百三十夜【01302000年9月14日

Seigow's Book OS / PIER
レフ・トロツキー
『裏切られた革命』
1937 改造社・1959 論争社・1980 現代思潮社 他
Leon Trotsky : The Revolution Betrayd 1936
山西英一 訳

[表紙]『裏切られた革命』
© 論争社

Amazon
オンライン書店 bk1





 

 

 

 

 
 トロツキーという名前とトロッキズムという言葉は同時に入ってきた。早稲田に入る前に早稲田に通っていたころ、誰かから聞いたのだとおもう。
 最初に『文学と革命』を、ついで『永続革命論』を読んだのだったか、どうか。そのあと現代思潮社から対馬忠行らの努力によってトロツキー選集が出はじめて、それを刊行順に片っ端から見るのだが、そこに『裏切られた革命』が入っていなかったので、高田馬場の古本屋で本書を見つけたのだったとおもう。
 すでに早稲田には反スターリニズムの怒号が吹きすさんでいたので、本書の内容に驚くことはなかった。むしろトロツキーの生涯やその時代の凄惨な歴史に驚かされたのは、アイザック・ドイッチャーの3部作に出会ってからのことである。

 トロツキーは1935年に亡命先をフランスからノルウェーに移して、そこで本書を書いた。もとより執筆能力の旺盛なトロツキーだったので、あっというまに書き上げたかとおもう。原題は『ソ連とは何か、そしてどこへ行くのか』というものだった。それがフランス語版で『裏切られた革命』になったのを、トロツキーも承認したらしい。
 このタイトルは、本書執筆の翌年の12月にスターリン憲法が制定されたことをおもうと、まさにふさわしい。トロツキーが本書で言いたかったことは「ソ連には社会主義はまったく存在しない」ということだったからである。

 トロツキーは本書を書いた5年後の1940年に、メキシコ郊外でピッケルで脳天を打ち砕かれて死んだ。スターリンの指金であることが明白になっている。
 スターリンは最初はシケイロスを隊長とする20名ほどの暗殺団にトロツキーを狙わせた。しかし、これは失敗した。ダヴィド・シケイロスといえばメキシコを代表する画家であるが、第二次世界大戦中の当時は画家が暗殺を計画するような、そういう行方知らずの情勢だった。メキシコばかりのことではない。このあたりの情勢はあまりに複雑すぎて説明しきれないが、たとえば、トロツキーはシケイロスに狙撃される前はフリーダ・カーロの「緑の館」に隠れていて、そこは画家のディエゴ・リベラが譲ったものだった。革命画家たちのあいだも割れていたわけである。
 それはともかく、何であれシケイロスは失敗した。そこでスターリンは、トロツキーの女性秘書の恋人役になりすました青年暗殺者を送りこむ。青年は首尾よく60歳のトロツキーの脳天をかち割った。トロツキーはこのテロリストをすっかり信用していたらしい。遺言は「第4インターナショナルを前進させてほしい」だった。

 この最後の死にざまだけを見ても、トロツキーの人生が狂ったような意外性に富んだ生涯だったことの見当がつく。ただし、ここでその劇的生涯を追いはじめたら、これはキリがない。いつかまた別の書物の紹介のところで、案内したい。
 ともかくも最初はシベリア流刑と脱走が、次にはレーニンとの共闘と対立が、ついではトロツキーが組織した赤軍の闘いが、そして最後にはスターリンの「一国社会主義論」とトロツキーの「永続革命論」との決定的対立が、トロツキーをして20世紀史上最も過激な人生を送らせることになったのだった。

 トロツキズムやトロツキストというものは、こうしたトロツキーの見果てぬ夢を追うという感慨に、どこかつきまとわれている。
 しかもそこには、「革命と反革命」「一国ローカリズムと世界インターナショナリズム」「前衛と後裔」「革命的独裁主義と革命的民主主義」「官僚群と労働者」「一時性と永続性」「忠誠者と反逆者」といった、一筋縄では議論しきれない巨大で深遠な対比項が渦巻きつづけていた。トロツキー自身がそのようなリミナルな極限状況を好んで革命思考をしたせいでもあった。
 だからトロツキーが暗殺されたのは、どこかで誰もが予想していた悪夢でもあったのだろうとおもう。トロツキーは最初から最後まで、裏切られた革命者であったのである。

 本書には、早稲田時代にぼくが2Bだかの鉛筆で引いた傍線がのこっている。
 それを見ると、ぼくはトロツキーの「複合的発展の法則」という言葉にずいぶん関心を寄せている。また「過渡期の制度」とか「文化的創造」といった言葉にもかこみがついている。懐かしいといえば、懐かしい。

参考¶トロツキー『裏切られた革命』は最近になって岩波文庫に藤井一行訳が入った。山西訳とどちらがいいかはわからないが、さっと見たかぎりはわかりやすい翻訳になっている。もっとも山西にはトロツキーの『ロシア革命史』という名著の翻訳があって、ぼくの知るかぎりは、これがいまも定番になっているとおもう。トロツキーの劇的な生涯については、トロツキー自身の『わが生涯』を読むのがいいが、日本人では菊地昌典が講談社の「人類の知的遺産」シリーズに書きおろした『トロツキー』がわかりやすく、トロツキー評伝に関する周辺の事情もよく視野に入れている。







 






 

RSSを表示する

 
松岡正剛の最新情報はこちら
いつでも見たい、松岡正剛
 

書名、または著者名からバックナンバーを検索できます

Web www.isis.ne.jp


千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


各ナンバーをクリックすると、別ウィンドウで一覧が表示されます。
クリックするとランダムにバックナンバーが出現します。
電子の自由が選んだ一冊を、あなたに。




 
 
 

 ISIS

© Copyright Editorial Engineering Laboratory.
All rights Reserved.
│ ISIS編集学校 │ いと◎へん