百四夜【01042000年8月2日

Seigow's Book OS / PIER
レーニン
『哲学ノート』上・下
1932 白揚社・1964 大月書店・1975 岩波文庫 他
В.И.Дeнин : ФИДОСОФСКИЕ ТЕТРАДИ 1929
松村一人 訳

[表紙]『哲学ノート』 上

[表紙]『哲学ノート』 下
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『遊学の話』 1981

『遊学の話』 1981
 
 本書には二つの読書体験の思い出がある。ひとつは文字通りレーニンの思想哲学の書としての読書体験である。ただし、レーニンを読んだというなら、1には何といっても『国家と革命』があがるだろうし、2にもマッハと四つに組んだ『唯物論と経験批判論』が忘れられず、3にやっと本書か、記念すべき『帝国主義』がくるというところなのである。
 が、もうひとつの読書体験が忘れられない。本書はレーニンの読書に関する書き抜きノートそのものの翻訳で、そのため岩波文庫版ではレーニンが施したアンダーラインやメモや括弧やコメントがそのまま復元されているのだが、そのレーニンのメモやマーキングを読むことが大きな愉しみだったのである。

 見てもらえばすぐわかるのだが、本書には随所に「注意」「すばらしい!」「適切で深い言葉だ!」「正しい!」「マッハ主義と比較せよ」「こっけいだ!」といった書きこみから、大事な文章を囲んでいるところ、線・二重線・波線をつかいわけて強調しているところ、そして夥しい量の注解や見解のようなものが書きこんであるところが、ほぼ全面的に活字組で再現されている。
 つまり、レーニンの筆跡こそ再現されてはいないものの、レーニンがどのように本にマーキングをしたかはだいたいわかるようになっている。また、どんなノートをつくっていたかということもほぼ完璧に伝わってくる。こんな本は珍しい。むしろロラン・バルトこそこのようなノートを公表すべきだったとおもわれるような、それほどにユニークな本なのである。
 しかもぼくは、この本で初めて、世の哲人や学者や革命家たるものがマーキングをしながら本を読んでいるのだということを知ったのだった。
 それまでぼくは本に線を引いたりすることはしなかった。父が俳句全集の気にいった句にマーキングをしたりしているのを見ると、むしろ邪魔なものを感じて不愉快だったのだ。読書ノートも日記に書きつけることを含めていくつか書いていたが、これもできるだけマメに、またキチンと書こうとしていた。
 それがレーニンの『哲学ノート』でふっきれた。開眼したのである。なんだ好きなようにやればいいんじゃないかという爽快を得たようなものだった。これ以来、ぼくは図書館に通って本を読むときは別にすると、自分で本を入手して、好きに書きこむことを愉しむようになっていく。
 のちにぼくは工作舎から『遊学の話』という対談集を「すでに書きこみがある」というサブタイトルをつけて刊行することになるのだが、そんなアイディアを実行する気になったのは、やはりレーニンの『哲学ノート』のせいだった。

 さて、本書に収録されているレーニンが読んだ本とは、ヘーゲル『論理学』『歴史哲学講義』と『哲学史講義』、ラッサール『エフェソスの暗い人ヘラクレイトスの哲学』、アリストテレス『形而上学』、フォイエルバッハ『ライプニッツ哲学の叙述・展開および批判』、そしてマルクスとエンゲルスの共著になる『神聖家族』である。
 このうちノートはヘーゲルの『論理学』についての抜き書きとメモがいちばん多く、約半分を占めている。だいたいは第一次世界大戦下の1914年からスイスのベルンに亡命していた2年間ほどのノートであった。
 このころのレーニンは第二インターナショナルの裏切りにあっていたころで、妻のクルプスカヤの『レーニンの思い出』によると、ベルンにきてすぐに『グラナート百科事典』のカール・マルクスの項目の執筆にとりくんでいる。それを了え、ヘーゲルの論理学にとりかかったようだ。
 もともとレーニンが読書に異常に熱心だったことはよく知られている。革命のさなかはともかくとして、1905年のジュネーブ亡命のときはマルクスとエンゲルスの全集を図書館に通って片っ端から熟読しているし、1909年にパリに亡命したときは、国立図書館までの距離が遠く、自転車で通うには危険が伴ったにもかかわらず、毎朝8時に起きて図書館に通い、いつも2時に帰ってきた。むろん自宅でもずいぶん読書に時間を費やしている。
 自宅では手元に本があったのであまりノートをとっていないようだが、図書館に通っているときはたいていノートをとっていた。本書に収録されている本も、そのほとんどがベルン図書館蔵のものだった。

 いまとなっては、本書でおもしろいのはヘーゲル論理学に関するノートよりも、むしろヘーゲルがギリシア哲学を論じた『哲学史講義』のノートや、アリストテレスやライプニッツにふれた後半部分のノートであろう(岩波文庫では下巻)。
 弁証法ならびに唯物論によって哲学を読むということが、これほど手にとるように見えてくるものはないといってよい。
 その後、ぼくは三枝博音の著作集(中央公論社)で、日本の江戸時代の思想史を唯物論として読む方法を学習することになるが、その先例は、唯一、レーニンの読書ノートが教科書だったのだ。








 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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