第二百四十五夜【0245】2001年3月8日
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R・D・レイン
『レイン・わが半生』
1986 岩波書店
Ronald David Laing : Wisdom,Madness and Folly 1985
中村保男 訳 |
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学界には公式見解という妙なものがある。これにかかると、評価の高低の如何にかかわらず、どんなものも精彩を欠く。
公式見解によっては、研究者の評価が一時的に確定してしまうことがある。そのため、よくあることなのだが(ベストセラーの本がつまらないことが多いように)、もし公式見解が見誤りをしているばあいは、しばらくその研究者とその研究の全貌が忘れ去られることになる。R・D・レインの精神医学はこの10年ほどのあいだの公式見解によって、ほぼ否認されている。
ときどき痛ましい本に出会う。バーネットの『小公子』のような物語や金子光晴の『絶望の精神史』のような告発的自伝のことではなく、その本を読む者の心が痛ましくなる本のことで、ぼくには本書がそんな1冊だった。
書きっぷりには痛ましいものはない。どちらかといえばスコットランドに生まれて厳格なイギリス式家庭環境に育ったエリートの半生がふつうに描かれている。それにもかかわらず、この本は痛ましい。ひとつは精神医学者が自分の精神の病跡の遠因にふれようとしているからであろうが、もうひとつはレインが最初から人生と研究を一緒に進めようとして、後戻りできなくなっている経緯がよく伝わってくるからである。もっとわかりやすくいえば、自分の研究対象の精神病にその精神病にとりくむべき医者が疑問をもってしまったからである。
そのような精神医学者が世の中にけっこういるということは、ぼくも知っている。名前は出さないが、実際にもぼくの知人の精神医学者や治療者には、そういう“恐怖”を少なからずもっている者が何人もいる。だから、レインが精神医学に疑問をもったとしても、その治療におののいたとしても、また周囲の仲間や批判者から「反精神医学」のレッテルを貼られたとしても、そのこと自体はレインの不幸ではないし、また痛ましいことでもない。
そうではなくて、レインは本書を憤然と綴り、しかも赤裸々ではないのにその行間ですべての破綻を告げてしまっていること、そこがレインの後戻りできない治療者としての人生を感じさせて、痛ましくおもうのだ。つまり、似たようなことは精神治療者の多くが感じてはいても、レインのようにその事情を「医者自身と自分自身とのあいだ」で揺らしつづけた者は少ないし、そのような“やばい少数者”になってしまうことを、レインがうすうす感じていながらその溝の深みに入っていくことをついに躊らえなかったことに、そしてついでにいえば、そのことを語るのにあえてマルティン・ブーバーやアントナン・アルトーを引用することに、何か異様なものを感じるのである。
本書の前半はレインの少年期や青年期に納得できなかったことが綴られている。
たとえばレインは、サンタクロースの正体が両親だったことに、ものすごく失望している。そのことで肉体的なパニックに陥っていさえする。また、子供時代に母親が風呂に入ってきてレインの体をこすることを、母親はレインに約束させたらしいのだが、レインの股間にわずかな陰毛が生えたとき、レインがそれを見られるのを恥じて母親の侵入を拒否しようとして、風呂に鍵をかけたことがあったらしい。このときドアの外で母親が狂ったように「開けなさい」と怒鳴りつづけた。その母を父親が引きずっていったことが忘れられないでいるというのである。しかし当の父親は最後の10年間を老年精神科の病棟で送った。
絶対音感があるといわれ、自分もそう思っていたのに、そのテストをさせられたときに「君には絶対音感なんてないんだ」と言われたことも忘れられないでいる。それなら自分はカンニングだか、偽りだかをしたことになるのだが、その虚実の皮膜が自分ではつきとめられないのである。
グラスゴー医学大学に入って解剖実習をしたときの戦慄も忘れられない憤然をのこした。そのことを本書のなかでもまだ納得していない。人体というものが生きたまま変質したり、失速したり、二度とよみがえらなくなっていくことに、どのような理解も示せなかったせいだった。
医者の卵となって本物の精神病の患者に会うことになった初期、ある患者が2週間にわたる緊張性の不動状態に入ったことを目撃したことも、レインは納得できなかった。その患者が何かの催眠にかかっているのか、心因性のものなのか、仮病なのか、そんなことは絶対に見分けはつかないと思いこんでしまったからだった。
実をいえば、このようなことはけっして珍しいことではない。医者になろうという者ならば一再ならず多くの者が体験していることで、レインだけが特別にナイーブだったというわけではない。
それなのに、レインは真剣にこのような体験を克明に綴り、かつ論評を加えない。まるで、これは自分の体験なのだから誰も介入できないことで、このようなことに文句をつけてもらっては困る。そして、そのようにこれらの「忘れられない体験」を自分が引きずったことは、自分が精神医学のために治療にあたったのではなく、精神医学を通して人間のコミュニケーションの本質を考えたかったことを“正当化”していると、そう言わんばかりなのである。
いや、レインはそんなふうには書いてはいない。しかし、そのように受け取られてもしかたのないように書いていて(ぼくはそのようには読まなかったが)、そこに真剣な記述をしたことを自分で認めているわけなのである。
結局、このような姿勢がレインを「反精神医学者」にしたのであり、公式見解がレインを葬ろうとした原因なのだろう。つまりはレインは失格者をめざしたのだから。けれども、ぼくははっきりいうが、今日の精神医学はここから、レインの痛ましさから再出発すべきであるはずなのである。
痛ましい本を痛ましく読めるうちはいい。痛ましさを侮り、痛ましさを蔑むようになったら、おしまいである。本書は、そういう意味で世界心理学史上の心にのこる異端の1冊となった。
参考¶レインには、1960年に30歳の若さで発表されたセンセーショナルな若書きの『引き裂かれた自己』をはじめ、話題になった『自己と他者』、および『狂気と家族』『経験の政治学』(いずれも翻訳はみすず書房)などの著書がある。どれも飛躍に富んだ問題作ばかりである。しかし、レインは1989年に61歳で死ぬのだが、熟年以降の著作がまったくない。人生の後半は寡黙に沈潜してしまったのだ。それがまた“公式見解”によって無視される原因にもなっている。なお「反精神医学」という名称はイギリスの精神医学者ディヴッド・クーパーによるもので、クーパーがレイン、自分、マノーニ、イタリアのバザグリアといった精神医学者の問題意識をまとめて総称したものである。「狂気=病気=異常」という図式に反旗をひるがえした医師たちだった。
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