セイゴオちゃんねる

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2006年2月28日

Diary CBCテレビ「ときの探訪」10年目に突入

赤坂ZEREで春の番組企画会議

東海三県で毎週木曜日放送中の「ときの探訪」は松岡正剛監修、スポンサーはJR東海。東海道沿線の伝統工芸、祭り、建築、庭園、名所名物を紹介し続けて歴史や由来を丁寧に扱う作りに定評がある。まもなく放映10年目をむかえる。3分間のミニ番組ながら平均視聴率は13パーセント。

長寿の秘密は、スタート時から2ヶ月に1度欠かさず行われてきた赤坂での企画会議。JR東海エージェンシー、CBCテレビ、番組制作会社エキスプレスの面々とセイゴオおよび編集工学研究所・松岡正剛事務所のプランナーが顔を合わせて番組の方針や内容を検討する場だ。

27日の会議では、1月~2月に放映された「無常の響き・梵鐘(京都)」「敦賀町夷子大黒綱引き(福井)」「東美濃山岡・細寒天(岐阜)」など8本の映像を全員で再確認し、続いて5月~6月放映用の企画11本を検討。江戸の職人芸、京都の雅びな工芸、甲府に伝わる傀儡人形の祭礼、奈良の知られざる行事までバリエーション豊かなラインナップのすべてについて、セイゴオがその歴史的背景や目利き的映像ポイントをコメントしていく。「ときの探訪」企画会議の場がまさに日本文化伝承の場なのだ。

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テレビ局:CBC(愛知中部放送)
時  間:毎週木曜日 19:54~19:57
放映地域:東海三県(愛知・岐阜・静岡)

最近の放映番組はコチラ→

投稿者 staff : 03:00

Report 甲府・桜座・面影の国

失われた日本の方法をめぐって


 2月25日、セイゴオが甲府「桜座大学」の第1回ゲストとして出演、2時間にわたって「日本人の面影」を語った。

 桜座は、江戸時代から明治にかけて甲府の文化拠点としておおいににぎわった芝居小屋「櫻座」が、昨年の6月、75年ぶりに中心街の旧ガラス工場の空間に復興されたもの。以来、多くの文化人やアーティストが出演し、内外の交流とともに、独自の文化発信力を育んできた。
 
 開講にあたり桜座プロジェクト・リーダーで舞踊家の田中泯氏が「少しずつ変わりつづける劇場をめざしている」と挨拶。この日のために、昨夜から徹夜で桟敷席がしつらえられたことも明かされた。その席を、地元の桜座ファンと遠方から駆けつけたセイゴオファンが埋め尽くしている。

 トークに先立ち、昨年山梨放送が制作し田中氏が出演したテレビ番組「いつになったら―詩人金子光晴」が上映された。金子の詩「富士」を手がかりとしながら、田中氏がゆかりの地を訪れ富士と対峙し、金子の反骨精神に触れていくドキュメンタリーである。帝国日本の象徴となった富士を憎みつつ、家族とともに反戦を貫き富士の麓に暮らした金子の生きざまを、田中氏が言葉少なくも鋭くえぐりだしていく。

 上映後ステージに登場したセイゴオは、まずその映像の感想を導入に、なぜ「日本人の面影」を語るのか、面影とは何なのかを語りながら本題に入っていった。

  金子光晴が、そして田中泯が教えてくれることは、私たちは何かに直面するのが困難であるということ。人間には最初につけてしまった仮面(ペルソナ)というものがある。直面するためには、その仮面を引き剥がさなければいけない。
  金子は、「一億一心」を唱える大日本帝国に対し「一億二心」をもちだした。1億人が一心であるならば、自分はそれではない一心を持ち出すのだと言った。国家に対して、あるいはいまの日本に対して、何か異議を申し立てるなら、金子のように、直面(ひためん)になって、存在において拮抗するしかないのだ。


 ここから、昨年出演したNHK人間講座「おもかげの国うつろいの国」を特別編集した映像を使いながら、日本が発揮してきた編集文化をとりあげていく。

  私は20世紀までは主題の時代だったが、21世紀は「方法の時代」であると考えてる。日本はいま、日本を語り、日本を考える方法を失っている。日本の面影を取り出せなくなっている。面影とは、目の前のモノが去っても、なおそこに残るもののことである。
  「面影」はうつろいゆくものである。「うつろい」の「うつ」とは、「移」であり「映」であり「写」でもあって、そして「空」でもある。そのようにして変化していく面影をとらえ、うつろいを美意識にした方法が「数寄」である。「数寄」とは、「漉く」であり「透く」であり「鋤く」であり、「好き」でもある。
  日本はこのような和語的連想世界のなかで「面影」を継承してきた。中国から漢字が入ってきたときには、それを中国語で読むのではなく、漢字に和語を当てはめて読んだ。あるいは万葉仮名のような独自の文字文化をつくった。漢字のもつ意味と、和語の意味とを重ねることで、さらに連想的方法を多重化した。あるいは漢字の意味からは離れ、その字形をうつろわせて変化させ、仮名文字というオリジナルの文字さえ生み出した。いま私たちは、このような方法を失ってしまっている。

 映像のなかの松岡正剛と、ステージの上のセイゴオ。編集された語りと、いま編集しつつある語りが交差していく。後半は、方法を失った日本に警鐘を鳴らし、あるいは存在として屹立した明治~昭和の人々がとりあげられていく。

  島崎藤村は実父をモデルにした小説『夜明け前』で、日本の“あるおおもと”を問うた。内村鑑三は、「二つのJ」すなわち「ジーザス」と「ジャパン」に引き裂かれようともその両方を愛すると言い切り、日本的キリスト教を模索した。
  金子光晴は、あえて「異邦人」「棄民」の立場に身を置いて日本を凝視した。野口雨情は、「赤い靴」「雨降りお月さん」「青い目の人形」といった寂しい歌詞の童謡を次々とつくり、それによって日本の本来と将来を子供たちに伝えようとした。
  九鬼周造はハイデガー、フッサール、ベルグソンというヨーロッパ随一の哲学者に学びながら、西洋的な「同一性」の哲学では解き得ない日本的心性を見つめた。
  このような日本人たちが見つめた日本の面影というものは、名状しがたく、また考えることすら困難なことである。しかし私は、何かを声高に言うのではなく、このような困難にこそ立ち向かいたいと思ってきた。これからもそうしていきたいと考えている。


 予定時間をはるかに過ぎてトークが終わったが、田中氏に促されて客席から二つの質問があがった。

Q:世界の情勢を見ていると行き過ぎた民族主義がもたらす問題の大きさを感じる。他者を排撃する民族主義は日本的ではないと感じた。

セイゴオ:そのとおりだ。日本を考えたり、持ち出したりするには、自分を際どい場所に置くことだ。一坪の茶室でも世界を覆すことができるのだ。それから、日本の「おおもと」は高速に扱うこと。縄文時代まで一挙に立ち戻り、そこから現在へ高速で戻ってくる。

Q:日本人の面影というのは、具体的にいつの時代くらいの、どこからのものを思えばいいのか。

セイゴオ:日本のばあい、たどるべき「おおもと」がかなり漠然としている。また、その「おおもと」は一つのものと考えるべきではない。アマテラスまで戻るならスサノオにも戻る。必ず「対」というものを考えるとよい。ひとつの「おおもと」があると考えるのは一神教的価値観である。

 最後に田中泯氏が、「今日の松岡さんは、言葉のひとつひとつを踊っているかのようだった。想像を絶する努力と好奇心を持ち続けること、それが日本の本来というものではないか」と、セイゴオに手向けた言葉で締めくくった。
 田中氏と甲府の人々とともに呼吸し続ける桜座。白熱トークを終えたセイゴオもひさびさに深呼吸をしたあとのように清々しい表情だった。

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投稿者 staff : 01:07

2006年2月24日

Diary ISIS編集学校第二季「離」開講まぢか

松岡校長直伝の腕が鳴る

ISIS編集学校の「離」第二季がいよいよ二月二十六日から始まる。入門編「守」・応用編「破」を修了した学衆だけが進学できる30人限定の専門コースだ。しかも、その内容は校長直伝による「世界読書奥義伝」。松岡正剛の編集的世界観と世界読書術を伝授する特別プログラム。

松岡はこの講座のために、約1000枚にわたるハイパーテキストふうの講義ノート「文巻」を書き下ろした。数十年間にわたる思索と実験と実践のエッセンスを凝縮し、しかもこれを12週間で体得できる構造と配列に並べたものである。離学衆は、これをひたすらインプットし、なおかつ多様な手法でコンテンツをアウトプットする編集稽古をこなしていく。

昨年6月27日に開講した第一季では、30人の学衆がすばらしい奮闘ぶりを見せた。その第一季生に刺戟されたのか、第二季も応募者は定員いっぱいとなっている。再びやってくる疾風怒濤の12週間に備え、指導陣である編集学校別当師範の太田眞千代・相京範昭・倉田慎一・小池純代・太田香保らとともに、校長松岡の指南ストレッチが最終段階に入っている。


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文巻と指導法を再確認する別当会議

投稿者 staff : 21:09

2006年2月23日

Diary  レッテルレスな“連塾八荒”を振り返る

松岡正剛を囲むサロン「一義亭」でスペシャル講義

2月23日、連志連衆会の会員を対象としたサロン「一義亭」が開催された。「一義亭」で交わすテーマは多種多彩。「神と仏」を主題に日本の成り立ちを考察したり、天皇制を軸に日本の可視・不可視システムを議論したり、また時にはみなで書をしたためたりと、つねに濃厚な時間を共有しながら日本の本来と将来をかわしてきた。
5回目となる今回は、2003年から2005年の間におこなった「連塾」(全8回)を一気に振り返る4時間高速レクチャー。ダイジェストビデオの中のセイゴオと生のセイゴオが次々と放つキーワードは、正と負、スコアー、おもかげ、二つのJ、やつし、分母、外来コード、うつろい、フラジャイル、異胎などなど。

「わたしにとってこの8回の講義は毎回が“試合”でした。わたしは“知”のアスリートです。だから観衆がいなければ成り立たないし、いつでもどこでも話せるというものでもない。当日にむけたコンディションづくりや、作戦を読まれないようにあの手この手で方法を変える技も必要。そして名付けようのない、レッテルレスな語りを目指してきた。ようやく臨んだ講義中の編集は、一瞬一瞬が戦いです」。つねに“知”には“知”なりの時空間があるはずだと映像や音や灯にもこだわり、日本の語り方・伝え方を示し続けた。セイゴオの方法的思想が、サロンメンバーに伝授された一夜となった。

投稿者 staff : 01:38

2006年2月22日

News 松岡正剛の知の道具箱がブログになった

編集工学研究所の新サイト「EDIT64」オープン

 『知の編集工学』『知の編集術』で公開され、ISIS編集学校の多彩な編集稽古の源泉となってきた松岡正剛の「編集64技法」が、ついにブログになりました。その名も「 「EDIT64」(エディット・ロク・ヨン)。

 「収集」「編定」「原型」「順番」「暗示」など、16項目にカテゴライズされた全64通りの編集メソッドのひとつひとつを、多子多才のブロガーたちがそれぞれの専門領域によって解読・応用・実践・発展させていきます。まさに松岡正剛の知の道具箱をもとにした、「方法のアーカイブ」です。

 さっそく、インテリアデザイナーの内田繁さんが「境界」メソッドを、バイクデザイナーの石山篤さんが「形態」メソッドをめぐって、独自の方法論を展開中。

 また、10人のプロや目利きによる「ビジネスシーンINDEX」は、EDIT64と掛け合わせて読み込むことで、さまざまな企画やビジネスのヒントが発見できる「知の玉手箱」。

 箱の開け方、楽しみ方、使い方は、自在で無限。ぜひお楽しみに。

投稿者 staff : 18:56

2006年2月21日

Key Word HALは何処へ

 「千夜千冊」に没入しながらも、松岡正剛はテレビ情報や映画情報の仕入れも怠りないようだ。たまに映画館に足を運ぶこともある。最近は『ALWAYS―三丁目の夕日』を見た。『男たちのヤマト』も気にしていたが、いまはチャン・イーモウの『単騎、千里を走る』が楽しみなよう。これは主演が憧れの高倉健だからという理由。ちなみに最近気にしている俳優は健さんを別格とすれば、ジョニー・デップ。最新作までほとんど追いかけて見ているらしい。

 「千夜千冊」にはさまざまな映画や映画監督が登場してきたが、「千夜千冊」に最も多く登場した映画は何かといえば、おそらく『二〇〇一年宇宙の旅』ではないか。なにしろ第428夜『地球幼年期の終わり』で原作を、第814夜『キューブリック全書』で監督を、第91夜『HAL伝説』で“主人公”を取り上げているほどだ。第913夜『神曲』、第1070夜『闇の奥』、第1072夜『ネオテニー』などでも触れているが、まるでそそり立つモノリスから宇宙胎児のラストまで、すべてのシーンをすっかり記憶しているかのような触れぐあいだ。

 松岡正剛がこの映画と出会ったのは25歳の冬らしい。父親の残した借金を返済するためにマーケティング・アドセンターで広告取りをしながら、高校生向けの無料新聞「ハイスクール・ライフ」の編集に早くも異能を発揮していたころだった。

  

この映画の原題は『スペース・オデュッセイ』というもので、そこには現実におこっていないことのすべてを描いて、そこから暗示されるあらゆる印象を観客の現実の想像力に介入させていた。ぼくはショックをうけて、ひそかに誓ったものである。この映画を成立させている哲学と、そして技法とを、ぼくなりの方法にしていかなければならない、と。(第三九五夜『ロベルトは今夜』)


  『遊』創刊の2年前のことだ。すでに新婚アパートに独自の書棚を構築し、「ハイスクール・ライフ」を通して日本のキラ星と出会い、稲垣足穂と武田泰淳と湯川秀樹に私淑し、輸入されたばかりのシステム工学や知識工学にも触手を伸ばしていた。『遊』が生み出される土壌は十分に整いつつあった。けれども、松岡正剛を目覚めさせ、一気に発芽させたのは、『二〇〇一年宇宙の旅』の神話的構想と精緻な映像技術と、そして「HAL」の謎だった。

 1992年1月12日、東京谷町のある地下ホールで、浜野保樹さんの呼びかけによって、HALの誕生祝いのイベントがあった。セイゴオは、「HALこそはあの映画の未完のシナリオライターであり、キューブリックその人だった」とHALに最大限の賛辞を送る挨拶をしたものだった。

 さらにまた1999年3月7日にキューブリックが死去したとき、『産経新聞』に次のような追悼記事を書いている。

私は打ちのめされながら、そうか、まだ神話がつくれる男がいるのだと思った。キューブリックは、芸術表現は「真の驚き」をもたらすべきだということを示し続けた。「真の驚き」とは何か。それは私たち自身が最も驚くこと、すなわち私たち自身の意識の狂いというものである。『二〇〇一年』では、その象徴としてHALが選ばれ、またモノリスが選ばれた。


 この原稿の締めくくりは、「私たちはいまHALを失ったままにある」というもの。しかしセイゴオは決してあきらめてはいないはずだ。HALと出会ったときの多感なアンテナをいまも張り巡らせている。そうでなければ、ジョニー・デップの顎のことを、あんなに愛おしそうに念入りに語ったりはしないはずなのだ。


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工作舎『off』ポスター(1973)より

投稿者 staff : 21:46

2006年2月20日

Report 修善寺に極まった「日本の間」

布咏・正之助・セイゴオの直伝講座

  2月18~19日、松岡正剛が塾頭をつとめる次世代リーダー養成塾「ハイパー・コーポレイト・ユニバーシティ“AIDA(間)”」の合宿が行われた。横山大観や芥川龍之介、初代吉右衛門もたびたびおとずれたという修善寺の老舗旅館を舞台に、日本の“間”をテーマとする濃密なプログラムがひらかれた。

  1月14日に開催された前回は、インテリアデザイナーの内田繁氏を迎えて「目に見える文化」と“間”の関係をめぐった。今回は「目に見えない文化」にひそむ“間”を伝えるため、セイゴオは特別ゲストとして二人の名人を招いた。一人は、地唄を専門にしながら長唄も端唄も小唄も絶品の邦楽家・西松布咏氏。もう一人は、大蔵流大鼓方にしてバイク乗りでもある能楽師・大倉正之助氏。

  西松氏の艶と張り、大倉氏の響きと拍子。それぞれのソロ演奏を堪能したあとは、塾生たちに三味線、小鼓、大鼓を持たせての実技篇。二人の“師匠”からのビシバシ稽古のあとは、西松氏と大倉氏による記念セッションのプレゼント。北園克衛の詩に西松氏が三味線の曲をつけた「黒い肖像」と「BLUE」に大倉氏が大鼓を合わせた。二人が詰める見えない日本の“間”にセイゴオも塾生も聞き入った。

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三味線と大鼓のセッション(左)と3人の語らいのセッション(右)

  締めくくりは松岡正剛のレクチャー。山本常朝の『葉隠』を取り上げて、対立するモノ、矛盾するモノの「あいだ」に身を「奉り置く」ダンディズムの精神を語った。

松岡「わたしたちは目に見えないところにも“日本”を感じる。それは“音”の世界だけではない。日本特有の“仕切り”の文化が、目に見えない日本を感じさせている。」
松岡「日本流はつねに二つで一つ。正負、去来、加減、神の送り迎え、キヨメとケガレ、ウツとウツツ。それらは相反し矛盾していていい。ただし、その二つを持ち出すタイミングを間違えると“日本”ではなくなる。」

 せつなさとはかなさと揺ぎない意気地をもつ西松さんと、礼儀と覚悟とみなぎる生命感をもつ大倉さんに、和魂(にぎたま)と荒魂(あらたま)を感じた2日間だった。
 

投稿者 staff : 01:57

2006年2月17日

Publishing 新連載 Seigow’s Japanography

月刊『ランティエ』で、セイゴオの「ニッポンの忘れもの-Seigow’s Japanography」を連載中。世間で騒がれている“流行もの”を取り上げて、その起源のイメージや、そこに潜んでいる方法などをあぶりだす。連載第1回は、朝青龍にちなんだ「相撲と神事」。第2回は浅田真央さんにちなんだ「氷上の巫女」。次回のテーマはホリエモンにちなんだ「株仲間の変節」。発売日は2月24日(金)。


連 載:月刊『ランティエ』
      「ニッポンの忘れもの- Seigow’s Japanography」見開き2ページ
発行日:毎月1日
出版社:株式会社角川春樹事務所
定 価 :680円

投稿者 staff : 22:41

2006年2月16日

News ワタリウム美術館で“日本民俗学の夜明け”を語る

ワタリウム美術館の「南方熊楠」トークシリーズで

ワタリウム美術館のシリーズ「熊楠の森を知る2006」でセイゴオが2時間のプレ講演。日本を代表する3人の民俗学者、柳田国男・南方熊楠・折口信夫をとりあげる。“想像力”をキーワードに3人の決定的な違いを見つめ、それぞれが暗示した日本の将来をさぐる。

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日時:4月1日(土)午後7時~9時 「熊楠の森を知る2006」プレ講演会
演題:民俗という想像力
場所:ワタリウム美術館
参加:「熊楠の森を知る2006」会員の方のみ聴講可

ワタリウム美術館「熊楠の森を知る2006」会員募集中
会費 ■入会金   3000円
    ■年間参加費 6000円(講演会4回+プレ講演1回)
特典 ○4月1日(土)松岡正剛の講演会に参加可
    ○ワタリウム美術館の展覧会をフリーで見学可
    ○ワタリウム美術館特別ニュース配布
申込■参加希望の方は、名前、住所、電話、ファックス、職業、支払い予定日
    を書いて、ワタリウム美術館に郵送またはファックスでお申し込みください。
振込■申込と同時に会費をお振込みください。
      振込先:三井住友銀行 青山支店
         (普)1033281 (名)ワタリウム美術館
問合せ○ワタリウム美術館
      〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-6
      電話 03-3402-3001  ファックス 03-3405-7714
      E-mail official@watarium.co.jp

投稿者 staff : 01:22

2006年2月15日

Diary 読書名人、本を買いに行く

  食事に出かける時間があれば書店めぐりをしてしまうセイゴオ。本日も寸暇を縫って渋谷のブックファーストに出かけた。
  セイゴオの本定めの作法は、そこが近所の書店であれ大型書店であれ神田古書街であれ、基本的には変わらない。書棚の前をゆっくり動きながら、目は高速に本の背をスキャンしていく。ときどき立ち止まり、茶碗でも引き出すような手つきで本を取り出し、まず目次を開きじっくり眺める。なかなか本文には進まないが、これこそセイゴオが提唱している「目次読書法」なのだ。しかも名人は本文を見ることなく購入か否かを決めてしまう。
  このようにして一棚をめぐると、十数冊もの買い物になり、フロアーひとつをまわり終えるころには100冊近くの本の山ができあがることもある。たいていは書店員があわててかけつけて、それらをせっせとレジに運ぶ。同行したスタッフが走りまわることもある。この日は、書棚の横に置かれた椅子に座って、レジが済むのを待ちながら、待ちきれずに買ったばかりの本を読み始めていた。



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書店でつかの間マンウォッチングも楽しむ
>工作舎ポスター「OFF」より


投稿者 staff : 00:34

2006年2月14日

Key Word 松のことは松にならへ

 ISIS編集学校の入門コース「守」に「ミメロギア」という編集コンテストがある。これは松岡校長考案のエディトリアル・ゲームで、「下駄・草履」「天丼・うな丼」「トヨタ・ニッサン」などの対比語のお題に対して、「下町の下駄・山の手の草履」「ダシの天丼・タレのうな丼」といったように“形容”をつけて対比を強調するというもの。ルールは簡単だが、妙味を競えば奥が深くなる。編集学校では年々「ミメロギア」の評価軸が高度になっている。

 「ミメロギア」という言葉はギリシア語のミメシス(模倣)とアナロギア(類推)を足した造語だが、「千夜千冊」第660夜によると、その原型はじつは寺田寅彦の俳句にあったという。

それは「客観のコーヒー主観の新酒かな」というものだ。これは珈琲と新酒を比べているようでいて、実は客観と主観とを論理で説明しないで、寅彦得意の俳諧で特色づけたということでもあった。

 ミメロギアで入選したければ俳諧を心得たほうがいいらしい。では俳諧とは何かと言うと、「俳諧とはこれだということを言わないのが俳諧」であって、「何が俳諧的でないかということを知ったほうがわかる」と寅彦先生と校長は口を揃えている。

寅彦は、日本には多様な自然の変化がありながら、その宗教と哲学に自然的制約があること、それをうけとる日本人に無常迅速という感覚が根を張っていることがあるからだと転じる。そうすると「春雨」とか「時雨」という、それ自体ですべての自然との関係を集約する言葉に自分を捨てられる。こうなれば、おのずから俳諧が出てくるのだと言う。たいへんに俳諧的である。ミメロギアなのだ。


 それでもミメロギアの奥義がわからないという編集学校の学衆には、校長は松尾芭蕉の次の言葉を授けてきたものだ。「千夜千冊」でも、第85夜(唐木順三)第703夜(『盆栽の社会学』)第850夜(蕪村)などにたびたび引用されてきたフレーズだ。

  「松のことは松にならい、竹のことは竹にならえ」

 これは第898夜『建築における「日本的なるもの」』では、芭蕉とともに世阿弥・道元も好んだもうひとつの究極フレーズとともに用いられている。

  「触れるなかれ、なお近寄れ」

 松をミメシスし、松をアナロギアせよ、しかし松には触れるな、なお松に近寄れ。
 松と聞けば「松岡」をアナロギアしてしまうであろう編集学校学衆に、この教えはどぎまぎするような混乱と眩暈をもたらしている可能性があるのだが、いずれにしても、この二つのフレーズにひそむ閑居の気味こそが、ミメロギア俳諧奥義であり松岡正剛の奥座敷であることは間違いない。

 ところで、寅彦のミメロギア「客観のコーヒー主観の新酒かな」の俳味のわかる松岡校長は、残念ながらコーヒーも酒も飲めない。酒は体質のせいだが、コーヒーはパリでカフェをがぶ飲みして帰って、東京の喫茶店の一杯を口にしたとたん、突然飲めなくなったらしい。ところが近頃また突然に、夜中の執筆中にコーヒーを一杯だけ所望するようになった。スタッフたちが謎の嗜好変化の原因を探っているところだ。

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編集学校の師範代を前に講義をするセイゴオ校長

投稿者 staff : 15:57

2006年2月13日

Publishing 比較宗教学者・町田宗鳳氏と対談

日本人の宗教観と創造力について語りあう

宗教専門紙「中外日報」のシリーズ「日本人の宗教観」で町田宗鳳氏と「日本文化の新たな創造」について対談。2月9日号から全4回(2月9、11、14、16日)にわたって掲載。第1回目は、祖国愛を表現することに慣れていない日本人、欧米文化に目を奪われて「異胎」の国になってしまった日本、空海・道元・雪舟が照準を当てた日本の方法、能や俳諧という“引き算”の妙技を極めた日本流、などを浮き彫りにした。

※この対談掲載号のみの購入ができます

購入方法:4回分合わせて1000円(送料込)
申込先:中外日報社京都総本社
     〒601-8004 京都市南区東九条東山王町9
     Tel: 075-671-4800 Fax:075-671-2103
     E-mail: eigyo@chugainippoh.co.jp

投稿者 staff : 22:03

2006年2月10日

News 甲府・桜座で「日本人の面影」を語る

田中泯さんとの初の公開対談を終えたばかりのセイゴオが、今度は泯さんに招かれ甲府の桜座で講演をすることになりました。講演に先立ち、泯さんが出演した山梨放送の番組「いつになったら 詩人金子光晴」の上映があります。金子光晴は、「千夜千冊」第165夜や、NHK人間講座「おもかげの国うつろいの国」などでセイゴオもたびたび取り上げてきた詩人。放浪者として、エトランゼとして、「棄民」として、変わりゆく日本の“絶望”を凝視しました。金子光晴と田中泯と松岡正剛がどのように交差しながら、日本の姿をあぶりだすか。必見必聴の一夜です。


桜座大学其の一
松岡正剛講演「日本人の面影」

日時:2月25日(土曜日) 午後4時開校
場所:甲府市・桜座(甲府駅から徒歩で6分)
参加費無料

*「桜座」は、かつて甲府にあった芝居小屋「櫻座」が旧ガラス工場の空間で新しく復興されたもの。プロジェクトリーダーの田中泯さんを中心に地元の有志の方々や建築家の皆さんがかかわって、運営されています。

櫻座の地図およびホームページは、こちら
http://sakuraza.jp/

*予約・問い合わせ
櫻座窓口:055-233-2031
mail: kofu@sakuraza.jp

投稿者 staff : 14:08

Diary セイゴオ、宮崎で日本の方法を語る

シスコシステムズ・エグゼクティブ・フォーラム速報

2月10日(金)、宮崎市のコンベンションセンターで開催されたシスコシステムズ社主催「エグゼクティブ・フォーラム」でセイゴオが「方法の日本と文化の継承」について講演。聴衆はシスコシステムズユーザー企業50社のリーダーたち。

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もう一人のゲスト講師である呉善花氏が、最初に日本人と韓国人のアイデンティティの違いについて講演。次に登場したセイゴオは、呉氏の話を受け、ライブドアや女帝問題など昨今の日本の事件と混迷にも触れつつ、日本に特徴的な編集方法は「組み合わせ」と「再編集」にある、という本題に入っていった。

セイゴオは、日本について理解を深めてもらうためには、コンセプトとともにビジュアルイメージを伝える必要があると考えている。ここ数年、講演や講座では、大量の映像資料を使うスタイルをとってきた。この日も選りすぐりの文楽や民芸や能楽の映像を次々と見せながら、それらのどこが「日本流」なのか、またどこに方法的な発見があるのかを、丁寧に解き明かした。

では、それらの日本的方法の奥には何があるのか。ここから話は「ウツ」なるものをめぐる日本のメタコンセプトの話しに入り、さらに、天皇制問題について今の日本人が理解すべきポイントを40項目にわたり列挙。タイムリーな話題と歴史を織り込みながら、日本の抱える課題を深く抉った。

いつものように情報量の多い高速苛烈な講演となったが、聴衆の反応は上々、セイゴオは終了後の懇親会の席でも、引き続きさまざまな質問を受け、また企業リーダーたちからの真摯な感想に耳を傾けていた。

投稿者 staff : 01:01

2006年2月 8日

Report  田中泯さんと初の公開対談

言葉未然の場所と存在をめぐって

2月8日、早稲田大学演劇研究センター主催によるシンポジウムで、田中泯氏とセイゴオが対談。二人が公開の場で話すのは、30年近い交友関係のなかでもこれが初めてのこと。70年代から最近までの田中氏の貴重な記録映像をもとに、踊りについて、身体について、場所について、存在について、約100分にわたって深深とした話がかわされた。

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シンポジウム冒頭の40分のソロトークのために田中氏が念入りに準備をした映像は、裸体で踊り続けた70年代をかわきりに、噺家などの言葉の使い手とのコラボレーション、ガタリの精神病院でのパフォーマンス、政情不安定な時代のモスクワでの“非合法”公演、トスカーナでの白馬との偶然の競演などなど。身体の速度について、「振り」ということについて、当時何を考えていたのかということを研ぎ澄ませた言葉で語りながら、幼いころの思い出やエピソードを織り込んでいく。

映像の途中で、「このあとは松岡さんとともにかわしたい」というコールに答えて、ゆっくりステージに上ったセイゴオは、そこまでの語りを受けて「泯さんはつねに、“存在”の前で踊りたいと言ってましたね。“存在において”踊る、ではなかったんですよね」という話を切り出した。「憧れないと生きていけない。そして、私が私にとってもっとも重要な例題でありたい」と返す田中氏。

二人の出会いは、「遊」創刊号のセイゴオの処女エッセイ『場所と屍体』を読んだ田中氏が、工作舎を訪ねたことがきっかけだった。父の死をめぐって若きセイゴオが思索した「存在と場所」をめぐるエッセイである。この日、映像を紹介しながら田中氏は、幼年期に警察官の父親から数多くの死体写真を見せられたというエピソードを明かしていた。

「父と屍体」という共通する源泉をもつ二人には、もうひとつ共有してきた“父なるもの”があった。土方巽である。

田中:「土方さんが舞台で放っているものがショックだった。そこに近づきたいと思った」。
松岡:「土方さんから受けたものはあまりにも大きな“借り”だった。ああ、これが“親父”というものだと思った。」

田中氏が「果たして踊りを“見る”ことはできるのか。踊りとは何なのか」という迫真の問いを発し、セイゴオは「あえて初歩的な質問から重ねてみます」と断りながら、徐々に田中泯の秘密へと迫っていく。

田中:「少年時代、祭り囃子が聴こえると胸騒ぎがした。あのときのようなマグマのような生命のうねりを感じていたい。たくさんの“事態”というものを抱えていたい」。
松岡:「田中泯は威儀を正すという姿勢を貫いてきた。それは相当な犠牲を払わないとできなかったことのはず。僕はそれを宇宙的礼節という言葉で呼んできた」。

深く考え込みながら言葉を発していく田中氏から、さらに核心の言葉を導き出そうとするセイゴオは、対談中に椅子を数十センチずらして二人の位置をぐっと近づけた。踊っている身体に出入しているもの、そこに生成していくものは何なのか。田中氏も、その松岡正剛の腕に触れて見せて、「当事者同士が感じあう相即入があるのではないか。踊りはこうして肌に触ることもできる」と答えた。

「それでも、言葉の世界がさまざまなメディアを獲得したことに比べると、身体は“ここ”という場所から持ち運びはできない。そこはどう考えていますか。」と問いを重ねると、田中氏は「いつだって、自由に居場所を変えることができますよ。」と即答。セイゴオが「まいりました」と頭を垂れて見せたところで、二人の持ち時間いっぱいとなった。

シンポジウム終了後、主催者側の用意した懇親の席でも、壇上と同じ近さで並びあい、何事かをかわしていた田中泯と松岡正剛。二人の対話は、今後もまだまだ公開の場で、あるいはそれぞれが育んでいく「場所」で、互いの主客を入れ替えながら、これからも続いていくことだろう。


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対談後の二人の笑顔

投稿者 staff : 00:19

2006年2月 7日

Key Word 水枕ガバリと寒い海がある

 セイゴオ感覚のおいたちにはたくさんのオブジェが登場する。だいたい「遊」がオブジェ・マガジンというサブタイトルをもっていた。シャープペンシル、乾電池、バーバーポール、アイラッシュ・カーラーなどに愛惜を込めたエッセイも書いている。どんな好みの変遷があったかは不明だが、とりわけ水枕が気に入っていたらしい。


西東三鬼に、「水枕ガバリと寒い海がある」という一句があります。(略)この「水枕の一句」にはとりわけ度肝を抜かれたもので、その感動を何とか眼にも残したいという思から、わが工作舎の壁にバーミリオンの水枕を掛けてみたのです(『眼の劇場』)。

 この水枕は元麻布時代の松岡事務所の壁にも掛けられていた。すっかり古びてそちこちの裂け目から肉色の覗く不気味な軟体を、来客はみんな見て見ぬふりをしていた。しかし先の文章には、加えてこんなことまで書いていた。


「気味悪さ」こそこれから私が手短かに語ってみたい「事物存在学」の核をかたちづくっている「気配」の本体にほかなりません。

 このような美意識は、その後『フラジャイル』に記した弱さの哲学や断片の哲学だけではどうにも解きにくい。むしろ、「千夜千冊」第1048夜で北原白秋のオブジェ感覚に共振しながら綴った「風趣」に近づくものではなかったか。


これはシュルレアリスムのオブジェ感覚なんかではない。おお、ほろろん白秋、ほろろんの白秋オブジェのぢぇぢぇ、なのだ。この感覚は風の変わりというものだ。風変わりとは、そのことだ。その場を魂が立ち去る直前の風趣の変わりというものだ。いえいえ、それこそが郷愁という風趣、さもなくば風趣というオブヂェたちなのである。

 白秋の詩に「痛いほど」の共感を覚えるという。立ち去り際の風が白秋少年に残したのと同じ擦り傷が、セイゴオ少年の膝小僧にもあったらしい。白秋=セイゴオ。同じ1月25日の星の下で生まれた二人にとっての「風趣」とは、骨董や民芸に宿るものではなく、ほろろん絶対少年の皮膚の上にしかないものなのだろう。

 いま赤坂の書斎には、とりたてて風変わりなオブジェも不気味なオブジェも置かれていない。四方を書架に囲まれ、手に取るものといえば「本」くらいのもの。いや、いまの松岡正剛には本こそが風趣のオブジェなのだ。今宵もまた、頁を繰っては虚を突くような海や風が皮膚をかすめていくことばかりを追っているのだ。そういえば工作舎の書籍のために最初につくったコピーは「本は暗いおもちゃである」というものだった。


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千夜千冊第1048夜北原白秋『北原白秋集』をどうぞご覧ください。

投稿者 staff : 14:20

2006年2月 6日

News セイゴオの見た宇治山哲平

展覧会図録に「華厳なる宇治山哲平」を寄稿

2月3日、宇治山哲平(1910-1986)の展覧会が東京都庭園美術館ではじまった。生前の交友はなかったものの、20年前に作品「石の華」「山峡紅葉」を見て以来、この人には会ってみたかったというセイゴオ。今回あらためて宇治山作品と向き合い、「世界画」に至った生涯を追った。

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表紙カバーは赤と青の2種類。21ページに及ぶセイゴオの宇治山哲平論をお楽しみに。

セイゴオは特別記念講演会にも出演予定。事前申し込みは不要です。
 日時:4月6日(木)午後2時~4時
 演題:「アイコンとアート」
 場所:東京都庭園美術館・新館大ホール
 定員:250名(先着順・無料)

投稿者 staff : 23:57

2006年2月 3日

Diary  赤坂稲荷坂に福が来る

セイゴオ、元気いっぱいの「鬼は外」

2月3日、赤坂稲荷坂の不夜城「ZERE」屋上で恒例の豆撒きが行われた。「オ~ニはぁソットォ! フ~クはぁウッチィィィ」。セイゴオのかけ声が赤坂の夜空に大きく響く。つられてスタッフも賑やかに声を張り上げ、升いっぱいの豆はあっという間にカラ。


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さんざん騒いだあとはワークルームで「恵方巻」をかぶりつき。恵方にむかって無言でのり巻き一本を食べきると福が来るというもの。必死に無言で食べようとするスタッフをどうにか笑わせようとするセイゴオ。徹夜続きなのにまったく元気がいい。

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スタッフを笑わせようと必死なセイゴオ

「豆を撒いて鬼を追い払うと“天然痘にかからない”という説があって、だから鬼の顔が赤いとも言われている」など、日本文化のミニ講義をしたあとは、高橋秀元とタバコをふかしながら民俗行事について気楽な談義。最後は「いよいよ春だ。では、諸君によい春がきますように」と締めくくり、セイゴオは書斎に戻って行った。

投稿者 staff : 01:37

2006年2月 2日

News 「ダンス からだ エトランジェ」会場変更

2月8日(水)早稲田大学小野記念講堂で開催

田中泯氏とセイゴオが“コンテンポラリーダンスのクリエーション”について語る「ダンス からだ エトランジェ」。多数の申し込みにより、急遽、会場変更になりました。

2006年2月25日(土)、甲府で田中泯氏が中心になって復興させた「桜座」にセイゴオの出演が決定。金子光晴をめぐって日本のおもかげを語ります。詳細は後日。

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【日時】2006年2月8日(水) 17:30~20:30
【場所】早稲田大学小野記念講堂(地図)
http://www.waseda.jp/jp/culture/map.html

【申込方法】「小野講堂 ダンス からだ エトランジェ」係 21coe-en-event@list.waseda.jp
氏名・所属・連絡先を添えてメールでお申し込みください。 
【申込締切】2006年2月3日(金)
【参加費】無料
【詳細情報】早稲田演劇センターのホームページ
http://www.waseda.jp/prj-21coe-enpaku/

【概要】
舞踊の振付とその方法論の根底には、常に風土・文化の影響を受けて生きる舞踊家のアイデンティティが存在する。からだに血脈のように流れるエスニシティーとして、西洋舞踊を模倣、折衷してきた日本現代舞踊史の投影として、また、様々な境界を超えて今ここに生きるひとりの人間として、舞踊家は自らのアイデンティティを問い、更新している。コンテンポラリーダンスの振付において、舞踊家は自らと他者のアイデンティティをどのように意識し、クリエーションを行っているのか。この問題に田中泯氏とセ
イゴオが迫る。

田中泯氏:世界各地を訪れ、エトランジェとして自己を相対化しながら踊り続け、同時に世界各国からのダンサー(エトランジェたち)を受け入れて共同作業を続けている舞踊家の田中氏。2005年5月「赤光」ほか、セイゴオとのコラボレーションも多数。


投稿者 staff : 00:26

2006年2月 1日

KeyWord 雪にしてしまいますえ

1月25日のセイゴオの誕生日には、雪がよく降る。生まれた年も京都は大雪だったと聞く。2006年は快晴だったがこんなことは珍しく、セイゴオには雪女の宿命があるとスタッフたちも信じているようなところがある。雪男なのではなく、雪女。

セイゴオが学生時代に作詞・作曲した『比叡おろし』という歌がある。六文銭が歌って知られたが、その後小林啓子や由紀さおり姉妹や都はるみが歌い、五木寛之や笑福亭鶴瓶の愛唱歌にもなっている。サビは「うちは比叡おろしですねん。あんさんの胸を雪にしてしまいますえ」。青年セイゴオのはかりしれなさが氷結している。

「比叡おろし」は冬の京都に吹き降ろす比良八荒のひとつ。その八荒にかけて行われたのが「連塾」だった。全八回、合計すると50時間以上にも及んだ日本文化語りは「比叡おろし」のように荒れてみたいというセイゴオの宣言から始まった。「連塾」は塾生の気迫もすさまじく、内田繁さんや中村吉右衛門さんや山口小夜子さんが、セイゴオの風気を一瞬も逃さない勢いで講義ノートを取り続けていた。2003年7月26日だから盛夏の只中のこと。

2年後の2005年6月11日、「連塾」は「雪が舞う鳥が舞うひとつはぐれて夢が舞う」というタイトルで締めくくられた。これは「連塾」の塾生でもあった森進一の『北の蛍』の一節で、セイゴオの愛唱歌、そしてこの歌もやはり「雪女」の宿命を思わせる。セイゴオは森進一の絶唱を、2年のあいだに5倍ほどに膨らんだ塾生たちに、秋吉敏子と川喜多半泥子とグレン・グールドの映像とともに、そして小室等の「比叡おろし」とともに聞かせた。こうして夏に始まり夏に終わった「連塾」を、厳寒の風と雪が貫いた。

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連塾第八講 時事通信ホール 撮影:中道淳氏 


いよいよ擱筆を迎えようとしている「千夜千冊」も、第一夜が中谷宇吉郎の『雪』。千夜達成は4年後の七夕の夜だったのだが、セイゴオは「良寛」を取り上げ、こんなことを書いていた。

とくに雪の降る日は良寛なのである。「淡雪の中にたちたる三千大千世界」がほしくなる。また「その中に沫雪」を、見たくなる。
憶えてくれている人などなかろうが、ぼくは『外は、良寛。』の最後を、こう書いたのだ。「ただただ良寛の淡雪が降っていたのです。気がつけば、外は良寛――、良寛だらけです」。

セイゴオには永久に夏が来ないらしい。いつだって比叡おろしが吹きすさび、そうでなければ、良寛の淡雪をしんしんと降りつのらせているらしい。

投稿者 staff : 13:20