三十六夜【00362000年4月20日

Seigow's Book OS / WEAR
陳舜臣
『日本人と中国人』
1984 集英社文庫

[表紙]『日本人と中国人』
© 集英社
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 陳舜臣のものは食わず嫌いだったような気がする。それがいつのまにか嵌まった。
 たしか『青玉獅子香炉』を読んで嵌まったような気がする。故宮博物館の文物疎開をあつかった香り高い話であった。直木賞の受賞作だった。
 その後は、著者の中国ものをいろいろ読むことになったのだが、そのうちの初期に読んだ『小説十八史略』などは、なんだか中学生のときに三国誌に夢中になったような気分にさえさせられた。
 むろん何でもがおもしろいわけではなく、たとえば空海を描いた『曼陀羅の人』などはつまらなかった。が、中国ものはだいたいうまい。われわれが知らないことがさすがに突きとめられている。著者の名を高らしめたアヘン戦争についての小説やエッセイは、とくに考えさせられた。

 この本は昭和46年にノンブックスの一冊として刊行されて、話題をよんだ。
 イザヤ・ベンダサンこと山本七平の『日本人とユダヤ人』の大ベストセラー化にあやかって、おそらくは編集者がもちこんだ企画だったのだろうとおもうが、それを陳舜臣はまことにうまく料理した。
 うまく料理しただけではなく、まえがきに「あとで嗤われるかもしれないのに、私はあえてこの本を書く」という決断にも満ちている。当時、日本人を中国人から比較してみせて、その限界や特質をはっきりさせるなどという試みは、まったくなかったからである。まして中国人の特質を簡潔に言い当てるなど、当時の日本人には至難の技だった。なにしろ文化大革命が失敗してまもなくの状況だったのだ。

 いろいろなことが書かれている。
 たとえば、無礼講は日本にあって中国にない。中国人は他人に見えるところで食事をしたがる。中国人はカタログ・マニアで、日本人は保存したがりである。日本よりも中国のほうが格段にメンツ(面子)を重視する、すなわち徹底した形式主義である。日本は役に立つものをすぐ入れたがるが、中国では実用性だけでは文化をつくらない。ようするに新しいものを入れるのについて、中国人は慎重すぎる、つまりは用心深い。日本人は気心を知ることを重んじるが、中国人は説得を重んじる。

 まあ、こういったことがいろいろ列挙されている。列挙されているといっても、文脈がちゃんと展開されていて、そのなかで議論されているといったほうがいい。
 けれども、これらのことはそれほど重要なことではない。民族のちがいや習慣のちがいなど、どんな民族間にもあるものだ。そういうことばかりに注目しすぎると、日本人は顔を拭くのにタオルを動かすが、中国人は顔のほうを動かす、ええっ、ホントー? ウッソー! ということでおわってしまう。
 著者が言いたかったことは、このようなオモテに見える両国の特徴のことではなく、日本と中国は意外なほどに相互理解をしてこなかったのではないかということなのである。
 ただし、なぜそのようになったかということは、本書ではあきらかにされてはいない。その問題はわれわれが考えるべきことであるようだ。

 ところで、中国人による日本論というものは、驚くほど少ない。
 最も有名なのは黄遵憲の『日本国志』『日本雑事誌』と戴季陶の『日本論』あたりだろうが、これとて1887年と1928年のものだった。黄遵憲は明治のはじめに日本に来た清国公使館の書記官で、詩人でもある。
 後者を書いた戴季陶は、16歳で日本に来て法政大学に学び、のちに孫文の秘書と中日通訳をつとめた。宮崎滔天が「日本人より日本語がうまい」とほめたほどの日本通だった。
 それ以来、充実した本格的な日本論は書かれていないのである。やっと最近になって日本文化論や日本史論が出てきたばかり。どうもこのへんの日中事情には、かなり急がなければならない問題がはらんでいるようだ。

参考¶この本には『日本的・中国的』(祥伝社)という続編もある。こちらもなかなかおもしろく、とくに田岡嶺雲と嘉納治五郎にふれたくだりなど、多くの日本人が知らないことがよく示唆されている。なお、中国人と日本人を比較している本で、中国側が書いたものとして、孔健の『日本人の発想・中国人の発想』(PHP文庫)や『日本人は永遠に中国人を理解できない』『日本人と中国人、どっちが馬鹿か』(講談社)があるが、どうも正確な評価がしにくい。







 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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