六百七十夜【06702002年11月29日

Seigow's Book OS / CORE
ヘルマン・ワイル
『数学と自然科学の哲学』
1969 岩波書店

Hermann Weyl : Philosophy of Mathematics and Natural Science 1927・1950
菅原正夫・下村寅太郎・森繁雄 訳
[表紙]『数学と自然科学の哲学』
©岩波書店

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ヘルマン・ワイル

ヘルマン・ワイル

『空間・時間・物質』ヘルマン・ワイル著
『空間・時間・物質』
ヘルマン・ワイル著
講談社

 

『シンメトリー』ヘルマン・ワイル著

『シンメトリー』
ヘルマン・ワイル著
紀伊国屋書店

 

 
 

 

 
 

 

 
 

 















 

 ぼくが数学的思考に多少の自信をもっているとしたら、その前提の大半はヘルマン・ワイルのおかげである。
 ひそかに『遊』の準備にかかっていた26歳のとき、ぼくの課題は物理学と民俗学を両手で同じような質感をもってハンドリングすることだった。民俗学はともかくも折口信夫全集に没頭すればよかったのだが、物理学のほうは何から何まで自分で標的を決め、それをひとつずつ読み干していくしかなかった。
 ポアンカレアインシュタインマッハド・ブロイハイゼンベルク、ディラック、シュレディンガー、ボームなどを片っ端から読んでいくなか、ぼくはゲッチンゲン大学というとんでもない資質の牙城にぶつかった。
 最初はフェリックス・クラインである。これについては『遊』創刊号にクラインの多様体論を素材「エルランゲン・プログラム事件」を書いた。つづいてリーマンにぶつかって、ここで初めてロバチェフスキーやガウスに戻る非ユークリッド思想の洗礼を浴びた。次にはヒルベルトにぶつかった。これはいわゆるヒルベルト問題と第133夜にも紹介した『直観幾何学』との出会いとなった。
 そして、最後に打ち止めのごとくにヘルマン・ワイルにぶつかって、武者奮いしたのだった。ワイルは「編集的数学者」だったのである。

 ワイルはヒルベルトの数学的な弟子にあたる。ワイルはまた哲学的にはフッサールの弟子にもあたっている。
 数学の父をヒルベルトに、哲学の母をフッサールにもったワイルの資質は、その思索力と表現力において他の追随を許さないほど抜群なもので、しかもワイルは平気で自分の研究領域を拡張し、物理学や生物学にさえ踏みこんだ。
ぼくが知るかぎり、かつてこういう数学者はいなかった。もしホワイトヘッドを数学者に入れるなら、ホワイトヘッドがそういう深度と仰角をもっていたけれど、ふつうは数学列伝からは外されている。ワイルは数学基礎論を骨格に、連続体論、群論、数論などの領域ですべて革新的な研究を発表し、そのうえで量子力学に、シンメトリー論に、相対性理論に対して次々に数学的検証を加え、いちいち次世代における展開を予測した。
 しかし一方、ワイルにはすばらしい哲学的なセンシビリティが満ちていて、フッサールの論理学や現象学をいちはやく捕捉しただけではなく、ついではフィヒテを、さらにはマイスター・エックハルトを掘り下げて、これらの系譜には何か決定的なものが不足していることに気がつくと、最終的にはライプニッツの自然哲学に向かっていったのである。
 この逢着である。連続体を追いかけ掘りこんで、エックハルトからライプニッツに行き着くという、この逢着だ。

 ワイルの思索の特徴は「構成」を重視したことにある。重視どころではなかった。「構成的方法」こそが数学だった。
 ワイルはまた、科学の対象は素朴な「実在」なんぞではなく、すべからく「志向的対象」(intentional Object)であると喝破していた。この見方はフッサールの『イデーン』にすでに提唱されている見方の拡張ではあるが、ワイルが「構成」と「志向」とを串刺しすることによって、数学が向かうべき編集的方法論に注目していたことをあらわしている。
 なぜなら、かつての数学はすでに「志向」が終了してからのちの記号による「操作」から始まると考えられていたのに、ワイルはそうではなくて、数学の発端がすでに志向対象のうちに萌芽しているだけでなく、そのような「直前のプロセス」を「直後の数学」のフォーミュレーションが明示化しうることをあきらかにしていたからだった。
 すなわち、考え始めること、その直前のプロセスがすなわち直後の数学の潜在なのである。ぼくはこれでやっと数学的思考というものがどこから胚胎しているか、ワイルによってそのおおよその合点に至ったものだった。

 ワイルの著作は本書を最初に読んだ。
 冒頭の第一行目から「哲学について著述する科学者は、全的に無事に脱れ出ることはめったにないような良心の争闘に直面する」とある。これで武者奮いしない科学者や数学者はおバカさんだろう。 構成は第1部「数学」、第2部「自然科学」、「付録」に分かれている。第1部は数学的論理学から公理論へ、数と連続体の問題から直観数学に移っていく。調子が高まるのは第3章「幾何学」の第13節で自己同型とは何かを問うたあとに相似性に向かうところで、「すべての知識は直観的記述から出発するが、記号的構成の方へ向かうものである」とあって、しかしながら「次々に呼び出すことができる有限個の点からなる領域を扱っているうちはまだしも、点場が無限なとき、とくにそれが連続体であるときに事態が重大になる」と予告される。ワイルは座標系の選び方を問うたのだ。
 こうして第14節「合同と相似、左と右」では、得意の「合同から相似へ」の証明にかかっていく。ここは、最後の著書となった『シンメトリー』(紀伊国屋書店)に新たな装いをもって披瀝されているところでもあって、ぼくはワイルの相似性議論からカイヨワの反対称議論にすすみ、そこで自分なりの「相似律」の展観を試みたものだった。
 さらに調子が高まるのは第2部で、第1章「空間と時間、超越的外界」なんて涙が出てきた。しかもその直後が第2章「方法論」なのだ。いま思い出したのだが、ぼくが「主題から方法へ」ということを感じ始めたのは、どうもこの第2部第2章を読んだときからあたりだったのかもしれない。

 しかしそのころ一番の衝撃をうけたのは、付録Eの「物理学と生物学」の第1行目を読んだときだった。そこには、こう宣言されていた。「自然の最も奥深い謎の一つは死んでいるものと生きているものの対立である」!
 なんという指摘であろうか。ぼくはこの指摘をその後、何度もつかわせてもらった。
 それにしても、さきほど20年ぶりか30年ぶりにこの論文を読んでみて、やはりこれはよほどに図抜けて示唆に富む先駆的論文であったことを再認識させられた。言葉が稠密で加速力に満ちていることはワイルのもともとの資質だとしても、次の「物理的世界の主要な特徴:形態と進化」を読むともっとラディカルに鮮明なように、ここにはワイルの統知覚的な自然像と生命像の重なりがぎりぎりに省かれて突出しているのである。
 この「省いて突出させる」というところが、ワイルでなければできない科学感性なのである。アーウィン・シュレディンガーの『生命とは何か』(岩波新書)とともに、数学物理的感性がもたらした比類のない二つの生命像であったというべきである。










 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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