四百九十二夜【04922002年03月07日

Seigow's Book OS / THERE
ルネ・ジラール
『世の初めから隠されていること』
1984 法政大学出版局
Rene Girard : Des Choses Cachees Depuis La Fondation du Monde 1978
小池健男 訳

[表紙]『世の初めから隠されていること』
©法政大学出版局

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著者:ルネ・ジラール
ルネ・ジラール























 

 
 イスラム原理主義過激派の全米テロがおこり、その後もパレスチナにも自爆テロが連打されていったとき、何度かぼくの耳にルネ・ジラールの言葉が聞こえていた。
 「殺さないために命を投げ出すこと、そうすることによって殺しと死との悪循環から抜け出すために、自分の命を投げ出すことをためらってはいけません」。
 むろん自爆テロを勧めているのではない。ジラールは「世の初めから隠されていること」は本質的な暴力というものだということを言いたくて、こんなことを言っていた。

 すでにジラールは1972年に記念碑的な『暴力と聖なるもの』を書いて、暴力が民族学あるいは民族心理学の課題に所属すべき問題であること、共同体の維持と成長に不可避なものであること、暴力は暴力を防止するために発生しつづけるものであることなどをつきとめていた。
 そこでジラールが考察したことは、結論的にいえば、「供犠」と「復讐」の必然的な関係というものだった。
 まず、その共同体(社会)がなんらかの意味での供犠をどのようにはたしているかが前提になる。古代社会や古い伝統をもつ共同体ならば、このことはごく当然の慣習であるが、ジラールは、供犠というものはどんな社会にもなんらかの恰好でおこなわれていると見た。すなわち、現代のアメリカにも日本にも供犠はある。この見方にぼくは全面的に賛成である(いまは具体例をあげるのは伏せておくが)。
 次に、供犠には必ず犠牲がともなっているのだから、その社会にはなんらかのかたちで殺害や殺害に匹敵する行為(放逐・左遷・弾劾など)が正当化されているということになる。
 ここに、きっかけや理由はなんであれ、敵対者からなんらかの暴力が執行されるということがおこったとする。その暴力は大は国家や民族による戦争から、小は仲間うちのリンチまで、多種さまざまである。
 このとき、さてどうなるか、だ。
 攻撃された側が供犠のルールにもとづいた復讐や制裁をおもいつくというのは、きわめて当然な報復になる。当然に暴力を伴うことにもなる。仮にアメリカが好きな経済制裁などのような手段が最初に行使されようと、相手にいささかの恭順の意志が見えないとみなされれば、いずれは必ず暴力の行使にむかう。湾岸戦争やアフガニスタン空爆は、そのようにしておこった。
 こうして、暴力は暴力を生み、暴力の連鎖はとまらない。そしてそのたびに「供犠」と「復讐」の道徳と意思が、つまりは正義と善意が、その社会や共同体のなかで強化されていく。

 ルネ・ジラールはこのように『暴力と聖なるもの』の半分で説いた。しかし、もう半分の考察は、このような暴力を必然化する起源がそもそもは「神との関係」から生じていたのではないかという議論に費やした。
 本書『世の初めから隠されていること』は、この、もう半分の議論を徹底してみようという企画である。
 この、もう半分の議論を進めるには、いくつものハードルをこえていかなければならない。ここではそのうちの三つだけを紹介しておくが、最初に「迫害」とは何かということがある。
 迫害とは何かということを正確に説明するのは難しいけれど、ぼくが本書から読みとったことは、迫害とは「横取り」(アプロプリアション)のではないかということだ。では、その「横取り」はどのように結果するかといえば、「模倣の禁止」になっていく。
 これはぼくのように、どんどん模倣を奨励するミメシスをこそ創造性の契機と考える編集的世界観の持ち主には信じがたいことなのだが、実は多くの社会で「模倣の禁止」は正当なことだとおもわれている。すなわち、「模倣は禁止、しかし自由な競争を、それが権利というものだ」というまことに変なロジックだ。

 次のハードルは、ごくごく初期の暴力が兄弟や仲間のあいだで生ずるのはなぜかという問題である。すなわち分身と暴力はどこで結びついているかという謎だ。
 この問題を端的にあらわしているのはカインとアベルの物語であろう。そこでジラールは、ここでは詳細を略するが、なぜ兄のカインが弟のアベルを殺し、神はそんなことをしでかしたカインが他の者に殺されないための印をつけたのか、そのくせ神はそのような神自身の行為を恥じたのか、という問題を議論する。
 これはつきつめれば、神が暴力を肯定したにちがいないという議論に迷いこむほどの、「世の始めから隠されていること」になりかねない。
 3つ目のハードルはさらに難解なもので、近現代人がこのような古代から継承されている「模倣の禁止」や「分身の排除」をどのように近代的なロジックに置き換えて、済まし顔になっているかという問題だ。これは、いいかえれば近現代人がこれらの問題をいかに「欲望」の問題にすりかえたかということになる。
 このことについては、実はジラールは1961年の『欲望の現象学』でちょっとだけ問題にしていたので、ジラールにとっては出発点に帰るような問題にあたるのだが、『欲望の現象学』でも本書でも、あまりうまくは説明しきれていない。

 ともかくもざっとこんなふうに、本書は半分を供犠と暴力の関係をめぐる議論に、もう半分を神との関係で人間が結んだ関係には暴力も欲望もふくまれていたという議論に導きつつ、途方もない難問をのこしたままおわる。
 いやいや、そのような本だったかどうか、読み返していないのでほんとうのところはわからないのだが、ぼくはそのように読んだつもりになっていた。
 そして、冒頭に書いたように、「殺さないために命を投げ出すことは、殺しと死との悪循環から抜け出すためなのだ」というルネ・ジラールの言葉を、あの全米テロの余波のなかで思い出していたのである。

参考ルネ・ジラールの主著は、本書と同じ法政大学出版局の叢書ウニベルシタスで読める。『欲望の現象学』『暴力と聖なるもの』『世の初めから隠されていること』『ドストエフスキー』『ミメーシスの文学と人類学』『身代りの山羊』『邪な人々の昔の道』など。ほかにドゥギーとデュピュイが編集した『ジラールと悪の問題』も入っている。







 






 

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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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