第六十七夜【0067】2000年6月9日
Seigow's Book OS / CORE |
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朝永振一郎
『物理学とは何だろうか』上・下
1979 岩波新書
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朝永さんには一度だけ会ったことがある。
工作舎で「日本の科学精神」というシリーズを刊行しようとしていたときで、その「自然に論理をよむ」の巻末座談会に出席してもらったときのことだ。
場所は工作舎の「土星の間」をつかった。統計物理学の伏見康治、地球物理学の坪井忠二さんらとともに、朝永さんにも参加してもらった。
まことに柔和で、ダンディなおじいさんだった。とくにニコニコしているわけではないのに、自分で話をするときも、他人の話を聞いているときも、周囲を溶けさせる親和力のようなものを発散していた。
あまりに不思議な感じなので、朝永さんがその場の議論に賛成なのか疑問をもっているのか、まったく読めなかった。
ぼくもいろいろの人と座談会や対談やシンポジウムをしてきたが、めったにこういう人には出会えない。仙人というのではないが、それに近い科学仙人のような、あるいは波動関数そのもののような、そんな物理神仙の雰囲気がある。
その座談会では、ぼくは“暴言”を吐いた。「物理学以上であったっていいわけです」というものだ。寺田寅彦の物理学についての話題のときで、「隙間を残す」という科学者の態度があってもいいのではないかという話になって、それを朝永さんは「それだと物理学じゃなくなっちゃうんだな」と笑った。で、ぼくがえらそうなことを言ったわけである。
そのとき朝永さんは初めてニッコリと笑った。たったこれだけで、ぼくは包まれてしまっていた。まったく若気の至りであった。
量子力学に入門するときに、理学部物理学科の学生は大きな選択を迫られる。ディラックの教科書でいくか、トモナガの教科書でいくかという選択だ。
ディラックでいくのは技術派である。トモナガは美学派といってよい。ぼくはもともとが編集的世界観派なので、どちらも覗いて遊ばせてもらった。
しかし、上に紹介した朝永振一郎感覚を実感したうえで、あらためてトモナガ量子力学の感想を言うと、やはりあそこには科学仙人がいたようにおもわれる。
実際、朝永振一郎の本は、何度かにわたってぼくを心地よい振動に導いてくれたのだった。
『量子力学 I 』はしがみつくような対象だったから、心地よいといえる実力に欠けていたぼくにはけっこう難しいものだったが、『物理学読本』は全身でシャワーを浴びるような快感に富んでいたし、有名な量子の二重性をあつかった「光子の裁判」をふくむ『物理学の周辺』では、それこそ物理学の進み方の醍醐味を味あわせてもらった。
ただ、このような本に夢中になったのは、ぼくの“原子物理学時代”ともいうべき1960年代後半からの7、8年間ほどだった。
その後は、物理学よりも生物学に興味が移っていたため、朝永本とも縁が薄くなっていた。
それが1979年に岩波新書から『物理学とは何だろうか』が出て、久々に読んでみたくなった。
ぼくは岩波新書の科学書では、ド・ブロイの『物質の光』(いまは岩波文庫)と湯川秀樹の『素粒子』を、それこそ夢中になって数回にわたって貪り読んだほうなので、朝永新書にもおおいに期待した。
けれども、どんな事情だったかはおぼえていないのだが、この本は買ったのちにしばらくは放っておいたようにおもう。
あらためてこの本に向かったのは、ぼくが工作舎をやめてしばらくたってからのことだった。
本書は、なんといっても“朝永節”を静かに浴びるための本である。
読んでもらえばすぐわかるように、朝永振一郎という最高級の科学者は、決して叙述を飛ばさない。ゆっくりと、しっかりと、淡々と、そしてなんともエレガントに科学の推理と実証の歩みを解説してくれる。決して物理学以上にはしない。ちゃんと物理学のサイズをつくってくれる。それがしかも、ふわりと大きな翼を広げていくのである。
いわば、われわれのアタマの中に少しずつ生起しているはずのフィジカル・イメージをまるで計ったかのようにつかまえて、それを少しずつ拡張してくれるのだが、その運びがまことにエレガントなのである。
たとえば、カルノーの「空気エンジン」というものがある。
これは本書がニュートンの法則の意味の解説をおえ、次にワットの蒸気機関の問題から熱力学の黎明にさしかかるくだりで出てくる話題なのであるが、そこで朝永さんはカルノーの『火の動力についての省察』を引きながら、カルノーがいったいどのように「最大効率をあげる理想的火力機関」を構想したのか、その構想の手順を案内する。
このときカルノーは蒸気エンジンのかわりにピストンのついた空気エンジンを構想するのだが、そこで「熱だめ」や「ピストンをじわじわと動かす」という段階が必要になる。朝永さんは、その「熱だめ」「じわじわ」をまことにすばらしい調子で本書の叙述のレベルにもちこんでくるのである。
ようするに「じわじわ」が科学だよ、物理学だよということを、そのような言葉で説明してくれる。
実際には、「じわじわ」とは、ピストンの動きによってガスの状態が状態方程式をできるかぎり満たすようになっていくことをいう。このときピストンは高温の「熱だめ」を意識する。けれどもガス自身はそのことを知ってはいない。ガスはその状態を知るわけではない。
では、どうすれば、このような状態をつくれるか、そこがのちにカルノー機関とよばれて熱力学の偉大な第一歩を示すことになる空気エンジン構想の要点となるのだが、そこを朝永さんはどんな熱力学の教科書よりもエレガントな説得力に富んだ説明で、まるでヒナ鳥にくちばしでエサをやるように、叙述してくれるのである。
いまのべた例を、別の言葉でいっておく。どこが朝永振一郎の“芸”なのかということである。
こういうふうにいえるのではないかとおもう。「朝永さんの科学には、物質の気分というか、分子や原子がうけもっている情報の分量というものに対する深い観察がある」ということなのである。
本書の圧巻は、下巻の後半「熱の分子運動論完成の苦しみ」という100ページほどの一節にある。ボルツマンの「エルゴード的なるものの工夫」の跡を追った箇所である。
ここは、朝永さんが人生最後の半年間ほどを、病院に通ったり、入院したりしている渦中に仕上げた箇所らしく、最後の叙述は病気悪化のために、残念ながら口述になっている。つまり未完におわっている。
しかし、その口述のところがすごいのである。1978年11月22日の記録というふうになっている。
この口述で、朝永さんはこんなことを言う。
「ボルツマンが狙ったことは、確率論と力学の関係をはっきりさせたいという、その一点に尽きる、そういうふうに私は見ています」。
つまり、ボルツマンの熱力学なアプローチによって、ニュートン力学的な対象とそれを見る人間の側のあいだに確率論をおくことができるようになった、ということだ。これはエルゴード定理の中心にすでに確率論的構造があるという話である。
ここから朝永さんは、さらにボルツマンと、その後のアインシュタインやマッハの登場との関係を口述する。マッハはボルツマンを論難するが、もしボルツマンが長生きしていたら(ボルツマンは自殺した)、逆にボルツマンが時代をまとめる科学を構築したかもしれないというのである。
これはボルツマンのことならともかく気になってきたぼくを震撼とさせたのである。そのことについては、また書くことにする。
いずれにしても朝永振一郎をいっときも早く読むことだ。日本人の科学者として、日本人が誇りにしたい格別の科学仙人なのだから。
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