六十三夜【00632000年6月5日

Seigow's Book OS / TOUR
伊藤ていじ
『重源』
1994 新潮社
original
transelater
[表紙]『重源』
© 新潮社
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 治承4年、平家の南都焼き打ちで東大寺が燃えた。その再建に法然が駆り出されようとしていたが、法然はたくみにこれをすりぬけた。
 そこで無名の重源が造東大寺大勧進に抜擢されることになる。ただし61歳である。そこから重源の未曾有の暗躍と創造と格闘がはじまった。
 そのような重源のことを、われわれはこれまではろくに知らなかった。初めて建築史家の伊藤ていじがその謎を解いていったのである。ぼくはずっと前からの伊藤ファンであったので、この快挙にこたえてさっそく分厚い本書を読み耽ったものだった。アイルトン・セナが激突して死んだという信じられないニュースが聞こえていた夜のことだった。

 重源はもともとは醍醐寺の若い僧である。当時の醍醐寺は村上源氏が筆頭株主だった。
 その重源が高野山に修行し、ついに決断して太宰府から宋に渡る。47歳だった。宋に渡ってみると栄西に会った。28歳の才能のなさそうな青年だった。二人は天台山や阿育王山に上る。
 59歳のとき、平重盛によって南都が焼き払われ、東大寺が落ちた。そこで再建が課題になった。華厳国家の象徴がないままでは困る。

 当時、ナショナル・プロジェクト規模の寺院や神社の建造・再建・修復には、たいていは「成功」(じょうごう)あるいは「造国」(ぞうこく)という制度がとられていた。
 「成功」は国費によって主要財源をまかない、そのプロジェクトの任官希望者を募る。希望者は任料をおさめるか、ないしは自己負担を辞さずにプロジェクトにあたる。そのかわり官職を入手できる。
 「造国」は受領国司に財源をまかなわせ、国司は任国内の税物を加徴できるようになっている。これはうまくすれば収入の一部を私物化できるので、希望者も多かったらしい。

 このほかの方法もある。それがNPOを募るというやりかただった。これを「知識結」という。
 各所に「知識」(仏の功徳を得るために私物を提供する人々のこと)を結び、これをネットワークする「勧進聖」を募って、これらを縦横に組み立てながらプロジェクトを進めるという方法である。そのリーダーを「大勧進」といった。大勧進は事業計画のすべてをまかされ、立案と予算の執行権をふるうことができ、知識物(これらは進退・進止とよばれた)を自由に差配することができるものの、いっさい無報酬となる。
 東大寺の再建は、この3つ目の方法の「知識結」をつかって進められることになった。そこで大勧進に選ばれたのが、61歳になったばかり(1181)の重源だった。

 なぜ重源がこのような大役をひきうけたのか、はっきりしたことはわからない。
 伊藤ていじは、そこが重源の謎になるとして、いくつかの推理を積極的に提供しているが、ここではひとつだけその推理を紹介しておきたい。
 それは、重源は高野山の別所で生活をともにし、勧進修行に励んでいた「同行」または「同朋」とよばれた強力な聖のグループが控えていたということである。すなわち重源は、のちに「高野聖」とよばれるネットワーカーの原型をつくったのである。重源はこの高野聖のネットワークをフルに活用して、未曾有のナショナル・プロジェクトを自在に展開させていったのだった。

 プロジェクトは、まず奇想天外な一輪車を6台つくることからはじまった。6台というのは、都から六方向にのびる街道を行くためである。
 一輪車の左右には、東大寺再建の詔書と勧進疎と釈迦三尊の図像を貼りめぐらし、なんと重源みずからこの車に乗って全国行脚に乗り出した。
 重源は途中から「南無阿弥陀仏」を名のって、このプロジェクトに参加することが仏法の体得につながることを暗示した。今日、戒名に阿弥陀仏をつけるようになったのは重源の普及によるともいわれる。
 その一方では、後白河法皇や九条兼実や源頼朝らをはじめとする“大物”からの大口寄進もさかんにとりつけた。そのため、室生寺の舎利を黙って盗み出して、法皇に献じたことさえあった。そういうことが平気な、つまりはどこか仏教マキャベリストともいうべき感覚をもっていた重源だった。

 こうして、5年後に大仏鋳造に成功して開眼供養をひらくにいたるのだが(1185)、そこから先がまだまだ長い。
 大仏殿に27メートルにおよぶ2本の母屋柱が立ったのは建久元年(1190)である。
 意匠は重源と、宋人の惣大工・陳和卿が考えた。世に「大仏様」とか「天竺様」とよばれる。
 べつだん天竺(インド建築)のデザインと関係があったわけではない。すべては二人の工夫の意匠であり、独創の意表なのである。陳和卿は船会社の社長ともいうべき宋人で、重源は、陳和卿が船をやすやすと修理することができる能力があるのを見て、惣大工に任命したものだった。

 かくて、すべてが落着して、大仏殿をはじめとする堂塔伽藍の大半がととのったのは、なんとプロジェクト開始から14年後の、建久6年(1195)ことである。南大門が完成するのはさらに4年後のことだった。
 もうとっくに鎌倉幕府がひらかれていた。驚くべき粘り、驚くべき実行力である。
 落慶法要には後鳥羽院、将軍頼朝が臨席をした。重源は大和尚の号をうけ、おおいに敬われることになる。世にこれを「支度第一俊乗房」という。
 
 以上のように書くと、話がおわる。また、重源のプロジェクト・リーダーとしての才能は、大きくも、美しくも聞こえよう。
 が、実はそれはまだしも一面のことであって、本書が随所であきらかにしているように、重源の活動は中世日本のネットワーク構造を利用し、ゆりうごかし、ゆさぶるものでもあったし、そこに行使された数々の経済手段はあまりにも独創的なものだった。
 重源は人の動かし方にも異能を発揮した。最も有名なのは、重源の3歳年上だった69歳の西行に砂金勧進のための奥州めぐりを頼んだことであるが、それ以外にも実に多くの公家・武家・僧侶・工人が動員されている。
 本書は、むしろそちらのほうの重源の活動を伝えてくれている。

 さて、著者の伊藤ていじさんは、ぼくが最も尊敬する建築史家であり、民家研究者であって、また日本の空間文化を最初に海外に英語で伝えた人である。
 ぼくは、伊藤さんが工学院大学の学長をしているころに、頻繁に訪れた。『アート・ジャパネスク』の民家の巻を構成編集するために、いろいろ各地の民家を見に行くたび、多くのことも教わった。
 本書は、その伊藤さんが初めて書いた大評伝である。最初にして、おそらくは最後の評伝が俊乗房重源であったことは、ぼくを感動させた。本書を紹介するのは、このような背景も手伝っている。

参考¶伊藤ていじの著書には学ぶものが多い。グローバルな視点を意識したものとしては、とくに『日本デザイン論』(鹿島出版会)と、“Gardens of Japan”(講談社インターナショナル)を勧めたい。







 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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