第三百四十夜【0340】2001年7月23日
Seigow's Book OS / DOOR |
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アレン・ギンズバーグ
『ギンズバーグ詩集』
1978
思潮社
Allen Ginsberg : Selected Major
Works
諏訪優 訳編 |
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ノーマン・メイラーが「スクゥエア」と言ったのか、それ以前からそういう言い方があったのかは、知らない。否応なしに順応を迫られて生きている連中のことだ。
この「スクゥエア」に切りこんでいったというか、そっぽを向いたというか、反抗的に逆の生き方をしてみせたのが、髭をはやし、デニムを履いて、長髪でマリファナを吸いまくる「ビートニック」あるいは「ヒップスター」と呼ばれた連中だった。大半のアメリカ人は眉をひそめ、わざとらしく目をそむけたが、この動きはあっというまに燎原の火のごとく広がって、ヒップスターはやがて「ヒッピー」と呼ばれていった。
そういう動向がいったいいつおこったのか、はっきり年代を刻印したいなら、それは1955年の9月か10月である。
9月に黒っぽい背広を着たアレン・ギンズバーグがバークレーのゲーリー・スナイダーのところを訪れた。サンフランシスコの画廊で詩人の朗読会をやろうとおもうのだが、参加してみないかという誘いだった。ギンズバーグはすでにケネス・レックスロスを口説いていた。2週間後、ギンズバーグがバークレーに引っ越すころ、そこへフィル・ウォーレンやジャック・ケルアックやマイケル・マックルアがやってきた。
そのころのギンズバーグは背広姿だったことでも見当がつくように、バークレーの大学院で一旗あげようとしたくらいだから、まだ「スクウェア」を抜けてはいなかったのだが、3週間ほど大学院に通ったすえ、そこを破棄する決心をした。
それが号砲だったようだ。
かくて1955年の10月、背広を脱いだギンズバーグは衝撃的な『吠える』(Howl)を発表し、アメリカの若者が大転換をおこしたのである。ギンズバーグはそれから二度と背広を着なくなり、汚らしい髭をのばしつづけた。
350行におよぶ『吠える』はブルックリンの発狂詩人カール・ソロモンに贈られている。それまでのアメリカの詩がまったくもっていなかったスタイルと言葉と感情を叩きつけていた。
ぼくが好きな詩とはいえないが、それは幻覚っぽくて前兆めいていて、ジャジーであって露悪的であり、反ヘブライ的なのに瞑想的で、夜の機械のようでも朝のインディアンのようでもあるような、もっと言うなら、花崗岩のペニスをもった怪物が敵陣突破をはかって精神の戦場に立ち向かったばかりのような、つまりはビートニクな言葉の吐露だった。
刊行まもなく発禁になったことでも、『吠える』は時代を突き抜けた。猥褻罪の科(とが)である。いまでは信じられないような理由だが、その汚名によって『吠える』がビート・ジェネレーションのバイブルになったともいえた。
ぼくが『吠える』をいつ読んだかは憶えていない。
早稲田の反戦集会で『吠える』を朗読するのを聞き、さらにそのころICUに短期滞在していた国際反戦運動の闘士だったスティーブン・ベイカーが得意げに読んでくれたので、最初は耳で読んだのである。ちなみにベイカー君こそは、ぼくが最初に仲良くなったアメリカ人だった。
耳から入るビートニック・ポエムというのは新鮮である。のちに詩集を読んだときの印象とはまったくちがっている。のちにボクサーで歌人であった福島泰樹が短歌絶叫コンサートというものをやるのだが、そのときも耳からのみ入る短歌の脈動が新しかった。
ギンズバーグといえば『吠える』であるけれど、もうひとつ気になるのが『カディッシュ』だ。
もともとギンズバーグは母親に異常な感覚をもって接していた。母のナオミはロシアからの移民で、しばしば発作をおこす精神異常者でもあった。ギンズバーグはそのナオミを心から庇護したかったらしい。ところがそれがままならぬまま、『吠える』が出版された1956年にナオミは死んでしまう。ニューヨークでピーター・オルロブスキーとフィル・ウォーレンと破壊的な人生の行方を語り合っているところに知らせが届いたのである。ものすごい衝撃だったようだ。
こうして長編詩『カディッシュ』が生まれるのだが、そこには母ナオミとのきわどい交情すらうたわれている。そう書くとただならない雰囲気になるけれど、その言葉は選ばれているとか、推敲されているとはおもえない。吐血されているというものだ。
冒頭は、母の死を知ったギンズバーグがレイ・チャールズをかけながら、一心不乱にカディッシュを読む場面である。
それがしだいにはナオミの魂と交わっていく。放埒で、過激。何事にも囚われていない。ボブ・ディランや尾崎豊が母を失って半狂乱になっているとおもえばいいだろうか。諏訪優さんの苦心の翻訳ですら、その吐血言語の砲列は逸れぎみで、とはいえ英語と日本語を首っぴきでくらべながら読んでも、こちらが逸れていく。
そういう詩なのだ。ギンズバーグは徹して直截に綴っているのだろうが、それを読む者はそこから弾(はじ)かれる。
だからギンズバーグの詩は、夜更けで一人で読みたくなる詩というよりも、そこに叩きつけられたスタイルを自分なりにリズムだけでも採りこんで、勝手なものに変えていきたくなるような、そのような詩であった。
『カディッシュ』を1961年に発表したまま、ギンズバーグは消息を断つ。いまではすっかりわかっているが、一人でインドに旅立った。ベナレスに住みこみ、ガンジスに沐浴し、ヒンドゥー教徒か仏教徒まがいの3年を送っている。
ニューヨークに帰ってきたギンズバーは"Saint"とよばれる。これはギンズバーグにも予想外だった。すでにヒッピーはカリフォルニアだけではなくイースト・コーストにも出没しはじめていたのである。一方、本場のウェスト・コーストでは、老子や荘子や鈴木大拙が流行し、グレゴリー・ベイトソンやバックミンスター・フラーが神様になっていた。
そこへビートルズがベナレスに入ったというニュースが届く。これで万事の火ぶたが切って落とされた。猫も杓子もガンジスに赴くことになる。まあ、中世のサンチャゴ・デ・コンポステーラか、蟻の熊野詣である。ベナレスは1960年代の補陀落観音浄土になったのだ。
このようなギンズバーグの後半生のスタートを、ギンズバーグの詩によって跡付けるのはもはや不可能かもしれない。
なぜならギンズバーグの詩言語はありとあらゆる場面に飛び散って、ロックの歌詞となり、サイケデリック・ポスターとなり、ティーチ・インとなり、オカルト集団となり、『禅とオートバイ修理技術』となって、動きまくってしまったからだ。
が、それが背広を脱いだ男の一篇の『吠える』から飛び散ったということを、いまはアメリカもすっかり忘れようとしている。
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