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資生堂の幹部研修を8年にわたって担当したころ、全員に聴診器を渡して、まず隣どうしの体の音を聞いてもらい、ついで自分の体の声に耳を傾けるというワークショップをしたことがある。50代のおっさんたちがキャーキャーと騒いだ。
そのあと、会場に使っていた経団連研修所が富士山麓の御殿場にあったので、みんなで外の雑木林に出て、木や土に聴診器をあててもらった。木から聞こえてくるボウォーとした音に全員が驚いた。木によって音がちがうのだ。
これはなかなかの得難い体験で、おっさんたちは童心に返り咲いて、“観聴”をなかなかやめようとせず、近くの小川の水に聴診器を浸ける支社長などもいて、予定の時間をはるかに超過した。管理職といっても、このように自分から一番遠いものに耳を傾けるということは、まるっきりしないものなのだ。
ちなみにワークショップはこのあと、部屋に戻ると今度は歳時記が各自の机に置いてあって、これをしばらく見ながら、たったいま自分が雑木林で体験した感覚を五七五にするという“苛酷な作業”を強いた。全員が五七五の指を折り折り、またもや子供である。それでどのような俳句になったかは、資生堂の名誉のためにここでは伏せる。
この研修、藤本晴美さんといとうせいこう君といつも組み立てていた。
樹木や草木の中を水が動いていることは誰でも知っている。「さあ、お水をあげなきゃね」と言って、母は植木や庭をジョーロ片手にいそいそとまわりはじめたものだった(ジョーロってどう綴るのか、知ってますか。如雨露です)。
そのジョーロの水を草木が吸う。いったい何の力で吸っているかというと、葉っぱの方から吸い上げる引張力と、根っこから導管をつかって押し上げている根圧とが合わさっている。これで導管が仮死状態の樹木の中でも、水は10メートルも50メートルも上がる。
そもそも樹木の内部は中心の髄を木部が取り巻き、それを師部と樹皮とが覆うというふうになっている。成長という観点からみれば外側が新しくなっていくぶん、内側が古くなる。これが年輪になるのだが、ということは、樹木は上へ上へと成長していくのではなくて、古い材質に新しい材質がかぶさって成長しているということなのである。年輪が加わっていくことが上に伸びることなのだ。
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| 木の横断面 |
年輪は、春につくられた細胞(早材)の直径が大きく細胞壁が薄いのに対して、これが秋に進むにしたがって直径が縮み、代わって次の細胞(晩材)が作られていき、ピークに達したところで切り替わる筋目のことで、番匠や木地師たちはこの年輪の目ですべての材木の性能を読む。
しかし、草木は水を吸っているのではなく、実は水でまぜたスープ状の土壌養分をほしがっている。だから余分な水は葉っぱから外に捨てる。植物は水よりも栄養分に富んだコールドスープか冷たいブイヤベースがお気に入りなのである。
ということで、聴診器から聞こえてくる音は、樹木が行儀の悪いスープを啜っている音なのだと言いたいところだが、残念ながらそういうことではなかった。水は細胞壁にあいた細かい孔から浸透しながら養分だけを採って、残りが上がっては葉から消去されているのだから、聴診器でも音は聞こえない。
樹木が立てている音、それはその木が立っている周辺環境すべての音楽なのだ。
本書はまことによく書かれた一冊で、樹木についてほとんど大半の“植物知”が網羅されている。だから百科事典的役割を果たしているということになるのだが(ぜひ手元においておくとよい)、そのわりにいささかも文章力が平板にならず、ワンブロックずつ読ませる説得力に富む。最近のベストブックのひとつであろう。
著者はイギリスのキール大学環境学科で教えるまだ40代の樹木学者。こういう百科全書的な本をこんなふうに文体さえ意識しながら細部を生き生きと書けるとは、よほどのキレ者だ。ぼくはいつも思うのだがエンサイクロペディックな本ほど独創性が問われるものなのである。ちなみに翻訳の熊崎実さんは岐阜県立森林文化アカデミーの学長で、稲本正君のオークヴィレッジとともに岐阜の森林樹木文化を担っている。
本書については辞典的なので、これ以上は紹介しないことにするが、ついでにこのほか“木になった本”を紹介しておく。
筑波実験植物園で研究を続けている八田洋章の『木の見かた、楽しみかた』(朝日選書)は、“ツリーウォッチング”という造語をつくった著者が、さすがに巧みに「外からの木の見方」をあれこれ教えている。とくに枝や茎の「頂伸」と「継伸」を見るのがコツらしい。
外から見た樹木は、素人にはわからないが、玄人が見れば、疲れていたり病気になったり、瀕死になっていることがすぐわかる。そこでこれを外科手術をしたり、内科治療をしたりする職能がある。これが“樹医”で、朝日森林文化賞や吉川英治賞を受賞した山野忠彦の『木の声がきこえる』(講談社)は、その診察ぶりを語っている。実際に注射を何本も打ちこみ、樹態や樹性を蘇らせる。巻末に昭和41年からの治療樹木一覧が掲げられているが、ぼくが見た樹が何本もあった。
そういう樹木を切り出し、材木にする名人も数々いる。江戸木挽きの林以一の職人気質と技を伝える『木を読む』(小学館文庫)は大鋸(おが)一丁で大木を柱や板に仕立て上げる名人の話。本書では「立て返し」や「立木崩し」といった至芸を披露して、60歳を過ぎてやっと一人前になる世界の「しめし」が躍如する。それこそ山千の山師たちとの“攻防”も読ませた。
もうひとつ、京都大学がつくった木質科学研究所の同窓メンバー「木悠会」が編集した『木材なんでも小事典』(講談社ブルーバックス)もごく最近まとまったばかりの一冊で、『樹木学』とはまた異なる材木利用者にとってのコンパクトなバイブルになった。ぼくがまとめると、「木は生物である、木によってわれわれは救われている、木と共生してきた、木はこう使われたがっている、木は放っておけない」という5つの視点による構成だ。この本、ほくは仕事場と自宅と軽井沢の3カ所においてある。
京都の町屋に暮らし、高校時代からはロシア人が家主の横浜山手町の洋館に暮らしたせいか、ぼくにはどうやら体の奥の隅々までさまざまな「木の感覚」が染みついている。
大黒柱も好きだし、木目も好きだし、肌触りも、色も、でこぼこも好きなのだ。とくに錐で孔をあけたり鋸をかけたときのおが屑の感触は、たまらない。
それが最近になって再び濃く浮上して、新たな空間をほしがっているのを感じる。べつだん木製住宅を作りたいとか住みたいというのではない。そうではなくて、木を中心にした組み立ての中に、掛軸とピアノの、タルコフスキーと川瀬敏郎の、花器と経済学の、衣裳とピューマの、茶会とエンジンの、世阿弥とウォーホルの、それぞれの出会いを見てみたいのだ。
こういうことを考え始めたのは30歳のころのことで、そのころはそれを求めて信州松本に引っ越そうかと思っていた。寺ひとつが必要だった。そのとき4、50人が、じゃあ一緒に引っ越しましょうよと言ってくれていたのだが、実現できなかった。それからこういう無理難題を言い出さなくなったのだが、近頃、やっぱり寺ひとつぶんに何かを組み立てたくなっている。
もしそういうことが可能になるのなら、骨格や構造はビルでも倉庫でもよいけれど、その外観や内観にはどうしても木々の息吹が必要なのである。
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