五十九夜【00592000年5月30日

Seigow's Book OS / PIER
青木正児
『華国風味』
1951 弘文堂・1984 春秋社・岩波文庫 他
original
transelater
[表紙]『華国風味』
© 岩波書店
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 青木正児とは『琴棊書画』『中華飲酒選』で堪能して以来のつきあいである。全集をもちたいが、まだはたしていない。
 明治20年の下関生まれだから、ぼくが確信している世代に属する。京都大学で狩野直喜と幸田露伴に師事して支那文学科を出た。卒論は『元曲の研究』。以上の発端だけでも正真正銘である。
 小島祐馬・本田成之らと「支那学」を創刊したのは大正9年だったという。これが戦後まもなくまで続いた。最近は「支那」という言葉を日本人がつかうのは嫌われているようだが、当時は「支那」こそが日本を越える歴史の巣窟の代名詞であり、日本にとじこもらないロマンの総称であった。青木はその支那をぞんぶんに吸った。留学もした。
 青木正児がおもしろいのは、なんといっても文体のせいである。ぼくは石濤に関する青木の文章が好きなのだが、一字一句が、一行一行が唸らせる。

 本書は「くいしんぼう」のための中国食道楽案内で、いわばそうとうに軟派のたぐいのものであるのだが、読んでいるととうていそんな気にはなれないようになっている。あたかも巨大な軍艦の総帥として、中国の全食材全食品全食器を全軍指揮を執っているかのような気分にさせられるのだ。
 こうなると、饅頭ひとつが疎かではない。
 「無餡の円子は原始的であり、有餡の円子は進歩的である」くらいはまだいいとして、その円子がどのように団子とちがうのかという段になると、しだいにただならぬ様相をおびてくる。
 下鴨みたらし団子や祇園団子や追分団子は円子であって、端午の節句の柏餅や蓬団子こそが真なる団子であるというあたりから、まるで叱られているようになり、そのうち、その円子や団子を則天武后の韋巨源が尚書令に律せられたときの事情を顧みるに、などという史実疑考の調子に入ってくると、これは叱られているのがなんとも快楽におもえてくるのである。
 さらに、隋朝の著名な料理通の謝諷によれば、といわれたあたりでは、あたかも未知の謝諷が当方にも既知の昵懇の間柄に見えて、ついついおおきに身を乗り出すことになり、『食経』目録五十三種の饅頭の項目や『武林旧事』の市食目録の豆団ならびに麻団の項目は、というくだりにさしかかっては、もはや前人未踏の境地を共有しているということになるのであった。
 
 ようするに青木正児は中国の「名物学」の大家なのである。
 ただし、そんじょそこらの名物学ではない。まず本草学としての名物学があり、その底には訓詁学としての名物学が根をはって、そのうえに風光学、文化地理学の名物学が覆い、そこに夥しい詩文学からの名物の華葉果実がたわわにぶらさがるというふうなのだ。博覧強記はいうまでもない。なにしろ「名物学序説」も綴っている学者なのである。

 なお本書には、有名な「陶然亭」が付録として加えられている。
 これは、昭和のよき日の日本の料亭の贅を凝らした数寄料理を案内した名随筆で、京都高台寺あたりの風情をいまもって愛する者ならば一度は読むべき文章である。ぼくもいつかは「和久傳」の女将や若女将に、この文章を奨めなければならないとおもっている。もっとも桑村綾子さんも裕子さんも、そんなことはとっくに御存知なのだろう。








 
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[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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