第三百七十七夜【0377】2001年9月12日
Seigow's Book OS / PIER |
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ヨハネス・ケプラー
『宇宙の神秘』
1982 工作舎
Johannes Kepler : Mysterium Cosmographicum
大槻真一郎・岸本良彦
訳 |
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![[表紙] 宇宙の神秘](/mnn/senya/senya_images/377mysterium2.jpg) |
| 本書装丁箱の裏面デザイン(上:表紙面) |
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| 読者アンケート用紙 |
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| ヨハネス・ケプラー |
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およそ一冊の書物において、その大半が誤った推論なのに、最後の数章に2000年の停滞を打ち破る逆転科学が発現するなどということがありうるだろうか。
それがヨハネス・ケプラーには可能だったのである。
もうひとつ、ある。90パーセントの誤った推論のほうが、残り10パーセントの真実の萌芽にましてチャーミングだということがありえるのだろうか。すなわち、大半の誤った推論が今日の科学からみればあまりにも逸脱したものであるにもかかわらず、その逸脱の天体幾何学こそがヨーロッパ2000年の夢を体現するということはありうるのだろうか。
ヨハネス・ケプラーにおいては可能であった。そういう一冊の書物が、この『宇宙の神秘』なのである。
ケプラーは25歳で『宇宙の神秘』を書いた。しかし、この書物で試みた前代未聞の仮説は、今日の天文学からみれば大半が妄想の科学ともいうべきものに近い。
若きケプラーは「太陽が宇宙の中心だ」というコペルニクスの大胆な仮説に、6歳年長のガリレオがなおその仮説の同意に迷っている時期に、いちはやく賛成する。ここまでは優れた科学者の資質のままである。そしてすぐさま、では、その太陽をめぐる惑星系において、惑星が10個や100個ではなくてきっかり6個だけになっているのはなぜなのかということに着目する。そして、その理由を考えはじめた。ここまでも科学だ。
最初、ケプラーは惑星の一つの軌道の大きさが他の軌道の2倍、3倍になっているのではないかと計算してみたが、これはあいにくダメだった。そこで、ピタゴラスやプラトンがそのあまりに神秘的な対称性ゆえに感動していた正立体がこの世に5つしかないことに注目し、惑星軌道の間隙が5つであることと関係があるのではないかと考えた。
こうして、あの有名な5つのプラトン立体と6つの惑星が奇跡のように組み合わさった宇宙立体幾何学モデルが着想された。
しかし、実際の太陽系はあきらかにこんなふうにはなってはいない。ケプラーの試みは完全にまちがっていたのである。どこから科学の推論は非科学の推論にすり替わったというのだろうか。飛躍なのか、陥穽なのか。
ところが、この誤解がなければケプラーの第1法則も第2法則もけっして生まれなかった。というよりも、この逸脱の幾何学こそが科学史上最初の宇宙に関する法則、すなわちケプラーの法則を生んだのである。
そうだとすれば、誤謬の仮説が新たな真実の科学をつくったという、この信じがたい逆転をおこした『宇宙の神秘』こそはケプラーの科学の萌芽を物語るすべての鍵になる。
ぼくが最初にケプラーを読んだのは『ソムニウム』だった。夢という意味だ。これですっかりケプラーに惚れた。
すでにガリレオの『星界報告』やニュートンの『プリンキピア』からはざっと洗礼を受けていたけれど、ケプラーはまったく違っていた。とにかく推論の文章はどぎまぎするものがある。それから河出書房が翻訳したアーサー・ケストラーの『ヨハネス・ケプラー』を読んだのかとおもう。これは大作『夢遊病者たち』の一部を訳出したものだったが、快作だった。ぼくはますますプラトニックにケプラーに惚れた。
そこでケプラーの本をつくりたいとおもった。高橋秀元が大槻さんを口説き、十川治江に編集にあたってもらった。そうやって出来たのが、この『宇宙の神秘』である。ぼくが工作舎を去る直前の仕事だった。
『宇宙の神秘』はおおむね次のように進む。よくぞ25歳がこれほどに宇宙を思考一本で動かしたとおもう。
第1章はコペルニクスの天体回転論を大いに評価するという内容で、これが出発点になる。第2章は本書の全体概要を述べながら、プラトン、アリストテレス、ユークリッド、クザーヌスらが円・直線・正立体の神秘に執心したこと、すなわち「イデアを宇宙に刻みこむ」ことを、自分が総じて引き継ぐのだという壮大な決意が吐露される。
このときすでにケプラーは「クォンタム」(どれほど)という言葉を何度かつかって、いわば"宇宙的勇み肌"になっている。幾何学とクォンタム。この二つを連動させたいという決意がまさにプラトン継承者としての気概になっているわけだ。
第3章は5つの正立体を2つのグループ、すなわち「立方体・正四面体・正十二面体」と「正八面体・正二十面体」とに分けるという有名な仕訳をしてみせる。ここはコペルニクスの6つの軌道の間隙に正立体をあてはめるにはどうするかという前準備にあたる。ついで第4章から第9章までをつかって、木星と火星のあいだに正四面体を、金星と水星のあいだに正八面体を内接させるといったアクロバティックな工夫が述べられる。
このあたり、文章は簡潔だが、ケプラーの断固たる天体幻想が截然と進むところで、あたかも"幻想の数学"の折紙を次々にあけるかのような感動がある。
第10章からは、数が単なるイデアではなくて幾何学的な量であること、その数と星位が結びあえること、正立体に内接あるいは外接する球がありうること、さらにその計算のしかたなどの確認に入り、第14章からその実証や保証を加えていく。
だいたいはこんな手順で仮説を組み立て、綿密な論議を進めるのだが、これがまことに美しい。その美しさは現代数学がもつエレガンスではなくて、無謀な幻想を数学的な手続きにフィックスさせていく美しさなのである。
こういう"感動"は、ニュートン力学が完成してからの天文学にはなかなか見られない。
第20章をすぎて、ケプラーはそれまでの仮説が観測事実とどのように合致するかという"補正"を試みる。そうすると、なんと惑星は太陽のまわりを円を描いているのではなく楕円を描いているにちがいないということに気がついていく。逸脱の幾何学が真実の幾何学を生む瞬間だ。
さらにケプラーは推理の翼をのばした。惑星がこんなふうな軌道を描けるのは、太陽から放射されている力のようなものがあるからだろうという推理である。そして、この駆動力は「光の力と同じように」、きっと距離に比例して弱くなっているのであろうから、外側の惑星ほどゆっくり運動するはずだと考えた。
逸脱が真実を生むということは、実はケプラーにばかりおこっているわけではない。
おそらく多くの科学史はその歴史で満ち満ちているはずである。ぼくが科学史に分け入ったのは20代の後半からであるが、そのような領域にぼくを駆り立てたのは、科学には「正論から逸脱へ」という道があるのではなく、むしろ「逸脱から正論へ」という道こそが中央にあることに気がついたからだった。
その出発点のひとつがケプラーだったのである。ぼくはこのあとあらためて、コペルニクスへ、クザーヌスへ、さらにはダンテのほうへと降りていくことになる。
参考¶ケプラーの邦訳は『新しい天文学』『世界の調和』が河出書房新社の「世界大思想全集」に入っているのだが、ちょっと手に入りにくい。『ソムニウム』は『ケプラーの夢』(講談社)として読める。『天体の回転について』は岩波文庫。アーサー・ケストラーの名著『ヨハネス・ケプラー』は河出の現代の科学(SSS)シリーズに入っている。
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