九百十三夜【091303年12月26日

Seigow's Book OS / PIER
ダンテ・アリギエーリ
『神曲』(全3冊)
1976 集英社
Dante Aligheri : La Divina Commedia 1307〜1320
寿岳文章 訳

[表紙]『神曲』

[表紙]『神曲』

[表紙]『神曲』
©集英社

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ダンテ・アリギエーリ

 

 

 

 

 

 






『神曲』上・中・下
ダンテ著
山川丙三郎訳
岩波書店 1952

 

 

 

 

『神曲』
ダンテ著
ギュスターブ・ドレ挿画
谷口江里也訳
JICC出版局 1989


 驚嘆であり、飛翔であり、篤心だ。回復しがたい罪状であり、壮大きわまりない復讐なのである。これは偉大な作為そのものだ。それなのに至上の恋情で、比較のない感銘の比喩である。またこれは深淵の祈念で、阿鼻叫喚であって、それでいて永遠の再生なのだ。
 ダンテ。神曲。ディヴィナ・コメーディア。神聖喜劇。
 ここには人文の地図があり、精神の渇望があり、文芸のすべてに及ぶ寓意が集約されている。それは宇宙であり、想像であり、国家であり、そして理念の実践のための周到なエンサイクロメディアの記譜なのだ。また、あらゆる信念と堕落の構造であり、すべての知の事典であって、それらの真摯な解放なのである。
 ダンテ。神曲。ディヴィナ・コメーディア。神聖喜劇。
 こんな途方もないマスタープランというものは、なかなかお目にかかれるものではない。ダンテ・アリギエーリとはいったい何者であったのか。

 おそらくぼくの読書遍歴のなかで、これほどに何度もその牙城への探索を誘惑しつづけた大冊は、ほかにはないのではないか。
 最初はダンテのベアトリーチェに対する無上の愛を知りたくて読んだ。そのころのぼくのベアトリーチェは皆川眞知子だった。紫野に住んでいた従姉妹のことだ。自殺した。ついでは野上素一や寿岳文章や里見安吉に導かれ、古代ローマと初期ルネサンスをつなぐ偉大すぎるほどの橋梁として読んだ。
 さらにサンドロ・ボッティチェリやギュスターブ・ドレの『神曲』に対する視覚幻想的傾倒やリロイ・ジョーンズの地獄篇をめぐる騒々しいジャジーな議論に惹かれ、また国家論としての『神曲』にも関心をもった。『遊学』のなかのダンテを綴ったのはそのころだ。
 そのうち『神曲』の構造に知的アーキテクチャとしてのシステム構想を感じるようになって、いっとき「オペラ・プロジェクト」を思い描いていたときは、『神曲』をコンピュータによってシステム化することをこそ夢想しつづけていた。このあたりのことは荒俣宏高山宏や黒崎政男がよく知っている。澁谷恭子などはぼくがダンテと心中する気ではないかと思っていたらしい。
 だからピーター・グリーナウェイがBBCで「TVダンテ」を放映したと聞いたときは、しまった!というほどの嫉妬を感じた。
 そのころぼくの仕事のことは何でも承知してくれていた佐藤恵子がイタリアに行くときは、いつも『神曲』の古いエディションを入手してもらうように頼んだものだった。勘定などしていないけれど、おそらく『神曲』だけで数百万円をつぎこんだのではないか。
 こんな大冊は、ぼくにはかつても今後もありえない。もしあるとすれば、それはぼく自身が松岡正剛のディヴィナ・コメーディアを書物にするか、計画にするときなのである。

 1289年6月、フィレンツェはアレッツォを盟主とするギベリーニ党の軍隊と命運をかけたカンバルティーノの合戦で辛くも勝った。けれども世情は落ち着かず、人心は動揺していた。
 その1年後、フィレンツェのアルノー河畔のバルディ家の一室でベアトリーチェが病死した。すでに結婚してはいたが、まだ24歳だった。ダンテも24歳。
 この瞬間、世界の文学史が、いや想像力の天空がぐるっと大きく転回した。
 ダンテは茫然自失、悲嘆にくれる。なんとか神学書や哲学書を読んで気を紛らわし(ヴェルギリウスの『アエネーイス』、ボエティウスの『哲学の慰め』、キケロの『友情論』など)、ともかくもベアトリーチェのために綴ってきた詩をまとめ、4年後に一冊の詩集とした。これが『新生』(ヴィタ・ヌーヴォ)である。詩的半生の恋情自叙伝といってよい。
 ソネット25篇、カンツォーネ4篇、バラータ1篇、スタンツァ1篇。ソネットは14行詩のこと、カンツォーネは最初の詩節の行末の語が続く詩節の行末にくりかえしあらわれる詩のことをいう。いずれも当時、シチリア派がようやく完成しつつあった詩型だった。
 ダンテを知るにはこのシチリア派を観望することが欠かせない。ここではごく簡単にすませるが、シチリア派を興したのはスヴェヴィア朝のフェデリコ2世だった。

 フェデリコ2世は父ハインリッヒ6世のドイツの血をもって生まれたのに、初期イタリア語のほうがずっと好きで、1208年にナポリ王兼シチリア王になると、詩歌に耽溺した。
 これは日本でいえば、後鳥羽院が『新古今和歌集』とそのスタイルに耽溺した時期とまったく同じ時期にあたっていて、このことをまだ誰も指摘してこなかったことが不思議なくらいの同期的振動である。ダンテを知ろうとするときは、この“シチリア派の後鳥羽院”とでもいうべきフェデリコ2世のことは欠かせない。
 シチリア派はトスカナ派を生んだ。グィトーネ・ダレッツォが代表する。ラテン語を真似た衒学的なイタリア詩をつくろうとした。こうして13世紀末になってシチリア派の影響を受けたボローニャ派がおこり、グイド・グイニツェリがその花を咲かせると、この派の清新な詩体がフィレンツェに流れこんだ。若きダンテの最も親しい友人だったグイド・カヴァルカンティはこの「清新体詩」を最初に身につけた。『神曲』煉獄篇の第26歌では、ダンテはグイド・グイニツェリは「私の父というべき詩人」と書いている。
 こうして『新生』の詩篇はボローニャ派の集大成ともいうべきものになった。これをもって、フェデリコ2世を後鳥羽院に比するに、定家・西行・長明をへて、兼好や阿仏尼にあたりがダンテの執筆時にあたっているというふうに見るとよい。ダンテの生まれが1265年、夢窓疎石が1275年の、兼好が1283年の生まれだった。
 もうひとつ、急いで言っておきたいのは、ダンテによってイタリア語が確立していったということだ。これはフランス語が『ロランの歌』で、英語が『アーサー王物語』で、日本語が『平家物語』で出来(しゅったい)したことに比況できる。

 ところで表題がそうであるように、『新生』はこれをもって新生を期そうとしたダンテの願望がよくあらわれてはいるのだが、やはりこの詩集はどう見てもベアトリーチェの死を乗り越えないままのダンテの取り乱した実情をあらわしていた。
 有心(うしん)ではあっても余情(よせい)や幽玄には至らなかった。その証拠ということではないが、『新生』第23章にはベアトリーチェが死んだ夢を見て、夜中に起きると凍えるように慄くダンテ自身の姿も描かれている。
 それほどにベアトリーチェはダンテの宿願の光だったのである。ダンテを語るにはこのベアトリーチェの存在を語らないでは、何にも進まない。

 フィレンツェでは毎年5月1日に花祭カレンが開かれる。
 ダンテがベアトリーチェと出会ったのは1274年のときの花祭で、この年はコルソ通り聖ピエール・マジョーレ教会の隣のファルコ・ポルティナーリの宏大な邸宅の庭で催された。そこがベアトリーチェの実家だった。ベアトリーチェは9歳である。
 すでにダンテはベアトリーチェの兄マネットから妹ベアトリーチェのことを聞いてはいたが、会ったのは初めて、その白い服に包まれて接客している可憐なベアトリーチェにたちまち魂を奪われるような感動をおぼえた。
 それにしても相手は9歳、ダンテも9歳。これは早熟だ。けれどもこういうことはおこりうる。ぼくがベアトリーチェとおぼしい少女に気づいたのは晩生(おくて)の中学2年のときであったけれど、それが5年前でも7年前でも十分におこってよいことだった。
 が、ここからがダンテなのである。ぼくなどの出る幕はない。それというのも、次にダンテがベアトリーチェに出会うのは、二人ともフィレンツェの街にいながらも、9年後のことなのだ。アルノー河畔の聖トリニタ橋のたもとを、ベアトリーチェが二人の女友達にはさまれて歩いているときである。二人は再会する。けれども二人は会釈をしあったものの、会話すらしていない。
 それでも『新生』にはベアトリーチェへのそれ以来の熱愛が痛々しいほど謳われた(第23章以下)。その熱愛は、『金色夜叉』ではないけれど、ベアトリーチェが銀行家に嫁いでもなお続き、そして24歳で若死にしてしまった瞬間に、永遠の凍結をみせたのだ。

 では、そのようにベアトリーチェを失ったダンテが、恋愛詩や失意の物語を書いたというのならともかく、いったいどうして『神曲』などという巨大なプログラムに立ち向かったのか。
 それを説明するのは容易ではないが、こんなところから見てみればどうだろう。
 実はダンテは『神曲』で何人もの教皇たちを地獄に堕している。無神論者であったのではない。敬虔なカトリック教徒だった。では、なぜこんなことをしてみせたのか。
 そもそも『神曲』は叙事詩であって物語であって、歴史であって百科事典であって、またおびただしい数の人名辞典になっている。さらに『神曲』はフィレンツェの政治史であって国家理想をめぐる議論にもなっている。だいたいこの時代はフィレンツェもラヴェンナもナポリも、都市国家なのである。トスカナ地方だけでもいくつもの都市同盟が複雑にむすばれていた。国家理想といえば、このことだ。あるいはキリスト教の「神の国」のことだった。
 そのため『神曲』の随所には、ダンテのフィレンツェ政治やキリスト教社会に対する主張や見解が記述されている。それだけではなく聖人や神学者たちのアドレス(住処)も決定されている。そのなかで教皇が次々に地獄に堕されているわけなのだ。ダンテには教皇を堕しめる理由があったのである。
 まずもってはっきりさせておかなくてはならないのは、ダンテはプラトンよろしく政治家をめざしていたということだ。それとともに、これもプラトンそっくりなのだが、フィレンツェを追放された挫折者でもあったのだ。死にいたるまでダンテは理想と挫折の懸崖にぶらさがっていた。そこが見えないでは、地獄篇の意味も天堂篇の意味もわからない。とくに煉獄篇のことは――。

 さきほども書いたように、1289年にフィレンツェはギベリーニ党を相手にカンバルティーノの合戦で戦った。ダンテはこのときはグェルフィ党の騎兵隊の一兵士だった。グェルフィ党は合戦には辛勝したけれど、戦闘はかなりすさまじく、地獄篇第20歌と煉獄篇第5歌はその戦闘のありさまで埋まっているほどだ。
 ところが勝ったグェルフィ党が真ッ二つに割れた。それが黒党と白党である。勝った党派には、よくあることだ。黒党には古い封建貴族がつき、白党には富裕な市民がついた。ダンテは白党だった。富裕な白党はプリオラートという最高行政機関をつくって3名の統領(プリオリ)を選び、毛織物業と両替業を保護する作戦に出た。
 しかしフィレンツェだけがこうした商業で繁盛していたわけではない。相互に複雑な都市同盟によってこれらの権益は上下降し、いつも左右に揺れた。とくに教皇の権勢や教会の利益との関係が熾烈をきわめた。
 こうしたなか、ダンテが統領に選ばれる日がやってきた。ダンテは社会や組織のリーダーになることに怖じけづきはしなかった。引き受けた。そして、その覚悟の瞬間から自分の活動の理想のマスタープランをハイパークロニクルに書き上げていくことを決意して、その実践に乗り出していった。
 このハイパークロニクルなマスタープランこそが『神曲』なのである。
 ぼくはこのように『神曲』を位置づけ読める者がいないのを、ずっと訝しく思ってきた。『神曲』は魂の階梯を描いた長大な浄化の物語であるが、他方においては、この時代の同時進行的な社会宇宙論のためのプログラムだったのである。

 ダンテによって地獄に堕ちた教皇の代表は、ボニファティウス8世やアドリアーノ5世やクレメンテ5世である。
 ボニファティウス8世はフィレンツェに圧力をかけ、黒党がその権勢のおこぼれをもらおうとした。そこへ教皇庁から教皇に奉仕する100人の騎兵を出せと言ってきた。すでに統領の一人となっていたダンテはこれを拒否する手紙をつきつけた。が、教皇庁は応じない。ダンテはローマに陳情するために赴き、失敗し、ついでは冤罪をふくめた容疑で裁判にさえかけられることになった。これはかなりの屈辱だったろうと思う。
 結果は罰金と2年間の国外追放である。ダンテはやむなく放浪を開始して、各地の食客となって流れたのち(まさにプラトンだ)、ラヴェンナに住んだ。1314年くらいのことである。そしてこのあいだに、『神曲』を書きつづけた。
 こうして当然のこと(!)、ボニファティウス8世は地獄界に位置づけられたのだ。さらにニッコロ3世は地獄界第8圏に、アドリアーノ5世が煉獄界の第5円に、チェレスティーノ5世も地獄の入口に捨ておかれた。もっとも教皇のすべてが地獄にアドレスされたのではない。マルティーノ4世は煉獄界第6円に、ジョヴァンニ22世は天堂界第4天に配された。『神曲』の中では教皇であれ、すべてダンテの思いのままなのだ。

 思いのままではあったが、誰をどこに配当するかということでは、ダンテはいろいろ迷っている。興味深いことに、ラヴェンナに滞在していたときのダンテは、この地の大司教にそのアドレス配当をめぐる心配事を相談していた。
 それは、イスラムの異教徒でありながらアリストテレス学を発展させたアヴェロエスやアヴィケンナを煉獄界に住まわせていいか、トマス・アクィナスの論敵でパリ大学の教授だったシジエーリを天堂界の第4天にトマスとともに住まわせていいか、そういう相談だった。まさに聖人とそれに匹敵する知の王者たちを、どこにアドレスさせるというマスタープランの保留事項を決めたかったのである。大司教はダンテの配当通りでいいと答えたらしい。
 このように、ダンテは放浪の中で『神曲』を書いた。いや、そのように放浪しながら聖俗のアドレスをマッピングしながら物語を編集していくことが、『神曲』にひそむ作業的本来だったのである。

 さて以上のことを前提に、では、『神曲』そのものの筋立てと構造とその特色を際立たせてあきらかにしてみたい。
 その前に一言、素朴な感想を言っておく。
 こういうことを書くのは久しぶりなのだ。以前はメモや図解のほうが多く、ダンテについての文章化はあまりしてこなかったから、いまはなんだか気分が高まっている。さすがに『神曲』の罪と浄化の展開が胸に迫ってくるからだ。
 ひとつには、ついに聖域に手をつけるような感覚があるといったらいいだろうか。もっともこれは『神曲』を読んでこなかった者にはピンとこないかもしれない。また、ひとつには、これが2003年最後の「千夜千冊」だということだ。なんだか大祓(おおはらえ)を思うのだ。またひとつには、『神曲』には一人一人が浴室に入るように裸形になって参進するものであって、こんな案内などしないほうがいいのではないかという思いが去来するということだ‥‥。
 が、それでもやはり、簡潔ではあるけれど、ぼくなりの案内をしておきたい。そもそも『神曲』はダンテその人が、古代ローマの叙事詩人ヴェルギリウス(ヴィルジリオ)に案内されて地獄界からめぐっていく物語なのである。だから案内は『神曲』の手立てそのものなのだ。

 お断りもしておこう。『神曲』は大きくは3部構成になっていて、よく知られるように「地獄篇」「煉獄篇」「天堂篇」と訳されることが多いのだけれど、また、ここに採り上げた寿岳文章の訳語もそうなっているのだが、ぼくはここでは煉獄篇をあえて「浄罪篇」とすることにした。おそらくそのほうが理解しやすいからである。
 スタイルについてもあらかじめ言っておく。知っての通り、これは壮大な叙事詩なのである。すべての詩形はボローニャ風ではあるが、ダンテ自身が工夫開発した3行詩(テルツァリマ)で進む。かつ、地獄篇・浄罪篇・天堂篇ともにかっきり33歌からできていて、そこに序章がついている。そのため全詩は100歌になってる。
 こういう詩形にこだわったのは、わが空海からエドガー・ポーまで歴史的にも何人かが傑出するが、そこに精緻な視覚的構造を配当したとなると、やはりダンテ以外にはありえない。
 それでは聞きしにまさる『神曲』に繰り広げられた光景と出来事を案内したい。1年の終わりの書物案内にはふさわしいことだろう。

 序章。
 発端は人生の矛盾を痛感して煩悶している35歳のダンテがまどろんでいるところから始まる。ダンテはある日に「暗闇の森」に迷いこんだのだ。この「ある日」は金曜日で、イエスがゴルゴダの丘に罪を引き受けた日にあたる。
 天界に遊星が走る暗闇を脱したダンテは、そこにあった浄罪山に登ろうとして、ヒョウに会う。ヒョウはダンテの行く手を遮って立ち去らない。けれどもダンテはそのヒョウの模様のもつ示唆に気づく。次にライオンとオオカミが現れ、ダンテは最初から窮地に立った。この三匹の野獣は、むろんダンテの行手を暗示する寓意になっている。
 もはや絶体絶命とおもわれたとき、天上から三人の女神が手をさしのべた。マリアとルチアとベアトリーチェである。ベアトリーチェはヴェルギリウスにダンテを案内させることを命じ、ダンテが天堂界に着いたときには自分が案内することを誓う。
 こうしてダンテは何かをめざすには他者の救いをもつべきであることを、冒頭に告げるのだ。
 ところで、ここでヴェルギリウスがダンテの案内人になったということそのことが、そもそも『神曲』の基本アーキテクチャがどうなっているかを証している。『神曲』は古代ローマ初期のヴェルギリウスの傑作古典『アエネーイス』を下敷きにした。

 『アエネーイス』はローマ建国の神話を謳った叙事詩であるが、主人公がトロイアの英雄アエネーアースになっていて、トロイアの落城後に“第二のトロイア”、すなわち理想のローマを建国しようという構想になっている。ダンテはこれが気に入った。
 前半の6巻はトロイアからローマに到達するまでの放浪である。この筋書き自体、『オデュッセイア』のローマ版になっている。
 ここでは詳細を省くが、巻6でオデュッセイアに母型をとった冥府行が語られ、そこでアエネーアースはアウグストゥスに請われて、その顛末を物語るという場面になる。このときアウグストゥスの甥で、将来を嘱望されながら夭折したマルケスのことを語っているとき、マルケスの母のオクターヴィアが悲しみのあまりに失神する。
 この悲しみに向かって物語を告げていくという方法が、実はホメロスからヴェルギリウスをへてダンテに到達した方法だったのである。
 ちなみに後半の6巻はラティウムに上陸後、原住民との激しい戦闘が繰り広げられ、アエネーアースは辛くも勝利を得るのだが、このあたりはダンテの時代のフィレンツェの戦闘に擬せられる。また、この戦闘に神々が介入するという、天界の地上への唐突な介入の仕方についても、ダンテはこれをヒントに『神曲』のシナリオに生かしていた。
 こうしてダンテは、この『アエネーイス』の作者をこそみずからの案内役に選んだのだった。

 地獄界。
 『神曲』における地獄は大きな漏斗状になっている。その上に大地が広がっていて、その中心には聖地エルサレムがある。そこから垂直に線を引くと、地球の重心に達するようになる。ところがそこには神に反乱した巨大な天使ルシフェロが投げ落とされたままになっていて、その巨体が半ば地層に食いこんでいる。
 そこで大地はルシフェロの悪に汚染されるのを嫌って海中に逃れるように広がり、そこに島嶼をつくっている。そこが浄罪界になる。
 地獄界は9つのスパイラル・メインレイヤーでできていて、それぞれ「圏」と名付けられている。そこに“副獄”とも言うべきサブレイヤーが付属する。
 地獄界全貌の大きさは記述されていないけれど、下から2番目の第8圏でさえ、周囲が11マイル、直径が半マイルだと地獄篇第20章には記されているから、漏斗の上部はかなりの大規模になる。その地獄界の入口が「暗闇の森」だったのである。

地獄篇 邪悪の壕(マルポルジェ)をいくヴェルギリウスとダンテ

 それでは、物語の開幕だ。
 ヴェルギリウスの案内でダンテは地獄界に入っていく。はやくも暗黒の響きが唸っている。嘆息・悲嘆・叫喚・絶叫・怒号‥‥。『遊学』にも書いたように、『神曲』はこうした阿鼻叫喚のオノマトペイアに満ちていて、それ自体が反語的なマントラになっている。『神曲』は音響のオーケストレーションでもあったのである。
 地獄の入口はアケロンの河。三途の川だ。これを渡るには地獄の渡し守カロンの舟を借りなければならない。カロンは神をも親をも呪っている白髪の鬼である。その鞭打つ姿にダンテは気絶してしまう。それでも舟は動いてダンテは対岸に運ばれる。
 対岸に着いてみると、そこにはロダンの彫刻で有名な地獄門が立っている。すでにここは「彼岸」なのだ。“there”なのだ。ここには9圏の辺獄(リンボ)が待っている。
 驚いたことに第1圏にはホメロス、ホラティウス、オビデウス、ルカーヌスがいる。いよいよダンテの容赦ない人物マッピングが始まったわけである。ホメロスとホラティウスがここにいるのは真実の信仰をもたなかった偉人の善良な魂ということらしい。
 ぼくは最初からホメロスが地獄に堕ちているのを知ってショックだったのだが、先を読んでみると、これはまだ一番軽い罪だった。そもそもヴェルギリウスにしてからがここの住人だったのだ。
 ということは、『神曲』は最初に世界で最も誉れの高い詩人たちをリンボに置いて、ダンテとともにこの4人の詩魂を強引に道連れにしたということだった。
 というわけで、地獄の本番はここからである。大きくは放縦と罪悪と凶暴が占めている。ヴェルギリウスとダンテはそのすべてをつぶさに目撃する。

地獄第2圏 怪物ミノス


 第2圏は入口に怪物ミノスが歯がみする。奥には肉欲に耽った者が責め苛まれている。よく見ればアッシリア女王セミラミスやクレオパトラが交じっている。打ちのめされるダンテに風のように近づいてきてくれたのは、パウロとフランチェスカの魂だった。
 『神曲』にはこのように、入口の怪物、地獄の責め苦を受けている者たち、そこに一陣の風や歌となってさしこむ救済の象徴、この3つが組み立てられていく。
 第3圏には怪獣チェルベロがいて、貪婪をむさぼった者、すなわちさきほどの教皇や詩人ヤコポ・アングィラーラなどが堕ちている。教皇ボニファティウス8世は冷たい雨に打たれっぱなしの状態だ。
 第4圏では、悪の富神ともいうべきプルートが声を嗄らして唸っている。吝嗇と浪費の罪を犯した者たちの辺獄である。ダンテはさらに憂鬱になっていく。第5圏には「スティージェの泥沼」があって、憤怒の罪に囚われた者たちがその泥沼にどっぷり浸かっている。そのなかの一人、フィリッポ・アルジェンティはダンテの乗った舟に襲いかかってくるのだが、ヴェルギリウスとダンテは辛うじて難を免れる。
 こうなると、これはまさにディズニーランドやユニバーサルスタジオの暗闇トロッコ冒険である。

 やがて二人は「ディーテの城」に着く。悪魔が城門を閉めているので入れずに困っていると、天使がやってきてこれを開ける。つねに天上からベアトリーチェが見守っているというのが、この物語のミソなのだ。
 ディーテの城内は燃えさかっていた。炎上都市である。燃える墓があり、そこでは異端者が焼かれている。焦炎地獄という言葉は仏教にもあるのだが、まさにそれである。ここからが辺獄第6圏にあたる。
 ダンテはそのなかにフィレンツェの宿敵だったギベリーニ党の党首が火炎に踊らされているのを見る。3人の怪女フリエたちが不気味な衣装と声でメドゥーサを呼んでいる。ダンテをゴルゴンの呪文にさらして石にしてしまおうという企みだ。ダンテは堅く目を閉じる。
 第7圏では牛頭怪獣ミノタウロスが待っていた。この辺獄はその内側に3つの恐ろしいバルコニーをもっている。
 第1環は隣人に対して罪を犯した者が、第2環は自身に対して罪を犯した者、すなわち自殺者たちが、その体を茨に変えられている。第3環はダンテの価値思想がよくあらわれているところで、神に対して暴力をふるった者、神の娘(自然性)に暴力をふるった者(これがソドムとしての男色者らしい)、神の孫(技術性)に暴力をふるった者(これはカオルサとしての高利貸らしい)、この三者が幽閉されていた。
 ときどき怪鳥アルピアがダンテたちを窺っている。のちにマックス・エルンストのロプロプ鳥を見たとき、ぼくはただちにこれがアルピアであると知った。
 第7圏を見終わると、突然に巨大な断崖があらわれる。二人はとうてい歩いては通れない。そこへ怪獣ジュリオーネがやってきて、恐怖に慄えながらも、その背に乗って飛び越える。ジュリオーネは岸壁をめぐらして円をなす谷底に着く。

 辺獄第8圏は10個のサブレイヤーをもっている。ここではすべて欺罔の者たちが堕ちているのだが、他人に対する欺き方で分かれる。
 第1嚢は婦女誘拐者たちが鞭を打たれる。第2嚢はお追従ばかりをしてきた者たちが糞尿まみれになっている。第3嚢は聖物売買者が岩石のあいだで互いに衝突をくりかえしている。まあ、インチキ美術商たちだろう。
 第4嚢は妖術者やイカサマ宗教者たちが頭を捩られたまま、背進を続けている。いっときメリル・ストリープの美容整形映画があって、彼女が顔を逆向きにして歩いていたが、あんな感じだ。ダンテはインチキやイカサマをとくに嫌っていた。第5嚢は汚職をした者たちが煮えたぎる瀝青の中で喘いでいる。そのなかを悪鬼が罪人をかかえてマーレブランケの爪で引っかけと叫んでいる。ここはどうやら汚職にまみれたサンタ・チタこと、ルッカの町なのだ。
 第6嚢は偽善者たちである。重たい鉛の外套を着せられて歩かされていた。第7嚢は盗賊たち、第8嚢は策略を弄した者たちが火を浴び、よく見るとフィレンツェを誤った方向に向けた連中の顔が交じっている。そこからなんとオデュッセウスの物語の声も聞こえてきた。
 第9嚢は不和の種をまいた者たちが悪魔の剣で切り刻まれて、第10嚢は錬金術で人を騙したり、ニセ金を偽造した者たちがとんでもない病気にかかっている。
 こうして第8圏をすぎると、ヴェルギリウスとダンテは巨人が取り巻く井戸に出会う。『神曲』においてはすべてが寓意と比喩によって語られるのだが、巨人はたいてい「僭越」の象徴にあてられている。どうやらこの井戸を降りれば地獄の底になるらしく、そこが第9圏になっていた。

 第9圏は凍てついて氷結した湖に見える。極北なのだ。地獄の極北なのだが、『神曲』の構造からすると地球の真下にあたっている。それならここは南極になる。原語ではコチト(氷獄)となっている。
 ここでは、ありとあらゆる反逆者や裏切り者たちが氷漬けになっている。が、よく見ると4つのサブレイヤーをもっている。
 第1円カイナは血族に対する反逆者、第2円アンテノーラは祖国や自分の党派を裏切った者である。日本の政党を割った者たちはここに入ることになるのであろう。第3円トロメオは食客に対する裏切りなのであるが、これはダンテが放浪時代にイタリア各地を遍歴したときに親切にしなかった者たちが頭を氷湖から突き出されて責め苦を受けている。なんというダンテの復讐劇だろう。 第4円ジュデッカは恩人に対する反逆と裏切りで、ここでは体が氷の中に閉じ込められる。
 こうして最後に世界三大反逆者ともいうべきユダとブルータスとカシウスが地獄の帝王ルシフェロの口で噛まれたままになっている。最初に書いておいたように、ルシフェロは氷獄に半ば巨体を埋めている。

 なんとも凄惨な光景だった。が、これが地獄界の目を覆わんばかりの辺獄のすべてであって、ここでヴェルギリウスとダンテはここからの脱出を試みる。
 すでに『遊学』にも書いたことだが、ぼくはこの脱出の仕方に興味をもってきた。ヴェルギリウスがダンテを背負い、ダンテはヴェルギリウスの首につかまり、巨人ルシフェロの毛深い体づたいにツイストしながら浄罪山のほうへ脱出していったのだ。この“捩れて脱出”という捩率的方法に、かつてのぼくはいたく感激したものだった。
 つまり、『神曲』はここで自身の構造を回転させながら地獄界から浄罪界に向けて、まさにデコンストラクション(脱構造)したわけなのだ。こうしてダンテは「不遜」からの解放に向かっていく。

巨人ルシフェロ

 浄罪界。
 ヴェルギリウスとダンテが脱出したところは海岸である。このイメージはいい。ダンテの映像的才能をあらわしている。しかし、エルサレムとはちょうど反対側になる。
 そこに見上げんばかりの7層の浄罪山が聳えている。前城にははやくも怠慢な魂たちが群がっている。ここでダンテは数秘的な体験をする。いや、神秘的な数字がいつくも出てくる夢を見た。
 燃える剣をもった天使が降りてきたのだ。石段があり、その最上段にまたまた剣をもった天使が坐っていた。天使はダンテの胸を3度打ち鳴らした。ついでPという文字を7つ額に刻んだ。Pは罪をあらわすシンボルである。7つのPは「7つの大罪」を寓意する。
 天使は次にポケットから金と銀の鍵を取り出して、浄罪山の入口の扉を開ける。
 浄罪界第1円は傲慢の罪が浄められている。けれども贖罪のためには「狭き門」をくぐって、重い荷物を運ばなければならなかった。ダンテは門をくぐり、いくつもの彫像に歌を捧げた。
 第2円では羨望と嫉妬の罪が浄められつつあった。そのためにはダンテは粗末な衣服を着て、目を鉄線で縫われなければならなかった。ダンテが耳を澄ますと、天空ではエチカ(倫理)を勧める声が飛び、兄弟らしき天使がそこを舞っている。のちにスピノザが愛した光景だ。が、それが羨望者たちには見えない。
 その兄弟天使に従うと、第3円が現れる。ふと気がつくと、ダンテの額からPの文字が2つ消えている。

 第3円は憤怒の罪が浄められている。贖罪のためには濃い煙に息をつまらせながらも聖歌を唄わなければならなかった。 

 第4円は惰性の罪が問題になっている。惰性とは何か。愛の不足のことをいう。愛していながら、無関心を装うことをいう。そこでここでは勤勉な者たちを褒めながら走りまわるという贖罪の行為が課せられた。
 ダンテはまた夢を見た。セイレーンの夢である。蒼白のセイレーンはダンテを誘惑しようとし、ダンテはヴェルギリウスに揺り起こさせるまでその誘惑に浸っていた。
 第5円は、吝嗇と浪費の両方の罪を浄化しなければならないようになっている。ダンテは泣いた。ここではさめざめと泣きはらすことも浄罪なのだ。そこに古代詩人スタツィオが出てきて、ダンテの額のPをひとつ消した。このスタツィオの登場と役まわりについては、『神曲』をキャラクター構造と見たばあいに重要なダンテの作劇術になるのだが、ここでは省いておく。
 ともかくもスタツィオの登場によって、ダンテはそろそろ「知恵の泉」に気がついたようである。
 第6円は飽食が戒められる。ダンテは飢えと渇きに耐えなければならない。けれども視線の前をホログラフィのように、おいしそうな果物や飲み物がしきりに現れては消えた。

 第7円は肉欲と性欲の罪を贖う場所である。スタツィオはそもそも人体というものがなぜ肉欲をもつのかという説明をしながら、ダンテの知を促した。
 ダンテはアリストテレスを思い出し、知恵というものが潜在的なものと能動的なものに分かれ、前者によって外部の印象が受けられ、後者によってその印象が理解されるのだということを述べた。ダンテはまたアヴェロエスを思い出し、能動的な知恵には個性がないのは誤りなのではないかと述べた。
 そのとたん、ヴェルギリウスとダンテは浄罪界を抜け出たことを知る。
 そこはまさに地上の楽園とおぼしい花が咲き、草原は森にかこまれ、仙女マチルダが花を摘んでいた。歌も聞こえてきた。そう思うまもなく、森の中からは七枝燭台を先頭にきらびやかな神秘的な行列が進んできた。その中央には花車がひときわ目立ち、そこにベアトリーチェが乗っていた。
 気がつくと、ヴェルギリウスとスタツィオの姿は消えていた。『神曲』はこうしてついに天堂界にさしかかる。

 天堂界。
 ここはダンテとベアトリーチェが昇天していくという物語になっていく。古来、『神曲』のなかでも最も美しく、かつ感動的で印象的な展開だと称賛されてきた。
 構造はプトレマイオスの惑星的天体そのものである。けれどもこの時代の天体知識は天動説でも地動説でもなく、まだ香しい幻想によってのみ構造化されていた。
 こんなふうである。
 
 第1天(月天)には、まだ誓願をはたせないでいる魂がいた。そこでベアトリーチェは月の斑点の話を語った。
 当時、月の斑点は神に許されないカインの魂を思わせる象徴だったのである。ベアトリーチェはそれを新たな解釈で包んでいく。第2天(水星天)には美名と善名を求める者たちがまだ戯れていた。第3天(金星天)には恋に燃える者たちがいた。そこには懐かしいフィレンツェの娘たちやシシリアの女王たちがいた。その顔は輝いている。ダンテの心は和み、懐旧と将来の音階が重なっていく。やがて「アベ・マリア」が聞こえてきた。
 第4天(太陽天)では「知の魂」が弾んでいた。ダンテはトマス・アクィナスやボーナヴェントゥーラと会話を楽しんだ。これらの会話は『神曲』のなかでも注目すべきもので、人間の判断の不確実性を問うものになっている。ダンテの知はしだいに深まっていく。ぼくはここを読んで、やっと『神曲』の全体像をつかめた記憶がある。西田幾多郎の『善の研究』を思い出したのも、ここだった。
 第5天(火星天)は信仰のために覚悟して闘った者たちの魂が癒されていた。そこにはダンテの曾祖父も交じっている。曾祖父はダンテを迎えて、フィレンツェの未来を予告した。第6天(木星天)にはかつて正義を断行しつづけた者の魂が凛然とした姿を見せていた。
 ここではしきりにユスティニアヌス帝の語る物語が終始する。『神曲』中唯一のビザンティンな雰囲気に包まれる曲だ。ダンテはアガペーの全面的な到来を感じて、しだいに胸の内を熱くする。

 かくて第7天(土星天)には、地上で瞑想や黙想をしつつげた者の魂が光っていた。また、ここからは天に向かって光の梯子がかかっていて、そこを聖者たちが昇降していくのが見えた。これはまさにウィリアム・ブレイクの光景である(ブレイクは何枚もの『神曲』スケッチを残している)。
 続く第8天(恒星天)には勝利に輝く者たちの魂が待ってくれている。しかしダンテはここでさらに上に昇るための試練をうけなければならない。聖ピエトロは信仰について、聖ジャコモは希望について、さらに聖ジョバンニが慈愛についての質問をした。これが最後の口頭試問なのである。

 ダンテは思慮深く、かつ勇気をもってこれに答え、すべての問答をクリアする。が、試問が終りかけていたそのとき、質問を投げかけたのはなんとベアトリーチェだったのである。

 ベアトリーチェは「人間の始まり」について問うてきた。ダンテが少し考えていると、ベアトリーチェはいったいアダムが純潔だったのはいつまでだったか、罪を犯したのはいつだったか、そしてなぜアダムは302年間も辺獄にとどまらねばならなかったかと問う。
 ダンテが『神曲』のなかでこの疑問をベアトリーチェに言わせたのは、ものすごい。
 ここはダンテが満を持して神学論争のエッセンスをすべて吐露し、スコラ議論からの脱出をはかったところ、いまでもここをめぐって議論が進んでいるところである。

 ともかくもこうして、ダンテはベアトリーチェに扶けられ、ついに第9天(原動天)に赴く。
 そこには神々が住んでいて、その愛の原動力によって天を回転させている。二つの光の輪が霊妙な音楽にあわせて、外なる輪は左から右へ、内なる輪は右から左へと回転している(きっとスタンリー・キューブリックは、ここから『2001年宇宙の旅』の宇宙ステーションの最初の場面を思いついたのだろう)。そこには二つの天の弓が見え、二つの虹が動いている。神は煌めく点となり、その周囲を天使たちが聖歌を唄って輪舞する。
 やがて天空に光の十字架が見えてくると、ああ、ああ、『神曲』とはこういうことだったのかということが、忽然と了解される。ボッティチェリのドローイングが最も美しくなるところだ。
 このときようやく、ベアトリーチェは天使の数やはたらきを説明しはじめる。ちょうど天使の大群がやってきた瞬間である。ダンテがそこを見上げると、そこには千段に達していようかというほどの“天空円形劇場”が出現していて、光でできている薔薇が無数に輝いている。これが第10天(至高天)のエンピレオであった。
 聖ベルナルドが進み出て、最後の説明役となった。

 第10天エンピレオは、上の半天にはキリスト以前の聖者たちがいた。下の半天には嬰児や幼児の無垢なる魂が遊んでいた。そのあいだを聖母マリアたちが占めている。
 しかし天空劇場の演目は、ここからが至高の啓示に向かってさらにさらに劇的な寓意を見せるのだ。ダンテの想像力が最高峰に達する瞬間だ。
 すでに天空は真昼のように明るいのに、さらに輝く光の点が動きまわっている。そこに、まず木星界の霊たちの光が動いてDの字をつくる。その光はIとなり、ついでLをつくって、またたくまに7つの母字子字となる。
 “DILIGITE”(ディリギテ)だ。天空に「愛せよ!」と刻印されたのだ。
 しかし、これで刻印が終わったわけではない。ダンテは次の光の刻印を待っていた。
 やはりのこと、プラズマのごとき光点はふたたび動きだし、今度はゆっくりと“QUI JUDICATIS TERRAM”を光出させた。「地を審くものよ、正義を愛せよ」である。それだけではなかった。やがてその最後の文字Mだけが残り、そこに天空のあまたの光が集まってきた。
 このMは、ダンテが地上における唯一の理想を託す神意の国“Monarchia”のMである。それは故国フィレンツェであって、ヴェルギリウスの古代ローマであり、またアウグスティヌスの「神の国」の象徴だった。

 こうしてダンテが茫然と光のMに見とれているその刹那、それらの光の点たちはたちまち鷲の形となって翼を広げると、ダンテの目前に飛来して、ダンテの魂を天上高く飛び放ったのだ。天使たちの大合唱が天を轟かせ、ベアトリーチェはすべての愛となる。
 聖ベルナルドが聖母マリアに深い祈りを捧げ、ダンテはここにすべての英知と恩寵に包まれて、ついに、ついに、地上に戻ることになったのである。

 

 さぁ、これで『神曲』全篇を大急ぎで案内したことになる。もう時計が午前0時に近づいてきた。
 なんだかぼくも、大晦日の除夜の鐘が聞こえてきそうな気分になっている。が、ともかくも、これでぼくの『神曲』案内は終わりとしたい。ついに「千夜千冊」で一番長い案内になってしまいました。
 けれども、この案内の長さこそが『神曲』なのである。これがディヴィナ・コメーディアというものなのだ。よかったら岩波文庫の『神曲』(全3冊)でも入手して、初詣のあとにでも目を通してみてほしい。
 それからもうひとつ、本当はサンドロ・ボッティチェリのすばらしいドローイングの絵がいいのだけれど、これはいま入手不可能だから(出版されていない)、せめてギュスターブ・ドレの『神曲』(JICC出版局)を求め、この叙事詩がどれほどヴィジュアルな想像力に長けていたかを感じてみてほしい。
 では、除夜の鐘。の光を。
 よい年を!



 






 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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