二十三夜【00232000年3月31日

Seigow's Book OS / THERE
エミール・シオラン
『崩壊概論』
1984 国文社
Precis de decomposotion 1949
有田忠郎 訳
[表紙]『崩壊概論』
© 国文社
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オンライン書店 bk1
 
 ぼくはいつしか未来の予定を語るのが嫌いになっている。いつしか「未来を語る者こそ貧しい」とおもうようになっていた。ニーチェもそういうことを標榜しているが、ニーチェの影響ではない。エミール・シオランの影響なのである。
 シオランのものは片っ端から読む。ただし、短文、アフォリズム、警句、長詩、独白に近いものが次々に新たな標題によって刊行されるので、これを片っ端から読んでいると、どの本に何が書いてあったかなどということはおぼえていられない。
 シオラン自身が自分のことを「反哲学者」というくらいだから、そもそも脈絡においてシオランに接することが不可能なのだ。
 だから、シオランを一冊だけ推薦するというのもなかなか困難になる。そこで、ここでは最初にフランス語によって書かれた『崩壊感覚』をとりあげることにした。
 「最初にフランス語で」という意味は、シオランは1911年生まれのルーマニア生まれで、母校のブカレスト大学の文学部で哲学教授となり、26歳のときにフランス学院給費生としてパリに留学したものの、1947年まではフランス語で文章を書いていなかった。
 シオランにとって幼年期をすごしたルーマニアのトランシルヴァニア地方は、言語が複雑に折り畳まれている場所であった。そのころトランシルヴァニアはオーストリー・ハンガリー二重帝国の足下にあって、ルーマニア人はハンガリア人を憎んでいた。が、憎むということは興味をもつということでもあって、シオランもハンガリー語に異常な関心を示している。
 しかし、シオランはフランス語を学ぶ。ルーマニア語でもハンガリー語学でも生々しすぎたのである。フランス語はシオランの言葉を借りるなら「完全なまでに非人間性に富んでいる」。そして、そのフランス語で最初に綴ったのが、『崩壊感覚』だったのである。
 内容を説明するかわりに、それぞれの短文エッセイの標題をあげるのがいいようにおもわれる。ほんとうはフランス語で掲げるとおもしろいが、それは原文を見てもらうことにする。少しかいつまんでおいた。

  狂信の系譜
  反予言者
  神の中に消える
  時間の関節がはずれる
  すばらしい無用性
  堕落の注解
  形容詞の制覇
  曖昧なものの崇拝
  安心した悪魔
  背教者
  間投詞的思考
  生殖の拒否
  黄昏の思想家
  ぼろぼろになった男
  未来の亡霊
  無意識の教義
  挫折の表情
  落伍者の肖像
  真昼の呪詛
  天国と衛生法
  縄
  亜流の幸福
  流行おくれの宇宙
  傾いた十字架
  いつまで同じことを?

 これがシオランなのである。
 いかがなものだろう。すぐに使いたくなりそうなフレーズが目白押ししていることに驚くにちがいない。が、これだけではまだ想像力がはたらかないという貧しい読者のために、二、三の文章を引用しておく。
 「人間はいまや新たな時代、自己憐憫の時代の入口にたっている」。「存在が精神によって蝕まれつくされたあとの空虚、そこを占めるのが意識である」。「かくて独創性とは、ようするに形容詞の酷使と、暗喩の無理な喚起的用法に帰するわけである」。「人間が夜明けの言葉で自分のことを考える時代は、もう終わった」。「真の知とは、結局、夜の暗黒の中で目覚めているということに尽きている」。

参考¶エミール・シオランの著作は国文社の選集に『崩壊感覚』『苦渋の三段論法』『実存の誘惑』『時間への失墜』『深遠の鍵』などが、紀伊国屋書店から『絶望のきわみで』『涙と聖者』『思想の黄昏』『歴史とユートピア』『生誕の厄災』などが出ている。もう一冊勧めるとすれば、ぼくが『フラジャイル』の背景にした『涙と聖者』だろうか。







 






 

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千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


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