八百四十夜【084003年09月01日

Seigow's Book OS / PIER
エリック・ホッファー
『波止場日記』
1971 みすず書房
Eric Hoffer : Working and Thinking on the Waterfront 1969
田中淳 訳
[表紙]『波止場日記』
©みすず書房

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エリック・ホッファー
エリック・ホッファー

 

 

 

 

 

 

 

『エリック・ホッファー自伝』
『エリック・ホッファー自伝』
エリック・ホッファー著
中本義彦訳
作品社 2002

 

 

『大衆運動』
『大衆運動』
エリック・ホッファー著
高根正昭訳
紀伊国屋書店 1961

 

 

『現代という時代の気質』
『現代という時代の気質』
エリック・ホッファー著
晶文社 1972

 

 

『魂の錬金術 全アフォリズム集』

『魂の錬金術 全アフォリズム集』
エリック・ホッファー著
中本義彦訳
作品社 2003

 

 

セイゴオ・マーキング1

セイゴオ・マーキング1
「自意識に犯されている」

 

セイゴオ・マーキング2

セイゴオ・マーキング2
「アウトサイダーであり続けるには」

 同じ著書のものでありながら、激しく読もうとしたり、静かに、静かにと言い聞かせて読んだり、今度こそはすべての先入観を捨てて読もうと思うような本がある。著者の綴る観測点があまりにわれわれが気の付かない深みから発せられているか、あるいはそのように見えるために、こちらの読み方が前後深浅に動くのだ。
 古典や名作文学にそういう本が多いのは当然であるが、それ意外にもエッセイや批評や日記にもそういう本はある。シーモヌ・ヴェイユなど、その典型だ。そういう本はむろんいろいろのことが書いてあるにしても、その中の一つの魂の言葉を探しあてて、その言葉からすべての行を思い出せるように読みたくなるときがある。「沖仲仕の哲人」とよばれてきたエリック・ホッファーの本はそういう本である。

 最初にホッファーを読んだのが『波止場日記』だった。なんとなく(理由もなく)ボリス・ヴィアンのようなものかと思って読んだのだが、だいぶんちがっていた。次が柄谷行人が訳した『現代という時代の気質』(晶文社)で、引きこまれすぎるほど考えさせられた。時代が気質を変化させるのではなく、気質の動向が時代を動かすこと、そういう変化がどのようにしておこるか、考えさせられた。
 その後、数年おきに、『大衆運動』(紀伊国屋書店)や『初めのこと今のこと』(河出書房新社)や『自伝』(作品社)を読んで、あるときふと久々に『波止場日記』を開いていたら、ふわりと「思いやり」という言葉が浮かんだ。ふーん、そうかと思って、とくに気にすることもなく、他の本をパラパラめくってみると、ごく僅かだが、「思いやり」という言葉をホッファー自身もつかっていることに気が付いた。
 そう思って、またしばらくたって読んでみると、やはりそうなのだ。思索の核心は「思いやり」にある。“compassion”である。
 ホッファーはつねに「自己認識を深く」と言い続けた男である。たいていの問題は当人の自己認識の甘さに起因することが多いと指摘していた。しかし、「自己認識を深く、さもなくば思いやりを」と言ったのではなかった。「思いやりを、それが自己認識を深くする」と考えたのだ。

 最近、ホッファーのアフォリズムがまとまって邦訳名『魂の錬金術』(作品社)になった。
 あいかわらず、ラディカルである。「すぐに行動したがる性向は、精神の不均衡を示す兆候である」とか、「自立した個人は慢性的に不安定な存在である」とか、「われわれは自ら創造したものよりも、模倣したものを信頼する」とか、あるいは「感受性の欠如はおそらく基本的には自己認識の欠如にもとづいている」といった、そうそう、それが言えるのがホッファーだという警句に富んでいる。
 が、その一方で、「思いやり」についての深い哲学がはっきり作動しつづけているのを感じた。
 実際に「思いやり」に言及した章句もあった。たとえば、「他人に対する不正を防ぎうるのは、正義の原則よりもむしろ思いやりである」。「思いやりは、おそらく魂の唯一の抗毒素であろう」。なんだかすごくホッとした。やっとホッファーと友達になれたような気がした。

 エリック・ホッファーは7歳のときに母と視力を一緒に失った。8年にわたる失明ののち奇跡的に視力を回復した。学校はまったく出ていない。そのかわり一日10時間、いや12時間、本を読みつづけた。
 20歳前後で父が死に、長らく養育役を買って出てくれたマーサ・バウアーがドイツに帰っていくと、正真正銘の天涯孤独になった。残った300ドルをもってバスでロスに行き、スキッド・ロウ(どや街)に入った。「まるで幼稚園から、いきなり貧民窟に入ったようなものだった」。
 1930年、28歳までスキッド・ロウでその日暮らしを続けた。死んでみようかと思ったがそれはならず、ロスを出てカリフォルニア中を動きまわった。1934年の冬、こういう自分がいったい社会の中の何にあたるのか、やっと思い知った。「ミス・フィット」(不適格者)という階層に属するということだったのだ。ミス・フィットは白人とか黒人とか、富裕者とか賃金労働者とはべつに、ひとつの階層をつくっていた。それがアメリカという社会だった。
 ホッファーはそのあと農業労働に近い仕事を転々としながら、またまた読書に没入していった。あるとき砂金掘りに出掛けるときにモンテーニュをかばんの中に持って行ったのが、ホッファーを変えた。「モンテーニュは俺のことを書いている!」と思えたのである。こういうときは、あるものだ。ぼくが最も鮮烈にそのことを感じたのは稲垣足穂の『男性における道徳』だったろうか。ぼくはそれを読みながら、これはてっきり自分のことを書いているんだと思った。
 自分の活動に方針をもったホッファーは軍隊に入ろうとするが、ヘルニアで失格、その後はサンフランシスコで沖仲仕の仕事をしつづける。『波止場日記』はそのときの著作である。

 この特異な哲人ホッファーの存在が、今日のようにわれわれに知られるに至ったきっかけをつくったのはマーガレット・アンダーソンという「コモン・グラウンド」編集長である。「たった一人、彼女が東海岸で自分の原稿を待っているのだと思えることが、自分の思索を持続させた」と、ホッファーは書いている。
 こうしてやっと世に出た著書は、おおむね好評という程度だったようだが、だからといって注目されたわけではなかった。ホッファーはたんに“著者”になったにすぎない。1964年にカリフォルニア大学のバークレー校で一週間一度の学生たちとの放談講義も担当するようになったときも、とくに話題が話題をよんだというのではなかった。ホッファーのような変わった人物を呼ぶのは、バークレーならやりかねないことだった。しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。人にはこのように、世界のどこかでそれを待っているところが、少なくとも一カ所はあるものなのだということを。
 
 ホッファーが圧倒的な人気をもつことになったのは、テレビのせいだった。1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映されると、ものすごい反響になった。それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。
 ホッファー自身はつねに“陰の存在”であることを望んだらしかったが、そして事実、どんな評価もどんな名声もホッファーの生活を豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかったのであるのだが、社会や世間のほうがホッファーのような“例外者”を必要とした。
 こういうホッファー・フィーバーのなかで、ホッファーがほとんどというか、まったく変わらなかったというのは、ぼくはよくわかる。稲垣足穂もいっときメディアにフィーバーされたものだったけれど、その褌(ふんどし)一丁で畳に横になっている日々は毫も変わらなかった。メディアが動かせない人間なんて、いくらもいるものなのである。なぜならメディアは「思いやり」なんて持ち合わせていないし、たとえあったとしてもその「思いやり」が表明されてはいけないものなのだ。

 ホッファーが「思いやり」を重視した背景には、いろいろな思索が用意されている。それを、ほら、ここがそのことを言っている箇所だと指摘するのは、ホッファーにふさわしくない。
 けれども、ホッファーもときどきたまらず絶叫している。このことはどうしても言っておきたいと書くときがある。そのひとつに、たとえば、こういうものがあった。
 「世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある」。
 人はいつだって自己嫌悪をしているものである。けれどもその自己嫌悪をできるだけ隠そうとする。そのぶん自己愛をふやそうとする。そして、手痛い失敗をする。ホッファーは、だから次のようにも言う。「驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。自分自身にすることを他人に対して行う。われわれは自分自身を憎むとき、他人も憎む。自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである」。
 これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部分を振動させている言葉であろう。ぼくはいつのころからか、このホッファーを読んできた。そして、自分を戒めてきた。ホッファーは次のようにも言っている、
 「他人と分かちあうことをしぶる魂は、概して、それ自体、多くを持っていないのだ」。










 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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