二百二十七夜【02272001年2月9日

Seigow's Book OS / WEAR
保坂和志
『アウトブリード』
1998 朝日出版社
original
transelater

[表紙]『アウトブリード』
© 朝日出版社

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 誰しもときどき何かが思い浮かんで、そのことが気にいるときがある。ただし、たいていは忘れてしまう。
 ひょっとするとイルカの知能は禅の高僧のようなものではないかという思い、サッカーのセンタリングの瞬間にばらばらのニューロンが力を合わせているんだろうと予想すること、きっとエマニュエル・レヴィナスは「知の停滞」なんじゃないかという合点、「人間についての言葉は書かれすぎたんだ」という大きな反省、身のまわりの科学を解説する本なんてキライダとする一気の爽快、下北沢の町角に飼われているサルによってなぜ「心の段差」がおこるかについて長々と考えること、深沢七郎の言葉のはずれかたを故郷山梨の文化に託してみたくなったりする直観‥‥。
 保坂和志が本書に書いていることには、たとえば以上のような感覚の断片が含まれている。こういうことが、文中にふいに現れ、消えていく。もちろんちゃんとそのことが書いてあるのだから、忘れてしまったわけではない。
 小説を書くときはどうなのかは知らないが、こうしたエッセイを書くときの保坂は驚くほど直截である。思想や論理が先にあるのではなくて、ふと思ったことがきっかけになったり、転換点になったりして、進む。そこが気持ちがよい。

 読書というもの、ごく僅かな内部の反応に関連してすすむものである。体の調子が悪いときはそのような振動がおこっているし、新幹線の中で読むときは車窓に流れる風景のスピードとのかねあいが出る。だから風呂上がりにニーチェは似合わないし、食べ過ぎたあとに吉本ばなななど読まないほうがいい。
 ぼくはとくに読書のしかたが変化するほうで、一杯呑み屋のおやじのように読んだり、アスリートのように読んだり、重病人のように読んだり、雨に降られたときの気分で読んだりする。読書だからといって、読書のための一定の姿勢や情感のようなものがあるわけではない。いつも「そのつど」なのだ。
 ただし、これは誰もがふだんしていることだが、納豆を食べるときはいかにも納豆を食べる感じになり、スキヤキをつつくときはスキヤキをつつく感じになるように、読み方にも慣れればそれなりの“作法”というものもつくられてくる。
 書物にはもともと勝手な想像性や夢中な遊びや重たい理屈や毒々しいリズムなどが含まれているので、こちらとしてもあれこれ工夫が必要なのである。
 ところが、そういうギアチェンジをしなくてすむ本もある。構えなくていい本である。生硬な学者や研究者たちの本にはこういうものは少ないが、作家やエッセイストの本には、こちらにムダな努力をさせないものが少なくない。
 本書もそういう一冊だった。それからというもの、ぼくは保坂和志には無防備でむかうことにした。本書の帯には「小説家の芯にはこんなに硬いものがある」とあったが、ぼくは硬いものより柔らかい反応体のようなものを感じた。
 そういえば、スペースシャワーTVというCSを見ていたら、ギターポップのバンドのリーダーが「ぼくは保坂和志の言葉がすごく好きで、ああいう感覚で音楽をつくりたい」と言っていた。存分に頷けることである。


参考¶保坂和志は『この人の閾』(新潮社)で芥川賞をとった。作家になる前は西武百貨店のコミュニティカレッジに勤めていて、いろいろ講座を動かしていた。初期の『プレーンソング』と『草の上の朝食』(講談社)から谷崎賞をとった『季節の記憶』まで、小説でも構えをはずした“作法”で成功している。ちょっとおもしろいのは『羽生』(朝日出版社)で、これは将棋の名人羽生善治を推理したもの。こういう本ももっと書いてほしい。







 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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