九百八十六夜【098604年6月4日

Seigow's Book OS / CORE
多田富雄
『免疫の意味論』
1993 青土社

表紙:『免疫の意味論』
©青土社
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多田富雄
多田富雄

 

 

 

 

 

 

 

『生命の意味論』
『生命の意味論』
多田富雄 著
1997 新潮社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『免疫・「自己」と「非自己」の科学』
『免疫・「自己」と「非自己」の科学』NHK人間大学テキスト
多田富雄 著
1998 日本放送出版教会

『免疫・「自己」と「非自己」の科学』
『免疫・「自己」と「非自己」の科学』
多田富雄 著
2001 NHKブックス

 

T細胞
T細胞


B細胞
B細胞



『免疫の意味論』に記されたネッセージ
『免疫の意味論』に記されたメッセージ


 

 

『ビルマの鳥の木』
『ビルマの鳥の木』
多田富雄 著
1995 日本経済新聞社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『露の身ながら』
『露の身ながら』
多田富雄 柳澤桂子 著
2004 集英社


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『歌占』
『歌占』
多田富雄 著
2004 藤原書店


 

『露の身ながら』
京都新聞6月2日号
数日前の多田富雄氏の現状を伝える新聞

 


 

 

 

 


『生命をめぐる対話』

『生命をめぐる対話』
多田富雄 著
1999 大和書房

 五木寛之が愉快なことを言った。ぼくは物心ついてから意識的に手を洗ったことがない。すると多田富雄が、それで免疫力がついたのかもしれませんね。
 また五木寛之がこう言った、昔は鼻たれ小僧の青っ洟には緑膿菌などの雑菌がいて、それなりに免疫系を刺激していたわけでしょう。そのほうが花粉症などおこらなくてすんだんじゃないですか。多田富雄が笑いながら答えた、東南アジアで水を飲むとわれわれは下痢をしますが、向こうの人たちは平気です。これが免疫の本質です。でも、不潔だからいいということじゃないんです。
 問題は「部品の病気」と「関係の病気」ということなのである。部分が治ったからといって、関係が治ったわけではない。多田富雄さんはつねに「関係の病気」を研究し、そのことを文章にも、能にも、詩にも、してきた。

 今度は多田富雄が、こう言った。私は井上さんの『私家版日本語文法』を何度読んだかわかりません。そこで、あれに触発されて、「私家版免疫文法」というスライドまでつくったんです。免疫にも文法の時制のようなものがあるんです。
 そうしたら井上ひさしが、こう言った。教室で一回さされると、当分さされることはない。これは免疫みたいなものですね。われわれは日々、自己と非自己をくりかえしてるんですね。それがどのようにスーパーシステムになるかというと、ひょっとするとそれは戯曲や小説を書くときのしくみと似ているかもしれませんね。
 多田富雄が、こう言った。ふつうのシステムはいろいろな要素を組み立ててできるんです。スーパーシステムは、要素そのものまで創り出しながら自己組織化していくシステムのことです。まさにすぐれた文学と同じです。井上ひさしが、膝を打ってこう言った。形容詞ひとつで芝居は変わってしまいますからね。その形容詞ひとつが男と女の成り立ちにまで関係しているので驚きました。『生命の意味論』(新潮社)を読んでいたら、「人間は女がモトで、男は女があとから加工されてできあがった」と書いてあったでしょう。同性愛すら生命意味論なんですね。多田富雄が、微笑して言った。男はむりやり男になっているんですから、型通りにならない男はいくらでも出てくるんです

 多田さんには、スーパーシステム論という大胆な仮説がある。
 われわれは遺伝情報とともに免疫情報や内分泌情報をもっているのだが、その両方を組み合わせていくと、どこかに要素を創発しているとしか思えないしくみがあることに気がついた。それがスーパーシステムの特色である。けれども、どうもその創発は女性(メス)が思いついたようなものなのだ。
 このことについては、ぼくもすこぶる関心があったので、第414夜には『性の起源』を、第905夜には『聖杯と剣』を渉猟しておいた。しかし、多田さんは、そこをこんな名文句でまとめてみせた、「女は存在だが、男は現象にすぎない」と。
 スーパーシステムでは自己も目的も曖昧なのである。自分でルールをつくってそれを生かしていくわけなのだ。

 そこで中村桂子が、こんなふうに言った。スーパーシステムは自己創出系と言ってもいいでしょうね。ただし、最適解を求めているわけではない。生命には「最もよいという発想」がありませんからね
 多田富雄も同意する、生命は、きっと曖昧の原理のようなものを最初から含んでいたんでしょう。
 中村桂子は、さらに続けた。しかも目的があってもそれぞれ別なものになっていて、それらを統合する役割をどこかがもっているわけではありませんからね。多田富雄も言った、生命にはオーケストラの指揮者はいないんです。けれども遺伝子のひとつずつはそれぞれ意味についても無意味についても何らかの機能をもっていて、自分で役割を終えて自殺する遺伝子もいれば、繋ぎ役や何の役にもたたないイントロンやエクソンもいるわけです。免疫系でもアナジーといって、反応をやめちゃう機能をもつこともあるんです。それらを含めて、生命には関係の相対において曖昧がありますね。

 免疫系が何をしているかといえば、抗体抗原反応をおこしている。抗原は外部からやってくる病原菌やウィルスなどである。これが非自己にあたる。高分子のタンパク質や多糖類であることが多い。
 われわれは、これに抵抗するためのしくみの担い手として抗体をつくる。これが自己である。非自己がなければ、自己もつくれない。
 しかも抗体は胸腺のT細胞と骨髄のB細胞の2種類がなければ動かない。B細胞が抗体をつくるには、T細胞がなければならない。ということはT細胞からB細胞になんらかの指令が届いているはずで、そこには情報が関与しているはずである。この情報は免疫言語とでもいうべきもので、かつてはインターロイキン(ロイキンは白血球のこと)と、いまはサイトカイン(サイトは細胞、カインははたらくもの)とよばれる。
 そのT細胞にもいろいろあって、免疫反応を上げるはたらきのあるヘルパーT細胞も、それを抑制するサプレッサーT細胞も、癌細胞などに直接に結合してその力を消去しようとするキラーT細胞もある。こうした免疫系の原型はメクラウナギなどの円口類からじょじょに形成されてきて、われわれにまで及んだ。
 免疫系にはまだまだわからないことが多いのであるが、多田さんは、本書にこう書いた。「免疫というシステムは、先見性のない細胞群をまずつくりだし、その一揃いを温存することによって、逆に、未知のいかなるものが入ってきても対処しうる広い反応性を、すなわち先見性をつくりだしている」。

 次に白洲正子が、こう挨拶をした。先だってはわざわざ病院までお見舞に来ていただいてありがとうございます。あのころはもう、夢うつつで、いろんなことをやったわよ。お能を舞ったりね。
 多田富雄も応じた。私も死ぬときにどんなことをするかよく考えます。きっと「融」(とおる)の早舞なんてやるのかもしれません。白洲正子が応じた。だから死ぬなんてちっともこわくないのよ。死にそうなときって、なんだか岩山のようなものが見えたわね。落ちたらそれきりなんだけど、私は『弱法師』の出のところを舞ってるのね。夢の中のそのまたその自分の心の中でね。
 多田富雄は深く頷きながら、こう言った。私は今年、顔面神経麻痺になりまして、顔面神経は7本に枝分かれしているのですが、その1本が味覚の神経になっていて、そのため味覚障害がおこるんです。顔面神経はカッコわるいのをがまんしていればすみますが、味覚が1カ月もないのは、きついですね。すると白洲正子が平然と言ってのけた。あら、私はドイツで子宮外妊娠で破裂しちゃったんだけど、手術の麻酔も失敗したらしく、1年ぐらい何を食べてもエーテルの味だったわよ。
 多田富雄は気圧されて、こう言った。味覚というのは記憶です。白洲正子はこう言った、でも、『隅田川』の「親子とてなにやらん」というような、仮の世の記憶というのもあるみたいよね。

 多田さんは少年のころから小鼓に親しんできた。新作能も書いている。『無明の井』では脳死と臓器移植を扱い、『望恨歌』では朝鮮人強制連行事件を扱った。
 最近ではアインシュタインの特殊相対性理論をあしらった『一石仙人』がある。大倉正之助(第866夜)が舞台に上げた。ニューヨークで『無明の井』が上演されたときは絶賛され、ドクター・ノオとよばれた。
 多田さんの能は、まさに「仮の世の記憶」を書いている。それは能舞台を借りた “生命の複式夢幻能” というものだった。

 その多田さんが2001年5月に、旅先の金沢で脳梗塞の発作に襲われた。生死のさかいをさまよったのち、目覚めたときは右半身が完全に運動麻痺となり、声を失っていた。嚥下も困難で、水を飲んでも苦しい。
 多田さんは一夜にして虫となったカフカの『変身』を思い出し、脳裏をダンテ『神曲』(第913夜)の「この門をくぐるもの、すべての希望を捨てよ」が過(よぎ)った。自殺も考えたという。
 いま、多田さんはバリアフリーの部屋に住み、重度障害者として生きる望みをもちはじめられたとおっしゃる。このことは、今年の4月に刊行された柳澤桂子さんとの往復書簡集『露の身ながら』(集英社)にもつぶさに綴られていて、心を打つ。

 柳澤さんもまた30年来の難病に苦しめられたまま、結婚生活43年のうちの32年を闘病に費やした。そのあいだ、生きる望みは書くことだけだったという。すでに第295夜に紹介しておいた名著『二重らせんの私』は、そのうちの一冊だ。
 そのときは遠慮して書かなかったのだが、柳澤さんは病名を求めても医師からは「おまえのせいだ」と言われるばかり、やっと1999年になって脳幹異常による周期性嘔吐症候群と低脳液圧症候群という病名が与えられた。
 ぼくが最初に入院したのも脳脊髄液の水位の異常によるもので、ずっと嘔吐が伴った。

 多田さんも書いておられることだが、生命の恐怖というものは多様にあるものだ。
 そのうちの一部が、いま医療によってもたらされているとしたら、これは患者にはおもいもよらない生命の恐怖のひとつである。多田さんは金沢で倒れたあとにストレッチャーに乗せられて、初めてMRIにかけられたときの恐怖を書いている。声が出ない多田さんの耳に暴力のような機械音が侵入してきたからだ。
 1年にわたる入院生活をおえても、そのときの苦痛を声と言葉で訴えられなかった恐怖のほうがいまだに去らないという。

 多田さんは構音障害のなかにいる。言葉はいっさい喋れない。けれども、その奥からは何かがやってくる。
 それは石牟礼道子さんが「含羞」からの叫びを記録したという意味で、まさに同じような叫びだった。多田さんは倒れる前に、その石牟礼さんの新作能『不知火』に、土俗の神が何度でも生まれ変わって魂の救済を訴えているというオマージュを捧げていた。
 しかし、それは多田さんにこそおこっていることなのだ。
 こうして、ごく最近、一週間ほど前に、多田さんは『歌占』(藤原書店)という詩集を上梓した。
 この表題は能の『哥占』を想わせる。伊勢の神官が死んで3日目に蘇ると、白髪の予言者となって将来を予告するというクセ舞である。けれどもその度がすぎて神の懲罰をうけて鎮まっていく。多田さんはその渡会の神官に自身を擬したのだ。
 表題の『歌占』という作品が冒頭に示されていて、次に『新しい赦しの国』という詩につづく。そこには、こう綴られている。

   おれは新しい言語で
   新しい土地のことを語ろう
   むかし赦せなかったことを
   百万遍でも赦そう

   老いて病を得たものには
   その意味がわかるだろう
   未来は過去の映った鏡だ
   過去とは未来の記憶に過ぎない
   そしてこの宇宙とは
   おれが引き当てた運命なのだ

 「はにかみの国」と「赦しの国」。日本は一人ひとりの内側でT細胞とB細胞を躍らせて、それぞれ一途で多様な面影の国を蘇らせるしかないようだ。



参考¶ここで前半にとりあげた会話は、主に多田富雄『生命をめぐる対話』(大和書房)から援用し、複式に再構成してみたものです。千夜千冊のいくばくかのメリーゴーラウンドに、多田さん、五木さん、井上ひさしさん、白洲さん、中村さん、柳澤さん、石牟礼さんがあたかも露伴『連環記』のように、漂巡回遊しているかのようにしてみたかったからでした。みなさん、失礼しました。でも、やっぱり面影を持ち重りしてみたい、です。







 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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