の十文字美信展「本貌(ほんのかお)、ふたたび翳」展。『松岡正剛千夜千冊』全集のために十文字さんが撮影した写真がガラスの特別額装で並んでいます。被写体は、もちろんセイゴオの蔵書。

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「私の野生と本との対話がこの写真です」と語る十文字さんと拍手をおくるセイゴオ

十文字美信写真展「本貌、ふたたび翳」

期間:9月2日(土)~10月2日(月)
場所:「キャノンギャラリー」
     東京都港区港南2-16-6キャノンマーケティングジャパン株式会社1階
     電話 03-6719-9021


◆「千夜千冊」全集よりも先に出る! NHKブックス『日本という方法』

 この夏、「千夜千冊」全集を脱稿したセイゴオが、休む隙もなく精力を集中していたのが、9月30日にNHKブックスとして出版される『日本という方法-おもかげ・うつろいの国』。これは2004年6月~7月にNHK教育テレビで放映された人間講座「おもかげの国・うつろいの国」のテキストの単行本化です。
 ただし、徹底的に加筆修正をするセイゴオの編集職人魂によって、ボリュームは人間講座テキストのほぼ倍量、NHKブックスとしてはもっとも背幅の厚い本になりそうです。日本が日本をどのように編集してきたか、その方法的な解読とともに、近現代の日本が見失った面影の行方を、重く鋭く抉っています。
 ちなみに、9月に入ってからのセイゴオは、さらにもう一冊、年内出版をめざす「歴史講座」の採録本の再編集にとりかかっています。

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各ページに真っ赤に加筆修正。

◆「和樂」10月号-松岡正剛の「わび」という美意識

 「和樂」10月号に、4ページにわたってセイゴオの「わび」論が掲載されています。これは内田繁さんが主宰する「ル・ベイン」の日本文化塾の講義を採録したもの。
 「わび」とはもともと貧相や粗相を詫ぶという気分のこと。それを村田珠光、武野紹鴎、千利休が茶の湯の美学に大成させましたが、そこには西行に代表される数寄の遁世者たちの覚悟や、枯山水に代表される「引き算」の美学が大きく影響していたと指摘しています。

雑誌:「和楽」10月号 
販売:会員申込制
連絡:「和楽」読者サービスセンター 0120-462946

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「わびこそ日本男子の哲学」(本文より)

投稿者 staff : 23:09

2006年9月 5日

Report 「負の想像力」という方法

岡倉天心『茶の本』の100年シンポジウム 

 “THE BOOK OF TEA”(茶の本)は 1906年(明治39年)に岡倉天心によって英語で著され、今年でちょうど100年目を迎える。9月2日(天心の命日でもある)、有楽町朝日ホールで財団法人三徳庵とワタリウム美術館の主催で「岡倉天心国際シンポジウム『茶の本』の100年」が開催され、700人の聴衆が詰めかけた。

 主催者である三徳庵の田中仙道さんの挨拶に始まり、第一部として、ボストン美術館のアン・ニシムラ・モースさん、磯崎新さん、セイゴオ、熊倉功夫さん、マンフレッド・シュパイデルさんの5人がそれぞれ30分ずつ基調講演を行った。
 モースさんは、ボストン美術館滞在中に“THE BOOK OF TEA”を著した天心は、西洋における東洋思想の受け入れに大きな役割をはたしたと語り、続いて磯崎新さんは、「空虚な空間」と題して、フランク・ロイド・ライトが『茶の本』を読んだことで「箱の崩壊」へ向う確信を得たこと、さらには東洋と西洋の建築空間観の違いを、100年前と現代とを比較しながら語った。

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身振り手振りをまじえ「負の方法」を説くセイゴオ

 三番目のパネリストとして登場したセイゴオは、千夜千冊第75夜でも取り上げた『茶の本』は象徴的でエポック的で忘れがたい一冊であり、千夜千冊を書くときにも何度も『茶の本』に戻り、西行、世阿弥、芭蕉、コクトー、プルーストなどと比較した、と語り始めた。

 磯崎さんの話した『茶の本』における「空虚」とは何か。これは英語では“vacant”または“nothing”と言って、「その場所が空いている」「席が空いている」という意味である。日本語では、「埒」(らち)という言葉の使い方に、日本人の空間意識がよくあらわれている。
 「埒」という概念は訳しにくい。あえて訳すと“space”(空間)とされる。ただしこのスペースは本来空いているものであり、“occupy”(占領・占める)されていない。西洋ではスペースは何かに占められるものであるが、日本では「埒を空ける」と言うように、本来そこは空けるもの、空けたいものなのである。それが日本の場所であり空間であり、また時間でもある。

 このような日本の空間の捉え方を示しながら、セイゴオは『茶の本』の第四章に入っていく。この章では茶室が取り上げられ、空間的・建築的な視点から吟味されている。そこには天心の三つの視点がある。
1. 茶室は仮であり、仮住まいである。そこには何かが常駐しておらず、常ではない。日本語では中世の時代より、これを「無常」と言った。
2. 茶室は装飾をしていない、非装飾的空間である。わかりやすくいうとシンプルである。
3. 茶室は空家であり、数奇屋でもある。“vacant”であり“nothingであり“occupy”されていない。そして茶室を人々は「パッサージュ」する、通過する。

 ドイツの哲学者であるウォルター・ベンヤミンが、『パサージュ論』というすばらしい本を書いている。ベンヤミンは、人は都市に住み込もうとしていない、パッサージュしていると書いている。これは現代思想の重要な考え方の一つと言ってもよい思想であるが、このことを天心は『茶の本』でまさに「茶室」がそうであると言っているのである。

 さらに「故意に何かを仕立てずにおいて、想像のはたらきでこれを完成させる」という天心の言葉がある。なにかが不完全、未完成であることによって、そこに想像力が働く。これが茶であり茶室であり、さらに日本であると天心は言っているのである。そこにはあえて仕上げない、完成させない「不完成の美」がある。これを最初に読んだときセイゴオは非常におどろいたと言う。日本の美術や音楽、水墨画、神社建築などを見るようになると、そこには天心の言う「完成させない美」が多様にあることに気づいたと言う。

 またセイゴオは重要な問題としてフェノロサと天心の違いを挙げた。
 フェノロサは天心の師でもあり、フェノロサによって天心は日本の美に目覚めたということになっている。フェノロサは進化論の研究者でもあるので、文化についても進歩主義の立場をとった。しかし天心はそのフェノロサを継承しながらも、違う見方も発見した。それが「負の想像力」の発見、すなわち「負」「虚」「無」から日本を見る方法ではなかったか。
 たとえば枯山水は、水を感じさせるために水を抜く。天心が気づいたように、茶や茶室も、あるものを感じさせるために、あえて「ないもの」を作るという枯山水的方法に近いのではないか。

 実はこの方法には早くから日本人は気がついていた。たとえば道元は「冬の美」を発見した。冬の風景には何もない。だからこそ花や緑や紅葉を、春でも秋でも自由に想像できることになる。
 春と秋を感じるために道元は、あえて冬に日本の美を見出そうとした。これは連歌師・心敬の「冷えさび」にも通じる。心敬は本当の「さび」や「わび」、また数寄も「冷えさび」から始まるともいった。これは劇的な美の発見の方法である。つまり「ないもの」に美を感じる。「ないもの」をあえて造るという方法である。

 日本の茶の湯を完成させた村田珠光・武野紹鴎・千利休の三人が、茶の心を代表する和歌として愛唱したのが、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」である。定家の見た風景は何もない浜辺。だが、何もないからこそ花と紅葉を感じることができできる。こういう心が天心の不完全への崇拝にもつながっているのではないだろうか。

 この方法を一言でいうと「引き算」である。うまく引くことによって何かが立ち上がる。
 イスラエル出身のサイードという哲学者が、「プレゼント・アヴセンティーズ」(そこに存在する不在)と言っている。本来いるはずなのにいない。するとその人の面影が浮かんでくる、そういう意味だ。
 今日になってようやく民族や国家において、「プレゼント・アヴセンティーズ」が大きな問題になってきたが、しかし実は以前から小さな枯山水や茶室などで、我々日本人はそれを発見していたはずなのである。
 そう考えてみると、天心が東洋および日本の覚醒を説いた意味が、単なるナショナリズムで片付けられなくなるのではないだろうか。

 フェノロサは狩野派に注目した一方で、文人画を批判した。このこともあって、明治時代に文人画は廃れてしまった。これに対し天心はむしろ文人画に注目した。そこには日本には「書き込まない美」があるという天心の思いがあった。天心はそういう手法の中に、世界に問うべき日本の美の方法・メソッドを見出したのではないだろうか。
 江戸時代の絵師土佐光起は『本朝画法大全』で、「白紙も模様のうちなれば、心にてふさぐべし」と述べている。白紙からは今まさに模様が出ようとしているのだから、あえて何もかかなくても、心で描けばよいではないかという意味である。日本の美とはまさにこれではないだろうか。そしてこの思いは、天心の発見した「故意に何かを仕立てずにおいて、想像力にてこれを完成させる」といった手法に通じている。

 最後にセイゴオは、天心が作った雑誌『國華』に掲載された長谷川三郎の文章を紹介した。長谷川は、イサムノグチの次のような言葉を書き留めている。「日本人はフェノロサと天心の違いを発見することがこれから課題になるのではないですか」。
 日米両方の血を分けたイサムノグチにして、フェノロサと天心の違いは最大の課題だったのだろう。その課題は今も我々日本人にとって重要なテーマなのである。

 30分という短い時間に、天心の見つめた「日本の方法」の核心を説いたセイゴオに大きな拍手が寄せられた。

 その後も熊倉功夫さんの「茶道論の系譜から見た『茶の本』の異質性」、マンフレッド・シュパイデルさんの「天心とブルーノ・タウト」と二つの講演が続き、第一部が終了した。第二部は内外の研究者によるパネル・トーク「『茶の本』再考」。
 およそ半日にわたったシンポジウムは、天心の思想、そして日本の空間をめぐる濃密な展開となった。

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控え室で天心の空間に思いをはせるセイゴオ・磯崎新さん・和多利志津子さん


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2006年9月 1日

Key Word 砂漠王とオートバイ

 サン=テグジュペリを載せたまま失踪したP38ライトニングがマルセイユ沖で発見されたというニュースにそわそわと胸騒ぎを起こしたセイゴオが、もうひとつ、なんとしてでも見たがっていた「事故機」があった。アラビアのロレンスことT・E・ロレンスが事故死したときに乗っていたオートバイ「1932年型SS100(ジョージ7号)」である。

 ロレンスは砂漠でのミッションを終えイギリスに戻ってからオートバイにぞっこん入れ込んで、もっぱらブラフシューペリア社のマシンばかり7台を乗り換え愛好した。マシンには創業者ジョージ・ブラフにちなんだ「ジョージ」というニックネームを付けていた。
 1953年、7代目のマシンとなる「ジョージ7号」を駆って郵便局へ行く途中、少年の乗る自転車に接触し転倒、頭部を強打して、6日後に昏睡状態のまま死亡した。あまりにもあっけない死に方だったが、これが映画「アラビアのロレンス」の冒頭にも描かれた歴史的“交通事故”なのである。

 1989年5月、池袋西武美術館で「アラビアのロレンス展」が開催されたとき、ロレンスが所有していたジョージ5号が展示された。残念ながら「事故車」ではなかったのだが、もちろんセイゴオは会場に駆けつけている。この展覧会は1988年12月からロンドンのナショナル・ポートレイト・ギャラリーで開催されたものの巡回展で、そのカタログの日本語版に、セイゴオは『オクスフォードの砂漠王』というエッセイも寄稿している。

 コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』にも取り上げられているように、アラブの反乱に一身を投じたT・E・ロレンスは、どこか根クラのヒーローだった。女性と一度も交わらなかったとも、マゾヒストだったとも言われる。セイゴオのエッセイは、展覧会場で販売される日本語版カタログに寄せられたものとあって、「アラビアのロレンス」の歴史背景の解説を充実させたものになっているが、そのラストで独自にロレンスの「内なる反乱」について触れている。

『知恵の七柱』が端々にあかすように、あるいは知己友人への数々の手紙があかしているように、いつだってロレンスは極端な自己否定にこそ極端な自己高揚があることを盲信していた。肉体と精神をひたすらへとへとにすることが、ロレンスの唯一の原理であったのだ。  ロレンスは「自己の内乱状態」というものを自身の最大のデノミネーターとしていたということである。ロレンスが、つねに自己を歴史の中にゆらぎつづける一個のモレキュラー(分子)として位置づけられたということは、逆にロレンスに、いつだって大いなるデノミネーター(分母)に対する永劫回帰の準備があったということなのである。それを私は、多少は自分の気持ちをこめて「デノミネーター・コンプレックス」とよぶことにしているのである。(『オクスフォードの砂漠王』)

 いったいセイゴオがいつからなぜロレンスに関心を持つようになったのか。その“男ごころ”についてはこのエッセイにはまったく触れられていなのだが、『遊学』のロレンス論はその“男ごころ”が遠慮も会釈もなく狼藉をはたらいているようなものになっている。なんといってもタイトルが「オートバイの繊維学」なのである。その繊維学はしかも、ロレンスにではなく、ひたすらにピーター・オトゥールに向けられているのである。

それがピーター・オトゥールでなかったら、これほどロレンスに傾倒しなかった。次に、それがオートバイで死ななかったら『知恵の七柱』を読んでみる気にはならなかった。それほどにデヴィッド・リーンの映画『アラビアのロレンス』が私にもたらした感興は深かった。(『遊学』)

 実際のT・E・ロレンスは背が低くて短足だったらしいが、セイゴオにとってのロレンスは、砂漠の民の真っ白な“花嫁衣裳”に身を包んだ長身痩躯のピーター・オトゥールその人の姿として焼きついてしまったらしい。

ピーター・オトゥールの“繊維学的演技”のなんと感動的であったことか。私は新聞広告や看板にみる『アラビアのロレンス』のプロフィールから、たんに勇猛果敢、非常冷徹のがっしりした体躯と鋭い眼光の男を想像していたのであるが、これはすっかりうらぎられた。神経質な動作とめったに外には見せない決意の凝縮、つねに不可視の恐怖に脅えているような手と、思考のよどみを象徴するかのような青灰色の眼。ピーター・オトゥールはロレンスの心理の外観というものをのべるためのあらゆる技法を揃えている軟体機械(ソフト・マシーン)であるかのようだった。(『遊学』)

 「ジョージ5号」を見るために西武美術館に駆けつけたセイゴオは、きっとそこにまたがるロレンスの面影を、そっくりピーター・オトゥールの面影として感じ、堪能したのだろう。そして、たった一人分の加速機械であるオートバイで散っていったロレンス=オトゥールを思うとき、やはり一人分の機械に乗って事故死したサン=テグジュペリのことも思わずにいられなかったはずである。

日本の武石浩波、フランスのサン=テグジュペリ、イギリスのロレンスに代表される呆気ない死に方は、消失としての死の源流である。そこには生理学と哲学との癒着による人生観がもののみごとに払拭されている。一人はカナキン張りの飛行機で、一人は郵便配達便で、一人は昆虫のようなオートバイで、ただただ死ぬべくして死んだ。むろんかれらが事故死をしたから美化されるわけではない。生きながらえていても事情は同じだ。かれらの死線はいつだって自身の生態圏を離れた「横超の境界線」にある。あとは一束の宇宙線がその死線を震わせるかどうか、それだけで生死はどちらにもころんだのである。(『遊学』)

 このように、『遊学』のロレンス論は、アラブの反乱にもイギリスの二枚舌外交にもロレンスの苦痛にも触れることなく、ただただオトゥールへの賛美と、機械と運命をともにした男たちへのオマージュだけが綴られた異色の一篇となっている。だからこそ、ここにはセイゴオの“男ごころ”の真相が疼いている。そのように考えてみたくなる。
 どうやらそれは国家や革命やナショナリズムや、あるいは「覚悟の死」や武士道や騎士道といった言葉ではないもので綴られるべきものらしい。機械や昆虫や鉱物やオブジェを偏愛し一心同体になってしまう少年を手がかりにしか掴み得ない、はかない熱情のようなものらしい。
 そしてきっとまだ見ぬサン=テグジュペリとロレンスの「事故機」こそ、絶対少年セイゴオにとってこの世でもっとも極上の恋情オブジェであり、数寄の加速装置なのだろう。

男の倫理をナショナリティの血潮と同種にしてしまうことに反対したい。もっと唐突に男性の倫理というものはやってくるものなのである。そう、オートバイの繊維に疾駆して――(『遊学』)
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写真:『アラビアのロレンス』 ジェレミー・ウィルソン著  1989年新書館
巻頭に松岡のエッセイ「オクスフォードの砂漠王」。

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Key Word あなたの胸でプロペラーが唸っている

1944年7月31日、いまだ第二次世界大戦の戦火が激しいなか、サン=テグジュペリはコルシカ島から南仏グルノーブルおよびアヌシー方面の偵察飛行あるいは出撃に飛び立ったまま行方不明となり、そのまま大空の不帰の人となった。44歳だった。この年、ぼくが生まれた。(千夜千冊第16夜 サン=テグジュペリ『夜間飛行』)

 『星の王子さま』が好きだという大人に会うと(なぜか世の中にはそういう大人が多いのである)、松岡正剛はたいてい「『夜間飛行』や『人間の土地』は読んだの」と聞く。「読んでません」などと答えようもの なら、「ふうん」と軽くあしらってしまう。「読みました」という殊勝な答えに対しても、「胸中の飛行精神がよかったでしょう」とうなづくだけ。ことサン=テグジュペリの“愛し方”に関しては、セイゴオのリトマス試験紙は厳密だ。

 2000年6月のこと、当時松岡正剛事務所で発行していたプライベートメディア「一到半巡通信」に、セイゴオは次のようなことを書いている。

「フィガロ」誌によると、サン=テグジュペリが偵察旅行中に行方不明になったままの飛行機P38ライトニングの残骸が、マルセイユ沖の海底で発見されたらしい。発見したのは潜水士。これはすごい。ぼくはどこかに急に飛んで行くということをしないのだが(とくに外国には)、これだけは見たい。なんといってもサン=テグジュペリがコルシカ島バスティアから飛び立ったまま消えたのは、ぼくが生まれた1944年のことなのだ。つまりぼくはP38で消えた男に代わって生まれてきたようなものなのだ。うーん、見に行きたい。

 そもそもセイゴオは飛行機嫌いなのである。なんでも耳管が人一倍繊細で、気圧が高まるとたちまちアタマが鬱血したように痛み出すらしい。それをまぎらすために機内でも積極的に吸っていたタバコが全面的に禁止されるようになってからは、国際線には極力乗らず(海外にはよほどのことがない限りは行かない)、国内線すら避けるようになっている(四国・九州だって陸路で行きたがる)。そのセイゴオが、「フィガロ」を読んですぐにでも“飛んで”行きたくなったというのだから、これはもう病膏盲・処置なしの絶体絶命のサン=テグジュペリ熱である。けれども、これこそ稲垣足穂伝来の、スジガネ入りの「プロペラーな精神」なのである。

長いあいだ、この飛行家サン=テグジュペリの文学や生涯に疎かった。それが急激に近しくなったのは、サン=テグジュペリが1900年の生まれで、稲垣足穂がやはり1900年の生まれで、二人ともがこよなく飛行機を偏愛していたという符牒に合点してからのことである。  『夜間飛行』は、そうしたサン=テグジュペリの「飛行する精神の本来」を描いた感動作である。(略)サン=テグジュペリ以外の誰もが描きえない、まさに「精神の飛行」の物語なのである。航空文学の先駆と文学史ではいうけれど、そんな甘いものではない。(千夜千冊第16夜 サン=テグジュペリ『夜間飛行』)

 セイゴオの言う「飛行する精神の本来」とは、ハリウッド映画が描くような飛行機野郎のヒロイズムや、うかつに自由や開放を欲しがるヤワな性根とは無縁のものだ。千夜千冊には、この意味を知りたいのであれば、さらにサン=テグジュペリの『人間の土地』を読むべきであること、そして『星の王子さま』は『人間の土地』の童話版として読むべきだということを綴っている。

そこで謳われているのは、飛行機というものは農民が大地にふるう鋤のようなものであって、空の百姓としての飛行家はそれゆえ世界の大空を開墾し、それらをつなぎあわせていくのが仕事なんだということである。とくに、大空から眺めた土地がその成果をいっぱいに各所で主張しているにもかかわらず、人間のほうがその成果と重なり合えずにいることに鋭い観察の目を向けて、人間の精神とは何かという問題を追っていく。そこには「人間は本来は脆弱である」という洞察が貫かれる。だからこそ人間は可能なかぎり同じ方向をめざして精神化を試みているのだというのが、サン=テグジュペリの切なる希いだったのである。(千夜千冊第16夜 サン=テグジュペリ『夜間飛行』)

 サン=テグジュペリは少年時代に飛行機の虜になり、やっとのことで郵便飛行機のパイロットとなってからは、志願して南米やアフリカへの路線を開拓した。まさに大空を開墾した。今日からすれば古典的な極小のプロペラ機で飛んでいたのだから、失速すればたちまち不時着か運が悪ければ墜落、いやもっと言えば、乗れば「いつかは墜ちる」宿命を抱いて飛び続けていたとも言える。実際にも何度も大事故に遭遇したが、むしろ危険な冒険飛行にこそあえて挑戦し続けた。そうやって生死の地平線すれすれを飛びながら「人間の土地」を洞察し、精神の空隙を耕し続けたのだ。
 セイゴオが「航空文学の先駆と文学史ではいうけれど、そんな甘いものではない」と言うのはそういうサン=テグジュペリの生きざまを思えばこそだった。「飛行する精神の本来」とはかくまでリスクの高い存在学のことなのだ。そして、そんな魂の唸り音をいつも胸に響かせようとする心意気が、稲垣足穂の「プロペラーな精神」なのだ。
 そのことをセイゴオは次のように著している。1999年に『別冊太陽』に寄せた稲垣足穂についてのエッセイである。

タルホのヒコーキ・エッセイについては、とくに評論する気などないが、その視線がみごとなまでに初期の飛行機だけに、ファルマンやブレリオやカーチスの機械学や、徳川好敏や武石浩玻の飛行精神の投企性だけに絞られていることが、なんといっても真骨頂なのである。機械とともに大空に飛び出せば、それが直截の存在の投企であって、すべからく死の詩学とも直結していたということを、また、そのような光景を心に描いて空中に放電してしまう夢想に賭けた一連の魂があったということを、わざわざ映画『タイタニック』のように莫大なお金を賭けないで、耳元で伝える方法があってもいいはずである。タルホはさすがにそこを一言で「あなたの胸でプロペラーが唸っている」と書いたものだった。

 この「プロペラーな精神」は、もちろんセイゴオの胸にも唸っている。しかも、羽田や成田で「やっぱりイヤだ。乗りたくない」などと真顔で言い出してはスタッフを困らせる飛行機嫌いのくせに、ときどき「夢」のなかでは飛行を楽しむことがあるらしい。セイゴオは大人になってからも「空を飛ぶ夢」を見ることのできる、稀なる絶対少年らしいのだ。
 ただしその「空」は、サン=テグジュペリよりもさらに「人間の土地」に近いところにあって、せいぜい地上2~3メートルあたり、家々の軒先のあたりを遊泳し続けるのだと言う。あまりにつつましい飛び方だし、たちまち墜落してしまいそうなのだが、いつまでも醒めてほしくないほどの幸福感に包まれた夢なのだということだ。

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写真:稲垣足穂・中村宏『機械学宣言―地を匍う飛行機と飛行する蒸気機関車』1970年仮面社
松岡が編集に携わった。表紙に銅版が使用されている。

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