五百四十二夜【05422002年05月22日

Seigow's Book OS / CORE
遠藤ケイ
『熊を殺すと雨が降る』
1992 岩波書店・2002 山と渓谷社
original
transelater

[表紙]『熊を殺すと雨が降る』
©山と渓谷社

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遠藤ケイ



















 


わだら猟。藁や木の枝で作った輪を宙に投げて兎を生け捕りにする伝統的な猟。(イラスト:遠藤ケイ)
原木のホンヅラとシタヅラをハツる。腰を支点に、上半身を振り子にして斧を振り降ろす。(イラスト:遠藤ケイ)






































マタギの狩り装束
マタギの狩り装束。鉄砲を背負い、毛皮でできた背当てと胸当てを覆う。(イラスト:遠藤ケイ)



「獲物を狙って野宿をする時は、斜面の太い木の根元に身体を寄せる。(そうすると)見通しがよく、危険が少ない」(イラスト:遠藤ケイ)


 

 ぼくのサバイバル能力は皆無に近い。
 幼児よりは多少は勝るかもしれないが、ボーイスカウトの小学生より劣っていることは確実である。町で一人で生きていけるかどうかさえあやしいのだから、とうてい山には住めない。
 そういう者にとって、この手の本は高貴にすら映る。むろん高貴なことを綴りたいなどと著者は思ってはいない。炭焼き、漆掻き、魚の採り方、熊狩り、猪狩り、蜂の子の食べ方など、山での生活の日々のことがごくごく具体的に綴られているだけなのである。けれども、それを読んでいると崇高なものがやってくる。そうとしか言いようがない。

 著者のことは『男の民俗学』(山と渓谷社)で知った。自分のことは書いていない。マタギ、炭焼き、刀工、刺青師など、職人に徹する男の匠たちを深く取材して、その技量と境地を綴った。
 その後、やはり山と渓谷社の『遠藤ケイのキジ撃ち日記』で、この人が房総の山奥に20年以上暮らして、自給自足に徹していることを知った。365日、すべてを野外の日々から収穫するという生活である。ここでは自分の日々を克明に書いていた。定点観測という言葉があるが、まさに自分の周囲が定点なのである。まったくとんでもないことをする男だった。生まれは新潟の三条。困ったことに、ぼくと同い歳である。
 ただし、自然も野生も大好きだが、文章と絵もめっぽう好きなようで、長年にわたってエッセイやイラストレーションをものしている。これはちょっぴりホッとする。『子ども遊び大全』などという著書もある。本格的な野生生活は房総に越してからのことだったようだが、最近になって故郷の新潟に戻って雪深い山中に山小屋を建て、そこを新たな拠点にしたらしい。

 この本は西根稔という人に捧げられている。秋田マタギで、猟刀フクロナガサの鍛治でもある人だそうで、著者は長らく師と仰いできたという。
 そういう師の魂のようなものが籠もっているだけあって、本書にはなんだか気迫のようなものが漲っている。最初に書いておいたように、山の生活がごくごく具体的に綴られているだけなのだが、それがかえって迫力をつくっている。しかし、内容は"山の民俗学"ともいうべきもので、どこにも気負いはない。『熊を殺すと雨が降る』という標題が、すでにそのことを暗示していよう。

 冒頭は「杣」の現場から話が始まる。
 杣にはサキヤマ、モトギ、角杣、ハツリ師といった名称もあり、それぞれが独自の手法で木々を伐採し、これを格闘技のごとく山から降ろしてきた。
 谷筋を利用して材木を落とすのは「修羅」、沢に水を溜めて鉄砲水で押し流すのを「鉄砲」、木橇に1トン近い原木を積んで人力で曳き出すのを「木馬」(きんま)と言った。
 チェーンソーを使うのが常識になったいまでも、山の現場にはこうした特殊な呼び方がいろいろ飛び交っている。チェーンソーで木を倒す者たちは「バツボク」、それをワイヤーにかけて土場に運ぶのは「タマガケ」という。
 この杣たちを仕切るのが庄屋と元締で、杣を手合として組ごとに仕切っていく。庄屋と元締は飯の食いっぷりと糞のひりっぷりで男たちを選んだ。食が細い男などにつとまる仕事ではないからだ。組がつくられると、男たちは山の神を祀って入山式をおこない、これを「口開け」にして伐採にとりかかる。山の神は本書全編の見えない主人公でもあるが、だいたいはオオヤマツミである。

 山の樹木のなかには伐ってはならない木というものがある。山の神や氏神が神の宿る木のことで、山の男はそれを知らないと爪弾きされる。祟りもおこる。
 伐った木を倒すときも、木が倒れたがっているほうへ倒す。そこには仁義のようなものがある。
 杣はまた、伐採した木々にも祈りを払う。切株のトゲやササクレを鉈でていねいに切り払ったあとに青葉のついた枝を刺す。万葉集にも「鳥綱立」(とぶさたて)があり、木曽には「株祭り」が伝わっている。
 著者はあるとき秩父の山奥で古老の山師(杣)から次のように言われたという。「生命ある木を伐ることは罪深いことだ。それを忘れちゃいけねえ。が、山を守るためには木を伐ることもある。それが山師の分際だ」。
 分際――。
 本書のなかでもしばしば光る言葉が、この「分際」である。分際に生きること、分際を守ること、分際に賭けること。本書は「山の分際」とは何かを徹底して追求した一冊でもあった。

 たとえば、ハツリ師という者がいた。
 いまは機械製材がほとんどになったが、かつては山で角材に仕立てる作業があった。これがハツリで、昔は「一振り、二面(つら)、三ハツリ」とも言った。
 伐り倒した樹木は、最初にこの原木を裏返して「振り」を見て、どこをホンヅラ(木表)・シタヅラ(木裏)にするかを決める。次にツラをつぶさに観察して、木の素性とクセを見抜く。ここでは木々は「おれを変なふうに扱うなよ」という声さえ聞こえる。そのうえでハツリにかかる。こうして完璧に面取りされたものが角材というものの本来なのである。その作業のいちいちにも「分際」が生きていた。
 このような「山の分際」を一身に集中して背負っていたのがマタギである。マタギはおそらく著者が最も憧れていた集団だったのだろうが、いまの日本には秋田マタギも、青森白神のマタギも、著者の故郷に近い秋山郷のマタギも、わずかにしかいない。しかし、マタギの伝統こそは「分際」の見本なのである。
 毎月七日は山の神の日、旧暦十二月八日は木が身籠る日、切株にトゲを残すと山の神が叱る、お天狗様の木を一本残せ、山で口笛を吹くな、山でエンコ(猿)の夢を見るとよくないことがおこる、オコジョ(白イタチ)を見ると山が荒れる、等々。

 本書の標題となった「熊を殺すと雨が降る」もマタギの言い伝えである。古老たちは「山の神の血洗い」というらしい。
 山の神が清らかな山を熊の血で汚したことを怒って(あるいは悲しんで)、山に雨を降らせてこれを流そうとするのだという言い伝えである。マタギたちはこの裏の意味も知っている。熊は天気が荒れる前に多量に餌を採る習慣があり、そういう熊を撃つと大量の血が出るからだった。けれども、マタギはあくまで熊を殺せば雨が降ると記憶する。
 だから昔のマタギは熊の解体(ケボカイ)も、その場で巧みにナガサ(山刀)とコヨリ(小刀)を使って皮を剥ぎ、すばやく胆を抜いた。いわゆる「熊の胆(い)」である。これはかつては金より高価なものだった。しかし急がなければならなかった。祟りを恐れたのである。

 本書の帯には「ジャパニーズ・スロウ・ライフ」という言葉が熊の絵とともに躍っている。
 ファスト・フードでなくスロー・フード。ファスト・ライフではなくスロー・ライフ。そういう意味である。これを言い換えるなら「オンデマンド・ライフ」から「インデマンド・ライフ」ということだろう。
 本書はとうていぼくの実際には応用できそうもないことばかりで埋まった一冊なのではあるが、最初に書いたように、ここにある山の生活の「高貴」はぼくのようなぐうたらの者の肺腑のどこかに鋭く届くものをもっていた。ぼくは、何を殺したときに雨が降ったと考えるといいのだろうか。










 
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[目次]

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『海上の道』柳田国男

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『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

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『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

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『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

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『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

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『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

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『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

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『写真ノ話』荒木経惟

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『建築的思考のゆくえ』内藤廣

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『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

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『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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