二百九夜【02092001年1月16日

Seigow's Book OS / CORE
スティーブン・ジェイ・グールド
『パンダの親指』上・下
1986 早川書房
Stephen Jay Gould : The Panda's Thumb 1980
櫻町翠軒 訳

[表紙]『パンダの親指』上

[表紙]『パンダの親指』下
© 早川書房

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 「セイゴオ、彼がスティーブンだよ」と言われたときは、すぐにピンとこなかった。リチャード・ワーマンは太った腹をゆすりながら、「ほら、彼がセイゴオの恋人だ。スティーブン・ジェイ・グールドだよ」と笑った。
 モントレーのTEDの会場でのことである。小柄で小太り、ラフなシャツ姿だった。小柄なのはちょっと意外な感じがしたが、生物学者にしては愛嬌がいい。生物学者というもの、奥井一満など何人かを除くと、まるでどんな生物にも似ないぞといわんばかりの不機嫌なのである。それが挨拶から片隅で雑談に興じるまで、ずうっとニコニコ笑っていた。

 その日、グールドに会うまでに、ぼくは彼の著作をほとんど読んでいた。それぞれ上下巻になっている『ダーウィン以来』『パンダの親指』『フラミンゴの微笑』『ニワトリの歯』、それに『個体発生と系統発生』『人間の測りまちがい』等々。
 あまりにそのエッセイがうまいので、何度か日本の国際会議にグールドを呼ぼうと推薦してきたほどだった。そのグールドにやっと会えたのである。
 もともとぼくはスミソニアン博物館の大ファンで、ワシントンに行くとスミソニアンに入り浸りになってしまう。グールドはハーバード大学の比較動物学博物館の古生物学および進化生物学の教授だが、いつもスミソニアンの会誌や「ナチュラル・ヒストリー」に書いていた。
 そのグールドの書くものは、あのばかでかいスミソニアンの自然史的展示物のすべてを手玉にとって縦横無尽に駆使しているカレイドスコープのようなのである。ぼくはそういう博物館の中に生きつづけているような人物がめっぽう好きなのだ。スミソニアン博物館のホワイト鉱物室長などは、その代表人物だった。まるでデューラーの版画に出てくるメランコリーな住人だ。日本でいえば、いまは名古屋科学センター館長の樋口敬二さんだろう。この人は体の中に寺田寅彦中谷宇吉郎が生きているフランケンシュタインなのである。

 そんなグールドの本は何をとりあげても絶品だが、やはりここでは評判になった『パンダの親指』をあげることにした。とはいえ、このシリーズは「ナチュラル・ヒストリー」誌に長期にわたって連載したエッセイのアンソロジーで、1冊で一つの話題を追いかけているのではない。『パンダの親指』にも表記のエッセイのほかに、多くの珍品や標本が収められている。
 実際にも、冒頭におかれた「パンダの親指」は本書のプロローグにあたる程度の問題提起になっているエッセイで、パンダには一見すると6本の指があるように見えるものの、6本目の“親指”にあたるのは、撓側種子骨というふつうは小さな骨が異常に発達したものだという話にすぎない。グールドはこれを枕に、生物にはこうした「痕跡器官」や「形態進化」の謎を孕んだ進化の複雑性に満ちている本題に向っていく。
 
 70年代のフランシス・ポンジュに『物の味方』という有名な詩集があるが、生物学者には当然ながら「生きものの味方」という視点というものがある。
 ところが、この“味方”の“見方”によっては贔屓の引き倒しになりかねない。グールドはこのような“面倒な御贔屓たち”に闘いを挑む。本書でも、有袋類の生殖様式は下等だという従来の“味方の見方”に反論したり、並行進化説や「個体発生は系統発生をくりかえす」というヘッケル以来の盲信を覆したり、いろいろ闘いが展開されている。ただし、その口吻はウイットとメタファーに富んでまことにすがすがしい。おまけに奇妙な仮説であっても、そこに一部の正当性があるときは断固としてこれを評価する。
 そもそもグールドは名だたるダーウィニストである。けれどもゴリゴリのダーウィニストではない。ラマルキズムやニューダーウィニズムのいいところも認めるし、社会生物学も良質な見解を嗅ぎ分けてちゃんと継承する。そこがいい。たとえば、ぼくが昔から好きだったダーシー・トムソンの『成長と形態』という本がある。たしか1940年代の著作だったとおもうが(この「千夜千冊」でもとりあげるかもしれない)、このトムソンの仮説はめったに生物学者のあいだでは採り上げられることがない。それをグールドはマルセイユの古い居酒屋の料理のソースの味のように、品よく評価する。そういうところもあるわけなのだ。

 本書でぼくが気にいったのは第8章、ぼくの考え方の参考になったのは第9章である。
 8章はウィルソンの利他主義の生物学とドーキンスの利己的遺伝子をたくみに比較してみせた「利他的な集団と利己的な遺伝子」で、ウィルソンが指摘した生物の利他的行動の多くが利己的動機によっても説明できること、ドーキンスの遺伝子理論にはある種の西欧思想の悪習がつきまとっていることを、それぞれ指摘してみせた。
 9章には「ミッキーマウスに生物学的敬意を」という洒落たタイトルがついている。この章は、ディズニーが描くミッキーマウスが最初はハツカネズミそのもののような顔だったのに、しだいに頭でっかちの可愛いい顔になっていったという進化の事情を紹介しながら(フクちゃんもクリちゃんもそうだが)、人間という特殊な生物がネオテニー(幼形成熟)をもっていることの理由をさぐろうとしたもので、深い考察がないにもかかわらず、なかなか考えさせる。
 このネオテニー人間生物学の問題は、ヒトの発育が著しくスピードが遅いということをあらわしている現象でもあるのだが、ぼくも『フラジャイル』(筑摩書房)でこの問題を「幼ななじみの生物学」と銘打ってあれこれ議論しておいたように、実はその根拠ははっきり説明されてはいない。
 そこでモントレーでグールド自身にこの気になっていることを聞いてみた。「いったいネオテニーはヒトという生物のどんな本質を説明できるのか」という質問だ。グールドはニコニコして答えたものだ、「ネオテニーの問題は人間という生物は進化するかどうかという問題ですよ」。
 この答えは意外だったので、ぼくはちょっとだけ食い下がったものだった。

セイゴオ「人間が進化するかどうかですって?」
グールド「うん、発育不全によってネオテニーが生じたということは、その欠陥を何かで補ったからヒトができたということですよね」
セイゴオ「ええ、著しく学習をする動物になったわけですね」
グールド「そうですね。でも、その学習は遺伝するとはかぎらない。では、学習的な生物は何によって進化できるのか、問題はそこに向かってしまうんです」
セイゴオ「ヒトはまだ進化するんですか」
グールド「地質学的な時間ではかれば、そういうこともおこりえますよね」
セイゴオ「アフターマン?」
グールド「あはは、あの絵はまちがいが多いですけどね。どのように進化するかどうかはわからないけれど、おそらく進化は突然変異的におこるでしょうね。そのときにネオテニーを補完する何かが発現するかどうかです」
セイゴオ「はあ、そうすると、そのときは学習しない人間になるかもしれない?」
グールド「そうそう、そういうことです」
セイゴオ「ええーっ、内部器官で処理してしまう人間ができてくるわけですか」
グールド「いやですか?」
セイゴオ「ネオテニーのままでいいでしょうね」
グールド「ぼくもそうです。人間は永遠に発育不全のままのほうがいいんです」


参考¶グールドの『ダーウィン以来』『パンダの親指』『フラミンゴの微笑』『ニワトリの歯』『ワンダフル・ライフ』などはすべて早川書房。『個体発生と系統発生』(工作舎)はグールドの断続平行説とよばれる本格的で独創的な進化理論の大冊、『人間の測りまちがい』(河出書房新社)は自然に対する人間のスケールの取り方の問題を論じた注目すべき本。







 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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