第二百八十二夜【0282】2001年5月1日
Seigow's Book OS /
PIER |
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ヴィンフリート・レーシュブルク
『ヨーロッパの歴史的図書館』
1994 国文社
Winfried L schburg : Alte Bibliotheken
in Europa 1974
宮原啓子・山本三代子
訳 |
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| リューネブルク(ドイツ北部)の市立図書館 |
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| ダブリン(アイルランド)のトリニティ・カレッジ図書館 |
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| プラハ(チェコ)のシュトラホフ図書館 |
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ときどき涎がたれそうになる。ヨーロッパの古い図書館が軽いモノクローム写真とあっさりした解説入りで紹介されているだけなのだが、そこからはいつ見ていても「書物の殿堂」に賭けた人々の歓声と溜息のようなものが洩れてくる。
図書館はカリマコスが活躍したアレキサンドリアをはじめ、古代地中海世界においてすでに栄えていたけれど、ヨーロッパが各地に図書室(ヴィヴァリウム)や写本室(スクリプトリウム)を常備するようになったのは、修道院が発達してからのことである。そのころは「本をもたない修道院は武器をもたない要塞のようだ」と言われた。
ついで13世紀のおわりころからコレギウム(学寮)とコレッジオ(大学)が次々に誕生し、そこにスコラ哲学が流行浸透すると、写本生と写本商人が急速にふえていって、図書館に人が集まりはじめた。1289年のソルボンヌ大学には28基の書見台があったという記録がある。ただし、ここにはまだ書棚(書架)は本格的なものがない。多くの書物は祭壇の近くや壁の空間や奥の間にしまわれていたり、書見台に鎖でつながれていた。
ヨーロッパの図書館が自立し、装飾され、みずからの威容を誇るのはルネサンスに入ってからである。最初は、多くの文化遺産と同様にフィレンツェにコジモ・ド・メディチがマルチアーナ図書館をつくった。
三廊式の均斉のとれた図書空間は、その後のイタリア図書館のプロトタイプとなった。本書にも収録されているチェゼーナのマラテスタ図書館は、このマルチアーナをモデルにつくられたものだが、天井のヴォールトと列柱と書見台の比率が息を呑む美しさになっている。それだけでなく、ここは、この図書館の主のノヴェッロ・マラテスタが1447年からたった一人の写本生ヤコポ・ダ・ベルゴーラに託してつくりはじめたコレクションの小さな宇宙ともなったところである。
それから数十年後、メディチ家はサンロレンツォ教会のかたわらにラウレンツィアーナ図書館をつくった。これがミケランジェロの設計による図書館のバロック化の第一歩にあたる。フィレンツェで見るべき室内の最高峰である。ものすごくすばらしい。
このあとインキュブラナの突然の出現が図書館の蔵書を少しずつ拡張していった。インキュブラナとはグーテンベルクの活版印刷の最初から15世紀末までの版本をいう。
活版印刷の本がふえるにしたがって、各地に市立図書館ができていく。いわゆる「リブリエ」だ。ニュールンベルク、ウルム、フランクフルト、ハノーヴァー、リューネブルク、ダンツィヒ、リューベック。これが16世紀の流行である。ドイツが牽引した。リューネブルクのリブリエのゴシック式の交差ヴォールトに包まれた天上界のような図書空間を見ていると、そこで天使たちと隠れん坊がしたくなる。
ここまでは建造物そのものが図書の配列を象徴していた。その代表は、ぼくの好みでいえばダブリンのトリニティ・カレッジの図書館である。こういう図書館では、存在がすべての書列に吸いこまれたくなっていく。
しかし、これらはまだしも建物の設計力が書籍を支配していた。ここから先は「書棚の意匠」が書籍空間そのものとなっていく。そしてぼくの興奮はここからこそ急激に増していく。そのような、書棚が書列であって、書列が書籍であるような「知の構え」と「棚の構え」の連携調和は、ぼくの知るかぎりはプラハとウィーンに爆発していった。プラハのシュトラホフ図書館には「神学の間」「哲学の間」などがそれぞれ偉容を誇っているが、そこには壁と棚と書とを隔てない美神が、いいかえれば知の驚きと美の喜びを隔てない美神が、びっしり棲みこんでいるかのようなのだ。かつてパリの一隅で、そんなような体験を最初にしたことがあった。ピエール・ド・マンディアルグの書斎に案内されたときである。
ああ、これ以上、天界のような図書館や洞窟のような図書館の感覚を文字にしていくなんて、悔しくなるばかりだ。
図書館とは、すでに眠りこんでいたいっさいの知の魂を呼び醒ますための時空間装置のことである。それらはいったんは眠りこんでいた書籍をその胸に深く抱きこむだけに、どんな空間より死のごとく静謐であり、そのくせ、その一冊にちょっとでも目をいたせばたちまちに知の声が次々に立ち上がってくるのだから、どんな空間よりも群衆のごとく饒舌なのである。
静謐であって饒舌であり、死の淵であるようでいて過激な生命の放列であるような図書館。こんなものは、人類がつくりあげた時空間装置のなかで、類例がない。
このあと、ぼくがするべきことがあるとしたら、アルセーヌ・ルパンとなって世界中の図書館の書籍を盗みまくるか、クリスト・シャヴァシェフとなって世界中の気にいった図書館を巨大な布で包みこんでいくか、あるいは、まことに独断に満ちた図書館を密かに構想して地上につくりあげるか、それとも、それらすべての願望をこめて、ネットワーク上の一角に巨大な空中楼閣のような“図書街”を出現させるかだけなのである。
老い先短い先行きをおもえば、こんなことばかりを妄想しているなんて、ほんとうに、困ったことだ。
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| 『海上の道』柳田国男 |
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『異装のセクシャリティ』石井達朗 |
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