六百五十七夜【06572002年11月12日

Seigow's Book OS / PIER
ソポクレス
『オイディプス王』
1967 岩波書店

Sophokles : Oidipous Tyrannos 紀元前6世紀
藤沢令夫 訳
[表紙]『オイディプス王』
©岩波文庫

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ソポクレス

ソポクレス

 

 
 


 
 




 
 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 



 

 




  傑作だ。こんなによくできた戯曲はほかにない。
 ソポクレスが大ディオニュソス祭で24度にわたって優勝したというのは、よほどのことである。ナブラチロワやブラジル・サッカーや読売巨人軍だって、こうはいかない。最初の優勝はエレウシス神話に取材した『トリプトレモス』で、30歳ほど年上のアイスキュロスを破っての凱歌であった。
 ディオニュソスの演劇祭は開演に先立っていくつかの儀式をおこなっていた。子豚の犠牲が捧げられ、ディオニュソス神に献酒がなされると、過去1年間の同盟国からの貢納品が示されたり、アテネに功労した者たちが表彰されたりして、この演劇祭がすこぶる神話的な国家行事であることが示される。
 審査委員は10人。毎年選出されるだけでなく、誰が選ばれるかは大きな甓から名札をひいて決めるというやりかただったので、裏取引は難しかった。
 こうしてトランペットを合図に、3日間にわたる演劇祭の火ぶたが切って落とされる。観衆も大騒ぎでエントリー作品を見た。飲み食いもしたし、堅い石の座席を和らげる毛布も持ち込まれた。役者がヘタならブーイングもおき、気に入ればアンコールの喝采が鳴り止まない。ソクラテスがアンコールをかけたという話ものこっている。むろん上演にあたっては作者や演出家や役者のあいだにリハーサルがあり、それを通して書き換えもおこった。いうまでもなくさまざまな傾向の作品が上演されたのであって、喜劇と悲劇に分けることすら困難な多様な作品群だった。

 こうしたなかで、あらためて演劇祭トータルのベストワンは何かと言われれば、ぼくは文句なしにソポクレスの『オイディプス王』を選ぶ。
 父を殺して、母と姦淫をする。あるいは、父を殺した犯人が自分であることを知らずに、母と結婚する。
 よく知られたこの主題がすばらしいという理由では、必ずしもない。むしろソポクレスの戯曲と「エディプス(オイディプス)・コンプレックス」という言葉があまりに堅い結び目をつくっているのは、その結び目に呪文をかけたフロイトの解釈に気を取られることになって、かえってソポクレスの悲劇が読めなくなる。
 ギリシア悲劇をフロイトから引き離してから読まなくてはならないというのは困ったことであるが、どうもいつのまにそういう読み方ばかりが大手を振っている。べつだんここでフロイトの功罪を言挙げするつもりはないが、こと『オイディプス王』に関してはフロイトを忘れて堪能することが読書の王道だ。また、そうしないと舞台を見るときの醍醐味がない。

 ソポクレスは父親が武器製造工場の経営をしていたせいで、裕福に育ち、贅沢な教育を受けた。かなりの美青年だったらしく、ランプロスに習った音楽をいかして、舞踊でも人気をとっている。
 紀元前480年のサラミスの海戦が勝利となったときは、自ら少年合唱団(コロス)を率いてアテネの街を熱狂に導いた。のちには芝居を自分でも演じた。そうとう人望のあった人物だった。将軍に推挙されもしたし、また自宅を医神アスクレピオスの仮神殿にして、医学の普及にも努めた。
 そういうソポクレスが書いた『オイディプス王』なのである。レオナルド・ダ・ヴィンチが戯曲を書いたとおもったほうがわかりやすいほどなのだ。

 しかもソポクレスは演劇を革新した。
 アイスキュロスが確立した三部作スタイルを変え、一作ずつを自立した戯曲として書き、これが決定的だとおもうのだが、俳優を二人から三人にふやした。人形浄瑠璃の使い手が三人になって、近松の戯曲が大ヒットしたことをおもわせる。
 合唱の量も少なくした。だいたいギリシア悲劇は舞台の外側でおこっている背景描写の台詞が多いのだが、これも極力縮めて、事件の進捗に速度を与え、観客がストレートにミュトス(筋)に食い入るようにした。
 なんとも完璧なのだ。またまた比較するのも気が引けるが、世阿弥の複式夢幻能の完成をおもえばよいだろう。ぼくは日生劇場のオープンとともに、縁あって(日生劇場の広告を取っていた)、ほとんどの舞台を見ることになるのだが、ソポクレスについては『アンティゴネー』も『エレクトラ』も市原悦子の力演で入門し、その後はできるかぎり海外でも、ビデオでも、見るようにしてきた。しかし、なんといっても『オイディプス王』なのである。

 プロロゴスは宮殿の重い扉がギィと開いて、コリントスからやってきて、テバイの王となったオイディプスが従者とともに登場し、「わが民らよ、遠き父祖カドモスのはぐくんだ後裔(すえ)なる子よ、いかがいたしのか」と始まる。この声で芝居は決まる。
 控えていた老いた神官に向かって、王は「翁よ、話してみるがよい」と毅然と促すと、さあ、ここからが複雑きわまりない神話的相姦劇の雪崩打ちなのだ。
 疫病が猛威をふるうテバイ王国の将来を案じたオイディプスは、アポロンの神託を伺うために王妃の弟クレオンをデルポイに派遣する。クレオンが戻って報告したポイボス・アポロンの託宣が恐ろしい。先王ライオス(すなわちオイディプスの父親)を殺した下手人をあげよというものである。この国には「血の穢れ」があるというのだ。
 パロドス(合唱歌)が挟まって、第一エペイソディオンになると、オイディプスはさっそく予言者テイレシアスに下手人をつきとめることを命じる。盲目のテイレシアスは真犯人を知っているのだが、口をつぐんで言おうとしない。オイディプスは罵り、予言者はついに「あなたが尋ね求める先王の殺害者は、あなた自身なのだ」と驚くべき真相を告げる。
 ところがオイディプスは、自分が父親を殺したなど思いもよらぬことなので、これはクレオンの陰謀だと察知する。このあたり、予言者の演技が深まっていかないと、舞台はタテにつながらない。ここから時間が入り乱れてくるからだ。
 こうして第一スタシモン(正歌・対歌)が入って、旋舞歌が合唱される。聞いていると身震いがする。

 第二エペイソディオンでクレオンが登場し、「市民のかたがた、オイディプス王が私に恐ろしい言葉を投げかけて罪を着せたと聞いて、がまんができずにやってまいりました」と告げる。
 けれどもオイディプスはクレオンの釈明に耳を貸さず、嫌疑は晴れない。観客はオイディプスが先王殺害に関与しているとも、クレオンが陰謀をめぐらしているとも思えず、混迷に陥っていく。またそう思わせなければ、オイディプスもクレオンも役者ではない。コンモス(叙情歌交歓)となって、クレオンは「あなたにはわかってもらえなかったが、私の潔白はこの人たちが知っている」と捨て台詞を残して退場。

 次のコンモスは対歌となって、コロスと対話する王妃イオカステがついに登場する。
 王妃の告白も恐ろしい。なぜならば、彼女は先王の妻であって、オイディプスの母であり、かつ、いまは、オイディプスの妻であって、クレオンの姉なのである。そのイオカステが、「実は先王ライオスに神託が降りたとき、王は自分の子に殺されるであろうということだった」と言い出した。
 が、イオカステはあくまでオイディプスを安心させたくて、「しかしながら、先王は子供によって殺害されたのではなく、たびの途中の三叉路で盗賊に襲われて死んだのです」と慰める。さらに「先王と私のあいだに生まれた子は、三日もたたぬうちに山に捨てられて死んでしまったことが確定されている」と言う。だからくよくよなさることはないと言うのだ。
 しかし、この話を聞いているオイディプスはあることを思い出して、愕然とする。
 オイディプスがテバイの国にやってくるとき、ある三差路で一人の男を殺したことがあったからである。そしてこの台詞。「おお、ゼウス、おんみはそもそもこの私の身に、何をなそうとはかられたのか」。オイディプスの苦悩は絶叫である。
 第二スタシモンは静かな歌となり、かえって不気味な舞台が冷たく燃え上がる。

 第三エペイソディオンは、侍女たちを従えたイオカステが手に祈願の小枝と香を持って、前庭のアポロンの神殿の前に立って、始まる。しかし、事態はもはや裏の裏の推測が互いに入り乱れ、つまりはソポクレスの完全な作劇術の術中にはまって、たとえ神殿の前ではあっても、何が真相かはわからない。
 そこへオイディプスがやってきて、まさに自身が受けた神託では「おまえは父を殺し、母と交わって、母とのあいだに子をもうけるだろう」というものだと告白をする。加えて、オイディプスの故郷であるコリントスからの使者が来て、ポリュポス王が死んだのでオイディプスに帰って王位に着いてほしいと言う。オイディプスの父ポリュポスをオイディプスは殺さずにすんだのだ。しかしまだライオス先王とオイディプスの関係があきらかにはなってはない。
 ひょっとしたら、オイディプスはライオスの子であったかもしれなかった。
 案の定、使者がとんでもないことを言い出した。キタイロンの山中で拾った捨て子を、この私がポリュポス王に譲り渡したのであると。このときさっと顔が青ざめたのはイオカステだった。彼女はすべてを知ったのだ。オイディプスこそがわが子であったということを。舞台上では伏せられるのだが、このときイオカステが首を括って自害したことがのちになってわかることになる。

 事態はどうやら想像を絶する最悪の場面に突入する寸前になっている。
 こうなると、もはやオイディプスにとっての唯一の救いは、ライオス先王の一行の中にただ一人逃げ帰った羊飼いを呼び寄せて、あのとき先王を殺したのは噂通りの盗賊であったことを確かめることだけとなる。
 暗澹たる事態の予感のなか、第三スタシモンは神々を呼ぶ歌である。僅かな光を感じさせるコロスを聞きながら、けれども第四エペイソディオンになると、現実がすべてを暴露する。召喚された羊飼いが最も恐ろしい真相を語り始めたからだ。母イオカステはわが子を殺すように命じていたというのである!
 オイディプスが聞く、「非情にも、みずからの子を?」。羊飼いが答える、「不吉な神託を恐れられたがため」。オイディプス「どのような?」、羊飼い「その子がやがて親を殺すであろうとのお告げでございました」。
 第四スタシオン、「いたましや、オイディプス王」の旋舞歌正歌は、合唱とともに観客の慟哭が聞こえてくるところだ。

 かくしてエクソダス。
 オイディプスは母イオカステが自害したと聞いて、その場に駆けつけ、王妃の上衣についていた金のブローチを抜き取り、自身の両眼を何度も何度も突き刺すことになる。「目はいかにせん、正視に堪えぬ。君の与える、げにそれほどの恐れおののき」。ここは演劇史上、歌舞伎を除いてただひとつ、『リア王』と匹敵する最も凄惨な場面である。
 コロスに続いてオイディプス王の最後の長口舌は、役者の演じ方にでも注意をむりやり注がないかぎり、とうていじっとしていられない。それはフロイトの「エディプス・コンプレックス」の説明どころではない凄惨な結末なのだ。

 こうして『オイディプス王』の全巻が、どんな希望もなく闇の渦中に向かって閉じていく。
 こんなに重い物語はなく、こんなに緊張を強いられる舞台は、ほかにない。あるとすれば『リア王』であるけれど、シェイクスピアの成功はいかにソポクレスの構成を避けられるかという一点において、ソポクレスをめざしたからだった。
 しかし、あらためてふりかえってみると、この戯曲は奇怪な仕上がりになっているとも言える。なんと舞台上では、まったく事件がおこっていなかったのである。事件の経緯のいっさいは、神託か、回顧か、使者の説明か、後の祭りばかりなのである。イオカステの自害も舞台では見えないし、むろんいっさいの王(父)殺しも、わが子の放棄も見えてはこない。主人公のオイディプス王が、自身の出自と犯罪とを探索しただけなのだ。
 すなわちこの悲劇は、実のところは、悲劇の発見のための悲劇だったのである。もっとわかりやすくいえば、オイディプス王は世界史上最初の探偵であって、同時に、世界史上最も最悪の、最も悲劇的な犯罪者だったのである。
 くだいていうなら、ソポクレス以降、こんなに恐ろしい推理小説をかけた者はいなかったのだ。もし似たような作品があったとすれば(いくつもあるのだが)、それはすべてソポクレスの『オイディプス王』の踏襲なのだ。










 
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