四十八夜【00482000年5月11日

Seigow's Book OS / CORE
ケネス・バーク
『動機の文法』
1982 晶文社
Kenneth Birke : A Grammar of Motives
森常治 訳
[表紙]『動機の文法』
© 晶文社
オンライン書店 bk1

 

 

 いっときコンピュータに物語性や演劇性を入れることがハシカのように流行したことがある。そのことをめぐって、ブレンダ・ロレールやスコット・フィッシャーがぼくを囲んで質問攻めをしたものだ。90年代あたまのロスアンゼルスでのことだった。
 たしかに、われわれの思考や行動は、どこかにたえず「劇学」(ドラマティズム)とでもいうべきものを孕んで動いている。われわれはつねに何かを演出しようとしているのだと、つねに自分をどこかに出演させている。
 そんなことはない、とは抗弁しないほうがいい。たとえば、会話をしているときも、どこかの店で買い物をしたり食べたりしようとしているときも、われわれは自己演出と自己出演をしている者なのであり、学校へ行っていても旅に出ていても、喫茶店で待ち合わせをしているときも、われわれには劇学としての物語的演劇性というものがはたらいている。それは、ひょっとすると子供のころからやりつづけていることなのである。

 それでは、そのドラマティズムをコンピュータにいれれば、すごいプログラムができると思ったのが、まちがいのもとだった。いや早計だった、決定的に欠けているものがあったのだ。
 われわれの劇学がどのように構成されているかというと、必ずやなんらかの動機によって支えられている。その動機には見えない文法があるかもしれない。問題はその動機の文法なのだ。
 それゆえ、その動機がどのような特徴をもっているかがわかれば、われわれの思考や行動の編集的構造もつかめてくる可能性もある。そう考えて、ケネス・バークが洞察に富んだ分析をしてみせたのが本書なのである。発刊当初から名著の誉れに包まれた。ぼくはローレルやフィッシャーに、ケネス・バーグを読みなさいと勧めたものだった。

 バークは動機を五つに分けた。行為 act、場面 scene、作用者 agent、媒体 agency、意図 purposeである。われわれはどんなときも、この五つの組み合わせによって劇学の当事者になっているというのだ。
 この機能の分類は、いまおもえば必ずしも十全なものではない。とくに作用者と媒体はもっとダイナミックな関係に移すべきだろう。しかし、戦争の渦中の1940年代に、バークがこの5つの「動機の文法」をあげられたということは、まことに怖るべき炯眼だった。これはほとんど認知科学の先取りだったのだ。

 バークの考察は鋭かった。ぼくなりにごく簡単にいうが、次の点で鋭かったのである。このことは、まだコンピュータ屋さんに説明してあげたことはない。

 まず、[1]認識や行動には、「入れるもの」と「容れられるもの」があると喝破した。これを身体と言語とみなしてもいいし、ハードウェアとソフトウェアと言ってもいいし、わかりやすくコップとミルクの関係だとおもってもいい。
 次に、[2]どんな知覚や行為も、そこには互いに矛盾するかもしれない一連の定義群がひそんでいることを見抜いていた。この、矛盾するかもしれない定義群が、いい。われわれは、そもそもにおいて「単語の目録」と「イメージの辞書」と「ルールの群」によって知覚と認識と行動をおこしているのだけれど、それらは必ずしも一対一のコンパイル定義の裡に縛られているのではないからだ。
 ということは、バークはすでに、[3]認識や行為には「範疇自体のはげまし」というものがあることをうすうす見抜いていたということなのだ。コンピュータ・テクノロジストたちの多くは、この「はげまし」の意味がわかっていない。
 さらにバーグが先駆的だったのは、[4]われわれがかかわるすべての場面には「場面の背後の場面」がありうることを知っていたことである。
 [5]どんな情報(概念)も融合と分離のあいだにしか位置していないのだ。

 さあ、これだけでもたいしたものなのだが、バークはこれ以上の詳細な解読を加えている。ただし、本書について、ここではこれ以上の紹介をすることはしない(ちょっともったいないのでね)。けれども本書がぼくに「編集工学」という用語をおもいつかせたということを言っておきさえすれば、本書がどれほど示唆的で画期的な一冊であるかは、この欄の“読者”なら了解するにちがいない。



参考¶1897年、ピッツバーグ生まれのケネス・バークはコロンビア大学を出たのち、しばらく音楽評論に従事するのだが、おりからの社会主義思想に関心をもって、人間の活動全般に関心をもつ。しかし、その後はニュー・クリティシズムの動向と交差しながら、独自のバーク学ともいうべき多様な成果を発表しはじめた。その洞察は今日の情報社会にこそ必須だ。マクルーハンを読む前にバークをこそ読みなさい。







 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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