第三百八十九夜【0389】2001年10月1日
Seigow's Book OS / PIER |
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ジュール・ヴェルヌ
『十五少年漂流記』
1958 角川文庫
Jules Verne : Deux ans de Vacances 1888
石川湧 訳 |
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| ジュール・ヴェルヌ |
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今夜はぼくの胸が淡い絞り染めにあっている。何かが胸の奥でブーンと鳴っている。
十五少年漂流記。中学時代に読んだのか、小学生のときに読んだのかは思い出せないのだが、さきほどページを繰っているうちに、どこかの少年少女名作全集のたぐいの一冊、おそらくは偕成社か創元社だとおもうが、その一冊を、高倉押小路の暗い二階の勉強机にかじりついて読んでいた感触がブーンと蘇ってきた。
それとともにヴェルヌの『八十日間世界一周』の造本の感触が突然に思い出されてきた。あれはリーダース・ダイジェスト社の分厚い角背の黄色い本だった。そのシリーズにはヘイエルダールの『コンチキ号漂流記』も入っていた。ハックルベリー・フィンの冒険、ポオの黄金虫、シェンキヴィッチのクォ・ヴァディス、それから三銃士にロゼッタ・ストーン物語だったか。
読んだ順番まではわからない。あのへんの読書体験はすべてが夕方の雲のように、ひとつながりになっている。
足利の正子さんがもってきてくれた一冊が、H・G・ウェルズの少年版『月世界旅行』だったのだ。大きな挿絵がついていた。ケイヴァリットさんの重力脱出ロケットに憧れた。
正子さんはぼくの父方の従姉妹だが、いつもセーラー服かそれに似た洋服を着ていた。でも、なぜだかいつもスカートを気にして坐る。とても声のいい人で、ぼくはそのスカートと声の組み合わせにぞっこんだった。二年に一度か三年に一度くらいしか京都には来てくれなかったけれど、その日は朝からうれしくて大変だった。いやいや、それは別の夏の日のことだった。
十五少年は、きっとトム・ソーヤ、ハックルベリー・フィンと来て十五少年だったのだろう。そうだとすれば、修徳小学校の図書館で読んだのか。いやいや、あの本は高倉押小路の二階で読んだ匂いが残っている。では鉄仮面や砂漠の女王と一緒くらいだったのか、それともシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンの続きだったのか、あれもこれもが押し寄せて、誰が鬼ごっこの目隠しをとったのか、いまはすっかり思い出せないでいる。
みんな菫色の化学反応の中にあるわけなのだ。こんなもの解凍すれば、みんなレトルト・コボルト・コリアンダ‥‥。
ジュール・ヴェルヌは『八十日間世界一周』が最初で、それから『海底二万哩』『地底旅行』と続いたのだったろう。なかでノーチラス号の海底探検が一番の興奮だった。
それと十五少年の興奮はべつものだ。だから、きっと十五少年はトム・ソーヤやハックルベリー・フィンの一連のかたまりのほうで読んだにちがいない。
少年が冒険に出る。そこで困難に会う。友達ができる。探検をする。悪い奴もいる。それをなんとか懲らしめる。うんと怖いこともある。逃げもする。遊びもする。でも、やっぱりスリルのほうがほしいから、また前に出る。ついに勝つ。ついに見知らぬ桃源郷に出る。ついに歓声が湧く。
ぼくの少年時代の冒険物語は、何もかもがだいたいこのようにできていた。それはエミールと探偵たちでもニルスでもトム・ソーヤでも同じことなのだ。しかし十五少年はちょっと変わっていた。そこにはチームワークというものがある。スクーナーのスラウギ号に乗ってニュージーランドを一周する航海をしたのは、オークランドのチェアマン学校の生徒たちなのだ。学年や学級は別々、イギリス人もフランス人もアメリカ人も交じっている。黒人の見習い水夫モコもファンという犬もいた。
この8歳から14歳までの少年たちが難破したスラウギ号を捨てて、島の探検に乗り出していく。あとはどのようにチームワークを発揮するかということだった。
ヴェルヌは十五少年たちが、それぞれ違う出身と性格をもっていたことを、物語の最初のほうで巧みに説明している。
イギリス出身の少年たちはたとえば学校で先生からムチで叩かれても、それを恥とはおもわない。ちゃんと罰を受けたいという気分になるとか、5年生のフランス人のドニファンは成績が気になるからいつも努力をするけれど、それは人前では見せないことで、ふだんは気取っているとか、14歳のアメリカ人のゴードンは正義感があって実際的な才能を磨くのがすごく大好きだけれど、自分の考えが整理できないようなことにはすぐ困るとか、そういうことをさりげなく書いておく。
まさか、こうした書き分けを人種差別だなど目くじらたてる大人はいないだろうが、むろんのこと、子供にとってはこれらが大事な大事な情報なのだ。それに、これらの"解説"はいまでもフランス人やアメリカ人の特色をよく言いあてている。笠信太郎が「天声人語」で書きたかったことも、そのことなのである。
この人種も年齢も性格も違っている少年たちが、困難を前に協力しあっていく。ヴェルヌのねらいはぴったり功を奏して、ぼくはこの物語のトリコとなり、ココロはトリコロールになっていったものだった。
本書は原題を『二年間の休暇』という。フランス文学がサンボリスムの華を咲かせていた1888年の刊行である。
それを森田思軒が1896年に英語から重訳して『十五少年漂流記』と名付けた。それから長いあいだ森田の訳文が基調に翻訳が続いたが、本書の訳者の石川湧が初めてフランス語から訳したのは、森田訳から60年後のことだった。
だから正確というのなら、本書の訳文がずっと正確である。しかし、森田の翻訳こそは日本の少年少女を相手にした十五少年物語でもあった。
森田は郵便報知新聞の記者として福地桜痴らと上海から天津条約の報道をしたり、ヨーロッパにわたって各地の歴訪記事を書いていたのだが、矢野竜渓の薦めで翻訳家に転じた。もともと頼山陽の漢文による外史に通じていた思軒は、たちまち少年少女の冒険物語に才能を発揮する。黒岩涙香に懇願されて「萬朝報」にも入社するものの、少年少女向けの翻訳力は衰えない森鴎外と幸田露伴からは"翻訳王"の名を授けられた。
こういう男が少年少女には必要なのだ。ジュール・ヴェルヌもこの物語の最後で、少年たちの最後の危機を救ったのが黒人のモコの大砲だった意外性を告げ、無事ニュージーランドに凱旋帰還した少年たちが、ドニファンは講演で大活躍し、バクスターの日記は印刷されて大評判を呼び、それを世界中の大人たちが母国語に翻訳して、この少年たちの冒険に称賛を贈ったのだと締めくくっている。
この物語は「二年間の休暇」ではなくて、ぼくにとっては『十五少年漂流記』でなくてはならないのだ。
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