セイゴオちゃんねる

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2006年3月28日

Report 未詳倶楽部「遊躍母系伝説」次第 其之二

桜な言葉を刻んで結んで

 未詳倶楽部「遊躍母系伝説」二日目は、次第8段目のセイゴオのソロレクチャー「にっぽんイデオロギー抄」ではじまった。近世日本が、「漢と和」という両界をどのように編集したのか、またそれが現在の日本にどのような問題を投げつけてきたか。朝9時からいきなりの高速歴史塾となった。語るセイゴオも聞く会員たちも明らかに寝不足顔なのだが、昨日の高揚が残っているのか目が爛々。

 続く第9段は、講義のなかで語られた水戸光圀と朱舜水ゆかりの枝垂れ桜のもとで花見弁当を広げ、さらに第10段目ではうってかわって「プリンティング・ワークショップ」の次第へ。訪れた印刷歴史博物館では、ずらりと白髪妙齢の印刷工たちが待ち受けていた。たちまち博物館の一角にある印刷工房に案内され、黒い前垂れを着け文選箱を持たされて、壁面いっぱいに分類整理された鉛活字の前に立たされる会員たち。その場で俳句をひねって、それを自分で活字を組んで栞に刷るというワークショップなのである。

 すでに当サイトの記事「金属サーカスの日々」で紹介したように、金属活字と印刷工は編集者セイゴオにとっての原風景であり、また杉浦康平さんとの出会いの原点である。そのことを体感してもらいたいというのがワークショップの意図。キーボードを打てばわずか数十秒で印字できてしまう五七五の十数文字を、1時間かけて活字を組んで印刷する。12ポイントの金属活字の感触を味わいながら小ゲラに組んで、印圧を確かめながらプレスする。

 指導にあたった印刷工たちも、40人もの団体に「漢字カナ交じり文」を組ませるのは初めてとあって必死である。通常の体験コースは英文の「ことわざ」を見本どおりに組むだけなのだ。英文ならば26文字しか使わないで済むが、「漢字カナ交じり文」ともなると文字を拾うだけで大仕事。未詳倶楽部の行くところ、会員たちにとってつねに未知の冒険なのだが、迎え入れる側もたいていこのような無謀な試みに立ち会うことになる。

 しかし心配されたほどの混乱もなく、それぞれが思い思いに詠んだ句が、1時間ほどで清楚な栞になった。インクが多すぎて文字がにじんだり、インクが不足してかすれたものも多かったが、「それが活字印刷のいいところなんだよ。それぞれに味がある」と、亭主もうれしそうに会員に声をかけていた。

 思わぬワークショップに精根を込めたそのあとは、第11段、江戸川橋を抜けて都内屈指の密教寺院・護国寺へ。夕日に映える八分咲きの桜に導かれ、元禄年間に造営された本堂の中に進むと、そこには昨日の杉浦ワールドを髣髴とさせる五十数体もの密教イコンたち。内陣にまで足を踏み入れ、普段は非公開の本尊「如意輪観音」を特別に拝ませていただく。

 こうして約27時間におよんだ「遊躍母系伝説篇」は、護国寺本坊内の和室「八葉」でいよいよ締めくくりの第12段を迎えた。まず会員たちが栞に刻印した俳句が披露されると、無定形も字余りもなんのその、いずれも杉浦コスモロジーに桜色の気分を重ねた力作揃い。
 最後は亭主セイゴオがしみじみと語った。
「杉浦さんのハイパーイコノロジカル・トークを聞いている最中から、ずっと眉間のあたりに杉浦さんの声や言葉やイメージが漂っている。このことをどんなふうに言えば皆さんに伝わるだろうか。杉浦さんが未詳倶楽部のために尽くしてくれたことはあまりに大きかった。僕はまだまだ手を抜いているな、ということを感じて反省している」。

 亭主の意外な告白が「八葉」の間に立ち去りがたい余韻を残したのか、散会してもしばらくはセイゴオと会員たちの談話が続いた。床の間には、その光景を見守るかのような大日如来の掛け軸。両手が結ぶのは、もちろん智拳印である。

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朝9時から猛烈講義       再び未詳軍団大移動      活字の迷路で立ち往生
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印刷工の技に真剣なまなざし   さよなら三角また来て四角   大日如来に見守られ    

投稿者 staff : 17:19

2006年3月27日

Report 未詳倶楽部「遊躍母系伝説」次第 其之一

ついにお目見えの“あの人”

 3月25日~26日の二日間、東京で未詳倶楽部春季例會「遊躍母系伝説」が開催された。未詳倶楽部は松岡正剛の思索や活動に関心のある人々が集うプライベートクラブで、年に数回、全国各地で例會を開催している。モットーは未知・未定・未満・未萌・未了なるものに敬意を払い勇気を発揮すること。そのため、例會の案内状には集合時間と集合場所しか記されない。毎回あっと驚くゲストが登場するが、その名前も事前には知らされず、プログラムの一切が伏せられたまま進行する。
 ところが今回の例會では珍しく、開催告知でゲスト名が明かされた。それもそのはず、かつてから会員からのリクエストも多く、とりわけセイゴオが未詳倶楽部発足以来8年間、ずっと「いつかはぜひ」と思い続けてきた“あの人”がついにお目見えとなったのだ。“あの人”とは、ほかでもない、杉浦康平さんである。

 ゲスト名は明かしてもプログラムはやはり未詳。しかも今回は初の東京一泊二日コース。セイゴオと事務局スタッフが念入りに準備した次第は、なんと9箇所を廻る全12段構成。第1段は、東京のど真ん中の桜並木のあるリバーサイドカフェ。近郊在住会員はもちろんのこと、札幌・長野・静岡・名古屋・岐阜・京都・大阪・下関・福岡ほか、全国から集ってきた会員たちを、まずはセイゴオ亭主がお出迎え。

 紬、バティック、チュニック、短パンサンダルなどなど、思い思いのハレの衣裳の会員が、坂と文人と芸者で名高い町をそぞろ歩いて、案内されたのはその名も「鳳凰」という名の会場。いよいよ「遊躍母系伝説」の開演、いよいよ杉浦康平さんの登場である。花見気分を切り替えて、持参したノートやメモ帳をたちまち取り出す会員たち。

 未詳倶楽部の面目は、亭主セイゴオの趣向に負うところが大きいが、じつは会員たちのこの学習熱心さにある。未詳例會に招かれたゲストがたいてい「生涯で最高の演奏ができた」「こんなに気持ちよく講義ができたことはかつてない」と驚嘆し感謝するほど、一途な面々が揃っている。だからこそセイゴオはいつも、自分の好みや憧れや敬慕をこの倶楽部に遠慮なくもたらしてくることができた。

 しかし、杉浦康平さんは、そんなセイゴオと会員たちの濃密な空気感さえも、たちまち圧倒してしまった。杉浦さんは未詳倶楽部のために数週間を費やして、膨大なアジア図像コレクションの一大編集をし続けていたのである。図像の組み合わせと組み直しが何度も何度も重ねられた結果、最終的にスライド400枚を2台のプロジェクターで映写する超絶プランになっていった。「それでね、全部やると5時間かかりそうなんだけど、大丈夫かな」とセイゴオに相談の電話が入ったのが三日前のこと、このような長丁場は、杉浦さんといえども初めてのことなのだという。杉浦さんは、未詳亭主セイゴオが愕然とするほどの、未知なる冒険に挑もうとしていたのだ。

 講義に先立ち、杉浦さんは、会員たちに、できるだけ2台のスクリーンの近くに寄って見てほしいと声をかけた。2.5メートル四方の2台の巨大スクリーンに次々と投影されるアジアの図像と杉浦さん独自の図像解読コンセプトワードを全身に浴びながら、また時折身ぶりをまじえて「かたちの意味」を解く情熱的な語りの姿を眼前にしながら、セイゴオも会員たちも、その「知」の懐の大きさに、陶然と包まれていった。

 講義は3部構成で、第1部ではシヴァ神とシャクティ神の合体神にはじまる両性具有のイコンの数々が紹介され、対極するものを融合させるアジアのイメージと生命観が語られた。そのなかで古代ギリシアのヘルメスのシンボルと不動明王のシンボルの擬同型という驚くべき東西のイメージ連想も開示された。
 第2部もまた、男女・日月・生死などの二つの世界をまたぐ「まだら」のイコン・文様から、「マンダラ」の構造図解へといたる、大胆緻密な構成。大日如来の印相である智拳印を実際に手ほどきしながらの「二にして一 一にして多」という杉浦コスモロジーの真骨頂を堪能させられた。そして第3部は本邦初と杉浦さんが言う「ハート地図」図解。これは杉浦さんが神戸芸術工科大学の授業で学生たちに書かせた「ハート形」をモチーフとする図解を、独自に読み解いていくもの。

 滔々とした杉浦ワールドに浸った至福の5時間を終えると、未詳次第は場所を移して5段目の円卓食宴へ。ここでは主客を入れ替えて、興奮の冷めやらぬ会員たちが、ひとりひとりマイクを手に講義の感想をスピーチ。杉浦さんはその一言一言に何度も頷きながら、じっと耳を傾けていた。どんな場でも誰が相手でも、イメージと知への礼節を湛えた杉浦さんの存在が、いっそう会員のなかに染み渡った。
 杉浦さんを拍手で見送った後も、次第は6段、7段と続き、最後は宿泊先のホテルの一室で3時すぎまでセイゴオと会員たちが、体のなかをめぐり続けるアジアの六塵をかわしあっていた。


   
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亭主の手厚いおもてなし       未詳軍団大移動        「鳳凰」に飾られた亭主の書

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智拳印の実践講義     めくるめくハイパーイコノロジー   まだらになって記念撮影

投稿者 staff : 13:37

2006年3月23日

Diary 前代未聞の石舞台が出現

那須の二期倶楽部で今秋柿落とし

 那須のリゾートホテル二期倶楽部では、雪解けとともに「石舞台」の設置工事が再開した。これはオーナーの北山ひとみさんの依頼で3年前から始まった「那須プロジェクト」のひとつで、松岡正剛を核とする文化拠点づくりをめざしている。設計は建築家の内藤廣さん。「建てものからではなく、物語から作りたい」というセイゴオのプランに基づき、昨年は、敷地内の湧水の整備とともにシンボル的な「立床石」が設置された。続いて着手されたのが、野外劇場である「石舞台」。

 「立床石」「石舞台」とも、イサム・ノグチの精神を継承する和泉正敏さんが棟梁をつとめている。「立床石」は立ち姿が観音のようにも鳥のようにも、陽石のようにも見える、高さ2.5メートルほどの巨石。昨年7月7日に、関係者が集って「石開き」の宴が催された。
 「石舞台」はさらに巨大な約10坪ほどの石を6つに割って組み合わせたもの。配置はセイゴオが決め、内藤さんが思案に思案を重ねた結果、石の接合部に那須の空を写し込む鏡面スチールが使われるという前代未聞の設計となった。

 日本のどこにもないものをつくりたい。名づけられ得ないものを形にしたい。北山さん・内藤さん・セイゴオのそんな思いがこめられた「石舞台」は、今年秋には柿落としとなる。

 セイゴオは「石舞台から日本の“結び”の文化を発信させたい。文化の拠点というのは“結び”の場であるべきではないだろうか」と語る。このコンセプトは、今後まだまだ続く「那須プロジェクト」の指針ともなりそうだ。「石舞台」の次は、いよいよ古今の時間を結び、東西の空間を結ぶ「会所」の計画に入っていくことになっている。

(千夜千冊第1104夜『建築的思考のゆくえ』もご覧ください。)

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2004年7月7日 立床石
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九段にある内藤さんの事務所で綿密な打合せが重ねられている


投稿者 staff : 19:35

2006年3月20日

Report 感涙・感激・感門之盟

ISIS編集学校の師範・師範代を迎えて

 2006年3月19日、広尾のレストラン「シェ・モルチェ」でISIS編集学校「感門之盟」が開催された。「感門之盟」は、師範・師範代への感謝と慰労のための修了祝。松岡校長直筆の書と、庭に咲き乱れる草花が特設ステージをいろどり、会場に次々と到着する面々は早くも顔が紅潮している。インターネット上で苦楽をともにした学衆たちも、ナマの師範代と校長に会えることを楽しみに駆けつけ、あっという間に会場はワインでほぐれた100人の歓喜と笑い声でいっぱいになった。

 司会の大川頭取が挨拶に立つと、来場者はいっせいにステージ前の椅子席に移動。いよいよ感門の次第に入っていく。まず13期「守」の師範・師範代のオンステージから。
 最初に「守」運営統括者である富沢陽一郎学匠が「師範代の成長が著しかった。3回、4回と脱皮を繰り返しながら編集指南の技を磨いてくれた」と13期を振り返った。続いて、師範から師範代へメッセージをしたためた「感門票」の贈呈。「女は武士道」がモットーの小清水美恵師範から、「仕事のほかにこれだけ人生をかけられる場所があるものか」と言い切る森美樹師範まで、6人の個性豊かな師範が、心尽くしの言葉を師範代に贈った。その愛情の深さに目をうるませる師範代たち。校長からも、一人一人の師範代に合わせて選んだ文庫(「先達文庫」とセイゴオは名づけている)が、さらに師範たちには直筆の文字絵の色紙が贈られた。

 続いて12期「破」の次第に入ると、校長松岡は紋付の羽織に衣裳替え。「破」の学匠をつとめる木村久美子から、75パーセントという過去最高の突破率(全番回答をすることを「突破」と呼ぶ)の達成が報告された。「破」は応用コースとあって、師範代にはいっそう編集技量が求められる。そのぶん、修了祝いの「先達文庫」も上下巻2冊ずつとボリュームアップする。林雅之師範代には「これからは“逆対応”を習得すべし」というメッセージを込めた『西田幾多郎全集』が、編集学校の“秘密”を追及したい」という渡部好美師範代にはブルフィンチ『ギリシア神話と英雄伝説』が贈られるなど、選本もそれぞれへの編集課題や期待を込めたものになる。

 「感門之盟」の名物は、なんといっても師範・師範代の感きわまった言葉と涙である。ネットの学校でありながら「教室」があり、日々ドラマが起こるリアルな体験を通して、絆を深めてきた師範と師範代。それを暖かく見守ってきた校長や学匠たち。学衆たちはこの日初めて、ISIS編集学校の懐の深さを目の当たりにし、師範や師範代への憧れをいっそう募らせるのである。

 「守」「破」の次第が終わると、2月26日に開講したばかりの「離―校長直伝プログラム・世界読書奥義伝」の担当総匠・太田香保と相京範昭・倉田慎一別当師範代がステージへ。3週間目を終えてすでにメール発言数3000件近い編集稽古と指南の応酬が展開している激闘ぶりがホットに報告された。さらに、師範代養成学校であるISIS花伝所の佐々木千佳所長が登壇し、30人もの受講生を迎えた第3期の成果を報告、編集指南術を指南するという高度な任務を果たした9人の師範たちを紹介した。花伝所師範には、その名前にふさわしく、校長から書画入りの扇子や著書『ルナティックス』が贈呈される。この贈り物には、ISIS編集学校の奥義の芳しさが象徴されている。
 いよいよ3月20日に開講する14期「守」の担当師範代と教室名も披露され、最後は松岡正剛が「校長講話」で締めくくり。編集学校のなかでかわされ、培われている「目に見えない」絆について、「不確定性理論」や、宇宙の「ひも理論」などを引き合いにしながら、多中心世界モデルを持ち出しながら語るうちに、ついついスピーチが熱をおび、40分にもわたるミニレクチャーとなっていた。

 ISIS編集学校は、間もなく開校から7年目を迎える。第1期から蓄積されてきた「知と方法」の伝統はますます深まり、しかも次々とニューフェイスがニューウェーブを生み出していくエネルギーは衰えることがない。松岡正剛がISIS編集学校を愛してやまないのは、師範・師範代が発揮する「一途さ」と「多様性」がかけがえがないもので、類例がないからなのだ。

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投稿者 staff : 02:47

2006年3月16日

Diary  春の千鳥ヶ淵で「册」がほころぶ

セイゴオ、「册」定例ミーティングに出席

2004年7月にオープンした千鳥ヶ淵の「NIKIギャラリー册・九段」は、セイゴオが構成をてがけたブックアートギャラリー。今も定期的にセイゴオと册スタッフが顔を合わせて、企画ミーティングの場を持っている。昨年はさいたま市に2号店「NIKIギャラリー册・浦和」が完成し、現在横浜に3号店を準備中。

ミーティングでは茶室ほどの空間に文庫本が天上まで並べられた書斎“糸宿房”(ししゅくぼう)でセイゴオをかこんで総勢7人の册スタッフが顔をそろえる。ミーティング中お茶好きのセイゴオを気遣って野草三年番茶はじめ「冊」名物のハーブティーが切れることなく振舞われる。ミーティングとともに册スタッフの希望で「千夜千冊」読書会が行われることもある。

「冊」の企画はセイゴオがたてた季題に添って展開される。3月の季題は「ほころぶ」。一般には縫い目や織り目が解けはじめることをいうけれど、本来は桜の蕾がほころぶ、笑いがほころぶというように、堅くとじていたものが開いていくことをさしていると解説するセイゴオ。その「ほころぶ」感覚を生かして、いま開催中の「詩人が描く、高橋睦郎の那須賛歌展」と次回の「版画家山本容子の版画と桜の文庫展」で、どのように「册」に春のおとづれを演出できるか、スタッフからの熱心な相談が続いた。

企画検討後は“桜の香り”と名づけられた桃色と山吹色の金平糖でしばし団欒。鈴木いづみの生きかた(千夜千冊942夜『鈴木いづみコレクション』)や小川未明の世界観(千夜千冊73夜『赤いろうそくと人魚』)を例にしながら、セイゴオが提供する話題はやはりアートと本を重ねるためのヒントとなる。
千鳥ヶ淵は桜の名所。「册」を訪れるのには絶好のシーズンだ。書架のなかに飾られたセイゴオの“書”とともに、「ほころぶ」アートと本をたずねてほしい。

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「遊」をテキストに繰り広げられた編集談義。

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冊集居にあるベンチで一休み

投稿者 staff : 21:08

2006年3月15日

Key Word 赤き光のみなぎらふ

 赤坂ZEREビルのセイゴオ書斎には「WEAR」というルーム名が付いている。その名のとおり、ここが更衣室にもなっている。クローゼットの中のワークスーツやジャケットは黒ばかりだが、ひときわ目立つ赤いマフラーが何本か吊り下げられていて、コートの季節には必ずこの赤いものをとっかえひっかえ首に巻いている。

 セイゴオには赤色エレジーな幼な心の秘密があるらしい。両親に連れられて京都の俳壇「京鹿子」の最年少同人となったのは9歳のときだった。そのころ読んでいた句はあまり覚えていないようだが、次の二句は今もときどき口にすることがある。

  赤い色残して泳ぐ金魚かな
  木の箱にいちごの色を残しけり

 赤色の、しかも残像ばかりを気にする少年だったようなのだ。さらにこんなエッセイも書いている。『眼の劇場』に収録された「鳳仙花とハーモニカ」である。

 ある日、ハーモニカを吹いていたら口元から血が吹き出てきた。なにかの加減でハーモニカの金具が口元か唇を切ったのだろう。ハーモニカは血に染まった。私は驚いたが、どういうつもりだったのかいまでは理由が憶い出せないのだが、庭の奥に咲き乱れていた鳳仙花の一群のところに行き、その血塗られたハーモニカを鳳仙花の根元に埋めた。私はそれで安心したかったのだろうか。翌朝、早すぎるくらいの時間に起き出し、私は庭の奥の鳳仙花を見に行った。赤くなりすぎてはいないかとおもったのである。

 この感受性の鋭すぎる少年は4歳だった。敗戦と同時に東京進出を決めた父の意向で、母と二人だけで暮らした束の間の鵠沼時代の一場面である。松岡正剛の原初の記憶は、生まれ故郷の京都の風物でも、7歳までを過ごした日本橋芳町の芳香でもなく、鵠沼の鳳仙花の赤だったのである。

 そんなセイゴオが、2003年11月、斎藤茂吉の故郷山形で未詳倶楽部を開催したことは、決定的な赤色事件となった。ゲストの一人が「赤色エレジー」のあがた森魚だった。その生歌を堪能した翌日は、もう一人のゲストである田中泯が蔵王連峰を背景に踊り、そこにセイゴオが茂吉の『赤光』から選び抜いた歌を読み重ねた。

 ぼくは茂吉の『赤光』から選んだ歌をポツリポツリと読み挙げていった。できるかぎり無個性に。できるだけ松岡正剛らしくなく。茂吉にしたのは、茂吉の故郷が上山であったことと、きのうこそは田中泯と未詳倶楽部の面々に、茂吉の赤い光を滾らせたかったからだった。(「千夜千冊」第816夜『共同―体(コルプス)』)

 ところが赤色事件はこれで終わらなかった。2年後、今度は田中泯が新国立劇場で『赤光』を踊ることになり、セイゴオに再び選歌とともに、その書を依頼してきたのである。
 
 田中泯のプランに合わせて、一首を畳一畳分もの大きさの書にすることになった。さまざまな書体と結構を試すうちに、石州から特漉きしてもらって取り寄せた100枚の和紙をたちまち書き尽くし、慌てて60枚を追加で漉いてもらった。全身サロンパスで4週間ほど格闘し続けたが、それでもまだ書き上がらない。いよいよ紙も体力も尽きそうになったとき、突然セイゴオは朱墨を使い出した。朱が入ると墨が自由に走り始めた。文字とも画ともつかないものが勢いづいて躍り始めた。これで、ようやく“狙い”が決まった。

 2005年6月3日、新国立劇場小ホール。田中泯とともに、7枚の書が舞台を上へ下へ、前へ後ろへと舞った。松岡正剛はどこか落ち着かないようすで、ますます赤方偏移していくダンシング・カリグラフィを、客席から見守っていた。

 入りつ日の赤き光のみなぎらふ 花野はとほく恍け溶くるなり(『赤光』)


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4月20日 どう書こうか頭をかかえるセイゴオ(左)
5月06日 朱をいれてみた(中央)
5月12日 ようやく筆が自由になった(右)

投稿者 staff : 18:43

News 「SIGN DESIGN」シンポジウムに出演

「ことば」のセッションで平野湟太郎氏と対談」

4月28日(金)に開催される日本サインデザイン協会(SDA)"の40周年記念シンポジウムにセイゴオの出演が決まった。この協会は公共・商業を問わずサインデザインにたずさわるデザイナーや教育機関・関連企業なそがメンバーとしてかかわっている。シンポジウムでは、「SIGN DESIGN-伝えたいことは何ですか」をテーマに「ことば」と「もの」の2つの公開セッションが予定されている。セイゴオは「ことば」の部で、デザインディレクターの平野湟太郎氏、環境計画やソーシャルデザインが専門の武山良三氏らと対談する。詳細は当サイトで追ってお知らせ。

【シンポジウム】
日 時:4月28日(金)午後1時~6時  
会 場:自由学園 明日館 (豊島区西池袋2-31-3)
参加費:一般 2000円 (明日館の入館料を含む) 
     会員 1500円
     学生 1000円

【懇親会】
時 間:午後6時30分~8時30分
参加費:5000円

【問い合わせ】
社団法人 日本デザイン協会
東京都文京区本郷3-25-11 池田ビル2階
 電話    03-3818-8537
 ファックス 03-3818-1291
 メール   sda@sign.or.jp
URL    http;//sign.or.jp

【お申込み】
日本サインデザイン協会事務局宛にメールまたはファックスにてお申し込みください。
定員が200人に達し次第、締め切らせていただきます。
事務局よりメールまたはファックスで参加証が届きます。

【お支払い方法】
事前に下記の口座にお支払いしていただくか、当日、会場でお支払いください。

◆郵便振替口座  00150-1-261052 
◆銀行口座     りそな銀行本郷支店 普通 1562145


投稿者 staff : 02:27

2006年3月13日

Report  金沢・クラブ・篝火組

「倶楽部型創造都市」にエールを送る

 3月11日(土)、セイゴオは午前の便で金沢へ飛んだ。金沢市主催の「文化芸術振興プラン策定に向けた市民フォーラム」で基調講演のため。

 このフォーラムは、金沢市が2年越しで進めてきた「金沢市文化芸術プラン」の策定のために広く一般市民からの意見を募るという位置づけのもの。2月に記者発表も行われている。

 セイゴオの演題は「都市とクラブと編集文化」。
 現代の情報経済社会は、18世紀ロンドンのコーヒーハウスから始まった。すなわち、クラブ・サロンの場から、保険・株式会社・小説・新聞・広告・政党などが生み出された。金沢には、そのようなクラブ型の編集文化を、新しく生み出す下地が十分にある。それらに、どのような名前をつけるかが重要だ。
 150人が入る会場は補助椅子まで出て満員。金沢在住の人間国宝から商店街の店主まで、つめかけた老若男女が熱心にメモをとる姿が見られた。続いて、セイゴオは日本の文化や芸術が、歴史的にどのように発生し派生していったかという話に入っていった。

 日本文化の担い手の多くがハンディキャッパーや下層の人々だった。こういう人々は公家や武家による社会制度の外側で独自なネットワークを形成し、政治経済のトップたちと緊密な関係を築いていた。文化や芸術は、1つのしくみやシナリオからは生まれない。もっと重層的な関係シナリオが必要である。セイゴオの話にいっせいに大きく頷く場来場者たち。「きわどさ」「あやしさ」「色っぽさ」がある金沢らしいプランを期待している、とエールを送って締めくくると、熱気に包まれた会場から拍手が沸いた。

 そもそもこの「金沢市文化芸術プラン」は、山出保市長との会談の中でセイゴオが提案した「倶楽部」というコンセプトにはじまった。その後、座長の佐々木雅幸氏(大阪市立大学大学院創造都市研究科長)と副座長の福光松太郎氏(金沢経済同友会副代表幹事)が中心となった策定委員会で議論を経て、編集工学研究所がとりまとめをしたものだ。その名も「倶楽部型創造都市の創出」という、松岡編集工学メソッドを使った画期的なプランになっている。来年度以降の展開が楽しみだ。

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 フォーラム終了後は、福光氏のコーディネートによって、にし茶屋街で大樋年雄氏(陶芸家)、藤舎眞衣氏(横笛奏者)らとともに、懇談会。加賀友禅に島田の髪が艶やかな芸妓衆の舞踊を堪能しながら、「金沢は、東京の粋(イキ)と京都の粋(スイ)の間にある。それをなんと呼ぶか」というセイゴオからの謎かけをめぐって、女将さんまで加わっておおいに盛り上がった。

 懇談会が終わると、雨の中、香林坊へ駆けつけるセイゴオを待っていたのは、ISIS編集学校金沢支部こと「加賀篝火組」メンバー。元新聞記者のマダムが仕切るカフェで、黒糖生姜湯をいただきながら、引き続き町づくりの手法をめぐって熱く語り合った。「10人の会議で7人が賛成なら、そんな企画はやらない。3人が賛成でも考え直す。もし賛成者がたった一人なら、その企画はいける。そいつと徹底的にやる」というセイゴオのプランニング奥義の話には、篝火組一同唖然としつつも、おおいに勇気づけられたようだった。

投稿者 staff : 21:30

2006年3月10日

Diary セイゴオぶひん屋のビロード・トーク

「邦楽とJポップ」など4本を収録

「セイゴオぶひん屋」は、3月1日にオープンしたimpress TVの新チャンネル。隔週更新の無料コンテンツ「天鵞絨(びろうど)」とバラエティ豊かな有料コンテンツの2本立て。

今日は、4月後半から放送予定の「天鵞絨(びろうど)」の収録が行われた。場所は赤坂ZEREビルの「世界読書の間」(通称PIER)。
撮影現場では特製書棚「燦架(さんか)」が組まれ、セイゴオがテーマに即して選んだ本をディスプレイ。その本の並びが語りのシナリオになる。マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』を基点にメディア問題のポイントを解説する「情報学」。日本語や日本のシステムについての内側の目と外側の目を対比させる「現代日本の問題」。最近の中国の本づくりの心意気を紹介する「チャイニーズ・エディトリアル」。そして4本目の「邦楽とJポップ」では、扇子を使いながら日本の間拍子を実演。

夜店の香具師のように手を変え品を変え本の魅力を語るセイゴオ。中国は中国らしく、邦楽は邦楽らしく、しかもテーマごとに衣装と小道具を変える“コスプレ”には撮影スタッフもビックリ。

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マオ・キャップをかぶって中国を語る。


■番組名:セイゴオぶひん屋
■URL :http://impress.tv/im/article/sgb.htm
■更新頻度:無料番組は隔週金曜日に1タイトル追加
        有料番組は毎月第一金曜日に1シリーズ追加
■メディア種別・声域・サイズ:
       無料・有料いずれも、Windows Media 300kbps のみ 320x 240pxl
■料金(有料コンテンツ)
    1タイトル200円から。1シリーズ1500円から。


投稿者 staff : 01:30

2006年3月 9日

Key Word 金属サーカスの日々

 10年ほど前のこと、珍しく昼間のスーパーマーケットに買い物に行ったセイゴオが、戻ってくるなり「すごいレジ打ちのおばさんがいたんだよ」と眼を輝かせて話し出した。目にも留まらぬ速さでテンキーを打ちまくり、あっというまに商品を整然と袋に詰め込んでくれたのだという。「それがもう、速いのなんのって」。世界一の早撃ちガンマンに会ったとでも言わんばかりに興奮していた。
 かつて日本では職人のことを「手人」(てひと)と呼んでいた。セイゴオはこの「手人」の「手」が大好きなのだ。京都の悉皆屋に育ち、たくさんの手人に出会った生い立ちが関係しているのかもしれない。きっと「手」を観察するのが好きな少年だったのだろう。プロたちの手ばかりではない。母親がナイフで鉛筆を削りあげていく「手」や、父親が火鉢の灰を静かにつつく「手」も憧れをもって見つめ、それを真似ようとしていたと言う。

九段高校時代に「新聞部」に入ったときも、紙面づくりや編集さのおもしろさに目覚めるよりも先に、印刷所の手人たちに夢中になったようだ。そのことを『遊学』(中公文庫)のグーテンベルクの章に微細に綴っている。「金属サーカスの日々」というタイトルで、グーテンベルクのことではなく組版職人や鉛活字のことばかりを書いている。

 黒いゴムの前垂れをしてピンちょ(ピンセット)片手に大小の鉛を相手にとりくんでいる組版工の人にまじり、これを手伝うのがたのしみだった。

(略)組版は天を手前にしておこなわれる。組版のお兄さんがたは「このほうがね、活字が読みやすいんだよ」と教えてくれたけど、しばらくはこの「裏文字の活字を天地さかさまにして読む術」が不思議でならなかった。この職能は、そのころの私にはレオナルドの鏡文字などよりよっぽどスペクタクラ・パラドクサレルムにおもわれた。

さらに驚くべきは組版の早さだ。柔らかい物体をつかむにこそふさわしいと思いこんでいたピンセットが、まるで生きた指先のように冷たい活字やインテルを操るのは、組版台上の金属サーカスというにふさわしい。

 こうして活版印刷の醍醐味を覚えて生涯一編集者を志したセイゴオは、ついに杉浦康平さんと出会う。杉浦さんこそ、セイゴオがもっとも長期にわたって、驚きをもって観察し、憧れ、慕いつづけた手人だった。

 そのころ杉浦さんは・・小さな円形計算尺で版下指定をしていた。まるで数理学者のようだった。指定はスタビロの色鉛筆の深紅と臙脂。字は小さくて、間架結構が美しい。当時のぼくには、その計算尺と赤紫の文字が杉浦目盛と杉浦色というものだった。また杉浦さんは・・葉書より小さなカードを脇に何枚かおいていて、何かを思いつくとメモを必ず簡略なドローイングにしていた。それもやはりスタビロの色鉛筆。すべてはドローイング・メモ。走り書きは一度も見たことがない。なんであれ、丁寧に扱うこと、とくに本のページを繰るときは――。(「千夜千冊」第981夜『かたち誕生』)

 いまもセイゴオはよくスタッフに杉浦さんの動作を再現して見せる。デジタル世代のエディターやデザイナーには、杉浦さんの「プリンティング・コスモス」のディテールが伝わりにくくもなっている。それでも、ほんのちょっと「丁寧」ということを教えるために、杉浦さんがどんなふうに本を机に置き、どんなふうに姿勢を正し、どんな手つきで頁を繰るのかを、真似て見せている。
 
 そしてまた、松岡正剛が自分のことを「編集職人」と言うときは、ただ言葉を編み、デザインを指示することの徹底を表しているのではない。著者として初校や再校に向かうときも、赤入れの書き込みの位置から引き出し線の勢いにいたるまで気をくばり、どんなにゲラを真っ赤にしようともそれ自体が整然と美しく見え、しかもその作業が段取りよく高速で進むことにもこだわっている。おそらく印刷所の組版工の鮮やかな仕事ぶりが、またそれ以上に杉浦さんのドローイングの間架結構が、セイゴオ・テンキーのなかに生きているのだ。

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手の配置、ペンをもつ位置にもこだわるセイゴオ(撮影:中道淳氏)

投稿者 staff : 18:53

2006年3月 8日

Dairy 「千夜千冊」更新そろそろ終了か

出版化作業は次の山場へ

 今年はじめからかかりっきりになっていた『千夜千冊全集』の初稿の赤入れがようやく終わった。とはいえ出版まではまだまだいくつもの山場がある。今後は第二稿の赤入れ作業が1日に数百ページものペースで続く。並行してWEB「千夜千冊」更新のための執筆もし続けてきたが(現在1123冊となっている)、これらもすべて全集に収められることになっている。そろそろWEB更新は終了となるようだ。
 そんな“千夜漬け”のセイゴオを、求龍堂の「千夜千冊全集」担当の鎌田恵理子さんと鹿山芳明さんが、ミモザの花束をもって打合せがてらの陣中見舞い。3月8日はイタリアでは「ミモザの日」なのだそうだ。(ただし本来は女性がミモザを贈られる日だとか)。

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全集の体裁を詰めるセイゴオと鎌田さん(中央)と鹿山さん(右)

 春色黄色の花を愛でつつ、レイアウトや「索引巻」の綿密な打合せも行われた。1300ページを越える大著7冊分の校正作業を担ってきた鹿山さんは「ぼくの頭はすっかりマツオカセイゴオになっていますよ」。装丁を担当する福原義春さんからも次々とアイディアが届き、セイゴオを驚かせている。


投稿者 staff : 01:59

2006年3月 7日

News 新宿ゴールデン街で「編集文化と日本人」を語る

精神分析医・藤田博史氏主宰の対談シリーズ

4月20日(木)19:00~22:00、「藤田博史・マンスリー連続対談シリーズ」にセイゴオが出演する。場所は、歌舞伎町花園ゴールデン街の一角にある異色バー「CREMASTER(クレマスター)」。精神分析実験バーと呼ばれている。オーナーは精神分析医でジャック・ラカン研究家の藤田博史氏で、定期的に「マンスリー連続対談シリーズ」を開催している。今回はセイゴオをゲストに「編集」をテーマに日本を深く広く語り合うという試み。定員は10名。電話申込予約。←満員御礼です(3/13)

※これまでのゲスト:精神科医・香山リカ氏、作家・多和田葉子氏、美術家・川俣正氏、そして映画監督・押井守氏ほか。


日 時:2006年4月20日(木)19:00~22:00
場 所:カフェ・バー「CREMASTER(クレマスター)」2階
      (東京都新宿区歌舞伎町1-1-5 花園ゴールデン街)
定 員:10名
入場料:2000円(1ドリンク付)
予 約:電話受付
      ■ユーロクリニーク文化部 電話 042-308-7637(10:00~19:00)
      ■クレマスター 電話 03-3203-3620(19:00~23:30)


投稿者 staff : 03:41

2006年3月 6日

Diary ISIS編集学校「伝習座」の一日

セイゴオ、14期「守」を担う新師範代を激励

3月4日、ISIS編集学校の第44回「伝習座」(師範代研修会)が虎ノ門で開催された。「参加者は3月20日に開講する第14期「守」(入門コース)の師範代13人。いずれも、編集学校のコーチ養成機関「花伝所」で専門的なトレーニングを積んできた精鋭たちだ。

ISIS編集学校の師範代になると、インターネット上の「教室」でほぼ毎日、十数人の学衆(生徒)が取り組む編集稽古に指南をする。師範代は、編集学校のカリキュラムに通じていることはもちろんのこと、学衆一人一人の力量に応じて適切な指導やアドバイスができるだけの判断力や対応力が求められる。「伝習座」は、そのための実践ノウハウの総仕上げを、経験豊かな師範から直接伝授する場なのである。

また「伝習座」は、松岡正剛校長が直々に、編集学校の基盤ともいえる編集思想や方法論を師範代に伝授する場でもある。この日も90分にわたり、知識と理解の関係とその間をつなぐ編集工学について講義を行い、13人の師範代を激励した。

午前11時から夜8時まで、およそ9時間にわたる伝習座プログラム。この時間の長さも密度も編集学校開校以来の伝統である。さらにその後赤坂で懇親会も行われ、師範代たちは夜半まで、これからの教室運営の抱負を熱くかわしあっていた。

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目の前のペットボトルを例題に講義をするセイゴオ。

編集学校14期「守」申込受付中

投稿者 staff : 20:02

2006年3月 3日

News デビュー時代を振り返って

3月5日(日)付けの東京新聞「私のデビュー時代」にセイゴオが登場。人生におけるさまざまなデビューを当時の思いとともにつづった1200字コラム。雑誌デビューの「遊」、著書デビューの『自然学曼荼羅』(工作舎)、工作舎から独立後はじめての著書『空海の夢』(春秋社)、文庫デビューの『遊学Ⅰ・Ⅱ』など。なお、デビュー当時のセイゴオの写真とともに掲載予定。

投稿者 staff : 02:41

2006年3月 2日

Key Word 渋茶には塩煎餅の冬を添え

 「遊」編集長の松岡正剛といえばヒゲの強面だった。そのヒゲを剃らせたのは、松岡事務所創設メンバーの一人で今の編集工学研究所代表の渋谷恭子だった。以降、渋谷の美意識は松岡事務所に強固に受け継がれ、執筆のために数週間篭ったあとなど、無精ヒゲをそのままにしたがるセイゴオの“気分”はスタッフに却下されつづけた。

 いまのヒゲは、一昨年前の胃癌の入院・手術を機にのばし始めたもので、すでに1年以上になる。それでなくとも皮膚感覚の鋭い松岡正剛のこと、病後とあっては剃刀を肌に当てることなど強いることもできず、当分は不問にしようということがスタッフ間の暗黙の了解となってきた。痩せて古武士のような相貌になったせいか、長めの顎ヒゲがすっかりなじんできた。

 実年齢より10歳以上若く見られることが多かったセイゴオだが、いつも「年相応」か、それ以上の年齢に見られることを望んできたようなところがあった。20代のころから老人に憧れてきたとも言う。老人どころではなく耄碌にさえ憧れていた。
 そういえば、「ヒゲを剃れ」と迫るスタッフに「君たちは“やつし”がわからないのかなあ」と嘆いたことがあった。“やつし”は関西弁の「ええカッコしい」の“やつし”ではなく、「その意気=粋や意気地に入っていきたいと思わせる風情をわざわざ外して見せること」(『日本数寄』)なのだと言う。たいへんな高踏戦術なのである。

 セイゴオが“やつし”の代表の一人と考えているのは、おそらく永井荷風だろう。2001年12月28日の「千夜千冊」、すなわち21世紀最初の年の締めくくりで、『断腸亭日乗』を取り上げ、荷風が若くして老人をめざしたこと、『日乗』は老人化計画のための創作だったろうこと、こんな荷風を言い表すのにぴったりな言葉が“やつし”であるということを書いている。
 この“やつし”はしかし、セイゴオと荷風とでは心得が変わるらしい。

 荷風自身がつかっている言葉から『日乗』の荷風にふさわしい言葉を見つけたらどうかということにもなるが、これも容易ではない。ぼくはとりあえず『日乗』から拾って「悵然」という言葉ではないかと見当をつけた。いかにも荷風的な立心偏だ。ちなみにぼくはどうかといえば、「絆然」。

 荷風の「悵」と、松岡正剛の「絆」。立心偏の“やつし”と、糸偏の“やつし”。これはさしずめ「逸民」と「遊民」の違いとでも取ればよいのだろうか。あるいは意気地を羽織ってみせるか、履いてみせるかの違いなのだろうか。

荷風 長らへてわれもこの世を冬の蝿
玄月 渋茶には塩煎餅の冬を添え

 それにしても、ヒゲはすっかりのびたが、近頃のセイゴオは肌艶がいい。「手術のおかげでいちだんと若返ったんですな」などまで言われて、あわてて「でも痩せたでしょう」と切り返している。老人化計画はなかなか思うように進んでいないらしい。

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千夜千冊の執筆には渋茶がかかせない

投稿者 staff : 18:03

2006年3月 1日

News インプレスTV「セイゴオぶひん屋」開局!

第1弾は「複雑系」と伝説の雑誌「遊」

 3月1日、インプレスTVチャンネルに「セイゴオぶひん屋」がオープンした。インプレスTVは、2000年に開局したインターネット放送局。ビジネス情報やエンタテインメント、教育関連など豊富な動画コンテンツをリアルタイムとオンデマンドで提供している。

 「セイゴオぶひん屋」は、無料コンテンツ「天鵞絨(びろうど)」と、バラエティ豊かな有料コンテンツの二本立て。

 「天鵞絨(びろうど)」では、赤坂ZEREの「世界読書の間」(通称PIER)で本を駆使して古今東西のテーマを語るセイゴオの名調子を楽しめる。第1回は「複雑系」(15分)。カオスやエントロピーといった基礎用語とともに、社会や人間の動向と「複雑系」との関係をわかりやすく説く。

 有料コンテンツでは、特別語りおろしや、これまでのさまざまな講義やトークを次々と提供していく。第1弾はオープン記念番組として、伝説の雑誌『遊』をめぐる2時間の談話を一挙公開。創刊にまつわる秘話をはじめ、当時セイゴオが試みた編集的冒険の数々が明かされる。

 「書くこと」と同じくらいに「語ること」を重視してきたセイゴオは、語りのスタイルもモードも千変万化。どんな部品からでも世界を語る、知のエンタテインメントを乞うご期待。

■番組名:セイゴオぶひん屋
■URL :http://impress.tv/im/article/sgb.htm
■更新頻度:無料番組は隔週金曜日に1タイトル追加
        有料番組は毎月第一金曜日に1シリーズ追加
■メディア種別・声域・サイズ:
       無料・有料いずれも、Windows Media 300kbps のみ 320x 240pxl
■料金(有料コンテンツ)
    1タイトル200円から。1シリーズ1500円から。

投稿者 staff : 22:38