五百夜【05002002年03月19日

Seigow's Book OS / PIER
アルベルト・ジャコメッティ
『エクリ』
1994 みすず書房
Alberto Giacometti : Ecrits 1990
矢内原伊作・宇佐見英治・吉田加南子 訳

[表紙]『エクリ』
© みすず書房

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立っている女(1949頃)
立っている女(1949頃)




矢内原伊作『ジャコメッティ』(みすず書房)
『ジャコメッティ』
矢内原伊作 著
1996 みすず書房




ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『ジャコメッティ〜キューブと顔〜』(PARCO出版)
『ジャコメッティ〜キューブと顔〜』
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン 著
1995 PARCO出版




セイゴウ・マーキング術で読む本文
セイゴオ・マーキング術で読む本文。
 
  ジャコメッティは勇気である。不変の勇気ではなく、誰にも注がれる勇気ではない。
 ぼくにとって必要な勇気なのである。
 だから、その勇気は「50グラムの勇気」である。しかし、その勇気がどうしても必要なときがある。そのときぼくはジャコメッティを思い出す。ジャコメッティを見る。ジャコメッティを読む。

 ジャコメッティは少年のころに村のはずれで一本の金色の石を見ている。その石は女友達のようにジャコメッティを誘った。それから毎朝、ジャコメッティはその石を見たいとおもう。
 別の日、ジャコメッティは繁みのなかに黒い石が立っているのに出会う。敵意に満ちた黒い石にはどこかに窪みや穴があいていて、ジャコメッティの挑戦を待っているかのようだった。
 ジャコメッティは1901年10月に生まれ、1966年1月に死んだ。そのあいだずっと、ジャコメッティは「ずれる」の中にいた。金色の石と黒い石。あえて「ずれる」を作ってもきた。最初は朝めざめると感じる「ずれる」だったが、そのうち一時間ごとの「ずれる」の深さに気がついた。
 ジャコメッティはつねに「似る」の中にもいた。弟を目の前に置いてデッサンをすれば、そこには弟が「似る」になった。チマブエの絵を頭の中で思い浮かべれば、チマブエに似た像がそこにあらわれたし、エジプトの彫像を思い浮かべれば、そこにエジプトの婦人がいた。しかし、それを取り出すにはどうしたらいいのか。ジャコメッティは「似る」をめがけてすべてを試みる。

 当然とは何か。当体とは何か。
 ぼくもそのことを追いつづけてきたように思っていたが、ジャコメッティはそのことをずっと深く、ずっと危険に、ずっと過剰に考えつづけていた。「多数の一を、無限に唯一であるひとつの一に引き戻したいという欲求」というふうに。
 これはほんとうに驚くべきことだった。これでは限界がない。界を限れない。界をなくしかねない。それでもジャコメッティは当然と当体を追い求めた。

 画家だった父親の影響で幼年期にすでにデッサンにも彫像にも長けていたジャコメッティにとって、少年のころの当然と当体はデューラーとレンブラントとファン・アイクである。中学生のとき、それはゲーテとヘルダーリンとドイツ・ロマン派と、そして歴史と科学とロシア革命になった。
 ところがジュネーブの美術工芸学校を出て、初めてイタリアに旅行したときにヴェネツィアでティントレットを発見して夢中になり、ついでパトヴァでジオットに衝撃をうけた。その場所にきて、その場所の魂の表現に出会っている。
 1920年の2度目のイタリア旅行では、アッシジのチマブエが最高のものだと確信できた。チマブエの前ではティントレットもジオットも顔色がない。
 しかし、これはいったいどういうことなのか。なぜ自分はティントレットがわかり、そしてチマブエのほうがすばらしいとわかるのか。しかもローマに着くとボロミーニとビザンティンのモザイクと、とりわけエジプト美術の胸像の"真実"にまいってしまった。
 ああ、これはすごい、ここにすべてがあるとは、ぼくもいつも思うことである。しかし、なぜそうなのかということは、すぐにはわからない。ぼくのばあいは、それが科学にも芸能にもデザインにも空家にも幅が振れるのだが、ジャコメッティはその感動を肖像というものに絞れている。
 そこでジャコメッティはこれらの大半を模写しつづけ、さらに二つの胸像も制作していくのであるが、なんということか、これらはすべて破棄された。頭のなかには当然と当体が見えているのに、それが作品になると別物になってしまうのだ。

 1922年、ジャコメッティはパリに入って、アカデミー・ド・ラ・グランド・ショミエールのブールデルの教室に通った。26歳のときイポリット・マンドロン通りのアトリエに移り、生涯、一歩もここから離れなかった。
 ジャコメッティは見えているものを彫刻にしようとし、見えているものを描こうとした。しかし何を彫っても、何を描いてもそれらは見えているものとどこかが違っていた。これはいっさいの写実主義が誤りであることを示しているにちがいなかった。かくしてジャコメッティは「ずれる」と「似る」のあいだの微妙きわまりない渦中に、もっと正確にいうのなら知覚と表現のわずかな隙間に飛びこんでいく。
 では、想像によって当然と当体を表現すればどうか。ジャコメッティは「平らな彫刻」や「開かれた彫刻」を試みる。まだジャコメッティには創作意欲というものがたぎっていた。アンドレ・マッソン、ミシェル・レリスが近づいてきて、互いの友情も育くまれた。レイモン・クノー、ジャック・プレヴェール、ナイジェル・コールダー、ホァン・ミロがそのような厳密という「ほど」に賭けるジャコメッティに興味をもった。
 アラゴン、ブルトンダリはそういう"現実離れ"をしているように見えるジャコメッティをシュルレアリスムに引っぱりこんだ。けれども予想するまでもないことだが、ブルトンの画策したシュルレアリスムなんてものは、しょせんジャコメッティとはどこかで対立するものだった。
 ジャコメッティは「1+1=3」を考えていたが、シュルレアリスムにはそれが理解できなかった。除名された。

 ジャコメッティはふたたび実物を対象にして写生による仕事に戻ろうとする。そこで午前中は弟のディエゴが、午後はモデルのリタがポーズをとった。それも一年中である。
 ジャコメッティは二人の頭部を彫刻にしようとしたが、彫刻はしだいに小さくなって、怖ろしいことに、いくらか幅が狭くなったのち、最後にはほとんど消えるばかりのものに、「実像としての最小のもの」になっていったのだ。バルテュスやドランがすかさずその「縮退していく何か」に関心を示したものの、ジャコメッティはついに作品を発表しなくなっていた。
 こうしてジャコメッティは方針を変える。もはや実物を見ないことにする。そして記憶によって裸婦像をつくることにするのだが、この裸婦像もしだいに小さくなっていき、ついには消えていくのである。ピカソとサルトルがその"事実"に驚嘆した。
 しかしながら、この"事実"についてはジャコメッティは淡々とこう書くだけなのだ。「私が 見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻はしだいしだいに小さくなった。それらは小さくなければ現実に似ないのだった」。が、ジャコメッティはあきらめない。「私は倦むことなく何度も新たにはじめたが、数カ月後にはいつも同じ地点に達するのだった」。
 そしてぽつんと書き加える。「それでも、頭部や人物像は微小なものだけがいくらか真実だと私には思われた」。

 たしかにジャコメッティは、この「消えゆくもの」にこだわって懸命にデッサンをつづけ、1945年にはついにデッサンを重ねることでもっと大きな彫像が作れるかすかな確信を得たのである。それはまったく奇蹟的なことだった。が、「今度は、驚くべきことに」とジャコメッティはまたもや淡々と書いている。それらはことごとく「細長くなければ現実に似ないのだった」。

 いったい何がおこっているのか。
 芸術にとって、人間の知覚にとって、本当のことがおこっているのだ。何かを表現するというときの最も根源的なことがジャコメッティを襲い、ジャコメッティに宿ったのである。
 実は、いささかおごがましい話になるが、ぼくはこのことにとても近いことを「遊」を創刊したころに、考えこんでいた。
 知覚と表現のあいだにはあきらかに一本の線がある。この線は自然や事物や人物を見るときは輪郭線にもなるし、脳の中では視覚野から言語野に移るときの縮退力や増殖感になる。一本の線の両側ではあきらかに「値」や「質感」や「大きさ」がちがっている。どちらが本当なのかは、わからない。それなのにわれわれは、この「あいだ」を安易に連続して見すぎている。
 では、その「あいだ」にもっと分け入ればいいのか、それとも二つの"世界"を真に連続させるための方法を、これまでの科学や芸術の常套手段を振り切ってでも、もっと思いつけばいいのか。
 このことをめぐって、当時、とことん話ができたのは最初は杉浦康平ただ一人であり、ついで武満徹と高橋悠治であり、そして北園克衛さんだった。ほかの連中はそんなことを考えるのさえ面倒のようだった。もう一人、ぼくが押しかけていた逗子の下村寅太郎さんが、ぼくがあまりに知覚と表現のあいだのズレについて尋ねるものだから、レオナルド・ダ・ヴィンチとウィルヘルム・ライプニッツがそのことを考えているよということを示唆してくれたが、一緒に考えてはくれなかった。
 このとき下村さんが、暗い書斎の椅子に深く沈みながら、優しい笑顔で「そういうことは自分で考えなさい」と言ったのだが、この瞬間、ぼくはジャコメッティとまったく同じ孤立を強いられたのである。

 ジャコメッティはどのように知覚と表現のあいだの驚異的な孤独に耐えたのだろうか。
 ジャコメッティは書いている、「最初から失敗にきまっているものを追いかけるのは不条理に思われた。仕事を続けようとするかぎり、私にできることは記憶を再現すること、自分が本当に知っているものだけを作ることだ、と私は思った。十年間、私は再構成することしかしなかった」というふうに。
 こうも書いていた、「私が熱情をいだく唯一のことは、実現することが不可能に思われるこれらのヴィジョンに、それでも何とかして近づこうと試みることだ」というふうに。
 ふと思うのは、ぼくが「終わりなき編集」を決意することになったのも、おそらくはこのジャコメッティのいう「実現することが不可能に思われるこれらのヴィジョン」を「再構成」するという仕事に追いこまれたためだったのではなかったかということである。何かのおりにジャコメッティを読むたびに、挫けたときにジャコメッティを見るたびに、ぼくはそんな気がしていた。
 しかも、ジャコメッティは次のようにも綴っている。「そのことが起きているその自己から完全に離れて」というふうに。あるいはまた、「まったく常軌を逸している。唯一の自己という考え。それ自身馬鹿げていて、滑稽だ」。

 そうなのだ。
 ぼくはこのジャコメッティの知覚と表現の「あいだ」に、自己を離れた記憶と現実との「あいだ」に引きこまれていったのだ。そしてその「あいだ」という棚には、必ず一瓶の「50グラムの勇気」がぼくを待ちかまえて、ぽつんと置いてあったのである。

 「エクリ」とは「編集」ということなのである。



参考¶この一冊が「千夜千冊」の500冊目にあたる。何にしようかと迷いに迷って、アルベルト・ジャコメッティにした。ぼくの編集精神の原点にあるもののうちの、そのなかでも最もフラジャイルで、かつ「マイナスの哲学」に富んだ一冊である。『エクリ』は新しい編集による集大成で、以前は『私の現実』(みすず書房)という標題だった。ここでは紹介しなかったが、ジャコメッティは1950年代に入って、あの細長く高い彫像を作るようになり、もはや消えることのない彫刻を残していくのだが、そのかわり、そのすべての作品を完成することができなくなっていった。矢内原伊作がモデルに選ばれたのはそのころである。

 ジャコメッティは書いている。
「ぼくは自分が曖昧で少しぼやけていて、まちがった場所に置かれている人間だという気がしている」。「決してフォルムのためでなく、また造型のため、美学のためでも決してなく、その反対だ。立ち向かうこと、絶対的に」と。

 ジャコメッティはこうも書いた。
「ぼくは人生の各瞬間における、ぼくの見方、ぼくの考え方の中にいる」。







 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

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『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

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『建築的思考のゆくえ』内藤廣

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『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

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『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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