五百九十五夜【05952002年08月05日

Seigow's Book OS / DOOR
ビル・ボナーノ
『ゴッドファーザー伝説』
2002 集英社
Bill Bonanno : Bound by Honor―A Mafioso's Story 1999
戸田裕之 訳

[表紙]『ゴッドファーザー伝説』
©集英社

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ビル・ボナーノ
ビル・ボナーノ




『ゴッドファーザー(上・下)』(マリオ・プーゾ著/一ノ瀬直二訳 ハヤカワ文庫)
『ゴッドファーザー』上・下
マリオ・プーゾォ 著
一ノ瀬直二 訳
2000 ハヤカワ文庫





ボナーノ一家。一番右よりビル、ビルの孫、ビルの息子、父ジョゼフ。
ボナーノ一家。一番左よりビル、ビルの孫、ビルの息子、父ジョゼフ。
 ニノ・ロータの甘美で哀愁をおびた音楽が近づくように鳴って、仲間に囲まれて立ち話をしていた白髪まじりのマーロン・ブランドがゆっくりとこちらを振り向く。ドン・ヴィトー・コルレオーネである。
 血で血を洗うマフィアのコルレオーネ一家を描いたフランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』をいったい何度見たことか。それも大作3本だ。テレビで放映されていると、ついつい見てしまっていた。筋にはまってもいるし、映像をあらためて追ってもいるし、役者ぶりも見る。パートI のドン・コルレオーネはマーロン・ブランドで、三男マイケルがアル・パチーノ、トム・ヘイゲン役がロバート・デュバル、ケイ・アダムスがダイアン・キートンだ。それがパートII では若き時代のドンがロバート・デ・ニーロに代わる。これだけで参る。とくにぼくはマイケルのアル・パチーノにはぞっこんだったのだ。

 この、映画『ゴッドファーザー』には原作がある。マリオ・プーゾの同名の小説だ。ベストセラーになった。
 プーゾはニューヨークの極貧のイタリア系移民の二世で、すでにシシリアンに対する強烈な懐旧の情をもって育っていた。ぼくにも何人かの知り合いがいるが、ニューヨークのイタリア系移民には独特の焦燥感と一人よがりと寂しさと、そしてすばしっこい勇気と同胞愛がある。プーゾもきっとそういうイタリアンの一人だったのだろう。
 そのプーゾが『ゴッドファーザー』を描くにあたってモデルにしたのが、ジョゼフ・ボナーノの一家だった。ジョゼフ・ボナーノがドン・コルレオーネことヴィトー・コルレオーネで、つまりゴッドファーザーである。ここまではゴッドファーザーのファンなら誰で も知っている。
 では、アル・パチーノが演じたマイケルは誰かというと、どうもそういう息子がいるらしいという噂はもちきりだったが、はっきりしなかった。それがついに姿をあらわした。それも『ゴッドファーザー伝説』の著者として、全世界のゴッドファーザー・ファンに対して“真相”をあきらかにするため、颯爽とあらわれたのである。本書の著者ビル・ボナーノは、あのアル・パチーノのマイケルなのだ。ゴッドファーザーは実父なのである。
 これはどうしても読まずにはいられない。

 読んでみてマフィアに関して驚いたことはいくらもあったが、なかでも実在のゴッドファーザー=ジョゼフ・ボナーノがまだ生きて矍鑠としているということと(本書が書かれた時点で94歳になっていた)、そのゴッドファーザー・ジョゼフがジョン・F・ケネディとこれほど昵懇だったということは、予想外だった。
 しかも息子のビルは、ケネディ暗殺の真犯人を知っているふうなのだ。オズワルドは捨て駒だったと言って、実行犯が別にいたことを匂わしている。もっとも、このことについては次著であきらかにするとおもわせぶりなことを書いているので、本当かどうかはわからない。
 もうひとつ、予想外なことがあった。老いたジョゼフ・ボナーノの写真を見ると、本物のゴッドファーザーはマーロン・ブランドよりもっと優雅で、ずっと深みを湛えていたということだ。

 さて、66歳になったマイケルのほうの著者ビル・ボナーノは、最初にこう書いている。「私が住む世界の人々は自伝を書かないのが普通である」。
 この掟を破ったのは、これ以上、ドン・コルレオーネの伝説と実像との混濁を進ませたくなかったからだという。たしかに小説や映画とはずいぶん違ったところがあった。けれども、誰が撃ったか、誰が誰を復讐したかということを別にすれば、本書の隅々には、ほぼ映画『ゴッドファーザー』の抗争と殺戮が、親愛と哀愁が、血のように流れていたといってよい。これがあの一家の事実の流れなのだということに映画をかぶせて読んでいることが、他のマフィア関連の類書を読むよりずっとおもしろくさせたともいえる。加えて著者が、「私は懴悔をするつもりでこれを書いたのではない」と決然と宣言していることも、本書を際立たせた原因になっていた。
 著者が何度かにわたって、あることを読者にはっきりさせたことも効いていた。それは、マフィアやラ・コーザ・ノストラなどのシチリア特有の一族やクラン(党派)を一般人が理解するには、一人一人の「マフィオーソ」とはどういうものであるかを理解するしかないと断言していることである。

 マフィオーソの理解には、一人のマフィオーソの性格と個性の把握が必要であるらしい。
 マフィオーソは名詞と形容詞の両方でつかわれる。ある個人が組織された党派のメンバーであれば、その個人がマフィオーソと定義される資質をもっていないかもしれなくとも、マフィオーソたりうるという。また、クランの一員でなくともマフィオーソでありうるし、むろん性別も関係ない。正統な誇りをもっているのなら、絶世の美人もまたマフィオーソなのである。
 もっというならマフィオーソは人間である必要もない。ある態度をもつ馬や狼やライオンもマフィオーソになりうるという。これはマフィアを知らないわれわれからすると、意外な見方である。しかし、この意外な見方が何を如実にあらわしているかということは、次の例でもっとはっきりする。
 著者の大叔父にジュゼッペがいる。ボナーノ一族に属しているという意味でも、その性質においてもマフィオーソだった。その大叔父を慕う青年も一族の正式なメンバーになりたがっていた。青年は大叔父のそばにいて、何でもやった。この、喜んで奉仕するという性質は、クランのなかでは重要なものではあるが、マフィオーソの決定的な特徴ではない。
 ある日、大叔父はその信奉者の青年にシャツを脱ぎ、鞭を打つと言った。青年は柔順に従い、大叔父は青年を皮膚が剥けるほど打った。青年はなぜこんなことをされるのか理解できるわけではなかったが、理由はともかくも鞭打ちを受けることが必要だということは感じていたはずである。
 大叔父は鞭打ちをおえると、自分もシャツを脱いで鞭を打つように青年に言った。青年はふたたび言うとおりにした。大叔父の指示を理解したわけではなく、二人のあいだに存在する関係ゆえにそうすることが正しいと信じたからである。
 この大叔父と青年のあいだによって明らかにされた性質こそがマフィオーソなのである。これをあまり厳密に定義しようとすると、本質を見失うことになると著者は言う。なぜなら、この性質は魂のなかにあり、まちがいなく定義しがたいものなのだ。

 このマフィオーソのくだりを読んで、ぼくは呆気にとられるとともに、忽然とした。なんだかマフィアが羨ましくさえ思ったものである。
 もっとも、マフィオーソがこのような魂の性質をもったことについては、かなりのシシリアンとしての歴史があった。ここでは紹介しないが、著者はそのことも詳しく書いている。なにしろ13世紀にフランスがシチリアを占領して以来の、そこで「シチリアの晩鐘」と言われた暴動をおこして以来の、長きにわたる抑圧と排除の歴史なのである。
 このときシシリアンが反乱し、その反乱のスローガンが「フランスに死を、とイタリアは叫ぶ」というものだった。イタリア語では“Morte Alla Francia, Itala Anela”という。そこで、その頭文字をとったのが“MAFIA”になっていった。こんな経緯を含めて、著者のいうマフィオーソの魂は形成されていったのだ。
 しかし、なぜそんなマフィオーソの魂が純粋に維持され、“ゴッドファーザー伝説”として今日まで続行できたかというと、ここはきっと著者も同意するだろうけれど、かつてシシリアンが抑圧と排除を受けたという歴史そのものが、そのままその後のシシリアンによる抑圧と排除の歴史に逆倒していったという奇怪な継承がおこったからだったにちがいない。「目には目を」という哲学に、すべての組織の歯車が集中したということなのである。
 マフィアは、マフィアが生まれた生涯の傷をマフィアの成長のためにつかったわけなのである。

 ともかくも、この本は貴重な報告だった。
 べつだんわれわれには、マフィアの実情を詳しく知る謂れなんてないのだが(いや、実はあるのだが)、そのことを知れば知るほどになんとも説明のしようがない共感が誘われる。
 マフィアに共感するなんて、まったく説明のつかないことであるけれど、それがコルレオーネ一族ことボナーノ一族の戦後の日々から感じる実感なのである。晴れた日に雷が鳴り走るというのか、雨の日に花火をあげる男たちもいるというのか、そんな実感だ。
 この実感は結局は、映画『ゴッドファーザー』から受けた観客の多くの印象と通じるのであろう。








 






 

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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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