セイゴオちゃんねる

2013年8月16日


田中泯&松岡正剛 意身伝心トーク


 7月25日に発売後、10日足らずでたちまち重版が決定し、大好評の『意身伝心』。8月14日には代官山の蔦屋書店で、本書にも明かされたように長年にわたる恋学関係にある田中泯さんとセイゴオが記念トークとサイン会を行いました。
 トークでは、二人にとっての「父」でもあり「母なるもの」でもあったという土方巽さんについて、泯さんが農事を通して日々触れている植物のもつ根源の生命について、身体性を置き去りにするネット社会の問題などの話があふれ出るように交わされました。
 サイン会では、『意身伝心』と合わせて、会場で販売されたそれぞれの著書や写真集、さらには工作舎から庫出しされた希少な「遊」やポスターにまで、黒・金・銀のペンを持ち替えながら連名でサインをするという大サービスも。
 会場には平間至さん撮影による二人の特製等身大パネルが置かれ、早くも記念撮影スポットとなりつつありました。等身大パネルは今後、都内いくつかの書店をめぐる予定です。また、同じくこの日から全国書店に配布された特製のPOPにもぜひご注目ください。

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2013年1月25日


Diary 玄月誕生祝・本楼本合わせの巻


 まだまだ一部の工事や空間整備が続いているゴートクジISISでは、日常的な来客対応や、編集学校の行事や小規模な読書セミナーなどを通して、ヒューマンウェアのバージョンアップに日夜取り組んでいます。
 そんななか、所員にとって最大の腕の見せ所となる、恒例のセイゴオ誕生祝いを行いました。なにしろ趣向も次第もセイゴオにいっさい頼るわけにはいかないこの一夜、そのうえ初のゴートクジバージョンをしつらえるとあって、所員のはりきりぶりも数日前から最高潮。
 メインとなる趣向は、一人一人がメッセージを添えて本を贈るというシンプルなものながら、所員にとって、セイゴオのために本を選ぶことはまさに決死のストレートファイトを意味します。
 「この数日は全館に陰謀めいた空気が満ちてたね(笑)。みんなぼくにコソコソして」と苦笑しながらお祝いの席についたセイゴオも、ひとりひとりの覚悟のほどを十二分に感じ取ってくれたようでした。

 以下、本楼で開催された誕生祝の模様を写真でレポートします。

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2012年1月 7日


Daiary 2012年、本志本龍に始まる


 2012年、あけましておめでとうございます。
 今年もセイゴオちゃんねるをご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

 さて、今年の干支は「龍」。松岡事務所には歳男も歳女もいませんが、年賀状ではセイゴオ流の洒脱な龍を躍らせ、年明け早々から寒波も吹き飛ぶような熱い気を吐いています。
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2011年11月14日


Diary セイゴオ揮毫「大毘盧遮那殿」の落慶法要


 11月3日、栃木市の満福寺で開創750年を祝う法要とともに、新本堂「大毘盧遮那殿」落慶法要などが営まれました。満福寺住職の長澤弘隆さんは、真言密教僧のネットワーク組織である「密教21フォーラム」創設時から事務局長を務め、これまでセイゴオ監修の数々のイベントやビデオ『蘇える空海』をプロデュースしてきた方。
 長澤さんからのたっての依頼でセイゴオが揮毫した「大毘盧遮那殿」の扁額も、この日お披露目されました。完全に古建築の技術でつくられた本堂と、まばゆいばかりの密教荘厳の空間に映えて、セイゴオの筆勢を見事に再現した金色の文字たちが輝いていました。

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落慶法要を迎えた新本堂「大毘盧遮那殿」。
ご本尊と本堂前に建てられた角塔婆が、五色の結縁の紐で結ばれている。

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金彩が施されたセイゴオの書による扁額。畳一枚分もの大きさがある。

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投稿者 staff : 17:00

2011年4月 4日


Diary 3・11に寄せる一夜の書宴


 3・30、松岡正剛事務所の和泉佳奈子が誕生日を迎えた。例年は、桜の開花を楽しみながらささやかに誕生祝いの食事会を行ってきたのだが、今年はいっそうつつましく、事務所内でショートケーキを囲んでひとときを過ごした。

 和泉の実家は仙台である。3・11の大地震の後、肉親の無事だけは確認できたものの、被害状況も避難状況もわからない数日が続いた。1週間後、ようやく東京からの高速バスが開通したが、故郷を見舞うためのチケットを入手できたのは、それからさらに1週間後のことだった。母親が過労で倒れたという知らせを聞いてから数日が過ぎていた。仙台には粉雪が舞っていた。

 3日間の帰郷から戻った和泉は、街の被害の大きさよりも、人びとの孤立に強いショックを受けたという。 とてもケーキにローソクを点すムードにはなれず、セイゴオが筆と墨を持ち出して、和泉のために一首をしたためた。

  佳奈子三十四

   三月と言ふといふのに
    粉雪は
     青葉あたりの
    人びとを追ふ

  かの震災のあとに 玄月

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2011年3月 4日


Diary 3月3日の「松丸ひなまつり」


 3月3日の夜7時~9時、松丸本舗の本家前で「松丸ひな祭り」が開かれました。桃の節句にちなんで桃色の服に羽織を羽織った店主セイゴオと、晴れ着姿のブックショップエディターが延べ100名のお客様をお出迎え。

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2010年4月14日


Diary セイゴオがモデルに-「YOUJI YAMAMOTO THE MEN」


 2010年4月1日、セイゴオがヨウジヤマモトのメンズコレクション「YOHJI YAMAMOTO THE MEN 4.1 2010 TOKYO」にモデルとして出演しました。会場は3000人を収容する国立代々木競技場第二体育館。しばらくパリを発表の場としてきた山本耀司さんにとって、東京でショーを開催するのは約20年ぶり。デザインの価値をあらためてこの国に提示したいという強い理念のもと、かかげられたテーマは「日本」でした。

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2010年1月14日


Diary 鳩山首相、松丸本舗で「本棚読み」を堪能


 1月11日(月)の成人の日、鳩山首相が丸の内・丸善の「松丸本舗」に来店。小城武彦社長とともにセイゴオみずから、入り口から奥の奥まで、1時間ほどかけて螺旋状の迷宮書棚を案内しました。折しも「松丸本舗」では10月23日の開店以来、政権交代にちなんで「日本が変わる」をテーマに特別企画棚「本集」を展開中とあって、セイゴオのアドバイスを受けながら棚の隅々まで目を通す首相の表情は真剣そのもの。ときおり同行の松井官房副長官と何事かをささやきあいながら、手にした本を次々と「買い物カゴ」に入れていました。

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2010年1月 8日


Diary 緊張度いっぱいの新年会で2010年始まる


 1月6日、恒例の松岡事務所・編集工学研究所全員そろっての新年会から、赤坂稲荷坂上の2010年が明けました。三が日も「千夜千冊」に集中しつづけていたせいで新年会にもかかわらず鋭い眼光を放つセイゴオの前で、ちょっぴり正月太りしたスタッフたちは升酒を手にしながらもまったく気が抜けませんでしたが、じつはこれも恒例の新年会の風景です。
 ただし今回ばかりは、セイゴオの隣には昨年末に編集工学研究所社長に就任した丸善の小城武彦社長も列席しているとあって、スタッフたちの緊張度は例年以上に高かったよう。

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投稿者 staff : 23:40

2009年9月24日


Diary 中田英寿さんからセイゴオへのキラーパス


9月某日、元サッカー日本代表の中田英寿さんがセイゴオを訪ねて赤坂の編集工学研究所に来社、約2時間にわたるプライベート対談が行われました。この顔合わせは、以前から中田さんと親交を重ねてきた新宅正明さん(元日本オラクル代表)の仕掛けによるもの。

じつはセイゴオは、ワールドカップやオリンピック・サッカーの日本チームの試合がある日は、全スタッフの仕事を中断させてテレビ観戦に興じるほどのサッカー好き。長らく中田さんの活躍に注目してきただけではなく、98年に朝日新聞がいちはやく「中田現象」を取り上げた記事では、セイゴオが取材を受けてユニークな中田論の一端を披露しています。

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投稿者 staff : 17:07

2009年9月16日


Diary 「縁座」から日本を見直す


8月28日、函館近くの大沼プリンスホテルで、第2回「縁座」が開催されました。縁座は、「縁」と「匠」をキーコンセプトにしたネットワン・システムズ主催のビジネスセミナー。社長の吉野孝之さんがホスト役を担い、セイゴオは総合監修およびナビゲーターを務めます。ゲストは前回にひきつづき中谷巌さん(多摩大学名誉学長)と田中優子さん(法政大学社会学部教授)。参加者はネットワン関連企業の幹部ほか約60名。

「日本を見直す」というテーマのもと、中谷さんが「日本の成功と日本の失敗」、田中さんが「ゆたかさを見直す」、そしてセイゴオが「編集的日本像」という演題をかかげ、それぞれ90分ずつの講演をおこないました。

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2009年9月 2日


Diary 編集工学研究所ビル内で不審な落書き


9月某日、編集工学研究所スタッフのFが、1階のトイレ前の黒板に不審な落書きを発見、証拠写真付きでただちに所内に通報された。落書きは白いチョークで太々と書かれており(写真)、サインがしたためられていたため、誰の手によるものかがただちに判明したが、いったいいつ、何のために書かれたものなのかは今もって不明である。専門筋によると「極めて珍しい、貴重な落書き」とのこと、保存を呼び掛ける声もあがっているが、現場は来訪者も使用するトイレ前であることから、スタッフ一同、にやにやしながら今後のなりゆきを見守っている。

写真はこちら↓

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投稿者 staff : 13:01

2009年8月12日


Diary 登大路セミナーで日本と東アジアを考える


 8月6~7日、奈良市内の登大路ホテルで、平城遷都1300年記念事業の一環として特別ビジネスセミナーが開催されました。モデレーターはセイゴオ、ゲストは寺島実郎さん(日本総合研究所会長)、福原義春さん(資生堂名誉会長)、安田登さん(能楽師)。参加者は「日本と東アジアの未来を考える委員会」メンバーと、奈良県および近県の企業・大学関係者など16人。
 日本と東アジアの歴史・現在・未来を語るというセミナーの趣旨に沿って、3人のゲストからそれぞれの専門的な視野に立ったレクチャーがあり、その要所をセイゴオが再編集しつつ、さらにゲスト・参加者が意見を交換しあうという、充実したプログラムの一泊二日となりました。
 ちなみに登大路ホテルは、森精機製作所が所有する瀟洒な会員制ホテル。さきごろセイゴオが荒井知事とともに鼎談した森雅彦社長の協力もあり、参加者もゲストももてなしの行き届いたサロン的な雰囲気の中で交歓を楽しみました。

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投稿者 staff : 13:20

2009年7月16日


Diary 白川静さんの漢字世界観を語る


 6月19日(金)、ワタリウム美術館主催のシリーズ講演会で、セイゴオが「時空の方舟―白川静の漢字世界観」と題して2時間のソロトークを行った。当初は70~80人を対象にワタリウム美術館内で開催される予定だったが、申込者が殺到したため急きょ会場が日本青年館に変更され、150人以上が来場する盛況となった。

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投稿者 staff : 14:44

2009年6月24日


Diary 椿座「日本の語り方」第6回のサワリレポート


 「日本の語り方―ジャパノロジーの系譜」をテーマに、福原義春さんを聞き手としてセイゴオが奔放な談話を展開してきた「椿座」第3季が、6月12日に最終回を迎えました。古代・中世・近代と歴史の流れを追いながら、それぞれの時代を象徴する人物を取り上げてきた本シリーズの締めくくりのために、数日前に「いよいよ昭和史です。ついては、福原さんとたっぷり対話型で進めたい」というラブレターを福原さんに送っていたセイゴオ。当日も、まずは昭和6年生まれの福原さんが幼年期に見聞きした日本の戦争と敗戦についての話をうかがうところから始まりました。
 以下、会員限定の会につき、おいしいところをサワリだけご紹介。

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セイゴオ:いま100年に一度の不景気と言われてますが、福原さんのお生まれは、まさに世界大恐慌の時代でしたね。

福原:私の一生は、世界大恐慌に生れ不景気で終わる(笑)。戦争のみじめさをいやというほど体験した世代です。むしろ恐慌が起こることなんて驚かない。
 軍部の台頭や松岡外相の動向や日独同盟。そういったことを、小学生だった私は「毎日小学生新聞」を読んで知っていた。日本がどんどん悪くなっていることを子供なりにわかっていた。
 もっとも記憶に残っているのは、昭和11年の2・26の日のこと。その日は東京にかつて体験したことのないような大雪が降った。朝起きると、物音ひとつしないんです。そして周りの大人たちも雪に閉じ込められながら、「事件」について何も語ろうとしない。その「物音のしない朝」が今も忘れられないですね。
 もうひとつ、中学校に入学するなり長野に疎開させられたんですが、その前夜の荷造りが済んだ部屋のさびしさ、みじめさが強く焼き付いています。

松岡:福原さんのような体験者に「ナマ」の話を聞く機会がどんどん失われていくなか、世界恐慌から敗戦までの昭和をどう捉えるかということが、ますます難しくなってますね。

福原:軍部の勝手は子供にも見えていたし、支那事変以降は戦地から手紙がとだえ、誰もが新聞報道のプロパガンダに疑念をもっていた。でも家の中では文句を言っても、外では黙るという時代でした。近代化日本の欺瞞が日本中を覆っていた。日本人は今だにあの戦争時代を総括してませんよ。

松岡:あのとき日本は封建主義の時代以下の価値観になりさがった。戦争に敗れたことでアメリカの民主主義を受け入れましたが、そのために日本人は、今だに民主主義や「自由」というものについてあまり理解をしていないんじゃないでしょうか。

福原:昨今の裁判員制度の国民の受け取り方も同じですよ。

松岡:当時も現代も、結局、日本が何に巻き込まれているのかが不明なままなんです。私は昭和19年生まれの戦中派ですが、戦争の記憶自体はありません。それでも戦後の闇市の光景は覚えてますし、日本がそこからどのように立ち上がって高度成長を迎えていったかは同時代的に見ていた。
 戦後の日本がまたしても「まちがい」をおかしたと感じたのは、「経済大国」「生活大国」というスローガンを聞いたときですね。

福原:私はあのとき、昭和にはもう残すべきものがないと感じましたね。

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福原:日本は欧米からいろいろなことを取り入れましたが、政治・経済ではもうアメリカやヨーロッパから学ぶべきものはありません。ヨーロッパの文化もその香りを失いつつある。本来、資本主義には、プロテスタンティズムの勤勉精神があったはずなんです。それが日本人の勤勉さとうまく合った。

松岡:日本はその勤勉精神や誠実さをないがしろにしてしまった。

福原:戦後まもない日本は民主主義だけではなく、じつは共産主義や社会主義の波頭も受けていた。当時の文化人や演劇人の多くは左翼でした。けれどもそういった精神的なリーダーたちが、パージされてどんどんいなくなった。

松岡:いっさいのイデオロギーとは無関係になった日本に、いまだに根強く残っているのがビューロクラシー(官僚主義)ですね。これは明治維新後、コネ社会の問題を超えるために用いられた「有司専制国家」からきているものですが、ここには何か日本的特性がひそんでいると見たほうがいいんでしょうか。

福原:私は資生堂を通じて中国とフランスの官僚とはずいぶん付き合ってきましたが、世界的に見ても日本の官僚は優秀だったと思います。いまの官僚の問題は、省庁タテ割りという構造とともに、責任回避と自己保身のために部下にオーダーを出さないトップの問題が大きい。的確なオーダーを受ければ有能な人たちなんですよ。

松岡:小泉政策のように「すべてを民に」は単純すぎますね。官のよさも見直したほうがいい。この先「道州制」を進めるにも、官の力が欠かせないでしょう。

福原:道州制は、小泉時代に道と市町村の二層制でいくと決定しましたが、日本の場合、江戸時代の「藩」の単位を基礎自治体とするほうがいい。そういう考え方もあります。

松岡:「藩」という単位は歴史に根ざしてますからね。いま経団連や経済同友会ではどういった議論が進んでいるんですか。

福原:いまの経団連も同友会もろくに意見を出さないし、つまらないですね。経済界にも大物リーダーと呼ばれる人が少なくなってしまった。いわゆるリベラル・アーツを失った世代の経営者ばかりですね。

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 そのほか、戦後日本に生まれたヒーロー、ヒロインが抱えた「闇」と、そのような「闇」のエネルギーを吸収しながら開花した前衛アートをめぐる話、たった2人だけ北京オリンピックに公式招待された日本人の一人となった福原さんが見た現代中国の強さなど、なかなか表には出せないようなとっておきの話が、約5時間にわたって縦横無尽に展開しました。
 ラストは、「塾生」として参加した小堀宗実さん、エバレット・ブラウンさん、緒方慎一郎さんたちが、それぞれ鋭い視点の感想を語り、全6回にわたったちょっと辛口で極上のジャパノロジー対談がおひらきとなりました。

* 「椿座」は今秋から装いもかえて第4季を開講予定。連志連衆會会員のためのプライベートサロンですが、入会希望者に限り特別聴講も可能です。問い合わせは、編集工学研究所内・連志連衆會事務局(TEL:03-3587-9201)へどうぞ。

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福原義春さんの著書

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セイゴオの著書

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2009年6月22日


Daiary 祝・萩尾望都さん漫画家40周年


 6月11日、萩尾望都さんの漫画家40周年記念パーティが東京會舘で開催され、セイゴオと松岡事務所の面々がお祝いに駆けつけました。セイゴオの「少女ごころ」の先生でもある萩尾さんとは、5月27日に開催された「連塾JAPAN DEEP3」でも、萩尾マンガに潜む少女性、異能性、普遍性、そして異界性をたっぷり交わしたばかりです。
 ピーコックグリーンとブラウンのシフォンワンピースに身を包み、ティアラをつけた萩尾さんがステージに登場すると、発起人のちばてつや、松本零士、天野喜孝、松本隆、夢枕獏たち男性陣がそろって開演のご挨拶。夢枕さんの「萩尾さん、ここまできたら描きながら死んでください!」の言葉に会場もセイゴオも盛大な拍手を贈りました。つづいて、会場にシャンパンがサービスされ、萩尾さんを世に送り出した名編集者・山本順也さんの音頭で乾杯。
 会場は、里中満智子(1132夜『女帝の手記』)、安彦良和(430夜『虹色のトロツキー』)、魔夜峰央、青池保子、永井豪、清水玲子、さいとうちほ、吉田戦車、岡野玲子、二ノ宮知子、東村アキコなどなどの漫画界のスーパースターたちや、よしもとばなな(350夜『TUGUMI』)、小谷真理(783夜『女性状無意識』)、野田秀樹、甲斐よしひろ、手塚眞などアーティストたちに埋めつくされ、セイゴオも改めて萩尾さんの地母神的影響力の大きさに感じ入ったようす。
 セイゴオが『遊』を創刊した頃、『ポーの一族』を読んで従来の漫画とは全く違ったコマ割り、テーマ、ストーリー、セリフに衝撃を受けたということは「連塾」でも明かしていましたが、じつは松岡事務所の太田香保、栃尾瞳も萩尾作品なら全制覇しているほどの大ファン。おみやげにサイン入りの新作『レオくん』と名作『銀の三角』を頂いて、パーティが終わってからも松岡事務所では萩尾作品談議が喧しく続きました。

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少女漫画のカリスマ萩尾望都センセイとセイゴオ

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『女帝の手記』の里中満智子さん、『陰陽師』の岡野玲子さんと一緒に

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一冊一冊に日付とサインが入った『レオくん』と『銀の三角』

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2009年3月24日


Diary 『白川静』新書大賞5位入賞


 販売部数10万部を突破した『白川静』(平凡社)が、このたび中央公論主催の「新書大賞2009」で5位にランクイン。審査員は“新書のプロ”約60名、新書担当のベテラン編集者と新書に造詣のふかい目利き書店員です。審査対象は2008年刊行の1500点にのぼる新書のすべて。

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 『白川静』の評価ポイントは「編集者松岡正剛ならではの視点から知の巨人の仕事の見取り図をえがいたすばらしい入門書」でした。詳細は3月10日発行の『新書大賞2009』(中央公論編集部)に掲載されています。ちなみに新書大賞2009の大賞は『ルポ貧国大国アメリカ』、2位が3冊同票で『強欲資本主義ウォール街の自爆』と『できそこないの男たち』と『電車の運転』、そして5位が『白川静』。

 ちなみに、1月29日発行『日刊現代』の五木寛之氏のコラム「流されゆく日々」でも「この新書はすごい!」と大絶賛。また3月21日放送のNHKBS週刊ブックレビューでは、作家の清水義範さんが「おすすめの3冊」のなかで『白川静』を紹介。まだまだ勢いのとまらない『白川静』は、3月末から帯を変えた5刷が書店に並びます。

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2009年3月13日


Diary 相国寺「世界と日本の見方」全3回講演-その1


 3月10日、京都・相国寺で、セイゴオによる3回連続講演の第1回、「世界と日本の見方-グローバリズムと日本」が開催された。この企画は仏教関係者向けに相国寺が約10年つづけている研修会という位置づけで、満員の会場の約半数は剃髪のお坊さん。

■講演要旨
 
 グローバリズムは、ある普遍知というものを設定して、世界に広く価値の基準値をゆきわたらせることに成功した。しかし、本来、価値の基準というものは世界知と共同知と個別知のそれぞれがもっていた。たとえば、仏教の「縁起」といったコンセプトは、キリスト教の「三位一体」や「隣人愛」に匹敵する、東洋型の普遍知だった。ところがいまの世界は、金融主義とグローバル・キャピタリズムという、欧米型のグローバリズムにすっかり覆われつつある。どうも民主主義と自由主義と資本主義が重なり合う社会のなかにグローバルな価値を持ち出しすぎたのではないか。

 もともと、「世界」というものは、「秩序」と「無秩序」から成り立っている。たとえば、光と闇、小さいエントロピーと大きいエントロピー、あるいは名指せるものと名指せぬものによって成り立っている。古代ギリシャでは、それを「コスモス」と「カオス」と呼び、東洋では「正名」と「狂言」という対比をした。正名は「名を正しくする」ということで、すなわち言葉や概念を律していくという孔子の思想からきている。狂言は「言を狂わせる」ということで、世界を不安定なものと見る荘子の考え方からきている。
 では、長らく「漢風」と「和風」というデュアル・スタンダードを成立させてきた日本はどうだったのか。ここで、鎖国的自立とグローバル交易の両立を図った徳川幕府に注目してみたい。1600年以降、世界最初のグローバルな株式会社である東インド会社がアジアに進出しつつあった。中国では漢民族の明王朝が異民族の清王朝に交代するという激動を迎えつつあった。そのような情勢のなか、江戸幕府は日本の国の、あるいは将軍家の正統性(レジティマシー)とは何かということを考えていた。そして、藤原惺窩や林羅山らを擁して儒教儒学を政治思想に採り入れていく。このとき、日本のなかで「3つのモデル」が検討された。その一つは、日本の歴史や特色に関係なく、ある国にモデルを求めてそれに近づくことを方針とする「他国母型モデル」。二つめは日本の水土(風土)には儒教儒学は適用しにくいのではないかという熊沢蕃山の水土論に基づいた「日本自立モデル」。そして三つめは、もはや中国に求めるべきモデルがないのなら、日本自身をモデルにすればよいという「日本中華モデル」。結論からいうと、江戸幕府はこの3つ目のモデルを採用したのである。そして鎖国政策によって国を閉じ、内政の充実をめざすことになった。

 このモデルは250年にわたって有効だったかのように見えたが、幕末になると黒船が到来し、日本は列強の勢いにおされるまま開国してしまう。それからは、次々に海外の基準を取り入れ、将来的な方針の建て直しをはかる間もなく、殖産興業・有司専制・神仏分離・立憲君主制というふうに、近代化をどんどん進めていった。このとき、日本人は、それまで日本が持ってきたはずの特有の普遍知や価値をまったく見失ってしまったのではないか。
 結局、明治以降、何一つ軌道修正できないまま戦争をし、負けて、戦後の民主主義時代に突入し、さらに変動相場制による資本自由化を受入れ、新自由主義政策をいやおうなく投入され、いまやグローバル・キャピタリズムと金融危機に完全に支配されるにいたった。

 そもそも、生活や社会にはリスクがつきものである。そのリスクを市場で売買したり、徹底監視するような経済や社会を受け入れては絶対いけない。人間にとって最大のリスクは病気や事故や死である。あるいは、淋しさや嗚咽や失恋や失敗や倒産や解雇やスランプもリスクである。残念ながらそういったリスクを完全に排除することは不可能である。しかし、それらを直視することこそが重要なのである。宗教や哲学や芸術は、そのようなリスクに立ち向かう精神から生まれてきたものだ。
 ところが、現代社会はあらゆるリスクに価格を付け、証券取引化して売買するという方法によって、本来人間が抱えるべきリスクの意味を隠してしまった。これは大きな間違いなのではないか。人間にとってのあらゆるリスクをあらためて考え直すことから、世界知と共同知と個別知の関係を組立なおす必要があるのではないか。

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2009年1月 8日


Diary 寒風日枝で和光同塵


 昨年末を恒例のドイツ文化会館「葡萄屋」の納会で締めくくった編集工学研究所・松岡正剛事務所の面々がほぼ1週間ぶりに勢ぞろいして、同じく恒例の枡酒・日枝詣出から2009年をスタートしました。
 もっともセイゴオは、年末から年始にかけて「千夜千冊」執筆に没頭していたため、「正月どころじゃなかったよ」。年末年始の「千夜千冊」が特別な意味を持つことを熟知しているスタッフたちも、労作の『変貌する民主主義』(第1277夜)と『老子』(第1278夜)を必死に読みこなしてセイゴオとの初顔合わせに臨んだようでした。これも恒例のそれぞれの「新春所信表明」では、「和光同塵」や「上善水如」といった『老子』のキーワードが次々飛び出し、総勢20人が延々3時間にわたって熱弁を奮いました。
 それらを受けてのセイゴオからの初講話は、当面続くであろう金融恐慌の余波と資本主義の暴走を前提としながら、「ハイエク型知識分散社会に編集工学は何を挑むのか」「シェアリングとエンジニアリングをどう重ねるか」「スキルアップのためのメタエディティングモデル」といった、とっておきの実践的ヴィジョン(詳細は企業秘密です)。

 そぞろ歩きしながらゆっくり山王日枝神社を詣で、全員でやや遅めのランチを食したあと、セイゴオはしばらく松岡事務所の「居間」を陣取り、数千枚もの年賀状の山に取り掛かりました。手書きのメッセージや近況報告や家族写真のひとつひとつに目を通しながら、うなったり笑ったりしている様子も年始恒例の風景です。
 今年はとくに平凡社新書『白川静』の感想が綴られたものが多く、その好調ぶりが年賀状からもうかがえました。さらには、年末に刊行したばかりの『連塾・方法日本1-神仏たちの秘密』の重版決定のニュースも入り、赤坂稲荷坂上は寒風の中にも幸先のよい1年のスタートとなりました。

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日枝神社で全員そろって初写真

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セイゴオがうなったイシス編集学校「九天玄氣組」からの
編集尽くしのお年賀セット

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セイゴオの最年少ガールフレンド
「たかかいかんのちゃん」からの年賀状

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かんのちゃんへの年賀状「うしかんのん」


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2008年10月24日


Diary 「ときたん組」・越前探訪記


『ときの探訪』放映500回直前研修合宿

 10月10日~11日、CBCテレビの番組「ときの探訪」の研修合宿がおこなわれ、監修者であるセイゴオもスタッフたちとともに越前を訪れました。
 「ときの探訪」は毎週木曜日に放映中のミニ番組(JR東海提供)。2分半という短い時間の中に、東海道沿線の伝統工芸、祭り、建築、庭園、名所名物など、風土に根ざした日本文化を濃縮しています。平均視聴率12%以上、なんと12月11日には放映500回を迎えます。
 1997年の番組開始以来、2ヵ月に一度関係者が赤坂に集う企画会議もかれこれ12年目。年に一度の合宿旅行も恒例行事になっています。ちなみに今回の越前合宿の参加者はJR東海エージェンシーの木村典雄さん・桑原賢治さん(共に企画担当)・新谷潤一さん(前企画担当)、CBCの原田洋さん(制作担当)、エキスプレスの炭山信義さん(ディレクター)と、松岡事務所の太田香保・和泉佳奈子・栃尾瞳、編集工学研究所の石黒壮明・香川文、そしてセイゴオの11人。通称「ときたん組」です。

■セイゴオの高速越前語り
 名古屋駅で顔をそろえた「ときたん組」、11人には少し大きすぎる大型貸切バスに乗り込んで一路越前へ。岐阜を越え、滋賀を抜け、ようやく見えた日本海を横目に、突然マイクを手にしたセイゴオ。超高速で継体天皇から柴田一族までの歴史をたどる“越前語り”をはじめました。セイゴオのガイドに耳をかたむけるうちに、いよいよバスは福井の地に入っていきます。

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セイゴオの名解説。栃尾瞳がすかさず撮影。

■丸岡城でカンダタになる
 まず訪れたのは中世の面影を今に伝える古城・丸岡城。丘陵を登り古調の望楼式天守閣に入ると、薄暗い城内の中央にほぼ垂直の階段と天上から降ろされた綱が一本。「まるで蜘蛛の糸だね」と笑いつつ、綱をつかんで段差の大きな階段をなんとかよじ登るセイゴオと一行。物見櫓の四方の窓から城下の丸岡の町を一望、旅の始めの「国見」を無事に果たしました。

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日本一古い遺構の天守閣・丸岡城。
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“蜘蛛の糸”をたよりに物見櫓に登る。

■たそがれ時の東尋坊
 次に向かったのは福井の名勝「東尋坊」。東洋一を誇る柱状節理の絶景に「ときたん組」は大興奮。足場の悪さも気にせず絶景ポイントを探して岩場をとびはねる太田香保・和泉佳奈子に少しハラハラのセイゴオ。一行は、うららかな秋晴れの日本海が次第にくれなずむようすをゆったりと眺め楽しみました。

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木村典雄さんと断崖でツーショット。
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日本海と夕景をバックに記念撮影。

■繊細な匠の技・越前竹細工にため息
 二日目は「越前竹人形の里」から始まりました。以前「ときの探訪」でも取りあげた、竹人形作家・師田黎明さんの作品を見学。雪国越前の厳しい寒さに耐えた孟宗竹と匠の技が生んだ、まるで“竹の精”のような「香具夜」や「遊里」にセイゴオも一行もため息をつくばかり。

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竹人形の髪の毛ための極細の細工に感嘆。
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髪の先まで生命をふきこまれた「飛翔」。

■永平寺で写経体験
 続いて訪れたのは、道元禅師が開いた大本山永平寺。「三解脱門」と称される山門をくぐり、雲水に案内された道場で全員そろって写経を体験。背筋を伸ばして姿勢を正し、心静かに墨を磨ります。般若心経のお手本の上に和紙をかさねて、約50分かけて一文字一文字を丁寧に写していきました。実家が曹洞宗の原田さんと新谷さんは納経も済ませて大満足。

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写経途中の『摩訶般若波羅蜜多心経』。
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七堂伽藍をむすぶ大階段を、雲水をまねて駆け下りる。
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唐様の巨大な楼閣門をしばし見上げて。

■“つわものどもの夢のあと”をめぐる
 永平寺近くで精進料理をいただいた後は、一乗谷朝倉氏遺跡へ。かつて一乗谷は戦国時代に越前を治めた朝倉氏の城下町でした。四代目の朝倉孝景の頃に全盛をむかえ、越前の中心として繁栄したといいますが、今は石組や礎石が残っているだけで、ひっそりと静まっています。お気に入りの地をゆっくりとした足取りでめぐるセイゴオは、“つわものども”の面影に思いを馳せたようでした。

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セイゴオとの旅はスタッフにとっても貴重な経験。
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一乗谷川でゆっくりと煙草をくゆらす。

■越前漆器のぬくもりに触れる
 最後は越前漆器の工房「山久漆工」を見学。朱や漆黒の漆や蒔絵で彩られ、出荷を待つ重箱・屠蘇器・お椀・お盆。工房にずらりと並んだ漆器を手にとり、その風合いを楽しんだ一行。社長の山本一男さんとご子息で取締役の山本泰三さんに、越前漆器の昔ながらの手法や、現代にも通じる魅力をレクチャーしていただき、伝統を守る職人のぬくもりに触れました。

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山久漆工の社長・山本一男さんに話をうかがう。
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工房の棚で乾燥中の越前漆器。

テレビ局:CBC(中部日本放送)
時  間:毎週木曜日 19:54~19:57
放映地域:東海三県(愛知・岐阜・三重)

※「ときの探訪」番組HPもご覧下さい

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2008年10月 9日


Daiary 安田登さんと白川漢字学を遊ぶ


 10月のとある雨上がりの午後、安田登さんが突然赤坂を来訪されました。安田さんは、今一番セイゴオが注目する能楽師(千夜千冊1176夜『ワキから見る能世界』)で、これまで那須・七石舞台「かがみ」のお披露目、鎌倉・鶴岡八幡宮でのハイパーコーポレートユニバーシティ合宿、静岡・美保の松原の未詳倶楽部と、様々な場所で極上のパフォーマンスやレクチャーをご披露して頂きました。
 実は、能楽師以外にも漢和辞書編集者、ロルファーなどたくさんの顔を持っている安田さんは、現在、孔子の『論語』についての本を執筆中。その資料調査のためにセイゴオの蔵書をごらんになるというのが今回の来訪目的でしたが、居合わせたセイゴオとのあいだで、ひととき漢字の発生や白川文字学をめぐって、談議がおおいにもりあがりました。
 折りしも、セイゴオは11月に平凡社から出版予定の『白川静入門書(仮)』の仕上げのまっさいちゅう。また安田さんは、未詳倶楽部で甲骨文字の解読ワークショップをされたほどの漢字通(そのときのようすは安田さんのブログにも紹介されています)。近頃二人は会えば甲骨・金文・漢字をめぐっているのです。

安田登さんのブログはこちら

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投稿者 staff : 16:54

2008年10月 6日


Diary 空中絶景茶席開きの会


 神無月の月立ちの日、南青山に新設された日本オラクルの茶室「聚想庵」の席開きの茶会が催されました。2年ほど前、日本オラクル元会長の新宅正明さん(現在エグゼクティブ・アドバイザー)から相談を受け、遠州流の小堀宗実家元とともにアドバイザーとしてかかわってきたセイゴオ、この日は小堀宗慶宗匠とともに正客として招かれました。

 この茶室は、アメリカ本社代表で日本通のラリー・エリソン氏の意向を受けて、今年6月に南青山に移転した本社ビルの最上階の24階につくられたもの。黒板塀の露地や、目にもすがすがしい竹や植え込みや苔の緑、そして選りすぐりの逸材を取り合わせた茶室は、ビル内とは思えないみずみずしい風情。しかも高層階とあって、秩父宮ラグビー場と神宮球場を眼下におさめ富士山も望むことのできる空中絶景を借景にした贅沢な空間です。

 茶席開きに先立って行われた「聚想庵」扁額式では、命名者であるセイゴオがまずごあいさつ。この名前には、大切な人々とひととき思いをともにする「一期一会」の意味を込めたと語りました。またその語感には遠州好みの窓の多い開放感ある茶室の雰囲気や、オラクル(神託)のもつメッセージ性にもこだわって「目」や「耳」といった漢字を含む文字を選んだとのことです。

 続いて、小堀宗慶ご夫妻、ディベロッパーの三井不動産、工事を担った清水建設の各代表、宮崎木工の西岡棟梁やオラクル代表やセイゴオらが、二グループに分かれて、宗実家元のお点前による席開きの茶をいただきました。茶道初心者の多い席だったこともあり、家元と喜美子夫人、それに正客のセイゴオも、場の緊張をほぐしなごませながらときに解説や指南もしながらの、心温まる席開きとなったようです。

 なお、新宅さんは、日本の職人の技を生かしたこだわりの逸品「セイゴオ好み・時分」を制作・頒布する組織「品組」の代表でもあります。6月に発表した組子手文庫が好評ななか、間もなく第2弾として本染と友仙型染の風呂敷をリリース予定。さらに今年から来年にかけて、小堀宗実家元とセイゴオのコラボレーションによって、遠州好みの新しい茶箱を制作予定です。

 品組ホームページもご覧ください。

「聚想庵」扁額
初披露された「聚想庵」扁額。書は小堀宗実家元による。

織部燈籠と手水鉢
空中絶景を背景にした織部燈籠と手水鉢

宗実家元・新宅さんと
無事に茶席開きを終えた宗実家元・新宅さんと

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2008年8月25日


Diary 「椿座」新シリーズ始まる


 連志連衆會が主催している「椿座」(つばきざ)の新シリーズが始まった。

 「椿座」は、先ごろドイツ文化会館で第3期をスタートした「連塾」とともに、連志連衆會が重視してきたサロン的な日本文化塾。回を追うごとに規模が大きくなっている「連塾」とはまた違い、「椿座」では会員限定の少人数制を守っている。昨年は古代から近現代までのさまざまな日本人を取り上げる全5回の講義を、代表理事の福原義春さんとセイゴオの掛け合いによって展開。これが大好評だったことを受け、新シリーズも福原さんとセイゴオの対談形式で行われることになった。テーマは「日本の語り方 ジャパノロジーの系譜」。

 その初日となった7月31日の会は、南青山のファッションビル「コレッツィオーネ」内のスペースで開催された。前期の会場だった奥沢の純和風の「隠れ家」とは対極的な現代的空間だ。じつは、この日に先立って、セイゴオが会員向けに送った案内状には、次のようにしたためられていた。
 

今シーズンはいよいよ「日本人論」にとりくみたいと思います。日本人と外国人による日本の見方をさまざまに紹介しながら、またまた福原さんと組んで、新たな日本人像を浮き彫りにしていきたいと予定しています。
 このシーズンでは、資料のコピーもいろいろ用意するつもりです。そのため、みなさんが読んだり書いたりしやすいような机と椅子のある場所で催したいと思います。いわば「楽しい福原・松岡ゼミ」という趣向です。

 その、セイゴオによる案内文のとおり、会場にはずらりと長机が用意され、大量のレジュメと資料が参加者に配布された。その内容たるや、『古事記』『日本書紀』、聖徳太子の「憲法17条」、最澄「東大寺戒壇・願文」と空海「遊山慕仙詩」、『枕草子』『源氏物語』、世阿弥『花伝所』と心敬『ひとりごと』、『方丈記』『徒然草』『愚管抄』などなど、古代~近世日本を代表する文献の絶妙な組み合わせによる引用集ともいうべきもの。

 この特別編集資料をもとに、セイゴオが自在にそれぞれの時代背景や思想の潮流を解説し、また福原さんが現代や西洋文化との比較の目を随所にもたらしていく。二人の展開の速さと深さと広さは、「椿座」のこれまでのサロン風味をすっかり吹き飛ばしてしまうほどの超絶ゼミといった様相だったが、参加者たちは息つく隙もなく熱心にメモを取り、「ひさしぶりにアタマがくらくらするような刺激だ」と大喜びしていた。

 福原さんとセイゴオは、今後予定されている9月・12月・1月・3月・5月の全5回も、このコンテンツ量を貫いて多様なジャパノロジーの系譜を疾駆するつもりらしい。


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会場の壁面には連志連衆會から生まれたセイゴオプロデュースの数寄の一品たちもディスプレイされた

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2008年7月30日


Diary 夕学五十講で日本という方法を語る


 7月23日、慶應丸の内シティキャンパス「夕学講」で、セイゴオが「日本という方法」をテーマに講演を行いました。

 「夕学(せきがく)とはいい名前ですね」。
 と、いつになく穏やかな口調で語りはじめたセイゴオ。かつて日本は、一日の始まりを夕方、すなわち「旦」に置いていたと言います。また、万葉時代の人麻呂の歌にあるように、夕刻に雑踏のなかに出て、言霊をキャッチし物事を判断する夕占(ゆうけ)がたいへん重視されていました。「旦」は、いずこからやってくるメッセージを受け取る刻限だったのです。
 一方、グローバル化し、グーグル検索社会化した現代日本ではいま、家族殺しや無差別殺人が連続しています。「どうもいまの日本は、メッセージというものが届きにくい社会になっているのではないか」。

 メッセージの見えにくい社会のことを、リキッド・ソサイエティ=液状化社会と言います。こういう世の中では、政治問題も経済問題も家族問題も、コトの大小や是非の区別がつきにくい。「しかし、日本はもともと、眼には見えないメッセージというものを扱う方法に長けていました。それを[仕事]にし、[仕切]にし、[仕立]にしていたはずなのです」。

 では、日本の「仕事」「仕立」「仕切」とはどういうものだったのか。セイゴオは、ここから、「高千穂神楽」や、自身が制作した歴史ビデオ「XYZ日本史」や「小堀遠州」の映像を使いながら、日本という方法の真髄を次々と提示しました。
 たとえば、眼には見えない神の姿を形にするために、何かを何かに仮託する「見立て」という方法。中国を理想の「真」として、日本的なものを「仮」としながらも、その両方をデュアル・スタンダードとして並立させる方法。これらは、唯一絶対の判断者を重視する一神教的な世界観とはまったく違い、多神多仏型・協議型の世界観を背景にしています。そのため、日本型の「仕切」には、ジャッジをすぐには下さない、保留が多い、両義的であるという「わかりにくさ」もあるのですが、そこからあえて二律背反を恐れない大胆な「仕立」も生まれていくのです。
 
 もうひとつ注目すべきは、「引き算」という方法です。とくに、枯山水や茶道は、おおもとにある「真」を徹底的に引き算して、極小の空間のわずかな景色にそれを仮託させるという「数寄」の精神によって、「わび」や「さび」という究極の美意識にまで到達しました。
 「こういう方法は日本にしか通用しないものでしょうか。アメリカン・ヒーローも決して円満具足ではないのです。グローバル・スタンダードにも、闇もあれば影もある。であれば、日本は、[わび][さび]をグローバリズムにも適応してみるべきです。」

 日本の方法をグローバリズムに適応させることを、かつては「和魂洋才」といいました。1900年前後、あいついで発表された内村鑑三の『代表的日本人』、新渡戸稲造の『武士道』、岡倉天心の『茶の本』は、まさにこの「和魂洋才」の精神を象徴しています。いずれも日本人が英文で書いて海外で発表し、ベストセラーになったものです。
 「けれども、この方法を日本人は忘れてしまいました。いま中国は、外来思想を中国的な感覚で取り入れる[西体中用]を盛んに展開しつつあります。日本が本来の[仕事]を取り戻すためには、欧米文化の直植えをやめて、文化の「苗代」づくりに取り組むべきです」。

 余韻がいつまでも響くようなメッセージで締めくくったセイゴオは、そのままステージにとどまって、司会が聴衆に促す質疑に応えようとしましたが、最後部席まで埋まった300人の聴衆からは一言の質問も出ません。この講座では珍しいことだったそうです。なおも質問を促そうとする司会を軽くたしなめて、「誰にでも言葉にしたくない刻限というものがあるんですよ」と言い残し、クールにステージを降りました。
 ところがその10分後、予定されていた著書サイン会のためにロビーに出ていくと、驚くほどの数の受講者が会場販売されていた本を手にセイゴオを待ち受けていました。セイゴオは、時間を惜しむことなく、丁寧にサインをしたためながら、その一人一人に声をかけ、思いのあふれるメッセージを受け取っていました。

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投稿者 staff : 19:00

2008年7月28日


Diary 日本文化デザイン会議で芳賀徹氏と対談


 7月14日(月)、赤坂BLIZで行われた日本文化デザイン会議2008「スピーチ漫陀羅~話すことって大切」にセイゴオが出演しました。日本文化デザイン会議の第30回記念シンポジウムという位置づけで行われた本会議は、河原敏文さんとマリ・クリスティーヌさんが司会をつとめ、セイゴオ、芳賀徹氏、稲越功一氏、榎本了壱氏、坂井直樹氏、しりあがり寿氏、手塚貴晴氏、香山リカ氏、茂木健一郎氏、速水亨氏など総勢23名が次々に登場。「日本」「生き物」「感性」「ものづくり」「食」「子供」などをテーマに、ジャンルを越えた8組の顔合わせによるショートセッションが繰り広げられました。

 セイゴオはそのトップバッターとして、「日本」をテーマにと対談。「文化のリユース」をキーワードに、古代から近代にかけての日本のすぐれた方法を振り返りました。たとえば、平安時代には名歌をリユースする「本歌取り」という手法が確立し、王朝文学のみならず、その後の文芸や芸能にまで広く影響を与えていたこと。また江戸時代に、それまで広まっていた鉄砲を禁止したことにより、その技術を活かして各地で花火製造が盛んになったことなどです。
 現代の日本はもう一度、かつての歴史を総ざらいしつつ、方法を「リユース」することで厚みと深みをもった新文化をクリエイトすべきではないか。短時間ながらも多様な例示と鋭い指摘を随所に盛り込んだ対談が、そのように締めくくられました。

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投稿者 staff : 22:50

2008年4月10日


Diary 田中優子さん・内藤廣さんと「図書街」を語る


 3月10日、神田・学士会館で「図書街シンポジウム2008」が行われました。主催はNICT(独立行政法人情報通信研究機構)。セイゴオの基本構想をもとに、北海道大学・慶応大学・京都大学および編集工学研究所が3年ごしで進めてきた技術研究の成果を披露する場とあって、当日は雨にも関わらず、図書街の将来性に関心を寄せるさまざまな企業人やクリエイターなど約150人が参加しました。

 「図書街」は、古今東西の600万冊の本を収蔵する、壮大なWEB上の街。セイゴオの編集的世界観にもとづいて配置された本棚と書物の街路空間であり、文脈検索や連想検索によって自由に書物間を移動することが可能なアクティブなマルチデータベースでもあります。
 その具体化のために、昨年から1年間をかけて開発されたのが、京都観光と図書街空間をつなぐ「京都観光ナビゲータ」。三部立て4時間におよぶシンポジウムの第一部と第二部で、プロジェクト・リーダーである金子郁容氏(慶応大学)をはじめ、田中譲氏(北大知識メディアラボラトリー所長)、土佐尚子氏(京大学術情報メディアセンター)ほか、実際の開発にかかわった研究者やデザイナーが次々と登場し、「京都観光ナビゲータ」のお披露目をしました。

 後半の第三部では、いよいよセイゴオが登場し、江戸文化研究家の田中優子さん、建築家の内藤廣さんとともに、知識情報と都市の関係や人間の知覚とメディアの「あいだ」をめぐる話を交わしつつ、今後の図書街プロジェクトの方向性を探るトークが展開されました。

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■建築土木と情報空間

松岡:建築や土木はつねに情報空間と闘ってきた。人々はINした情報をOUTするために、土地を開拓し、道路と鉄道をはりめぐらし、上下水道をつくり、ついには電話網をつくってコンピューター網を乗せた。その後、コンピュータ社会はホストマシンを失って、情報がクライアントサーバー方式でフラットにつながった結果、情報の多くがグーグル化した。今のこういった情報社会をどう見るか。

内藤:もしこの瞬間に震度8の地震がきたときに、人間がつくってきたシステムはすべて瓦解する。そうなると、生命、水、排泄といった身体的な問題がインフラ問題としてリピートされるはずだ。ただし、ここまで情報社会が迫ってくると、非常時に一番必要なものは情報であるともいえる。どうも、現代の情報社会というのは、身体と情報の「あいだ」がぬけた構造になりつつあるのかもしれない。

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■書物がある空間

内藤:いまコロンビアで図書館をつくるプロジェクトにかかわっている。あそこの子供たちを見ていると、情報と人間のあるべき姿を考えさせられる。彼らにとって書物はまるで砂漠の水のように知の渇きを潤している。一日3000人ほどの人が図書館を使い、夜の10時になっても本をあさり、ネットの前には人が群がっている。日本は豊かになりすぎて、そういった書物や「知」との、基本的な関係が希薄になっている。

田中:私も子供のころは、コロンビアの子供たちと一緒だった。新刊には手が出ないから、古本屋と貸本屋と図書館に通いつめ、むさぼるように本を読んだ。繰り返し繰り返し同じ本を読んだ。そういうふうにして小さい頃に読んだ本は、今でも自分の血肉になって残っている。

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■“あいだ”にある書棚

松岡:情報をパッケージするモデルとして、書物とともに書棚も注目したい。書棚は、人間の知覚や身体が外部化したものであって、まさにハードウェアとソフトウェアの間にあるもの。ホロニックで断片的な情報が、書物や書棚というトータルな情報となり、それが人格をあらわしたり文脈を形成したりしていく。

田中:ステンドグラスや装飾彫刻が詰まったゴシックの教会建築は、まさに「書物」であり「本棚」だった。それを象徴するように、印刷技術の発達とともに教会建築は衰退してしまった。ただし、建築には「背表紙」がない。背表紙は、その情報の位置取りを示しつつ、中身をすべて明かさないためのテクニック。だからこそ、背表紙から広がるイメージは何回でも読み替え可能で、それによって本棚を自分のコンテキストによって何度でも組み替えることができる。

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■ディレクトリーと浮世絵と建築

松岡:出来のいい本表紙やカバーは読者の想像力をかきたてるが、それをコンピュータ化するにはどうするか。どういうポータルがいいか、どういうディレクトリーがいいかということに、みんな方法が持てないでいる。

田中:江戸文化の場合は、ディレクトリーを追求した結果、浮世絵が大いに発達した。実際に、浮世絵師の初期の仕事は本の表紙や挿絵を書く事だった。表紙にはストーリーのおかしさやおどろおどろしさが滲み出るようなものが求められたので、絵師たちが腕を競った。「図書街」も背表紙と表紙はぜひ重視してほしい。

松岡:建築物におけるディレクトリーはどうか。建築構造と情報空間と人間の認知構造の関係は何を基準に、どう結びつけられているか。

内藤:人間の身体や感覚が、建築や都市の情報空間とどう関係づけられるかは、まだ研究が進んでいない。とてもデリケートな問題である。たとえば「スクラッチタイル」は距離によって印象が大きく変わるようにつくられているが、素材ひとつをとってみても、光や湿度によって見え方や感じ方が変わる。その判断はいまのところ建築家の原始的な体験にもとづいているという段階だろう。近い将来、それらをデータ化してなんらかの手法が出てくる可能性があるが、おそらく10年くらいはかかるのではないか。


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2008年4月 5日


Daiary 談志師匠の名答、爆笑問題と問答


 3月のセイゴオは、立川談志さん・爆笑問題と、テレビ対談が相次ぎました。3月9日放送の「立川談志まるごと10時間」(NHK-BS)、そして4月1日放送の「爆笑問題のニッポンの教養―松岡正剛・編集工学」(NHK)。いずれの相手とも初対面だったセイゴオですが、語りと笑いを磨き続ける芸人さんたちの「ひたむきさ」と「自己観察力」に触発されたのか、冷静ながらも包容力のあるエディターシップを発揮。とりわけ「ニッポンの教養」では、セイゴオをインタビューするはずの爆問がセイゴオに逆インタビューされるという六曲一双屏風のような展開となり、放送後は爆問ファンや番組ファンからも大反響があったようです。

◎「立川談志まるごと10時間」より(3月9日放送)

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松岡: 談志さんは物事の“キワ”をはっきりとさせますよね。日本の「ここ」はいいけど「ここ」はどうしても許せないとか、この落語の「ここ」はいいけど「ここ」はどうしてもダメとか。

談志: 許せないことの“キワ”に立つと途端に喧嘩っぱやくなりますね。なんでもかんでも「いいじゃないですか」で済ませるのは気にくわねぇ。演芸場で騒いでいる客を見ないふりしている兄弟弟子がいたら容赦なく叱る。「だからおめぇはいつまでたっても売れねぇんだよ」って。語気が荒くて言葉がきたなくて変にロジカルだから喧嘩向きなんだね。

松岡: そういった「許せないと思う感覚」を、“肩越し”に見る文化がなくなってきていますね。

談志: おっ、「肩越しに見る文化」とは、うまいこと言ってくれるな。俺の場合は、東京人の了見に反することが許せないんだね。

松岡: 「了見」というのも大事なキーワードですよ。それから「分をわきまえる」の「分」という感覚も大事。

談志: そうそう「沙汰の限り」とも言うよね。あぁ、でも、こういうことって愚痴なのかな。

松岡: いやいや、そういうことを言葉にしない日本がダメになっているんですよ。

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談志: このごろ自分が「立川談志」という傘の下にいる気がする。このまえ「鐵拐(てっかい)」をやっている最中に、鐵拐が突然暴れだしたんですよ。感情注入もしてないのに、勝手に動き出されてまいったよ(笑)。なんだったんだろうね。でもその状況を少なくとも「傘の立川談志」は認めてくれたんだね。

松岡: 談志さんの芸のなかで管理不能なことがおこったんですね。

談志: そうそう「管理不能」。またまたいい言葉だねぇ。

松岡: 円朝でもゲーテでもアインシュタインでも、先駆者と呼ばれるような人物にはきっとそういう一面があるんだと思います。だから、談志さんに起こっても不思議じゃない。談志さんみたいに目の前で起きていることの同時性を多様に語れる人は他にはいませんよ。あるワンシーンについてその細部に入り込んで、江戸時代ではこうで、明治時代ではこうで、さらに海外から見ればこうだというふうに、いくつもの目を同時に語る。

談志: しゃべりながら次から次へと話したいことがでてくるんだよね。得技だな。

松岡: マルチレイヤーでマルチタスクでマルチリンクな表現者なんです。しかも一つのことを1、2分という短時間のあいだに語りつくしてしまう。

談志: 落語は、フロイト的にいえば「エス」(本能的欲働)を出しやすいという面があると思う。金のことから男女のことまで、常識から非常識まで、そのすべてをユーモアが覆ってくれるんですよ。

松岡: それって本当のカタルシスかもしれない。ナンセンスとかウィットとか道化を借りて、人間の業(ごう)を登場人物の会話にすることで、「あんたたち大丈夫だよね」と言ってあげるわけですよね。

談志: そうそう。ありとあらゆる小さなところに人間の本当の部分が出ていて、それを全部ばらしてあげちゃうんだね。

松岡: あ、いま初めて分かりました。談志さんが政治の世界に入ったのは、何がバレていて何がバラされているのかを、自分で確認したかったんじゃないですか。政界に入るときに迷いはありませんでしたか?

談志: 落語家が落語だけやっててもおもしろくないでしょ。「それいけ~~っ」という勢いだけですよ。そういうおっちょこちょいな奴が落語をやるから面白い。最後はパーソナリティが落語の決め手のような気がするよ。


◎「爆笑問題のニッポンの教養―松岡正剛・編集工学」より(4月1日放送)

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太田: 文章を書いていて常日頃思うことは、伝えたいことを文字で埋めれば埋めるほど、感情をそこに留めちゃうっていうジレンマですね。気持ちって本当は動いているじゃないですか。文字で表現された感情はその時点で死んでいるから残骸でしかなくなる。本当に表現したいものは文字以外の部分にあって、そこを表現しようとすればするほど、気持ちが離れていく気がするんですよ。

松岡: それは作家も詩人も絵描きも舞踏家も、あらゆる表現者がみな抱えてきた問題ですよ。たとえばゴッホがヒマワリを見ながら描いている。パッとヒマワリを見たときにはすでに太陽が動いて前の様子と変わってしまうので、それを描き加える。またパッと見ると変わっているので、描き加える。それを繰り返していくうちに、何がヒマワリで何が太陽だか分からなくなる。ゴッホのあとに出たピカソたちは、最初から右から見たり左から見たりした形を全部描いた。それがキュビズムでしょ。20世紀にはこういう表現方法がほぼ出尽くしましたよね。

太田: とすると、これから言葉の世界に残された可能性は何ですか?

松岡: 言葉って、「丸い四角」とか「黒い雪」とか「けたたましいハンバーグ」とか、突然ありえないことを表現できますよね。そのままでは受け取りようがないものを作り出せる。しかし、そういう言葉を連鎖することによって、たとえば「けたたましいハンバーグ」から「ニコニコしている生卵」までいろいろ連鎖していくことによって、何を言っているのか分からないにもかかわらず、なんとなく醸し出される世界を伝えることができる。そういう言葉の“ズレ”というものについてもっと研究を深めると、案外新しい芸能や哲学が生まれる可能性があるかもしれませんよ。

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松岡: ぼくの編集哲学では“一対”というモノの見方を大切にしています。ハードとソフト、陰と陽、鍵と鍵穴のようにですね。あることをシングルメッセージで伝えるのではなく、別の角度から見た物言いはどうか、まったく逆の視点に置き換えることはできないかと考える。その両極をもちながら存在したいし、それらを相互に編集していきたい。

太田: 両極の“あいだ”がおもしろいっていうのは、ぼくもなんとなく分かります。実際にあるモノから想像をふくらませたところにある別のモノを感じると、ワクワクします。

松岡: この話、日本とも関係があるんだよ。日本、日本語、日本人というのは、やっぱりちょっとヘンだと思う。日本人って文字をつくらなかったでしょ。中国から漢字を輸入して万葉仮名にして、その一部を平仮名とか片仮名にして使っている。おまけに漢字は中国読みをせずにフォントだけ入れて、新たに日本語読み(訓読み)にした。もともと日本は、最初から相反したものを受け入れてきたデュアルな二重性の国なんだよね。

太田: たしかにそうですね。

松岡: もっと言えば、日本には天皇と将軍、公家と武家、関白と執権、仏道と神道が共存してきた。そこに気がつくと、日本人が作り上げる方法とか芸能とか哲学というものも、世界に通用するかどうかは別にして、もっともっとラディカルに進むことができるんじゃないか。

太田: でも、日本ってあるときにその片っ方を捨ててしまいましたよね。もともとは矛盾するものを両方もっていたのに、いつから片方を捨てないと進めない国になっちゃったんでしょうね。

松岡: とくに明治維新以降は捨てっぱなしだよね。そろそろ、価値観の転倒というか、柔らかいテロリズムというか、おもしろいタブーというか、そういうものを社会に混ぜていく以外にないでしょうね。

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2008年4月 2日


Diary 安藤忠雄さん・茂木健一郎さんと都市の未来を語る


 3月14日、皇居前の和田倉噴水公園内のレストランに、安藤忠雄さん・茂木健一郎さん・セイゴオが顔を揃えて、約1時間にわたり「都市の未来」をめぐって鼎談をしました。これは、ディベロッパーのアーバン・コーポレーションが新創刊した雑誌「カイラス」のプレス発表会のために行われたもの。じつは、もともと雑誌創刊を祝して記念スピーチを行うことになっていた安藤さんのたっての希望で、急遽茂木さんとセイゴオが“友情出演”をすることになったという、異例の鼎談でした。安藤さんは昨年末に刊行された『脳と日本人』(茂木さんとセイゴオの対談本)を読んでおおいに触発され、今回の鼎談を希望されたのだとか。

 アーバンコーポレーション代表の房園社長、「カイラス」編集長の小西克博氏の挨拶に続き、まず安藤さんが自作品を映像で見せながらの20分の基調講演、「建築物が社会に何を残せるか」という問題意識に立って、30年以上にわたって取り組んできた、エコ・コンシャスなプロジェクトの数々を紹介しました。そこにセイゴオと茂木さんが加わり、環境と都市について、意識と風土について、日本人の方法と自然科学の接点について、縦横に話題を広げていきました。


松岡:ロラン・バルトは東京の中心がヴォイド(空)であることに注目した。マッカーサーも皇居周辺の景観こそ東京でいちばん美しいと言った。今の東京は、あいかわらず中心は空いているが、ますます過密都市になっている。これからはむしろ、ヴォイドな空間をもっと増やしていくべきではないか。

茂木:自然には驚くべき回復力がある。隙間さえつくってやれば、自然は自分で回復していく。人間も同じである。子供を育てる環境をつくるには、空間の隙間、時間の隙間を空けていくことだ。

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安藤:韓国では川の上に造られた高速道路を8年かけて撤去し、完全に川を再生した。川を再生したことで、人間の歩ける街になった。いま日本橋でも同じような計画が持ちあがっているが、日本ではおそらく100年ほどかかってしまうのではないか。東京ではあいかわらず経済のための町づくりが進んでいる。

松岡:都市には暗闇も必要だ。人間には「惧れ」が必要だ。世界中の聖なる空間は、天を覆ってその下に陰影をつくるという共通構造がある。各民族が風土にあわせて造ったものが、結果的に人工の森や木陰のような、癒しと惧れのための構造をもっている。

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松岡:かつて日本の村には、「入会地」というものがあった。誰の所有地でもなく、何のために使うのかという目的もない場所が、村民の活動の多様な可能性を担保していた。現代は、「目的のない場所」というものが残れない時代。

茂木:何もない、ということは「無」ではない。じつは脳の中の無意識もそういうもの。むしろ雑音が入り混じっているような状態が無意識である。そういう脳の状態と自然のあり方は似ている。

安藤:何もない壁や隙間に、花を活けたり掛け軸を飾るのが日本人の暮らしである。本来の日本の暮らしとは、自分がかかわることによって、ゼロから空間をつくっていくことだった。都市づくりでもそのような考え方が必要になっている。

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松岡:日本はグローバリズムをいったん止めるべきだ。そのためには、「苗代」というものを考えなおすとよい。日本人は、幼弱な稲苗を育てるために、大陸にはなかった「苗代」という工夫を生み出したのだ。いまの日本では方法としての「苗代」が忘れられている。

茂木:日本的方法と生命の科学哲学は非常に合致する。生命科学は世界のフロントランナーだが、日本の方法にはそれに匹敵する普遍性と可能性がある。

安藤:私は、お二人の『脳と日本人』を読んで、たいへん触発された。いろんなイマジネーションがかきたてられた。ところが、学生たちにその話をしても、本を読ませても、どうしてもそのことが伝わらない。知識の総量ばかりを競う教育のために、自分で感じ、自分で考える力を失っている。これがグローバリズムの結果なのだ。

松岡:安藤さんの建築にひそむ「日本」を、日本人が取り出せなくなっていることと共通する問題だ。

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2008年2月 5日


Diary こんな日本人・あの日本人


椿座で、福原義春さんとお座敷談義

 1月末日、連志連衆會・椿座の第3講が、深沢・梅寿庵で開催されました。梅寿庵は二期倶楽部の北山ひとみマダムのプライベートサロンで、都内では珍しい藁葺の純日本風家屋。折しも節分の季とあって、玄関には大ぶりの梅とともに小分けした豆がしつらえられ、都内はもとより新潟や京都や岡山からも駆けつける会員のみなさんを迎えました。

 座元・福原義春さんが聞き役となり、セイゴオが歴史軸に沿って自在に「こんな日本人・あの日本人」を取り上げる。昨年10月の第2講から始まったこの椿座ならではの対談企画は、会員はもちろん、福原さんもセイゴオも「おおいに楽しんだ」と大好評。この日も、芸能と遊芸の様式をつくった観阿弥・世阿弥や珠光・紹鴎・利休、近世日本のリーダーシップを競った信長・秀吉・家康、独創的な編集感覚を発揮した芭蕉・蕪村・一茶などを、対比的・対照的に連ねていく当意即妙のやりとりが、小気味よくはずんでいました。

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福原:世阿弥は足利時代の宮廷文化の素養をすべて身につけた人物だった。このような芸能人は、今日的にはどのようにとらえることができるだろう。

松岡:古今東西の芸能者のなかで5本の指に入ると思う。あらゆる古典をマスターしていたこと、神話構造をもった新しい舞台と複式夢幻能というドラマツルギーをつくったこと、徹底した引き算によるその完成度の高さ。「時分の花」や「離見の見」などのすばらしいコンセプトを連打したこともすごい。

福原:義満が世阿弥のような身分の低い芸能者のパトロンになったこともおもしろい。宮廷文化と庶民の文化が直接的に結びついていた。そんななかで一休文化圏というのはどんな位置づけだったのか。

松岡:一休は女色も男色も恐れない破格な僧侶だった。それまでは修行者のためのものだった禅を、茶や能や花などの遊芸のコンセプトに適用した。今日「日本文化」と呼ばれているもののルーツは、ほとんど一休文化圏にあったともいえる。

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松岡:日本人は信長・秀吉・家康を比較するのが好きだが、なぜか家康は人気がない。不思議だ。

福原:信長の書いた書状は1000通ほどしか残っていないが、秀吉の書いた書状は1万通ほど残っている。秀吉はしぶといような努力の人だった。家康はその秀吉の努力に加えて、秀でた計画性があったのではないか。

松岡:ぼくは最近家康にいちばん関心がある。戦国時代のいわば戦後処理を徹底した、日本には珍しい改革派だったとみている。信長や秀吉は大陸進出をもくろんだが、家康は国際情勢を読み切ってアジアを捨てた。天皇家と並立する「神君」となって、思想的にも体制的にも内需型の改革を成功させた。

福原:信長や秀吉は宣教師たちを通して未知なる世界や新知識への魅力を覚えたが、家康は宣教師の向こうに大国の侵略意図を読み取ったのだろう。鎖国をしても出島は開けておくような、情報管理能力があった。

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福原:芭蕉や蕪村や一茶のような、寂びた感覚の俳人たちが、江戸の爛熟期に登場したのは。

松岡:江戸時代の社会は一言でいえば「分」を重視する社会。そこから、身分や分限に応じた文化を楽しむ工夫が生まれた。そのことが文化のスタイルにも転化され、重厚だった邦楽が短くなり、振袖が小袖になり、連句が俳句となるといった、ショートカット感覚が進んだ。俳句は連句の発句だけを取り出したものである。

福原:芭蕉が五・七・五のたった17文字で文学革命を起こしたといわれるのはなぜか。また蕪村や一茶との違いは。

松岡:芭蕉の奥には老荘思想がある。「百代の過客」という言葉に象徴されるように、無常の一瞬を見抜いて切り取る力があった。それを徹底した推敲を繰り返すことで、17文字に結晶化した。蕪村はその芭蕉にあこがれた。「いかのぼりきのふの空のありどころ」のような、絵画的で、時間の流れをまたぐような独自の句境をひらいた。一茶については、そのしたたかさが案外知られていないようだ。「雀の子」や「やせがえる」みたいな句ばかりではなく、じつは「大日本」や「日本」を詠んだ句がたいへん多い。

福原:日本人は良寛についても誤解が多い。良寛の書は確かにすばらしい。誰もが臨模したがるが、誰も良寛を越えられないという。

松岡:ぼくも一般的に語られる良寛像があまりにつまらなくて、自分で『外は、良寛。』を書いたようなもの。晩年の小林秀雄や漱石が良寛の書に狂ったのはなぜか。人をそこまでの思いにさせる良寛という人物を解いてみたかった。しかしそのためには、自分でも良寛の書を臨模してみるしかなかった。

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福原:本居宣長の革命性こそ、いまの日本人がいちばん忘れていることではないか。

松岡:宣長がいなければ、「古事記」も「万葉集」も日本人は読むことができなかった。江戸時代までは、日本人は誰も万葉仮名を解読できなかった。宣長は漢字を漢音で読むことによって、そこに中国的解釈が混じってしまうことに気がついた。それを「からごころ」と呼び、これを排することによって、上代の大和言葉のすだく世界観までを蘇らせた。この方法がすさまじかった。吉川幸次郎は「宣長の方法を失うことは、日本の魂を失うことだ」と言った。ぼくの立場もこれと同じだ。思想が失われることは大したことではない。方法が失われることこそ大問題だ。

福原:宣長の方法の継承者はいるのか。

松岡:宣長を慕う弟子が日本中に1000人もいたというが、研究活動そのものはソロだった。平田篤胤も弟子の一人だが、平田国学は別物とも言ってよいもので、これが明治の「国体」や国家神道に結びついていった。国学がきわめてナショナリスティックな学問だという誤解もそういうところに起因している。最近は、むしろ日本のナショナリズムそのものを解こうという研究者たちのあいだに、荻生徂徠や伊藤仁斎などとともに宣長に注目する動きがある。

投稿者 staff : 18:33

2007年12月19日


Diary ABCとICC―師走のトークセッション続く


 12月中、ワタリウム美術館とNHK「視点・論点」で2回のクマグストークを行ったセイゴオ、9日にはアートディレクターの浅葉克己さん・グラフィックデザイナーの佐藤卓さんと「水と書と日本」をテーマに対談。また15日には、アーティストの宇川直宏さん・近藤哲也さんとのトークライブに出演。週末ごとに異能の人々とのセッションを楽しむ師走となっている。

■ABCトーク「水と書と日本」

 12月9日のトークは、東京ウィメンズホールで開催された。これは東京ミッドタウンで開催中の「water展」にちなんだ企画。トークが始まるやいなや「宗教と革命と文字」といった話題に踏み込むセイゴオと、たちまちリアクションを返す浅葉克己さんとのあいだで、縦横無尽、当意即妙なやりとりが繰り広げられた。進行役は「water展」ディレクターである佐藤卓さん。
 セイゴオは、東西の民族文化と文字の成り立ちから、日本独自の花押や邦楽の記譜まで、文字とグラフィックの生態を多様な事例によって語り、浅葉さんは甲骨文字やトンパ文字の探究、日々の書道や日記、白川静さんとの出会いや南方熊楠展で見た硯の印象など、体験的なエピソードをピンポン玉のように投げかける。
 話題は水墨画にもおよび、セイゴオは雪舟の「松林図」や蕪村の「夜色楼台図」をスクリーンに映しながら、日本には文字と文字のあいだを水が埋めているという感覚もあったのではないかと指摘。
 筆記用具とストロークが文字文化をつくる。文字は「いったん伏せて、それを開ける」という所作によって綴られる。この身体感覚が、本のページの「表裏」にも、社会の「表裏にもつながっている。文字は人間の痕跡そのものであり、独自のフォントをもたなくなった最近の新聞やメディアは、まさに身体性を失った人間を象徴しているのではないか。
 セイゴオの問題提起を受けて、最後に、浅葉さんが紅白の旗を手に、手旗信号で「水と書と日本」の一音一音を実演してトークを締めくくった。
 
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■ICCトーク「メディアを探索せよ!」

 12月15日のトークライブは、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)10周年記念として、メディアアートをテーマに開催される全5回シリーズの初日。コーディネーターの四方幸子さんから、宇川直宏さん・近藤哲也さんとともに紹介を受けたセイゴオは、「今日はぼくは保護者の立場です」と笑いながら挨拶。すでにこの日に先立ち、赤坂で二人と3時間におよぶ打ち合わせをしていたこともあって、会場スクリーンに披露されるそれぞれの作品のおもしろさを的確に言葉にしていった。

 多彩な活動で知られ、自らをメディアセラピストと称する宇川さんは、人工台風装置による「A Series of Interpreted Catharsis episode1- typhoon」、レム睡眠中のイメージを映像化した「RAPiLLd i MOVEMENT」など最近の作品を映像で紹介。また、長年ニューヨークで活動してきた近藤さんは、プログラミングによる作品「tetraleaf project」、インスタレーション「0/4」とともに、セイゴオがいたく気に入ったという、廃材だけで作った楽器「double harmonics guitar」とその演奏のためのオリジナルの記譜などを披露。

 セイゴオは、情報とつながりっぱなしの現代では、アートもメディアも伏せる力や秘める力を失っている。「何をつなぐ」かということよりも、「どこで切るか」「何を引くか」ということが重要になっていると指摘。宇川さんと近藤さんの作品には、情報単位の分界力とノンリニアな編集力と意味変容のおもしろさがある、と高く評価した上で、理性を蕩尽しきったところに生まれる「キワ」をめざしてほしい、日本が持ち出せなくなっている「負」を勇気をもって表現にしてほしいと、今後の期待を語った。

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2007年11月 6日


Diary こんな日本人・あの日本人


福原義春さんと超高速椿座談義

 10月末日、連志連衆會・椿座の第2講が開催されました。会場は、第1講同様、北山ひとみさんの“隠れ屋”、深沢の梅寿庵。
 前回は入院中のため参加できなかった座元の福原義春さんが、すっかり回復した艶々したお顔で会員のみなさんをお出迎え。退院後セイゴオと何度かうち合わせを重ねて、今期椿座のテーマを「あんな日本人・この日本人」とし、二人で日本人の源流を探る座談をすることにしました、とご挨拶。そして、さっそく古代の神話時代・王朝時代をかわきりに、縦横無尽の対話が展開していきました。

福原:日本はいまだに神話のある世界でも珍しい近代国家。1000年以上前に書かれた『源氏物語』を、いまも原文で読めるというような国も、ほかにはない。
松岡:たった一人の女性が書き上げたということでも『源氏物語』は稀有。紫式部は「竹取物語」や「大和物語」などの“物語の親”をたいへん意識していた。
福原:日本の物語や神話の最大のマザータイプは中国の長江文明と黄河文明だった。
松岡:漢字そのものがまさに物語世界だった。ただし中国の神話では洪水伝説が大きい。歴代の王にとって、政治とは水利事業のことでもあった。
福原:日本の天皇はいまも即位式で「真床覆衾」を行う。神話世界をリアルにやり続けているのも日本だけではないか。
松岡:伊勢の遷宮のように、日本は延々と「始原のもどき」を演じ続ける。そこには、「あえて始原を問題にしない、語らないという方法」がひそんでいる。

 打てば響くような福原さんとセイゴオの応酬は、日本の方法の最奥の秘密に触れながら日本神話の構造についてたっぷりめぐったあと、最初に日本をつくった日本人たちとして、聖徳太子・天智天皇・天武天皇・藤原不比等を取り上げました。

松岡:聖徳太子は渡来民をまとめあげ、隋の煬帝の中華思想ともわたりあった。このような交渉術はその後の日本には見られない。
福原:日本人のなかではいちはやく無常観ももっていた。仏教をイデオロギーとして取り入れたことも大きい。
松岡:続く天智・天武時代には政治体制の確立と文字・言語体系の確立が重なった。それは日本の思考をつくりあげた時期でもある。
福原:万葉時代もめざましかった。
松岡:それらの成果をすべて掌握し、日本の言語文字を改めて中華秩序の中に位置付けたのが藤原不比等だった。以降の日本はすべて藤原氏の計画と陰謀によってつくられた。

 福原さんの絶妙なナビゲーションによって、藤原氏の謎とともに華厳経による鎮護国家システムについて解説するセイゴオ。話題はさらに万葉時代をへて平安時代へ、藤末鎌初へとどんどん進みます。

福原:唐に留学した空海が日本に戻ってきたときに、何をめざしたのか。
松岡:それまでになかった金胎両部の密教システムを国づくりに取り入れようとした。経典型のシステムから、マンダラ型のシステムに転換した。空海の方法はまさに「密言」、密教は華厳経よりもすごいと言いながら、具体的なことは一切語っていない。
福原:言葉の力を重んじた人として、後白河法皇にも注目したい。日本のすべての歌謡のルーツは後白河の編纂した「梁塵秘抄」にある。
松岡:日本の天皇とは「遊君」である。後白河がまさにそれを体現した。
福原:「遊びをせんとや生まれけむ」の「遊び」は真剣な遊びのこと。一方、そのころ日本には「浄土」という新しい観念も広まっていた。
松岡:「浄土」を広めたのは空也らの念仏仏教だったが、これも世界的に珍しい。たとえば「和讃」はまさにJ-POPのようなもの、ニューウェーブだった。
福原:男装した白拍子がそのころの日本を象徴する存在だった。ところが以降の日本は武士が台頭し、文学芸能の担い手も男性に転じてしまう。
松岡:韓国では武家政権はわずかに30年ほどしかなかったが、日本は数百年にわたった。のちに鈴木大拙の説いた「日本的霊性」は、じつは古代は女性たちが担い、中世以降は武士に転じてしまった。日本の謎を解く鍵がここにある。

 稀代の読書家である福原さんとセイゴオが繰り出す引き出しはまさに無尽蔵、予定時間の150分があっというまに過ぎてしまいました。北山さんが用意した由庵特製弁当と特別仕込みの日本酒をいただきながらの歓談では、「めくるめく展開に、脳がすっかりしびれてしまった」という感想が続出していました。

 椿座はこのあとも3回にわたって、近代・現代にいたるまで、福原さんとセイゴオが、「あんな日本人、この日本人」を掛け合いで話し続けることになっています。

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2007年10月27日


Diary 小布施訪問9時間連続和英打合の記


 24日午後1時44分ごろ、長野県御代田町付近の長野新幹線(軽井沢―佐久平間)で停電があり、送電がストップ。近くで東京発長野行きあさま523号が止まった。JR東日本が調べたところ、25000ボルトの高圧電流が流れている送電架線にヘビが絡まり、地上とショートした状態になっていた。約1時間で停電は復旧した。(朝日新聞10月25日朝刊)

 不幸にもこの「あさま523号」にセイゴオが乗り合わせていた。しかも止まったのはトンネルのなか。この日セイゴオは数年ぶりに小布施を訪問し、翻訳家のハート・ララビーさんと会って、とある「日本のためのマザープログラム」の英訳について打ち合わせをすることにしていた。
 トンネルの中のため携帯電話は使えず、停電のため照明は消え空調も止まった車内は、復旧の見込みも不明なまましだいに緊迫ムードに。ところがセイゴオはいっこうに焦るようすもなく、わずかな電灯を頼りに持ってきた資料の読み込みにひたすら集中。ようやく「ヘビ」が原因だったというアナウンスとともに「あさま523号」は動き出し、セイゴオも無事に長野にたどり着いた。

 長野電鉄に乗り換え、予定時間から1時間30分ほど遅れて小布施に到着すると、市村次夫さんが改札口でお出迎え。新幹線ストップのニュースを聞いて心配してくれていたようだ。
 市村さんは枡一酒造十七代目当主で小布施堂主人、独自の町づくりで全国的に知られるようになった小布施の名プロデューサーでもある。20年ほど前、市村さんが片腕の市村良三さん(現町長)、セーラ・マリ・カミングスさんとともにセイゴオ主催の企業塾に参加したことをきっかけに、セイゴオもしばしば小布施を訪ねてきた。高橋睦郎さんをゲストに未詳倶楽部を開催したこともある。

 小布施堂で新栗のお菓子をいただいて一服したセイゴオ、すぐに今年7月に市村さんがオープンさせたばかりの「枡一客殿」に案内してもらった。数年前にその構想を聞いてからセイゴオも完成を楽しみにしていたゲストハウスである。
 長野の老舗砂糖問屋から移築した土蔵を用いた純和風の外観でありながら、客室内は間取りも設備も超モダン。わずか11部屋という小規模ながら、設計者のジョン・モーフォード氏のこだわりが調度や意匠の細部にまで込められているという。が、客殿に掛ける市村さんのこだわりもまた尋常ではないものらしい。

 今回のララビーさんとの打ち合わせのために市村さんが提供してくれたスイートルームには、7~8人でゆったりと使えるリビングがあり、そこには日本文化に関する本が並ぶアーチ状の本棚が設えられ、また巨大な酒樽がディスプレイされていた。「松岡さんのような方にこそ使ってほしいと思ってつくった部屋ですからね」と、市村さんもおおいに満足気だ。

 ほどなくして二人が団らん中のスイートルームにハート・ララビーさんが合流し、いよいよセイゴオの構想する「日本のためのマザープログラム」の英訳打ち合わせに入った。
 ララビーさんとは、セイゴオが市村さんの主催するイベント「小布施ッション」で講演をしたときに知り合った。日本人女性と結婚して小布施に住み、翻訳を仕事とするララビーさんは、「小布施ッション」の講演録の英訳を担当していた。以来、セイゴオの使う日本語のニュアンスやその背景にある思想を理解してくれる翻訳者として、ララビーさんはセイゴオにとってなくてはならない人になった。

 「今回のは難しい仕事ですね。でもやりがいがある」とララビーさんが言うと、セイゴオも「ぼく自身、これを日本語で説明することさえ難しいと思っているんだよ。だからハートとゆっくり話し合いながら進めたかったんだ」。
 その仕事とは、セイゴオが数年かけて作り上げた「次第段取一切」というたった1枚だが、全部で100ほどの単語が格別の順番で並んでいるだけのペーパーの翻訳である。が、その意味と順番を理解するには、能・歌舞伎から俳句・和歌まで、あらゆる日本の芸文知識を総動員する必要がある上に、東西の神話や物語の構造も熟知していなければならない。つまり、数百冊分の情報がたった1枚のペーパーに集約されてしまったような、とんでもないものなのである。
 しかもセイゴオは、元の日本語のもつ含みやニュアンスとそれらの順番から読み解ける文脈のおもしろさを、英語的にもおもしろく感じるようにしたいという。

 ひとつひとつの言葉についてセイゴオがさまざまな例示を駆使して説明すると、ララビーさんもパソコンに入っている類語辞書を次々開いて、セイゴオに鋭い質問を投げかけていく。
 「ここは日本語の造語的な感覚を生かした英訳のほうがいいですか。」
 「ここは物理的なニュアンスですか、それとも心理的なニュアンスのほうがいいですか。」
 「この場合、場面はポジティブに向かっているんですか。ネガティブなんですか。」

 ララビーさんは、留学中に四国八十八カ所を廻り、来日してからは京都にも住み、能の世界にも入ったことのある日本人以上の日本通だ。長男長女が生まれたときには、納得いくまで雛人形と五月人形を探し回ったというほど日本文化に対する思い入れもある。
 文脈によって裏腹の意味にさえ転じてしまう日本語のなかでも、とりわけ曖昧度の高い言葉ばかり、しかもそれを英語でどのように表現しうるかという究極の難題に取り組むためにも、ララビーさんの深い日本理解が欠かせない。「ハートはまるで日本人だねえ。いや、ぼくの知ってる日本人たちより速いし、深い」と、セイゴオもすっかり感心していた。

 その日は食事をはさんで夜中すぎまで6時間、翌日も10時から3時間打ち合わせを続け、とうとう「次第段取一切」のほとんどの言葉について和語と英語のすり合わせがなされた。結局、客殿に籠りきりの小布施滞在となってしまったが、セイゴオは大満足したようだ。
 客殿の主人・市村さんも「おかげさまで打ち合わせがはかどった」とのセイゴオの言葉に満面の笑みを浮かべ、「今度はぜひ数日滞在するつもりでおいでください」。ちなみに市村さんは、幕末維新の時代に小布施にいながら日本の変革を構想し、最晩年の北斎のパトロネージュをしたことでも知られる豪商・高井鴻山の末裔である。

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小布施の名プロデューサー市村次夫さん
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和英語の微妙なニュアンスを交わしあう
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2007年10月20日


Diary 伊賀上野赤目四十八滝探訪記


『ときの探訪』11年目の研修合宿

 毎週木曜日、CBCテレビ(中部日本放送)で放映中の「ときの探訪」は、セイゴオが監修をつとめるミニ番組(JR東海提供)。2分半という短さですが、東海道沿線の伝統工芸、祭り、建築、庭園、名所名物などを取り上げ続け、なんと今年で11年目。平均視聴率10%以上という根強い人気のヒミツは、2ヶ月に一度赤坂でおこなわれる企画会議。CBC、JR東海エージェンシー、番組制作を担当するエクスプレス、番組企画を担当する松岡事務所・編集工学研究所スタッフが勢ぞろいして、セイゴオのアドバイスを受けながら企画を練ります。

 10月5日~6日には、これも番組開始以来恒例となっている年に一度の研修合宿が行われ、芭蕉と忍者のふるさと、三重県の伊賀上野をめぐりました。以下、セイゴオと、通称「ときたん組」の道中記を写真でご紹介。

■伊賀焼談義に花が咲く

 まず訪れたのは「伊賀焼伝統産業館」。「伊賀焼きといえば、やっぱり破れ袋だね」。番組スタート時からチーフプランナーを勤める高橋秀元とセイゴオの伊賀焼き談義に耳を傾けながら、館内で上映中の映像資料をくまなくチェックする一行。ちなみに館内の売店で、高橋秀元は茶陶を、セイゴオは目玉焼き器を購入。

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作品をみながら「筒井伊賀」から「藤堂伊賀」まで伊賀焼の歴史を解説するセイゴオ
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伝統工芸士の伊賀焼ふくろうを手に、ハイ、チーズ


■組紐の妙技を堪能

 続いては伊賀組紐の老舗「廣澤徳三郎工房」を訪ね、三代目の技を見学。鮮やかな手付きで帯締めを組んでいく廣澤さんに、太田香保・田中晶子・和泉佳奈子・栃尾瞳ら女性スタッフたちが興味津々で質問の集中砲火。とりわけ染織を習っていたという太田は、組機一式をどこで買えるかということまで熱心に聞き込んでいました。

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無数の糸を自在にあやつる廣澤さんの手さばきに興味津々
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連子格子のお店のまえで「ときたん組」の記念撮影


■赤目四十八滝でオオサンショウウオに会う

 赤目四十八滝入り口の温泉旅館・対泉閣に泊まった一行、翌朝さっそく四十八滝ハイキングへ。柱状節理の断崖に挟まれた渓谷と次々にあらわれる滝の景観に、セイゴオもしきりに感嘆の声。ところがなんと和泉佳奈子が滝つぼ近くでオオサンショウウオを発見、一行は大騒ぎとなり、予定時間のほとんどを天然記念物観察に費やしてしまいました。

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赤目の牛に乗った不動明王にちなんだ“不動滝”の滝つぼにいたオオサンショウウオ
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次なる滝に向かう足を止めてオオサンショウウオの一挙手一投足に注目する一行

■芭蕉翁忍者説に納得してしまう

 再び上野市に戻って、芭蕉翁記念館と芭蕉生家をじっくり見学し、さらには伊賀流忍者屋敷へ。忍者好きのエクスプレスの深津美雄さん、子どもたちに混じって忍者ショーを堪能したようす。編集工学研究所の若手・石黒壮明と興梠証も、忍者グッズの展示に見入っていました。「この町では芭蕉忍者説もまんざらじゃないという気がしてきちゃうね」とセイゴオは始終にこにこ。

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伊賀上野を散策し芭蕉の生家でおもいをはせるセイゴオ
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上野公園にある江戸時代から伝わる忍者屋敷


■腹もヒモもよじれる組紐体験

 最後は組紐センターで、全員そろって組紐制作体験。丸台をつかって色とりどりの糸を6本、左右の手で交差させながら、紐を作ります。あっという間にマスターしていく一行のなかで、なぜか高橋秀元だけが大混乱、あまりの不器用さに先生も腹をよじらせ笑うばかり。それでも無事にキーホルダーを完成させることができました。

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正絹と金糸を組み上げていくセイゴオと石黒壮明
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高橋秀元のあやうい手付きに、全員がかりの特別指導

テレビ局:CBC(中部日本放送)
時  間:毎週木曜日 19:54~19:57
放映地域:東海三県(愛知・岐阜・三重)
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「ときの探訪」番組HPもご覧下さい

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2007年9月10日


Diary 岡野弘彦さんの語りに酔う


 台風9号の影響で荒れ狂う風雨のなか、赤坂ZEREビルに岡野弘彦さんが来訪。歌人として当代随一、また折口信夫に深く信頼を寄せられた弟子として、天皇家の和歌のご進講役としても知られる岡野さんは、セイゴオが以前から会いたがっていた憧れの人物。岡野さんと同郷であり元「伊勢人」編集者の堀口裕世さんのお引き合わせで、対談が実現しました。

 宮内庁御用掛の退任にともなう挨拶まわりや、9月3日の超空忌を終えたばかりで、さぞお疲れではとのセイゴオの心配もなんのその、開口一番、「こんなにたくさんの本に囲まれて幸せです。ここは落ち着きますね」と本棚をすばやく見渡す岡野さん。83歳という御年すら感じさせない好奇心いっぱいの表情に、セイゴオはあっという間に包まれてしまったようでした。

 「けれども私はずっと気分がおかしいのです。湾岸戦争のバグダッド攻撃のあの日から」。
 先ごろ上梓した歌集「バグダッド燃ゆ」(現代短歌大賞受賞)をカバンから取り出しセイゴオに差し出しながら、岡野さんは「アメリカと闘って無念を体験した世代」としてその心境を語り始め、そこから神主の家に生まれ神宮皇學館で学ぶうちに古典文学と出会ったいきさつや、8ヶ月の兵役体験ののち、国学院大学生時代に折口信夫の内弟子となったことなど、半生を振り返りながらの滔滔とした話しが展開していきました。

 近所の中華店に移動しての食事中も、時折古今の和歌をすらすらと諳んじながら、当時の情景や会話をつぶさに蘇らせる岡野さんの絶品の語り口は疲れ知らず。セイゴオもインタビュアー精神をおおいに発揮して、とりわけ折口信夫の読書や執筆や思索の方法や、柳田国男との交流関係には突っ込んだ質問を重ねていました。

 4時間近くにわたった対談を終えて、傘も折れんばかりの強風のなか、いまなお折口の“荒魂”と“和魂”と同行二人の岡野さんを見送って、セイゴオは早くも再会の日が待ち遠しくなっているようでした。

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2007年9月 7日


Diary 「椿座」 第2期スタート


市中の山居で日本を想う

 八月末日、余炎を鎮めるような慈雨に見舞われながら、連志連衆會主催「椿座」第二期がスタートしました。会場は会員限定の一座にふさわしい北山ひとみさん(二期倶楽部代表)の“隠れ家”、世田谷深沢の「梅寿庵」。新興住宅街のなかに凛とたたずむ萱葺きの古民家です。

 玄関の広々としたタタキで履物を脱いで、蚊遣りの炊かれた二十畳ほどの座敷に上がると、障子の取り払われた縁側の向こうに草木の自然な姿を生かした瀟洒な庭。三々五々、人が集うほどに蒸し暑さが増して、扇や団扇をぱたぱたとさせながら挨拶を交し合う風情もまた「市中の山居」の愉しさです。

 亭主セイゴオもひときわ大振りの男扇を煽ぎながら床の間の前に着座。「椿座」第一期では日本の古典や調度や音楽をテーマに講義をしましたが、第二期は皆さんとゆっくり対話をしながら進めたい。そう言ってまず会員に発言や質問を促しました。
 たちまち「いまの日本は変革なき乱世を迎えているのではないか」「web2.0時代に日本という方法はどう生かされるのか」「日本は流民の系譜を取り戻すべきではないか」といった鋭角で多様な視点や意見が出され、一座の空気が引き締まります。

 5人ほどの発言が終わったところで、今度はセイゴオがそれらを引き取って一編の日本語りに仕立てます。日本では、「漢と和」「朝廷と内裏」「天皇と将軍」といった「二項体制」が破られたときに乱世になる。しかし乱世を超えて「日本人のこころ」を伝承してきた人々がいる。それが流民や遊民である。彼らは政治の中心に立つことのないアウトサイダーであり、各地を動きながら“there”(向こう側)の情報を“here”(こちら側)にもたらすネットワーカーだった。天皇家や将軍ともつながりをもっていた。かつて欧米ではWebは「there」と呼ばれていた。たとえば今後「セカンドライフ」のなかに、「there」としての日本がつくられていく可能性がある。ただしそのためには、日本の「超部分」が浮上する必要がある…。

 いつのまにか庭は夕闇に包まれ行灯の光ばかりのほの暗さとなった会場に、ひととき喉を潤すラムネとアイスキャンデーが配られました。セイゴオの話を受けて、引き続き会員の小堀宗実さん、矢萩春恵さん、植田いつ子さん、緒方慎一郎さん、大出真理子さんなど、それぞれに「日本という方法」を見つめてきた立場から、いま抱えている問題意識が語られます。今の日本は何を「二項」として立てていくべきなのか、作法や技法の奥にある“意味”をどのように次世代に伝えていけばよいのか。
 セイゴオは、ニューリーダーなき異常な乱世だからこそ、「モノ」を残す必要があるのではないか、また21世紀の日本で新たな様式となりうるものを見定めるべきではないかと語り、連志連衆會に集う皆さんが「目利き」として日本の価値軸を担っていく可能性に期待を込めました。

 北山さんのお見立てによる二段重ねの心尽くしの弁当を食しながらの歓談があり、そのあとに、セイゴオが用意してきたプリントを配布。意外なことにそれは『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』の第7章「男と女の資本主義」から、「レベッカとお宮の資本主義」の一節を抜き出したもの。資本主義を抱えた近代ヨーロッパでは、理想と欲望が一致しないという世界観を文芸が痛みをもって描いてきたけれど、日本はその痛みを持たないままきてしまったのではないか、また文芸もアートも資本主義との闘いすらもしてこなかったのではないか。会話仕立ての文章を朗読しながらのセイゴオの最後の問題提起は、「椿座」の第二期の第一夜に、深い影を刻印したようです。

 予定されていた終了時間を大幅に超えていましたが、最後に北山さんのはからいで線香花火が用意され、雨上がりの庭で小さな火花を次々に咲かせながら、去りがたい様子で静かに語り合う会員のシルエットがいつまでも残っていました。

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2007年8月 3日


Diary 大蔵経データベース完成を祝して


仏教2500年の歴史につながる「智慧の宝庫」

 7月30日、大蔵経データベース化完成記念大会シンポジウムが東京ガーデンパレスで開催され、セイゴオがパネラーの一人として出演、電子化された「智慧の宝庫」の21世紀的重要性と可能性を編集工学者の立場から示唆するスピーチを行った。

 「大蔵経」とは、仏教の経・律・論の「三蔵」を集約し編纂したもので、古来東アジアの各国が国家事業として取り組んできた。日本では、漢訳された経論と中国・朝鮮・日本の仏教文献を網羅した『大正新脩大蔵経』全100巻(高楠順次郎・渡邊海旭都監修)が民間の手によって1924~34年に編纂・刊行された。今回データベース化されたのは、その『大正新脩大蔵経』の第1巻から第85巻までのテキスト部分。
 このプロジェクトは日本の仏教界と仏教学会が手を結び成し遂げられた歴史的な大事業とも言われる。1994年、東京大学の江島惠教氏によって「大蔵経テキストデータベース研究会」(SAT)が発足したことから始まった。膨大な作業と人員の必要性から一時は資金面で事業存続の危機に陥ったこともあったが、平成12年に「大蔵経データベース化支援募金会」が発足、仏教各宗派・仏教系大学・民間の協力体制が整ったことにより、ようやく事業が軌道に乗ったという。

 大会前半、支援募金会事務局長の奈良康明氏とともに、募金会発足後急逝した江島氏の構想を継承しデータベース化を完遂させたSAT代表の下田正弘氏が、これまでの経緯と関係者への謝辞を語った。全巻8万ページ、使われているフォントは漢字・仮名・梵字などをあわせて1億5千万字近くあるという『大正新脩大蔵経』を電子化するためには、仏教2500年の歴史に連なろうとする強い意志と、そのような大事業に関わる感謝の気持ちがかかせなかったという下田氏の言葉に大きな拍手が沸いた。

 その下田氏の進行によって、大会後半のシンポジウムでは、まず東洋哲学研究者のアルバート・チャールズ・ミラー氏、仏教学者の彌永信美氏、仏教・文学研究者の石井公成氏が、それぞれ大蔵経テキストデータベースを使った研究事例を発表。インターネットを介して世界中の仏教研究者が共同研究の場を自生させながら、これまでほとんど注目されてこなかったさまざまな文学や思想と仏典とのインターテクスチュアリティを新たに発見していく可能性などをアピールした。

 セイゴオはそれらの事例や方法はいずれも今後の仏教研究を牽引する「前衛」になるはずと前置きした上で、次のようにスピーチをした。

 仏典はブッダが語った言葉がまずオラリティ文化のなかで継承され、やがてそれが文字に表わされ結集されたもの。仏典として定着していくまでに長い時間がかかった上に、その時代や地域の文字システムによって、多彩なシナリオやスクリプトが生み出された。しかも、それらはインドから中国、さらには東南アジア、チベット、モンゴル、朝鮮半島、日本にまで広まり、「縁起」や「空」というヨーロッパ思想では読み解けないような考え方がさらに膨大なバリエーションの仏典や注釈書によって継承され、それがまたさまざまな宗派や宗門を生み出してきた。目に見えないブッダの言葉や悟りの世界が、多様な文字になり、仏典になり、ハイパーテキストとなり、いよいよそれが電子コーパスとして集大成された。
 私の本来の研究テーマは「日本という方法」である。日本にはインドにも中国にもない仏教編集方法があった。日本にはそもそも文字はなく、仏教とともに中国の漢字を取り入れ、それを万葉仮名にし、平仮名とカタカナを独自に生み出した。あるいは返り点などを工夫して、漢文を日本語で読み下した。さらには仏教における感覚的・身体的な概念を、和歌や文学や物語に転化させることによって、独自の文化や芸能を生み出した。
 SATのプロジェクトもそういう歴史のつながりのなかにある。このデータベースによって、日本が仏教を取り入れそれらを新たに編集した「現場」にいつでも立ち戻ることができるはずだ。このような研究から、まったく新しい日本の見方さえ浮上するだろう。極東の日本がインドに発祥した仏教をもう一度新たな「知の方法」として、全仏教史の流れごと受け止め直すことにもなる。
 私はいま、「アフォーダンス」「アブダクション」という二つの見方に非常に関心をもっている。アフォーダンスは、私たちの身体や知が環境や対象によって「アフォード」されていくという考え方。「アブダクション」とは類推的仮説形成のこと。じつは、ブッダの語ったことに近づくためには、「縁起」や「空」の意味を知るには、この二つの「A」が不可欠である。なぜなら、どんな概念もキーワードも、それが辞書の項目のように単立で存在しているわけではない。必ずセンテンス、フレーズと結びつき、コンテキストのなかに含まれることによって、それらは存在し継承されていく。仏教思想というものはまさにそこを重視する。今日の電子ネットワーク社会やデジタルアーカイブの未来もまた、コンテキストをどのように扱えるかということにかかっている。テキストとテキストをどのようにまたぎ、つないでいくのか、そこに二つの「A」がかかわってくる。
 21世紀の日本にとって、SATはもっとも重要な知識情報になるはずである。日本においては、ほとんどの概念、キーワード、ロジックは、仏教が用意したことが明らかになるだろう。今後は、仏教が生み出した多様なイコンやシンボルの画像や音声などもデータベース化されることをぜひ期待したい。

 セイゴオの示唆した「二つのA」は他のパネラーや来場者をおおいに触発したらしく、その後のディスカッションと質疑応答でも、諸宗派の代表が集ったシンポジウム後の懇親会でも、さかんにその話題がかわされていた。

 ちなみに、今回のシンポジウムは関係者と支援会メンバーのためのクローズドな会だったが、ISIS編集学校の専門コース[離]の千離衆たち(卒業生)十数人も特別聴講していた。現在、千離衆のあいだでは、セイゴオの編集的世界観にもとづく大規模なテキスト編纂プロジェクトの準備が進んでいる。プロジェクト名は「万離の超城」と言うらしい。

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開演前、彌永信美氏と仲よく“タバコ談義”

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データベースによる仏教研究の達人が壇上に揃う

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大事業の完成を祝しながら、「智慧の宝庫」のハイパーな展望を語る

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2007年7月31日


Diary 大盛況、「ちょっと本気な」サイン会


 7月26日、八重洲ブックセンターでセイゴオ初のサイン会が行われました。あいにくの雨にもかかわらず、本館1階の特設会場には、開始前から『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻』を手にしたお客様の長蛇の列。その表紙画「セントラ屋」ミストグラフ(版画)と『千夜千冊全集』がディスプレイされた席についたセイゴオ。銀色のペンで、『虎の巻』の深紅の見返しに一人一人の名前とサインを、タッチを変えてしたためます。
 保存用にと3冊購入した男性には3パターンのサインを、『千夜千冊全集』の特別巻を持参した奥様にはセイゴオの大ファンだという旦那様への為書を、この日が誕生日だった編集学校の学衆にはバースディメッセージを添えるなど、大サービス。セイゴオの両脇に立ったベテランの書店員が、見事な手さばきでお客様とセイゴオをつないでいきます。
 サインの合間にもセイゴオは、一人一人に積極的に話しかけます。『17歳のための世界と日本の見方』を読んで興味を持ったという学生には課題研究への示唆を、「絵本の古本」と「木のおもちゃ」のショップオーナーの女性には本とオブジェのかかわり方をアドバイスし、『遊』以来のセイゴオファンという紳士とはかたい握手を交わしました。
 普段は会うことのできない、書物のむこうの読者たちの思いに触れ、「一冊一会」の縁をセイゴオもたっぷり味わっていたようです。
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2007年7月 6日


Diary 「擬画遊書展」出品作勢ぞろい


 「松岡正剛・擬画遊書展」会場の「ギャラリー册」では、セイゴオとスタッフが連日連夜、展示作業に大奮闘。5日午後、ようやく額装された出品作が勢ぞろいし、飾り付けもほぼ完成、あとは6日のレセプションを待つばかりとなりました。
 展覧会テーマは「物語の出現」。「千夜千冊」に取り上げた物語にちなむ遊書と擬画を約50点出品しています。ちなみに、「遊書」はセイゴオが自由に水暈墨章に遊んだもの、「擬画」は技法もスタイルも自在な独自のドローイング作品のこと。またそのうちの14点は、高度なデジタル技術を駆使した「ハイパープリント」(超版画)作品となっています。
 さらに、求龍堂によって版画化された『千夜千冊虎の巻』(求龍堂)のための描き下ろしドローイング全9点も展示・販売します。

 「松岡正剛・擬画遊書展」は、7月29日まで。「言葉のある絵」「絵が文字を孕む」ということを意表したかったというセイゴオの手技を、ぜひ会場でとくとご覧ください。


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求龍堂版「ミストグラフ」全作品が展示されたコーナー

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さまざまな技法を駆使した「遊書」「擬画」とともに「千夜千冊全集」やセイゴオの著書もディスプレイ

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初公開! ハイパープリント作品「物語の出現シリーズ」より「ヴィンチャの女」(左)と「水神」(右)


松岡正剛・擬画遊書展―物語の出現

◇会期:2007年7月7日(土)~29日(日) 11時~19時

◇休廊日:7月9日(月)、17日(火)、23日(月)

◇会場:NIKIギャラリー册
     千代田区九段南2-1-17 パークマンション千鳥ケ淵1F
     東西線・半蔵門線・都営新宿線 九段下駅2番出口徒歩10分
      TEL:03-3221-4220 FAX:03-3221-4230
      http://www.satsu.jp/

◇レセプション・パーティ  7月6日(金) 17:00開演
 ※7月6日(金)は17時よりオープンいたします。
  パーティはどなたでもご参加いただけます。

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2007年5月16日


Dairy 森村泰昌さん、真行寺君枝さんと築地本願寺へ


ますます本番が楽しみな「連塾2」
 
 6月16日(土)に築地本願寺で開催される「連塾2-牡丹に唐獅子」に向けて、セイゴオとゲストの打合せも大詰めに入っています。今月初旬には美術家の森村泰昌さんと女優の真行寺君枝さん、そして照明・演出の藤本晴美さんとともに築地本願寺で3時間にわたる現場打合せを行いました。

 伊藤忠太設計のインド様式の建物を隅々まで見渡し、会場の雰囲気を全身で感じた森村さんは、次々に浮かんでくるアイディアをその場でセイゴオに相談。いろいろな作品の中から今回の連塾用の構成を話し合いました。また、真行寺さんは、しばらくの間、本堂荘厳の前にただずんだあと、当日の装いや振る舞いをシミュレーション。

 当日は、森村さんや真行寺さんのほかに、コンセプターの坂井直樹さん、グラフィックデザイナーの杉浦康平さん、国立情報学研究所教授の高野明彦さん、京都大学教授・メディアアーティストの土佐尚子さん、そして俳人の黛まどかさんと書家の矢萩春恵さんが出演。「牡丹に唐獅子」が暗示する「日本という方法」を、セイゴオとともに立ち上がらせてゆきます。

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■日時
6月16日(土) 13:00~20:00 (軽食をご用意いたします)

■場所
築地本願寺 
東京都中央区築地3-15-1 http://www.tsukijihongwanji.jp/

■出演者

  □ゲスト
  坂井直樹(コンセプター)
  真行寺君枝(女優)
  杉浦康平(グラフィックデザイナー)
  高野明彦(国立情報学研究所教授/プログラミング言語研究)
  土佐尚子(京都大学教授/メディアアーティスト)
  黛まどか(俳人)
  森村泰昌(美術家)
  矢萩春恵(書家)

  □ナビゲーター
  松岡正剛

■参加費
3万円(連志連衆會会員は1万円)

■主催
連志連衆會

■参加申し込み方法
松岡正剛事務所に、電話でお問合せ下さい。(03-3568-2200)
くわしい案内状などをお送りいたします。


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2007年5月 8日


Diary 未詳倶楽部「あいつ苗代漫遊道中」


しりあがり寿さんを迎えて超絶マンガ体験

 4月21日~22日の二日間、セイゴオ&松岡事務所は、会津若松で未詳倶楽部春季例會「あいつ苗代漫遊道中」をこっそり開催しました。未詳倶楽部はセイゴオの思索や活動に熱血関心のある人々が集うプライベートクラブ。年に数回、集ってディープな例會をしていますが、その案内には集合場所と時間が記載されているだけで、毎回登場するゲストの名前もプログラムも一切がヒミツという、とても変わった趣向を遊びます。
 今回の集合は、会津若松駅近くのホテルのティールーム。全国各地から訪れた会員をセイゴオが迎撃、全員そろったところでいよいよ未詳ゲスト、漫画家のしりあがり寿さんが登場しました。常日頃からマンガの編集性や表現性を高く評価しているセイゴオは、しりあがりさんを「未詳の力を表現したアーティスト」と紹介。その後は、酒造りの蔵やレンガ造りの館が並ぶセピアレトロな会津若松の市中を散策し、東山温泉の隠れ宿に落ち着き、真夜中までしりあがりさんの作品の数々と、セイゴオとのマンガ談義をわはわはと堪能しました。

 翌日はマンガの「トビラ」(表紙)を描くという実技篇。「タイトルとキャラクターのカット、そして本編の予想と期待を誘う“あおり文句”で構成される“トビラ”は、マンガの中でも最も楽しくそして編集が必要」と、しりあがりさん。指定されたテーマは「会津」か「猪苗代湖」。各自にスケッチブックと筆記用具が手渡され、折りしも北上した桜が爛漫の「鶴ヶ城」をたっぷり散策後、さらに貸し切りバスで猪苗代湖へ。
 湖畔のお座敷で輪になって、いよいよ課題発表の時間。ミステリーあり少女コミック風あり、不条理ありナンセンスギャグありの、会員たちの力作・怪作の発表に、セイゴオはひたすら笑い続け、しりあがりさんもハイパーコメントに縦横呑吐。もちろんしりあがりさんも、その場で課題ルールに則った「作品」を、あっという間に3点描きあげ披露してくれました。

 じつはしりあがりさんは青年期から「遊」のファンだったことも告白。どおりで二人の間合いは、まるで『弥次喜多 in DEEP』のようでした。

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未詳会員全員集合
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いよいよ登場の「あいつ」を遊迎
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マンガ片手に真剣そのものの夜会
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ヒゲとメガネでセイゴオさん♪
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認知と表現のナゾを語る
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鶴ヶ城天守閣から見下ろした春爛漫の会津若松
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爆笑が止まらないセイゴオ
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しりあがりさんが描く「名探偵セイゴオ」
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新会員に会員証を贈る
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漫遊道中を振り返る「弥次さん」「喜多さん」

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2007年4月18日


Diary 『夜想』編集長と対談「耽美をめぐって」


 『夜想』の編集長・今野裕一さんとセイゴオが「耽美」について対談。会場はスタジオパラボリカ(台東区柳橋)。館内のギャラリーでは、今野さんが「耽美」の話に欠かせないという「球体関節人形」を展示中。球体関節人形とは、腕、足などの関節に球体を入れてつないで自由なポーズを組める人形のこと。対談中もセイゴオの傍らには、一体の美しい球体関節人形が座っていました。

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今野:耽美は、ロジックのない感覚的な“掴み”。先に構造を見ないと安心できないというものではなく、最初に入る時のタッチみたいなもの。そのときに「美しい」と感じたら、それが耽美。ただし、耽美は「気持ち悪い」とか「グロテスク」とかのギリギリのところにある。

松岡:耽美というのは、システムや全体やストーリーじゃない。全体が耽美的になるのではなく、“ほつれ”、つまり、その一瞬のマイクロスリップをきっかけに全体が耽美になる。

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松岡:ハンス・ベルメールの影響で、日本でも四谷シモンさんなど多くの作家が球体関節人形を作っている。この前、ぼくが対談した押井監督もベルメールの影響を大いにうけた一人で、映画「イノセンス」では非自己としての「他者」の象徴として「機械少女」を描いている。

今野:95年くらいに恋月姫さんみたいな女性の人形作家がいっせいに出てきた。そのころから球体関節人形は、イメージの組み替えのための道具になった。ベルメールや四谷シモンの人形が生体彫刻として永遠性をもっているのに対して、恋月姫さん以降の人形は刹那的。球体関節は、いつバラバラになるかもしれないという危険性を孕んでいる。

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今野:女性の人形作家の先駆者は萩尾望都さん。萩尾さんは理想の女性をやつして少年にし、人形作家たちは機械少女を創り出した。いずれも自分の意識が及ばないほど永い歴史をもつ無数のDNAの積み重なりの中から「一番の理想の少女」を生み出している。

松岡:95年にミトコンドリアDNAは母系遺伝しかしないことが発見され、人類は「ミトコンドリア・イヴ」という一人のアフリカ人女性から始まったと言われるようになった。「未来のイヴ」と「ミトコンドリア・イヴ」に囲まれて、男たちは環境に同化していくしかなくなっている。

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今野:球体関節人形は、関節の仕組みによって人間の肉体では考えられない動きを見せることができる。それが、見る側のイメージすらグニャっと変容させる。そのキワに「耽美」がある。

松岡:一端、つまり「端(たん)」というものが「耽美」が起こるためには必要。一端によって、何かを思い出したり、何かが呼び出されたりする。耽美はそこにある現実じゃない。じつは、日本の歌舞伎も文学も人形も浮世絵も、まさに「端」のアートである。

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(撮影:赤羽卓美)

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2007年4月10日


Diary アートフェア東京で対談


平川典俊さんと「覚道」を語る

 4月10日、「アートフェア東京2007」(東京国際フォーラムで開催)で、アーティストの平川典俊さんとセイゴオが対談。テーマは「覚道(かくどう)への道」。この対談のために活動拠点であるNYから帰国した平川さんのたっての希望によるものだ。

 写真、ビデオ、インスタレーションなど多彩な手法で作品を制作している平川さんは、アートを通して人間存在の根底を考え続けてきたと言う。とりわけ一神教的な欧米社会では、「抑圧」された人間の性(さが)を強調することによって、新たな「覚道」が拓かれるのではないか、「離魂」が起こるのではないか。そう考えて実際にこれまで欧米で発表してきた作品をプロジェクターで紹介しながら、その狙いとともに欧米各国での作品への反応の違いなどを語った。

 セイゴオはそれを受けて、日本的な「覚道」には二つの道があることを示した。ひとつは修行によってビジョンを得る方法。もうひとつは、物(モノ)と霊(モノ)を分けないという見方を取る方法。とくに後者は欧米にはない考え方で、これは言語形態の違いから来るのではないかと言う。

 作品を見ながら、ジュリア・クリステヴァが問題にした「おぞましさ」や、人間がそれらを排除することによって都市を作ってきた問題などが交わされるなか、平川さんがセイゴオにぜひ見せたかった作品があるといって一点の写真を紹介した。
 女性器が空に浮かぶように真っ白な背景に映し出されたものである。30年前、世界放浪中の平川さんがセイゴオと初めて出会ったときに、蕪村の「凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ」の俳句の話を聞き、おおいにインスパイアされ、この作品が生まれたのだという。

 セイゴオは平川さんからの“贈り物”に、「写真としてもこれはいい作品だね」と答えて、西洋でもニュートンやヴィトゲンシュタインやサマセット・モームのように「凧」に狂った科学者や哲学者や作家がいたこと、糸一本でつながっているだけの今にも離れ去ってしまいそうなモノへの胸騒ぎが人間を「凧狂い」にさせるのだろうと語り、こう締めくくった。
 「それを中国の屈原は“離騒”と言ったんです」。

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2007年3月20日


Diary ハイパーコーポレートユニバーシティー第六講


 3月3日、ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」の最終回・第6講が六本木の国際文化会館で開催された。
 昨年11月末から約4ヶ月間、これからの日本を担う企業のミドルリーダーにむけて、毎回場所と次第としつらいを変え、日本の方法と世界の見方を伝授するセイゴオのソロ講義と、平尾誠二さんから安田登さんまでのハイパーなげストを迎えてきた。最終講はいよいよセイゴオが5時間のソロ講義で総まとめ。

■セイゴオ講義-明治に学ぶ東と西・内と外のAIDA
 現代の日本社会や企業を考えるには、近代国家の原点である明治に戻ってみるとよい。日本を一つの国として捉え始めたのも、その中の多様性をコントロールし始めたのも明治からである。ただしそこから現代までの百年を一瞬にして見る訓練をする必要がある。
 明治における日本の近代化には、多くの外からのアドバイザーがかかわっていた。その中の一人が建築家のジョサイア・コンドル。コンドルは西洋建築の技術を日本にもたらし、日本人初の建築家である辰野金吾や片山東熊を育てた。その一方で自分でも生け花をたしなみ、河鍋暁斎に弟子入りして日本画を描き、花柳流を舞った。
 同じ頃、九州熊本から宮崎滔天が立ち上がる。滔天は日本を変えるためにアジアを動かすことを決意し、失敗の連続を繰り返しながらも、孫文や黄興を助け、ついに中国革命を成功に導く。その滔天の自伝『三十三年の夢』は中国で日本人初のベストセラーになり、今なお中国人に大きな影響をあたえているが、このことは日本でほとんど知られていない。

 映像を使いながら、コンドルと滔天の二人をクローズアップし、東と西・内と外のAIDAをつないだ明治の精神を語るセイゴオ。

■課題講評-「わび・さび」と「数寄」のAIDA
 次に、塾生が「わび・さび」をテーマに撮影した写真を一枚ずつスクリーンに映し、その意図を発表。それぞれに対し、「わび・さび」の捉えかたをセイゴオが講評した。
 「日本には“負の方法”“引き算”という方法がある。これを表現するには、自分の気持ちと対象物を共鳴させることが大切」。
 また、黒板に日本神話の構造を図解しながら、「ワビ・サビ」の奥にある「スサビ」を解説。
 「和魂を象徴するアマテラスに対し、荒魂を象徴するスサノオ。このスサノオが“スサビ”のルーツである。スサビは“荒び”であり、“遊び”でもある。日本の遊芸すなわち芸能は、“荒び”と“遊び”を絶妙なバランスで取り入れた。さらにここから“数寄”すなわち“好みの文化”が生まれた」。
 ここで、近代日本を代表する数寄者であり企業人でもある、益田鈍翁を映像を使って紹介。
 「三井物産の大番頭・鈍翁のもとに集まった明治・大正の企業人たちは、経済界で活躍するとともに、欧化主義によって日本が放出しつつあった美術品に新たな価値を発見し、物心両面から日本の美を支えようとした。“国宝”の[三十六歌仙絵巻]に包丁を入れ断簡にして共有したように、文化を財力で引き取り、それを持ち合うことで数寄の精神を発揮した。今日言われる企業文化というものは、果たしてそのような精神を継承しているだろうか。あるいは発信させたのだろうか」。

■ラストメッセージ-AIDAに鮮明になること
 フェノロサ・滔天・鈍翁のような日本を動かす大きなシナリオもあるが、一方で一枚の写真のようなわずかなことでも、そこに本気で何かをこめれば劇的なことが起こることもある。つねにAIDAから外と内、東と西を考えてほしい。塾生諸君にはAIDAに鮮明な人であってほしい。

 根岸の西蔵院から鎌倉の鶴岡八幡宮まで、多様な場所でAIDAを体感してきたハイパーコーポレート・ユニバーシティー第2期。ゲストやセイゴオからの熱意あふれるメッセージが、塾生ひとりひとりの方法的将来に結実することを期待したい。

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荒びと遊びの「AIDA」から日本が浮かびあがる

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2007年3月15日


Diary 「千夜千冊全集」祝重版!


関係者せいぞろいして乾杯感激

 刊行からわずか4ヶ月で初版1000部完売、すでに重版もできあがり、日本の出版界に僥倖をもたらす快挙とまで話題になっている「松岡正剛千夜千冊」。3月吉日、セイゴオ、装幀の福原義春さん、中山禮吉さん、口絵写真撮影の十文字美信さん、千夜短歌の小池純代さんをはじめ、求龍堂、精興社、松岡事務所の面々が勢ぞろいして、祝賀会が開催されました。

 福原さんの乾杯の掛け声ではじまって、順番に繰り出されるメッセージや挨拶では、制作途中の各担当や部門の苦労話が次々明かされ、セイゴオも興味深深。総ページ数1万、総重量13kgの、しかも内容も印刷も製本も完成度の高い大全集が、わずか1年の編集制作期間で生み出された背景には、必死決死の編集者根性と職人魂と営業熱意の結集があったことに、おおいに感じ入ったようでした。

 この日はじめてセイゴオと顔を合わせた精興社の営業副部長・小山さんも感慨しきり(小山さんは2006年6月26日の当サイトDiaryでも紹介)。セイゴオのすさまじい校正赤入れへの対応、福原さんの指定した赤のグラデーションや十文字さんの口絵写真の色出しなどの苦労に加え、超厚口の製本や、発送のための梱包箱の手配まで、すべてが前代未聞だったと振り返っていました。

 全国書店をまわり続けている求龍堂の営業の皆さんからは、「千夜千冊全集」が各地の書店員の販売意欲を活気づけている、松岡正剛フェアの開催もどんどん増えているといった報告とともに、改めて重版完売の決意表明も。

 「千夜千冊全集」の話題や波及がまだまだこれから拡張していくことを確信しながら、締めは一同そろっての記念撮影。

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2007年3月14日


Diary 調度と遊ぶ日本


■椿座第4講、目白の和敬塾で開催

 2月27日、連志連衆會主催の「椿座」第4講が、目白の和敬塾本館で開催された。
 和敬塾本館は細川家16代の細川護立によって昭和11年に建てられた邸宅。英国チューダー様式を基本にしながらも、唐様・和様からサラセン風のデザインまで、さまざまなスタイルが建築・室内装飾に取り入れられている。
 この日本を代表する華族邸宅の客間の一室で、「日本の調度」をテーマにセイゴオが3時間にわたり講義を行った。

 日本の調度に関する専門的研究はきわめて少なく、ましてや編集文化として日本の方法を捉えるセイゴオが満足できるような資料もほとんどない。そこでこの日のためにスタッフたちが1週間ほどかけて建築意匠や美術工芸品、さらには絵巻から浮世絵まで500枚近いビジュアル資料を収集し、それをもとにセイゴオが独自に「調度史」を語るためのシナリオを組みたてるという大掛かりな準備が行われた。
 
 講義は厳選された150枚のビジュアル資料をプロジェクターで映しながら、加速した。古代、中国の影響で王朝人が採用した寝台と椅子、その後寝殿造とともに発達していった櫃や棚や箱などの調度、また寝所を意味する「床」(とこ)からフロアーを意味する「床」(ゆか)への変化や、襖や建具の変遷、さらに書院造と床の間が登場し、会所飾りの趣向が競われ、好みの文化から茶室が生まれていくまでの調度史の流れが一望された。
 圧巻は江戸時代に大名の子女の嫁入り道具として作られた雛道具。幅わずか10センチの厨子に精巧な蒔絵が施され、王朝絵巻さながらの香道具や化粧道具までがすべてミニチュアで揃えられたものだ。会場からも思わずほうっとため息が聞かれた。

 セイゴオは、「調度」は音楽の「調べ」とも連動し、ハーモニーを重視するものと位置づけた。「室礼(しつらい)」「持成(もてなし)」「振舞(ふるまい)」の3つのコンセプトによって日本は間の文化やコミュニケーション文化を育んだが、その基準を律していたものが「調度」だったのだ。

 椿座の会員は連志連衆會の呼びかけに応じて、「日本という方法」のためのプロジェクトに参画する意思をもった人々である。一方、セイゴオはそのプロジェクトのスタートにあたって、匠たちと手を携えて新様式でかつセイゴオ好みのモノづくりを準備しつつある。
 和敬塾で語られ紹介された日本の調度感覚は、セイゴオに期待を寄せる会員たちの胸をいっそうかきたてたことだろう。

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2007年3月 1日


Diary ハイパーコーポレートユニバーシティー第五講


■日本の舞いでAIDAを体感

 2月17日~18日、ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」第5講が、鎌倉の鶴岡八幡宮で開催されました。ゲストは能楽師の安田登さんと女優の水野ゆふさん。自分の心と体の“あいだ”に、言葉と型で入っていきました。
  
 当日、鶴岡八幡宮に集まったセイゴオと塾生たちは、まず全員で本殿へ向かい正式参拝。その後、直会殿で、セイゴオが「日本の宮司でもっとも大胆な人」と賛する吉田宮司から、八幡信仰が九州宇佐からはじまり源頼朝によって鎌倉の地に八幡宮が建てられたこと、そして今日、子供たちと『古事記』を朗読していることなど鶴岡八幡宮の歴史と現在を話していただきました。
 それを受けてセイゴオからは、八幡は神仏習合のイコンであり、東大寺という天平時代の政治の中心に神託という形で影響を与えた存在であり、宇佐・石清水・鎌倉と東進し、武家と溶け込んで日本中に広まったことなどのレクチャーがあり、そもそも日本の神は多神であるが多神教ではなく、神道は感覚的なものであり、プロセス的なものだと解説しました。
 ここでゲストの安田登さんが登場。二人で能の間拍子や稽古について話します。安田さんが「江戸時代の武士の共通語は能の謡でした。例えば扇という言葉の奥には“逢う”や“飽きる”が入っています」というと、セイゴオも「能ほどハイパーリンクなものはない」と答えます。

 「能を通して日本人の身体と心の奥にあるものを感じてほしい」と語る安田さんは、能とロルフィング(筋膜に働きかける身体技法)をあわせた独自のボディーワークによって、たちまちそのメソッドを塾生に伝授。全員で「敦盛」の一節をマスターし、その後は闇と行灯でしつらえた斎館の和室に場所を移して、安田さんと水野さんと能管の栗林祐輔さんによる、能と演劇と朗読をあわせたパフォーマンスを鑑賞。三島由紀夫『招魂儀』『憂国』、夏目漱石『夢十夜』を間近で体感し、臨場感あふれる三人のコラボレーションに全員が魅了されました。
 そして深夜には鶴岡八幡宮の格別のはからいで、本殿において巫女による御神楽「宮人舞」を拝観。その厳かで清浄な雰囲気にセイゴオも塾生も感服していました。

 二日目は斎館で再び吉田宮司がご挨拶。吉田宮司は明治大正昭和をへて、今の日本は「武」の心を失くしてしまい、それによって耐え忍んだり我慢したりする「心」も失くしてしまったと示唆してくれました。
 ラストのセッションでは安田さんがワキ方から見た能の世界観について、セイゴオとトーク。ワキとは、この世とあの世のあいだにいる存在であり、どちらにもいけない気持ちをもって落ちぶれた人です。しかし、だからこそワキは「あわいの空間」をさまよいながら、この世のものではない存在(シテ)に出会うことができる。そして能というものはそのワキなくしては成立しない世界をこそ表現しているのではないか。
また安田さんは世阿弥の「初心を忘るべからず」という言葉を引いて、これは新しい布にハサミを入れるように、いくつになっても自分にハサミを入れることを意味していると語ります。「それでも残るものが、日本人の心の奥にある“思ひ”であり“み(実)”ではないか」。

 昨年末から2週間に一度という過激な日程で展開してきたハイパーコーポレートユニバーシティーは、鎌倉八幡宮での2日間にわたる合宿で、ついに存在論の奥義にまで達したようです。

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扇を使って日本のAIDAを論じるセイゴオと安田さん

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2007年2月 7日


Diary ハイパーコーポレートユニバーシティー第四講


■世界と日本の間にたつ2人のゲスト 

 2月3日、第2期第4講のハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」が、一ツ橋の如水会館で開催されました。東京=日本のほぼ中心に位置する場所で、構想日本の加藤秀樹さんと国際日本文化研究センターの川勝平太さんをゲストに、世界と日本の“あいだ”をめぐるダイナミックで縦横無尽な語りがくりひろげられました。

 冒頭で、まずセイゴオが「世界」と「日本」の“あいだ”を見るための基本的な「知」のモデル(個別知と共同知と世界知)と、その3つの知の混乱をふせぐような“仕切り”の必要性を解説。
 加藤秀樹さんは、明治維新以降の国家戦略や官僚システムや制度のつくられかたに始まる現代日本の問題を検証しながら、昨今の時価会計やROAや能力主義と言った企業のあり方についての問題を浮き彫りにしました。そして、大国主義からの脱却と日本がもつべきダブルスタンダードのあり方などを示唆してくれました。つづいて、川勝平太さんは「日本は世界をうつす鏡である」というシナリオで、古代から現代までの日本の経済文化史を一気にかけぬけ、日本人がどこからやって来てどこへ行こうとしているのかを問いました。最後は、世界に誇れる美しい国土を持つ日本列島を「庭園」に見立てた「ガーデンアイランド構想」を披露しました。

 「幕末維新はこういう2人の存在から起こったものだろう」と、セイゴオも塾生たちとともに加藤さんと川勝さんの講義を味わっていました。



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加藤秀樹さん(左)と川勝平太さん(中央)が語る日本の将来に耳を傾けるセイゴオ


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2006年12月19日


Diary セイゴオお忍び見学「三省堂・千夜千冊フェア」


 12月末日まで、神田・三省堂の4階人文フロアで「松岡正剛千夜千冊刊行記念フェア」を開催しています。企画した海老原フロアリーダーによると「ぜひ多くの人に全集を手にとってもらい、『松岡正剛千夜千冊』をあじわってほしい」とのこと。
 場所は、4階エレベーターを降りて左手に曲がったコーナー。2列分の棚と平台をつかい、左側には全集とセイゴオの著書が、右側には千夜千冊でとりあげられた本が約40冊ほど並べられ、その一冊一冊に「書物がつくる空間と時間とテイストとモダリティと流行と停滞というもののいっさいが香ばしい哀切とともに滲んでいる(千夜千冊第727夜『ブックストア』より)」、「松岡正剛という名前はどうみても堅すぎる(千夜千冊第517夜『ペンネームの由来事典』より)など、「千夜千冊」から抜書きした手作りのカードが添えられています。
 本のセレクトは、書店員歴12年の大塚さんによるもので、「いつもは背表紙しか見られないような本が、千夜千冊全集のおかげで表に出すことができた」と喜んでいました。

 書店におかれた『松岡正剛千夜千冊』を見てみたいというセイゴオも、噂を聞いて、こっそりと三省堂へ出かけました。フェアの棚組をじっくり眺めて、おもむろに7巻を手にとってパラパラとめくり「やっぱり、重いね」と苦笑い。また、眼鏡を老眼鏡にかけかえて壁に貼られた日経新聞や新文化の書評の切り抜きをあらためて読んだり、手作りの抜書きに目をとおしたりと、三省堂につくられた千夜千冊空間をしばらく堪能しました。帰り際、全集の小口にけっこう手垢がついていることを見つけ「重いだろうに、よく立ち読みできるよね」と妙な関心ぶり。


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大塚さんのメッセージ
「赤のグラデーションも、一冊一冊の重さも、頁の手触りや開き具合も、
一人でも多くの人に伝えたい。楽しみにして来て下さい。」




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立ち読みにチャレンジしようと6巻を手にする



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『松岡正剛千夜千冊』がとりあげられた書評を読む

【書棚にならべられている千夜千冊本の一例】

第 108夜『絶対安全剃刀』高野文子
第 138夜『文体練習』レイモン・クノー
第 237夜『ペーパーバック大全』ピート・スフリューデルス
第 339夜『漂着物事典』石井忠
第 517夜『ペンネームの由来事典』紀田順一郎
第 666夜『声の文化と文字の文化』ウォルター・オング
第 813夜『「編集知」の世紀』寺田元一
第 840夜『波止場日記』エリック・ホッファー
第 981夜『かたち誕生』杉浦康平
第1096夜『ジョージア・オキーフ』ローリー・ライル
第1122夜『ぼくの哲学』アンディー・ウォーホール  ほか


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2006年12月15日


Diary ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」第2講


■イメージとマネージのあいだをセッション

 12月9日、ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」第2講が開催されました。会場はなんと江戸の総鎮守「神田明神」。前回の第1講会場の根岸の密教寺院「西蔵院」とはうってかわった「しつらい」とプログラムによって、塾生を迎えました。
 始めに、日本の神が常住しない客神であること、神社は神のエージェントであること、日本の祭は神を招いてもてなす意味があることなどについてセイゴオからレクチャーがあり、その後全員で揃いの浄衣をはおり、総朱漆塗の社殿へ。かねてからセイゴオと親交のある清水禰宜から、神田明神の歴史や祭神・平将門の話を聞き、祝詞を挙げてもらい、ハイパーコーポレートの学習成果を祈念しました。
 それを受けて再びセイゴオのソロ講義によって、神も仏も編集してきた「日本という方法」をさらに深め、「文化には“典型”“類型”“原型”といった型がある。それぞれのあいだを動かすことが編集工学であり日本になる」ということを、ISIS編集学校のでもおなじみの「ミメロギア」ワークショップで体感してもらいました。

 そこに今回の特別ゲスト、元ラグビー日本代表監督で神戸製鋼ラグビー部GMである平尾誠二さんが登場。平尾さんが日本ラグビーにもたらしたといわれる「スペース」の捉え方、なぜ日本ラグビーが世界を相手に勝てないのかということについての独自の分析、チームリーダーに必要なマネージメントとイメージメントなどなどの話題を、スピード感のある語りで展開してたちまち塾生たちを魅了しました。さらに「千夜千冊」の中村敏雄『オフサイドはなぜ反則か』や二宮清純『天才セッター中田久美の頭脳』を読みながら、「スポーツにも仕事にも必要な“あいだ”をつなぐ編集力」について、かつて『イメージとマネージ』(集英社)でも見せた平尾さんとセイゴオの、セットプレーのようなセッションが続きました。

 それぞれが企業のチームリーダーである塾生との質疑応答では、スタッフの育て方から、モチベーションの持たせ方にいたるまで、平尾さんが実践してきたメソッドやノウハウを次々と披露。ラグビーボールを手にパスの実演をしながらの、「パスの原則は自分より有利な人にまわすこと。人は必ず予測する。攻める側はつねに相手の予測を裏切ること。そのためには事前にチーム内での十分なシミュレーションが必要」という一言には、セイゴオもすっかりしびれていたようです。

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パスの極意を実演する平尾さん


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2006年11月30日


Diary 新宿椿座第3講・根岸汎大第1講


 11月22日新宿「由庵」で連志連衆會主催の「椿座」第3講が、11月25日には根岸西蔵院で「汎企大学」(ハイパーコーポレート・ユニバーシティ)の第1講が開催されました。ともに「日本の方法」を学ぶためのクローズドなサロンで、オーディオ・ビジュアル資料を駆使した塾長セイゴオの超編集講義が圧巻でした。

■「椿座」第3講―民謡から武満徹まで、「日本の音」に浸る

 大好評だった第2講「日本の音を聴く」の続編をぜひという座頭・福原義春さんとマダム・北山ひとみさんの希望を受けて、さらに30曲を超える音源を準備して第3講に臨んだセイゴオ(当サイトの第2講のレポートもご覧ください)。
 まずは上方の宮薗節・新内節と江戸の河東節を対比させ、独特のウレイやクドキやシオリといった節回しを解説。それらが地方にも広まって生まれた多種多様な民謡のなかから、「津軽山唄」「仙北長持唄」「八木節」を聞かせます。さらに明治になると邦楽はショートカットされ軽快になり、旦那衆や芸者衆が技を競う端唄・小唄が全盛に。

 明治以降は、洋楽の洗礼を受けて新しい日本の音楽を生み出した天才たちを次々に取り上げます。23歳で夭折した瀧廉太郎の絶筆のピアノ曲「憾」を流しながら言葉を詰まらせるかと思えば、中山晋平作曲の「ゴンドラの唄」をお気に入りの森繁久弥で聞かせてついついモノマネも披露、絶好調のセイゴオ。講義のクライマックスは、「千夜千冊」にも取り上げた宮城道雄・早坂文雄・武満徹の3人によって迎えます。武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」を小室等さんの歌で聞かせながら、またも繰り出すセイゴオ節。

 最後に、「日本の音を、節を、心を、今も引き継いでくれている人がいます」と紹介して、井上陽水の「夏まつり」で約150分の講義が締められました。
 2回にわたって数々の「日本の音」を堪能した椿座参加者の皆さんは、通史的に邦楽を学ぶことができただけではなく、セイゴオの選曲の妙とナビゲーションの巧みを堪能したようです。

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■ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」第1講

 ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」は企業のミドルリーダーに「日本の方法」を伝授することを目的に昨年スタート。第1期は内田繁さんや大倉正之助さんをゲストに迎えて全5回を開催、第2期となる今期も、メンバーを一新して全5回を予定しています。

 第1講の会場は根岸の「西蔵院」。都内には珍しく広い庭園と茶室が見事な室町以来の歴史をもつ密教寺院です。
 最初に本堂に集って般若心経と金剛・胎蔵曼陀羅に触れ、その後は密教や空海の話をかわきりに日本とアジアの「あいだ」、さらに日本・アジア・世界の「あいだ」をめぐって、セイゴオ講義をたっぷり300分。井真成、新渡戸稲造、イサム・ノグチの3人に焦点を絞って、それぞれが抱えた葛藤やそこから発見した「方法」を紹介するとともに、「千夜千冊」のハンチントン『文明の衝突』やダニエル・ベル『資本主義の文化的矛盾』をテキストに、現代の日本が世界との「あいだ」をどう結んでいくのか、鋭角の問題提起を次々に投げかけました。

 映像資料を連打しながら、編集ワークショップを挟みこみながら、根岸の仕出し弁当を囲んで懇談もしながらのセイゴオの熱意と愛情の大盤振舞に、新メンバーもすっかり興奮し通し。
 第2講は、神田明神で、しかもハイパーな特別ゲストを迎えての開催となるそうです。

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2006年11月15日


Diary 岡野玲子さんの筆使いにためいき


『妖魅変成夜話(ようみへんじょうやわ)・4巻』の解説を執筆

 大ヒット作『陰陽師』が完結し、異色の仙界コメディー『妖魅変成夜話』がまたまた話題となっている漫画家の岡野玲子さんが、『松岡正剛千夜千冊』刊行を祝う真紅のアレンジの花束を抱えてセイゴオを訪ねてきた。
 岡野さんとセイゴオは『ファンシー・ダンス』のころからの友人同士。会うと必ず日本やアジアのアナザーワールドをめぐって会話がはずむ。今回は岡野さんの希望で『妖魅変成夜話』第4巻にセイゴオが解説を書くことにもなっている。
 岡野さんはセイゴオのために『妖魅変成夜話』の原画をたくさん携えてきていた。見開き2ページにわたって展開する面相筆と青墨の微細華麗なタッチにためいきをつきながら見入るセイゴオ。『陰陽師』後、大きく変化した岡野さんの作風は今またさらに変わりつつあるそうだ。



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セイゴオ「岡野さんの漫画は日本画だよ。絵巻みたいだ。」
岡野さん「コマ割は見開きでしか考えられなくなりました」


◆『妖魅変成夜話』は平凡社PR誌『月刊百科』で連載中。
 セイゴオが解説を書く単行本第4巻は2007年2月2日発行予定。

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2006年9月15日


Diary 『松岡正剛千夜千冊』ようやく完成!


◆セイゴオ“我が子”と感激対面◆

  『松岡正剛千夜千冊』(全7巻+特別巻)がいよいよ完成した。求龍堂の鎌田恵理子さんと鹿山芳明さんがさっそく1セットを抱えて赤坂ZEREを来訪。総重量約13キロの“我が子”をセイゴオ自ら出迎えた。まっ先に手にとったのは意外にも特別巻『書物たちの記譜-解説・索引・年表』。本編七巻の印刷が始まってからも、ずっと編集作業が続き難産していたのだが、セイゴオはもちろんのこと、求龍堂・松岡事務所・編集学校有志が総力をあげて、ようやくまとめあげたもの。
 つぎにセイゴオは背幅9センチとなった最重量の第7巻を手にとった。表紙カバーの仕上がり、本の開き具合、インクの乗り具合、紙の色と厚みと手触り感、そして何よりも本文の読みやすさ。「オレ、なんだか職人みたいだね」と言いながら、ディテールチェックの目は鋭い。しかし、ついつい顔はほころんでもいる。セイゴオにとってハード面からみても快心の出来に仕上がったようだ。

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全集完成を喜ぶセイゴオと同志たち

◆全国6書店にもお目見え◆

 『松岡正剛千夜千冊』は全国6ヶ所の書店にも並べられる。すでに八重洲ブックセンター本店(東京)では、2004年の「千夜千冊達成記念フェアー」から関わる担当の北哲司さんらによって1階レジ脇と4階に特別コーナーが設けられた。ほかに青山ブックセンター本店(青山)、紀伊國屋本店(新宿)、旭屋書店本店(大阪)、ブックファースト梅田店(梅田)、青山ブックセンター福岡店にもお目見えするはずだ。
 北さんは「多くのお客様が立ち止まりご覧下さっていますよ。他の新刊とは注目度がまったく違う。圧倒的な存在感がお客様にアピールするからでしょう。自信を持ってお薦めできます」と語ってくれた。

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八重洲ブックセンター4階フロア長・北哲司さん

 「千夜千冊コーナー」お問い合わせ:八重洲ブックセンター4F直通 03-3281‐8204


◆9月30日(土)には新宿紀伊国屋で刊行記念特別講演も◆

当サイトですでにお知らせしたように、9月30日(土)には、新宿・紀伊國屋ホールでセイゴオが出版記念講演を行います。WEBで「千夜千冊」がスタートしてからの6年間を振り返りながら、ようやく7巻構成に結実した世界読書の軌跡を語ります。

第49回新宿セミナー@Kinokuniya
松岡正剛『千夜千冊』(求龍堂)刊行記念特別講演

六年千冊七巻仕立
――めくるめくブックコスモスの秘密を語る

日時:9月30日(土)13:00開演(12:30開場)
会場:新宿・紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店 新宿本店4階)
料金:1,000円(全席指定・税込)
主催:紀伊國屋書店
協力:求龍堂・松岡正剛事務所
前売取扱所:キノチケットカウンター
  (紀伊國屋書店 新宿本店5階 10:00~18:30)
ご予約・お問い合わせ:紀伊國屋ホール 03-3354-0141
  (受付時間 10:00~18:30)

*イベントの日時・時間については、急な変更等がある場合がございます。
 詳細は紀伊國屋ホールにお問い合わせください。
*定員になり次第、チケットの発行を終了させていただきます。御了承ください。

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2006年9月 9日


Diary 日本の「語りもの」と「歌いもの」


第2回「椿座」で、日本の歌謡を語る

 9月7日(木)、「椿座」第2回が、新宿パークタワーの「由庵」で開催されました。「椿座」はセイゴオの日本語りを聴く連志連衆會会員限定のクローズドなサロン。「由庵」のオーナーであり椿座マダムでもある北山ひとみさんと座頭の福原義春さんとともに、セイゴオが用意した今回のテーマは「日本の歌謡を聴く」。

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カラ三味線で歌い語るセイゴオ太夫

 雅楽・催馬楽・声明から、平曲・謡曲をへて、説教節・義太夫節・常磐津節、そして長唄・清元まで、セイゴオが選りすぐった名人たちの声を実際に聞きながら、日本の音楽の大半が「声の音楽」であること、またそこには「語りもの」と「歌いもの」の二つの流れがあること、中世以降それらが編集されて多様なスタイルの歌謡が生み出されていったこと、そのほとんどが盲目の遊芸者たちによって成し遂げられたことなどなど日本の歌謡史を一気通観。ときには朗々とその節回しを唱って見せるセイゴオ太夫には、「松岡さんの新しい一面が見られた」と参加者も大喜び。

 最後は武満徹さんが驚愕したという富山清琴の地唄「雪」を堪能。予定時間を大幅に超えてのセイゴオ熱演トークの後は、「由庵」の創作料理に舌鼓を打ちながらの懇親会。初秋にふさわしい、至福の一夜となりました。

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2006年7月29日


Diary 遠方より友来る


 千鳥が淵「册」の千夜千冊展の最終日、セイゴオの幼ななじみの中村晋造さんが京都から駆けつけ、赤坂ZEREを訪問。中村さんは呉服店「中村商店」のご主人で、着物姿でローリング・ストーンズ公演にもマドンナ公演にも出かける旦那衆。セイゴオが唯一、京都弁で“おしゃべり”できる親友でもあります。

 「最近はどうでっか」「まあまあでんな」とお定まりの会話を少々かわしたあとは、修徳小学校4年から3年間をともに過ごした「ろ組」の旧友たちの話題でいつまでも盛り上がります。この同窓仲間の紐帯は驚くべきもので、今も食事や旅行にしばしば集っているそうです。セイゴオが京都で講演するときなどは、声をかけあって駆けつけてくれるのです。

 なんといっても担任の吉見昭一先生の存在が大きかったのです。吉見先生の『虫をたおすキノコ』を取り上げた千夜千冊第464夜に、その破天荒な教えが詳しく綴られています。2歳から2年生までを日本橋の東華小学校で過ごしたセイゴオは「転校生」として修徳小学校に入ったのですが、京都に生まれながら東京弁になっていたセイゴオ少年をすっかり京都っ子に染め上げたのは、吉見先生と中村さんや溝川陽子さん、杉山依子さんたち「ろ組」の面々だったようです。

セイゴオ:「わしが転校生やったから珍しかったんやろ」
中村:「まあ、そうや。キミんとこのお父さんも変わった人やったなあ。いっしょにわしらとキャッチボールして遊んでくれたやろ。うちの父親なんか、子供と遊んでくれたりしたことなかったで」
セイゴオ:「(父は)遊び人やったから」
中村:「なんか文化人みたいな人やったなあ」

 セイゴオは、東京の九段高校・早稲田大学に進んでからも、しばしば一人で京都に帰郷していたようですが、そんなときはいつも中村さんに御厄介になっていたようです。中村さんは、その頃のセイゴオが足にペディキュアを塗っていたことを今でも鮮明に覚えているそうです。

 赤坂ZEREから近くの中華料理店に場所を移し、懐かしい話、旧友たちの消息などなど話はつきません。最後に「手術してタバコやめたて聞いてたのに、あいかわらず吸ってんのやな。やめな、あかんで」とセイゴオに念を押して、なんともしゃれた白い羅の帯の“貝の口”をきりっと背中に、この粋(すい)なセイゴオの親友は軽々と赤坂三分坂を降りていきました。
 

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2006年7月17日


Diary 感門之盟、77人の晴れ舞台


第二季「離」の退院式も挙行

 7月16日、白金台の東京都庭園美術館大ホールで、ISIS編集学校の「感門之盟」がにぎやかに開催された。「感門之盟」とは、教室の指導にあたった師範・師範代の健闘をたたえる半期に一度の大イベント。今回は、第14期「守」、第13期「破」、第二季「離」、第4回「花伝所」と、初めて全コースの修了時期が重なったこともあって、約50人もの師範・師範代・学匠らが舞台に登場。さらに100人近い学衆が駆けつけ、時折激しく降りつける雨もなんのその、ネット上で格闘した編集稽古・編集指南の苦楽を称え合った。

 後半は、第二季「離」の「退院式」。3ヶ月半にわたって「校長直伝」の多難な編集修行に挑んだ27人の離学衆に松岡校長から「退院証」が授与され、またそのなかから4人が選ばれて、「典離」に認定された。「典離」は、松岡正剛の編集的世界観を修得したと認められる者だけに与えられる栄誉である。

 この日のためにセイゴオは、「千夜千冊展」の準備と平行して、ハレの舞台用にたくさんの書を仕上げ、師範に贈る色紙を多彩な技法で描き、師範代のために文庫を選びメッセージをしたためた。「離」の退院式のためには、認定証とともに特製の「典離額」を作成した。そのために、全身サロンパスで臨んだ「感門之盟」となったが、セイゴオは終始にこやかに、師範代や離学衆たちの感涙を共感をもって抱きとめていた。

 なお、「感門之盟」では毎回奇抜な格好を披露しているセイゴオ。今回はイッセイ・ミヤケの新作を奴凧のように着こなして登場し、会場を沸かせた。

*「感門之盟」の詳細は、「いとへん」にレポートされる予定です。お楽しみに。

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イッセイ・ミヤケの"布" をまとった奴凧セイゴオ

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セイゴオはこの日のためにたくさんの書を描いた

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第二季「離」 の「典離額」を手にした皆さんの雄姿


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2006年6月21日


Diary 「千夜千冊全集」の印刷現場


職人魂が支える前代未聞の出版プロジェクト

  青梅にある精興社本社で「千夜千冊全集」の印刷がいよいよ始まった。刷り出しには、求龍堂の鎌田恵理子さんと鹿山芳明さん、松岡正剛事務所の和泉佳奈子が立ち会った。精興社の小山成一さんほか熟練印刷職人の方々によって文字色やその濃度の確認が慎重に行われ、ようやく印刷開始のゴーサインが出ると、山のように積まれた本文用紙(オペラピンク)はみるみるうちに印刷機にかけられた。

  「千夜千冊全集」用に選ばれた印刷機は、単色印刷に適したドイツ製の「HEIDELBERG SPEEDMASTER」。1時間あたりA全サイズ10000枚の印刷が可能な性能をもつが、より慎重かつ丁寧にという精興社の配慮で、1時間あたりの印刷枚数を5000枚に半減してある。全集用A5判サイズでページ換算すると1分あたり約2700ページ。総ページ数約10500ページの「千夜千冊全集」は、約4分間印刷機をフル回転させて1セットが刷り上がることになる。この様子をつきっきりで見守る数人のオペレーターチームは、印刷のムラがないかを確認する「抜き取り検査」をおこない、気になるところを見つけては幅2メートル高さ2メートル奥行き7メートルほどの印刷機を相手に即座に対応していた。
 裁断前の刷りたての本文は、その日のうちにセイゴオのもとに届けられた。顔を近づけしばらく食い入るように紙面を見て「精興社の活字はやっぱり読みやすいね」。

  1913年(大正2年)創業の精興社は、美しさと読みやすさに定評がある「精興社書体」をもち、「漱石全集」はじめ数多くの全集をてがけてきた歴史のある印刷会社。その精興社にして「千夜千冊全集」ほどの作業量は前代未聞だという。
  第3稿になっても、精興社に戻ってくる千夜千冊のゲラはセイゴオの直しで真っ赤になっていた。すべての修正箇所を正確に反映させ、なおかつその作業をより速くするにはどうすればいいか? 精興社は全社をあげて考え抜いた。セイゴオの編集スピードを落とさないためにも「最短最速の仕上げ」は欠かせない条件だった。これまでの実績もやり方もすべて見直し、無駄を省いた作業手順を提案してはすぐに実践した。「精興社全体が千夜千冊のおかげで活気づいた」と小山さんは語る。実際、ゲラの戻りは終盤になるにつれてどんどん早くなり、セイゴオが「もう届いたの?」と驚くこともしばしば。
セイゴオが全身全霊を費やした「千夜千冊全集」は、精興社にとってもチャレンジングなプロジェクトとなった。今では260人の社員をかかえる精興社のあちらこちらで「千夜」「千夜」という声が聞こえるという。こうして10月には全7巻と特別巻(索引・年表)を同時に出版することができることになった。セイゴオはもちろんのこと、「千夜千冊全集」の関係者全員がその日を待ちわびている。

「千夜千冊全集」予約申込はコチラ⇒

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左:印刷のムラがないか確認中
中:「HEIDELBERG SPEEDMASTER」
右:「千夜千冊全集」初の一折

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2006年6月 3日


Diary 世界一小さな学校?


「世界一受けたい授業」を監修

 セイゴオは昨年から、日本テレビの人気番組「世界一受けたい授業」(毎週土曜日7時57分から放映)の監修者となっている。1ヶ月に一度、番組を統括する若手敏腕プロデューサーF氏と、制作会社のA氏が赤坂ZEREを訪れ、セイゴオから諸分野の先端的な研究者の情報や、さまざまな学問領域を番組化するためのコツを指南してもらう。ときにそれが、東西の歴史文化や、生命科学・宇宙物理をめぐるレクチャーになることもある。いわばこのディレクション会議は、セイゴオが携わっている“世界一小さな学校”でもあるのだ。

 F氏は「遊」時代からのセイゴオファン。インプレステレビの「セイゴオぶひん屋」もかかさず見ているという。もちろんセイゴオに、先生として出演してほしいという念願も持っているようだ。セイゴオはいまのところ番組出演の意志はないのだが、生き馬の目を抜くとも言われるテレビ業界で、やわらかなセンスとスピード感を発揮しているF氏の“学ぶ姿勢”に、兄貴分としての愛情を感じてもいるらしい。

 「学びというのは、盗み方なんだ。それがうまい人には何でもあげたくなるんだね」。

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2006年6月 2日


Diary 古典をとおして日本の美意識に触れる


連志連衆會第1回「椿座」開催

5月25日(木)、夕暮れどきから第1回「椿座」 “日本の古典をよむ”が開催されました。「椿座」は、セイゴオの日本文化特別講座「連塾」などを運営する中間法人「連志連衆會」の会員限定のサロン。

会場は銀座資生堂ビル9階のワードホール。吹き抜けの天井と高窓の開放的空間に、この日のテーマの「徒然草」にちなんだ「苺」と「竹」のデコレーションが飾られました。ステージにはセイゴオ直筆の「椿座」の書と、二輪の紫鉄線。

この室礼は「椿座」のマダムこと二期リゾート代表・北山ひとみさんによるものです。マダムの進行でサロンはゆるりとスタートしました。はじめに「椿座」座頭こと連志連衆會代表理事の福原義春さんの挨拶です。「この銀座資生堂ビルの地が資生堂発祥の地であり、私の本籍地なのです」。福原さんゆかりの地で「椿座」という文化サロンをスタートさせることの意義、それをセイゴオとともに深めていきたいと語り、マイクがセイゴオに渡されます。いよいよ“古典談義”のはじまりです。

取りあげたのは『枕草子』『方丈記』『風姿花伝』『五輪書』『茶の本』の五つの本。参加者にはそれぞれの本について綴った「千夜千冊」の全文が配布されました。なかでも『方丈記』は、実際に岩波文庫版が配られ、セイゴオの指名でリレー音読です。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」。連志連衆會理事でもある小堀宗実さんも、ご指名をうけて落ちついた声で音読しました。途中にはさまれるセイゴオ流の解説とともに、文庫本約30ページの『方丈記』を堪能した後は、再び福原さんが登場し、「日本の心」をめぐって対談が続きます。(詳細は5月31日の「いとへん」参照)。

暮れなずむ銀座で古典を肌で感じ、耳で感じ、目で感じることで、忘れかけた日本のおもかげを呼び覚まされた第1回「椿座」。第2回のテーマは「日本の音楽」。北山マダムと福原座頭と松岡亭主は、今からその趣向を楽しくかわしているようです。

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2006年5月25日


Diary 小笠原流礼法のパーティに参加


セイゴオが宗家就任10周年記念に祝辞

「三つ指をついたおじぎ」や「畳のへりをふんではならない」など、室町時代より綿々と受け継がれてきた日本の伝統的な礼儀作法を伝える「小笠原流礼法」。現在代表をつとめる小笠原敬称斎さんが一義亭(連志連衆會主催)に参加していたことが縁で、宗家代表就任10周年記念の会でセイゴオがはじまりの挨拶を引き受けることになった。

21日(日)、帝国ホテル「鳳凰の間」を着物、羽織、ドレス、タキシードなど約800人の正装の紳士淑女が埋めつくした。開演まもなく司会者が「小笠原流代表の敬称斎が尊敬する編集工学研究所所長の松岡正剛さんです」。金屏風の前で黒いスーツ姿に白いシャツのセイゴオが語る。

日本はそもそも「礼」の国である。日本人には生まれながらに「礼」の心が染み付いている。だから「シツレイ」という言葉は「礼」を「失う」と書く。その「礼」の奥にあるのが「ムスビ」である。日本人は「ムスビ」に向かって「礼」を尽くしてきた。「ムスビ」の「ムス」は「産す」と書き、「成長する」ことを意味し、「ヒ」は霊魂の「霊(ヒ)」でありスピリチュアルエネルギーのこと。
10分という短い時間のなかで日本人の「礼」の文化と精神をミニレクチャーした上で、「作法とは日々見逃してしまいがちなところを形にして表すことに意味がある。コミュニケーションの真髄、さらにはハイパーコミュニケーションを目指してほしい。」と締めくくった。

そのあと観世喜正氏が新しい門出にふさわしく『高砂』を舞い、武家社会の伝統だったという「初響の儀」が行われた。無事に役目を終えたセイゴオが帰り支度をしていると、「校長!」と呼びかけてきた着物美人。編集学校の師範であり、小笠原流の師範でもある小清水美恵さんだ。セイゴオはしばし校長の顔をのぞかせ会話をはずませていた。セイゴオの活動も多様だが、どうやら編集学校関係者の活動もじつに多様なのである。


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左)金屏風の前には小笠原流に置かれた鶴、亀、翁、翁女、そしてお酒などが並ぶ
右)小清水美恵師範とセイゴオ校長


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2006年5月17日


Diary ISIS編集学校「離」表沙汰


 
 セイゴオが立正佼成会開祖生誕100年記念の、大聖堂改修落慶と「開祖記念館」内覧会に出席した5月14日は、ISIS編集学校「離」第2季「校長直伝プログラム・世界読書奥義伝」のリアルセミナー「表沙汰」(おもてざた)の日でもあった。記念館のテープカットをするなり杉並から赤坂に飛んで帰り、白いシャツを赤いTシャツに着替えたセイゴオは、すっかり「校長の顔」を取り戻して、「表沙汰」会場入り。

 「表沙汰」は、2月26日の開講以来、ネット上で毎日数回にわたって配信されるオリジナルテキスト「文巻」(ぶんかん)と、そこに埋め込まれた数々の課題に取り組んできた離学衆たち約30人が初めて顔を合わせる場であり、日ごろネット上で離学衆を叱咤激励しつづけてきた別当たちと出会う場であり、もちろん校長松岡の知の体温を触知する日でもある。

 そしてまた、離学衆たちがそれぞれの迷いも覚悟も表沙汰にし、別当たちが校長の世界読書世界への熱情を吐露して表沙汰にし、校長松岡が「文巻」にひそませた意図や方法を表沙汰にする日でもある。

 約5時間半、顔をつきあわせて何事かを交わし続けたあとは懇親会、さらに赤坂ZEREに移動して、夜中すぎまで校長を囲んでの「方法談義」が展開した。およそ12時間にもわたった、離学衆と別当と校長の邂逅。そこでは「テ・プ・ポ」や「ベ・タ・プ」といった謎めいた正剛符号がかわされていたが、それが何を表わすのか、当分は「離学衆」だけにしか明かされないようだ。

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左)離を率いる校長、別当、総匠
右)赤坂ZEREで校長を囲んで方法談義

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2006年5月12日


Diary 近頃のお気に入り


 ゴールデンウィーク中も、存分に「千夜千冊全集」の仕上げ作業に浸ったセイゴオ。今週は第四校の出来上がりを待ちわびながら、7巻分のあとがきや、第8巻『書物たちの記譜』(索引・年表・解説巻)に収録される「遊書論」執筆に勤しんでいる。一方で、長時間にわたる社内企画会議や社外ミーティングにも時間を惜しまず積極的に繰り出しては、苛烈なディレクションやディスカッションを放射している。

 あいもかわらず激務の日々なのだが、近頃のセイゴオは、赤坂ZEREビルの階段を昇り降りする足取りがやたらと軽い。足音もなくするすると忍者のように移動して、突然ワークルームに現れてスタッフを驚かせている。

 じつは、この軽業セイゴオの秘密は、最近いずこかで購入してすっかりお気に入りとなった「地下足袋」にあった。登場する先々で「どうしたんですか、それ」と聞かれては、ズボンの裾をまくって見せるのが楽しみらしい。地下足袋といっても、めっぽうポップな意匠なのである。お揃いの足袋靴下まで履いている。

 「地下足袋は実にいいよ。足裏にアスファルトやマンホールの感触が伝わってくるんだよ。」

 仕入れ先はヒミツだが、ショップで「松岡正剛さんですか」と声をかけられたとか。専属デザイナーがセイゴオファンなのだそうだ。

   
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「いろは地下足袋」を履いてご機嫌のセイゴオ

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2006年4月17日


Diary 日本の方法とグローバリズムの間


ハイパーコーポレート・ユニバーシティ「AIDA」のエピローグ

 4月15日(土)、ハイパーコーポレート・ユニバーシティの第5回講義が、上野の不忍池近くの小講堂で開催された。昨年の12月、やはり不忍池に近い森鴎外ゆかりの日本間からスタートを切った本講座の最終回である。これまで体験してきた内田繁さんなどの特別ゲストによる講義やワークショップを振り返りながら、いよいよ企業と市場と国家の「間」を、松岡正剛の講義とメンバーのディスカッションによって詰めていく。

 「日本の問題を考えるためには、正と負の両極を思考すること。あえて自分にそれを課していくこと。」そのように語る松岡は、その両極を思考するためのたくさんの質問をメンバーに投げかけていった。

 企業は市場に内属しているのか。
 企業は国家に内属しているのか。
 「民主主義が世界を平和にする」は正しいと思うか。
 日本には軍事的思考は必要か。企業は軍事とかかわると思うか。
 日本の「失われた10年」とは何か。いったい何を失ったのか。
 日本の資本主義は世界とは違うのか。どのような特徴があるのか。
 日本は海洋国家なのか。なぜ日本はシーレーンに甘い国になってしまったのか。
 日本の「本来」とは何か。日本の「本来」とグローバリズムはつながりうるのか。

 ハイパーコーポレートの受講生は、平均年齢40歳。いずれも企業の第一線で活躍中のビジネスマンたちである。もともと日本の近現代史に関心をもつメンバーが多いこともあり、松岡がつきつけた難問にも怯むことなく、それぞれの立脚点を示しながら意見をかわしていた。

 「皆さんの世代は大いにグローバリズムで勝負をしてほしい。しかし同時に日本の「本来」によっても勝負ができるということを示してほしい。そのためには“わかりにくさ”を排除しないこと。そこに日本が世界に持ち出しうる“方法”があるはずだ。」

 松岡からの期待のこもったメッセージによって締めくくられた。講義のあとは全員で根津に移動し名残の懇親会。幕末明治の面影を残す老舗料理屋の座敷で車座になり、全5回の講座の感想をかわしあった。

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「グローバルな言葉づかいだけじゃ、日本は語れないよ」

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2006年4月14日


Diary ISIS編集学校「離」、折り返し地点へ


SM校長のお楽しみ

 詳しいことは報告できませんが、2月26日に開講したISIS編集学校「離」の講座「校長直伝プログラム・世界読書奥義伝」第二季が、そろそろプログラムの半分を終え、折り返し地点に達しています。離学衆(そう、呼びます)たちは、連日数回にわたって配信されるセイゴオ・オリジナル・テキスト「文巻」を読み込み、そこに指示されるさまざまな編集稽古や編集課題に果敢に立ち向かっているのです。その数、30人。

 で、ちょっとだけ洩らしますが、今週は、東洋思想をめぐって、「蓮條院」(相京範昭別当師範代)と「風鏡院」(倉田慎一別当師範代)それぞれ3チームに分かれてのレポート作成をしました。インド哲学や大乗仏教の滔滔たる流れに始まり、その関係と意味をめぐってイメージを交わすのです。それを分担執筆して最後に一本の菩提樹にまとめあげます。その間、かわされたメール数はなんと500通。しかもその半分が十数時間に集中するのです。いったい何がおこっているんでしょうね。それは秘密です。

 こうして提出された6本の菩提樹は、いずれもSM校長ことセイゴオを驚かせるほどの知脈をもったものとなりました。「文巻」にひそませた方法の旅に絶対の自信をもつセイゴオも、「わずか数日でここまでの内容を相互編集できる集団が世界のどこにあるだろうか」と離学衆の知闘に賞賛しきりでした。

 これから「離」は後半戦にさしかかります。つねに意外なプログラムが待ちかまえる「離」ですが、いちばんその交歓を楽しみにしているのがSM校長です。実は5月14日には校長・別当・離学衆の全員が初めて顔をあわせることになっているのです。これ、「表沙汰」っていう1日なんです。では、このへんで。


   
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離学衆の提出課題をチェックするSM校長

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2006年4月10日


Diary  セイゴオの著作が「入試問題」に


立命館大学、筑波附属高校で出題

 新年度を迎えたこの時期になると、セイゴオのもとには毎年数箇所から「今年の入試問題に著作の一部を使わせてもらいました」という「著作物掲載許可願・承諾書」がおくられてくる。今年も2件あった。
 一つは、立命館大学の国語問題。『岩波講座・現代社会学・第5巻『知の社会学/言語の社会学』(岩波書店)の「声のコミュニケーション・文字のコミュニケーション」(p.125~)の一部が引用され、10題もの設問に答えるというもの。もう一つは、筑波大学附属駒場高校の国語問題。『日本流』第6章「日本と遊ぶ」の「7. 間に合わせ」(p.244~)から「詫び」の話が抜粋され、5題の設問が出されている。
 著者本人が試してみたところ、穴埋め問題はスラスラわかるが、なぜか3択・5択問題が難しいとか。解釈力が問われる問題ほど、選択肢のなかに“正解”が見当たらないような気がするらしい。

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2006年4月 7日


Diary 宇治山哲平展でソロ講演「アイコンとアート」


セイゴオが会ってみたかったこの人

 ○△□だけで独自の抽象表現を追及した大分県日田市の画家・宇治山哲平(1910-1986)。世の中の評価は確立していないが、実際は超目利きが認めていた画家である。図録に宇治山哲平論を依頼された縁で、最終日直前の4月6日(木)にセイゴオがソロ講演を行った。

 開演前に2時間かけて宇治山作品とむかいあったセイゴオは、講演の冒頭で「宇治山さんの作品はいくら見ても言葉が浮かばない。感じたことを言葉にするのが難しい。でも、好きな人、好きな月、好きな空こそ、ほんとうは語らなくてはいけない。」
と語った。

 宇治山の作品には、「暗合」があり「符牒」がある。「符牒」とはアイコンでありイコン、つまり偶像。アイコンは、oneとanotherの関係でできている。一つのものは、また別のものと共鳴しあって存在している。だから、何を表現するかによってすべての組み合わせが変わる。いったい、その関係性を決めているものは何なのか。
 宇治山には、好きなものがいっぱいあった。それぞれに深く傾倒していた。藤原隆信による似絵「源頼朝像」、雪が降りしきるなかで面壁する達磨に慧可が入門を請うて自らの片腕を切断して差し出している雪舟の「慧可断臂図」。俵屋宗達の金碧画の屏風「蔦の細道」や養源院杉戸絵の「白象図」。宇治山が「溜飲がさがる思いがした」「男子の本懐という気迫を抱かせてくれる」と言った富岡鉄斎「富士」。そして日田の自然、暮らしを愛していた。

 宇治山は、これらのものから多大な影響を受けているはずである。ただし、その影響は宇治山作品にそのまま現れてはいない。そこにあるのは「面影」である。宇治山は何も言葉で残していないが、きっとそこには雪舟も宗達も鉄斎も、日田の自然も潜ませてあるのだろう。宇治山のキャンバスは、宇治山が好きなものを入れ込めるリセクタブルな器だったのではないか。作品「王朝」、作品「凛」、作品「華厳」という「器」。

 このように宇治山哲平の目と作品を紹介した上で、そのあとは、具象と抽象、アニメーションとエマネーション、タブローと枠、ユングの箱庭療法、ナム・ジュン・パイクとヴィル・ヴィオラとジャック・アタリ、ケプラーの軌道、曼荼羅と密教、華厳世界、ホワイトヘッドの「抱握」、アインシュタインと哲学、エントロピーと情報、生体膜の物質の出入りへとめくるめく話が展開。それは、セイゴオ自身がアートを見るときの方法論なのであると同時に、そのすべてが宇治山哲平その人に向けられていた。

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ホワイトボードのあちこちに描かれたセイゴオスケッチ


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2006年4月 1日


Dairy 十文字美信さん、M書斎を激写


『千夜千冊全集』口絵写真も絶好調

 『千夜千冊全集』のために、十文字美信さんが「本の写真」を撮り続けている。各巻の巻頭口絵用の写真である。その撮影たるや尋常なものではないらしい。第4巻「神の戦争・仏法の鬼」用には、セイゴオが所蔵していた豪華大型版の『神曲』(時価数百万円!)を、鎌倉の海辺で朝日を背景に撮影。第7巻「男と女の資本主義」用には、ジャン・コクトー『白書』や『鈴木いづみ全集』を、箱根の旅館でノリのきいた布団と一緒に撮影したという。

 千夜千冊1109夜『澄み透った闇』には、セイゴオは次のように十文字さんについて書いている。「何人もの写真家の撮影の現場につきあってきたけれど、十文字の撮影に立ち会っていて、これ以上その"もの"を見つづけるには何か格別な鬼神の力でも借りないと無理だと感じたことが、何度かあった。」

 その鬼神の眼力を持つ十文字さんが、松岡正剛詳細年譜と全集索引が収められる第8巻の口絵用に、「いよいよ松岡さんを撮る」と赤坂を奇襲したのである。しかも、「たった今まで松岡さんがいたのに、ふと席を立ったあとの、主のいない書斎」を撮るという。
その意を汲んで、セイゴオは朝から書斎に篭って、ここ数週間追われ続けている第2稿の赤入れ作業をし続けた。そして十文字さんが訪れるやいなや、ふっと席を立って書斎を明け渡した。

 十文字さんはローライフレックスを手にすばやく書斎に侵入した。作業中のゲラも、キャップのはずれたペンも、飲みかけのお茶も、脱ぎ散らかした靴下もそのままの状態の「現場」を鋭く見渡した。あわてて「少し片付けましょうか」とスタッフが声をかけると、「ぼくの眼が、この部屋の松岡さんらしさを切り取る。何も動かさないで。そのまま、そのまま」。そして即断即決のシャッターを切っていった。あっという間の出来事だった。

 十文字さんはもうひとつ秘策を携えていた。書斎の撮影を終えると、階下で編集者と打ち合わせ中のセイゴオのところに行き、四方山話を交わしはじめた。そのうち「ところで松岡さん、どうして二つもメガネつけてるの」と質問。セイゴオは近眼乱視用のメガネを付けながら、老眼用のメガネを首から下げていることが多い。十文字さんはそのことに目をつけていたらしい。「ああ、これはね」とメガネをつけかえて見せるセイゴオ。その瞬間、十文字さんは電光石火でシャッターを押した。「あっ、やられた」。セイゴオ、苦笑い。

 その後も、本棚から本を取り出す姿、黒板に板書をする姿、そして再び書斎に戻って原稿に赤入れをする姿なども次々と撮影された。セイゴオが書き込み中の原稿を至近距離からカメラで覗き込んで、今度は十文字さんが驚いた。「こんなに書き込んでるんですか。真っ赤じゃないですか」。ファインダーから眼を離さない十文字さんと赤ペンを手から離さないセイゴオ。ただならない二人の切り結び。しかもそれぞれ正確無比な「仕事」をしながら、同時に会話し続ける。写真と照明について、本の撮影状況について、「千夜千冊」にも書かれた十文字さんの“首のない男”の写真について、写真と言葉の「切り取り方」の相違について・・・。

 これまで多くの写真家やインタビュアーやエディターが、「ふだんの松岡正剛」に関心をもってきた。しかし「プライベート」な領域をつくらないセイゴオからは、誰も「ふだん」を聞き出すことも、「ふだん」の姿を取り出すこともできなかった。十文字さんはそのことを百も承知だったのだろう。

 十文字さんがフィルムに焼き付けたのは、おそらくは「いつものセイゴオ」なのである。十文字さんが立ち去ったあとも、セイゴオはそのまま書斎で、何事もなかったかのように、赤ペンを走らせ続けていた。

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  極限まで近寄りセイゴオを“切り取る”十文字美信さん
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  「やられたっ」 「じつは、その仕草を狙ってたんだよ」

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2006年3月23日


Diary 前代未聞の石舞台が出現


那須の二期倶楽部で今秋柿落とし

 那須のリゾートホテル二期倶楽部では、雪解けとともに「石舞台」の設置工事が再開した。これはオーナーの北山ひとみさんの依頼で3年前から始まった「那須プロジェクト」のひとつで、松岡正剛を核とする文化拠点づくりをめざしている。設計は建築家の内藤廣さん。「建てものからではなく、物語から作りたい」というセイゴオのプランに基づき、昨年は、敷地内の湧水の整備とともにシンボル的な「立床石」が設置された。続いて着手されたのが、野外劇場である「石舞台」。

 「立床石」「石舞台」とも、イサム・ノグチの精神を継承する和泉正敏さんが棟梁をつとめている。「立床石」は立ち姿が観音のようにも鳥のようにも、陽石のようにも見える、高さ2.5メートルほどの巨石。昨年7月7日に、関係者が集って「石開き」の宴が催された。
 「石舞台」はさらに巨大な約10坪ほどの石を6つに割って組み合わせたもの。配置はセイゴオが決め、内藤さんが思案に思案を重ねた結果、石の接合部に那須の空を写し込む鏡面スチールが使われるという前代未聞の設計となった。

 日本のどこにもないものをつくりたい。名づけられ得ないものを形にしたい。北山さん・内藤さん・セイゴオのそんな思いがこめられた「石舞台」は、今年秋には柿落としとなる。

 セイゴオは「石舞台から日本の“結び”の文化を発信させたい。文化の拠点というのは“結び”の場であるべきではないだろうか」と語る。このコンセプトは、今後まだまだ続く「那須プロジェクト」の指針ともなりそうだ。「石舞台」の次は、いよいよ古今の時間を結び、東西の空間を結ぶ「会所」の計画に入っていくことになっている。

(千夜千冊第1104夜『建築的思考のゆくえ』もご覧ください。)

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2004年7月7日 立床石
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九段にある内藤さんの事務所で綿密な打合せが重ねられている


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2006年3月16日


Diary  春の千鳥ヶ淵で「册」がほころぶ


セイゴオ、「册」定例ミーティングに出席

2004年7月にオープンした千鳥ヶ淵の「NIKIギャラリー册・九段」は、セイゴオが構成をてがけたブックアートギャラリー。今も定期的にセイゴオと册スタッフが顔を合わせて、企画ミーティングの場を持っている。昨年はさいたま市に2号店「NIKIギャラリー册・浦和」が完成し、現在横浜に3号店を準備中。

ミーティングでは茶室ほどの空間に文庫本が天上まで並べられた書斎“糸宿房”(ししゅくぼう)でセイゴオをかこんで総勢7人の册スタッフが顔をそろえる。ミーティング中お茶好きのセイゴオを気遣って野草三年番茶はじめ「冊」名物のハーブティーが切れることなく振舞われる。ミーティングとともに册スタッフの希望で「千夜千冊」読書会が行われることもある。

「冊」の企画はセイゴオがたてた季題に添って展開される。3月の季題は「ほころぶ」。一般には縫い目や織り目が解けはじめることをいうけれど、本来は桜の蕾がほころぶ、笑いがほころぶというように、堅くとじていたものが開いていくことをさしていると解説するセイゴオ。その「ほころぶ」感覚を生かして、いま開催中の「詩人が描く、高橋睦郎の那須賛歌展」と次回の「版画家山本容子の版画と桜の文庫展」で、どのように「册」に春のおとづれを演出できるか、スタッフからの熱心な相談が続いた。

企画検討後は“桜の香り”と名づけられた桃色と山吹色の金平糖でしばし団欒。鈴木いづみの生きかた(千夜千冊942夜『鈴木いづみコレクション』)や小川未明の世界観(千夜千冊73夜『赤いろうそくと人魚』)を例にしながら、セイゴオが提供する話題はやはりアートと本を重ねるためのヒントとなる。
千鳥ヶ淵は桜の名所。「册」を訪れるのには絶好のシーズンだ。書架のなかに飾られたセイゴオの“書”とともに、「ほころぶ」アートと本をたずねてほしい。

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「遊」をテキストに繰り広げられた編集談義。

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冊集居にあるベンチで一休み

投稿者 staff : 21:08

2006年3月10日


Diary セイゴオぶひん屋のビロード・トーク


「邦楽とJポップ」など4本を収録

「セイゴオぶひん屋」は、3月1日にオープンしたimpress TVの新チャンネル。隔週更新の無料コンテンツ「天鵞絨(びろうど)」とバラエティ豊かな有料コンテンツの2本立て。

今日は、4月後半から放送予定の「天鵞絨(びろうど)」の収録が行われた。場所は赤坂ZEREビルの「世界読書の間」(通称PIER)。
撮影現場では特製書棚「燦架(さんか)」が組まれ、セイゴオがテーマに即して選んだ本をディスプレイ。その本の並びが語りのシナリオになる。マクルーハンの『グーテンベルクの銀河系』を基点にメディア問題のポイントを解説する「情報学」。日本語や日本のシステムについての内側の目と外側の目を対比させる「現代日本の問題」。最近の中国の本づくりの心意気を紹介する「チャイニーズ・エディトリアル」。そして4本目の「邦楽とJポップ」では、扇子を使いながら日本の間拍子を実演。

夜店の香具師のように手を変え品を変え本の魅力を語るセイゴオ。中国は中国らしく、邦楽は邦楽らしく、しかもテーマごとに衣装と小道具を変える“コスプレ”には撮影スタッフもビックリ。

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マオ・キャップをかぶって中国を語る。


■番組名:セイゴオぶひん屋
■URL :http://impress.tv/im/article/sgb.htm
■更新頻度:無料番組は隔週金曜日に1タイトル追加
        有料番組は毎月第一金曜日に1シリーズ追加
■メディア種別・声域・サイズ:
       無料・有料いずれも、Windows Media 300kbps のみ 320x 240pxl
■料金(有料コンテンツ)
    1タイトル200円から。1シリーズ1500円から。


投稿者 staff : 01:30

2006年3月 8日


Dairy 「千夜千冊」更新そろそろ終了か


出版化作業は次の山場へ

 今年はじめからかかりっきりになっていた『千夜千冊全集』の初稿の赤入れがようやく終わった。とはいえ出版まではまだまだいくつもの山場がある。今後は第二稿の赤入れ作業が1日に数百ページものペースで続く。並行してWEB「千夜千冊」更新のための執筆もし続けてきたが(現在1123冊となっている)、これらもすべて全集に収められることになっている。そろそろWEB更新は終了となるようだ。
 そんな“千夜漬け”のセイゴオを、求龍堂の「千夜千冊全集」担当の鎌田恵理子さんと鹿山芳明さんが、ミモザの花束をもって打合せがてらの陣中見舞い。3月8日はイタリアでは「ミモザの日」なのだそうだ。(ただし本来は女性がミモザを贈られる日だとか)。

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全集の体裁を詰めるセイゴオと鎌田さん(中央)と鹿山さん(右)

 春色黄色の花を愛でつつ、レイアウトや「索引巻」の綿密な打合せも行われた。1300ページを越える大著7冊分の校正作業を担ってきた鹿山さんは「ぼくの頭はすっかりマツオカセイゴオになっていますよ」。装丁を担当する福原義春さんからも次々とアイディアが届き、セイゴオを驚かせている。


投稿者 staff : 01:59

2006年3月 6日


Diary ISIS編集学校「伝習座」の一日


セイゴオ、14期「守」を担う新師範代を激励

3月4日、ISIS編集学校の第44回「伝習座」(師範代研修会)が虎ノ門で開催された。「参加者は3月20日に開講する第14期「守」(入門コース)の師範代13人。いずれも、編集学校のコーチ養成機関「花伝所」で専門的なトレーニングを積んできた精鋭たちだ。

ISIS編集学校の師範代になると、インターネット上の「教室」でほぼ毎日、十数人の学衆(生徒)が取り組む編集稽古に指南をする。師範代は、編集学校のカリキュラムに通じていることはもちろんのこと、学衆一人一人の力量に応じて適切な指導やアドバイスができるだけの判断力や対応力が求められる。「伝習座」は、そのための実践ノウハウの総仕上げを、経験豊かな師範から直接伝授する場なのである。

また「伝習座」は、松岡正剛校長が直々に、編集学校の基盤ともいえる編集思想や方法論を師範代に伝授する場でもある。この日も90分にわたり、知識と理解の関係とその間をつなぐ編集工学について講義を行い、13人の師範代を激励した。

午前11時から夜8時まで、およそ9時間にわたる伝習座プログラム。この時間の長さも密度も編集学校開校以来の伝統である。さらにその後赤坂で懇親会も行われ、師範代たちは夜半まで、これからの教室運営の抱負を熱くかわしあっていた。

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目の前のペットボトルを例題に講義をするセイゴオ。

編集学校14期「守」申込受付中

投稿者 staff : 20:02

2006年2月28日


Diary CBCテレビ「ときの探訪」10年目に突入


赤坂ZEREで春の番組企画会議

東海三県で毎週木曜日放送中の「ときの探訪」は松岡正剛監修、スポンサーはJR東海。東海道沿線の伝統工芸、祭り、建築、庭園、名所名物を紹介し続けて歴史や由来を丁寧に扱う作りに定評がある。まもなく放映10年目をむかえる。3分間のミニ番組ながら平均視聴率は13パーセント。

長寿の秘密は、スタート時から2ヶ月に1度欠かさず行われてきた赤坂での企画会議。JR東海エージェンシー、CBCテレビ、番組制作会社エキスプレスの面々とセイゴオおよび編集工学研究所・松岡正剛事務所のプランナーが顔を合わせて番組の方針や内容を検討する場だ。

27日の会議では、1月~2月に放映された「無常の響き・梵鐘(京都)」「敦賀町夷子大黒綱引き(福井)」「東美濃山岡・細寒天(岐阜)」など8本の映像を全員で再確認し、続いて5月~6月放映用の企画11本を検討。江戸の職人芸、京都の雅びな工芸、甲府に伝わる傀儡人形の祭礼、奈良の知られざる行事までバリエーション豊かなラインナップのすべてについて、セイゴオがその歴史的背景や目利き的映像ポイントをコメントしていく。「ときの探訪」企画会議の場がまさに日本文化伝承の場なのだ。

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テレビ局:CBC(愛知中部放送)
時  間:毎週木曜日 19:54~19:57
放映地域:東海三県(愛知・岐阜・静岡)

最近の放映番組はコチラ→

投稿者 staff : 03:00

2006年2月24日


Diary ISIS編集学校第二季「離」開講まぢか


松岡校長直伝の腕が鳴る

ISIS編集学校の「離」第二季がいよいよ二月二十六日から始まる。入門編「守」・応用編「破」を修了した学衆だけが進学できる30人限定の専門コースだ。しかも、その内容は校長直伝による「世界読書奥義伝」。松岡正剛の編集的世界観と世界読書術を伝授する特別プログラム。

松岡はこの講座のために、約1000枚にわたるハイパーテキストふうの講義ノート「文巻」を書き下ろした。数十年間にわたる思索と実験と実践のエッセンスを凝縮し、しかもこれを12週間で体得できる構造と配列に並べたものである。離学衆は、これをひたすらインプットし、なおかつ多様な手法でコンテンツをアウトプットする編集稽古をこなしていく。

昨年6月27日に開講した第一季では、30人の学衆がすばらしい奮闘ぶりを見せた。その第一季生に刺戟されたのか、第二季も応募者は定員いっぱいとなっている。再びやってくる疾風怒濤の12週間に備え、指導陣である編集学校別当師範の太田眞千代・相京範昭・倉田慎一・小池純代・太田香保らとともに、校長松岡の指南ストレッチが最終段階に入っている。


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文巻と指導法を再確認する別当会議

投稿者 staff : 21:09

2006年2月23日


Diary  レッテルレスな“連塾八荒”を振り返る


松岡正剛を囲むサロン「一義亭」でスペシャル講義

2月23日、連志連衆会の会員を対象としたサロン「一義亭」が開催された。「一義亭」で交わすテーマは多種多彩。「神と仏」を主題に日本の成り立ちを考察したり、天皇制を軸に日本の可視・不可視システムを議論したり、また時にはみなで書をしたためたりと、つねに濃厚な時間を共有しながら日本の本来と将来をかわしてきた。
5回目となる今回は、2003年から2005年の間におこなった「連塾」(全8回)を一気に振り返る4時間高速レクチャー。ダイジェストビデオの中のセイゴオと生のセイゴオが次々と放つキーワードは、正と負、スコアー、おもかげ、二つのJ、やつし、分母、外来コード、うつろい、フラジャイル、異胎などなど。

「わたしにとってこの8回の講義は毎回が“試合”でした。わたしは“知”のアスリートです。だから観衆がいなければ成り立たないし、いつでもどこでも話せるというものでもない。当日にむけたコンディションづくりや、作戦を読まれないようにあの手この手で方法を変える技も必要。そして名付けようのない、レッテルレスな語りを目指してきた。ようやく臨んだ講義中の編集は、一瞬一瞬が戦いです」。つねに“知”には“知”なりの時空間があるはずだと映像や音や灯にもこだわり、日本の語り方・伝え方を示し続けた。セイゴオの方法的思想が、サロンメンバーに伝授された一夜となった。

投稿者 staff : 01:38

2006年2月15日


Diary 読書名人、本を買いに行く


  食事に出かける時間があれば書店めぐりをしてしまうセイゴオ。本日も寸暇を縫って渋谷のブックファーストに出かけた。
  セイゴオの本定めの作法は、そこが近所の書店であれ大型書店であれ神田古書街であれ、基本的には変わらない。書棚の前をゆっくり動きながら、目は高速に本の背をスキャンしていく。ときどき立ち止まり、茶碗でも引き出すような手つきで本を取り出し、まず目次を開きじっくり眺める。なかなか本文には進まないが、これこそセイゴオが提唱している「目次読書法」なのだ。しかも名人は本文を見ることなく購入か否かを決めてしまう。
  このようにして一棚をめぐると、十数冊もの買い物になり、フロアーひとつをまわり終えるころには100冊近くの本の山ができあがることもある。たいていは書店員があわててかけつけて、それらをせっせとレジに運ぶ。同行したスタッフが走りまわることもある。この日は、書棚の横に置かれた椅子に座って、レジが済むのを待ちながら、待ちきれずに買ったばかりの本を読み始めていた。



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書店でつかの間マンウォッチングも楽しむ
>工作舎ポスター「OFF」より


投稿者 staff : 00:34

2006年2月10日


Diary セイゴオ、宮崎で日本の方法を語る


シスコシステムズ・エグゼクティブ・フォーラム速報

2月10日(金)、宮崎市のコンベンションセンターで開催されたシスコシステムズ社主催「エグゼクティブ・フォーラム」でセイゴオが「方法の日本と文化の継承」について講演。聴衆はシスコシステムズユーザー企業50社のリーダーたち。

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もう一人のゲスト講師である呉善花氏が、最初に日本人と韓国人のアイデンティティの違いについて講演。次に登場したセイゴオは、呉氏の話を受け、ライブドアや女帝問題など昨今の日本の事件と混迷にも触れつつ、日本に特徴的な編集方法は「組み合わせ」と「再編集」にある、という本題に入っていった。

セイゴオは、日本について理解を深めてもらうためには、コンセプトとともにビジュアルイメージを伝える必要があると考えている。ここ数年、講演や講座では、大量の映像資料を使うスタイルをとってきた。この日も選りすぐりの文楽や民芸や能楽の映像を次々と見せながら、それらのどこが「日本流」なのか、またどこに方法的な発見があるのかを、丁寧に解き明かした。

では、それらの日本的方法の奥には何があるのか。ここから話は「ウツ」なるものをめぐる日本のメタコンセプトの話しに入り、さらに、天皇制問題について今の日本人が理解すべきポイントを40項目にわたり列挙。タイムリーな話題と歴史を織り込みながら、日本の抱える課題を深く抉った。

いつものように情報量の多い高速苛烈な講演となったが、聴衆の反応は上々、セイゴオは終了後の懇親会の席でも、引き続きさまざまな質問を受け、また企業リーダーたちからの真摯な感想に耳を傾けていた。

投稿者 staff : 01:01

2006年2月 3日


Diary  赤坂稲荷坂に福が来る


セイゴオ、元気いっぱいの「鬼は外」

2月3日、赤坂稲荷坂の不夜城「ZERE」屋上で恒例の豆撒きが行われた。「オ~ニはぁソットォ! フ~クはぁウッチィィィ」。セイゴオのかけ声が赤坂の夜空に大きく響く。つられてスタッフも賑やかに声を張り上げ、升いっぱいの豆はあっという間にカラ。


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さんざん騒いだあとはワークルームで「恵方巻」をかぶりつき。恵方にむかって無言でのり巻き一本を食べきると福が来るというもの。必死に無言で食べようとするスタッフをどうにか笑わせようとするセイゴオ。徹夜続きなのにまったく元気がいい。

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スタッフを笑わせようと必死なセイゴオ

「豆を撒いて鬼を追い払うと“天然痘にかからない”という説があって、だから鬼の顔が赤いとも言われている」など、日本文化のミニ講義をしたあとは、高橋秀元とタバコをふかしながら民俗行事について気楽な談義。最後は「いよいよ春だ。では、諸君によい春がきますように」と締めくくり、セイゴオは書斎に戻って行った。

投稿者 staff : 01:37

2006年1月30日


Diary 星降り龍の啼くセイゴオ誕生会


編んで編まれた「千夜千冊」の夜

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撮影:戸澤裕司氏 

1月28日夜、編集工学研究所と松岡事務所と編集学校有志がセイゴオ誕生会「千夜千冊虹龍開帳」を渋谷の天空ラウンジで開催。例年になくフォーマルなセッティングの誕生会に、司会の太田剛も、次から次へとスピーチに立つスタッフたちも緊張顔。それぞれの「千夜千冊」への思いが編みこまれた言葉の贈り物に、セイゴオも終始真剣に聞き入っていた。

誕生会タイトルの「虹龍開帳」は、「千夜千冊」が7巻に再編集され出版されることにちなむ。会場には『眼の劇場』の「内側の木蓮」にちなんだ3分咲きの白蓮と湯川秀樹ゆかりの本染めの法被が飾られ、米良美一の「月がとっても青いから」や北原白秋作詞の「さすらい」など、セイゴオ好みを組み合わせて入念に準備された音楽とプレゼントの数々が披露されていく。「1100books,1100nights」と描かれたブック型の特製ケーキの登場シーンでは、なぜかバースデイ・ソングではなくプレスリーとともに「ラブ・ミー・テンダー」の合唱。
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渋谷恭子がセイゴオの生い立ちに白秋・鏡花・雪岱・良寛を織り込んだ渾身の編集でメッセージを締めくくると、最後にセイゴオからもお返しのスピーチ。「社会や世間が何と言おうと僕が大事にしたいこと・やりたいことのために、君たちにも精神的に過重な日々を強いることになってきたと思う。でもこれからは君たちこそが千夜千冊を綴り、何かにしてくれるに違いないということを確信しました」。

セイゴオと仲間たちが新たに何事かを誓い合い、星降る夜の一座がほどかれると、会場に置かれた白蓮がすっかり花をほころばせ芳しい香りを漂わせていた。

投稿者 staff : 14:24

2006年1月27日


Diary 千夜千冊が1100冊を突破!


出版化作業もますます佳境に

千夜千冊は2004年7月7日に1000冊を達成したが、その後も更新をつづけ、ついに1月27日『型の日本文化』によって1100冊となった。これらはすべて、今年5月に刊行をめざす『千夜千冊全集』(全7巻)に収録される。

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十文字美信氏撮影。各巻ごとに手法の異なる口絵写真も撮影中。

全集各巻のタイトルは次のとおり。

第1巻 遠くからとどく声
第2巻 猫と量子が見ている
第3巻 脳と心の編集学校
第4巻 神の戦争・仏法の鬼
第5巻 日本イデオロギーの森
第6巻 茶碗とピアノと山水屏風
第7巻 男と女の資本主義

各巻の構成には、書物の“並び”だけで流れるような文脈をつくる、1冊あたりのページ数をほぼ同じくらいするという、セイゴオの職人編集的なこだわりがある。さらに、それぞれの千夜千冊にはウェブにはなかったヘッドラインがつけられた。

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また、この構成にもとづいて新たに千夜千冊を執筆しながら、セイゴオが連日連夜とりくんでいるのが原稿の手直しだ。すでに出版化に向けてタテ組の初稿ゲラになった「千夜千冊」は、ヨコ組だったウェブ「千夜千冊」以上の編集魂をかきたてるらしい。書き換えに近いほど手を加えた上で、加読性を高めリズムをつけるために句読点・改行を微細にうごかしていく。「見開き2ページの中の漢字の配分や画数まで気になる」のだという。「ウェブの千夜千冊が雑木林なら、書籍の千夜千冊は密林だ」。「千夜千冊」の彫琢の日々はまだまだ続く。

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取材中も赤ペンを放さないセイゴオ(カメラマンはAERAの戸澤さん)

投稿者 staff : 21:26